伝説の勇者の爺共   作:ケツアゴ

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ちょっと寄り道、大レース
獣人の少年


「矢っ張り芋羊羹は最高だよね! 濃いお茶に合うよ、まったくさ」

 

 何処かの町の神殿の屋根に寝転がってパンダ……のキグルミが羊羹を丸かじちにしていた。胸には『喋るパンダ』と書かれたネームプレートを付けており、背後には急須と湯飲みを乗せたお盆を持った小型な黒子が控えている。キグルミの口の部分に羊羹を突っ込み湯飲みでお茶を啜っていたパンダだが、突如その動きが止まった。

 

「!」

 

 黒子が懐に忍ばせていたナイフを引き抜くと同時に振り向くことなく後ろ手に突き出す。切っ先が硬質な物に当たった感触がして振り向けばハシビロコウが細長い長剣の腹で受け止めていた。相手が誰か確認した黒子はナイフを懐に仕舞うと慌てた様子で一礼し、ハシビロコウは一歩前に進み出た。

 

「我が主よ、任務完了だ。……しかし、些か回りくどい気がするのだが? 手を貸すならもう少し何か有るだろうに」

 

「うーん。僕が力を貸しすぎると儀式に支障するし、見物してて面白くないからね! 退屈は何よりの敵だよ」

 

「ふっ。まあ、その方が私も楽しめる。特に此度の勇者は善良な少女であるからな。禍人の正体を知った時の反応が楽しみだ。では、次の仕事に行かせて貰おう。……楽しませて貰って良いのだろう?」

 

「もっちろーん! 好きにやっちゃって」

 

 被り物なので表情は変わらないにも関わらず黒子には二人がどんな笑みを浮かべているのか分かる気がした。パンダは悪戯を思い付いた子供で、ハシビロコウは他人を苦しめて喜ぶ外道の笑みだ。

 

 

 

 

 

聖獣王教には幾つかの教義があるのだが中には、お金を使え、そんな変わった物まであった。年の九割に定められた祭日でも、祈りを捧げた人への振る舞い料理でも、兎に角として司祭達の過度な贅沢のように信者の不興を買う行為以外で聖獣王に絡めてお金を使うようにと、そうされていた。

 

「……なあ、おい。怒ってるか?」

 

「わざわざ訊く必要がある関係ですか?」

 

 そんな教義の影響か、レッドホーネットを退治し終わった二人が通された教会は少し古めかしい。外では焼け出された人のためにと料理が用意されているが、それは教会の資金を使って備蓄されていた食料なので貧乏な訳ではないのだが。

 

 それは兎も角、表面上は穏やかだがピリピリとした空気を放つ親友に空也はかなり気まずい想いをしている。二人の孫娘である璃癒が禍人と戦って勝利するも倒れたのが原因だ。示現からすれば何をやってたのだと言いたい気分であり、危険が迫ったのを知っていて試練だからと静観していた空也に怒るのは当然であった。

 

「君の放任主義を否定はしませんが、璃癒は私の内孫です。教育方針は私に決めさせて貰いたい。それに、奴らが何を言おうと私にフォースガルドを使う資格がないか判明するまでは試練など不要でしょうに。……だいたい、この世界と璃癒のどちらが重要なのですか?」

 

「でもよ、わざわざ手を出してきたって事は……」

 

「アレにまともな判断を求めるのが間違いですよ。君は何故か気に入っていますけどね。それにハシビロコウはあの珍獣の部下の中で最も性格が悪い。人の苦しみに悦楽を見出す程にね」

 

 明らかなる嫌悪を話題の対象に向けた示現は黙り込んでドアに視線を向ける。町の代表だと今の場所に通された時に名乗った男と数名がノックの後に入ってきた。手にはズッシリと重そうな袋をトレイの上に乗せ、ジャラジャラと硬貨の音がした。

 

 

「先程も名乗りましたが町長のルデンで御座います。この度は町を救っていただき感謝し切れません。これは些少では御座いますがお受け取りを……」

 

「これはご丁寧に。何分旅の身でしてね。色々と物入りで困っていた所です。では、遠慮無く……」

 

 示現が謝礼を受け取った事でルデン達の表情が少し明るくなり、次に何を言ってくるのか予測させた。勇者として行動をしていた頃、何度も頼まれた事だ。謝礼金を受け取った事で、お金次第で動かせると判断したのだろう。喜々とした表情で本題に入る。

 

「実は防衛のための兵士は傷を魔法で癒やしていただきましたが、町の皆の間には不安が広がっています。どうか防衛の為の人員が派遣されるまで滞在しては頂けないでしょうか?」

 

 やはり、と、示現は思う。クラスやらレベルがあるために個人間の戦力差が大きいこの世界では実力者の確保に何処も躍起になる。当然、示現に受ける気はないが、璃癒が町の人々を心配して残ろうと言い出すことを危惧した。素それほどに善良に育てた自信あっての心配だ。

 

 だが、ルデンの口からは更なる要求が飛び出した。

 

 

 

「勿論謝礼は何かある度に見合った額をお支払いします。ただ……禍人を倒したという彼女は街から今すぐ出て行って貰いたい」

 

 正直、その発想の予想はしていたが口に出すとまでは示現も思っていなかった。孫娘であると話している。つまり、報復が怖いから自分達のために孫娘を犠牲にしろと、金を対価に要求して来たのだ。

 

 

「……おい、ふざけるなよ?」

 

 ドンッという激しい音が部屋を揺らし、空也が拳を叩き付けたテーブルが真っ二つに割れる。ルデン達が怯えを見せる中、示現は無言で立ち上がって歩き出した。

 

 

「お…お待ちください! 彼女は禍人を倒せるほどに強いのでしょう!? ならば一人でも大丈夫な筈です!」

 

「そうよ! 弱い私達を守ってよ!」

 

「あんなに強いんだから当然だろっ!?」

 

 誰かの自己犠牲を当てにして、それに寄りかかる生き方は明確な驚異が存在するこの世界では珍しくもない。三百年前も同じで分かっていた筈の示現だが、孫娘の璃癒を犠牲にしろと言われて怒りを抱かない筈もない。

 

「こうなればどんな手段を使っても……」

 

ドアの前に立ちふさがったルデンに静かな声で加減しつつも殺気を込めて言った。

 

「……退きなさい」

 

「あ…がっ…!?」

 

 魔王を倒した英雄の殺気を浴びたルデンは泡を吹いて倒れる。もし本気なら心臓麻痺を起こしていただろう彼の横を通り過ぎ、示現と空也は出て行った。背後からは要求が飲まれない事への不満や不安から罵声が飛ぶも気にした様子もなく璃癒が寝ている宿屋へと向かうのであった。

 

 

 

「ああ、だから嫌なのですよ、無関係な大勢を救うのは。あれらは無償で無制限の善意を期待する。……非常に不愉快だ。空也、暫くは璃癒を甘やかすのは私に譲って頂きますからね?」

 

「……へいへい。了解了解っと」

 

 

 返事は兎も角、空也が不満そうなのは示現には分かっている。だが、無視する。ちょっとだけ言い出しやすい空気を作った街の住民に感謝する、そんな気持ちが芽生えて直ぐに消えた。

 

 

 

 

 示現達が行ったやり取りの詳細など知る由もなく野宿をしている最中に偶然助けた少年、彼は狼の獣人(ルー・ガルー)であった。この世界で初めて目にする獣人に璃癒がつい視線を奪われる。そんな中、彼の顔をジッと見ていたエリーゼだったが更に近寄って顔をのぞき込んだ。

 

「な…何? 俺の顔になんか付いてる?」

 

「……矢っ張り! スクゥル君ですよね? ほら、ハティルちゃんの友達のエリーゼですよ!」

 

「あっ! エリーゼさん!」

 

 

 

知り合いだと認識したのか怪訝そうな顔をしていたスクゥルは嬉しそうにし、それ以上に嬉しそうなエリーゼは勢い余って彼を抱きしめる。身長差のせいで胸に顔が埋まる事になってしまってスクゥルは顔を赤らめるもエリーゼは気が付く様子もなく、璃癒は小さな音で舌打ちをした。

 

「所でスクゥル君はどうして一人で? 何時もだったらギーシュちゃんと一緒なのに……」

 

「ギーシュと居たら目立って抜け出すのが……あっ。な…何でもないよっ! じゃあ、俺忙しいからっ!」

 

「抜け出す……?」

 

 スクゥルは慌てた様子でエリーゼの真横を通り抜ける。獣人特有の身体能力の高さは幼い彼にも備わっているようだ。だが、直ぐに回り込まれて両肩に手を置かれた彼の目前にはエリーゼの笑顔。優しくて恩顧そうにも関わらず彼には恐ろしく感じた。ガクガクと体が震えて顔がひきつるスクゥルにエリーゼはあくまでも優しく話し掛けた。

 

「ちょっとお話聞かせて貰えるかな?」

 

「……うん」

 

 端から見ていてあの笑顔の圧力は凄まじい、璃癒はそう思うのであった。

 

(出来るだけエリーゼには逆らわないでおこっと)

 

 

 

 

「ええっ!? 婚約者を連れてくるために部族から離れただってっ!?」

 

「正確には口約束らしいけど……」

 

 スクゥル君のお姉さんでエリーゼの友達であるハティルさんは家出の最中らしい。何でも部族であるガルムでもずば抜けた実力者だったから弱い男を婿にする気はないって言ってたけど、ある日突然惚れた相手が出来たから連れてくるって言って居なくなったらしいんだ。

 

でも三日前にお姉さんらしい人を見掛けたって人の話をお父さんがしてたのを偶然聞いちゃって、いても立っても居られなかったから家出して、それで危ない所だったとか。

 

「こら! それで君が怪我でもしたらハティルさんが気に病んじゃうでしょう? お父さん達だって心配しているに決まっていますよ」

 

「……うん。俺、帰ったら直ぐに謝るよ」

 

 エリーゼのお説教にスクゥル君はうなだれながらも素直に頷く。……耳が可愛いなあ。触ったら……駄目だよね。獣人さん達は動物扱いみたいなのは侮辱って受け取るって言ってたもん。この世界では普通に存在しているんだし、地球で例えるなら出身地や肌の色で差別するのと変わらないや。

 

 僕は駄目な欲望を抑え込み耐える。頑張れ、頑張るんだ僕!

 

 ……それにしても恋のために旅に出るとか女の子としては少し憧れるよね。僕、そんな燃えるような恋とかした事無いもん。それもスクゥル君から聞いた話じゃ凄くロマンチックな出会いだったらしいしさ。

 

 

「此処までか。……いや、貴様が我が部族に仇を成さぬように片目だけでも奪ってやる!」

 

 ガルムは狩猟を生業にしながら、聖獣王様に捧げるお金を得るために毛皮や織物を売ったり特別なお祭りに外の人を招き入れたりしているんだって。教会の仕事で参加したエリーゼとその時に仲良くなって商人を通じて文通をしてたらしい。

 

 大きな特徴としてはモンスターを飼い慣らし背中に乗っての狩りをしていて、大抵の人は賢くて手懐け易い上にそれなりに強い草食の二足歩行ドラゴン種のドラキリーってのを小さい頃から世話するけど、本当に上位の強さを持つ戦士は野生のモンスターを屈服させて乗りこなす。

 

 ハティルさんも大人の戦士顔負けの強さだったから自分に相応しい相棒を探しに行って……予想外の強さのモンスターに殺され掛けた。でも、危ない時に一撃でモンスターを倒して救ってくれた相手が居たんだ。

 

 爪が振り下ろされそうな時に抱きかかえて飛び退いて、そのまま片手で持った大剣で斬り伏せる姿を見たハティルさんは生まれて初めて男の人に胸がときめいたんだ。

 

「……おい、貴様。婿になれ」

 

「……ムコ? ああ、なる程。ムコになるべきか。だが、少し待ってくれ。今後を弟と話し合う」

 

 そう言って去っていったけど、最近になって彼女は、待つのは自分らしくないからって探しに出たらしい。

 

 

 

「……実は此処ら辺の領主が姉ちゃんに惚れたから嫁に寄越せって商人に圧力掛けて嫌がらせして来て、だから姉ちゃんも慌てて身を固めようってしたんじゃないかな? ……でも、最近になって俺達の大切な祭りであるラメリュスの大騎獣レースに召喚した勇者をねじ込んで来たんだ。優勝者は願いを叶える権利が与えられるから。……父ちゃんなら大丈夫だろうけど」

 

 

 

 

 ……えっ!? お祭りが近いんだ! 何か美味しい料理の屋台とか有るかな? スクゥル君のお父さんは最強の戦士って話だし大丈夫なら祭りはのんびり楽しめるね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、惚れた男を婿にするために出て行った姉ちゃんを捜しに行くとは無茶をするな、あの坊主も」

 

 スクゥルの父親が族長を務めるガルムという民族の拠点まで少し距離が有るので璃癒の事を考えて野宿をしているのだが、火の番をしていた空也はスヤスヤと寝息を立てているスクゥルに視線を向ける。

 

 灰色の髪に褐色の肌、毛皮や伝統の織物で作られた服に狩った獲物の牙のネックレスをした彼は小柄で幼さが残る顔立ちをしており、自分達を召喚して共に旅をしたエルフの少女を思い出させた。丁度彼女の年頃はスクゥルと同じ十歳程だ。

 

「まあ、無茶のレベルはあのチビの方が上だがな……」

 

 パチパチと飛び散る火の粉を見ていた空也は少しだけ思い起こす。自分達が高校生の時に召喚されて旅をした時の事を……。

 

 

 

 

 

「……どうした? チビニア、ちゃんと寝ないとチビのまんまだぜ」

 

 この日も順番で火の番をしていた空也は身を起こしたチビニアことチルニアに声を掛ける。金糸の如き髪に白い肌、成長と共に増していく美しさの片鱗を見せるも幼さの残る顔を彼女は不快そうに歪ませた。

 

「ええい、毎回毎回チビチビと! レディに対する気遣いがなっておらんぞ、空也」

 

「何処にレディが居るんだ? 少なくても俺の近くにはガサツな妹と小便臭いチビしか居ないんだがよ」

 

 奈月に聞かれれば兄妹喧嘩間違い無しの発言を聞きチルニアは疲れたように肩を落とす。色々と無駄だと分かってきていた。

 

「……もう良い。貴様に期待した妾が愚かであった。……少し会話に付き合え。今日は色々あったから眠れんのじゃ」

 

 子守歌でも歌ってやるか? 等とヘラヘラしながら馬鹿にしてくる空也の近くに腰掛けたチルニアは無言で暫く火を見つめ、そっと口を開いた。

 

 

「……まさか禍人があの様な存在だったとは妾も驚きじゃ。敵であることは変わらんが……同情はする。それと聖獣王様……については語らんでおこう」

 

「俺達のせいだって責めるかい?」

 

 少し浮かない表情のチルニアに対して何時ものからかう時みたいな表情とは正反対の真面目な顔を向ける空也に対してチルニアは馬鹿にするなとばかりに鼻を鳴らした。

 

「ふんっ。時代の流れという奴じゃ。少なくともお前達に怒りはぶつけん。……さて、もう寝るとするか。明日も早い」

 

 言葉を交わしてスッキリしたのか毛布にくるまるチルニアであったが、目を閉じる前にもう一度口を開いた。

 

 

「のぅ。妾は世界を救ったら家臣や民の力を借りて必ずや国を再興する。じゃから暫くこっちに……いや、何でもない」

 

 これ以上は口にしては駄目だと自らに言い聞かせてチルニアは目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えばお前、三日前に寝小便したろ。奈月にこっそり処理して貰ってたけどよ。その前も……」

 

「貴様ぁあああああああっ!!」

 

 これ以上は口にさせては駄目だとチルニアは飛びかかってポカポカと殴り掛かった……。

 

 

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