授かりの英雄には精霊の従者がついている   作:修行者‪α‬

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御前試合前の決起会、後編です。
従者にとっての処世術とドゥリーヨダナのカリスマとアルジュナの対抗心と決意の話。
あるいは、主君と臣下の話。

(ドゥリーヨダナの一人称について少年期は「おれ様」にしています。素の一人称が「俺」だったので、いつものわし様と合わせました。微妙にしっくりこないので、青年期が待ち遠しいですね。)


登場人物
◆従者/精霊/アドルシタ
この物語における主人公。実年齢不明。
呪いによって成長が止まっており、三十年来の少女の姿をしている。
パーンダヴァ家の三男、アルジュナの従者を務める。
五兄弟の幼い頃は教養面の先生をしていた。
最近は自我がたくましく育ってきた王子たちに振り回され気味かもしれない。

〈パーンダヴァ〉
◆アルジュナ
バーラタ国の王家のひとつ、パーンダヴァ家の三男。雷神インドラの息子。
清廉で武勇に優れた王子。望まれた正義の形を理想とし、それに従って行動することを良しとしている。
従者は記憶を失ったあとも、その前も、そばに寄り添ってくれた理解者だと考えている。
一方で、昔と距離感が変わってしまった自覚もあり、関係に名前を付けることは保留中。

◆ビーマ
パーンダヴァ家の次男。風神ヴァーユの息子。
怪力無双。感情だけで動くのではなく目的を優先するクレバーな一面も持つ。
従者のことは弟が慕っているため、目にかけている。

◆ユディシュティラ
パーンダヴァ家の長兄。法の神ダルマの息子。
公明正大。マイペースだが、観察眼に長け、人心を掴むのが上手い。サイコロ遊びに目がない。
調和を重んじている従者のことを好ましく思っている

◆ナクラ/サハデーヴァ
パーンダヴァ家の四男、五男。上三人は異母兄にあたる。アシュヴィン双神の息子たち。
双子であるが、ふたりでひとりのような言動をすることが多い。
元気な方がナクラ、少し病弱がちなのがサハデーヴァ。
まだまだ遊びたい盛りで、構ってくれる従者に懐いている。

〈カウラヴァ〉
◆ドゥリーヨダナ
パーンダヴァと並ぶ王家カウラヴァの長兄。百の兄弟と一の異母弟、一人の妹をもつ。
お調子者で目的のためなら悪行も行う策略家だが、身内からの信は厚い。
ビーマとは犬猿の仲。

◆ヴィカルナ
カウラヴァの三男。
何かと騒動を起こしがちな長兄次男のサポートを行うことが多い。
王子だが、身内以外には慇懃に接する謙虚な人柄。
カウラヴァに対して偏見のない従者に感謝しており、周りのために働くものとして少し共感の念もある。




6.従者と凶兆の王子

 時間は少し巻き戻る。

 

 ビーマがユディシュティラの不可解な動作に気付いた時まで巻き戻る。

 彼が手を振った先は中庭に続く宮殿の一角、ビーマは気が付かなかったがその柱の傍をある人影が通りかかっている所だった。

 

「・・・・・・」

 ユディシュティラに気付かれたことを知り、他の王子たちの視線を集める前に柱へと隠れた彼は顔を顰めつつも庭に出る機会を伺っていた。

 咄嗟に隠れてしまったが、そもそも彼はパーンダヴァに用があってここまで来たのである。

 用事を果たさぬまま帰るなどあり得ない。

 

 物陰からこっそりと様子を見ていると、どうも三番目の王子の従者が王子たちに何かを配っているようだった。

 最後は次男──ビーマの出番のようだ。そこで青年は胸騒ぎを覚えた。

 

 ──アレの力はよく知っている。

 最近では元から大きな図体が更に質量を増したことで、その力も倍々になっているのも自分がよく手合わせをしているから知っている。

 

 図体に似合わず、身内に甘い部分のある男であることもまぁ。

 

 きっとやつは第三王子に従者が見えるようになったことを喜んでいるだろう。

 あの従者もまた外見通りに人形のような中身をしているわけでもなし。

 

 ひょいと小さな従者を抱えあげ、首にその何かをかけさせようとしたビーマを見てさらに彼の眉に皺が寄った。

 

 アレはいかん。きっとやらかす。絶対にやらかす。

 

 ──少年は知っていた。

 

 いつも変わらぬ鉄仮面で表情のないように見える従者だが、存外彼女の感情は行動に出やすいということを。

 妹と茶会をする様を遠目で見ていた彼は知っている。

 

 彼の予想通りに怪力によって振り回され、踏ん張れず軽々と宙に浮いた従者の身体。

 

 そら見た事か。

 

 困ったように笑うユディシュティラを除けば揃ってぽかんと口を開けて慌て始めた王子たちに、呆れたように溜息を吐く。

 その次の瞬間には彼は──。

 

「──だぁからいつも言っているだろうが、この暴風馬鹿め!」

 

 ……ドゥリーヨダナは動き出していた。

 

 柱の影から飛び出し、くるくると回転しながら落ちてきた従者の身体を受け止める。

 受身を取る準備をしていたのだろう。大した衝撃もなく女の体は腕に収まっていた。

 

「ドゥリー、ヨダナさま」

「貸しひとつ、だぞ」

 

 女だてらに武術を身に付けている彼女に手を貸す必要はないが──ここで恩を売っておくのも悪くない。

 貸しと言った瞬間、地面に降り立った従者の眉が寄る。何か悪いものでも思い出した顔だ。

 

「・・・ええ、近いうちにお返しします」

 

 それを聞き届けて、カウラヴァの長兄ドゥリーヨダナはパーンダヴァの方へ向き直る。

 

 来訪の目的は御前試合の挨拶だったのだが、いいからかいの種を見つけた。

 愉快そうに細めた視線が向かう先はパーンダヴァの次男である。

 

「──まったくもって不注意が過ぎるなぁ、ビーマ」

「なんだと?」

「おまえの馬鹿力は目に余るが、まさか調整も未だにできんとは!そんな様子で果たして、明日の御前試合、おれ様に勝てるのかなぁ?」

 

 ビーマは先程の微笑みを嘘のように消し去って、きつく眉を寄せてドゥリーヨダナのストレートな挑発を受け止めた。

 ぐわりと怒気が膨らみかけるが、すんでのところで抑える。

 ……今日はめでたい日。台無しにしては、弟に申し訳が立たない。

 

「……ドゥリーヨダナ、言ってくれるじゃねぇか。『おれ様に勝てるのか?』だと?ふん、別に俺は明日の試合なんてまどろっこしいもの待たなくったって、今ここでおまえをぶん殴ったっていいんだぜ」

「だから馬鹿だと言っておるのだ。試合の前に私闘を行おうものなら、ドローナはカンカンであろう。つまり今、おまえはおれ様に手が出せん!!んむふっふ!!」

 

 この野郎、言わせておけば煽りたいだけ煽りやがって。

 

「ビーマ」

 思わず反射的に握りかけた拳を背後からのユディシュティラの声が止めた。

 

 ──ああ、分かってるぜ。兄ちゃん。安心しろよ。

 俺は絶対に今日は拳を握らねぇ。

 

 そう、決着をつけるべきは今日ではない。

 そう自らに言い聞かせたビーマはその場で腕を組み、ドゥリーヨダナに半身を向けた。

 

 ……今必要な振る舞いは、怒りのままにあることでなく王子としての矜持を保つこと。

 これより以降は受け流す構えである。挑発が目的のからかいを正面から受け取ることはしない。

 

「そうかよ。なら、勝負は明日に預けておくぜ。……ま、おまえにだけは負けんがな」

「誰が何と言おうと!勝つのはおれ様たちカウラヴァよ!!」

「言ったな?吠え面をかくのはおまえだってことを思い知らせてやる」

「口先だけの罵倒なぞ、おれ様なぁんにも怖くない!やれるものならやってみるがいい!」

 

 ではな、明日を楽しみにしているぞ!

 

 そう言って、高笑いをしながら悠然と歩み去っていったドゥリーヨダナに静まり返る中庭。

 

 嵐のような襲来だった。

 

 その衝撃から、我に返った従者はすっと足元に目を向ける。

 

 そこには、たくさんのお守りが入った麻袋。

 渡すべき人物は、今まさに去ったあとだ。

 

「お待ちください、ドゥリーヨダナさま!!……申し訳ありません、アルジュナさま。すぐ戻りますので!」

 

 慌てて遠ざかる背中を追いかける従者。

 

「あ、精霊……」

 

 未だ呆けていたアルジュナは、反射的に彼女を留めようとしたものの間に合わない。伸ばした手から小さな身体はするりと抜けて、長い髪の毛先だけが手のひらに触れて去っていく。

 

「行ってしまったね」

「……はい」

 

「たっく……この啖呵の後に追われたら決まりが悪いだろうがよ……」

 ぱしゃりと地面に水が落ちる。振り向けば、ずぶぬれ頭のビーマがいた。恐らく、頭を冷やすために自ら噴水に頭を突っ込んだのであろう。困ったように眉を下げて、従者の消えた先を見つめている。

 

「あれが彼女なりの処世術だろうからね、任せておこう」

「処世術、ですか?ユディシュティラ兄上は何かご存じで?」

 

 ぱち、とユディシュティラはひとつ瞬きをする。言おうか言うまいか、迷っているような様子だ。

 

「……私がこの間、ドリタラーシュタラ王から第一後継者に選ばれたことは当然知っているね?」

 

 現王ドリタラーシュタラ王はドゥリーヨダナの実父だ。

 順当にゆけば、王が指名するのは実の息子ドゥリーヨダナのはずだ。しかし、なんの運命のいたずらか指名されたのは今は亡き王弟パーンドゥの息子、ユディシュティラだったのだ。

 

 ただでさえ、生まれた時の凶兆の現れと言われたカウラヴァは王宮内において肩身が狭い。

 

 対して、神の子であるパーンダヴァは最初は恐れられていたが、その人徳から人々の信を集めつつあった。

 パーンダヴァの存在を快く思っていないドゥリーヨダナはそれが面白くない。

 

 彼の周りは敵ばかり。

 なので、必要以上に刺激をしないよう従者は両家の王子たちを平等に扱うように心がけているのだろう。

 そう。ユディシュティラは分析している。

 

「そうですか……」

「納得いかないかい?では、こう考えるといい。臣下とは主を映す水面(みなも)だ。臣下の振る舞いへの評価は、それすなわち主君の評価となる。ゆえに、彼女はお守りをカウラヴァの分も作ったのだ」

 ──アルジュナ。それは回りまわって、おまえのためとなるだろう。

 

 いいね、実に天秤のようなふるまいだ。

 いいや、あいつの場合ちょっと私情がはいっているだろ……。

 

 人がいいもんねぇ精霊は。

 カウラヴァの一番下の妹と仲いいし……。

 

 

 目の前で続く会話。それに入ることのできない自分。

 

「……」

 

 自分の知らない彼女の姿に、チクリと何か傷んだ気がした。

 

 

 

「それにしても……よく耐えたね、私の誇り高い弟よ」

「まぁな」

「──―ビーマ、明日は絶対に勝ちなさい」

「言われなくとも、そうするさ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう、貢物とな。いいぞ、おれ様は贈り物が大好きだ。それでアドルシタ、おまえは何を持ってきた?」

「ええ、こちらを渡しに参りました。御前試合の健闘を願ってパトゥカを作りまして。カウラヴァのみなさまにもと」

「ほうほう、ラクシュミーのお守りとな。ふーむ、パーンダヴァのみならずおれ様の分まで作るとは殊勝ではないか。なに?みなさまということは、ひとつだけではない?百一人分……ほう、見上げたやつだ!」

 

 機嫌が良さそうに頷いていたドゥリーヨダナであったが、足元の袋のサイズを見て、少しだけ途方に暮れた顔になる。

 こんもりと膨らんだ麻袋にはつまり百個越えの金属片が入っているということで……。

 

 ずしりと自重によって平べったくなったその口は、王子におじぎをするようにこうべを垂れていた。

 

「……えっ、これおれ様が持って帰るの……?」

 

 ちょっとドゥリーヨダナの気は遠くなった。

 

「あの、届けて良ければ私がお運びしますよ」

 

 従者の申し出に、まぁよい、と首を振る。

 

「パーンダヴァの侍従が敷地に来たと聞けば、うるさいのも湧きそうだ。おれ様はおれ様に尽くすものには優しいのでな。橋渡しくらいしてやろう」

 

 ドゥリーヨダナは従者にあまり悪い感情はない。

 五兄弟の神パワーが炸裂する度にフォローに回っている彼女に感謝こそしていないが──物事が起きる前にちゃんと監督しろ──、貧乏くじ引いてるな……くらいの感想を抱いてはいる。

 あと妹と交流もあるので。カウラヴァを邪魔者扱いもしないし。

 

「というか、おれ様わざわざパーンダヴァのやつらに宣戦布告するためだけに来たのではないのだった」

 

 それ、おまえにだ。

 

 そうしてドゥリーヨダナから従者に手渡されたのは桃色の花。

 それを見た途端、差出人が何者であるかを察する。

 

 カウラヴァ百兄弟の末妹、ドゥフシャラーからの茶会の誘いである。

 

「あの三男に見えるようになってから会っておらんだろう。『お兄ちゃんアドルシタが捕まらないよ!』などと、そろそろうるさいので使いでも寄越せば良いと言えば、長兄を顎で使いおった。内容は見れば分かると言っていたが……」

「そうですか……伝言いただきありがとうございます。すみませんが、御前試合の終わった二日後に伺うとお伝えいただけますか」

「いいだろう、伝えておこう」

 

 パーンダヴァとカウラヴァ。彼らの因縁は深い。

 本人たちの交流はともかく、それぞれの臣下と個別に関わるとなれば下手すると諜報を疑われる。

 王子たちはあり得ないと理解しているものの、問題は他の王宮に出入りする人間たちだった。

 

 人の口に戸は立てられぬ。

 

 噂を避けるため、従者とドゥフシャラーはお互いのために潜んだ交流を続けていた。

 

 なにせ、ふたりとも男所帯の中にひとりの女性。

 共感する話は多かった。

 

 しかし、このタイミングということは、恐らくドゥフシャラーはアルジュナとの話を聞きたくて誘ったのだろう。いびつな主従の姿を遠目で見ながら、長く気を揉んでいたようだから。

 

「まったく、ようやく目に見えぬ──アドルシタの名も返上できると行ったところか?」

「そうですね。ふふ、名前が嘘になってしまいました」

 

 従者には名前がない。

 

 精霊もアドルシタという名も、彼女にとってはあだ名のようなものだ。

 どちらも、主に見えないという事象からつけられた名であり、彼女個人に名付けられたものではない。

 養父もおまえがいいという人物に名付けてもらえばよいと言って、名前で呼ぶことはなかった。

 

 おかげで役職で呼ばれることが常である。

 

「ええっと、それで百一個だったな。おまえも見ていろ、数えるからな」

 

 絨毯を敷き、その上にお守りを並べてみせる。そして、十個十列の正方形とあまりのひとつができたのを確認して、ドゥリーヨダナは手を叩いた。

 ぱん、と乾いた音が廊下に反響する。

 

「ヴィカルナ、いるか」

「はい、ここに」

 

 す、と柱の陰からドゥリーヨダナによく似た顔の少年が顔を出す。カウラヴァの三男だ。長兄のそれよりは少しだけその面差しは柔和に見える。

 従者と目が合うと、にこりと微笑んでヴィカルナはドゥリーヨダナの方へ足を進めた。

 カウラヴァの中でも、一等良識のある人物である。恐らく、五王子との対話がうまくいかなかった場合の仲裁役として着いてきていたのだろう。

 

「報恩には報いよう。さっきの借りの帳消しでは足りんな。……宝物庫の反物をここにもて」

「ああ、カウラヴァの印がないものを見繕うようにしよう」

「そう、あくまで礼だ。余計な火種は要らん!」

 ちらり、とヴィカルナは絨毯に広げられた百一個のお守りを見る。

 

「……並のものでいいのか?我々の分まで用意されるアドルシタ殿だ。恐らくドゥフシャラーにもなにかおありなのでしょう?」

「え、ええ。今度お会いしたときに髪飾りでも、と考えていました」

 

 そう答えれば、眼前のふたりは目を合わせてにやりと笑った。

 

「「最高級だ」」

「えっ」

 

 ただでさえ百人もいるものだから事あるごとに適当に扱われがちな百兄弟だが、末妹といえばその上をいく。

 

 百人の兄弟という言葉の強さに隠れて、なにかと忘れられがちのお姫さま。

 パーンダヴァ・カウラヴァ両家を含む王族唯一の姫君は、大勢の兄がいることもあって中々交友関係が広がらなかった。

 顔を合わせる前に、並び立った至大至剛(しだいしごう)の王子たちに相手のほうが萎縮してしまう。

 

 されど、この従者はその姫君に対しても贈り物をすると言ってのけた。ならば、返礼はそれ相応のものでなければならない。

 

 ドゥリーヨダナとヴィカルナの考えは一致した。

 

「……となると、少しお時間をいただきますね。前夜祭には間に合うように届けさせますのでごゆるりとお待ちください」

 

 止める間もなく、ヴィカルナは宮殿の中に消えていった。

 残された従者といえば、目を白黒させている。

 

「ドゥリーヨダナさま……ありがたいことですが、過分のお心遣いでございます」

「おれ様の体面の問題だ。気にすることはない。大人しく受け取っておけ。まぁ、サリーにでも使うがよかろう!」

「はぁ……」

「それよりも、早く三男坊のところに帰ったほうが良いのではないか?前夜祭の準備があるだろう」

 

 主を引き合いに出されては、もう何も言えない。

 ぐっと苦い顔で飲み下した。

 

 そうだ。今夜は前夜祭が開催される。

 日ごろの鍛錬の成果を王の御前に披露する御前試合であるが、観客はなにもハスティナ―プラの人々だけではない。

 主催ドローナの知人たちが各地から集ってくるのに加え、王子たちの勇姿を見届けに高名なクシャトリヤたちもやってくる。

 その歓迎を兼ねた宴だ。

 現在のドローナの一番弟子であり目玉でもある五王子たちは、彼の名代として歓待を任されていた。

 

 その準備の手伝いをするためにも従者は早くアルジュナのもとへ帰らねばならない。

 

「さて、用は済んだ。いやー王子が荷物持ちをせねばならんとは」

「他の侍従に頼んではいかがですか」

「いや、おれ様が数えたからおれ様自身で運ぶのだ。途中で九十九個にでもなられたら、誰が貰って誰が貰わぬかで面倒だからな」

 

 やれやれと言いながらも、軽々とお守り袋を背負った彼は、最後に従者を振り返る。

 ああ、そうだといかにも今思い出した風である。

 

「そういえば、あとひとつおまえに聞きたいことがあったのだった。────近頃、宮殿周りで見てはいないか。怪しーい感じの変わった人間を」

「情報が少な過ぎますよ」

「そうだなぁ……例えば、浮き世離れした感じの」

 

 従者は首を振った。

 

「例えば、ずっと姿形が変わらぬとか」

 

 再度首を振る。

 

「例えば、力が強いとか並々ならぬ知識を持っているだとか……そういう、おかしな女を……。──いや」

 

 

 ──全部おまえではないか。

 

 

 従者、アドルシタはこの三十年同じ姿で宮仕えをしている。

 もうそれだけで人外の血が流れているか、何かの呪いだろうということはみな察しているのだが。

 しかし、敵を作らぬ立ち回りをしているので──これは黙っているという事でなく、味方を作って時と場所を踏まえたうえで主張するという意味だ──あまり怪しまれてはいない。

 働き者で厳しい一面もあるが、基本は人の好い女であるので。

 

 いや、だが。いいや、まさか。

 

「むふふ……ありえんな!──このちんちくりんが、■■の■■などと!」

 

 ──ドゥリーヨダナはふと浮かんだ考えを笑い飛ばした。

 

 ■■を名乗るには、迫力がまったくないしあまりに振る舞いが所帯染みている。

 ついでに鶏ガラのような貧相さだった。

 この身体だけでは、どんな男も見向きはしまい。

 

 あまりの言い草に従者はきつく眉を寄せた。

 

「ちんちくりんとはまぁ、よく言ったこと!突然なんですか、人を悪しざまに。あなただって尻の青い若造でしょうに!!」

「そうだとも!おれ様まだぴちぴちの十四歳!これからの成長が楽しみでならんなぁ~!!」

 

 最上級のキメ顔で言ったぞこの男。

 

 しかも、従者の身長ではそもそも届かぬと分かっていながらわざわざ背をそらして見下ろしてくるところが、またこの上なく小悪党を極めていた。

 

「……というか、ドゥリーヨダナさま、今何とおっしゃいましたか?」

「ん?■■の■■、だ。なんでもどっかの神サマが探しているようでな……」

 

 聞き取れない。

 ままあることであるので、この場は流すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 主の居住区に戻れば、もうすでに返礼の品は届けられていた。

 

「……こんな上等なものを贈られたのは初めてです。ど、どうしましょう」

 

 身の丈に似合わぬ(と従者は思っている)豪奢な品にだらだらと流れる脂汗が止まらない。

 

 包みから現れたのは白い反物。質の良い布を使っているが、主張しすぎぬ装飾は彼女の立場に合わせてのことだろう。

 そして、それは主をさらに引き立てるものでもある。

 白はアルジュナの名前そのものでもあるのだから。

 

「品のある良い反物ですね。あなたによく似合うでしょう」

 彼は口ではそう褒めるものの。

 

 正直なところ、彼は面白くなかった。

 

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 従者が百兄弟の分のお守りを渡して顔を立てた返礼として、カウラヴァは従者の主であるアルジュナを立てるようにこの反物を選んだということだろう。

 恐らく善意のみではない。半ば当てつけである。

 

 お調子者のドゥリーヨダナのくせに。こういうところは、やはり為政者だった。

 

「ドゥリーヨダナ……あなたは本当に、我々兄弟の神経を逆撫ですることにかけては天才的だ……」

 

 ──要するに、彼は臣下を労う主としての能力(カリスマ)において力の差を見せつけられて悔しかったのである。

 

 ただでさえ、自分は今までの従者と周りのことを何も知らないと思い知ったばかりなのだ。

 何か起きても反応できず、置き去りにされるばかりで歯がゆい一日。

 

 五王子やドゥリーヨダナ、彼らと従者の間にある絆がアルジュナは羨ましかった。

 今の彼と従者の間にはないものだ。

 彼らの関係は振り出しに戻ってしまった。

 

 アルジュナと従者は……かつて、誰よりも近かったのに。

 

 過ぎた時は戻らない。ならば、これからを考えるべきだろう。

 そこで、一番上の兄の言葉を思い出した。

『臣下は主を映す水面だ。臣下の振る舞いへの評価はそれすなわち主君の評価となる』

 それにならうなら、臣下の献身に報いようと思うならば、主君もまた立派であらねばならぬということだ。

 

「ふ、ふふふ…………舐められたものだ、私も」

「アルジュナさま、どこかご加減でも……?」

 

 ある意味これはドゥリ―ヨダナからアルジュナへの挑戦であった。

 

 恐らく、この度のお守りの件もアルジュナの命でなく従者の独断であると知っている。

 

 ここで従者に返礼の品を着せねば、肝の小さい男であると判断されることだろう。

 着せたとして、似合わない装いの組み合わせにでもしようものならナンセンス。

 

『その従者、うだつの上がらぬ王子にはもったいない品であると思わんか?』

 

 幻聴すら聞こえてきた。

 

 良いだろう、受けて立とう。

 そして証明しよう。己こそ彼女の主に相応しい男であると!

 

「──彼がそのつもりならば、私も本気を出しましょう……!」

 

 まずは手始めに、今夜の前夜祭を最上の形で迎えてみせる──!

 

 そうして、アルジュナは腕を高く上げ指を鳴らした。

 ぱちん、と響き渡る快音。

 合図を受けた侍従たちは音もなく部屋に集う。

 その様子に従者は、ひどいデジャヴを覚えた。

 

 この流れさっきも見たぞ。

 

「みなのもの、彼女に相応しい装いを!皆に彼女の功績を知らしめるのです!!」

「えっ」

「精霊よ、安心してください。このアルジュナ、一度戦うと決めたものならば必ず勝利します」

 

 その点についてはまったく心配しておりません……。

 告げかけた言葉は、他の侍従たちに攫われたことで露と消え失せた。

 あと、あまりにも楽しそうに闘志に燃えた主の姿に水を差すのもどうかと思われたので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜。

 穴に入りたい気持ちを耐えながら、必死に背筋を伸ばして歩く従者の姿が観測されたことは言うまでもない。

 

 主と揃いの上等で品のある白いサリー。

 同じ色の茉莉花(ジャスミン)の花輪で飾られた髪。

 気恥ずかしそうに薄らと赤く染めた頬。

 

 彼女は紛うことなく、今宵の華の一輪であった。

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