8.「竹中彰」
気が付いたら外が真っ暗になっていた。
夜空をまんべんなく見渡せる、寮の屋上。昔はもっと星が綺麗だった(思い出補正)。
何でこんな場所に来ているのかは正直わかんねえ。
無意識に駈け出して、行きついた場所がここだった。きっと俺は心の奥では高いところが好きだったんだろう。
とりあえず、さっきの先輩やソラに見つからないように、コソコソとその寮を出る。
あんな風に飛び出した後、「実はまだ同じ建物に居ました」じゃカッコ悪いからな。
周囲を見渡すが……やはり、こんな時間だ。人はほとんどいない。
だからこそ、目に留まった。
この月と人工的な光が協力しながらわずかに色を帯びているような街中で、何か最近会った奴にとてつもなく似ている奴が歩いていることに。
最初は別人かと思った。
確かに髪型は似ているっつーか同じだが、服装が真逆だったからだ。
あの古めかしい巫女服みたいな和服じゃなく、なんかこう…最近はやってるっぽい的な服装をしていたのだ、
で、何で本人かとわかった理由は、単純にして明快。
顔を見たからだ。バッと振り向いた時に……思わず隠れちまったけど。
あんな生意気な目つきな奴はそうそういないだろうぜ。
──何か、危なっかしいな。
妙にコソコソしてるし(これは今の俺が言えることじゃねえけど)、ウズウズしてるし、ぶっちゃけ挙動不審だ。
「まあ、やることもねえし」
誰がいるわけでもないのにそう言い訳して、その少女を尾行することにした。
何故そうなる。暇だからだ。そうに決まってる。Q.D.E.論破終了だ。
だけど、始めて早々尾行はつまずいた。
駅に着いたソイツは、いきなり立ち往生しやがったのだ。開始早々障害が現れるとかどんだけだよ。
背景にもうオロオロって字が透けて見える。
「……アイツ、切符の買い方も知らねえのかよ……」
仕方ねえなと、もう何で隠れてたのかも忘れて、困りに困っているソイツに近づき、声を掛ける。
「おい」
「!」
ビクッと一度肩を震わせると、物凄い固い動作でソイツは後ろ…つまり俺の方へ顔を向けた。
「あ、あなたは…」
「どこに行きたいんだよ?」
「は?」
あ、これどっかで見たことあるわ。
多分コイツは、今みたいに呆気にとあられた後、睨んでくるな。
──その通りだった。
「あなたの助けなどいりません」
「切符の買い方もわかんねえのにか?」
「………」
目を逸らすなよ。
「あ、あなたには関係の無い事です!」
「まず、路線図で行きたいとこの金額を調べるんだよ」
「え?」
コイツってば意地っ張りだかんなー。少々強引でも教え込んだ方がいいだろう。
「…私の話を聞いていましたか? それとも、あなたの耳は飾りで。その実、腐り果ててしまわれたのですか?」
「誰の耳がギョーザだ!」
「そんなことは言っていません!」
相変わらず、ムカつく喋り方だ。コイツぜってー友達少ないな。わかるわかる。
「何ですか…その憐れんだような目は。相変わらず失礼な方ですね」
「おまえに言われたくねえよ!」
まさにブレーメンだ。
何でか知らねえけど頭の片隅で、動物が音楽奏でてるのが浮かんだぜ。
おっと、やべえやべえ。本来の目的を忘れるとこだったぜ。
「──で、そこの画面で行きたいとこと同じ金額のをタッチすんだよ。あ、先に金入れてからだぞ」
「……ここに来て続けるのですね」
「そしたら切符が出てくるから……って、ほら早くしろって」
「あ、あくまで仕方なくです。そ、それに私は教えてなど貰わなくとも一人でできました」
「あー、はいはい」
少女は最後に、負け犬の遠吠えのような言い訳をした後、投入口にお札を入れて、プルプルと震える手で画面を操作した。
「あ」
ピッ
「…ま、間違えてしまいました」
切符買うだけで、肩に力入りすぎだろ…。
うまくできなかったのが割かしショックだったようで、ズーンと落ち込む。
「はぁ…。ほら、貸せって、それ」
「な、何故あなたにお渡ししなければならないのですか」
「駅員に言えば返金してもらえんの。間違えたやつは」
「まさか、そのお金を狙って…!」
「ちげーよ! 誰がネコババするっかっての! 親切心だ。親切心!」
このままじゃ、またまたらちが明かない。ソイツの腕を掴んで、切符を取り上げる。
「!?」
こんな時間までご苦労さんな駅員の所に行き、事情を軽く説明し、返金してもらう。
「金、返してもらったぞ……何、固まってるんだよ」
「…あ、あ」
「おーい。聞こえてんのかー?」
口をぽかんと開けた顔の前で手を振ってみる。
そして、数秒。口はぐっと閉められて、顔を真っ赤にして睨みあげてくる。
コイツはそんなに人を睨むのが好きなのだろうか…?
だが、今は睨まれている理由がまったくわからない。金はちゃんと返したのに。
「…ふ、ふ、ふ、不潔です! 不衛生です! 淑女の肌に許可無く触れるなど!!」
肌って、おい。少し腕掴んだだけじゃねーか。
騒ぐなよ! 夜とはいえ、駅前には人が結構いるだけに変な注目集めてるから!
(何アレー? 修羅場?)
(中学生のカップルかな? 両方可愛い)
(わー、こんな時間にー。ませてるなー)
(これだから最近のガキ共は)
(リア充爆発しろ!!)
「………」
思ったより、注目集めてんな…。
今だに少女はキーキーと騒いでるし。正直逃げ出したい。
………
そのあと、やっとのやっと落ち着いた少女は、しっかり目的場所への切符を買えたみたいだ。
「──で、どうして着いてくるのですか?」
「んあ? だって、おまえ一人だと危なっかしいし」
「…切符を購入しているようには見えませんでしたが」
「世の中には電子マネーってもんがあるんだよ」
「め、面妖な…!」
──目的地到着。
「お台場か…。こんなとこに来たかったのか、オマエ」
だが、どうやら聞いていないようだ。
それも悪意ある無視ならまだよかったんだが、純粋に耳に入って無いような。
目の前のショッピングテーマパークのように瞳をキラキラさせて、手にはタウンガイドの本を握りしめている。しかも何かフセン付。
完全に
四年前の俺かよ! って、誰に突っ込むわけでもねえけど。
まあ、嬉しそうだし。いっか。
俺に自然にそう思わせるくらいに、少女は嬉しそうな顔をしていた。
──後悔していることがある。
俺は本当に武偵をやめるべきだったのか。
治奈の話に耳を塞いでいたのはただの逃げだったんじゃないか。
そして──
「何で俺は荷物持ちなんか、やってんだろう…?」
ホントにこれ何で?
色とりどりの紙袋で俺の両手はもう完全に塞がってる状態だ。
「少し、疲れました。そこのカフェで休憩を取りましょう」
「や、やっと、かよ…」
確かに、少しくらいは持ってやるとは言ったけどさ…。
これは少しじゃなくて
どうやら、この生意気な少女は俺が着いてくることに諦めると、コキ使う体制にシフトチェンジしたみたいだ。
結構金持ってるだけに、めっちゃ買ってたし。
小洒落たオープンカフェに入ると、少女はパフェを頼んでた。
俺は、とりあえず紅茶だけ頼んで疲れた体を座って癒す。
小さな城のみてえなパフェが運ばれてくると、少女はまたまた瞳をキラキラさせて、パクパク食べ始めた。
よっぽど気に入ったのか、ふにゅーと力の抜けた笑顔になりほっぺを両手で押さえる。
そして、俺が見ていることに気が付くと、羞恥に染まった顔でキッと睨み付けるんだ。
──なんだ、笑った顔は可愛いじゃんか」
そんな風に思ったんだが。
「な、な、何を…!」
何故か更に顔を赤くして固まっちまった。
おーい、アイス溶けんぞ?
そのあとも、顔は合わせ無いくせに何故か更に更に荷物を持たせて来る少女と街を渡り歩いた。
そろそろ終電だ。
少女もそれに合わせて帰るみたいだ。名残惜しそうに腕時計を見ている。
コイツは確か星伽先輩の様子を見に来たとか。
こんなにお土産を買っているだけに、もうすぐ帰るんだろう。
すっごい、ムカつく奴だった。でも、何かほっとけない奴でもあった。
帰り道、夏も終わりに近づき、涼しさが出てきた夜風に当たりながら、そう考えてた時──
「いっぱいお買いものしたねー。金かしてくんない?」
「あっれぇー? やっぱこの前の娘じゃーん」
いつの間にか人気が無くなっていた通り道で、どっかで見覚えのある四人の若い男たちがやってきた。
そして、俺と少女をあっという間に囲む。
「おい、あのガキもいんじゃねーか。何だよ、おまえの女だったのか?」
「ウッゼー。超ムカつかねえ? 見せつけてんじゃねーよ!」
「今からその女引ん剝いてやんからよぉ!」
何だ、コイツら。
この前俺に一瞬でやられたこと忘れてんのか?
「おいおい、余裕そーだなテメーら、これを見てもその余裕が保てっかなぁ?」
一人の男が取り出したそれは──拳銃!
それも
「……!」
少女は慌てて 自分の懐をまさぐるような仕草をしたが……お目当てのもんは見つからなかったのか顔を青ざめる。
他の男たちもスタンガンやらナイフやらを次々に取り出したのを見て、少女はついに気丈な子を歪ませて──
「アホか」
「!?」
ドサッと持っている紙袋を下ろすと、しゃがみこんだ少女の頭に手を添える。驚いたような顔で、俺の顔を凝視してくる少女。
コイツってば、隣にいんのがどこの誰か忘れてやがるな。
「アァ!? 誰がアホだとコラァ!?」
「何? 王子様な気分にでもなってるんですかー!?」
「いつまでも舐めた態度取ってんじゃねーよ、クソガキが!!」
「この前やられた分きっちり仕返してやんよ」
そんなふうに喚く、チンピラを俺は冷めた目で見ていた。
「はぁ…」
第一に──
「取り出した銃を横に構えて、どうすんだ!」
カッコつけたかのように銃を顔の前で見せびらかしていた男の腹に蹴りを入れる。
そこまで強く蹴ったわけじゃなかったのだが、男は涎を垂れ流し、腹を抑え前のめりに倒れる。
…よ、
「第二に、グリップが
振り向きざまにスタンガンを持っている腕めがけてチョップを放つ。
何だそのフラフラした構えは、そのスタンガンもってない方の手は何? がちょーんなのか?
もし蘭豹が見てたら殺されんぞ?
持ち手を払われスタンガンを地面に落とされた後、そのまま鎮めようとしたが。
「調子に乗ってんじゃねーぞ!!」
ナイフを持った二人が、大きくその刃を振りかぶってきた。
「第三にィ! そんな小柄な刃物を大きく振りかぶる奴がいるか!!」
大振りの斬撃とも言えないそれを内に入って躱し、隙だらけすぎる二人同時に掌底で顎を打ち抜く。
バタンッ
ある意味、仲が良いくらい二人同時に地面に倒れた、
「ひ、ヒィィィッ!! な、何なんだよ。おまえ!?」
残った一人──スタンガンを持ってた奴だ。
ソイツは震えに震えた手でこっちを……おい、指さすな。
どうやら、コイツらは俺が武偵だということに気が付いていなかったらしい。
ホント、間抜けな奴らだぜ。
「…もう、こんなことすんじゃねーぞ」
最後にそう脅しをかけて俺は、銃を取り上げ、片手に集中させてやや無理やり気味に荷物を持ち、もう片方の手で少女の手を引いて、その場を離れた。
切符を買う時に、『触れるな!』と言ってたのが嘘みてえに、素直に手を引かれる少女。
「もう、大丈夫だぞ」
俺にしてみれば、最初からピンチでもなんでもなかった。
でも、この少女から見た景色は違ったんだろう。知らない男どもに囲まれて脅されて、そりゃあ怖い出来事だ。
いくら俺でもそんなことを理解できないわけじゃない。
だから、すぐにあの場所から離したし、落ち着くまで静かにしていた。
「……ありがとうございました」
だけど、そこまで素直に礼を言われたのは正直意外だった。
「べ、別にいいぜ、礼なんてよ。武偵は人助けるのが仕事だしな。それに、今回はオマエだけの責任でもねえし」
誰が悪いって言ったら、完全にあのチンピラどもなんだが。
最初の時の強がりは無い。本当に、怖かったんだ。
「それでも…私を助けてくれたのはあなたです。だから──」
──ありがとう。
…ああ、そうだ。
力の大きさなんか関係なかったんだ。
ただ、こうして人を守れて、そう一言言われるだけで、俺は……
「…それと一つ、お謝りしたいことがあります」
「あ? 何だよ、謝るって?」
「私は武偵を侮辱するようなことを言いました」
「ああ」
そうだったな…。
「…もう、気にしてねーよ」
「私は認識を改めました。まだ好きという気にはなれませんが……少なくともあなたの言った側面も感じることが出来ました」
「そ、そうかよ…」
な、何だか照れくさいな…。
でも、そうか、そうなんだ。やっぱり俺はまだ諦めるべきじゃない。
女の子に、こうまで言われちまったんだから。
「私は星伽粉雪です」
「え、ああ」
「あなたの名前を教えていただけませんか?」
「た、竹中彰だ」
正直、名前を言うのは少し怖かった。
星伽の家なら俺の名字に反応してもおかしくない。
だが──
「あ、彰様ですね。わ、私のことは粉雪と呼んでください。あ、あくまで星伽ではお姉様がいるからです!」
「え? でも…」
心配は杞憂だった。
でも、なんだ? この身近に来るみたいな言い方。
「私、また
「本当…?」
「はい、本当のです」
何かを含むような顔で見つめてくる粉雪。
「その時は、何とぞよろしくお願いしますね、彰様」
ふわり、と俺に向けられたその笑顔はまるで──空から舞い落ちるひとひらの粉雪のように、可憐で、可愛らしい笑顔だった。
そんな、出来事を
◇◆◇
そして、また朝が来る。
いつになく、体は軽い。
普段の寝起きの良さを取り戻したようだ。
ソラは昨日部屋の前に来ていた俺を向い入れてくれた。
誤解が解けたとかなんとか言ってたけど。
『兄さんがヒーローなんかになれるわけがない』
だからなんだ。
切ったつもりで、縛っていたのは俺自身だった。
でも、もうそんなことは関係ない。
俺は俺だ。
治奈が何と言おうと、俺に才能が本当に無かろうと。
考えるのが苦手な俺が、考えに考え付いた先の結論。
それを間違いでは無かったと証明するのはこれからの俺自身。
ソラを起こさないように仕度をしジャージに着替える。
今までの俺は、本気じゃなかった。
これからは超本気だ。
何もかも足りない俺だけど、この気持ちは誰にも負けない。
そして、走り出すために、まだ薄暗い外へ乗り出す。
「久しぶりでござるな」
「よう、ヒナ。元気か?」
また、風魔陽菜と出会う。
こいつも朝は早いのか、それとも偶然か。
あの日とこの日、何かが繋がる感じがする。
「何か、吹っ切れたようでござるな」
「ああ、今まで悪かったな。変な態度で接しまって」
「いえ、気にしてないでござるよ」
やっぱ、コイツいい奴だな。
だからこそ、今までの俺がバカだったのがわかる。
「正直、オマエに嫉妬してた」
キンジ先輩の
「だけど、もう…大丈夫だから」
「…そうでござるか」
「ああ、これからはよろしくな!」
「ふふ、やはり彰殿には元気が一番でござる」
つまんない意地も、勝手な縁の継ぎ離しも、必要ない。
今度こそ俺は真剣に目指す。
こうして俺の一夏の波乱に満ちた物語は終わりを迎えた。
次に始まる俺の本当の物語──
「ヒーローに俺はなる!」
─「Little Hero’s」end.─
実はLittle Hero'sはあと一話ある。
ソラ「もしかして僕が主役…?」
それは無い。
理子「くふふ。ついにメインヒロインがりこりんに…」
もっと無い。