伝説の勇者の爺共   作:ケツアゴ

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悪意

「おーえす! おーえす!」

 

 未だリタイアしていない出場者が全員通り過ぎた川の岸では巨大な地引き網を引っ張るキグルミの集団の姿があった。不審者丸出しの彼らは扇子を振るパンダのやる気のない掛け声に合わせて力を込めて網を引っ張り上げた。

 

 異様な光景ではあるが水中では更に異常な光景が繰り広げられている。魚も川の住人であるモンスターも網に振れると気を失い、先程引き込まれた犠牲者の死骸以外は網を通り抜けた。

 

 最終的に地上に引き上げられたのは人や彼らが乗っていたモンスターの死骸のみ。一カ所に集められた。死体に向かってパンダが右手を前に突き出すと周囲の地面一帯に広がる巨大な魔法陣が出現した。

 

 

「我が権限によって裁定するっ! この者達の身に起きた事は不当なる神罰として無効っ!」

 

 死体は全て無残な事になっていた。全身の肉を齧られた者やバラバラにされた者、表情も悶え苦しんだ様が現れて口にするのも憚られる程に悲惨な結末を迎えたのが一目で分かる。いや、分かった。

 

 魔法陣から立ち上る光の柱が消え去った時、眠っているだけのような安らかな顔で五体満足な死体となっていたのだ。

 

「さて、これでオッケー! 悲劇の度が過ぎる程に関わった禍人の力となる穢れが増えるからね。……適度に死なないと勇者の必要性が下がって儀式に支障が出るから面倒だよ」

 

「……」

 

「あっ! ご苦労様ー!」

 

 パンダが一仕事終えたとばかりに額に手を当てた時、背後に黒子が降り立つ。それなりの距離とかなりの高さを持つ大瀑布の崖上から衝撃を殺して殆ど音もなく着地した黒子はその腕でナミラをお姫様抱っこしていた。

 

 

「話すですぅ! 変態がナミラに触るなですぅ! お前みたいな変な格好のチビが触って良い存在じゃないんですよぉ!」

 

 高所長距離からの飛び降り大剣を経験されられたにも関わらず元気に手足をバタバタ動かして暴れるナミラの

 

「あはははははっ! 酷い言われようだね、君。まあ、そんな格好で一言も喋らないとか。…」

 

「!?」

 

「え? 僕がその格好をさせてるって? ……忘れてた。いや、ずっと変な格好するよねって思ってたけど僕が冗談で渡したんだった。ぶっちゃけ下手な伝説クラスの鎧を上回る性能だけどさ。あと、着ていると喋れなくなる呪い付き」

 

 自分を指さしてリアクションで抗議してくる黒子にもパンダは脳天気。ガックリと膝を折る黒子の腕の中で未だにナミラが暴れる中、一陣の風が吹いて顔を隠す布がめくれ上がった。

 

「ナミラはお金を貯めて美少年を侍らせて……侍ら……せて……」

 

 腕の中、黒子の素顔を至近距離で見たナミラは凝視し、暴れるのを止めて嬉しそうに彼の首に抱き付く。どうやら随分とお気に召した様子だった。

 

 

 

「……あのぉ、好みの女性はどんな子ですかぁ? ナミラはお料理も魔法も結構自信がありますよぉ? 胸だってそれなりに有りますしぃ……」

 

「彼、ロリコンだよ。幼い女の子が大好きなんだ」

 

「なん…だと……」

 

 今度はナミラがガクリと肩を落とし、その指からパンダが黒い指輪を抜き取る。よく見れば網にもスレイブリングが引っ掛かっていた。

 

 

 

 

「……むぅ。これを作ったのは……シアちゃんかぁ。あの子以外だったら嬉しいのになぁ……」

 

 二つ共を口に入れて咀嚼した後、パンダは少しだけ悲しそうに肩を落とした……。

 

 

 

 

 

 

 

「また行き止まり。……セウス君、君って地図読めないの?」

 

「まさか。兄ちゃんじゃ有るまいし、地図くらいちゃんと読める……んだけどなぁ」

 

 これで通算十回目の行き止まりに地図を手にしたセウスは困り顔だ。幾ら入り組んでいても特徴的な通路と比べてみれば今の道が正規ルートであるのは間違い無い。現に後から何人も同じ行き止まりにやって来ていた。

 

「あのね、あのね! お兄ちゃん、こっちから風の臭いがしなかったから不思議に思ってたんだ! それでね、あっちからエリーゼお姉ちゃんの臭いがするよ!」

 

「でかした、ジーク! 後でお肉を買ってあげるからね!」

 

「やったー!」

 

 お肉と聞いて尻尾を激しく振りながらジークは一気に加速する。岩肌に身体をぶつけないように身を低くした二人の前にギーシュに乗ったスクゥルとエリーゼの姿が見えてきた。

 

「ちょっと君! 地図が微妙に違うんだけど!? それと他のガルムの人達は?」

 

「それは途中で俺も気が付いたっ! 洞窟に慣れた自分達は直ぐに分かって有利だし、不手際で主催者サイドが恩恵を受けるのは嫌だからって他の選手を案内するってさっ! 君もついて来てっ!」

 

 ガルムにとって大騎獣レースは信仰を捧げ誇りを懸ける神聖な物。故の行動であったが、ジークはギーシュの横を一気に駆け抜けた。

 

 

 

「僕達に先導は必要無いよ。ジーク、風の臭いを頼りに一気に進めっ!」

 

「うん!」

 

 忽ち小さくなって行くジークの姿にスクゥルは面食らい、直ぐに楽しそうな笑みを浮かべた。

 

 

「ギーシュ、俺達も行くよ!」

 

「グルッ!」

 

 彼の声に応えてギーシュも加速して追走。この二人が現在の所トップ争いをしている……筈だった。

 

 

 

「ひゃはははは! 遅いな、お前達!」

 

「彼奴、何時の間にっ!?」

 

 前方の横道から急に現れたリュートに驚いて横目で彼が飛び出してきた道を見るが行き止まり。璃癒が驚く中、バイコーンは高くジャンプをして天井に角を叩きつける。罅が天井に広がって小石がパラパラと落ち、大規模な落盤が発生した。ガラガラと

振動で洞窟を揺らしながら巨大な岩が落下する中、天井にぶつけた頭から流血しながらリュートが後ろを見て笑っている。

 

 当たれば確実に押し潰される規模の岩が迫る中、璃癒とセウスは同時に片手を突き出した。

 

 

「「フレイムジャベリン!!」」

 

 頭上から迫る無数の巨大な岩に二つの炎の槍が向かい、着弾して爆散。粉々に砕いた。だが、その間に既にリュートは先へと進む。先程までは耐え切れない速度に平然としていた。

 

「……あれは何かやったね」

 

「ずるって事?」

 

「多分ね。まあ、ジークは強いし璃癒さんが居れば百人力だからね。僕が負ける筈がないよ。……えっと?」

 

「何となく?」

 

 セウスが何気なく口にした言葉に璃癒は笑みを浮かべて彼の頭を撫で回す。怪訝そうな顔を浮かべたセウスだが、嫌な気はしなかった。

 

(兄ちゃんや師匠とは何か違うんだよね。うーん、どうしてだろう?)

 

 少年は心に芽生えた慣れない想いに疑問を感じるも答えは出ない。実の弟に馬鹿と呼ばれる兄と少し溺愛気味の師匠では教えられないか教えないその答えが出るのは少し先の話。今は先程の疑問に答えよう。

 

 

「おやおや、何をなさっているのやら。私達は十分な商品をご提供した筈ですが足りなかったようですね」

 

「黙れっ! あの餓鬼さえ居なかったら俺がとっくに先頭なんだよ!」

 

 リュートは何か不正を行ったのか? 答えは是である。時間は少し遡り、一番遅れて洞窟に入ったリュートだが何時の間にか真横を商人が走っていた。疾走するバイコーンの真横をまるで鼻歌交じりに散歩するみたいな足取りで併走する商人は呆れた声を出し、怒鳴り散らすリュートに一本の瓶を差し出した。

 

 

「これを飲めば一時的に騎乗関連のクラスになれます。きっとバイコーンも乗りこなせる筈でしょう。……少々負担が強いお薬ですが」

 

「そんなのが有るなら最初から寄越せっ!!」

 

「ああ、それではどうぞ。ついでにこれはオマケです」

 

 奪い取るように薬を受け取ったリュートが薬を飲み干すと同時に彼の視界に映る景色が変わり、後方にセウス達の姿が見えた。

 

 

 

 

「ひゃははははっ! 俺が最強だっ! 俺こそが英雄「なんだっ!!」

 

 洞窟からトップで抜け出たリュートは高揚感に身を任せて笑う。その姿を空中に立った商人が上空から見下ろしていた。

 

 

 

 

「あひゃひゃひゃひゃひゃっ! 確かに願いは叶えましたよ、お客様ぁ! 所で最初にした商品のご説明は覚えてらっしゃいますかぁ?」

 

 腹の底から笑うように商人はリュートを嘲笑する。全力で走るバイコーン、その脚の方からミシリと小さな軋む音がしたが大地を砕きながら駆ける蹄の音に掻き消された。

 

 

 

「ああ、英雄と言えば匿った恩を仇で返して宝を奪った上に殺しにきた奴が居ましたね。婚約者を奪って逃げた後に

和解した上司に助けるか迷われて死んだそうですが」

 

 嘲笑から一変して憎悪の籠もった声で呟いた商人は数度首を横に振り、そして消えた。

 

 

 

 

 

 

「さて、任務を遂行するか」

 

 洞窟を抜けた先に広がるのは草木生い茂る巨大な森。一応整備されている道もあるが急な高低差等の悪路を避けているために遠回りとなっている。そちらの道にはボリック伯爵の部下が武器を構え罠を張って待ちかまえており、直線ルートだが非常に悪路なルートにはカジンの姿があった。

 

 覆面に褌姿と非常に高い肌面積は虫に皮膚を噛まれる結果を招いて非常に痒そうだ。だが、そんな様子は一切見せずに彼はナイフを構えて既に通り過ぎたリュートと同様に悪路を平然と進む者達の対応を任されていた。

 

 構えたナイフは刃に溝があって毒を塗り込みやすくした投擲用。腰からポーチを下げて収納している。そんな彼の前にスクゥルとエリーゼのコンビが姿を現す。木々の隙間を抜けて音もなく迫ったナイフはギーシュの右足に突き刺さる。だが、転ぶのを咄嗟に堪えたギーシュによって背中の二人が投げ出される事はなかった。

 

「ギーシュっ!」

 

「誰がナイフを……? いえ、今は治療が先です。何処か物陰に隠れて……きゃっ!?」

 

「……ちっ」

 

 エリーゼの頭部を狙ったナイフは直前で躱され木に突き刺さる。森に気配を同化させて狙いやすい場所に移動する途中、目前の草むらが突如音を立ててガジンはナイフを構えるが頭を覗かせたのはバイコーンであった。

 

「……迷ったか?」

 

 まさか森の中をグルグル回って戻って来たのではと、偉そうに言い訳を重ねるのならば少し何か言ってやろうと声を掛けるも返事なし。近寄ってきたバイコーンの背にはリュートの姿もなく、すわ振り落とされたかと呆れる彼の直ぐそばにバイコーンは寄ってきた。

 

「向こうに行け。……意味がないか」

 

 リュートの命令を聞いたのは前足に填めたスレイブリングの力だったかと追い払おうと命令した自分に呆れるガジンだが、ふと違和感に気が付いてバイコーンの足を凝視する。填められた筈のリングが存在しておらず、バイコーンを挟んで反対側に商人の姿があった。

 

 

 

 

 

「お客様、もう一度ご注意をしておこうかと思いまして。強い力だと負担が掛かるのですよ……アイテムに。おんやぁ~? 私、一度でもモンスターの身体に負担が多いから注意しろと言いましたか? 自己解釈はいけませんよ? あひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!」

 

 不気味な笑い声が耳に届くと同時にガジンの頭をバイコーンが噛み砕く。少し離れた場所には生きたまま内蔵をむさぼり食われたリュートの姿があり、ガジンの死体の血を啜ったバイコーンが見つめる先にはギーシュの治療中のエリーゼ達の姿があった。

 

 

 

「ヒーリング! 次はポイズンキュアス!」

 

 あの獲物は美味そうだとバイコーンは喉を鳴らして一気に疾走、前足で叩き潰そうと飛びかかる。突如真横から行われた襲撃にエリーゼ達は対応できない。

 

 

「グルッ!」

 

「うわっ!?」

 

 対応できたのはギーシュだけだった。長い尻尾で二人を弾き飛ばして逃がし、対価としてバイコーンの蹄の直撃を受ける。最後の瞬間、ギーシュはスクゥルのみを見つめていた。

 

 

「ブルル……」

 

 大して美味そうでもない獲物に邪魔をされた怒りから散らばったギーシュの肉片を蹄で踏みにじって唸り、スクゥルは怒りに任せて飛び出そうとして咄嗟にエリーゼが抱き止めた。

 

「ギーシュッ! ギーシュ!!」

 

「駄目です、スクゥル君! 此処は逃げて……」

 

 不可能だと言葉の途中で悟る。生物的な本能から来る恐怖で身体の震えが止まらない。せめてスクゥルだけでも逃がそうとしても精神に身体が追い付かない。一歩、また一歩と脅す為にゆっくりと近寄るバイコーン。最大まで恐怖を感じた時の血肉こそが最高だと舌なめずりをした。

 

 先ずは足を潰そう。次は手を潰し、殺さないように身体の端から時間を掛けて潰していく。絶叫は耳障りだが、絶叫すら上げられない時こそ最高の瞬間。

 

「ブルルルルッ!」

 

 エリーゼの足めがけて振り下ろす為に振り上げられた前脚。獲物を狩る前段階、その無防備な瞬間に真横から強烈な電撃が迸る。周囲を照らす程の電光にバイコーンの強靭な身体が揺らいで数メートル吹き飛ばされるも転ぶことなく持ち直す。

 

「ブルッ!」

 

 狩りから戦闘へ意識を切り替えたバイコーン。その視線の先には中央の頭の口から電撃を放った姿勢のままのジークが居た。

 

「ジークが美味しそうな果物に釣られたせいで迷ったけど……幸いだったかな? 取り敢えず……二人を連れて逃げようか」

 

「無理だよ、璃癒さん。……絶対に追い付かれる。例え強敵でも挑むしか生き延びる道はないよ」

 

 勇者達でさえも苦戦したというバイコーンに冷や汗を流しながら剣を構える璃癒と少しヤケクソ気味に杖を構えるセウス。その目前では頭を低くして突進の構えを取っていたほぼ無傷のバイコーンが角先で地面を削りながら突き進んで来た。

 

 

 

 一方、行方不明になったフェン達を探しに行った空也だが、関知魔法によって見つけ出す事に成功する。巨大な岩に囲まれて隠された檻の中に騎獣と一緒に捕まっていたのだ。

 

「こりゃ力封じか……」

 

 檻の真下に描かれた魔法陣は捕まえた者のステイタスを一定以下にまで制限するもの。では、制限されたエネルギーは何処に行ったのか、それは直ぐに分かった。

 

 

「逃げて下さい! 禍人が言うには一定以上のレベルが来れば罠が発動して……」

 

「忠告はありがてぇが……ちぃーと遅かったな」

 

 空也を逃がそうとフェンが叫ぶも地震でも起きたのか周囲が激しく揺れ、地面が割れる。周囲に点在するのは岩ではなく地上に突き出した巨大な岩の一部。それが意志を持って動き出した。

 

 

 

 

 

「……オオヤマツミやダイダラボッチの系統か?」

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 地中から出現したのは全長二百メートル以上の超巨大な岩のゴーレム。それが足を振り上げ空也目掛けて振り下ろした……。

 


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