伝説の勇者の爺共   作:ケツアゴ

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違和感

「さて、山を登る前に休憩にしましょう」

 

 エルフの国に行くには今目の前を流れる川を越え、山を越えるのが一番早いらしい。僕やお祖父ちゃん達はクラスを得た事で身体能力が上がっているけど、エリーゼさんは大分疲れているみたいだからね。

 

 一晩中山の中で花を探し回った後で故郷が滅びたのを見て体も心も疲れ切っている。まだ太陽は高いけど、僕も休ませた方が良いと思うんだ。

 

「璃癒、貴女もちゃんと休みなさい。……と言うより忘れている事が有るでしょう?」

 

「え? 宿題は……無理だし何だっけ?」

 

 いやー! 異世界に来たから勉強ができないのは辛いなぁ、うん! ゲームや漫画も無いのも辛いけどさ……。特に週刊誌買って来て今から読むぞって時に草むしりをする事になったもんなー! あれれ? 草むしりと言えば……。

 

 

 

「あっ! お風呂に入ってないや!」

 

 街は壊滅的で何とか旅に使えそうな物をエリーゼさんが集めていてくれたけど、色々あって使えるお風呂を探すって考えはなかった。多分無理だったけど、あの惨状じゃ無理だし。

 

「……はぁ」

 

「がはははは! やっぱ奈月の孫だな。彼奴も旅の最中は頓着しなかったぜ、そういうの」

 

 うっ! 示現お祖父ちゃんは、年頃の娘が嘆かわしい、って顔で溜め息吐いているし、空也お祖父ちゃんの口から出て来た知りたくなかった真実。う、うん、確かに年頃の女の子としては拙い……かな?

 

 

 

「では、休憩で。空也、お風呂の準備をお願い出来ますね?」

 

 え? この環境でお風呂入れるの?

 

 

 

 

 

 

「さて……グラビティ! 水の精霊王よ、我が呼び掛けに応えたまえ……サモン・ウンディーネ!!」

 

 空也お祖父ちゃんの呪文によって河原の一部が上から見えない力で押し潰されて陥没、膝の高さ程の穴が空く。そして次の呪文を唱えると川の中心に魔法陣が出現してそれほど深くないのに其処から大きな泡が上がってくる。中には神秘的な雰囲気のお女の人が入っていた。

 

 踊り子みたいな露出の高い服も腰まで伸びた髪も、身体さえも半透明の水色な液体で構成された彼女は泡が割れると同時に宙に浮き、僕に視線を向ける。値踏みされているような威圧されているような奇妙な感覚に戸惑った僕の隣ではエリーゼさんが跪いて祈りを捧げていた。

 

「ああ! 偉大なる聖獣王様にお仕えせしウンディーネ様! お姿を拝謁できた事、我が人生で最大の幸福で御座います」

 

 聖獣王、それがエリーゼさんが……いや、この世界の殆どの人が信仰する対象らしい。黒衣を身に纏って沈黙を貫く少年と数多の獣をお供にした世界を守護する存在で、クラスとかレベルとかを世界に齎したって教わったよ。お祖父ちゃん達は会った事が有るらしいけど、空也お祖父ちゃんは懐かしそうに笑って、示現お祖父ちゃんは渋顔だったのは何故だろう?

 

 そして聖獣王を信仰する聖獣王教には代わりに人を助ける四人の精霊王をそれぞれ最も崇拝する派閥に分かれるまでは聞いたけど、エリーゼさんはウンディーネ派なんだね。こうやって見ていると神秘的で神様って感じがするもん、気持ちは分かるかも。

 

 エリーゼさんの祈りが通じたのかウンディーネさんから威圧感が消え、柔らかい笑みと共に口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「……マジっすか? いやー! ウチの信者とか最高っすね。てか、久々にウチを呼び出せるのが居るから契約の試練を簡単にしてやろうと思ったら空也じゃないっすか! 示現も居るっすね。其処の奈月に胸と目つき以外は似ている子は孫っすか?」

 

「ああ、俺と示現の孫娘の璃癒だ。おい、挨拶しな」

 

「は…初めまして……」

 

 軽っ!? 水の精霊王、口調凄く軽いよ! ……あっ、エリーゼさんが固まってる。うん、仕方ないよね。取りあえず言われるがままに頭を下げて挨拶したらこっちに近寄って腕を取るとブンブン振って来た。

 

「こっちも初めまして宜しくっす! こっちの信者の子も宜しくっすね」

 

「ウ…ウンディーネ様がががががが……」

 

「ありゃ? あー、なるへそなるへそ。いやいや、普段はちゃんと精霊王らしく喋ってるっすよ? これでもイメージ商売っすからね」

 

 呆然とするエリーゼさんの腕を取ったまま緩く軽い感じを崩さない。これは立ち直るの暫く掛かりそうだなぁ……。

 

 

「おーい、ウンディーネ。久々に会って直ぐにアレだけどよ、風呂の準備頼むわ」

 

「オッケー! ほいよ……っと!」

 

 ウンディーネさんが指を一度パチリと鳴らせば穴の底から水が湧きだし、もう一鳴らせばお湯になる。恐る恐る手を入れれば適温だ。……はっ!

 

 

「エ…エリーゼさん?」

 

 信仰の対象が物凄く軽ーい性格だった上にお風呂の準備の為に召喚されてあっさりと引き受けるとか大丈夫かな、そう思った僕が顔を向けて声を掛けるも反応が無い。

 

 

「……気絶してる」

 

「ありゃりゃ? 変な子っすねー。ちなみにお湯の効能は打ち身、擦り傷、高血圧、湿疹、挫き、腰痛、関節痛、肩凝り、美肌その他諸々。んじゃ、また呼んだら良いっすよ」

  

 白目を向いて立ったまま気絶しているエリーゼ三の目の前で何度か手を振ったウンディーネさんはお風呂の効能を説明し終わると川の中に入ってこっちに手を振る。その体は徐々に水中に沈んでいった。

 

「次はイメージ商売に的した口調でお願いします」

 

「オッケー! 忘れてなかったら善処するっすよ」

 

 出来るなら忘れないで欲しい、エリーゼさんを見ながら僕は願うのであった。

 

 

 

「……ウンディーネの湯は久々ですね。私達も後で入りましょう。最近研究続きで肩凝りが酷くて。じゃあ、周囲を布で囲っておきますので先に入りなさい、璃癒。私達は食料の調達をします」

 

「俺もどうも最近血圧がなぁ。まっ、仮にも精霊王の力が籠もってるんだからこれで解決するだろう」

 

 お祖父ちゃん達は体を大切にね。……じゃあ、エリーゼさん起こしてお風呂に入ろうか。いい加減気持ち悪くなってきたし。僕はエリーゼさんを揺り起こすと一緒に布の内側に入って服を脱ぎ始める。でも、まさかあんな事になるなんて……。

 

 

 

 

 

 

 

 エリーゼさんは現実逃避でウンディーネさんについては忘れてるっぽい。何も言わないでおこうか。だって今はそんな事より会った時から同士だと思ってた彼女の裏切りが許せないんだ……。

 

 

 

 

「着痩せする体質だったんだね、エリーゼさん……」

 

 僕がシャツとハーフパンツ、スポーツブラとパンツを脱いで裸になってから視線を送れば丁度ブラを外している所だった。格差、圧倒的な格差が其処にはあった。アレは凶器のレベルだよ……。

 

 普段はゆとりのある服とブラで押し込められていた凶器は解放と同時に威力を発揮する。ブルンと物凄く揺れていた。

 

「着痩せ? わ…私太ってますかっ!?」

 

「……いいえ」

 

「良かったぁ……」

 

 問題無くボンキュッボンです、エリーゼさん。安心したのか胸をなで下ろして息を吐けばプルプル震えています、エリーゼさんのおっぱいが。肌だって白くて艶々でついつい見ちゃうし、羨ましい……なんて言わないからね!

 

 僕だって健康的に焼けた肌に引き締まった身体だし? 男装が似合いそうとか言われるけど。…ええい! 今はお風呂だお風呂! 折角広いんだ、泳いじゃえ!

 

 

 

 

「極楽、極楽……」

 

 普段は家のお風呂だし、公共の場で泳いだら怒られちゃうけど今は別って事で背泳ぎをしながらお風呂を堪能。疲れが溶けていく感じがするよ。横を見ればエリーゼさんも溶けそうな程に気持ち良さそうにして顔が緩んでる。そして顔の前ではブカブカと島が二つ浮かんでいた。

 

 

「ねえ、エリーゼさん。何食べたら胸が大きくなるの?」

 

「胸ですか? さあ? でも、大きいと大変ですよ? 肩は凝るし激しく動いたら痛いし、小さく出来るなら小さくしたいなって思いますから……」

 

 ……は? この人、今なんて言った? チイサクシタイ? 僕は立ち上がり無表情でエリーゼさんに近寄って……胸を掴んだ。

 

 

「お前は世界中の貧乳を敵に回したー!! この、このっ! 揉んでやる、奪ってやるー!!」

 

「ひゃんっ!? ちょ…ちょっと落ち着いて……ひゃうんんんんんっ!?」

 

 

 

 

 

「ふう。良い湯だった……」

 

 流石はウンディーネさんの力が籠もっているだけあって髪が艶々、お肌がスベスベになってる気がするし、お風呂から出たら水滴さえ体に付いていないや。……うん。エリーゼさんが隠し持っていた凶器に暴走して揉んだり揉んだり揉んだりした気がするけれど気のせいだよね? 何か怯えた表情で距離を開けられている気がするけれど……。

 

「そんな事よりお腹が減ったなぁ。ご飯なんだろ?」

 

 大分長い間お風呂を堪能してたけど外からご飯が出来たって呼ばれたから出てきたんだけどお腹が鳴っちゃったよ、今。プリンは異世界には持ってこられなかったしさ。って言うか米食べたい、米。朝ご飯はパンだったし、お昼は素麺だったからね。こう、お肉に甘辛いタレを絡めてガッと掻き込みたい。

 

「まあ、僕は米をおかずに米が食べられるけど……この匂いはっ!」

 

「良い匂いですけど何でしょう……」

 

 少し離れた場所で二人が熱した石で何かを焼いている。いや、何かじゃない。これは僕の大好物の匂い。エリーゼさんは分からなくても僕には何か分かって一目散に駆けだしていく。少し近寄れば正解だって判明した。

 

 

 

「やった! 焼き蟹だっ!」

 

「こ…これはキラーキャンサー……。あの、これってモンスターですよ?」

 

「知ってる知ってる。何度も食ったからな」

 

「蟹味噌も美味しいですよ。ほら、食べてご覧なさい」

 

 真っ赤に熱した石の上で丁度焼けていたのは五十センチ程の大きさの巨大な蟹のハサミ。甲羅の色が緑だけど気にしない気にしない。モンスターだって蟹には変わりないもんね。

 

「いただきまーす!」

 

 先ずは焼き蟹から。身をほじくって口に運べば丁度良い焼き加減で旨味と甘みが凝縮されて少しの臭さなんて気にならない。蟹味噌も少し苦い気もするけれど逆に混じっている美味しさを引き立てている。美味しい、美味し過ぎる!

 

 僕が思わず感動で打ち震える中、抵抗があるのか恐る恐る手を出してたエリーゼさんも驚いた顔だうんうん、食文化の違いって異世界でも有るんだね。地球にはモンスター居ないけど。

 

 

「ビックリしました。モンスターを食べるって聞いたことはあっても実際に食べた事は無くって……」

 

「勿体ないなぁ。……あー、醤油と米が欲しい。味噌汁に入れてご飯でガッと行きたい気分」

 

 納豆が有れば更に良し。あー、無性に食べたくなってきたよ。

 

 

 

「この世界、米が有りませんよ」

 

「大豆もないから醤油も味噌も無いな」

 

 ……は? 思わず僕は固まってしまう。お米も醤油も味噌もない。納豆も? この時程この世界に来たことがショックだと感じた事は無い。だって日本人だもん……。

 

 

 

「……璃癒、それはそうとお客さんです」

 

 ショックに打ちひしがれた僕が顔を上げれば匂いに誘われたのか涎を垂らす凶暴そうなモンスターが二体。僕の知識からしたらコボルトが一番近いね。ナイフ持った二足歩行の犬っぽいし。

 

「アレはコボルトです! 皆さん、此処は私が……」

 

「あっ、矢っ張りコボルトで良かったんだ。……僕も戦うよ。良いでしょ、お祖父ちゃん?」

 

 エリーゼさんが杖を出して構えたから僕も町で発掘した両刃の剣を取り出す。西洋剣とは扱いが違うけど剣道は道場に通っているし、お祖父ちゃん達に頼れない状況に陥る前に経験は積んでおきたいからね。二人を見れば頷いたので戦いを始める。

 

 

 ……思えば既に違和感はあったんだ。お祖父ちゃん達の表情とか、自分の心境とかさ……。

 

 

 

「ライトアロー!」

 

 エリーゼさんの杖から飛んだ光の矢が先頭を走ってきたコボルトの腕に刺さり怯ませる。矢が消えて傷から血が吹き出した時、眼前で僕が剣を振り上げていた。

 

「てやっ!」

 

「グギィッ!」

 

 肩から脇腹まで振り抜いて両断、ナイフを振り回しながら近寄ってくる二体目の胸を貫いて蹴り飛ばした時、三体目が横にナイフを振り抜こうとするけれどもう一度放たれた光の矢が首に命中、僕は三体目の首を跳ね飛ばして血を浴びる前に飛び退いた。

 

 

「やった! ……あれ?」

 

 何かが……変だ。虫や如何にも幻想の生物って感じのじゃ無くって小柄な大人ほどの犬みたいな相手を斬っておいてどうして達成感しか感じないんだろう? 皮を切り裂き骨を断って首まで切り落として、どうして平然としていられるんだ?

 

 

「……召喚時に付与されるのは言語や文字の翻訳だけでなく戦いに対する忌避感の減少ですよ、璃癒」

 

 示現お祖父ちゃんの言葉に全てを理解する。自分が自分でなくなったみたいな感覚。それが凄く怖かった……。

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