プロローグ
「……ふぅ」
照りつける太陽と地面からの反射熱で吹き出した額の汗を首に巻いたタオルで拭う。この日、僕こと
優しくて物静かな同居している方のお祖母ちゃんは一代で財を築いた実業家で家の庭だって広いし、雑草だって物凄く多くて抜くのも大変なんだ。……どうして一人でやっているかは詳しく言いたくないなぁ。ちょーっと歴史のテストのヤマが外れちゃってさ。お母さんがカンカンで大変だったよ、全く。夏休み中のお小遣い半額か草むしりなら草むしるよね、普通。
「まっ、こんなもんかな?」
麦わら帽子がズレたので直し、また汗を拭った僕の足元には抜いた雑草が積み重なっている。少し喉が渇いたし、高校の入学祝いに買って貰った腕時計は三時を指示している。……三時?
「やばっ! もう時間だよっ!?」
慌てて家に戻ろうとした時、何とも正反対な足音が背後から二つ近付いて来る。振り向くと其処には僕が慌てた理由である二人が居た。二人とも老人だけど腰は曲がっていないし杖も必要ない足取りだ。
「おうおう、ご苦労さん。プリン買って来てやったぞ、プリン! お前さん、プリン好きだからな!」
「その前にシャワーでも浴びて汗を流してきなさい。年頃のレディですからね。其れと日焼け止めはちゃんと塗りましたか? 虫除けも忘れては駄目ですよ?」
下駄の音を鳴らしながら歩いて来るのはお母さん側の
そしてもう一人が同居している
「空也お祖父ちゃん、いらっしゃい! 今日は泊って行くの?」
「ん? ああ、示現と飲みに行って帰ろうと思ってったんだけど、璃癒がそう言うなら泊るとすっか! 何かと五月蠅い馬鹿娘も居ねぇしな」
「……はぁ。璃癒ちゃんは泊って行くのかと訊いただけでしょうに。まあ、夫婦で旅行に行っている事ですし泊って行く様に勧める予定でしたが。……君はあの頃もそうやって思うが儘に行動して、
ガハガハ笑う空也お祖父ちゃんに対して示現お祖父ちゃんは少し呆れた様子。幼稚園の頃から餓鬼大将といさめ役って関係だったらしい。それにしても久々に聞いたな、その名前。
奈月って言うのは空也お祖父ちゃんと結婚した方のお祖母ちゃんの名前だけど、エリザっていう人には会った事がない。三人共の友達らしいけど、何処で会ったとか、その人の名前が出る時に言うあの頃とかについて訊いても胡麻化されるんだ。……うーん、ちょっと不満かな?
「おいおい、高校生にもなって不貞腐れて頬膨らましてるのが居るぜ」
「こら、止めなさい」
僕の頬を面白そうに突いて来る指を示現お祖父ちゃんが止める。高校生だって分かってるならもう少し子供扱いはどうにかして欲しいよ、まったくさ。でも口で言っても聞かないのは分かって居るから何も言わないで家に向かおうとする。汗だって早く流したいしね。
あっ、そうそう。僕はポニーテールの健康そうな体の女子高校生だよ。身長は普通で……胸についてはノーコメント。
「あっ!」
一陣の風が吹き、麦藁帽子を舞い上げる。慌てて掴もうとして振り返るけど僕の手は何も掴めなかった。其れは掴み損ねたとかじゃなくって、麦藁帽子が消え去って……。
「勇者様っ! どうかこの世界をお救い下さいっ!」
「……へ?」
純和風の庭は何時の間にか荒廃した西洋の神殿跡みたいな場所に変わってて、如何にも巫女って感じの服を着た金髪碧眼のお姉さんが跪いて僕に懇願してきたんだ。
もう一度……えぇえええええええええっ!?
神聖都市ロザリンド、其れが私の故郷の名前。清貧を良しとし、強欲傲慢を戒めるロザリンド教の大本山。階級が一定以上上がる事によって罰則事項が増え月々の手当もさほど上がらない等の不正腐敗を取り締まりが機能し、救いを求めてきた貧民には一時の助けではなく新たな仕事で自立の道を、孤児には学びの機会を、そんな場所でした。
甘い香りが漂うお花畑、恋人や家族連れが集う噴水の公園、質実剛健を基本にした聖堂、私が育った孤児院……もう何も残っていません。
「エリーゼ、良かったわ。貴女だけでも生き残っていて……」
「司祭長! 一体何が……」
其れは私が孤児院の子供達との約束で、満月の晩にだけ咲くアルテミスという花を摘みに行き、一晩掛かって漸く見つけて山を下りると全てが終わっていたのです。
ベンチに座って読書をしていた公園も、喧嘩ばかりだけど実は仲が良い夫婦が経営するパン屋も、絵本に出て来たアルテミスが見たいと言ったフィーヌや私のスカートを何度もめくって叱られていたチェッキーの居た孤児院も、その場所に居た人まで纏めて破壊され焼き尽くされていました。
そして、倒壊した聖堂の中で瓦礫の下敷きになって虫の息の司祭長……私にとって母親同然だった彼女は私の手を握り、私に都市の宝であり一年に数度だけ儀式の際に公の目に晒される一冊の古文書と紫色のクリスタルのペンダントを差し出したのです。
「禍人の…復活で…す。勇者を…世…界の希…望を……エ…リーゼ、私の…可愛…い娘。貴女…を愛して…いる…わ……」
禍人と勇者、それはアルテミスが出て来た絵本にもなっている伝説。三百年前、魔界より侵攻してきた禍人と呼ばれる存在、その王である魔王アステカウスを討ち滅ぼし二つの世界を繋げるゲートを破壊したとされる四人の英雄。一人は今のエルフの女王様であり御伽噺ではなく歴史書にも記された話。そして重要なのは此処から。
司祭長が私に託したネックレスの名は秘宝バルトル。異世界より三人の英雄、勇者とその仲間を召還する力が有ると伝わっています。
……本来ならば都市の壊滅を知らせ、相応の準備を整えてから行うべきなのでしょう。ですが冷静さを失った私は古文書に記された満月の欠け始める最初の夜、都市が壊滅してから最初の晩に儀式を行い、三人の異世界人を召喚したのですが……。
(私は何という事を……)
訳も話さず謝罪もせず懇願した私が目にした三人の姿、私よりも年下の少女、そして二人のお爺さん。少女は完全に困惑し、お爺さん達は何やら囁き合っている様子。例え伝承の英雄達が少年少女であったとしても、私はこの様な人達に別の世界の命運を押しつけたのかと後悔と自責の念に潰されそうになる。
「申し訳御座いません。今すぐ説明を……」
せめて説明をして存分に罵られ殴られ……殺される事すら覚悟しました。何せ召喚された者は世界を救うまで元の世界に帰還出来ないのですから。だから、それは私への当然の報いだと、せめて誠意を示そうともう一度三人の姿を見た私の目に先程まで存在しなかった物が映っていました。
璃癒 勇者見習い Lv11
(これが伝承に残る召喚者に与えられる力……ステイタス看破)
その者の名とクラス……クラスとはその者の持つ力を段階と種類に分類した物、そして力量を示すレベル、それらを総称してステイタスと呼び、其れを見抜く力が与えられるとされています。伝承によれば一般人よりは数段高いレベルですが……。
「お嬢さん、少々お聞きしたいのですが……此処はロザリンドですね?」
「今のエルフの女王はチビニア……チルニアで合ってるか?」
「な…何故その名を……え?」
謝罪を忘れるという愚行を行った私に対しての問い掛けは余りに想定外。勇者様も困惑した様子でお二人に視線を向け、私はお二人のステイタスに我が目を疑う事になるのでした……。
示現 救世の勇者(先代) Lv100
空也 救世の大賢者(先代) Lv100
「はぃいいいいいいいいいいいいっ!? ぜ、前回の勇者様と賢者様ぁああああああああっ!?」
この時の驚きと醜態を私は一生忘れないでしょう。人前で此処まで叫んだのは後にも先にもこの時のみなのですから……。
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