伝説の勇者の爺共   作:ケツアゴ

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戦う理由

 幼い頃から僕はお祖父ちゃん達にベッタリだったのを覚えている。二人共、とっても立派で自慢で、構って貰えるだけで嬉しかった。一番の楽しみは二人の休みが重なった時に一緒にお出掛けする事。両手を繋いで貰って歩いたんだ。

 

「ねぇねぇ。僕、お祖父ちゃん達が大好きだよ!」

 

「おう! 俺もお前が大好きだぜ」

 

「勿論私もですとも。可愛い孫娘ですから」

 

 二人は僕を大事にしてくれて、ずっと守ってくれている。僕は今も守られているだけだった……。

 

 

「あ…あの……」

 

 コボルトとの戦いの後、僕達はロアハ山って呼ばれる山を登っていた。この山を越えた先の街を経由して港町で船を使ってエルフの国がある島に向かうんだってさ。その道中、エリーゼさんは僕に話し掛け辛そうにしている。

 

 只でさえ異世界から了承もなく呼び出した上に魔王を倒さなくちゃ帰れないって状況に陥らせた事に罪悪感を抱いているのに、僕が戦いが怖いって……いや、戦って相手を傷付ける事に抵抗を感じなくなった事が怖いって口にしちゃって更にそれは強まった。

 

 ……故郷を失って、昨日まで一緒に笑った家族同然の人達を急に失った彼女の方が辛いのに、僕は何をやっているんだって思う。でも、怖い。右手を見れば命を奪った時の感覚を思い出す。皮を切り裂いて骨を断った時に考えたのは血で汚れるのが嫌だって事。僕が僕でなくなった様な、そんな感覚だ。……戦いに忌避感を感じ、仕方なく命を奪って魘される、そんなのよりはマシだって分かっているけど……。

 

「おいおい、ボーッとしてたら危ないぜ? ほら、祖父ちゃんが手を繋いでやるよ」

 

「あっ……」

 

 僕達が歩いている山道は一応旅人の為に手入れされていたけど、禍人の影響でのモンスターの増加や山賊の出現で少し荒れちゃってる。空也お祖父ちゃんの魔法なら地形を変えたり出来るそうだけどブランクが長くて危ないから今は駄目だって言って示現お祖父ちゃんが道を切り開いていた。

 

 だから警戒の為に一番後ろは空也お祖父ちゃんが歩いていたけど、急に手を伸ばして僕の手を優しく握ってくれた。温かくて大きくて力強くて……安心できる手。高校生になったし人前で手を繋ぐのが恥ずかしくなったけど今くらいは別に良いよね?

 

「璃癒、アレだ、何って言ったら良いのか分からないけどよ、悩め、迷え。俺達もそうだったぞ」

 

「……お祖父ちゃん達が?」

 

 少し意外だった。今の僕みたいに凄く強いお祖父ちゃん達二人みたいのも居ないのに世界を救った当時のお祖父ちゃん達やお祖母ちゃんが僕みたいに怯えて迷っていたなんて……。

 

「ああ、そうだ。示現なんざゲロ吐いて酷い顔だったんだぜ?」

 

「……空也、余計な事は言わないで欲しいのですが。それと後で前後を代わって貰いますよ? 私だって久々に孫と手を繋ぎたいですので」

 

 前を向いているから見えないけど多分眉間に皺を寄せているんだろうなってのは声で分かる。温厚で優しい示現お祖父ちゃんが本気で文句を口にするのは空也お祖父ちゃんにだけで、それって仲が悪いの?、ってお祖母ちゃんに訊いた事が有るもん。笑いながら、いいえ、仲が宜しいのですよ、って言ってたけど、今の僕ならそれが理解できる。

 

「まあ、自分なりに戦う理由を見つけるこったな。俺の場合は米が食いたい、だっけか?」

 

「ぷっ! いやいや、それは流石にないよ、お祖父ちゃん。戦う理由がお米って!」

 

 思わず吹き出してしまう。あー、でも暫くお米が食べられないのは辛いなあ。醤油を塗って香ばしく焼いたおにぎりとか食べたい……。

 

 少しは元気が出てきて食べ物に思考を持って行かれた僕の頭を撫でる気なのか伸ばしてきた空也お祖父ちゃんの手が急に止まる。前を見れば示現お祖父ちゃんも足を止めていた。……誰か木陰に隠れてる? 前方と左右の木の陰や草むらに誰かが隠れてこっちを見ているぽいって僕も感じた時、相手が動き出した。

 

 

「へっへっへっ! こっちに気付いたみたいだが猟師か何かのクラス持ちか? 戦士系のクラスを選らんどくべきだったな」

 

「爺さん達は殺して身包み剥ぐとして……」

 

 前方と左右に二人ずつの計六人、柄の悪い男の人達が武器を持って現れる。前方の二人が弓矢で残りはカットラスって名前だった筈の剣。厭らしい目を僕とエリーゼさんに向けている。何をする気なのか聞かなくても理解できた。

 

「お祖父ちゃん、戦お……」

 

 戦おう、そう言おうとしたけど途中で声が途切れる。戦うって考えた瞬間にあの自分が自分でなくなったみたいな感覚に襲われて手が震える。それを自分達に怯えているって思ったのか山賊達がニヤニヤと嫌な笑みを僕に向けてきた。

 

 

「おい、あっちの嬢ちゃんが怯えてるぜ。安心しな、優しく相手してやるからよ」

 

「嘘付けよ。この前も餓鬼を無理矢理組み伏せて犯してただろ、お前。この変態が」

 

「そっちの方が興奮すん……だっ!?」

 

「おいっ!? 何……がっ!?」

 

 前方の山賊の片方の顔面に下駄が激突する。横を見れば空也お祖父ちゃんが右足の下駄を飛ばした姿勢になっていて、もう片方の下駄も直ぐに飛ばして顔面に命中。二人共完全に気絶してて、お祖父ちゃん達は……怒っていた。

 

 

「……おい、糞餓鬼共。ちぃーと痛いが我慢しろよ?」

 

「勿論拒否は許しませんよ? ……余罪も有るみたいですしね」

 

 空也お祖父ちゃんは拳をゴキゴキ鳴らしながら、示現お祖父ちゃんは片刃の剣を峰打ちの構えで鞘から抜いてそれぞれ左右を威圧する。あっ、山賊達が完全に戦意喪失してる。多分気圧されて逃げ出せも出来ないし心が折れてるね、アレは。でも、二人共知った事じゃないんだろうなー。

 

 僕は静かに合掌。聞こえてくる山賊達の悲鳴を聞こえない振りをして全てが終わるのを待っていた。

 

 

 

 

 

「俺の孫娘に何をするって? あぁん!?」

 

「ぎゃぁあああああああああああっ!! ごめんなさい、ごめんなさいぃいいいいいいいっ!!」

 

「おや、どうしました? 私はこのまま貴方の股に剣を振り落とせば簡単に潰せる、と言っただけで潰すとは言っていませんよ? 所でアジトと仲間についてお聞かせ願いたいのですが」

 

「言います、言います! だからもう許じてくだざいっ!!」

 

 ……あー、何も見えない聞こえないー。エリーゼさんも目を逸らした方が良いと思うよ、本当にさ。

 

 

 

 

「しっかしお前が怒った演技とか久々だな、おい?」

 

「……あの場合は都合が良かった、それだけですよ。不快なのは本当ですしね」

 

「都合が良いって尋問と愛情アピールのどっちだ?」

 

「……黙秘します」

 

 

 

 

 山賊達から聞き出した情報じゃ僕達みたいに襲われた人達を奴隷商人に売るために捕まえているらしい。……女の人は別の目的でも。内容は口にしたくない。

 

 

「皆、助けに行こう!」

 

「璃癒、気持ちは分かりますが落ち着きなさい。下手に手を出して捕まった人達が殺されては元も子もありません。此処は街に向かって山賊達を差し出して大規模な討伐隊を出して貰うべきではないですか?」

 

 僕に提案に真っ先に反対したのは示現お祖父ちゃんだった。確かに僕達は強いのかも知れないけど、人質救出や潜入の経験は……あっ!

 

「空也お祖父ちゃん、刑事だったし何か作戦無いの!?」

 

「いや、俺は部署が違ったからな」

 

「そういう事です。此処は専門家に任せましょう」

 

 ……確かに上手く行くかどうか分からないけど、僕達が捕らえた六人が帰って来ないからって残りの山賊が警戒するかも知れないじゃないか。もしそれで犠牲者が出たらと思うと凄く嫌だ。でも、下手をしたら危険だってのも分かる。

 

 

「……一刻も早く街に急ぎましょう。それが一番です」

 

「……分かった」

 

 勇者って役割を貰っても何も出来ない自分が嫌になってくる。ああ、何で僕なんかが勇者なんだろう? 戦いも禄に出来ないのに……。

 

「わきゃー!」

 

 示現お祖父ちゃんの言葉に俯きながら頷いた時だった。前方から小さな子供みたいな声が聞こえてきて金色な小さな何かが飛び出してくる。空也お祖父ちゃんが受け止めたのは小さな子犬、大きさはチワワ程度かな? それを追いかけて来たのか巨大なダンゴ虫が木々を薙ぎ倒しながら転がって向かってきた。

 

「グギョッ!?」

 

「デスボール……でしたね、確か」

 

 示現お祖父ちゃんは片手でデスボールの突進を受け止め、剣を真横に振るって両断する。結構堅そうなのに凄いな、僕と違ってさ……。

 

 

「お爺ちゃん強いねー! 助けてくれてありがとう!」

 

「これは……ケルベロス、それも稀少個体ですね。話に聞いた事は有りますけど……」

 

 デスボールを倒した途端に尻尾を振って喋り出した子犬はジークって名前らしい。あわわ、凄く可愛いや。まあ、家で飼ってる柴犬のゴンの方が可愛いけどさ。

 

 重要なのは頭が三つ有るって事。このモンスターは僕でも知ってる奴だ。でも、エリーゼさんが言った稀少個体ってのは何だろう?

 

「ケルベロスの稀少個体は御伽噺の類とされる程に珍しい存在です。人語を使う程の知能と高い潜在能力、本来は猛毒の唾液が秘薬になっているなどと伝わっていますけど……可愛いですね」

 

 フワフワの毛皮に円らな瞳、柔らかそうな肉球。見ているだけで胸が締め付けられるけど魔法の類かな? 

 

「あのね! お兄ちゃん達を探しに来たら迷ったの! 見てない?」

 

「……お兄ちゃんとは人間ですか?」

 

 ジークの首には首輪が填められていて、魔女の帽子と杖みたいな絵が書かれた飾りが付いてる。多分飼い主だろうね。

 

「うん! 山賊を退治しに行くからテントで待ってろって言わてて……あっ! 出て来たのバレたら怒られちゃう……」

 

 落ち込んだのかさっきまで元気に動いていた耳が垂れ下がる。うん、犬って本当に可愛いなあ。って、山賊退治っ!?

 

 僕がジークの言葉に反応した時、山賊から聞き出したアジトの場所の辺りが爆発した。轟音が響いて鳥が逃げ出す。いったい何が。いや、そんな事より……!

 

 

「お祖父ちゃん達! もう任せておくとか出来る状況じゃ無いよ!」

 

「……仕方有りませんね。行きましょう」

 

 絶対何かあったんだ! 急いで行かないと捕まってる人達に何があるか分からないぞっ!

 

 

 

 

 

「お強いんですね。お名前をお聞かせ下さい!」

 

「……ディハスだ」

 

「ディハス様ですね。あの……お礼に二人でお食事でも」

 

「いえいえ、私の両親に会いませんか! 実は実家は裕福で婿入りすれば苦労はさせません」

 

 ……何これ、ってのが僕の感想だ。アジトの古い砦まで行ってみれば赤い髪のお兄さんがお姉さん達にモテてた。多分会話からして山賊からお姉さん達を助けたらしいけど……。

 

「か…格好いい人ですね!」

 

「エリーゼさんの好みってああいう人?」

 

 肩まで伸ばした赤い髪をした影のある美形さんで背も高いし体も引き締まってるけど僕の好みとは違うかな? まあ、友達が好きな乙女ゲーに出てくるクールポジションっぽい人だね。それよりも僕は持っている武器が気になるよ。

 

 全体が半透明の赤い水晶の奥で炎が燃えているみたいな幻想的な物質で作られた巨大な剣。無理に切り出して形にしたみたいな無骨さを感じさせる。縦幅も横幅も長くって凄く重そうだ。

 

「あれは火水晶(ひすいしょう)ですね。魔力を込めれば硬度が増す魔法戦士御用達の武器素材。相応に重いのでアレほどの大きさの武器は初めて見ましたよ」

 

「……む?」

 

 こっちの会話が耳に入ったのかディハスさん達は顔を向けて来て……僕を見てる? いや、気のせいだなって思った時、奥からもう一人出て来た。ディハスさんと同じ赤い髪を三つ編みにした十歳程の男の子、こっちも結構な美少年だ。生意気そうな感じがするけれどね。魔法使いなのか杖を持っていた。

 

「兄ちゃん、こっち手伝ってって言ったで……ジークっ!?」

 

「お兄ちゃんだー!」

 

 エリーゼさんの腕の中から飛び出したジークは尻尾を振りながら少年に飛び付いて顔を激しく嘗めている。涎でベトベトになったけど嬉しそうだな、あの子。

 

 

 

 

「ジークがお世話になって有り難うね、お姉さん達。僕はセウス。こっちは十歳上のお兄ちゃんで……」

 

「ディハスだ。……少女、名を聞いて良いか?」

 

「エリーゼです」

 

「璃癒だけど……」

 

「そうか、良い名だ……」

 

 この兄弟、ディハスさんとセウス君は旅をしながら修行をしているらしくって、ジークは途中で懐かれて連れて行ってるらしい。今は遠くの街の商人の依頼で山賊に捕まった人の捜索に来たんだって。

 

「……毎回毎回新しい場所で女の人に惚れられるんだからたまったもんじゃないよ、僕はさ。あっ、でもお姉さん達みたいな綺麗な人なら羨ましいかな?」

 

 そうやって褒めてくるセウス君だけど、空也お祖父ちゃんが耳打ちするには何となく私達の強さを認識しているらしい。魔法の才能が極めて高いと偶に力に敏感になるんだって。この年齢じゃ珍しいらしいけどさ。

 

 取り敢えず僕達が近くの街に知らせに行って二人とジークは動けない人も居るから残るって話になったんだけど、別れる際にこんな事を聞かれたんだ。

 

 

 

「ねえ、イルマ・カルマって禍人の情報を持ってない?」

 

 この時、セウス君は凄く怖い目をしていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ……。まだかなぁ」

 

「璃癒、はしたないですよ」

 

 壊滅した山賊のアジトに囚われてた女の人達を連れて山を下った僕達はアジエタって街に辿り着いた。こんな時代だからか検問所が有って、問題になっていた山賊の壊滅を聞いて大慌て。結果、僕達は一旦詰め所で待ち惚けを食らって欠伸してたら怒られちゃった。

 

「あ…あの、退屈でしたらクラスやレベルについてお勉強しませんか?」

 

「ああ、それは良い事です。大切な事ですからエリーゼさんにしっかり教わりなさい」

 

 ……うへぇ、勉強かぁ。まあ、数学とか数学とか数学の勉強じゃないし別に良いかな? エリーゼさんが折角勇気を出して歩み寄ろうとしてるし、僕も仲良くなりたいしね。……其れにしても何時まで待たせる気だろう? 気分的に疲れちゃったよ……。

 

 

 

 

 

「それでは璃癒さん……」

 

「あっ、待った待った。ちゃんと覚えたかの確認の前にちょっと良いかな? 僕達って同じ十六だし、呼び捨てにしない? 僕も友達は呼び捨てだしさ」

 

 会ったばっかりだし仕方ないけどちょっと気になっていたんだよね。エリーゼさんは一瞬キョトンとして少し恥ずかしそうに頷いてくれた。

 

「え…えっと……璃癒?」

 

「うん! これからその呼び方ね、エリーゼ!」

 

 差し出した手をエリーゼは遠慮がちに取ってくれた。……僕より肌がスベスベだなぁ。

 

 

 

「じゃあ、璃癒。クラスとレベルの関係について言ってください」

 

「えっと、何かしらのクラスを持っていないとレベルの上限も低くって、よりレベルの上限が高いクラスに派生するには高いレベルが必要……だったっけ?」

 

「はい、その通り! 因みにレベルは修練でも上がりますが効率が悪いですし、出来れば強い敵と戦って行きましょう」

 

 クラスは何かしらの儀式を受けることで一種類だけ手に入って、後は才能とか努力で能力のボーナスが違うクラスに派生していくんだよね、確か。戦士が魔法戦士になったり能力が上位互換の騎士になったり。派生表は勇者(見習い)の僕には特に関係ないけど鑑定の魔法や能力が有ればステータスは見れるし相手の能力の予測が付くからって覚えるように言われたけど……凄い量なんだよなぁ。

 

「……にしてもこれが経験値になるって不思議だね」

 

「全ては聖獣王様のお力によるものです。あっ! 璃癒も今日から一緒に祈りましょう!」

 

 僕は指先で透明な石を摘まんで光に翳す。魔魂石(まこんせき)という名のこの石はモンスターの魂が物質化した物で、これを砕くとレベルの上昇に必要な経験値になる上に魔法の道具の動力源にもなるとか。自分より弱い相手のだと大量に使っても雀の涙らしいけどさ。

 

 そしてクラスやレベルを人に与えただけじゃなくて、この魔魂石が手に入る力も聖獣王様の力だってエリーゼは言ってた。だから食事の前にはお祈りをしてたよ。うーん、目を輝かせて誘ってくるけど、聖獣王様に会った事のある二人は祈らなかったのが気になるんだよね。それに……。

 

 

 

 

 

 

 

「では早速、アチャラカモクレンキューライス、テケレッツのパ」

 

 ……このお祈り、何処かで聞いたことが有るんだけど?

 

 

 

 

 

「お前達、さっさと行け! ったく、何時まで詰め所を占領するつもりだ、まったく……」

 

 待ちに待って漸くアジエタに入れると思ったら兵士さんが酷い態度を取ってきた。自分達が待たせてた癖に嫌だなあ。買い取りを頼んだ魔魂石もエリーゼが言うには相場よりずっと安い値段らしいじゃないか。

 

「もー! 何なんですか、あの態度は! 私達が何をしたって言うんです!」

 

 町中に入ってもエリーゼの怒りは収まらないで文句を言ってる。僕だって不満さ。でもお祖父ちゃん達は最初から分かってたみたいに特に気にした様子もなかった。

 

「山賊を倒したからですよ」

 

「まっ、面子を潰された腹いせの嫌がらせって奴だな。一々怒ってちゃ身が持たないから止めとけ止めとけ」

 

「どうして山賊を倒したら嫌がらせを受けるのさ? 山の近くなんだから街の人だって迷惑してたんじゃないの?」

 

「ええ、だからこそです。長い間手を拱いて苦情も入っていたでしょう。そして結局倒したのは旅の者、それも老人や若い女性となればプライドを傷付けられたのでしょう。……璃癒、この世界は王や貴族が居て役人の腐敗も頻繁にあって、日本的な倫理観を期待してはいけません」

 

 ……うーん、難しいや。漫画や映画に出て来る中世の時代をイメージするべきなのかな? でも、それにしても建物は兎も角、排水路とかはちゃんとしてて話に聞く悪臭とかはしないね。何で此処だけ発達してるのか心当たりを聞いたらお祖父ちゃん達の影響らしい。

 

「悪臭ですか? ……文明の発達に口を出すべきでないと慎んではいましたが、次に喚ばれる人の為にその辺りだけ広めました」

 

「……ありゃあ酷かった。馬糞とか普通に落ちてたり窓からゴミとか便所の中身を捨てたりよ……」

 

 有り難う、お祖父ちゃん達! そのままだったら耐えきれなかった!

 

 

 

「では、今夜の宿を決めましょう。その後は……酒場ですね」

 

「ああ、情報収集だな。さっき酒蔵見つけたし期待出来そうだぜ」

 

「……飲み過ぎたら駄目だよ? 帰ったら奈月お祖母ちゃんに言い付けるからね」

 

 本当に程々にして欲しいよ、二人共。これだからお酒好きは困るって言うか、仮にも伝説に残ってる英雄なんだしさ。……あれ? さっき検問所でも気になったけど……。

 

「エリーゼ、二人が英雄の名を名乗っても特に反応しなかったよね? よく名前が使われるの?」

 

「いえ、流石に伝承の名前を使う人は少ないですけど……何故でしょう? どうして特に気にした様子が無かったのでしょうか……?」

 

 何かモヤモヤした物を感じながらも僕達は手頃な宿に泊まる事にした。少し古いけどご飯が美味しいって教えて貰ったんだ。エリーゼはちょっと疲れたからって宿に残るけど、僕は散歩にでも行こうっと。

 

 

 

 

 

「長閑な街だなぁ……」

 

 当然だけど車も自転車も走ってなくて電線もない。明かりは魔魂石を使っているらしいけど、本当に中世の街並みって風景に少しワクワクして来た時、間近で僕をジッと見詰める女の子が居た。

 

「ねぇ! お姉ちゃんって旅の人でしょ? あたし、アンジェリカ! 旅の話が聞きたいな」

 

「僕は璃癒。……うーん、あまり面白い話は無いけど構わないかい?」

 

「うん!」

 

 青いリボンがチャームポイントのアンジェリカちゃんは八歳くらいの女の子で、良い所があるからって僕の手を持って走り出した。

 

 

「此処だよ、お姉ちゃん。綺麗でしょ! あたしの好きな場所なんだよ」

 

「うわぁ。とっても良い所だね、アンジェリカちゃん」

 

 連れてこられたのは町外れの小さなお花畑。色々な花が咲いていて思わず見取れてしまう。アンジェリカちゃんはお花の中に座って僕を手招きしながら旅の話が聞きたいって目をキラキラさせていた。

 

 うーん、どうやって話そうかな? 此処に来てからは短いし、旅行の話をそれっぽくして……。

 

 

 

 

「危ないっ!」

 

 咄嗟にアンジェリカちゃんを抱きかかえて飛び退けば僕達が居た場所に鞭が叩きつけられる。衝撃で花が散って地面が割れていた。

 

 着地し、鞭が戻っていく方を見れば其処に居たのは僕と同じ位の女の子。赤いドレスを着た紫色のドリルヘアーのお嬢様っぽい子で静かに微笑んでいる。彼女を見た瞬間、僕はお祖父ちゃん達の言葉の意味を理解した。

 

 

「禍…人……」

 

 二人の話じゃ禍人は人と変わらない見た目をしているけど一目見れば解る、そんな理解しにくい内容だったけど実際に目にすれば嫌でも分かる。見た目は変わらないのに、何かが違うって強烈に感じるんだ。

 

 

「貴女、私の鞭を見事に躱しましたわね。お名前をお聞きしても?」

 

「……璃癒」

 

 素直に答える義理はないけれど、今は少しでも時間を稼がなくっちゃ。アンジェリカちゃんはショックで動けそうにないし、お祖父ちゃん達は街に居るから……なっ!?

 

 街の上空には無数の巨大な蜂の姿。針の先に火球を出現させて次々に放っている。これじゃあ直ぐの助けは期待出来ないかも。つまり、僕が戦うしかないんだ。

 

「おや? 震えていますわね。まあ、仕方のない事。では、此方も名乗らせて頂きましょう。偉大なる四凶星(しきょうせい)が一角である暴王(ぼうおう)クレメド様が下僕……ローズリンデと申しますわ」

 

 丁寧にお辞儀をするローズリンデだけど目は完全に僕達を見下して弄ぶ気だと告げている。戦うしか……ないんだ。

 

「留癒お姉ちゃん……」

 

 今にも泣きそうな声でアンジェリカちゃんが僕の袖を掴む。そうだよね、怖いよね、不安だよね。この子を守れるのは僕しか……あれ?

 

 

「……そっか。思い出したよ」

 

(……震えが止まった? あの娘、どうなさったのでしょうか?)

 

 アンジェリカちゃんの不安を取り除く様に頭を軽く撫で、歯を見せて笑ってみせる。大丈夫だと告げるみたいに、僕にお祖父ちゃん達がするみたいに。

 

 

「僕はお祖父ちゃん達みたいに人を守れる強い人に成りたかったんだ。アンジェリカちゃん、君のおかげで全部思い出した。……もう、怖くない」

 

「遺言はそれで宜しいですわねっ!」

 

 アンジェリカちゃんを庇うように前に進み出た僕に向かってローズリンデが鞭を振り下ろす。僕が避ければアンジェリカちゃんに当たる軌道で向かってくる鞭に対して僕は一直線にローズリンデへと駆け出し、ジャンプして空中で鞭を受けた。

 

 

「痛っ……くないっ!」

 

「強がりをっ!」

 

 肩に食い込んだ鞭は凄く痛くて涙が出そうになる。その上空中で体勢を崩した僕に苛立った様子のローズリンデは鞭を引き戻し、僕はそれを掴んで目の前に着地した。目を見開いて咄嗟に飛び退こうとするローズリンデ。

 

「くっ!」

 

「うん、そうだよね。鞭って至近距離じゃ効果が薄いからね」

 

 だから何をしようとするか予想が出来た。飛び退こうとした高価そうな靴を踏みつけて逃がさず、鞭を掴んだままの右手で殴りつける。鞭の表面はトゲトゲしていて手に食い込んで痛いけど我慢だ。

 

「きゃっ!?」

 

「女の子の顔を殴るのは気が引けるけど……ごめんねっ!」

 

 顔を殴られた勢いでローズリンデがぐらつき、僕は賺さず肘を顔面に叩き込んだ。鼻の骨が折れたのか鼻血が出てるけど容赦はしない。そのまま胸倉を掴んで背中から地面に叩き付け、もう一度顔面を殴りつける。頭の下の地面が陥没してローズリンデは白目を剥いて気絶してた。

 

「……勝った!」

 

 街の方を見れば蜂も数を減らしているし大丈夫かな? ……あっ、手の甲を怪我してるや。慣れてない人が殴ったら拳を痛めるって本当なんだな。

 

 僕は安心したように駆け寄ってくるアンジェリカちゃんを見ながらそんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「好き勝手にして下さいましたわね。お返しにグチャグチャのミンチにして差し上げますわ」

 

 声に振り返ればローズリンデの身体が宙に浮き、華奢だった身体が膨れ上がって変貌を始める。どうやら戦いは此処からみたいだね……。


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