伝説の勇者の爺共   作:ケツアゴ

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バイコーン 上

 バイコーンはリュートと出会ったその日から激しい憤怒をため込み続けていた。大して美味そうでもない、獲物としては下の下の存在に自我を抑え込まれて従わされる屈辱は計り知れない。

 

 これが本能のままに動く知能の低い獣ならば違っただろうが、皮肉なことにバイコーンは人語を理解する程度の知能を持ち合わせたモンスターであり、誇り高い気質であった。

 

「ひゃははは! これが俺の力だ!」

 

「相棒? おいおい、こんなの道具だろ」

 

「ちゃんと俺様の役に立てよ?」

 

 自分の全力に耐えきれない程度の存在の分際で道具扱いをして、その力が誰の力かも理解できない愚か者。リュートに対して早々にその様な評価を下していたバイコーンは無理に従わせられる命令の範疇で意趣返しを行っていたその最中、あっさりと解放された。

 

「おい、何止まってやがるんだ、駄馬が」

 

 足に填まっていた不愉快な道具が砕け散り、身体が急に自由となった事に怒りさえも忘れて呆然としていたバイコーンの頭を叩くことでリュートは激しい怒りを呼び戻した。命令を聞くからと背中に乗っていただけの状態で暴れられた事でリュートは背中から地面に落下し、此方を見下ろすバイコーンの脚に命綱であったスレイブリングが填められていないのに気が付いた。

 

「ブルルルルッ!」

 

「ま…待ってくれ! 俺達相棒じゃないか。だろ?」

 

 威嚇するように身を震わせて鳴くバイコーンにリュートは命乞いをしながら引きつった笑みを向けつつ這って逃げ出そうとして、その足に蹄が踏み下ろされる。骨が砕け肉が潰れた。

 

「ぎゃぁあああああああああああっ!!」

 

 あれほどに耳障りだった声が今は心地が良いと思いながらバイコーンはリュートの腹部に鼻先を近付け、腹を食い破る。偽勇者として好き勝手をしていたリュートは生きたまま内蔵を食われて死んでいった。

 

 だが、足りない。バイコーンの怒りは未だ収まらず、空腹も満たされていない。リュートの仲間だった男を食っても同じであり、怒りと空腹を収める為に見つけた獲物に襲いかかり、更に怒りを増大させた。

 

 目の前の獲物は五体。既に始末した獲物に乗っていた美味そうなのと放っておいて構わないの。後からやって来て邪魔をした少し鬱陶しそうなのが二体。そして初めて目にする少し面倒そうな獲物。

 

 そう、所詮は獲物だ。狩りの時に抵抗はされるが最終的に食べるだけの、そんな獲物でしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 僕は我ながら甘いって思ってしまう。バイコーンなんでヤバい相手に挑まずに逃げちゃえば良いのに、どうして戦いを挑んでいるんだろう?

 

 復讐を遂げるまで普通の人生は捨てるって誓った。他人は利用する対象だって思った筈だ。でも、こうして僕は絶対に勝てない相手に向かい合っていた。

 

「アイススフィア!」

 

 相手を凍り漬けに出来るし、倒せなくても氷が動きを鈍らせるお気に入りの魔法。大抵はこれ一撃で決着が付くし、動きを封じた所でジークや兄ちゃんがトドメを刺す。

 

 正面から突進してくるバイコーンはアイススフィアを避ける事なく角で弾いた。角を叩きつけられたアイススフィアは内包した冷気を解放するけど最大限の威力を発揮する距離にバイコーンは既に居ない。僅かに体の表面が凍っただけだ。

 

 バイコーンはそのまま氷に覆われた体で止まることなく向かって来た。全身に氷の固まりが付いているけど意に介した様子もないし、激しく動く度にボロボロ落ちていく。あーもー! 無茶苦茶過ぎるよ! って言うかレースの最中より速くなっているよね、確実に。偽勇者ってどれだけ邪魔だったのさっ!

 

「レッグブースト! アームブースト! マジックブースト!」

 

 立て続けに掛けられる強化魔法によって僕達の速度や力、魔法威力が底上げされる。前方より迫ったバイコーンに対して璃癒さんは僕を掴んで、ジークはエリーゼさんとスクゥルを乗せて飛び退いた。さっきまで僕達が居た場所を通り過ぎ、森の木をなぎ倒しながら進んだバイコーンは巨大な岩に衝突して砕いた所で止まる。ダメージは無いみたいだ。

 

岩の欠片が鬱陶しいのか身体を振るって払い除けるけど脳震盪所か立ち眩みすらしていない様子だ。文献でも結構な強さの描写だったし本当に逃げない自分が不思議だよ。

 

 ……いや、分かっているんだけどね。自分でも信じられないんだけどさ。

 

「操るのに使っているっぽいアイテムが無くなってるし、自由の身って事だよね? これは逃げる訳には行かないや。でも、セウス君は逃げて良いからね?」

 

「いや、僕もジークも残る。璃癒さん達だけ残せないよ」

 

 町一つ滅ぼすって危険なモンスターを放置できない正義感なんて僕にはない。兄ちゃんとジークと師匠以外は興味が薄かった僕だけど、何故かこの人の前じゃ格好を付けたくなったんだ。

 

「そう? なら心強いや。やっぱり君も男の子だね」

 

 笑顔を向けられたら妙だけど悪くない気分がする。でも、今の僕にはそれが何か分からなかった。

 

「来るよっ! フレイムアロー!」

 

「セイントアロー!」

 

 再びこっちに突進してくるバイコーンに僕とエリーゼさんが魔法の矢を放つ。総数二十位の矢は軌道や速度を微妙にずらしながら突き進むけどバイコーンは避ける素振りも見せず頭を激しく振って角で全部叩き落とした。

 

「あれを全部っ!? じげ……先代勇者が苦戦したって伝わるだけありますね……」

 

「でも、防ぐって事は当たれば効くって事だよ。それに朗報。確かに先代は苦戦したけど……たった一人の上に五体相手にしたそうだよ、レベル30の時にさ」

 

 別に朗報ってまでじゃない。絶望の度合いは変わるけどさ。13を越えればレベルアップの必要経験値も能力への補正も段違いに上がる。勇者のクラス補正も他とは段違い。つまりバイコーンが圧倒的な格上だってのは変わらない。

 

 だけど、それを聞いた璃癒さんの顔から迷いが消えた。

 

「なら、勝てそうだね。にしても随分詳しいね」

 

「うん、師匠が文献を沢山集めててさ」

 

 でも、希望さえ失わなければ何とかしてくれるんじゃないかって思わせる何かを璃癒さんは持っている。勇者特有の能力なのか、それを持っているから勇者に選ばれたのかは分からないけど。

 

 にしても師匠ってどうして彼処まで勇者に関する文献を集めているんだろ? 先代どころか先々代や初代の眉唾物な物まで集めてるから暇潰しに読んだ僕も詳しくなったけど。

 

 ……もう一つ疑問が。勇者の召喚には数百年単位の間が有るのに文献の記述からして文明は殆ど進歩していないんだ。そして研究者もそれを疑問に思わない。師匠だけは僕が訊ねたら驚いた後で喜んだけどさ。

 

「……ん。気が付いたんだ、偉い偉い」

 

 あの時の師匠は本当に嬉しそうだった。何でかは誤魔化されたけど……。師匠って絶対僕に何か隠している。それも時々無性に話したそうにするけど話せない事を……。

 

 

「先代勇者がバイコーンを倒した時は先に角を破壊したらしいよ! あの角が防御の要だってさ。アースランス!」

 

 足元から突き出した岩の槍はジャンプで避けられ、真上から迫るバイコーンから助けようと璃癒さんに再び抱き寄せられる。……少し嬉しい気がするけど恥ずかしい。

 

「矢っ張り詠唱していると反応が遅れるね。……角を破壊できる魔法ある?」

 

「使えるけど……今は無理。今日は少し魔法使い過ぎてさ。……璃癒さんは?」

 

「レベルアップした時に何となく使えるようになった勇者専用魔法なら大丈夫……かな?」

 

「行くよー!」

 

 また突進してくるバイコーンに今度はジークが雷を吐き出した。迸る電流は真横から不意を打てば数メートル吹き飛ばせるけど角で防ぎながら突進されたら動きを少し鈍らせるだけしか効果が無い。

 

 氷の橋とか必要以上に派手なのを使わなかったら禁術が使えるのに。使ったら絶対に師匠にばれて叱られるけど。

 

「ブォオオオオオオオオオン!!」

 

「うわっ!?」

 

 流石に鬱陶しく思ったのか激しくバイコーンが嘶いたら耳を塞ぎたくなる大音量。ジークは耳が良いから特に辛そうだ。

 

 さてと。怒って更に動きが単調になってくれたら嬉しいけど頭が良いから演技の可能性もあるんだよな。

 

「……璃癒さん、魔法の発動にどの位必要?」

 

「十秒」

 

「了解。じゃあ、僕達で絶対に稼ぐから璃癒さんは今すぐ集中! ゴーレムクラフト!!」

 

 残った魔力のほぼ全てをつぎ込んでバイコーンと同じ大きさのゴーレムを生成した。地中の金属を練り込んだ最高硬度の動く城塞。

 

「ブル……」

 

 璃癒さんが魔法の準備を開始した瞬間、バイコーンの視線の先が変わる。さっきまでエリーゼさんを最優先の獲物に選んで僕達は邪魔者だったのに、今この瞬間に璃癒さんを明確な危険と認識したんだ。

 

 さっきまでの突進は頭を低くして後ろ脚で地面を掻いていたけど今は違う。後ろ足に力を込めて弓を引き絞るみたいに力を溜めて一気に放つ。比べものにならない速度でバイコーンが飛んで来た。

 

 

 

 ……うん、知ってたよ。それが君達の本気の攻撃だってさ。何度も読んで知ってるんだ。だから、既に間にゴーレムを滑り込ませていた。衝突音と共にゴーレムの全身に罅が入り、バイコーンの勢いは止まらず突き進もうってしている。

 

「二人共、今だ!」

 

「うん! せーのっ!!」

 

「シャインバインド!」

 

 ゴーレムの中央に丸い穴が空き、其処目掛けてジークが電撃大きさにを吐き出す。全体的な威力はさっきと同じ。でも、拡散していた雷はジークの口の大きさに密集、貫通力を上げてバイコーンを押し戻そうとする。そして光の鎖が四方から伸びてバイコーンに絡み付いた。

 

 

「よし! このまま……」

 

「ブルォオオオオオオオオオオオンっ!!」

 

 再びの嘶きと共にバイコーンは激しく暴れゴーレムが完全に破壊、鎖も引きちぎった。残るはジークの電撃のみ。だけど、遂にバイコーンは電撃を角で周囲に弾きながら前進する。多少の電撃が身体を焦がしても臆さずに最大の驚異である璃癒さん目掛けて一目散に突き進む。その顔面に石が投げつけられた。

 

 

「よくもギーシュを!」

 

 投げたのは涙目のスクゥル。普通の子供よりは投げる力が強いけど、あの程度の大きさの石が当たった所で存在を再確認させる程度の働きにしかならない。当たっても問題無しとバイコーンも無視した。

 

 

 

 

「ブォ!?」

 

 そう、どうでも良いとちゃんと認識さえしなかった石の先端が柔らかい眼球に命中するまでは。予想外の痛みに僅かな間だけバイコーンの動きが鈍る。直ぐに持ち直して電撃を受けながらも突き進む程度の僅かな時間。

 

 

 

 

「ホーリーセイバー! 皆、お待たせっ!」

 

 でも、そんな僅かな時間を希望に変えるからこそ勇者なんだ。まだ十秒経っていなくても想いに応え璃癒さんは魔法を完成させた。

 

 手に持つ剣の刃に纏った聖なる光は巨大な刃と化して周囲を照らす。あれこそが文献で読んだ勇者専用魔法ホーリーセイバー、一切の邪悪を断ち切り人々を守る希望の剣。璃癒さんは剣を構えバイコーンに切りかかる。咄嗟に迎え撃とうとした時、ジークの吐き出す電撃の威力が増した。

 

「行っけー! やっちゃえ、お姉ちゃん!!」

 

 

「やぁあああああああああああっ!」

 

 気合い一閃、バイコーンの最大の武器であり最硬の防具である角を二つ纏めて切り落とし、返す刃が首に食い込む。分厚い皮膚と筋肉に刃の先端が易々と入り……砕け散った。

 

 

「……へ?」

 

 何が起きたか分からず璃癒さんは呆然と根本に僅かに残った刃を見つめる。ホーリーセイバーは確かに強力な魔法だ。でも、それ故に媒体となる剣への負担は計り知れない。

 

 

 そして、さっきの石が決定的な隙をバイコーンに作ったように、璃癒さんに生じた隙は決定的だった。真下からかち上げる様な頭突きが直撃した璃癒さんは宙を舞い、バイコーンは前脚を振り上げる。スタートの時の光景が浮かんだ瞬間、気が付けば僕は駆け出していた。

 

 落下してくる璃癒さんを受け止め、残った僅かな魔力を全て注ぎ込む。バイコーンが笑った気がした……。

 

 

 

「マジックシールド!」

 

 前方に張った半透明の障壁。遅れてバイコーンが前脚を地面に叩き付けて生じた衝撃波が土砂を巻き込みながら向かって来た。土石流を受け止め、衝撃波の直撃を受けて障壁が崩れかける。……この時、昔の光景が頭を過ぎった。

 

 

 僕の方を見て笑うもう一人の兄ちゃん。その身体が握り潰される姿を僕は覚えている。絶対に忘れはしない光景だ。

 

 

 

「まだだ。まだ僕は負けないっ!!」

 

 もう魔力は尽きた筈なのに想いに応えるかのように杖が光り障壁が修復していく。

 

 

「やった……」

 

 

 そして、衝撃波を完全に防ぎきった瞬間に僕は膝から崩れ落ち、目前でバイコーンが再び前脚を振り上げていた。

 

 

 

 

 


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