伝説の勇者の爺共   作:ケツアゴ

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少年の要求

 うちの兄は馬鹿である。ある日の事、朝からボーっとしてご飯も食べないので心配して声を何度も掛けたら漸く反応して……。

 

「何か大切なことを忘れている気がしてな。……朝飯を食べるのを忘れていたと思い出した。朝のメニューは何だ?」

 

 お昼前に何言っているのさ!?

 

 そしてこれは序の口で、目の前にそびえ立つ岩山を登りも迂回もせずに迷い無く突貫工事でトンネルを作ったり、師匠から送られてきたアクセサリーを売って旅の資金を稼ぐ時も代金やお釣りの計算に手間取って十歳下の僕に頼るしさ!

 

「……お前は凄いな。頭が良い弟で助かる」

 

 ……いや、二十にもなって九九に苦戦する兄ちゃんに誉められてもさ。うち、ちゃんと学校に通える程度には裕福だったじゃん。師匠にも最低限の勉強はさせられたでしょ!?

 

 そんでもって馬鹿な兄ちゃんだけど……嫌いじゃない。もうディハス兄ちゃん以外に僕の家族って居ないし、僕を守ろうとしてくれるし。

 

 

 ……でもさ、直して欲しい部分は未だある。女の人を無自覚に口説くんだよ、兄ちゃんって。なんかね、呪われてるって位にピンチの人に遭遇して善人だから助けるんだけど、その時の台詞がさ……。

 

 

「……安心しろ。お前を傷付けさせはしない」

 

「俺がお前を守る。絶対にな」

 

「こうして出会ったのは運命なのだろうな」

 

 こーんな感じで女の人に惚れられて、無自覚だからお礼がしたいと言われたら素直に受け取るんだ。じゃあ飯を奢って。高いと不安だから一緒に来ると助かる。こう伝えたくって……。

 

 

 

「……お前との食事で十分だ」

 

 わざとやってない?

 

 極めつけはこの前、ガルムの女戦士を助けてた時に胸を握ってしまったんだけど、相手に婿になれって言われてさ……。

 

「無辜、つまり罪を償って真っ当な人間になれと言われてな。……すまない。俺が牢屋に入っている間は危ないことをするな」

 

「いや、結婚しろって事だよ?」

 

「……何を馬鹿な」

 

 この後、兄ちゃんを言いくるめて旅立って、追いついて来たガルムのハティルさんに説明したんだけど……。

 

「そんな馬鹿が何処にいる!」

 

 貴方の目の前にいるよ? てかさ、何時も物憂げで陰があって寡黙で、とか何とか言うお姉さん達が多いけど、ボーッとしていて何も考えてないだけだから! 

 

 そんな兄ちゃんが居たら面倒だからって別の荒仕事を押し付けた僕はガルムの祭りであるラメリュスに露天商として参加していた。

 

 

「うわー! お姉さん、凄く綺麗だね。これなんかお姉さんの美貌を際立たせると思うな」

 

「あら、お上手ね。じゃあ、一個買っちゃうわ」

 

「お姉さん、ありがとう! だーい好き!」

 

「……三個追加で。お土産も必要よね」

 

 こんな感じで師匠が送ってくれた品を売って情報も噂レベルだけど結構集まったから後は適当に終わらせようと思った時、ちょっとだけ関わったお姉さん達と再会した。

 

 

 

「確かセウス君でしたよね。ディハス様……いえ、ディハスさんは居ないのですか?」

 

 キョロキョロと残念そうに兄ちゃんを探すエリーゼさん。この人は一目惚れしたタイプだね。ずっと真面目に生きてきて、何か救って上げたいって思う雰囲気の美形にコロッとやられちゃったタイプ。聖職者で兄ちゃんに惚れた人に多かった。主ではなく愛のために生きます、とか言ってくるのも居て大変だったよ。

 

「久し振りって程でもないか。セウス君、元気してた?」

 

「うん! お姉さん達も元気で綺麗だね! 兄ちゃんは別のお仕事だよ」

 

 こっちの璃癒ってお姉さんは兄ちゃんに興味なしって感じでフレンドリー。……これが今回の勇者なんだから驚きだよ。まあ、勇者って言っても人間だから当然だけど。妙に神聖視とか高い理想を向けているのが多いからね。特に自分では何もしないタイプにさ。

 

 僕はあのお爺さん達が側に居ないのに少し安心する。相手のステイタスを見抜く最上位鑑定系魔法が込められたペンダント、師匠が作ってくれたマジックアイテムの力でも一瞬だけ見えた三人の本当のレベルとクラス。どれだけ強力な偽装系魔法を使っているのかと思うよ、まったくさ。

 

 璃癒 マジックナイト レベル15

 

 これが偽装によって表示された今のお姉さんのステイタス。もう一人の方も短時間でクレリックからウォークレリックに変わっているし、何がどうしたんだか……。

 

 

 

「それよりお姉さん達、このペンダントが欲しいんだね? ……ねえ、ちょっと僕のお願いを聞いてくれるなら値段をおまけしちゃうけどさ」

 

 まあ、別に良いさ。重要なのは利用できるかどうかって事だもん。目的を果たすため、復讐のためなら形振り構ってなんかいられないんだ……。

 

 

 

 

 

 森の中をジークが凄い速さで疾走する。端から見れば黄金の疾風が通り過ぎたみたいに見えるだろうね。子犬程度の大きさだったのに今は全長が二メートルを越えていて、背中には僕と璃癒さんが乗っていた。

 

「ひゃっほー! 速い速ーい!」

 

 後ろで僕の肩に手を置きながら風を全身に浴びるために体を起こす璃癒さんはバランスを崩す様子もない。僕だってジークに乗るのに慣れたのは結構時間が掛かったのに僅かな時間でコツを掴んで羨ましいな。

 

「璃癒さん、危ないからさ」

 

「あっ、ごめんごめん。身を低くして乗るんだったね」

 

 突き出した枝とかモンスターの攻撃とかもあるし、何よりバランスを崩しやすい。だから一応注意すると素直に姿勢を低くして前に座る僕に身体を密着させた。

 

 少し良い匂いがしたし、胸は小さいけど柔らかい身体の感触が伝わってドキドキする。十歳だし、仕方ないじゃん。こっちは意識する年頃でも向こうは子供扱いするから平気で身体を密着させるんだもん。師匠だって一緒にお風呂に入りたがるんだもんなぁ……。

 

「ねぇねぇ、もっと速く走って良い?」

 

 森の中の荒れた道を馬の数倍の速度で走っていたジークの顔面めがけてホーネット種の下位モンスターであるノーマルホーネットが向かって来たけど簡単に噛み砕いて三つの頭でムシャムシャ食べている。食べ終わると更に速度が上がり、真ん中の頭が僕達を向いた。

 

 魔法で大きくなっても中身はジークのままだから素直で良いんだけど走り方が雑だから上下に凄く動く。正直言って勘弁して欲しいんだけど、後ろからもっと速くなるんだって期待を感じるんだよね。ジークだって僕を乗せてもっと走りたいって顔をしているしさ。

 

 僕は仕方ないかと諦めて軽く頷く。一瞬で速度が1・5倍にまで急加速した。……ジーク、後でお仕置きね……。

 

 

「ひゃっほー!」

 

「わーい!」

 

 ……無邪気って良いなあって、意識を何とか保ちながら思う。風景が矢みたいに後ろに飛んでいって、風はもう壁に体を押しつけているみたいに感じる。ハティルさんは僕にこんな事を言ってたっけ。

 

 

 

「我が婿の弟なら私の弟と同じだ。魔法系のクラスだろうが一流の戦士に鍛えてやる」

 

 少しだけでも鍛えて貰うんだったかなぁ、って思いながら僕はこの地獄が速く終わってくれないかなって願うのであった……。

 

 

 

 

 

 

「大丈夫? ジークから降りた時にフラフラだったけど体調でも悪いの?」

 

「お兄ちゃん、病気なの?」

 

 森の中の開けた場所で一旦休憩、焚き火の前で寝転がった僕の顔を璃癒さんが覗き込んでジークは元の大きさでベロベロ舐めて心配している。涎の治癒効果で身体は楽になってもベトベトになったから顔を拭きたいって思ったら璃癒さんがハンカチで拭いてくれた。この人、やっぱり明るくて優しい人だな……あれ?

 

 頭の下に柔らかい物を感じる。これってまさか……膝枕? うん、間違いないや。ちょっと意識を失い掛けた間に膝枕をされてたんだ。きっと地べたに頭を置くのはって事だけど少し恥ずかしい。でも、もう少しだけ……。

 

 心地よさに僕は瞼を閉じる。そして何時の間にか静かに寝息を立てていた……。

 

 

 

 

 

 

「……寝ちゃったよ。僕に弟がいたらこんな感じだったのかな?」

 

 枕もなかったし膝枕をしてあげてたら寝ちゃったセウス君の顔を眺めながら少し昔を思い出す。奈月お祖母ちゃんに膝枕とかして貰ってたし、帰ったら肩でも叩いてあげようか。

 

 それにしても気持ち良さそうに寝ているや。子供だし長旅みたいだから疲れているんだね、きっと。

 

 

 大騎獣レースに出場したいからパートナーになって欲しい、それがセウス君からのお願いだった。レースまで後少しだから今は練習中って訳さ。

 

 元々僕は速い乗り物が好きで奈月お祖母ちゃんがオーナーをやっているサーキットでスポーツカーの助手席に乗せて貰ったり、バイクの免許だってお小遣いを貯めて取るつもりだし、遊園地ではジェットコースター系には三回は乗る。

 

 だから渡りに船で引き受けたんだ。後でお祖父ちゃん達には事前相談しなかった事について怒られたけどさ。

 

「じゃあ、僕はご飯狩ってくるねー!」

 

「うん。セウス君は僕が守っておくから気を付けてね」

 

 最初は他に飼い慣らしたモンスターでもいるのかと思ったらジークが大きくなるんだもんな。因みに大きくなった時に真ん中の頭の耳の間を撫でたらくしゃみをするらしい。……ちょっと聞いてみたいな。

 

 意気揚々と森の中に入っていくジークのお尻を眺めながらセウス君のほっぺを指で突つく。プニプニでスベスベ。こんな子供だけど大変な旅をしているし、レースに出るのだって優勝の賞品の願いを叶える権利を使ってガルムに集めて欲しい情報があるって聞いてる。強い戦士が揃っているから多少の危険は大丈夫だからって。

 

 多分、イルマ・カルマって禍人に関する情報なんだろうな。何でその情報を……とは訊かない。こんな世界だし予想は付く。だったら無闇に思い出させる真似はしたくないんだ。だって、この子のレベルは僕より高い18でクラスだって魔法系のハイウォーロック。エリーゼが言うには余程の才能と修練がなければ会得が無理らしい。

 

「もう少し子供らしく生きられたら良かったのにね……」

 

 寝ているセウス君の頭を撫でようと手を伸ばす。手に伝わってきたのは他人の手の感触で、横には知らない女の人が居た。……誰!?

 

 

「……えっと、どちら様?」

 

「この子、私の弟子。……違った。この子、私の可愛い愛弟子。……兄の方はどうでも良い。この子が大切にしているから関わっている」

 

 わざわざ言い直すくらいセウス君を可愛がっているのだけ伝わってくるけど、抑揚の殆ど無い声じゃ感情も読めない。ただ喋っている間もセウス君を撫で回し、何時の間にか僕の膝から自分の膝の上に移していた。は…速い! この人、ただ者じゃないぞ……。

 

 

 顔はフードと口元を隠す覆面で分からないけど目元は美人に見えるし、髪は絹みたいな銀。触った肌もスベスベで白くて綺麗だった。そして何よりも胸が大きい。服の下で窮屈そうにしているのは巨を通り越して爆である。……絶対にただ者じゃないぞ。

 

「……ん。 そっちは?」

 

「僕? この子にレースのパートナーになって欲しいって頼まれたから練習しているんだけど……」

 

「……そう。じゃあ、私はそろそろ行く。面倒だけどお仕事。お母さ……師匠が顔を見に来たって伝えて。あと、これも食べろって」

 

 セウス君の師匠さんの横には山盛りの野菜が入ったザルが置かれていて、全部新鮮で瑞々しい。最後に名残惜しそうにほっぺの辺りをゆっくり撫でた後は現れた時と同じ様に一瞬で姿を消していた。……本当に何者なんだろう?

 

 やっぱりセウス君の師匠なんだし凄腕の魔法使いかなって思った時、ジークが獲物を咥えて戻って来た。影に紛れそうな色の子牛のモンスターだった後で訊いたらシャドウバイソンって名前らしい。

 

「……困ったな」

 

 血抜きとかした事ないや……。

 

 

 

「僕達は師匠に食べるように言われてたけど、お姉さんの所もなんだね。……人類の敵って認識があるのか他の人は食べないんだもん、勿体ないよ。知らなかったら絶対に美味しいって言うくせにさ」

 

 結局血抜きはセウス君に教わって私が解体まで終わらせて、今は枝に突き刺した肉を焚き火で炙ったり熱した石でじっくり焼いている所。タレが欲しいと思ったけど、まるで唐辛子を練り込んだみたいな辛みがあって十分美味しい。分厚いタンをじっくり焼いて、テールはスープにしたいけど冷やして脂を取るとか手間だから仕方なく焼いて食べている。

 

 コーラとかジンジャーエールが欲しいかな? それにしても美味しい。口の中でとろけてさ……。

 

「本当はもっと強かったら美味しいだよね、更に。肉が固くなっていくから包丁が通らない時もあるけど」

 

「なん…だって……!?」

 

 あっ。野菜もちゃんと食べたよ。シャキシャキで甘くって美味しかった。

 

 

 

「それにしても師匠ってば璃癒さんの前で……」

 

 ジークとの練習も一段落して帰り道、汗でベタベタだからお風呂に入りたいって思いながらの道中でセウス君は少し恥ずかしそうにしていた。うーん、僕も人前でお母さんに甘やかされたら少し照れるから気持ちは分かるよ。

 

 僕がそう伝えたら少しホッとした様子だったし、普段もあんな感じなのかな?

 

 

「修行は厳しいのに他ではベタベタして来てさ。髪を洗ってやるってお風呂に入ってきたり、朝起きたら抱き枕にされてたり、師匠だと変に目立つから街に出掛けた時はお母さんって呼べとか言ったりさ」

 

 山奥で暮らしていた師匠さんことキルケルさんは随分と変わり者だったとセウス君は語る。そろそろガルムの拠点が近いって時、急にジークが飛び跳ねた。

 

 

「わわっ!?」

 

 咄嗟に身体が浮いたセウス君を抱き締めて地面を見たら影の刃が突き出している。ジークが木を蹴って移動すると次から次へと影の刃が襲って来た。よく見れば刃になった影は夕日に照らされて向こうから伸びてきているのが分かる。その先には十頭ほどのシャドウバイソンが此方を睨み付け鼻息を荒くして立っていた。

 

 

「ブルルルル……」

 

 一斉に後ろ脚の蹄で地面を掻き、頭を低くして突進の構えをとる。多分さっき食べて今も角とか持って帰っている子牛の仲間だよね。死体を渡したら帰ってくれる……な訳はないか。

 

「セウス君、僕が前衛を……」

 

「アイススフィア」

 

 受け持つ、そう言おうとした僕の真横を蒼い球体が通り過ぎてシャドウバイソンの中心で炸裂、内包した冷気を吐き出して氷像が出来上がった。凄いのは周囲の騎の枝も白く凍っているのに僕の方には冷気が来ていないって所。……うわー、凄いな。

 

 

「へへん! どうかな?」

 

「うん。格好良かったよ。少しドキッとしたかな?」

 

「……そう」

 

 子供らしく振る舞いながら聞いてきたから素直に誉める。夕日の影響か少し顔が赤くなって見えた。

 

 

「僕も負けていられないや!」

 

 もっと強くなるぞ! 偽勇者なんかに負けないのは当然で、魔王だって倒せる位に!

 

 

 

(あーあー、調子狂うや。利用するだけの予定だったのにさ……)

 

 

 

 

 

 

「り…璃癒さんもお帰りですか。お風呂に入りたい……です」

 

「璃癒さん、やっほー!」

 

 僕達が滞在しているテントに戻ると丁度エリーゼも戻って来た所。子供は同伴者が必要だからってスクゥル君も出場するにはパートナーが必要でエリーゼを選んだんだ。乗っているのはスクゥル君が育てたドラキリーのギーシュ。エリーゼも大変だったのかヘロヘロな状態で虚ろな目をしてた。

 

 ドラキリーの見た目を例えるなら恐竜のラプトル。大きさは成体ではないのに二倍近くはあって鱗は黄金。ゴツゴツした尻尾やドラゴンって感じの顔が勇ましい。背中から降りたスクゥル君に顔を擦り寄せている所は可愛いけどね。

 

 

「エリーゼ……大丈夫?」

 

「な…何とか。偽勇者なんかに間違っても優勝させる訳には行きませんし……」

 

 フラフラと頼りない足取りでお風呂に向かっていくけど大丈夫かな? 間違って男湯に行きそうだし見張っておかないと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうして居るのさ?」

 

「あー! お姉ちゃん達だー!」

 

 今、僕の前には顔を背けて呆れ声のセウス君と無邪気なジークが居る。はい、偉そうにしておきながら間違えました。天幕に覆われたお風呂場。地面に掘られた穴に嵌め込んだ浴槽は大きくって温かそうな湯が張られている。少し匂いがするから薬湯の類かもね。

 

「えっと、ペットをお風呂に連れ込むのはマナー違反ですよ?」

 

「此処、僕の貸し切り。師匠がジークと入れるようにってお金を払ってくれてたんだ」

 

 うん、エリーゼ、ちょっと論点がズレている気がするな。僕達がするのは今すぐ出て行って女湯に行く事。……昔の公共浴場って感染症とか酷かったらしいし不安なんだよね。魔法でどうにかなるって話だけどさ。

 

 

「……あのさ、多分大勢用のお風呂は混んでるし汚くなってるだろうから使う?」

 

「うん!」

 

 僕は服の早脱ぎは大得意だし今すぐにでも入りたかったから遠慮なく入らせて貰う。でも飛び込んだのはマナーが無かったかな? 何かピリピリする気がしたし、手で掬ったらすり潰した葉っぱみたいのが入ってた。

 

「まあ、後でだから一旦出て行って……うぇ!?」

 

 ……あっ、やっぱり? もう汗でベタベタだったし早く入りたいなって思ってたから思わず飛び込んだけど、そりゃそうだ。後でって決まってるよねー。

 

「り…璃癒……」

 

 背後からエリーゼの呆れと……少し怒りが込められた声が聞こえてくる。子供だし平気かなって思ってたけど考えが違うよね。

 

 

 恐る恐る振り向けば僕が飛び込んだ時に飛び散ったお湯でビショビショになったエリーゼの姿があった。

 

「怒ってる?」

 

「何で怒っていると思うのですか?」

 

 笑顔だけど絶対に怒ってるよっ! 黒い笑みを浮かべながら僕を見下ろすエリーゼは肩を震わせている。疲れているから余計に余裕がないんだろうけど……。

 

 

「……乾かすにしても服を脱がなくちゃ駄目ですし私も入ります! セウス君、良いですね?」

 

「……あのさ」

 

「良いですね?」

 

「……うん」

 

 笑顔の圧力でセウス君の言葉を封じたエリーゼは服を脱ぐと僕と違って大人しくお風呂に入る。まあ、薬湯で濁っているから裸は見えないし平気なのかな?

 

 ちらりと視線を送ったら胸が浮力に負けてプカプカ浮かんでた……くっ! あれ? ジークが僕とエリーゼを交互に見て不思議そうにしてるけど……。

 

 

 

「璃癒お姉ちゃんとエリーゼお姉ちゃんのお胸って全然違うね! なんでー?」

 

「こふっ!」

 

 ジークの無邪気な刃が僕にクリティカルヒット。精神に多大なダメージをおった。

 

 

 

 

「恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい……」

 

「いや、自業自得だからね? 言っておくけど悪い人を敢えて上げるなら璃癒さんだから」

 

 お風呂でリフレッシュして落ち着いたのか、お風呂上がりのエリーゼは真っ赤にした顔を手で覆っている。うん、ごめん。反省しておくよ。

 

 

 

 セウス君にも悪い事したしアイスみたいな奴があったからご馳走しようと思ったら向こうでスクゥル君がフェンさんと話をしていた。フェンさんは相棒のドラキリーのグレーに乗って何処かに出掛けるみたい。

 

 

 

「父ちゃん、大丈夫?」

 

「何、心配はいりません。狩りに出た人が帰ってこないから様子を見に行くなど何度もあったでしょう? レースまでには帰って来ますよ」

 

 フェンさんはスクゥル君の頭を撫でるとグレーを走らせて彼方に消えていく。族長って大変だね。こんな時間に人捜しなんてさ。何度もあったなら直ぐに見つかると思うけど……。

 

 

 

 

 でも、次の日になってもフェンさんも、彼が探しに行った仲間も帰って来ないまま大騎獣レースの時間がやって来た。大波乱の幕開けだ。


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