ぐだとキリーティの距離が少し縮まる話です。オリ主ちゃんは気配だけ。
ゲスト:諸葛孔明
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ーー英雄であっても残るものはあり、英雄だからこそ失われたものもあるでしょう。
——第三特異点、オケアノス。翼竜の島。
切り立った崖の上にキリーティは立っていた。ぎゃあぎゃあと甲高い声を上げる竜たちに怯むこともなく、ただ凪いだ目で彼らを見つめている。
ばさ、と一際大きな風切り音がひとつ。岸壁に穿たれた巣穴から湧き出る幻想種には限りがない。キリーティの眼前には竜達が集まって、まさに竜巻の様である。
絶対的な強者はつるむことがない。ならば、この一所に集まって暮らす竜達は群生する鳥のような生態であるのだろうか。なんにせよ、強大な外敵に対して、彼らは一致団結する。爛々と光る黄の目がキリーティを睨み付け——我先にと突撃した。
怒濤のごとく群れが押し寄せる。
「戦車よ、ここに」
しかし、大英雄は眼前の光景に怯むことなく、目の前に手をかざした。
瞬間、空間がたわむ。ガラスが割れるようにテクスチャを破って木造の戦車が出現した。黄金をあしらい、2頭の黒馬が牽引するそれは、騎兵クラスとして現界したキリーティの宝具のひとつである。
塵芥と言わんばかりに先頭の竜を押し潰しながら出現した戦車に乗り込むと、彼はその勢いのまま突貫した。
「行け」
ご、っと質量をそのまま魔力放出の勢いに任せての突撃。戦車は竜巻のど真ん中に大穴を開けて走り抜ける。
キリーティに降りかかった竜達の灼熱の体液が、どろりとその黒肌を焼きながら流れ落ちる。しかし、彼はそれをいとわず、竜巻の開けた中心で神弓を天に向かって爪弾いた。
ガーンディーヴァから放たれたまばゆい蒼炎の一撃が中空で分かたれて、流星のごとく降り注ぐ。
胴を射貫かれ、灰燼と化して光と灰を撒いて消滅していく。
その影から現れた残党には、神弓のリムが叩き込まれた。距離が近ければ、蹴飛ばし拳で殴り——。黒々と飛び散った体液を浴びながら、みたされていく何かを自覚する。
普段の微笑は既にそこにはない。口の端を歪め、目を剥いて、男は嗤った。
——ああ、なんと心地よい。正しい立場による蹂躙というものは!!
即時消滅していく敵。しかしその数に限りはない。望むところだと言わんばかりにキリーティは戦車の上で再び弓を構えた。
「浄化の炎よ、ここに。──
光に照らされて濃くなった陰影。閃光の後、蒼炎が再び放たれた。
◆
少し前のこと。
「──マスター、私と少し訓練をしませんか」
藤丸立香はキリーティが苦手である。
その印象が少し変わったのは、彼とともに第三特異点の定礎復元を行ってからしばらくのことだった。
隠者のような長衣をなびかせて、悠然と回廊を歩んでくる男の姿。抱くのは恐ろしいとかかっこいいとかではなく、珍しいという感想だ。何がしか用事があるのだろうと思い、いつも通り軽い会釈で通り過ぎようとしたのだが──不幸にも、彼が立ち止まったのは立香から2メートルほど離れた正面であった。
普段のゆるやかなアルカイックスマイルではなく真顔で。なにか思い詰めたような顔をしている。
「マスター、」
「な、なにか用かな?」
若干声が裏返ったのは許して欲しい。だって、初回が初回だったのだ。彼と向き合うにあたって、顔をそらすことこそないが、腰が若干引け気味なのは否めない。
「──」
しかし、キリーティはそんな反応をする立香をどう見て取ったのか、少し目を細めると一歩下がった。威圧をしたかったわけではなかったらしい。そして、軽く目を閉じて、ふと微笑みを浮かべてみせた。
「──楽にしてください。私はあなたにお願いがあって来ただけなのです」
「お願い?」
「ええ、シミュレーターを貸していただきたく」
要望自体はなんらおかしなことではなかった。血気盛んなサーヴァント達はちょくちょく肩慣らしをしているし、逆に静かになりたい──原稿の取り立てから逃げたい──と借りにくる作家サーヴァントもいる。
「ええっと、別にいいけど……。どうしてそれを私に?」
しかし、気になるのはキリーティが許可をわざわざ立香に取りに来たことだ。シミュレーターは数が限られているため、時間指定こそあるものの全員に解放されている。管制室に伝えるか、予約サービスを使えばいい。
「はい、マスター。あなたがいることが大事なのです。ですので、許可を取りに来ました。……私が行いたいのは腕試し。立香、あなたに私を扱える能力があるかを証明するテストのようなものですから」
「はい?」
嘘だろいきなり抜き打ちテストが始まるらしい。
立香の返事をどう取ったのか、キリーティはひとこと礼を述べるとそのまま踵を返して管制室の方へ向かっていこうとしている。
「待って! もうちょっと説明して!!」
立香にできることは、追いかけて状況説明を乞うことぐらいであった。キリーティに限らず、突発的にマスターを連れ出すサーヴァントはそこそこいるがもう少し優しくしてほしかった。現代人は潔すぎる即断即決についていけないので。
◆
オルレアンからオケアノスに至るまで、特異点における彼の活躍といったら目覚ましいものであった。
無数のワイバーンを蹴散らし、ゴーレムを破壊し、海賊達を千切っては投げ——これは比喩だとも——向かうところ敵なしの天下無双を実現して見せた。
「及第点です」
試験を行っている今もなお、彼はわずかな躊躇いもなく敵を撃墜していた。
キリーティの目の前には森がある。そして、地面には矢弾が炸裂して焼き付いた無数の跡。大いに抉れたそれは恐ろしいが、立香が守るように命じた木々を避け、敵だけを正確に焼き払っていた。
過剰に過ぎる彼の力を抑えつつ、最適に振る舞わせる、これこそ彼の求めた試験の内容だったようだ。
文字通り彼という兵器をどう扱うか、という。
「正確無比な一撃。これこそ、求められた性能でしょう」
「……私の指示が及第点なら、いいんだけどさ」
うーん、と立香はその地面の傷跡を見てぼんやりと考える。
キリーティは満足そうであるが、果たして。
自分の力を制御して、心も揺らさずただ望まれたとおりに振る舞う。
——なんだか窮屈そうだよね、それ。
口には出さないが、立香はそうひとりごちた。
◆
「——キリーティ! ちょっと、頼みたいことがあって! 素材集めをしたいんだけど、敵の数が多いから手伝ってほしいんだよね!」
ある日、立香はそのような呼びかけでキリーティを攻略後のオケアノスに連れてきた。
目的は素材集めだけではなく——キリーティをどのように扱うべきか、という関係性に探りを入れたかったのだ。
戦闘が始まってしばらく、木々に身を潜ませながら立香はそっと外を窺っていた。
ひとことで言えば大暴れである。もちろん、頭の良いワイバーンたちが立香に目を付けて襲ってこないように三割増で暴れて挑発しているのはあるだろうが……。そうはいっても、やりようはある。徒手空拳もなんのその、体裁度外視で暴力の化身のような有様で戦っているのはひとえにキリーティ本人のやり方であった。
長衣をはためかせるその背中は満足そうで、立香はほっと胸を撫で下ろした。
——強敵もしくは、質量戦に連れて行く。
カルデアのサーヴァントにこっそり相談して検討した方法だが、間違っていなかったようだ。
ナワバリの拡張によって、周りの航海の邪魔をしているから、とつけ足したのも理由として功を奏したようだった。
「——クッ。ふふ、ははははは!」
「わー……楽しそうでよかったなー」
——若干効きすぎた気はしないではないが。
◆
——数日前の食堂。
マスターとそのサーヴァントは向かい合わせに座っていた。
夕食の時間も過ぎた夜更け。ゆらり、と立ちのぼる紫煙を気にするものは誰もいない。
諸葛孔明。三国志に語られる蜀の国の大軍師——であるが、大抵は依代としている時計塔の君主の人格のほうが前に出ている。
そう、ロード・エルメロイⅡ世。——魔術を解析し解明し、特許とする様から略奪公と称される、時計塔の一級講師。
立香は彼にキリーティの運用方法について相談を行っていたのである。
「まったく。名を明かすならともかく、大英雄の精神分析とはな」
だが、さすがのロード・エルメロイⅡ世も今回の対象は堪えるらしい。いや、いつものことかもしれない——。彼は気を紛らわせるように、指で葉巻を遊ばせた。これは嗜好品というより彼にとっての魔術的な安定剤であった。
「——来歴から世界に対する彼の役割を定義しよう」
「かの英雄王や征服王、騎士王の成した偉業。英雄王は神代との決別。征服王は版図を広げ、世界を広げた。騎士王は神秘の終わりを看取ったもの」
「であれば。インドテクスチャのアルジュナ、あるいはキリーティは。——神と人の交わった最後の時代、ドゥパーパラの終わりを招き、神代を終わらせたかの英雄は、まさに大英雄の名に相応しいだろう」
その言葉を立香は緊張した面持ちで聞いていた。ひとつ息を飲んで、恐る恐る口を開く。
「確かに……先生が話すようにキリーティはすごい英雄だと思うよ。でもさ、それってさ……」
——そうあるように望まれて、そうなるように望んで、そのように成り果てた。
「……それって。とても窮屈なんじゃないかな、って思うの」
しん、と空気が落ちる。
「サーヴァントになった今、そういう責務に縛られる必要はないしできる限り好きにして欲しいなって……思うんだけど」
それは、彼女だけが言えることだっただろう。
立香は少しだけ裕福な、されど平凡な家の生まれだ。家族がいて、友達がいて、勉学や遊びに励む——。
現代のありふれた——されど、尊い幸福のカタチ。
世界の命運はわからない。でも、あなたがもっと私的なことで苦しんでいることはわかる。
そういう、人間性の持ち主だった。
「ハ——」
立香の言葉に彼は笑った。普段の気難しげに寄せた眉根をあげて、口の端を大きく開いて。
ああ、それはロードの別側面ではなく、完全なる人格の入れ替わりだ。裏から顔を出した諸葛孔明は、愉しそうに瞳孔を見開いて立香を正面から見据えた。
「昔から、ああいうずば抜けて優秀なくせに、中身が凡人の鉄砲玉の扱いは決まっている。善悪の判断などさせるな」
英雄である代わりに失われたものもあるだろう。
多数のために個人。称賛の代わりに満足、大義のために美学。
それを満たしたいのならば。
──物量戦かボス戦に放り込んでおけ!
そういう経緯だった。
◆
掃討のあと、かつかつと廊下を歩むキリーティの足音は軽かった。元より人理を守る戦いであり、加えてマスターは子どもである。そのため、彼としては若干心ある対応をしていたつもりではあるが——まさかこのような采配の才があったとは。
そうして、自室に戻った彼であったが。
帰るがいなや、テーブルの上にあったものに目を見張った。
ほのかに香りを立てるチャイと、いつか見たことのある菓子。そうだ、朋友クリシュナがことあるごとに携えてきた土産の焼き菓子はこんな姿をしていたのではないか。
この世でそれを知っているのは、当の本人とキリーティ以外には——。
ふら、と引き寄せられるように近付いて、椅子に座る。そのまま、手を伸ばしてひとつ指でつまむ。
輝かしき黄金の日々。夜空の下、己の口に放り込んだたおやかな手は今はなく。
もそりとした食感が、口の中から水分を奪っていく。
置かれた茶請けの選択からこれを残したのがたったひとりだとわかるのに、その味はもう、わからない。
英雄になるために、失われたのはものだけではないのだ。彼自身もまた——。
背を丸めて、ただ無心で菓子をはむ。
嚥下することすら苦痛でしかない。だがそれでもひとかけらも残さぬとばかりに、キリーティは手と口を動かしていた。
ただの歯車たるこの体は、涙さえ流してくれない。感傷すらも許されない。
長い時間をかけて、菓子を摂取し、チャイを飲み下す。
それが空になったあとも、ぼんやりと彼は白い皿を眺めていた。
——キリーティにとってアチャーという存在は、生まれたときからそばにいる半身にも等しい存在であった。
外付けのグラフィックボード。処理能力を上げる演算装置。
あなたによって私の世界は輝くというのは比喩ではなく。
キリーティは、彼女の目を通して見た世界こそを愛していたのだ。
『──カウラヴァの一族を、すべて根絶やしにします』
スバドラーとの間に得た息子、アビマニユの死に、かつてのキリーティはそう誓った。
英雄であり続けるために、
薪はよっつ、残った燃え殻がひとつ。
この手は彼女自身を奪い、彼女の過去を葬り、彼女との未来を閉ざしたもの。
──きっとこの身に安息などない。穴の開いた盆に水がたまらぬように、壊れた器ではわずかな愛もすり抜けていく。
ああ、例えそこにいようとも──きみを探す資格はとうに喪われた。
地獄の底で、男は今もなお、己の罪ばかりを眺めている。
静かにそばにある氷像を撫でる手が、虚しく宙を切った。