裏稼業とカカシさん(旧題:裏稼業の何でも屋が出向く先には必ずカカシが待っている件)   作:chaosraven

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-73-What I am? ~01~

 

 

 

 ーー被験体015号の実験結果はどうだ?

 

 

 ーー神経伝達の値も含め、全て予想を上回る結果が出ています。

 

 

 ーー見せてみたまえ・・・これは。

 

 

 ーー幼体でこれ程なら、いずれは・・・。

 

 

 ーー期待が高まるな。よし、引き続き予定通り進めてくれ。

 

 

 ーー畏まりました。015号、今日の実験はこれでお終いだ。お疲れさん。

 

 

 ーー・・・ん、んぅ、あ、あれ? もう終わったの?

 

 

 ーーああ、終わったよ。

 

 

 ーーホント!? じゃあ今日はこれから皆と一杯遊べるね!

 

 

 ーーああ! 016号達も一緒に皆で遊ぼうな!

 

 

 ーーうん! 早く皆のとこに行かなきゃ!

 

 

 

 -----

 

 

 

「・・・・・・はっ」

 

 

 目が覚めると、俺はフカフカのベッドに横になっていた。

 カーテンの開けられた窓からは眩い位の夕陽が差し込み、気を失ってから少なくとも一日近くは時間が経っている事が分かった。

 とりあえず周りの様子を見ようと、上体を起こしてみた。

 

 にしても、妙な夢を見たもんだ。

 

 夢の中は真っ暗闇。そこへ数人の声がエコーの様に響いて聞こえたというモノだったが。

 015号? 016号? 実験に幼体ならとか、とても穏やかじゃなさそうな単語ばかり出て来ていた。無邪気に男と話していた子供の声・・・果たしてこのあとどんな未来が待っているやら。

 

 ・・・なーんて、お気楽に考えられりゃどれだけマシだろうか。

 

 

「これも、あの男と会ったせいか・・・」

 

 

 脳裏に鮮明にフラッシュバックするのは、俺とほぼ同じ顔をした男の姿。

 

 あの時は兄弟はいないなんて言ったが、仮に俺と血縁上の理由で瓜二つの人間が存在したとして、今日まで生き長らえることは可能性としては少なくとも否定しきれないと、頭では理解していた。

 こんな出会い方をするとは夢にも思わなかったが。

 

 俺を瞬間的にノックアウトさせた高圧電流。それを一見ただの人間にしか見えない男が突然指先から生み出し、迷う事なく俺に向けてぶん回してきた。

 現代の技術じゃ、はっきり稲光が見える程の電流を数秒もの時間流し続け、それでいて腕一本が通せる太さの袖に仕込めるバッテリーは存在しない。さらに奴は俺達のチカラと言っていた。

 つまり奴は、人を感電死させられるほどの電流を自ら生み出す能力を持っている・・・バカげた話だが、残念ながらそれを否定できない相手と俺は過去に会っている。鉄血の工場で、人の上半分に蛸足をくっ付けた異形の女と。

 

 そんな男が俺に向かって何度もこう呼んだ。『兄弟』と・・・。

 

 

「クソっ、なんだってんだよ・・・」

 

 

 頭がこんがらがってくる。自分という存在がなんなのか、己を形作ってきた過去の前提が崩されてしまったような気がして。

 段々痛みを訴え始めてきた頭に、無意識にこめかみを抑えながらふと下を見ると、ナースコールのスイッチと貼り付けられた付箋があるのに気付く。

 

 妙に丸っこい、それでいて大きめのフォントでメッセージが書かれており、剥がして内容を読んでみる。

 

 

『めがさめたら すいっちをおして あふぃにすせんせいを よんでね!』

 

 

 どう見ても小さい子供に向けたメッセージの横には、度々世話になっている”にゃははんと笑う女医”をデフォルメしたイラストが描かれている。

 

 

「とりあえず起きた時に分かりゃ良いと判断して、手元にあった付箋を貼っつけたのか。いや、待てよ・・・度々駄々捏ねたのの仕返しで、敢えて煽るつもりでこの付箋をチョイスしたんじゃなかろうな?」

 

 

 あながちあり得なくもない可能性を思い浮かべ、一人勝手にちょっとイラッとした。

 が、起きたら押せと書いてあるので、ひとまず指示通りにスイッチを押し込む。

 

 程なくしてノックもなく扉が開かれ、白衣に身を包んだ件の女医がワゴンを押して入ってきた。

 ちなみに一応言っておくと、今回も俺の立場を考慮して個室に入れてくれたらしい。

 

 

「やぁやぁお目覚めの様で。気分はどうだい?」

 

「色々と複雑な気分ですよ、先生」

 

「ほうほう??」

 

 

 にゃははんスマイルそのままに、前屈みで俺の顔を覗き込んでくる女医。その際、ぶら下がる格好になった白衣左胸の名札に目が向いた。

 名札用の写真で流石にふざけるわけにいかなかったのか、無表情の彼女の顔写真が。その横に『General Practitioner(総合診療医) Dr.Affinis(アフィニス)』と、名前が書かれている。

 

 総合診療医ねぇ・・・逃げてきたあの街にも同じ役柄の女医(依頼人)がいたが、多分向こうとココじゃ求められる役割は全然違うんだろうな。

 こっちはいわばどんな怪我や病気も見抜いて迅速に治療する医師。対して向こうは彼女一人欠けたら医療が崩壊してしまう、文字通りの命綱。

 まぁ、マトモな医者がいるだけでも随分恵まれてると思うが。

 

 なんて考えてると突然顔を両手で押さえられ、ジト目で睨まれた。

 

 

「チミねぇ、お姉さんが顔色伺ってるってのにおっぱいに目向けるなんて、些かえっちすぎやしないかい?」

 

 

 知らんがな。

 とはいえ、女医・・・アフィニスがそう思うのも当然ではある。だって名札が左胸のポケット下に付いてるんだもの。

 そうすると必然的に彼女の胸部に目が行く事になる。ってか言われて見てみたが、相変わらず白衣の下は結構開けっぴろげというか警戒心の足りない格好してんなこの人。

 胸元が第二ボタンまで開いてて、その上遠目からも分かるほどはっきり押し上げられた豊かな膨らみ。その格好で前屈みになりゃそれは当然覗き込みたくなるのは男の心理と言える。

 今回全くそこに目向けてねえけど。

 

 

「見てたのは名札です。今更ながら名前も知らないままお世話になってましたし、改めて拝見してただけですよ」

 

「ふーん? 私のこのお胸も相まって大概の男は自爆するんだけど、冷静に答えたのは君が初めてかもね」

 

「ご存知の通り、先生にも負けない”サイズ”のパートナーと常日頃から行動を共にしてますので」

 

「セクハラで社長に言いつけてあげようかにゃーん?」

 

「勘弁して下さい・・・」

 

 

 さて、ナースコールを押したらすぐ来てくれたアフィニスだが、前回ギルドまで出張に来たのがクルーガーの指示だったのを考えると、病院の中でも結構忙しい立場なのは間違いない。

 実際それを裏付けるように、彼女は姿勢をまっすぐ正すとワゴンからタブレットを手に取って俺の体の状況を説明し始めた。

 

 

「ではでは。こう言っちゃなんだけど、私もあんまり暇な人間じゃないもんでね。サクッと君がここにいる経緯と体調面について説明させてもらうよ」

 

 

 それからの説明は以下の通り。

 

 まず、昨夜の夜も更けた時間帯にスケアクロウが俺と”エージェント”を浮かせたまま夜間診療口に突撃。ちょうどその日夜間救急医の当直に当たっていたアフィニスを見つけるや否や、物凄い勢いで頼み込んできたのだそう。

 アフィニスも患者の俺を知っているので、とりあえず問答は後回しにして気絶したままの俺を診察。その結果、感電による若干の火傷はあるものの命に別状は無いと判明。ただ会計する部署が閉まっているので返すに返せず、検査も兼ねて1日入院という形に収まったらしい。

 ちなみに俺が寝てる午前中に検査は済んでおり、会計を済ませればいつでも退院OKとのこと。

 

 ・・・あの時は意識がほぼ落ちてた状態だったんだが、二人が俺を助けてくれたんだな。

 なんでその場に突入できたのかは分からないが、命を救ってくれた事には感謝しないとならない。

 

 で、肝心のスケアクロウ達はというと。

 

 

「一応ここはグリフィンの資本で動いてる病院だからね。もちろん暴走してないってのは夜の時点で分かったけど、それを見た他の通院者や患者がどう思うかはまた別の話だ。

 しかも鉄血と最前線で戦ってるのがウチというのもあって、何かとこの病院にいる人たちは鉄血の動きに結構敏感なんだよ。だから申し訳ないけど、彼女達には夜が明けない内にキミの拠点に帰ってもらった。

 お見舞いさせてあげられない申し訳なさはあるんだけど、トラブルが起こるのはお互いに望まない事でしょ?」

 

 

 という事だった。

 確かに、俺たちのところにいる彼女達は暴走状態に入った鉄血側のハイエンドと瓜二つ。知る人が見ればギョッとしてしまうだろうし、戦う力を持つ戦術人形という事実から恐怖を覚える人もいるだろう。

 アフィニスの言うトラブルは十分に起こり得るため、スケアクロウ達には申し訳ないが帰るまで待っていてもらおう。幸い、全然怪我の程度は前と比べりゃ軽いみたいだしな。

 

 

「あ、そうそう。可愛くて美人なお姉さんがお見舞いに来てるよ。レニフィルって言えば伝わるって言ってたけど、一応聞くけど知り合い?」

 

「・・・・・・ええ。その人はどちらに?」

 

「ろうか」

 

「通して頂いて構いません。仕事の同僚です」

 

「あっそ。んじゃあ積もる話もあるだろうし、私は失礼するよ。おーだーいじにー」

 

 

 ひらひらと手を振って、いつもの笑みを浮かべながら退室するアフィニス。

 それと入れ替わりで病室に入ってきたのは、白い三角巾を頭に巻いた女性・・・というか、ウチのギルドに勤めている受付嬢のアインスである。

 数字を名前に持つ人ってのは、物語ならともかく現実にはあまりいない。名乗った時に訝しまれるのは立場上よろしくないので、形式上自分の本名を名乗ったというところか。

 

 もっとも、俺と同じで彼女も”自らの存在を法的に定義する”書類が一切存在しないので、どれが本名でどれが偽名かなんて対して意味の無い問いではあるのだが。

 

 彼女は俺の顔を見て、一瞬ホッと一息ついたかと思うと冷たい目を向けてきた。

 

 

「とりあえず無事みたいね。にしてもアンタ、スケアクロウ達のファインプレーに感謝しなさいよ?」

 

「あぁ、もちろんだ。ところで、スケアクロウから現場の状況聞いてたりとかするか?」

 

「ビリビリ食らって、首締められて、いよいよピーンチってところに、敵の死角からエージェントがプラズマ弾を打ち込んで奇襲。体勢崩して敵がアンタを手放した隙にスケアクロウが出せる限界速度で突入、アンタとお姉ちゃんをピックして脱出したって流れよ。

 アンタが出発した後、なんだかものすごく嫌な予感がするって二人ともすごく落ち着かない様子だったんだけど、結果その予感が当たって猛スピードで現場に飛んで行ったわ」

 

 

 なるほど、俺は彼女達の第六感とやらに助けられたってわけだ。

 だが妙な点が一つある。

 

 

「なんで二人は予感が当たったと分かったんだ?」

 

 

 そう。

 今回は俺が仕事をしてる最中に危険な目に遭ったわけだが、嫌な予感がするというのはまだ理解できる。俺も時々悪寒が背筋を走る事があるし、共感もできる。

 だがしかし。予感が当たったかどうかなんてのは現場に居合わせるか、あるいは俺の行動をモニタリングしてるでもなきゃ分か、ら・・・ない???

 

 ハッと気付いた俺は、ベッドの横の鞄からメイン使いのとは別の端末を取り出し、あるソフトを起動する。

 それはずっと前の出来事のように感じる、スケアクロウと俺が初めて出会った日に手に入れた端末。

 

 当時ギルド経由で依頼人(鉄血)から予め提供されていた、鉄血人形用の”簡易システムチェッカー”だ。

 今は当然どの人形にも接続していないため、画面には『NO SIGNAL』としか表示されていない。

 俺はそれを無視してチェッカーをメイン端末に有線で接続、デバッグモードで無理やり開いて中のプログラム動作を確認する。・・・すると。

 

 

「・・・・・・なんでスケアクロウが行く先々に出没しては手伝ってくれてたのか、ようやっとそれが出来てた理由が分かったよ」

 

「・・・・・・思ったよりあの子、束縛強いのかもね」

 

 

 俺の一連の行為で理屈を察したのか、困った様な苦笑を浮かべるアインス。

 なんとこのチェッカーソフト、端末本体が元々市販のスマートデバイスであるのを利用し、30分間隔でスケアクロウに”鉄血人形用の特殊プロトコル”で位置情報を送るようプログラムされてやがったのだ。しかもスケアクロウが受信したことを示す返信シグナルを受け取ると、アプリキャッシュだけを巧妙に選んで削除するという徹底ぶり。加えて位置情報スキャンはほんの僅かな時間に行われるだけなので、バッテリーの減りも位置情報スキャンをしなかった場合とは違和感を感じない程度の微々たる差でしか無い。

 これじゃあ気付けない訳である。購入契約を結ぶ前から仕事のたびに何かと付き纏われる事に最早慣れてしまい、何かあった時のために持ち歩く様にしてたのも見事に裏目に出ていたと言える。そしてこれに今まで気付けなかった俺の間抜けさと言ったら・・・くっ。

 

 

「・・・・・・何かとヤキモチ焼きなとこあるし、なるべく常に一緒にいたいタイプの女の子ってやつかしら」

 

「・・・道理でジャストタイミングであの男の邪魔を出来たってわけだ。まったく・・・あの相手に無茶しやがって」

 

 

 救い出してくれた事への感謝の気持ちはもちろんある。あるが、あの時俺が相対していた男の持つ力を鑑みると、結果的に彼女達にとってもかなり博打な行動だったと言わざるを得ない。

 高い電気エネルギーは人間機械問わず脅威そのものだ。しかもあれだけはっきり具現化するほどの高圧高電流なら、彼女達だって食らえばタダじゃ済まない筈。

 もし敵が最初からエージェント達に気付いてたとしたら、三人まとめて奴の手に落ちてた可能性だってあった。結果はそうならなかったとはいえ、考えるだけで恐ろしい未来が眼前まで迫ってたと考えれば、握られた拳に思わず力が入る。

 

 

「それはそうと、今回の件の依頼人(女医)だけど」

 

「ん?」

 

「あの子達がアンタを拾うちょっと前に切羽詰まった様子で電話掛けてきてね。何か叫ぼうとしたみたいなんだけど、そうする間も無く苦しげに呻くのが聞こえたのよ」

 

 

 ・・・叫ぼうとしたみたい? その直後に苦しげに呻く?

 それってまさに、口封じで殺されかかってる場面なんじゃないのか?

 

 

「私もそう判断してね、ギャラのやり取りで決着した時に遠隔で仕込んだウィルスを使って、彼女の端末のデータは全て削除。その後瞬間的にバッテリーをオーバーロードさせて基板ごと焼き切ったわ。

 一応念のため今朝フォックスに潜入してもらってるけど、今さっき報告が来て、やっぱり依頼人は診察室で絞殺されてたのが発見されたみたい。

 気になるのは端末が見つからなかった事だけど・・・」

 

「あのウィルスが正常に機能してるんだったら、今時の端末のバッテリーならよほど腹ペコでも無い限り基板破壊は上手く行ってるだろ。それでも、相手が相手なだけに不安は残るがな・・・」

 

「そうなのよね。・・・特に、レイとそっくりな顔の男ってのが引っ掛かるわ」

 

「あぁ・・・それにあの男。俺の名前どころか、”あの人”のコードネームまで知っていた」

 

 

 直後、アインスの体が硬直した。

 

 

「・・・緊急事態ね。ほら、もう退院して良いって言われてるんだし、すぐにギルドに戻るわよ」

 

 

 手遅れにならない内に動かないと。

 そう呟いたアインスに倣い、俺は急いで病院を出る準備を整えた。

 

 

 

 -----

 

 

 

「やぁ、来たね社長」

 

「・・・Dr.アフィニス、申し訳ないがスケジュールが詰まっている。単刀直入に聞こう、要件は何だ?」

 

 

 にゃははんと笑う白衣の女性に対し、強面の相で見据える隆々とした体格の男性。

 G&Kの社長『ベレゾヴィッチ・クルーガー』と、系列の病院で働く総合診療医・・・コードネーム『アフィニス』が相対していた。

 

 病院の会議室。カーテンが閉められているにも拘らず室内の明かり一つ点いておらず、カーテンの隙間から差し込む夕陽だけが光源となるこの部屋は暗い。仮にも病院を運営する企業のトップ(VIP)を招き入れられる状態ではない。

 だがこの場に立つ二人にとってその程度の事は、気に留める価値も無い些事に過ぎない。とあるキッカケを機に病院に招聘して/されてというある種気心知れた間柄でもある両者は、アフィニスからの呼び出しで此度向かい合う事となっていた。

 

 

「なはは、それじゃあ早速本題と行こうか。ここに掛けなよ。そんでもって見てもらいたいモノがある」

 

「分かった」

 

 

 会議机の上にポンと置かれたノートパソコンを開き、慣れた手つきでパスコードを入力したアフィニスは、隣に腰掛けたクルーガーに見えるように画面にあるデータを表示させた。

 表れたのは何かを示す文字列(コード)の羅列、一見同じような内容のそれが左右に二つ比較出来るように並んでいる。素人では専門家の説明を聞きながらでも理解するのに時間が掛かる内容に思える。時間が無いと言った矢先の展開に、クルーガーは露骨に顔を顰めた。

 

 

「・・・アフィニス」

 

「別にこれの中身を一から十まで全部説明するんじゃない。私が言いたいのはこのコードが何かってのと、何が問題なのかって事の二つだ。手短に要点だけ話させてもらう」

 

「・・・」

 

 

 腕を組み、無言で先を促すクルーガー。

 とりあえずは話を聞く気になったのを見計らい、アフィニスは予想だにしない内容を放った。

 

 

「コイツはね。社長が助けろと勅命を寄越してきた彼・・・その血液から採取したDNAサンプルの図面だよ」

 

「・・・なに?」

 

「左が普通の成人男性の、右が彼の遺伝子コードだ。よく見てみて、一部の箇所で”異なる配列”があるのが分かるでしょ?」

 

「あ、ああ・・・しかし、これはどういう事だ?」

 

 

 遺伝子。全ての生物が生物である限り必ず有している、自身を形成するのに決して欠かす事の出来ない体の設計図。

 顔の違い、筋肉や脂肪の付き方、体毛の濃淡や生える位置、骨の頑強さや病気への抵抗力、人間の様々な個体差の全ては遺伝子の違いで生まれている。そういった部分で配列が異なるのは当然である。

 だが、アフィニスが提示しているのはそうした個体差が生じる一面とは異なる、”人間”として共通していなくてはならない根本的な遺伝子の部分。このコードの差がどのような違いを生み出すのかはクルーガーには理解出来なかったが、アフィニスは何時になく鋭い視線で画面を見つめる。

 

 

「要するにね。両親がセックスして受精してお腹の中で育って生まれました〜っていうんじゃ、()()()このコードの配列にはならないんだよ。受精卵の段階で外部から意図的に遺伝子を改ざんされた、そうでもなきゃこのコードになる訳が無い。

 ・・・・・・彼の遺伝子は、自然に出来た物じゃない」

 

 

 目の前の女性から齎されたあまりにも突拍子の無い情報に、流石のクルーガーですらも驚きに目を見開いた。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。なら、その遺伝子コードの違いでレイにはどういった要素の差が出ているんだ」

 

「・・・大雑把に纏めると、強力な自己修復能力に加えて筋繊維の強靭さが挙げられるかな。だから内臓が弾けかけてる大怪我でも1ヶ月そこらで治ったし、落ちてるはずの筋力もすぐに取り戻せてる・・・常人じゃあり得ない、どころか人並外れた生命力の持ち主であったとしても不可能な回復速度。そもそもが人間の枠に収まらないなら納得がいくよ。

 加えて彼の体なんだけど、なんか帯電しやすい体質になってるみたいなんだよね。おまけに本来人間に備わってない臓器があるんだ。見て」

 

 

 アフィニスは続いて映像をレントゲン写真のそれに切り替える。これも同じ様に、健康な一般男性のものと比較できる様に横並びで配置されていた。

 彼女は両方の図面の心臓がある辺りを指差し、クルーガーに示して見せる。

 

 

「さっきと同じく、左が一般人、右が彼の体内だ。

 ごらん? 彼の場合は心臓の位置が普通より上にあり、その下に普通の人間には存在しない”新たな臓器”がある」

 

 

 両側の肺に挟まれる形で胸の中に収まっている心臓。本来、気管や大動脈に上大静脈といった大きな臓器がその上にあるため、心臓は肺の下半分と接する様な位置にあるのが最も収まりが良い。

 だがレイの場合、心臓を二回り程小さくした大きさの”ナニカ”が、確かに心臓の真下に存在している。そのため彼の心臓は、本来よりも上の位置に収まっていた。

 

 

「・・・・・・これは、一体」

 

「私もびっくりしてコーヒー拭いちゃってさ、実はノーパソ一台お釈迦にしちゃったよ。にゃはははっ。あ、お釈迦になった奴はSSDも基盤もトンカチで叩き割った上で、さらに高圧電流流してショートさせたから、そこは安心して。

 まぁ社長としては多数の医師に彼を触れさせたくなかったって理由で、二回目以降の診察を私に指名したんだと思うけど・・・正解だよ。こんな体してるなんて、とんでもなくキナ臭い予感がする」

 

 

 モニターに映るそれを厳しい視線で見つめるアフィニス達。

 アフィニスは人の体を知り尽くした医師として、クルーガーは元軍人として、レイの出自が大きな闇と繋がっている事を察していた。

 数秒、無言の間を挟み、クルーガーが徐に口を開く。

 

 

「・・・レイのカルテを見れるのは?」

 

「今は私だけだよ。初診を担当した彼はカルテ見る限り、どうやら背中の触診だけやって痛み止めを処方して終わらせたみたいだから、多分体内の秘密には気付いて無いとは思うんだ」

 

「ふむ・・・」

 

 

 それっきり、腕を組んで深く考え込んでしまうクルーガー。

 自身が何かと懇意にしている裏稼業の仕事人(フィクサー)が、実はとんでもない爆弾を抱えていたという事実にショックが大きいようだった。

 

 一方のアフィニスも浮かべていた笑みを消し、真剣な目で雇い主を鋭く見据える。

 その目に浮かぶのは、たとえどんな人物であろうと自分の患者は決して見捨てないという確固たる意志である。

 

 

「・・・彼は私の患者の一人だ。どんな体であろうと、どんな運命の元に生きてようと、もし彼が傷付いて助けを求めるなら、私は医者として手を差し伸べる責任があると思ってる。

 社長だって彼にはそれなりの恩があるんだろう? (ペル)から聞いたけど、ここ数ヶ月間グリフィンにかなり貢献してるみたいじゃないか」

 

「もちろん分かっている。レイが必要とするならば、俺は出来る限りの支援を惜しまないつもりだ。・・・レイには個人的な借りもあるのでな」

 

 

 ”個人的な借り”というフレーズに一瞬ピクリと眉を上げたアフィニスだったが、直ぐに笑顔を浮かべる。

 

 

「ふふん、決まりだね。この情報は重要機密事項に指定するって事で良いかい? 上手い事向こう(ギルド)の方でも情報消してるみたいだけど、万一外に漏れたら今以上に色々と危険が付き纏うだろうからね」

 

「ああ。アフィニス・・・これからもよろしく頼む」

 

「もちろんだよ。私は一度でも面倒見た患者を見捨てる事は絶対しないのさ」

 

 

 アフィニスは立ち上げていたソフトを全て終了し、パソコンを閉じると静かに立ち、クルーガーに向かい合う。

 彼も厳かに立ち上がると、アフィニスに向け不適な笑みを浮かべて手を差し出す。それを柔らかな手で握り返し、犬歯を見せて笑うアフィニス。

 

 レイに対し個人的恩義を持つ社長と、どんな患者も見捨てない医者との間で、一つの約束が交わされた瞬間だった。




 〜お知らせ〜
 大分前に投稿して頂いたのですが、ウチのコンビが洋食のねこやに出張したのでよかったら是非そちらもご覧あれ・・・
 京勇樹氏作『異世界食堂 おバカな料理人』第86話↓
 https://syosetu.org/novel/158909/86.html


 後書き↓

 多分せってーしゅーで書くかもだけど今んとこ詳しく書いてないので、本編で度々登場しているレイを診てくれる女医さん(オリキャラ)についての紹介を・・・。


・アフィニス(名前の由来はヒマラヤトラノオの学名『Persicaria affinis』から)
 にゃははんと笑う朗らかな笑顔が特徴的な総合診療医。16Lab主任研究員のペルシカリアとは実の姉妹で、二人とも姿や顔立ちは似ている。
 妹が全体的に身なりに無頓着なのに対し、彼女は立場上外部の人間と多く接するため、常に清潔感ある格好をしている。
 例:髪・・・妹→ボサボサ 姉→サラサラ(癖っ毛)
  白衣・・・妹→シワだらけ 姉→定期的にクリーニング済み
   顔・・・妹→隈が濃い 姉→隈は無い

 発育した豊かな胸が苦しいのか、いつも着用しているシャツを第二ボタンまで開けっぴろげにするのは姉妹共通。ただし、姉の場合は持ち前の笑顔や緩い雰囲気が程よく色気を打ち消すせいか、男を前屈みにさせる事はあまり無い。
 髪の色は妹よりも明るめ腰まで伸びた茶髪。こちらはちゃんと手入れをしてるので、妹ほどボサボサではなくなっている。が、元が癖っ毛なのでところどころピョンピョン跳ねているのはご愛嬌。本人はとっくに直すのを諦めた。

 身長は164cmとまあまあ高い方。出るとこはでて引っ込むところは程よく引っ込む体型。だが先述の通りあまり色気は感じない不思議な人。
 仕事着は白衣に紺かグレーのシャツ、下は黒の短めスカートで冬はタイツ着用、夏はくるぶしソックスで黒の紐付きサンダル。普段彼女はこれの足底をペタペタ鳴らして歩くため、どこにいても彼女がくればすぐ分かる。

 担当は総合診療医。
 あらゆる分野の知識を持つため、複数の病気に共通する症状を発症していて疾患の特定が難しい患者の正確な疾患判定を行なったり、人手が足りない医科のヘルプで患者の診察を行なったり等、病院内ではこう見えてかなり頼られる人物。
 自分では流石に一つの医科を専門に学んできた医師には負けると評しているが、それでも場合によっては自らメスを握る事もあるため、割と忙しい立場にあるのは間違いない。

 どんな存在であろうと、一度自分の元に来たのであれば医者として全力で治療に取り組む、というのが彼女の医者としての確固たるスタンス。
 患者は絶対に見捨てない、救える見込みがある限り必ず救い出すことを信条にしている。

 信条や病院に来た辺りの経緯については追々、本編にて描写予定・・・。
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