伝説の勇者の爺共   作:ケツアゴ

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次の地へ!

 「ぐふふふふっ! もう直ぐあの女が手に入るぞ。先ずは……私に逆らった罰として鎖で繋いでおくか。服をはぎ取り、処女を奪った後は部下にも褒美として使わせてやらねば」

 

 ボリック家の屋敷にて主であるメタは部下が報告に戻ってくるのを今か今かと待ちわびる。自身に感服した禍人にバイコーンという伝説級のモンスターを差し出させた、少なくとも自分ではそう思っており、そんな自分の目論見が外れるとは想像もしない。

 

 今まで気に入った女はどんな手段を使っても手に入れてきた。結局は飽きて捨てるのだが、其れまで楽しめれば構わないのだ。醜悪な顔で卑猥な妄想をしながら笑えば過剰な贅肉が揺れ動く。

 

 もし万が一リュートが失敗した時もハティルの帰る場所を奪って自分を頼らざるをえなくする為に大勢の兵士を送り込んでいて穴はない。実際はレベルに差が有りすぎて敵わないのだが、獣人を獣の一種と侮る彼は信じはしない。この時点で破滅が決まっていた身であるが、偽勇者を擁立したのが運の尽きであった。

 

「なん…だ……?」

 

 グビグビとワインを流し込んでいた時に感じる猛烈な眠気。一切抵抗することなくメタは眠りに落ちた。

 

 

 

 

(此処は……?)

 

 目を覚ました時、メタは暗い部屋で粗末な椅子に縛られていた。口には猿轡をされ声が出ない。ただ、部屋の中に大勢がいる事だけは分かる。必死に騒いで助けを求めた時、肩に手が置かれ背後から男の声が聞こえた。

 

 

「くくくく、気分はどうかな? その椅子も猿轡も君が攫った女で楽しむ時に使っていた物だが……」

 

「んー! んっー!!」

 

 自分嘲っていると感じたメタは必死に叫ぶ。私が誰か分かっているのか、等と。まるで心を読んだかに如く声の主は拍手をしながら姿を見せる。ハシビロコウのキグルミであった。

 

「その状態で其処までとは逆に感心する。……ああ、問い掛けには是と答えよう。では、私からも質問だ。彼女達に見覚えはあるかな? ああ、無くてもあっても君の結末は不変なのだが……」

 

 部屋が明かりでで照らされて見えなかった者達の姿が目に映る。見窄らしくやつれた女性ばかりで一向に思い出せない思わず首を傾げたメタの耳元でハシビロコウは囁く。

 

 

 

「彼女達は君が犯した上で捨てた女性達だ。君に会ってお礼がしたいと集まってくれてね。……ああ、そうそう。私は回復魔法は得意だから死なせはしない、絶対に。……君がどれ程死を望んでもな。くくくく、精々頑張りたまえ」

 

 ハシビロコウが部屋の隅に移動すると女性達が手にした武器を構えて我先にと殺到する。切れ味の鈍い刃は満足に肉を裂けず痛みばかりが増すばかり。涙を流し塞がれた口から絶叫を漏らすメタの姿を見たハシビロコウはキグルミの下で笑みを浮かべていた。

 

 

「お前はやり過ぎたのだよ。贅を貪り民を虐げる程度なら我が主は動かなかったのだがな。偽勇者を使って好きにした報いだと思いたまえ。……さて、事後処理も仕事の内だ。失踪した当主の代わりを選別しなくては……」

 

ハシビロコウが顎に手を当てて思案に耽る中、メタは怪我を負うと同時に癒えていく身体に次々と武器を振り下ろす女達を見てこう思う。

 

(何故だっ! 何故私がこの様な目に合わねばならんのだっ!?)

 

 最後まで彼は己の罪を悔いず、恨みをぶつける女性達を呪う。何日も何日も続く地獄によって心が壊れるまでずっと……。

 

 

 

 

 

 

 抜けば玉散る何とやら、アンノウンと名乗るパンダのキグルミから貰った緋鋼は美しかった。夕日を思わせる緋色の刃紋を持ち、曇り一つ無い刀身。試しに振ってみれば長年使い続けたみたいに僕の手に馴染む。

 

 何より僕が習ったのは剣道なので西洋剣よりも扱い易い気がしたんだ。くれたパンダの人格は兎も角、この刀はとても良い。示現お祖父ちゃんは何故か微妙そうな顔だけど。

 

「……アレからの贈り物ですか。いえ、それなら質は最高なのですが……」

 

「彼奴と知り合いなの?」

 

「ええ、私達の時にちょっと……」

 

 聖獣王様についてもだけど、示現お祖父ちゃんが誰かに大して嫌そうな顔をするのは珍しい。いったい何をしたらこんなに嫌われるんだろう? 空也お祖父ちゃんは聖獣王様については愉快な奴って笑ってたのにさ。

 

 

「とある目的から町に拠点を作る事にしたのですが、ある日拠点として借りた家に帰ったら……家の中が回転寿司屋担っていてアンノウンとハシビロコウがカウンターで握っていたのですよ」

 

「うん、ちょっと落ち着こうか。絶対酔ってるよね?」

 

「久し振りの米に喜んだのも束の間、回っている寿司は卵やサラダ軍艦以外はワサビが入っていまして、知らずに食べた私は……」

 

 あー。示現お祖父ちゃんはワサビ苦手だもんね。でもお寿司かぁ。話を聞いたら食べたくなっちゃったな。奈月お祖母ちゃんは回らない上に値段が書いていない所に連れて行ってくれるけど、僕としては回転寿司でサイドメニューを楽しみたいんだ。

 

 魚介類の出汁のラーメンとか唐揚げとか、本格的なお寿司屋では出さないようなのが……って、違う違う。

 

 

 

「示現お祖父ちゃん、取り敢えず寝たら? 多分お酒飲み過ぎ。帰ったら奈月お祖母ちゃんに言いつけるからね!」

 

「事実ですが……私も聞く側なら相手の正気を疑いますね」

 

 普段は真面目な示現お祖父ちゃんが変な事を言うんだから驚いちゃったよ。何処の世界に人の家を回転寿司屋に改築する奴が居るって言うのさ。僕は示現お祖父ちゃんの背中を押してテントに入らせると緋鋼を手にして少し出歩く。こんな良い武器を貰ったらジッとしていられない。ちょっと体を動かしたい気分なんだ。

 

 

 

 

 

 

「……それで汗だくになったからお風呂に入りたくなって此処まで来たって事?」

 

「えへへ。他の所はもう閉まっててさ。通りかかったら中に居るっぽいからついね」

 

 僕はまたしてもセウス君が借りたお風呂を使わせて貰っている。いや、我ながら常識がないかなって思ったよ? でも、僕の臭いを嗅ぎ付けて顔を出したジークに引っ張られちゃってさ。中に入ったらちょうど入浴中だったから毒を食らわば的なノリで。

 

 ……うん、テンションが上がっておかしくなってた。濁り湯だけど僕の身体を直視しないようにしながらもセウス君が呆れ顔って分かるもん。十歳時にそんな反応をされたら嫌でも冷静になるって。

 

 ……あれ? 他のお風呂が開いていなかったのは時間が遅いからだけど、セウス君はどうしてこんな時間に?

 

 

 

「エリーゼさんは疲れて宴の最中に眠ったって言うのにタフだね、璃癒さんはさ。……僕が今お風呂に入っている理由? もう旅立つからさ。希望する優勝賞品はもう伝えたし、兄ちゃんが心配だからね。誰かに騙されてたり、変な物を買ったり、付いて来る女の人が増えてたり」

 

「えっとね! 次は遺跡に行くんだって。昔の王様が残したゴーレムの武器が欲しいらしいよ!」

 

 あれ? それって盗掘じゃ……。

 

「……言っておくけど管理する国から許可は得るから。古代に滅びた関係ない国の遺物が残り続けるのは気に入らないからお金を取って入る許可を出して残りは自己責任ってスタンスだよ」

 

 うーん。地球での価値観が通じない場合があるよね。

 

 心地良い温度の湯に浸かりながら今日は色々あったと思い起こす。結局、偽勇者達は女の子を除いて死体で見付かったらしいし、行方不明の彼女は何をしているんだろう?

 

 ああ、そう言えばレースの最中に出会ったあの人、だいぶ変な人だったよね。

 

「セウス君のお師匠さんに会ったって言ったでしょ? あの人、何者? 急に現れたり消えたり……」

 

「さあ? 何か森の中を彷徨っている時に出逢ってさ。僕の顔を見るなり驚いた顔をして抱き締めたりして来たんだ。僕の顔って兄ちゃん達に似てるから実の母親って事もないだろうしさ。……あの人、自分について話さないから分からない事だらけだよ。何故か兄ちゃんには塩対応だしさ」

 

 今、セウス君は兄ちゃん()って言った。僕はそれで少し悟って黙り込む。暫く沈黙が続いたけど、セウス君が沈黙を破った。

 

「璃癒さんは自分の世界じゃどんな風に過ごしてたの?」

 

「うーん。普通に学校に行って友達と遊んでたかな? 友達は多いんだ。恋人はいないけどね」

 

「璃癒さん綺麗なのに?」

 

 あはははは。この子、上手だなぁ。でも勘違いさせないように言葉は選ぶべきだと思うよ?

 

「あはははは。なんだい、君って僕みたいなのが好みなのかい? いやー、お姉さん照れちゃうよ」

 

「どわっ!? 何するのさっ!?」

 

 セウス君がいきなりビックリさせて来たから近寄って首に手を回して頭を撫で回す。慌てて抜け出そうとした時に手が胸に当たったけど気が付いてないね。まあ、僕のは小さ……急にこんな事をされたら当然か。

 

 ……うん、絶対そうだ。流石に調子に乗りすぎたか、反省反省。

 

「ごめんごめん。セウス君が可愛くてね。って、男の子だし可愛いは駄目か」

 

「なら頭を撫でるの止めてくれる?」

 

 気が付けば僕の手は彼の頭を撫でていた。うーん。レースとか戦いで心の距離が狭まったのかな? じゃないと流石に男の子に此処までしないって。

 

 

 

 

「じゃあ、僕はそろそろ出るけど……テントまで送っていくよ。お嫁さんにしたいって人に声を掛けられたら面倒でしょ?」

 

「そうだね。じゃあ、僕も出るね」

 

 このお風呂を借りているのはセウス君だし、ナンパされても断るのは大変っぽい。狼なだけに肉食系だからね。だから僕も即座に立ち上がったんだけど、話をしていて気が緩んだのか僕の方を向いていたセウス君にもろに裸を見せちゃった。

 

「うわっ!? ……璃癒さんの世界って女の人は皆そんな感じなの?」

 

「それは風評被害かな? 流石に子供相手だから平気なだけだって」

 

 マセたエロガキなら兎も角、セウス君は普通に恥ずかしがるだけだから見られても平気だしね。でも、セウス君が見られるのは嫌だと思うから速く服を着ないとね。

 

 服を着てセウス君が出てくるのを待ってた僕はジーク抱っこした彼と並んで歩く。大きくなるのは結構疲れるから少し休まないと駄目らしくて今は寝ているジークは可愛かった。ケルベロスは頭のどれかが起きてるって伝承だったはずだけど、本当は違うんだね。

 

 

 

「じゃあ、また機会があれば。璃癒さんにはまた会いたいしね」

 

「勇者として? それとも僕個人として?」

 

 月明かりの下、ジークを抱っこしたセウス君に別れを告げる。夜中だし寝てからの方が良いと思ったけど、よっぽどお兄さんに早く会いたいんだね。そっと差し出された手を握り返せば子供特有の柔らかい手で、こんな子供が復讐心を持って旅をしているらしいなんて悲しいと僕は思ったんだ。

 

「そうだね。両方かな。勇者の力を借りたくなるだろうし、璃癒さん自身にも会いたくなるし。…じゃあ、また」

 

「うん。また会おうね」

 

 さようならじゃなくって、また会おう。別れの挨拶はこっちの方が僕は好きだ。さて、時間も時間だし寝ないとね。明日からお祖父ちゃん達に本格的に稽古を付けて貰わないと。

 

 僕はもっと強くなりたい。勇者だからって訳じゃないけど、あんな子供が子供らしく過ごせる世の中にする役に立てるならなりたいんだ。

 

「よし、頑張るぞー!」

 

 頬を両手で挟むみたいにして叩くとテントに戻る。僕にも疲れが溜まっていたのかハンモックに寝転がると直ぐに睡魔がやって来た……。

 

 

 

 

 

「本当にお世話になりました。何かあれば私達が力になりますよ」

 

 翌朝、僕達もガルムの皆に別れを告げて出発する。見送りはフェンさんとスクゥル君。え? 僕に求婚しようとしていた人達は? ……お祖父ちゃん達の物理的方法の説得で夢の中だよ。

「お孫さんを僕に……へぶっ!」

 

「璃癒ちゃん、俺と結婚……げへっ!?」

 

「罵って下さ……ばはっ!?」

 

 もう旅立つって分かった途端にお祖父ちゃん達が居ようと突撃して来て力で止められる。しかし初対面で求婚とか流石にビックリ。中には変なのが居た気もするけど僕じゃ応対が大変だったよ。

 

 ……人ってあんな風に空を飛ぶんだなぁ。

 

 

 でも、幾ら地球じゃないからって何を考えているのさって思ったけど、フェンさんが言うには、自分達の種族の若者は何度でもアタックするし夜這いもするから心をへし折る位で丁度良い、だって。

 

 ……だからスクゥル君のお姉さんも恋に積極的だったんだね。頑張れ、セウス君。

 

 

「えっと、エリーゼさん……ありがとう。また会おうね」

 

「ええ、また会いましょう。それとハティルちゃんに会ったら戻るように伝えておきますね」

 

「……うーん。姉ちゃんって部族でも特に一直線な所があるし、本当にお婿さんを連れ帰るまで帰らないんじゃ……」

 

 エリーゼはスクゥル君の頭を撫でながら微笑んで、彼は嬉しそうだったけど……何か言いたそうにして見えたのは気のせいかな?

 

 

「それじゃあ出発です。港でエルフの国カノンノのある島に向かいましょう」

 

「港町かぁ。色んな酒が飲めそうだな。魚も美味そうだしよ」

 

「いえ、どうも酒は其れほど種類が入って来ないそうですよ。……ワインは随分と上質なのを仕入れているそうですが」

 

「言っとくけど飲み過ぎは駄目だからね?」

 

 これだから飲兵衛は困るよ。エリーゼも苦笑しているしさ。……でも、地球と変わらない二人に僕は安心していた。

 

 漫画とかゲームでしか知らない世界に勇者として来ちゃって魔法や剣を使ってモンスターと戦わなくちゃいけなかったり、お祖父ちゃん達が実は伝説の英雄だったりとビックリの連続だけど、お祖父ちゃん達はお祖父ちゃん達のまま、僕が大好きで頼りにしている二人のままだったんだから。

 

 

 

 

「頼りにしているよ、お祖父ちゃん達」

 

「ええ、任せていなさい、璃癒」

 

「おうよ! 俺達を頼りな、璃癒」

 

 二人の手が僕の頭に置かれて、それだけで僕は安心する。これからどんな困難が待ちかまえていても、二人が居るなら絶対に大丈夫だって思えるんだ。

 

 

 

「じゃあ、出発!」

 

 僕は先陣を切るように歩き出す。さあ、次の街でどんな出会いがあるのか今から楽しみだ!

 

 

 

 

 僕達が去った後、寂しそうに立ち尽くすスクゥル君の肩に手が置かれた。

 

「……良かったのですか? エリーゼさんに想いを伝えないで」

 

「うん! 俺、もっと強くなってエリーゼさんを迎えに行くんだ。だから、告白するのはそれからにする!」

 

 スクゥル君は決意に満ちた瞳で宣言して、その姿を見るフェンさんは嬉しそうで寂しそうな瞳をしていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霧煙る夜の海、星明かり一つ無い闇の中で青白い光が揺れ動く。光を放つのは一隻の大型帆船。凪の中を突き進むその船は普通ではなかった。フジツボが大量に付着した船腹には所々穴が空き、風を受け止める帆も役割を果たせない程に損傷が酷い。

 

 何よりも異様なのは乗組員だ。鼻を摘まみたくなる程にカビ臭い甲板の上、骨だけの船員がモップを手に掃除を行っていた。片腕がない者、頭の一部が割られている者、激しい戦闘を伺わせる彼らはスケルトンと呼ばれるアンデッド系のモンスターだ。

 

 カタカタと骨を鳴らし、意思など感じられない動きで作業を続ける彼らを見下ろす姿があった。

 

 その肉体には肉が残っていた。所々腐り落ちて眼窩に収まる目玉の代わりに奥が怪しく光っている。金糸で刺繍が施された服と帽子を身に纏い、露わになった肋骨の中で脈動を止めた心臓が姿を覗かせて居た。差し詰め幽霊船長といった所だろう。

 

 彼が居るのは甲板を見下ろせる場所に存在して内装も豪奢……だった船長室。今は隙間風が入り込む荒ら屋の如き惨状で、戸の失われた棚の上に飾られた鞘だけは装飾が豪華で却って部屋を見窄らしく見せている。ただ、鞘に収める筈の剣の姿は何処にもなかった。

 

「……」

 

 幽霊船長は古ぼけた酒瓶の蓋を外して一気に呷る。辛うじて残っている口の部分は兎も角、喉は骨だけで酒が床や服を濡らすも気にした様子もなく、酒瓶を放り投げると歌を口ずさむ。波の音も聞こえずスケルトン達が掃除をする音以外に何も聞こえない闇に不気味な歌声が響き渡った。

 

 地獄の底から響くような、生気を感じさせない不気味な声が……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私のハートはメロリンパッフェ、蕩け蕩けてチョコフォンデュ~」

 

 其れは奇妙な歌であり、声の不気味さと相まって怖気を感じさせるには十分であった……。

 


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