伝説の勇者の爺共   作:ケツアゴ

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自由な大熊猫 ただしキグルミ

 レースが終われば大宴会が待っている。事前に聞いた話じゃガルムの人達のお店の売り上げや外の商人から徴収した場所代の殆どを使った飲めや歌え、食えや踊れの大騒ぎらしい。

 

 聖獣王教では聖獣王様に絡めてお金を使うのが奨励されているから感謝を捧げるって名目で凄く奮発した食材が出るとか。

 

 えへへ~。今日は栄養のバランスとか考えずに沢山食べるぞー! お肉を口一杯にほうばって、甘い物も満足行くまで食べるんだ。

 

 あっ、でもお祖父ちゃん達は飲み過ぎないように言っておかないと。二人共アラフィフだし、血圧とか尿酸値を気にすべき年齢だもんね。

 

 レースで優勝したし宴でも目立つことになるのは少し面倒だけど、想像しただけでお腹が減って涎が出てくる。

 

「五人前は食べるぞー」

 

 早く宴の時間が来ないかなー。僕は料理を想像しながら宴の時間を心底待ちわびる。この時、折れた剣とかの他事は完全に頭から消えちゃってたんだ。

 

 

 

 

 

 

 でも、ちょっと問題が発生して宴どころじゃないらしく……。

 

 

 

 

 

「お前達、私が誰か分かって居るのか? この様な目に遭わせて後悔するぞ!」

 

 縛られて地面に転がりながらも横柄な態度をとっているのは森の中で出場選手を襲っていた奴らのリーダーらしき人。結局返り討ちになったり示現お祖父ちゃんに叩きのめされて捕まったんだけど、どうして此処まで偉そうに出来るんだろう?

 

 ガルムの人達も大切なレースを邪魔されたからって取り囲んで睨んでいる。これ、放置してたら袋叩きになるんじゃないかな?

 

 

「私はメタ・ボリック伯爵の私兵長だぞっ! 今すぐ私を解放して無礼を働いた者達の首を差し出せば口利きしてやらん事もない! ああ、当然ながら族長の娘と他の女も此方が指名した者は差し出して貰うがな!」

 

 ……ちょっと我慢の限界かな? 他にも擁立した勇者のリュートが優勝を逃した時に口封じをするための部隊を派遣してたらしいし。示現お祖父ちゃんが叩きのめした上に高くてもレベル14って弱さで助かったって言ってたけど。

 

「いやいや、レベル35のソードモンクという偽装に無理が生じない相手で良かったですよ」

 

 こんな具合だし、皆きっと殴りたいけど殴れない理由がある。族長のフェンさんが不在の時に伯爵と揉めるのは避けたいんだ。前から嫌っているらしいけど相手は貴族、敵に回せば厄介だからね。

 

 

「ふふんっ! 身の程を弁えているみたいだな。では、次に勇者の妨害をして優勝したその二人を袋叩きだ。いや、女の方は全員で犯させた方が……」

 

 それを自分達に従う気だって何を勘違いしたのか余計に偉そうになって、そろそろ誰かが限界って時、人混みをかき分けてフェンさんがやって来た。後ろには帰って来なかった人達や空也お祖父ちゃんの姿もある。

 

 良かった、助かったんだね。僕がホッと胸をなで下ろす中、フェンさんは伯爵の部下に近寄っていく。自分に謝罪する気って思ったのが顔から丸分かりな彼の前で立ち止まったフェンさんは後悔を口にした。

 

「……私は伯爵を刺激しないのが部族を守る事に繋がると思っていました」

 

「ああ、そうだ! お前ら獣人如きが……」

 

「だが、違う! お前達に立ち向かう事こそが皆を守る事に繋がるんだっ!」

 

 ニヤニヤと笑う男の胸倉を掴み上げたフェンさんは拳を振り上げて顔面を殴った。一撃で鼻が潰れて前歯が折れるけど気絶はしてないし多分手加減はしてる。だってフェンさんはレベル30って聞いたしね。

 

 一撃で心をへし折られた男は怯えた目でフェンさんを見ているし、他の人達も威圧するように並んで睨みつける。……にしてもお祖父ちゃん達が言ってたみたいに貴族社会って漫画や映画みたいに腐敗した奴らが居るんだな。何か精神的に疲れて食欲がなくなった時、今戻ってきたらしいスクゥル君が駆け寄ってフェンさんに抱き付いた。

 

「父ちゃん!」

 

「スクゥル、心配をかけましたね。ギーシュは……いや、言わなくても良いです」

 

 強く抱きついて密着しているから顔は分からないけど多分泣きそうだと思う。それはお父さんのフェンさんも同じ様に思ったみたいで撫でようと頭に手を伸ばした時、スクゥル君が頭を上げる。強い決意に満ちた目だった。

 

 

 

「ギーシュは俺を守って死んだんだ。だから……彼奴の分も強くなるよ。だから俺を鍛えて欲しいんだ!」

 

「……そうですか。では、厳しく行きますよ?」

 

「うん!」

 

 撫でようとして出した手を引っ込めたフェンさんの顔は嬉しそうに見えたけど寂しそうに見えた。何でだろう?

 

 

 

「おや、彼の顔が不思議そうですね。親や祖父母は子や孫の成長が嬉しい反面、手を離れていくのは寂しいのですよ」

 

「お祖父ちゃん達も?」

 

「ええ、その通りです。速く立派になって欲しいですが、同時に何時までも手が掛かる存在であって欲しいと我が儘を抱いています」

 

 少しだけ情けなさそうに苦笑しながら示現お祖父ちゃんの手が僕の頭に置かれる。えへへ。やっぱり幾つになってもお祖父ちゃん達に撫でられるのは嬉しいな。

 

 

「では、宴の準備を始めましょう!」

 

 フェンさんの言葉に喝采が上がる。そうだよ、今から宴の時間だ。少し不愉快な物を見たから食欲がないけど楽しむぞー!

 

 

 

 

「これ美味しい! サクサクでフワフワで……」

 

 コンガリ狐色に揚がった白身魚のナゲットを次から次へと口に運んでいく。サクサクの衣の中にはたっぷり空気を含んだ淡白で魚の旨味が凝縮されている。味付けはシンプルに塩だけの物からチーズや唐辛子っぽい香辛料の粉を混ぜた物、大葉っぽい野菜を刻んで入れた物とか種類が沢山。幾ら食べても飽きが来ない。

 

 次は骨付き鳥を石釜で焼いた物に細切れの香味野菜を入れたソースをかけた料理。パリパリで脂が凝縮された皮は剥いで米を挟んで食べたい気分。お肉も肉汁が溢れ出して、それが辛口のソースと混ざってもう最高! 骨までしゃぶった後はパンで残ったソースを拭って口に放り込む。喉が渇いたので果汁を混ぜた水で喉を潤した。

 

 

「あらあら、随分とガルムの料理が気に入ったのね。……部族に入れば毎日食べれるわよ?」

 

「あはははは……」

 

 蜜を沢山かけた木の実入りのパンケーキを受け取りがら僕は少し困った笑顔を浮かべる。これ、ナッツの固い食感とフワフワの生地、トロトロの蜜が合わさって凄く美味しい。ちょっと喉が渇くけどさ。

 

「璃癒さん、此方のお飲み物を……」

 

「おや、果実酒ですか。生憎祖国ではお酒を飲めない歳でして。私が代わりに頂きます。……構いませんね?」

 

 えっと、なんかね。レースで優勝したセウス君のパートナーだった僕は強いだろうってなって、獣人に多い価値観として男女共に強い相手が魅力的らしくってさ……僕、結婚相手として狙われています。

 

 同じくらいの年頃の男の子が僕に注目してて、何とかお近付きになりたいって来るのを示現お祖父ちゃんがブロックしているんだ。正直言って助かってる。僕、友達は多いけど男の子を異性として接するのは馴れてないからさ。扱いが分からないや。

 

 

「……そう言えばセウス君はどうなんだろう?」

 

 少しキョロキョロしてみれば離れた場所で空也お祖父ちゃんと座っている。あの子、魔法の話が聞きたいからって連れて行ったけど、空也お祖父ちゃんを女の子達への盾にする気だったな。実際、怖くて近付けないみたいだし。

 

「所で空也お祖父ちゃんはレベル幾つだっけ?」

 

「40と先程話していましたよ。……まったく」

 

 あっ、自分の偽装レベルより高い数値を言ったのが気に入らないんだ。示現お祖父ちゃんって冷静なんだけど空也お祖父ちゃんに対しては大人げないって言うか素直だよね。

 

 

「ねぇねぇ、璃癒お姉ちゃん! ボク達と一緒に来ないー? お兄ちゃん二人とボクで旅をしようよ」

 

 足元から声がしたから見下ろせば口元に食べかすが付いたままのジークが尻尾を振りながら見上げていたので思わず抱っこしちゃう。あー、癒される。僕、犬大好きだから凄く癒されるよ。

 

 

「急な話だね。うーん。セウス君達が僕達に同行するなら兎も角、僕だけが行くのは難しいかな? やっぱり家族と一緒に居たいしさ」

 

「そっかー。じゃあ、お兄ちゃんと璃癒お姉ちゃんが結婚したら? だったら一緒に居られるよ!」

 

「結婚かぁ。あはははは。僕にはまだまだ早いって」

 

「ええ、璃癒には早過ぎます。所でお酒はこの辺にしておかないと肝臓にあかんぞう」

 

 示現お祖父ちゃん、飲み過ぎ! もうアラフィフさえ過ぎるんだからセーブしないと駄目でしょ!? 素面の時と同じ顔つきで唐突にギャグを口にする示現お祖父ちゃんに僕は溜め息が出てしまう。

 

 

 

 その時、時間が止まった。酒の滴は空中で止まり、大騒ぎの喧騒も聞こえない。まるでビデオの一時停止をしたみたいに僕だけが動けて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、光も空気も動いているよ? じゃなきゃ何も見えないし息も出来ないからね。ぷぷぷー!」

 

 目の前には地の文を読んで嗤ってくるパンダが立っていた。……へ?

 

 

「パ…パンダが喋ったぁあああああああああっ!?」

 

「おいおい、ちゃんとネームプレートに喋るパンダって書いてるでしょ? 君、少しは落ち着きなよ」

 

 いや、だから何だって言うのさ。って言うか動揺してたから分からなかったけど、よく見ればキグルミだしさ。……あれれ? この世界ってパンダが居ないんじゃ?

 

 

「……君、一体何なんだい?」

 

「何なんだいって……見ての通りの喋るだけの善良なパンダ。名前はアンノウン。じゃあ、そう言う事で!」

 

 一気に警戒をした僕に対してペースを崩さないアンノウンが口笛を吹けば何処からか人力車を引っ張る黒子が走ってきて僕達の前で止まるとアンノウンが飛び乗った。

 

 

「それじゃあサヨナラ、璃癒ちゃん。いや、リーちゃん。今日から君は友達だっ! 多分何処かの誰かがね!」

 

「凄くあやふやだ!?」

 

 

 ただし、飛び乗ったのは黒子の肩にだ。そのままアンノウンを肩車した黒子が凄い速度で去っていって、何時の間にか時間が動き出していた。

 

 

「璃癒、その人力車は?」

 

「……さあ?」

 

 何と説明するべきか悩む気力さえも使い果たした僕は肩を落として脱力する。すると袖の中から一本の刀が落ちてきた。この世界って刀があったんだ? いや、そもそも何時入ったんだろうと疑問に思ったけど張り付けていたメモ用紙を見て考えるのを止める。

 

 

 

 

 

『頑張ったご褒美。銘は緋鋼(あかはがね)、大切にしてね! アンノウン psこのメモを一番先に読んだ人は貧乳』

 

「……今度会ったら殴ろう」

 

 取り敢えず真面目に考えたら駄目な相手だって僅かな時間で理解した。アンノウン、一体何者なんだろうか……?

 

 


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