伝説の勇者の爺共   作:ケツアゴ

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闇で蠢く

 美しかった嘗ての面影は既に無く、侵略者たる禍人に破壊の限りを尽くされ、日々暴虐の宴が開かれている亡国。

 

 名を覚える価値すらないと評されたその場所に存在する黒い球体、禍人に煉獄魔城(れんごくまじょう)と呼ばれる其処に幹部たる四凶星(しきょうせい)が集結していた。

 

「ではでは、今月の成績発表と参りましょうか! まあ、一位は不動なので御座いますけど? あひゃひゃひゃひゃ!」

 

 壁に貼り付けられた表を指し示しながらも他の者達を嘲笑う商人。不動の一位をキープする彼に不快、憤怒、嫌悪、その様な感情が向けられるも彼は臆さず気にしなかった。

 

 ただ、その感情を向けているのは腕を組んで貧乏揺すりをしているクレメドと、机に肘を付いて顎を拳に乗せているイルマとカルマのみ。

 

「素晴らしい。流石は真名持ち(まなもち)だけある」

 

「ええ、どうも。リュキ様も流石の成績で御座いますよ」

 

 先日二人の戦いを止めた青年、リュキは素直に賞賛して拍手まで行っている。彼に対して商人は大業にお辞儀を行った。演技過剰な態度にクレメド達の怒気が増すも一切臆さず、先程から話を聞かずに育児日記を楽しそうに読んでいる覆面の女……キルケルに視線を向けた。

 

「キルケル様もそろそろ名を取り戻せるのでは?」

 

「……うん? 聞いてなかったけど、何か言った?」

 

 聞き返しはしたが直ぐに日記に視線を戻したキルケルに何をしに来たと言いたい気分のクレメドだが、票が示す成績……どれだけ穢れを貯めたかに圧倒的な差があるので文句を言えない。

 

 一位は商人なのだが、それに迫る勢いがキルケル、その三分の二がリュキで更に半分がクレメド達だ。役目をお前以上に果たしていると言われれば反論出来ないかった。

 

(んな恥知らずな真似が出来るか)

 

 何時か成績を抜けば即座に殺してやると戦いを禁じる掟を無視する気であったが、この場には成果の差を無視する者達が居た。

 

 

「ねぇ、それって例のペットの日記? 知ってるよ、人間を飼ってるってね」

 

「知ってる知ってる! 僕達もそのペットで遊びたいな!」

 

 弱所を掴んだと子供らしくない笑みを向けるイルマとカルマ。ニヤニヤと挑発する言葉を吐き出してキルケルの反応を伺った。

 

 止めてくれと頼めば最高、こっちに興味を示さない余裕を崩すだけでも楽しいと。

 

 だが……。

 

 

「……ん? ああ、ごめん。君達に興味無いから聞いていなかった」

 

「ぐっ!」

 

「このっ!」

 

 余裕綽々、全く崩れる様子無し。逆に怒りを露わにした二人が飛び出そうとした瞬間、商人が真上から両足で踏み付けた。顔面から机に叩きつけられた二人はもがくも顔は上がられず、商人は屈んで囁いた。

 

 

「無駄な事はお止め下さい。それとイルマ・カルマ様ではキルケル様の目を盗むなど不可能。意趣返しに手を出しても消されるのがオチでございます。……ああ、あの子については面白くなりそうなので私も邪魔をさせていただきますよ?」

 

「……迷惑、邪魔」

 

「いやいや、遠慮なさらずに! 精力的に穢れを稼ぐのもあの少年の為でしょう? なにせ彼はキルケル様の……」

 

 商人の上半身が突如弾け飛ぶ。彼に手を向けた姿勢のキルケルの顔にはイルマとカルマが引き出せなかった怒りが僅かに浮かんでいる。

 

 テーブルや天井、壁や床にまで肉片や血が飛び散り、リュキの顔面には大腸が張り付いていて迷惑そうに指先で摘まんでいた。

 

 

 

「おうおう、汚しちまってよ。おい、お前のなんだから掃除しとけ」

 

 不愉快そうに血で汚れた茶菓子の皿を床に放り投げたクレメドは虚空に向かって話し掛けた。すると返事が返ってくる。

 

「横暴な気もしますが沈黙も時も金ですし、沈黙を守らなかった罰として受けましょう」

 

 先程まで誰も居なかった場所に無傷で服も汚れていない商人が平然と立っていた。だが、先程バラマかれた彼の血肉は部屋を汚したまま依然存在して、先程爆発四散した彼も確かに存在していたと告げている。

 

「では、次に痛ましい犠牲者の発表です。同胞が七名程犠牲となりました。およよよよ。何という悲劇! では、皆様。哀れな仲間の死を悼んで黙祷を!」

 

 オーバーリアクションでの祈るポーズに合わせて何処からともなく流れてくる厳かな音色。本音だと取り繕う様子の一切見られない商人にクレメドは呆れ顔で茶を啜った。

 

「馬鹿馬鹿しい。死んだ雑魚に祈る心なんざテメェに有るかよ。ってか、誰が祈るってんだ」

 

「リュキ様が祈っていますが?」

 

「何やってんだテメェっ!?」

 

「……黙祷だが?」

 

 お前話を聞いていなかったのか? 床に膝を付いて祈りを捧げていたリュキはクレメドにそんな想いが込められた視線を送って苛立たせる。出来るならば殴り殺したいと限界ギリギリの激情を抑え込んでいた。

 

「それにクレメド様は雑魚の死を悼む必要はないと申しますが……なら私は魔王様かキルケル様以外の死に祈りを捧げられませんが?」

 

「……上等だ。表に出やがれ!」

 

 遂に我慢が限界に達し、クレメドは前に乗り出すようにテーブルの上に足を乗せて今にも殴りかかりそうな勢いだ。イルマとカルマは面白い娯楽が始まったという顔になり、リュキは黙祷の途中で気が付いていない。キルケルは何処からか途中の編み物を取り出して作業を始めた。

 

「何やってんだ、クソアマ!」

 

「何って……編み物。寒くなる季節だし、風邪引いたら心配だからつくってあげようと思って」

 

 先程似たようなのを行った遣り取りにクレメドは毒気を抜かれたのか拳を収めて乱暴に座り直した。それを確認するなり商人が再び口を開く。

 

「さて、それでは目下の驚異となる国があるので名前だけでも覚えて帰って下さい」

 

「驚異? 僕達が苦戦する相手が居るとは思わないけど?」

 

「驚異になる奴が居るほど僕達は弱くないけど?」

 

 商人の言葉に口を挟んだのはイルマとカルマだけだが、クレメドも同意見らしい。仲の悪いイルマ達が黙っていたら彼が口を挟んだ事だろう。残りの二人は黙って聞いている。キルケルは他事に夢中な気もするが。

 

 商人は大袈裟に肩を竦めると指を鳴らす。空中に四つの国旗が出現した。

 

 金色で獣の角と爪を描いた赤い旗。

 

 十の王冠を黒で描いた白い旗

 

 交差した銀色の剣と槍を描いた緑の旗

 

 そして金色で杖を描いた青い旗

 

 青い旗にのみクレメド達の視線が集中する中、商人が咳払いして手を数度叩けば他の三つの国旗が大きくなり、先ずは赤い旗が示された。

 

「獣人国家ゼルディス、数多の種族が集まる国であり、生まれもっての高い身体能力に加えて戦士の育成に精力的。近々どの種族の代表が王になるかを決める王臨祭(おうりんさい)が開催予定です」

 

 次は黒い旗

 

「聖獣王教の総本山である宗教国家トラヘー。聖獣騎士という魔法と武器を高いレベルで扱う連中が居ます」

 

 次は緑の旗だ。

 

「冒険者が立ち上げたフロレス共和国。此処は結構な強者が集まりますが正式な所属じゃ無いので把握が難しいのです。……この三つの国はお国柄か腐敗貴族を操って……とか無理でして」

 

「……問題無い。その内、私が全部潰す。穢れも貯まったし、本拠地から離れられる時間も増えた」

 

「ええ、その通りですとも! 私と違って皆様は自由に動ける時間に制限があります。まあ、上級の禍人を撃破可能な方が複数人居ても問題ないのですけどね。……問題は此処だけです」

 

 大きく表示された旗が燃え尽き、残った旗が大きく表示された。

 

「エルフの国家カノンノ。前回の魔王を倒した勇者達を召喚した魔術師であり勇者一行の一員である女王チルニルが治める国。此処に情報を集めさせるのは避けたいのですよ」

 

「……確かにエルフ自体は魔法に優れた長命なだけの種族だが、女王は先代魔王を倒した幼少期より確実に成長している。……なら、私が今すぐ潰しに向かおう」

 

「馬鹿だ、馬鹿がいる。出来たらとっくに全軍投入してるって」

 

「本当に馬鹿だよね~」

 

 何故イルマとカルマに馬鹿にされたのか分からないという顔をした時、かれの脳天にキルケルの拳骨がたたき落とされてテーブルを突き破って床に顔面から激突した。

 

「愚弟、少し黙って」

 

「……強力な結界で我々禍人は入れないと何度も申し上げた筈なのですが、キルケル様、彼はどうして此処までアホなのですか?」

 

「ミステリー」

 

「……まあ、良いでしょう。そんな訳で目障りなカノンノですが付け入る隙は御座いますよ。先ず、自分こそが勇者を召喚したと宣言する者からすれば先代の勇者一行など目障り。そして他の仲間は異世界の住民であり、自分達の女王が唯一世界に残った英雄となれば元々自意識の高いエルフは増長。……今や国民と他国の板挟みで苦労しているという噂」

 

 後は時間に任せれば勝手につぶし合って疲弊すると腹を抱えて笑う商人。クレメドやイルマ、カルマも人間の潰し合いを想像して楽しそうだ。

 

「おい、全員集まった時の恒例のアレやるぞ」

 

 特に気分が良さそうなのはクレメドであり、上機嫌で他の者を見回して提案を行った。ただ、乗り気なのは彼だけだが。

 

「面倒だね、カルマ」

 

「意味のない事やりたがる奴の部下が哀れだね、イルマ」

 

「伝統だ、伝統! てか、実際の歳は大して変わらねえだろうがよ!」

 

 不満そうに拒否をする二人を睨んだクレメドは咳払いで空気を変えると立ち上がり、禍々しい赤褐色のオーラを前進から放つ。

 

「四凶が一角、(ぼうおう)暴王クレメド」

 

 続いて立ち上がったのは双子。立ち上がり暗緑色オーラを放つ。二人が同時に喋った時、声が完全に重なって一人で喋っているかのようだった。

 

「「四凶が一角、悪童君(あくどうくん)イルマ・カルマ」」

 

 次は黙祷を終えたリュキだ。襟元を正し正面を見据えながら静かに告げる。彼が纏うのは白銀色、振れる事すら躊躇わす神聖さすら見る者に感じさせた。

 

「四凶が一角、殲滅皇(せんめつこう)リュキ」

 

 そして、四人目は当然キルケルだ。このような場の場合、当然ではあるが最後を飾る者こそ最も重要な立場の場合が多い。彼らの場合は四凶星において最強といった所だろう。先程から名乗り上げに対し黙して静かに耳を傾けていた彼女に否が応でも注目が集まる。殺意すら含まれる視線を受けても一切動じず、ただただ黙ったままの不動の構え、今すぐ動く様子無し。

 

 

 

 

 いや、よく見れば前後に僅かに動いている。こっくりこっくり船を漕いでいた。

 

「……おい、あれって寝てないか?」

 

「すやすや、すやすや」

 

 耳を澄ませば安らかでメルヘンチックな寝息が聞こえてくる。

 

「やっぱ寝てるよなっ!? って言うかすやすやって寝息立てる奴初めて見たぞっ!?」

 

 そろそろ胃がキリキリ痛み出して来たクレメドだが、直ぐ近くで怒鳴ってもキルケルに起きる様子はない。最後の最後でグダグダに終わった恒例の儀式であった。尚、それも恒例である。大体リュキかキルケルがやらかしてグダグダになり、躍起になったのか懲りないクレメドと呆れてやりたくないイルマとカルマという図が出来上がっていた。

 

「では解散にしましょうか。私、これでも忙しい身ですので。何せ皆様と違って本来の名前を取り戻した以上は見合った成果を上げる必要が有りますからね。では、ご機嫌よう」

 

 最後に機嫌を損ねさせる発言をした後で商人は足下から吹き出した闇に包まれて消え失せる。部屋の汚れはそのままで、先ほど掃除すると言ったのは嘘だったらしい。

 

 

「ちっ! おい、リュキ。次は俺様が勝つ!」

 

「そうか。励めよ? やる気を出すのは結構だ」

 

「糞っ!」

 

 指を突きつけ宣戦布告するも流されたクレメドだがリュキからは本音で応援していると分かる顔と声色が返ってくる。顔を盛大にしかめた後で背後に生じた空間の歪みに入って行った。彼が通ると歪みは消え失せ、それを見送ったリュキは怪訝そうな表情だ。

 

 彼からすれば素直に激励しただけであり、互いに頑張ろうとなると思ったのに悪態を付かれて不思議顔。煽りになっているなど微塵も感じていないのがたちが悪い。

 

 

「姉さん、彼は何に怒っているのだ?」

 

「さあ?」

 

 イルマとカルマもとうに消え失せ、残された姉弟は本当に理解できなかったのか同じ様に首を傾げた。

 

「では、私もこの辺で」

 

「……ん。じゃあね」

 

 頭を垂れて消え去っていくリュキに軽く手を振るキルケル。その目は編み物に注がれ弟には微塵も向けられてはいない。本人は気にしていない様子であったが……。

 

 

 

(しかし姉さんが心配だ。目的と手段が混ざってしまわなければ良いのだが……。問題は何かやらかしそうな彼……シアバーンだ)

 

 彼の心を占めるのは姉への心配。姉の今後を憂いつつ戻っていくのであった。

 

 

 

 

 

 そして彼が思考の中で呼んだ商人の名前であるシアバーン。偶然かケルト神話に登場する一つ目の巨人であり、英雄ディアルムドと種族の垣根を越えた絆を結び、その末路は……。


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