今回も、その類が満載なお話。
ライカ、ガンバレ。
「なにー、『抜き打ち誘拐訓練』!?」
麒麟に誘われて、乗り込むことになったCVRの訓練船。
訓練船とは到底思えないような豪華客船だったんだけど、船酔いとは別の意味で
右を向けば、美人。左を向けば、美少女。どこもかしこも360°美女美女美女。
『美人船』の名に恥じない、豪華な船をさらに彩る多くの女性。
アタシなんかがここにいていいのかと、何度思ったことか。
そんな中、突如侵入してきた誘拐犯の二人組を麒麟のアシストもあって捉えることが出来たんだけど……
隠された顔を見てみると、正体は何と、
今、アタシが言った通り、これはCVRと
アタシ、確実に邪魔しちゃったよな。
「ゴメン、みんな。アタシ、それ知らなくて…」
これは攻められても文句の言いようがないぜ…。
ところが──
「気にしなーい!」
「この訓練嫌いだし!」
「うん、キライ~」
「カッコイイ女の子はなんでも無罪!」
……それはそれでどうなんだろ?
キャー、キャーって、嬉しそうに騒いでるとこ悪いけどさ、いいのかよそれで?
謝罪に対して、非難どころか、何故か黄色い声援まで送ってくるCVR一堂にかなりたじろぐ。
それどころか、どさくさに紛れて、
「あ、ちょっと、おまえら何抱き着いてんだ」
は、離れろよー。
「ライカ先輩、かっこよかったですー!」
「うん、さすがライカ先輩。すごかったよー」
「お姉様、クールでワイルドでしたわ!」
あわわ…!
やっぱり、こいつら可愛いなぁ……じゃなくて!
抱き着いてきた、麒麟やその同級生二人(超美少女)を何とか引きはがす。
腕力とは別の問題で苦労したことは秘密だ。
それにしても……
美人美少女たちをしり目に、居心地が悪いようにトボトボと帰っていく風魔たちには本当に申し訳なく思う。
代表らしき生徒(やっぱり美人)は、これをまとめ上げるために、皆の前に立つと、「コホン」と一つ咳払いをして、次の瞬間。信じられないことを口にした。
「それでは、本日の主役のライカちゃんをドレスアップしたいと思いまーす!」
は?
「賛成ですのー!」
ちょっと待て。
「うん、ライカ先輩のドレス姿見たーい!」
「「見たーい!」」
な、何でそんなことになるんだよ。何かよくわからない切り替えばかりが早すぎないか!?
大体アタシはそんなこと了承してないのに。
「う、あ、ちょ、や、やめろって」
絶対似合わないって、アタシみたいな『男女』にはっ。
ただでさえ、この中でも浮いてるのに。船だけに……ってソラじゃないんだから。
「お姉様でしたら絶対似合いますのー!」
「そうそう、ライカちゃん。綺麗な女の子にはもっと綺麗になる義務があるんだよー?」
ま、待て!? 話せばわかる! だ、だから、おまえら、そ、そんなジリジリと寄ってくるな!
わ…うわぁぁぁぁぁ!!
抵抗なんて意味が無かった。
気が付くと、周囲に逃げ場は無く、囲んでくる美少女たち。顔は可愛らしいと言うのに、アタシが覚えたのは歓喜では無く恐怖だった。
…おい、さっきの訓練中はか弱かったこいつらのどこにこんな力があるんだよ…!?
──衣装チェンジ──
「………」
ロングスカートに胸元が少し開いている黒のパーティドレス。
髪はいつものポニーテールでは無く、ドレスの雰囲気に合わせて降ろしてある。
綺麗な装飾や肌触りからどことなく高級感が漂ってくるこの衣装。
こ、これって、かなり高いんじゃないのか? こういうの猫に小判って言うんじゃないか。
だけど──
「…うわぁ」
「うん…すっごい、綺麗~」
「髪も降ろされていて、なんだかいつも以上に大人っぽいー」
「やっぱり、CVRに転科しなよ。私たちが手とり足とり教えてあげるよ?」
『女の子』としてこんなに褒められたのは初めてだったかもしれない。
悪い気は…しなかった、どころか、頬が知らずのうちに緩んでいた。
「だから言ったでしょう? ライカお姉様はとても素敵な女の子ですわ」
「麒麟…」
アタシだって、女だ。クラスの男子が陰で、アタシのことを可愛くないだの、あれは女じゃないだのと言っているのを聞いて、傷つかなかったわけじゃない。
でもさ、これで少しは自信をもっていいのかな…?
「さぁ。行きましょう? お姉様」
「…あ、ああ」
パーティはもうしばらく続く。
そうだ。麒麟の奴にも0人前って言ったこと訂正しよう。
一人前……とはいかなくても半人前くらいには認めてやってもいいかもしれないな。
◇
「ライカさん、今日はほんと~~によかったわ。ねえ、この際本気でCVRにこない?」
受付であった先輩が今日何度も受けた勧誘をかけてくる。(もちろんこの人もすごい美人)
「い、いえ。すみません」
「そう、残念…」
先輩が気を落している姿を見ると、胸に来るものがあるけど、
「そうだった。この服はいつ返せば…」
…普通のクリーニングに出して大丈夫なのかなドレスって…。
生憎、こんなドレスを着たのは生まれて初めてで、勝手もなにもわからないんだ。
「大丈夫よ? そのドレスはライカさんにあげちゃう!」
「えっ。でもこれって、結構高いんじゃ……」
どうでもいいけどさ、この人ってノリが軽いよなぁ。本当にただでもらって大丈夫なのか? まずいんじゃ…。
「綺麗だからOK~」
だからそのCVRの理屈は何なんだよ…。
「いいじゃないですの、お姉様。そして、このまま麒麟と夜のデートでも──」
「あっ。麒麟ちゃんなら、先生が呼んでいたからすぐ帰るのは無理よ?」
「そ、そんなぁ~!ですわー」
この世の終わりでも見たかのような麒麟の表情。
……どんだけショックだったんだよ、おまえ。
「ライカさんの制服なら、荷物にならないように配送しとくから安心してね」
「えっ?」
えっ。つまり……どういうことだ…?
──そして今に至る。
夜に溶け込むような黒いドレスをはためかせ、街を歩いてるアタシの顔は羞恥で若干赤くなってるような気がする。
この闇を唯一照らす外灯のごとく、熱を持った頬は、夜風程度では到底冷めそうもない。
「何で、こんなことになったんだ…?」
ドレス姿で帰宅することになるなんて、夢にも思わなかったぜ。
かといって、あの行為を無碍にするのは無理だったし。
時間が遅く、人通りが少ないとはいえ、それでも視線が自分に突き刺さっているのを感じる。
かといって、ほとんど非武装の今、完全に人通りが無い道は通るほどアタシは不用心でも、我を忘れているわけでもない。
(わぁ…。すっごい美人…)
(ドレスも素敵。どこかのお嬢様かなぁ?)
ちょ、ちょっと、聞こえてるぞー! そ、そういうのは志乃の奴の役目だろっ。
自らの無駄にいい聴力を恨む。
他人はともかく、知り合いにでも会ったらどうしよう…。
で、でも、もし例えば、あくまで例えばの話。ソラが今のアタシを見たら、どう思うんだろう?
あいつってば、アタシのことを好みとか言っておきながら、全然意識してねえし。
あっ。勘違いするなよ?
それが悔しいだけで、べ、別にソラに見てもらいたいなぁとか、綺麗とか言ってもらいたいとか、全然っ、ホントに全然思ってなんかいないんだからなっ!
「うぃーす。ライカ」
ああ、でも今あったら恥ずかしくてそれどころじゃないかもしれない。
そもそも、この格好じゃアタシだって気づいてくれないんかも……
「おーい、聞いてるー?」
と、とにかく! 今は真っ直ぐ帰ろう! うん、それが一番だぜ!
「そろそろ返事してよ。メンドイし、さすがに傷つくんだけど」
あー! もう何だよ! さっきから、うるさいな。
「考え事してっから、少し黙ってろよ!」
「あっ、はい。すみません?」
ったく。やっと静かになったぜ。
えーっと、何考えてたんだっけ?
「……そうそう、ソラが」
「僕が?」
……あれ? そういえばアタシって誰と喋ってるんだ?
ギ ギ ギ
錆びついた歯車のように、うまく回らない首を何とか動かして横を向くと。
「あっ。やっと、こっち向いてくれた」
「そ、ソラぁぁぁ!!?」
「いやいやいや、誰だと思ってたのさ」
な、何で、こんなとこにいるんだ。それにアタシの今の格好……
「何でよりにもよって、ソラがいるんだっ!」
「任務の帰りだけど」
「何でよりにもよって、ここらで任務なんてしてるんだっ!」
「ええ!? 何か怒られた!?」
あっ。やばいやばい。
落ち着けアタシ。ソラがいるからって何が起こるわけでもないんだ。
スー ハー
……うん、落ちつい──
「何か、珍しい格好してるね」
「──!」
心臓をわしづかみにされたような感覚。それでも時間は停まってくれない。
これじゃ変な人になってしまう。
うごけー。
うごけー。
「似合ってるじゃん」
カァァァ
心臓はリバウンドのつもりか、いつも以上に大きく、大きく鼓動する。
「べ、別にお世辞なんかいれねえぞ?」
いれねえぞって何だよ! いらないぞだろ!?
「ホントだって、ライカ元々綺麗系だし。うん、やっぱり似合ってるよ」
「…あうぅ」
き、綺麗って、アタシのこと、今綺麗って…!
そ、ソラのくせに生意気だぞー! 昔はあんなに、ムスッとしてたくせに!
「うーん。これはこれで、ちょうどいいかも。──ねえライカ、僕はこれから少し遅めのディナーにするから付き合ってよ」
お、おい、それってデートみたいじゃないか。
それに──
「こ、この格好でか…!? む、無理無理ッ! 却下だっ」
ただ歩いてるだけでも恥ずかしいってのに、そんなの無理に決まってるだろっ!
「んー?」
だけども、ソラはニコリと笑うと、一度アタシから視線を外して口を開いた。
そう、何だか含みのある笑顔だった。
「ライカ、あのね、実は今日諜報科の訓練実習があったんだ」
な、何か嫌な予感がする。
「月に一度のCVRとの合同誘拐訓練なんだけどね。今回僕はそれの当番だったんだけど」
「へ、へえ…」
き、気のせいだよな。どっかで聞いたことがあるような話の気がするんだが。
「『どこかの』
「で、出しゃばったことする奴もいるんだな。あはは…」
「うん、ホントだよねー。おかげで
「…そ、そうか、それは災難だったな」
「その強襲科生徒の特徴としては、金髪のポニーテール、長身の一年生。小柄で、これまた金髪な
「も、もう、どこにでも連れて行けよ…」
悪かったって。だからもう、そのネチネチとした口撃やめてくれよー!
「よかったぁ。断られたらどうしようと思ったよ」
ど、どの口が言うんだ、こいつは。
絶対、ソラの奴楽しんでやがるぜ…。口元とか、完全に笑いこらえてるし!
「
からかうように手を差し出してきたソラ。
「──っ。せ、せいぜい、エスコートしてくれよなっ」
吐いたセリフが、負け惜しみみたいで、更に恥ずかしかった。
──そして、歩くこと十数分。
ソラがあの時、ちょうどいいと言った意味が分かった。
どこまでも本格的な匂いいっぱいのフランスレストラン。
何か、今日は、一日金持ち体験でもやってるみたいに思えてきた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。ライカの格好ならドレスコードも問題ないから」
いつの間にか、タキシードに着替えているソラが、如何にも気軽そうに言い放つ。
「朝霧様でございますね。お待ちしておりました」
ウエイターは明らかにそこらのファミレスなどとは比べ物にならないほど、動きが洗練されていた。そして、そのまま席に案内される。
(お、おい、ソラ! いつの間に予約したんだ?)
(さっき。いやぁ、
アタシは来たことないからよくわからないけどさ、こういう所って、即日で席を取れるものなのか…?
「そちらのマダムもどうぞこちらに」
「ま、マダム…!?」
も、もしかして、アタシとソラって夫婦に見えちゃったり、するのかな?
「洒落たギャルソンだよね」
「えっ。…ああ、そういうことか」
お世辞…みたいなものか。そういえば、フランスでは
席に着き、手渡されたメニューを見てみると、アタシは思いもよらない追撃を喰らった。
「ね、値段が書いて無い…」
「ん? ああ、誘ったの僕だし、奢るから。気兼ねしないで頼んでいいから」
それはそれで、気が気でないんだよ。
「金なら無駄にあるし」
「それっていつも難易度の高いクエストを受けてるからか?」
そういえば、LD900とかいう、バカげたのをやってるんだよな。……あの先輩と。
「それもあるんだけど、何か毎月よくわからない大金が僕の口座に振り込まれてくるんだよね」
「…大丈夫なのか、それ?」
よくわからない大金って何だよ!?
武偵として、そこは気にしなくちゃダメだろ!?
「汚れた金では無いみたいだから大丈夫だ。それより、早く頼めって。僕はこれでもお腹が減ってるんだ」
「あ、ああ…」
とりあえず、目についたものをソラに言って、どうかあまり高すぎるものでは無いようにと、心の中で祈りながら待つ。
ソラはメニュー越しにも軽くニヤニヤしていた。何だ、この豪華すぎるイタズラは。
やがてウエイターを呼ぶと、慣れた感じで、注文を終えた。
「ソラって、ここ何回か来たことあるのかよ?」
「この店は二回目だよ。でも、高級レストラン自体なら、任務、プライベート合わせても何回か来たことあるな」
今まで、気が付かなかったけど、もしかしてソラは、志乃や高千穂と同じ階級の人間だったのか?
料理が運ばれてくると、いよいよ食事が始まった。この表現は大袈裟ではいないと思いたい。
「ね、おいしいだろ?」
「あ、うん」
…悪い。味は緊張しててよくわからない。
「いいとこだよね」
「そ、そうだな」
「
「…えっ?」
瞬間、アタシの周りの空気が凍った。
「転校生だってのに、詳しいよな。さすが
「…ああ、そうかよ」
「? えと、ライカ? どしたの、口に合わなかったのか?」
「別に」
あっりえねぇぇ! デリカシーなさすぎだろっ!
何で…何で、このタイミングで別の女の名前を出すんだよ。
──いや、ホントはわかってた。
ひねくれ者なソラが、からかうことも多いとはいえ、素直に褒める女子は、あかりにののか、そしてアタシだけ。
考えてみれば単純だ。
ソラは、アタシたちを……アタシを女として意識していないんだ。だから、とても近しいし、恥ずかしげも少なく、素直に容姿も褒める。
昔はそれでよかった。ソラは大事な友達、それで。
でも今は? 何で今はそれで満足しない?
「──っ」
浮かれていた気持ちも、料理の味も、全てが抜け落ちていた。
灰でも食べているかのように気持ち悪かった。
いつの間にか、味気のない食事は終わってた。
「あー、寮の前まで送るよ」
「別にいい」
「何で怒ってるの?」
「怒ってない」
「いやいやいや。怒ってるじゃん」
「アタシだって武偵だし、そこらの奴に不覚を取るようなことにはならねえよ。そういうのは
「…ジャンヌさんとレキ先輩が出てくる意味が解らないんだけど」
奇遇だな、アタシもおまえがさっきジャンヌ先輩の名前を出した意味がわからねー、つーの。
プイ
もう、今日は口きいてやんねえもん。
「待てって──あ」
パサッ
その時、ソラの懐から、何かが落ちた。
これは──写真? しかも……
「アタシの…?」
「えっ。ちょっと、何で!?」
数枚のアタシの写真。よく見ると、少し際どいものも交じっている。
「ソラ…?」
「ち、違う! 誤解だよ! ホント違うから!!」
「あのさ、結構アングルが危ないのもあるんだけど、これって盗さ──」
「だ、だからっ! これは、僕じゃなくて、その……A子が悪いんだ!」
A子って誰だよ。
「あー、うん。そんな明らかな嘘まで使わなくていいぜ。そうだよな、ソラも男子だもんな」
「ライカ相手にそんなことするわけないだろ!?」
あ!?
「ふーん…? じゃあ、この写真見ても何にも思わないわけだよな」
試し返すように、一番際どい写真(恐らく訓練のあと、服が着崩れて色々少しだけ見えているやつ)をソラに向けてみると、一瞬で顔を赤くして、目を逸らした。
「顔…赤くなってる」
「そ、そりゃあ、ライカは美人だし。……で、でも誓って、変なことに使おうとかで取った物じゃないから。ウソじゃないからね!」
「あ、うん…」
な、何だよっ、今更! 仕返しのつもりか!?
アタシの顔は、再び熱を取り戻すどころか、勢いで沸騰するまでにいきそうになった。
こいつは、ホントに……
無愛想で無感動だったくせに、何でこんなにアタシの心をこんなに揺さぶるんだ。
『お姉様はとても素敵な女の子ですわ』
もしかしたら、アタシはただ自分で閉じこもっていただけだったのかもしれない。
魔法のように、その言葉はアタシを後押しした。
「ふふ、あはは」
「いきなり、どうし──わっ! ら、ライカ!?」
「んー? どうしたんだよ、ソラ」
「そ、その…」
体を預けるようにして、ソラの腕を取るように。
近くに映る琥珀色の瞳の周りは、赤く…なってる。
「エスコート、してくれるんだろ?」
「…うっ」
踏み出してみれば、信じられないほど気が楽になった。それどころか、高揚感さえ。
ドクン ドクン
ソラも。
明日になったら解けてしまうかもしれない。だから、
こうやって、身を寄せて……体に、記憶に。
「──!」
ビクッとしたソラの動きは腕を組んでいるアタシにも伝わった。
「今度は何だ? ソラ」
「何か視線を感じたっていうか…」
「ふーん。恥ずかしいのか?」
思ったより、ソラはこういうの慣れてないんだな。……いつもあの人と一緒にいたから、さ。
でも、なんか安心した。
ドクン ドクン
響いてる。
アタシだけじゃない、心臓の音を打ち消し合ってくれるのが、すごくうれしい。
「ち、違うよ。…うん、でも、そうだね、気のせいかも」
気のせいなのか、どうなのか。多分、横切られたんだ。
ソラの頭に浮かんだであろう女性に、アタシは勝手に宣戦布告した。
待ってろよ、ソラ。絶対、アタシに振り向かせてやるからな。って。
そしてしばらくは、この魔法が解けませんように。って願ったんだ。
◆◇◆◇◆
・ライカは風魔と真田を追い払った。
CVRでの『人気』が10上がった。
・ソラとライカはディナーをを共にした。
二人の仲が近くなった。
関係の変化が起き始めた。