鉛色から空色へ   作:雨が嫌い

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『第二部からタイトルの雰囲気が変わります』
なので、別に間違いじゃないですからねー。
一応微妙すぎる理由はあるんですけど。




第1話 『始動』

何のきっかけも無く、自然と目が覚めた今朝。

ふと、時計を見やってみると、現在七時半。

少し寝ぼけ気味の体を起こしながら、それでも二度寝などということはせずに淡々と布団から出る。

やはり、あの人が絡まないと体は随分と楽になる。

最近の僕の行動の大半を占めていた調べごとに関しても、今できることは大体済んだ。

あとは返事を待つくらいだ。

 

洗面所で顔を洗う時、嫌でも自分の顔が目に入る。

そこで琥珀色の瞳の下が黒く染まっていないと何だか幸せな気分になるのだ。

けど、その考え自体が何だか末期な気がして軽く落ち込む。そこで落ち込みすぎると、また夜眠れなくなるので注意しなきゃならない。

ストレスはハゲる原因になると言われているけど、ストレスをためないように気を配ること自体にストレスが溜まるので、結局僕に出来ることは無いのと同じようなことだ。

 

リビングに着いた所で、テーブルの上に何かが乗っかっていることに気が付いた。

それは朝ご飯のおかずだった。

ご丁寧にもラップの上に『ソラの分』『レンジで40秒』と張り紙までしてある。

…苦労様なことだ。

ジャーの中でしっかり保温されているご飯をよそりながら、元気な居候を心の中で労う。

僕は別にゴミも出せないようなダメ人間ではないけど、ここまでしっかり整頓された部屋を見ると、あいつはもう武偵よりハウスキーパーにでもなった方がいいんじゃないかと思えてくる。

 

今日は8月25日、川柳発祥の日である。

だから何、そんなの知ってる、人いない。

まあ、実際どうでもいいことなんだけど。重要なのは、夏休みがあと一週間しかないことにある。

一般的な学生ならば、「宿題まだ終わってねぇー」とか「時間よ、停まれー」とか若干憂鬱になりながら唱えている頃だろう。

普通に考えれば、金曜や月曜が祝日で土日休みと繋がる連休とかでさえ。スッゲーうれしー!ってなるんだろうけど。やはり一ヶ月半という大きな休みの前ではたかが一週間と思ってしまうのだろうか。

これも感情がもたらす業の一種か。まったく、感情というものはメンドイものだ。

僕は一人の武偵として感情に振り回されないようにしなきゃね。

 

最近になって慣れてきた静かで平坦な朝。

もっとも、一学期が騒がしすぎただけだったのだろうけど。

朝食を食べながら僕はただ、そんな戯言に考えを巡らせていた。

 

 

 

 

その日、僕は火野やあかりに会いに強襲科(アサルト)に来ていた。

──オマエ、自分の科よりここにいるほうが多くねえか?

誰かにそう言われたけど、しょうがないじゃん、こっちに予定があるんだからさ。

それに諜報科(レザド)の単位は進級できるところまで取り終わっているから問題ないっちゃない。

耳を澄まさずともと周囲から「死ね」を始めとした罵倒が飛び交うこの場所。

アブラゼミとどちらがうるさいかの論議で自由研究のテーマが埋まりそうだ。

おーい、一夏ずっと遊び呆けてたそこのキミ。宿題一つ終わらせるチャンスだよ。結構死にやすいって面でも共通点はあるかも……って、これはさすがに不謹慎か。

 

で、僕こと朝霧ソラは硝煙の香りに呑まれながら地面に手をついて、身に起こるショックを隠せないでいた。

そう、宿題がまだ終わっていなかったのだ。

──ウソだ。

 

「また負けた…」

「ふふん。これであたしの三連勝だよ。約束のジュースだからね!」

射撃レーンでのスコア勝負。

先に三勝した方が負けた方からジュースを奢って貰えるという至極簡単なルール。

まさか…あかりの奴、二回に一回は(・・・・・・)狙った場所に当てるなんて…! しかもパーフェクト負けというおまけ付き。

最後のあかりのスコア。『50』という確かな大台に乗ったそれを見て僕は愕然とした。

……ふっ。あかりの奴。いつの間にか僕を追い抜きやがって。

子供の成長を見守る親の気持ちという奴が理解できるぜ。

「…いや、戦いのレベル低すぎだろ…」

うるさいライカ。

いいんだよ。僕は普段銃を使うことなど無いんだから。

大体、銃ってメンドウだし。こまめにあんな細かい部品分解してチェック、掃除、交換したり、銃弾だって選別したりしなきゃいけないんだろ?

残念ながら僕という人間には計りの機能はついてはいないのだった。

きっとみんなプラモデルとか得意なんだろうなぁ。

「でも、ソラ君。ホントに射撃下手なんだねー」

「あかりまでそんな事言うかー!」

その僕と僅差のくせに。

でも一応僕は敗者だし? 犬が嫌いな僕としては、負け犬の遠吠えなんてものはしたくも無いわけさ。

それに、一々子供の言うことに腹を立てるのも子供っぽいって言うか、ねぇ?(同い年です)

でもさ、逆に大人として子供に好き放題言わせるのも良くないって言うか、ほら教育ってどうしても必要じゃないか?

そうそう、あかりの将来のためなんだよコレは。決して負けてそんな事言われたのはイラってきたわけじゃない。

フラリとあかりに近づき、その頬を横に引っ張った。

「にゃ!?」

おー、すごいプニプニだー。

こういうのを赤ちゃん肌って言うのだろうか?

ん? そういえば『あかり』だから、こいつもあかちゃんだ。これで生徒会長とかだったら完璧だったのに……何が?

何だか、無性に面白くなった僕は当初の目的を忘れてひたすらあかりのほっぺをムニムニと動かす。ひたすらムニムニと。

ムニムニムニムニムニュムニュ…何か卑猥に聞こえる。

…ムニムニ。

「ひょらふん、ひゃえてー!」

「何? もう少しこねまわして?」

「ひあうー! んにゅ!? にゃにゃらにゃにぇねー!!」

「ふむ、捻りが足りない? そう言いたいんだな。僕も思ってた所だ。これは一流のパン職人としての腕を振るう時が来たね、この太陽の手が!」

「ひゃっひひゃらにゃににゅっねひゅひょ!? らめっ、ひょっひぇぴゃにょひひゅー!」

「あははー! そっちこそ何言ってるのかわからないやー」

柔らかいなー。多分いつまでもこうしていても飽きない気がする。

よし、これを『ムニムニあかちゃんの刑』と名付けよう。

十分堪能してからあかりを開放すると、少しだけ赤くなった頬を抑え、こっちを恨めしそうに見ながら「うぅー」とうめき声を漏らした。

何この子、超可愛い! 妹にした──ゲフンッ。

……何でもない。何でもないよ。

「おまえのあかりへの態度に、一瞬志乃の奴が重なったんだが…」

「む!?」

ライカが途端、失礼なことを口にした。

そう、この場にいない人物を思い浮かべる。僕のトラウマの一人でもある人物だ。

あかりのことになると人が変わったかのように狂暴になる危険人物。あんな美人なのにもったいない。

だけど、どうだろう?

このまま、佐々木──引いてはあかりラバーズに振り回されていていいのか?

………

脳内で円陣を組んだ数人の小さな僕が口々に言い出す。

『そうだー! 佐々木が何だ!』

『怖い夢を引きずっているなんて男らしくないぞ!』

『あかりを妹にしたらののかちゃんも付いてくるんだぞ!』

『ここらに来てののかちゃんはもとより、あかりもすごくかわいく見えて来たもんな』

『あかり、かわいいよあかり』

『そしたら僕は勝ち組だ!』

『だが、あの佐々木だぞ? 何をしてくるか…』

『弱気になるな! イ・ウーでの経験を忘れたか! 僕は成長したんだ!』

『過去とは振り切るものでは無いのか?』

『トラウマとは乗り越えるものでは無いのか?』

『『『『もう僕は屈しない!!』』』』

ああ、そうだ。

いつまでも過去なんかに囚われていたら未来()を手にすることなどできない。

ん? 『女未来』って書いたら『いもうとくる』って読めないか? あ、うん。意味不明だね。

──立ち向かうんだ。とにかく。

たとえ相手が誰であろうとも!!

 

『──この調子でレキ先輩も!』

『『『『それは無理!!!』』』』

人間不可能というものは誰にでもあるものだ。

不完全ながらも健気に生きていく、そんな人間に僕はなりたい。

…うん、僕立派。

 

 

と、まあ、そんな僕の脳内会議の結果は置いといて──

「でも、ホント、成長したよね。あかりって」

「えへへー。そうかなー?」

約束のジュースを渡しながら、僕がそう言うと、すっかり機嫌を直したあかりはジュースを受け取っている右手の逆である左手で照れくさそうに頭をかきながら笑った。

見て見て、えへーって顔が緩んでる。えへーって。超可愛い。

「……おまえの方が緩んでるけどな……」

何だかライカの視線が痛い。

「そういえば、少し焼けた?」

「海行って来たんだよ」

「へー」

思えばこの子。昔はスコアが一桁っていう、逆にスゴクね? って、数字だったんだよ?

確かに、まだお世辞にも上手とは言えないけれど格段に成長していることは間違いない。

アリア先輩の指導がいいのか、あかりの頑張りがすごいのか……

恐らく両方だろうなぁ、と僕は自身の戦姉(アネ)と比べながら考えてみる。

 

「…そういえば、この夏あんまりレキ先輩と会ってないな…」

 

イ・ウーから帰って来た日とキャストオフテーブルの日を合わせても数日しか会っていない。一学期はそれこそ毎日のように顔を合わせていたというのにだ。

まあ、監視対象であるアリア先輩は母親の裁判関係、一方のキンジさんは入院ということもあって見張る必要も無かったのもある。

そのおかげで、睡眠、調べごと等自分の時間が出来たことも考慮せず得ないけどね。

「…むぅ」

今度はライカの方から不満な声が漏れる。

「ソラはやっぱあの先輩と一緒に居たいのか?」

「は?」

何を言い出すのだろう唐突に。そして、何でいきなり不機嫌になっているのだろう。

「声に出てたぞ。待ち焦がれてるみたいな声が」

「え? ウソ…?」

ああ、無意識だった。というより無防備だった。

ちょっと恥ずかしい。

でも、訂正させてほしい。まず間違いなく待ち焦がれるような声は出してない。

「ソラってさ、あの先輩の事…す、好きなのか?」

「す、す……って、はぁ!?」

いやいやいや! ホントに何を言いたいんだこのライカは!?

何でそんな質問するの!?

因みにどもったことに他意は無いよ。いきなり、異性のことを好きか、と言われて動揺を隠せるほどコミュ力に長けていないだけだ。

だけど、まあ…改めて言われると難しい質問ではある。

嫌い…では無いのは確かなことだろう。

というか、現在進行形で僕がまともに嫌っているのはあのアホだけだ。

「…尊敬はしてるよ」

言葉として適切なものを選び出すのなら『畏怖の念』。

素直に好意だけ向けているなんてことはまずあり得ない。そんなことならトラウマなんてものは絶滅している。

動物園も競馬場も困ること間違いなしだ。ただ……

「……ふーん」

何だよ。その不機嫌そうな目は。

 

ライカはどこかキツイ態度のまま、休憩は終わりとばかりに訓練場に戻って行ってしまった。

 

「ねえ、最近ライカ嫌なことでもあったのか? いきなり不機嫌になったり、若干情緒不安定というか何だか理不尽っぽいと言うか…」

「あー、うん……。でも、ライカがあんな風にツンツンしてるのはソラ君のせいっていうか……あたしが言っていいものなのかなぁ?」

「…何それ? はっきりしてよ」

あかりは曖昧に笑いながら視線を僕から外すだけだった。

再び問い詰めようとした僕だったけど──

「あかり」

他の誰かにその名を先に呼ばれていた。

「アリア先輩!」

本当に嬉しそうなあかりの声を受けた本人──アリア先輩の登場で一旦ライカの話は保留となってしまった。

…ライカのことは、また今度聞けばいいか。

「あら、ソラもここにいたのね。探す手間が省けたわ」

「僕を探してたんですか?」

この前、イ・ウーに関して言えることはほとんど言い切ったはずだ。

その結果、僕はあまり力になれないという残念なことがわかったんだけど。

イ・ウーにいたと言っても犯罪を働いたわけでも、ましてやそれをアリア先輩の母親に罪をかぶせたりしたわけでもなかったんだから。

残りのイ・ウーメンバーの所在についても、ほとんど知らないわけだし。

「そうじゃないわ。……それに、ソラは事情を知ってるから言うけれど、ママの裁判の準備についてはもう大体終わってるの」

「…そうなんですか?」

後半の話は耳のすぐそばで言われたため、息が少しかかりくすぐったい。ちょっと恥ずかしいな。

あかりに聞かせないように配慮した結果だと思うけど、こういうのはキンジさん以外の男にあんまりやらない方がいいと思う。アリア先輩は裏で写真の売買がおこなわれるくらいの美少女なんだから。

「今日、ソラを探してたのはね、あんたの力を一度しっかりと見てみたかったからなの」

僕の力……アリア先輩とは二回、共戦したことがあった。

でも、確かに今までの戦いでは参考に出来る場面の方が少ない。

そして、この強襲科で力を見ると言われたら方法は一つ。

つまりは──

「あ。アリアせんぱーい。ソラ君の力と言えば、あたし今さっきソラ君に勝ったんですよー」

「えっ?」

アリア先輩が驚く。不意を突かれすぎたのかキョトンとした驚き方だけど、そのカメリアの瞳は大きく見開かれている。

アリア先輩。気持ちはわかるけどさ。自分の戦妹(アミカ)を信頼してあげようよ。

あかりの力を理解している(信じている)が故だろうけど。

「射撃で…ですよ」

「それにしてもよ。ソラが銃を使ってるとこ見たことなかったけど、そういうことだったのね」

「あらら、対戦前に情報与えちゃいましたか」

「! その返事…つまりはOKってことでいいのね?」

「僕も丁度、自分の力を試したかったところです」

今までは、なるべく戦うことは避けていた。でも、今の僕は力がある。

Sランク武偵相手にどこまでやれるかわからないけど、これもまあ、面白い(・・・)

 




◆◇◆◇◆

・ソラは射撃であかりに敗北した。
  『威厳』が1下がった。
  『ムニムニあかちゃんの刑』を覚えた。
  『変態度』が4上がった。
  目標【打倒佐々木】

・アリア先輩に勝負を挑まれた。


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