「楽しいね、カルマ」
「楽しいよね、イルマ」
勇者達の末裔とされるローランド聖王国の王族、その王子であるローランドの失踪は当然調査が行われる。到着する筈だった砦の兵士達は調査に向かい、大地のクレーターまで辿り着いて帰って来ない。更に、更に更に調査に兵士が向かって……帰って来なかった。
その中の一人は森の中を必死に駆け抜ける。息が切れても目の前が真っ暗になりそうでも死ぬ恐怖から逃げ続ける。頭に浮かんだのは仲間の無惨な死体。首を摘まんでねじ切られた者、指先で潰された者、脚を掴まれ死ぬまで振り回し叩きつけ続けられた者。
あんな無惨に死にたくないと駆け抜け、捕まった。
「鬼ごっこの後は粘土遊びだよね」
「粘土遊び粘土遊び!」
グチャグチャ音を立てながら死体が押しつけ合わされ結合して行く。出来上がったのは醜悪な人形の出来損ない。手足の長さも全体のバランスもチグハグで見るに足らない肉の人形。その口の中に光る玉が押し込まれる。
「これで君は僕達の玩具だよ、ローランド」
「今日から君は僕達の玩具だよ、ローランド」
「名前を付けてあげようね」
「名前を付けてあげるね」
「ローランド・コープス、それが君の名前だよ。沢山沢山殺そうね。守りたかった人間を!」
「今日から君はローランド・コープスだ。大勢殺そう、大好きな人間を!」
璃癒が散歩に出掛けた頃、エリーゼは部屋に残っていた。ちょっと無理しても一緒に行くべきだったかな、等と思いながら休んでいた時の事である。
「あれ? こんな所に本が……」
宿屋のベッドに腰掛け、疲れてはいるけど何もしないのは落ち着かないのかエリーゼは荷物の整理を行っていた。その最中、財布がベッドと壁の隙間に落ちたので手を伸ばして取ろうとすると財布の下に何かが有る。取り出してみると一冊の本だった。
地球に比べれば製紙技術も発展途上にも関わらず文庫サイズの本の紙質は良く、大手の印刷所で印刷したみたいな出来映えだ。ただ、タイトルが奇妙であった。
「『パンダでも分かる除霊格闘術』? ……宿の人に届ける前にちょっとだけ読ませて貰っても良いですよね?」
パンダという動物については見識が無いが、ビショップ系のクラスであるクレリックを会得している彼女からすれば自分の分野に関係する技術指南書には興味を引かれる。本の質からして高価な物だとは分かっていても少しだけと信仰する聖獣王に懺悔しながらもページを開いた。
「えっと、先ずは玉葱をみじん切りにしてバターで炒め、冷やしたら合い挽き肉やパン粉と混ぜて……」
最初から紆余曲折や脱線の連続で一向に本題に入らない。それでもエリーゼが読み進めるのは理由がある。少しでも力を付けて璃癒達の力になりたいからだ。今の自分ではレベルもクラス補正も低く、第一老いているも世界を救った英雄と肩を並べる等ととても口には出来ない。
それでも黙って任せてられない善性と責任感を持つように育てられた彼女は藁にも縋る想いで本を読破し、奇妙な疲れに襲われる。意識を保つのも困難な状態になったエリーゼは糸が切れた人形の様にベッドに倒れ込んで寝息を立てた。
「……」
窓が開き、侵入者が一人。完全に気配を消して物音を立てずエリーゼに近寄るその姿は余りに異様。ハシビロコウという名の鳥をご存じだろうか? 侵入者はそのキグルミを着ていたのだ。スヤスヤ寝ていて起きる気配が皆無の無防備なエリーゼに近寄ったハシビロコウは本を手に取ると窓から出て行った。
彼女は目を覚まして自分のステイタスを見れば驚くだろう。レベルはそのままだがクラスが変化していた。本来ならば相応の場所での儀式や上位存在の加護が必要不可欠にも関わらず……。
エリーゼ ウォークレリック Lv13
「むにゃむにゃ……アチャラカモクレンキューライス……」
寝言でも聖獣王への祈りを捧げる敬虔な信者であるエリーゼは自分の変化に未だ気が付いていなかった。僧侶としても戦士としても並以上の才能と修練が必要なクラスを会得したなど夢で見さえもしなかった。
「空也、其方はどうですか?」
「いや、全然。面白ぇ噂話は幾つか耳にしたけどな」
情報収集の為に、などと口実を作って酒場に飲みに来た示現達だが酔っぱらいの与太話以上の収穫は無し。元々メインは地酒を飲むことだと即座に気持ちを切り替えて乾杯、注文した料理を肴に喉を潤す。
「……少し弱いですね。それに私は辛口の方が好きなのですが」
「これでも一番強い酒だぜ? まあ、お国柄って奴か。前の時は酒なんざ飲まないから情報も集めなかったがな。……そうそう、こんなの見付けてよ」
軽く炒めたソーセージをフォークで突き刺しながら差し出された紙を手に取った示現は怪訝そうな顔になる。この辺りの領主が支援している偽勇者の情報なのだが少々変な姿の肖像画だった。
鯱のつもりなのか尻尾を上げた魚の兜を被ってネクタイをした者や忍者の覆面に褌一丁の者、十二単を真似てドレスを上から重ねている者、全員伝わった日本の文化などを誤解しているようだ。
「……何ですかこれは」
「ぶわっはっはっはっ! 幾ら何でも酷いだろ、こりゃ。……んでだ、璃癒が居ない今なら丁度良い。ちょいと質問に答えてくれや」
大笑いした後で急に真剣な表情になる空也に示現もチラシを置いて向き直る。彼が二人の時にこんな表情を見せたのは妹である奈月と結婚する時と互いの子供が結婚すると決まった時、それだけだ。仕事や他の場所ではいざ知らず、示現が把握する限りはない。
「お前……あの言い寄って来てた姫さんに何時手を出してたんだ? 勇者達の子孫が居るって聞いて驚いたぞ、俺」
「……貴方が意気投合してた女将軍の彼女と関係を持ったのではなかったのですか?」
「うん?」
「……ああ、成る程。求心力を得るには楽な方法ですね。誰の子か公に出来ない子供でも産まれたのかも知れませんし……」
互いに相手が大人の階段を上っていたと勘違いしていたが、それなりに世話になった国の後ろ暗い所を知って少々気まずい空気になる。陽気な酔っぱらいの喧騒の中、無言で酒を飲み干した。
「この辺りで止めておきましょうか? 飲み過ぎたら璃癒も五月蠅いですし。実は正常値の範囲内とはいえ前回の検診で肝臓の値がちょっと……」
「……だな。ってか、奈月に少し似てきてないか、彼奴。いや、ガサツじゃないけどよ。フォースガルドとはお前以上に……」
残った料理を食べ終わり席を立った時、二人は遠くから接近してくる無数の気配を察知した。店主に代金を投げ渡し外に飛び出れば空の向こうで赤い物体が群れを成している。この時になると住人の中にも気が付く者が出て来て騒ぎになり始めた。
「あれは……モンスターだ! モンスターの襲来だ!!」
「皆、建物の中に隠れるんだっ!」
叫び声に続くように緊急事態を知らせる鐘の音が激しく鳴り響く。慌てふためく住民に視線を向けた示現は溜め息を吐くとモンスターが向かってくる方向を向いた。
「未だ旅の支度も終わっていませんし、本当なら璃癒の安全を優先したい所ですが行ってきます。人命を優先するので大規模魔法は使わない方向でお願いしますよ」
「おうとも! ……あれだな。チビニアの国の奴らの避難先が襲撃を受けた時を思い出すな」
「防衛戦が面倒なので街には余り滞在しない方針でしたからね。……流石に璃癒には野宿ばかりさせませんが」
奈月は別に良かったのかよ、と、ゲラゲラ笑う声を背に受けながら示現は足に力を込めて跳んだ。
「エアウォーク!」
靴が光り輝き示現は空中を踏み締めて駆け出す。その速度は凄まじく、今の璃癒ならば身体能力を向上させる魔法を使っても追い付けないだろう。それを見送った空也は腕を組み、顎に手を当てて背後の物陰に隠れていた人物を威圧する。だが微塵も意に介した様子のない相手は平然とした足取りで出て来た。
「久し振りだな、おい。結界は普通に張ってるけど彼奴は元気か? そうかそうか。んで、わざわざ出て来たって事は……璃癒についてだな?」
物陰から出て来たのは先程のハシビロコウ。変な格好で町中を歩いていても誰も気にした様子が無く、空也も訝しむ所か懐かしさと親しみを向けている。相手は何故か喋らず頷き、右手で町外れの璃癒が向かった方向を指した。その直後に何かを禁じるみたいに両手でバツを作れば空也は少し不満そうだ。
「ギリギリまで手を出すなってか? ……彼奴の試練か? 胸くそ悪いが仕方ねぇ。示現に資格がなかった場合、魔王を倒すのは璃癒の仕事だからな」
「……」
「示現とは意見が違うのかって? 俺は基本放任主義なんだよ。手なんざ最低限貸してやりゃ良い。可愛い子には旅をさせろって言うからな。……だがな、お前等が邪魔したせいで璃癒に何かあったらぶっ殺すからな?」
最後に送られた特大の殺気にも動じずハシビロコウは路地裏に消えていく。その背中を目で追おうと覗き込むも既に影も形も消えていた……。
「総員、構えっ! 目標、レッドホーネット。撃てぇえええっ!!」
建物の屋根や櫓に上がった兵士達が一斉に矢や魔法を放つ。だが、空中を自在に飛び回る巨大蜂には用意に命中せず、数匹を撃墜した所で接近を許してしまった。人と同程度の大きさを持つ蜂が耳障りな羽音を立てながら迫ってくる光景に恐怖を覚える兵士が出る中、中年の兵士は壁に立てかけてあった槍を突き出す。お尻の針を突き出して迫る一体の胴体を貫く前に折れてしまった。
「も…もう駄目だ……」
迫り来る数は百体を優に越え、元々が山賊に手を拱いていた者達。力が無くても使命感で動けていた者だけでなく、惰性で働いていた者も居る。恐怖に駆られて我先にと逃げ出した者も出る。璃癒達に高圧的な態度を取った兵士だ。彼が兵士になったのも職権を盾に横暴な態度を取る為だ。
そして、大勢が応戦する中で逃げれば目立つし狩猟本能も刺激する。目の前の大勢の獲物を無視し、一体のレッドホーネットが男を背後から捕まえた。
「は…放せっ!」
じたばたと暴れるも脚でガッチリと掴まれては抜け出せない。彼を持ち上げながら上空へと飛び上がり、見捨てた仲間が豆粒に見える高度まで辿り着いた。この時、彼は表情が分からない筈の蜂の顔が笑ったように見え、言葉が通じたかのように脚を放す。
「う…うわぁあああああああああっ!!」
彼の言葉の通りに解放され、地上へと真っ逆様に落ちていく。彼の行く末は転落死か……真下から迫るレッドホーネット達に喰い殺されるか。
だが、そうはならなかった。街の方から一陣の疾風が吹いた時、彼に迫ったレッドホーネットが両断され、往復するようにもう一度吹けば彼は首根っこを掴まれた状態で地面に尻餅を付いていた。
「さてと、君の今後の仲間からの扱いには同情はしませんが……それは兎も角手助けは必要ですか?」
兵士達を通り越し、目の前の獲物以外を狙ったレッドホーネット達は上空から炎を放つ。建物が燃えれば隠れた獲物は姿を現し、何よりも焼けた方が美味い。今もパニックになった子供達が悲鳴を上げながら飛び出し、親が連れ戻そうと追い掛ける。食いでが有りそうだと迫った時、地上から雷の輪が飛び出した。
大きさも形状もチャクラムという投擲武器にそっくりなそれの数は四つ程、一匹の頭を貫通し、二匹三匹と急所を貫く。一匹、急所を外すも断面から放電して全身を焼き尽くした。即死した個体も傷の内部から電撃で焼き尽くされボロボロになって地面に落ちて砕け散る。
「やっぱ飛んでる奴にはサンダーリングが一番だな。……範囲魔法の方が楽だけど」
宙に浮く雷の輪っかは次々にレッドホーネットを切り裂き電撃で身を滅ぼす中、町外れから禍人の気配を感じ取った空也は視線を向けて舌打ちをした。
「さてと、可愛い孫娘は大丈夫かね? ……頑張れよ、璃癒」
禍人は通常は人の姿をしている。そう、通常はだ。とある理由から常にその姿を取れないが、この世界でも僅かな時間なら可能だった。
我々を忘れたのならば恐怖と共に思い出せ。我々を貶めた罪を絶望と共に悔いるが良い。その姿を禍人はこう呼んでいる。
「これが私の
宙に浮いたローズリンデの身体は白く発光しグネグネと形を変えながら伸びていく。光が収まれば其処に居たのは人を一呑みに出来る大きさの白蛇だった。目はドレスと同じ赤であり、神秘性すら感じさせる。
「……白蛇。神様の遣いだっけ?」
「いえ、正確には私は……あら? 貴女、どうしてその事を? ああ、そういう事ですわね」
思わず呟いた璃癒の言葉にローズリンデの表情が変わり、圧力が増す。鎌首をもたげ、大口を開けて璃癒へと食いかかった。
「わっ!?」
サイドステップやバックステップで躱す璃癒だが食いつく速度は徐々に上がって行く。遂に璃癒を掠め、思わず踏鞴を踏んだ時、長い尻尾が横向きに振るわれた。咄嗟に腕を交差して後ろに飛ぶも衝撃は凄まじく吹き飛ばされた。
「がはっ!」
肺の中の空気を吐き出し、背中に受けた痛みに苦悶する。そのまま丸呑みにしようとローズリンデが大口を開けて飛びかかった。
「丸呑みにして差し上げますわっ!!」