「息子が大変お世話になりました。どうぞ祭りをお楽しみください。それとエリーゼちゃん、娘が居なくて残念だったね」
「いえいえ、恋に生きるって憧れますし仕方ないですよ、フェンさん」
スクゥル君を無事にガルムの拠点まで送り届けた私達は、彼のお父さんで族長のフェンさんに感謝されました。いえいえ、聖獣王教は助け合いを奨励していますし、そうでなくとも人のピンチには手を貸すのは当然です。
フェンさんは相変わらず見た目は少し怖いですが優しく思量深いみたいです。種族の特長である灰色の髪に褐色の肌、体中に刻まれた古傷や口髭が少し威圧感を与えますけど目を見れば温厚だって分かります。でも、戦いになれば誰よりも勇敢らしいです。
「では、私達は旅の支度を整えるとして……無駄遣いは駄目ですよ?」
「はーい!」
フェンさんとの会話を終えてお祭り……リュメロスの会場に足を運んでみたら凄い盛況っぷりで驚かされます。清貧を良しとする度合いが特に高いのが私の所属するウンディーネ派でしたからお祭りで使うお小遣いなんて殆ど持って居ませんでしたし、そもそも来たのはお仕事のお手伝いが主でしたから。
だからちょっと璃癒が羨ましいです。良いなあ……。
大勢の人で賑わう会場では織物や装飾品等の工芸の品の露天、それ以上に会場全体に漂う美味しそうな匂いを放つ食べ物の屋台に璃癒の目は釘付けです。……私の最近はモンスターを食べる事が多かったですから興味があります。……いえ、味は良かったのですよ? でも、モンスターを平気で食べるとか異世界の住民って一体……。
「ああ、エリーゼさんもどうぞ。着替えなどの必要な品を売っている店が彼方に有りますよ」
「あ…有り難く頂きます」
示現さんは私にも璃癒と同じ金額を渡してくる。確かに旅に出てからずっと同じ服と下着でしたよ、私も璃癒も。シスター服も目立ちますし、下着も何着か換えが必要。……買い食いも少しなら良いですよね?
「エリーゼ、早く行こう! 先ずは焼き菓子のお店ね!」
「駄目ですよ、璃癒。先ずは必要な物をちゃんと買ってからです。お祭りに参加する前の作法だって有るんですからね」
駆け出しそうな璃癒を捕まえて先ずは服や日用品を売っている場所に向かっていく。なんか小さい子供達の世話をしている気分ですね。……この分では見張っておかないとお小遣いをあっという間に使い込んでしまいますね……。
「ふーん。聖獣王教ってそんなにお祭りがあるんだ」
「ええ! 聖獣王様の眷属である六百六十六体の二足歩行の獣と黒衣の人間の全員に関係するお祭りがありまして、多すぎるから地域と奇数年偶数年に分けている程です」
何とか璃癒を引っ張って下着や着替えを買い込み、水色のワンピースに着替えた私は早速屋台に視線を奪われている璃癒を連れて眷属の像まで向かいました。世界中に点在するこれらの石像は決して動かせず、こうして周辺でのお祭りに参加するなら楽しむ前にお参りするのが決まりです。
ですが……。
「沢山並んでいるね」
「ガルムはこの先の石像のモデルになった亀とウサギが競争ばかりしていたのに因んで大騎獣レースを行っていますけど、凄く人気ですからね。部外者も許可を得れば参加できますし。まあ、流石に小さな子供は誰かと一緒ってなっていますけどね」
「ふーん。僕も参加したいけど乗るモンスターが居ないから残念だよ」
石像までは後暫く時間が掛かりそうですし、此処は聖獣王様の伝説についてお話してみましょうか? 璃癒は聞きたいか訊ねたら興味を示したので他の方の迷惑にならない声の大きさで話し始めました。
遙か昔、人々はモンスターの脅威に晒されていました。獣よりも遙かに強くて魔法さえ使い、どんな戦士も、どの様な策も、どれ程の武具も通じない。最早人は滅びを待つだけなのかと絶望が広まった時、聖獣王様は現れました。
七つの頭と十の角を持ち、王の証したる冠を全ての角に被った偉大なる獣。人に戦う力、クラス獲得の儀式を広め、レベルを上げるために魔魂石をモンスターから手に入れる事が可能となる祝福を行った。これによりモンスターと戦える腕力や魔法、様々な特殊な力を得た人々は発展したのです。
ですが、災いとは尽きぬ物。強大な力を持ち、モンスターを増殖させ支配する力を持った禍人の魔界からの侵攻により、人々は更なる苦境に立たされます。故に人々は聖獣王様に祈り救いを求めたのです。そして、禍人が真の力を発揮するのを妨害する結界が世界に張られ、異世界からの勇者召喚に必要な知識と秘宝デメテルが与えられたのです。
最初の勇者が禍人の王である魔王を倒し魔界と世界を繋ぐ穴を塞いでから、聖獣王様は歴代の勇者達以外の前に姿を現していません。ですが必ずや何処かで見守って下さっていることでしょう……。
「他にも細かいエピソードが有りまして、勇者のみが扱える聖剣フォースガルドの誕生についでです。とある貧しい老夫婦が差し出した供物の大根を、清らかなる水と魔除けの塩を混ぜて浄化の炎で熱した所に投げ入れたら大根が剣へと変わった、そんな伝説です」
「え? 僕、塩茹でした大根に助けて貰ったんだ。って言うか歴代の魔王って大根でやられたの!? ……所で二足歩行の獣の中にパンダって居る?」
「パンダってどんな動物ですか? あいにく聞いたことが無いので璃癒の世界にしか居ない動物なのでしょう」
「……居ないのかぁ。僕、パンダが好きだから期待したんだけどな……」
何処かに消えたあの本にもパンダって書かれていましたけど、パンダってそんなに可愛いなら見てみたいですね。まあ、私は璃癒達を召喚しても向こうの世界と行き来が出来るわけでも有りませんけど。
「……それにしても」
どうして異世界からわざわざ召喚するのでしょうか? 色々と問題があると思いますけど……。
聖獣王様ですから何か理由があっての事でしょうが、歴代の勇者様達のようにお会いする機会があれば問いたいと思う私でした……。
「さーて! 先ずはグルッと一周してから何を食べるか決めないとね」
参加費の代わりに許可を得た商人が開く屋台もあって出店の数も種類も豊富。業務用冷凍食品が無い世界だから地球みたいにどの屋台も変わらない味って事は無いだろうし、同じ物を扱っている店でも違いが出る。勿論初めて見る料理も有るんだけど、残念なことに軍資金は決まっている。
お小遣いが旅の資金から出ている以上は追加を期待できないし、今後立ち寄った街で僕の好みの料理が売っていてもお金がないなら買えやしない。お小遣いの九割を注ぎ込んでいた、お取り寄せグルメサイトも無い。つまりは自分の勘と推理力で選ぶしか無いって訳だ。
「まあ、手当たり次第に買わなかったらどうとでもなるでしょ」
幸い財布は重いし、ぼったくり的な値段で売ってもいない。さてさて、どんな食べ物との出会いが有るのやら……。
「美味ーい! トロトロでモチモチで……」
石窯で焼きたてのピザみたいなのにかぶりつけばモチモチとした食感の香ばしい生地と自家製の薫製肉や野草といった具が絶妙なハーモニーを奏でる。山羊乳のチーズは少し癖があるけど野草の苦味やお肉の濃厚な味と合わさって……。
「こ…これも美味しい!」
ケバブみたいに大量の肉をじっくり焼いた物にニンニクみたいな野菜のタレを塗って更に焼いた物をフワフワのパンにシャキシャキの野菜と一緒に挟んで辛口ソースをかけてかぶりつけば強烈なパンチにノックアウトされた。
「うーん! シンプルなのも最高だね!」
川魚を塩だけで味付けして串に刺して炉端焼き。皮が少し焦げててそれも悪くないって言うか良い! ワタの苦みも脂の乗った魚は最強だ!
「ふぅ。食べた食べた」
「本当に食べましたね、沢山。……見ているこっちが胸焼けしそうですよ」
財布もかなり軽くなった頃、僕達はアクセサリーを売っている露天にやって来た。エリーゼは少ししか食べなかったけど大丈夫かな? 甘い物とかなら食べれるかも知れないし、後でデザート巡りでも……。
財布の残りと目を付けていた店の値段を思い出しながらギリギリ予算内だって計算しているとエリーゼがしゃがみ込んでペンダントを手に取っていた。
「これ良いなあ……」
二個一セットのペンダントで片方はディハスさんの剣と同じ火水晶、もう片方は緑色の
でも、僕の残りを足せば買えるかな? 今まで清貧が教えだったからってアクセサリーは殆ど持って無かったらしいし……。
「エリーゼ、少し出すよ。さっきお話を聞かせて貰ったお礼!」
「で…でも璃癒さんの分まで無くなって……」
「良いから良いから。また頑張って稼げば良いしさ。せっかく強くなったんだし力試しはするでしょ?」
そう、レッドホーネットの魔魂石を経験値にして僕もエリーゼもレベルアップして十五になったんだ。レベルは十三から上昇する能力値と必要経験値が跳ね上がるらしいから、レベルが上だったエリーゼが僕と同じだけ使っても同じレベルなんだ。
「……あれ? お姉さん達ってよく見たら……」
「あっ! セウス君だ!」
そう。エリーゼや売り物だけ見てたから気が付かなかったけど、露天の店番をしていたのはセウス君だったんだ。よく見れば隣でジークが寝ているよ。鼻提灯膨らませて可愛いなぁ。
……あれ? お兄さんのディハスさんは居ないのかな?
「さて、勇者達よ、何時もご苦労と言っておこう。活躍のお陰で支援に使う臨時の税金が沢山取れるぞ」
此処はアジエタやガルムが拠点を転々としている土地中辺の領主であるボリック伯爵家の屋敷。その客間には当主であるメタの姿があった。
ガマガエルと豚を合わせて真正面から押し潰したかのような醜い顔に肥え太った身体、視線は正面にいる三人の内の一人である少女を舐め回すように見ており、そうでなくとも三人は彼の容姿に嫌悪感を感じていた。
「活躍だなんて大袈裟ですぅ。ナミラ達は大した事はしてませんよぉ?」
「然り。其方が弱らせてから放ったモンスターを殺しているだけでござる」
「まっ! 役者としても戦士としても一流なのは間違いないけどな」
十二枚の服を無理に着ている少女、ナミラ。覆面と褌一丁の男、ガジン。そして鯱らしき被り物の青年、リュート。彼らこそボリック家が召喚したと主張する偽勇者一行であり、元を正せば規律に付いていけずに脱走したローレス聖王国の新人騎士。最低限の訓練を受けた彼らは今は領主と組んで民衆を騙して金を巻き上げている。
「それで作戦はバッチリなんですかぁ?」
互いに利用するつもりで仲間意識のない四人の共犯者達の話題はラメリュスのレースへと移った。これに自分のごり押しで出場させたリュートを優勝させて目を付けていたハティルを側室にするという計画であった。謝礼は弾むと言われては断る理由はないが、族長のフェンの武勇は耳にした事がある。強欲だが自分達の強さの度合いを自覚している三人は勝算が薄いと考えていた。
「獣臭ぇ獣人の巣なんかに居たくないから戻ってるが、ちょっと見ただけでも族長が乗るモンスターは強そうだったぜ?」
「ぐふぐふぐふ。それなら大丈夫だ。私には心強い協力者が居るのでな」
メタが臭い口を開けて言葉を発すると何時の間にか彼の背後に一人の男が立っていた。目玉の書かれた黒布で顔を隠し白いスーツを来た手足の長い奇妙な男。彼の姿を見た三人の顔が引きつる。
「ま…禍人でござるかっ!?」
「ええ、そうですとも。ですがご安心を。私はネペンテス商会に属する商人で、ボリック伯爵は上客。上客のお仲間である貴方方も大切な存在です。危害など加えません」
顔は見えなくても誠意を感じさせる態度、そしてメタが行っている圧制は人類の敵である禍人には都合が良いのだとは理解できる。だが、今だけだ。何時か切り捨てられるとしか思えなかった。
「私の協力で大助かりらしくてな。将来的に他の人間とは違った特別待遇を約束してくれたのだ。お前達も私の役に立つなら口利きをしてやろう」
「そ…それは助かりますぅ」
その約束を守る保証が何処にあるのだと口に出来ない偽勇者達が表面だけ取り繕った時、商人が指を鳴らす。すると部屋に一匹のモンスターが出現していた。
二本の角を持つ漆黒の巨大な馬。強靭な肉体と狂暴そうな風貌に三人が身を竦ませるも襲ってくる気配は無く、商人はモンスターの前足に嵌めた黒いリングを指先で撫でた。
「バイコーン……先代の勇者さえも苦戦したという強力なモンスターです。ですがご覧の通りこのスレイブリングを付けている間はセットとなる指輪をした者の忠実な下僕となっています。ああ、指輪の持ち主は平気ですが強力な力で多大な負担が掛かっていますが……モンスターなどどうなっても宜しいでしょう?」
「ああ、その通り。……此奴が居れば優勝は俺の物だ」
思いがけず手に入れた力にリュートは邪悪な笑みを浮かべる。仮初めの全能感が彼を支配していた……。