マリポタシリーズ   作:椎名@大体pixivにいる

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 最後の夜だ。相変わらず僕の面倒を見たがる母に髪を乾かされながら、夢うつつにまどろむ。リリーの鈴を転がすような声が心地好くて、自然と子守唄代わりに聞き入る。

 

 

「ね、当ててみせていいかしら」

 

「なにを?」

 

「ハリーがお兄さん。そうでしょう?」

 

 

 パチッ。かつては自分のものであった緑と向かい合う。ハリーの瞳は──アルバスの瞳は──そしてリリー母さんの瞳は丸くなるハシバミへと悪戯っぽく笑っていた。

 

 

「どうしてわかったの? 大抵の人は僕が姉だと思うのに」

 

 

 僕自身、そのつもりで生活しているのに。

 タネ明かしを求める僕へとリリーが微笑みながら肩をなでる。すっかり手入れされきった赤毛が首から肩からゆるりとすべり落ちていく。

 

 

「もちろんわかるわ。あなたたちのおかあさんだもの────なんて」

 

 

 揃いの赤毛が鏡に写っている。誰が見ても姉妹だと思うだろう。血の繋がりがあるとわかるだろう。そして──親子には見えない少女の姿だ。

 

 

「実のところ、理由はないの。そんな気がしただけ。ちなみにジェームズとシリウスはあなたが姉だと思ってるわ。リーマスとピーターは私の味方。まったく、見る目のないおとうさんよねぇ」

 

 

 ころころと僕の耳をくすぐる若々しい声に、つられて唇だけで笑う。鏡にはそっくりの顔がある。髪色も、輪郭も、たとえば唇の形だって。ともすれば実兄のハリーよりも兄弟姉妹らしい光景なのに。

 

 

「わたしたちがあなたたちにお父さん、お母さんと呼んでもらえるのは今だけね」

 

 

 ……うん。噛み締めるようにうなずいた。

 

 

「わたしたちの子供の名前はきっとハリーだし、マリアだけど──あなたたちではない。わたしとあなた(・・・)は本来親子として出会えなかった」

 

「そうだね」

 

「これって、存在しない奇跡なのね」

 

 

 ストンッと、母が──これから母になる少女が娘であった少女の隣に座る。向かいに姉妹めいた親子の肖像画が完成する。

 

 

「わたし、少しはあなたのお母さんになれたかしら。今、この時だけでも」

 

「……リリー母さん」

 

 

 思う。この人たちを父さんと、母さんと呼べるのは僕ではない違う(ハリー)だ。(マリア)の父さんはあの日ヴォルデモートに杖なしで立ち向かったその人だし、母さんは最期まで僕らの前に立ち続けたあなただ。──死んでしまったあなたたちだ。笑顔で今このときにも生きるあなたではないのだ。

 だから、想う。奇跡はここで打ち留めなのだと。

 

 

「楽しかったわ。あなたのお母さんができて」

 

「僕も楽しかったよ。あなたの娘になれて。──息子だともっと良かったんだけど」

 

「まあ! マリアってばもしかして、男の子になりたかったの? それであんな格好を? ……複雑だわ。男の子に生んであげられたらよかったのに」

 

「いいんだよ。今はマリアであることに納得してるし──女性だからこそ取り戻せるものもあるから。……自分でこの性を選んだんだ」

 

 

 母の肩に寄り添う。頭を預けてみて、ジニーと同じやわらかさにほんの少し照れを覚える。

 この人は女性だ。そして(マリア)も────女性なんだ。

 

 さて、就寝時間も過ぎた夜更けの頃。マリアとハリーは談話室にて向かい合っていた。ハリーはすっかり落ち着いた様子で、迷いのない僕はこんな顔をするのかと澄んだ緑に今さらになってハッとする。

 

 

「今なら彼等を救えるよ。ハリー」

 

「うん」

 

「シリウスを冤罪から守れるよ」

 

「うん」

 

「レギュラスをヴォルデモートから匿えるよ」

 

「うん」

 

「ペティグリューの裏切りを止められるよ」

 

「うん」

 

「父さんと母さんが────生きてるよ」

 

「うん」

 

 

 穏やかだ。運命と死の象徴たる緑はやわらかだ。(ぼく)の誘惑なんて彼は痛みと共に呑み込んでしまえる。──(ハリー)にはそれができる。

 

 

「どちらが君の現実だい? さあ、選んでみろ。ハリー・ポッター!」

 

 

 だから、ハリーは。

 

 ──僕の手を取ってぐしゃりと笑みを歪めた。

 

 

「僕は生きている。ならば────死者を求めてはならない」

 

 

 緑から涙がこぼれていく。

 

 

「たとえ、目覚めた先に(マリア)はいないとしても?」

 

「受け止めなくてはいけないんだろう? 君は残酷だから、僕にそれができると思ってるんだ。そして君が信じる限り──僕もそうありたいと歯を食いしばってしまう。だって君の兄さんだもの。僕が見つめるべきは死者でなくこの手にある命だから──君は僕に振り向くことを許さない」

 

「その通りだよ、ハリー・ポッター」

 

 

 ぼろぼろと憐れに滂沱するハリーの頬へと手を当てる。真っ赤になるまで火照った熱をしずくが冷ましていく。僕の指を濡らして落ちる。

 

 

「マリア」

 

 

 ああ、ああ、よかった。心の底から安堵して、今この時にも別の人生を歩もうとしているもう一人の自分へと笑んでみせる。

 やっぱり(ぼく)はその結論にたどり着く。両親と幼い『私』自身を家族の温もりを借りて見殺しにできたあの日のように──君は死の甘さを振り切って今を生きるひとの手を握られる。

 

 

「それでこそハリー・ポッターだ」

 

 

 稲妻の印を撫でて、自分自身と額を合わせた。静かだ。ホグワーツに入学する前、心身ともに彼が幼く無垢でちっぽけだった頃、毛布の中でひっそりと呼吸し合った時間にそれはよく似ていた。

 だからだろうか。それにね──ハリーは見た目どおりの幼い口調で続けた。

 

 

「ここにはジニーもロンもハーマイオニーもいないんだ。彼等のいないハリー・ポッターが、果たしてあり得るかい?」

 

 

 とうとう、憂鬱なんて忘れて大口を開けて笑い合った。だって、まったく同じことを考えていたんだ。まったく同じものを求めて僕たちは死への愛情を手放したんだ。──これだから僕ってやつはとことん傲慢だ!

 

 

「ハリー」

 

「マリア」

 

 

 互いの手を繋ぎ留めて、支え合うように──あるいは寄りかかるようにして外へと続く扉の前に立つ。かすかに聞こえる太った婦人のいびき……ええと、豪快な寝息に笑い声を押し殺す。

 

 

「覚悟はできてる?」

 

「ちっとも。でも、進むよ。これまでだってそんな人生だっただろ」

 

「ちがいない」

 

 

 ハリーの卑屈っぽいぼやきを苦く肯定する。覚悟なんて追い付く前から僕らは走り続けてきたのだから。運命に追われるって、そういうこと。それが『英雄(ハリー)』だ。

 

 扉を開く。まだ杖だって馴染んでいないような小さな手のひらで同時に。ぼうっとカンテラの灯が通路に怪物じみた奇妙な影を作る。僕とハリーの重なりが奥まで伸びている。

 ──奇妙なはずだ。影は三人分(・・・)あるのだから。

 

 

 扉の向こうに、死から逃れるマントを羽織った死者が立っていた。

 

 

「「父さん」」

 

「見送りくらいはさせてくれるだろう?」

 

 

 ジェームズ・ポッターは、そして深夜に寮を抜け出す悪い子供たちを捕まえると「いたずら完了!」とばかりに子供っぽく笑った。

 

 

「父さんだけなの?」

 

「ああ。こんな夜更けだもの。みんなぐっすりさ。リリーは……拗ねてしまってね。案外子供っぽいんだ、あの人」

 

「知ってる」

 

「マリアそっくりだ」

 

 

 カツン、カツンと。寂しげに三つの足音が階段を下る。先頭は僕で、ハリーを挟んで最後尾がジェームズだ。『あの時』僕を導いてくれたマリアのようにハリーの道しるべ足らんと気を張っていた僕だけど、父さんに見守られている安心感は思いのほか僕とハリーの足取りを軽くさせた。

 

 

「僕らの話、聞いてた?」

 

「概ねは」

 

 

 あっけらかんとした父の反応にハリーと揃って目を点にしてしまう。もしも真実を知ったなら、この人こそが最も騒ぐだろうと予想していたのに。

 

 

「もちろん、気にならないといったら嘘になるよ。シリウスの冤罪がどうとか、レギュラス……は確かシリウスの弟だったか。この先そんなところと交流があるとは思わなかったし、それから──ワームテールが裏切るだとか。アイツにそんな度胸、あると思わなかった」

 

「そうして彼を軽んじるから裏切られてしまうんだよ」

 

「耳に痛いね」

 

 

 ニッと笑うのは口先ばかりでどうにも反省の色の見えない父に、思わずじっとりと睨みあげてしまう。心持ちはこの人の娘から、我が子のジェームズ・シリウスを叱る時の父親心へとシフトチェンジしようとしていた。まったく実に孫のイイお手本だとも!

 

 

「ああ、待って。怒らないでくれよ、マリア。僕はただ──ちゃんと祝福しようと思っただけなんだ」

 

 

 僕の怒りを敏感にそして姑息に察知したジェームズがあわてて取りつくろう。祝福──? なんのことだとハリーも一緒に首をかしげる。かまわず父さんは飄々と続ける。

 

 

「パパは認めないって言ったけど、撤回しよう。娘の幸せを願えない父親にはなりたくないからね」

 

「────」

 

 

 カツン。足音が止まった。

 

 

「この人となら幸せになれるって──そう、わかったからドラコを選んだんだね? 君は絶対に幸せになれるね?」

 

 

 ああ、なんだ。それだけのこと。

 

 

「──うん」

 

「それなら──君にとっての幸福がそこにあるのなら、僕はたとえ君が悪魔と駆け落ちしたって……ゆるすよ」

 

 

 父親の顔だった。父親の言葉だった。我が子を送り出す──親を演じるただの青年の笑みだった。

 

 

「だって、きっと────『君』のお父さんはそう言ったはずだから」

 

「────っ」

 

 

 代弁者がこんな若造では頼りないかもしれないけど──なんて笑う青年に声が震えてしまわぬよう息を呑む。じくじくと熱をもって脈打つ心臓にそれではいけないのだと叱咤する。

 

 ほんとうなら。ハリーとジニーが結婚し家庭を持つことも、マリアが──僕がドラコとこの先の未来を生きることも。僕らの両親は決して知ることはできない。僕らは彼等から許しの言葉も祝福のヴェールも得ることはできない。死者の声は受け取れない。それだけは叶わない────はずなのに。

 

 

「愛する人と幸せになりなさい。ハリー、マリア」

 

「「はい」」

 

 

 ぐっと涙をこらえて力強くうなずいた。たとえそれが『代弁』でしかなくとも──僕たちは今まちがいなく両親から未来を祈られたのだから。

 

 もう、振り向かない。足音が二つきりになったって。ここにある幸福はすべて過去の幻なのだと突き付けられたって──僕らはただこの階段の先をゆくだけだ。

 

 

「ねえ、マリア」

 

 

 ハリーがつぶやく。夜であったはずなのに出口には細々とした光が差し込んでいた。陳腐だけれど、ここからは生者のための道だと嘘っぱちの世界が主張していた。

 

 

「これは全部、僕の頭の中で起こってること?」

 

 

 思わず笑っていた。

 

 

「もちろん、君の頭の中で起こってることだよ。ハリー」

 

 

 さあ、残すは一歩だ。細かった光は近付くにつれ明るさを増していき、今や僕の目を焼くようだった。強くて乱暴だ。──生きた光だ。

 繋いだ手の先にあるズッシリと重くて筋ばった男の手に思う。はたして僕は君のマリアになれただろうか。空っぽの僕でも道標(マリア)としての役目をこなせただろうか。──なれなくてもかまわない。きっと君にはもう、マリアは必要ない。

 

 

「それじゃあ、僕も聞いていいかい?」

 

「なんだい、マリア」 

 

「もしも一番初めに生まれてくる子供が男の子だとしたら──君はどんな名前をつける?」

 

「決まってる」

 

 

 ハリーの迷いのない快活とした声が光の向こうへと響く。奇跡の終わりが世界を芽吹かせる。

 

 

「「ジェームズ・シリウス・ポッター!」」

 

 





これでほんとに終わりです。四年越しにすみませんでした…。
次は呪いの子でお会いしましょうね!

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