ハリー・ポッターと病める血の少女   作:ぱらさいと

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瞳孔バチ開いて溺れ死にそう

 骨張った手の中に一冊の本が収っている。

 古書、と呼ぶに差し支えない風格を備える。

 表題は『純血名鑑(Pure Blood Directory)』とある。

 樒は好奇心に目を輝かせながら羊皮紙に触れた。量産品の印刷用紙より確りとした厚み。なめらかで心地よく指が滑る。なるほど稀覯書らしく費用に糸目をつけなかったと理解出来る。保存状態も申し分なく、蔵書狂(ビブリオマニア)ならずともアンティーク愛好家には実に垂涎の出来映えと言える。

 樒は幾人かの古い知人の顔が浮かび懐かしさについ微笑んだ。

 飄々とした老翁の様子にゴールドフィンは怪訝さを隠せない。

 

「当家の系図に御関心がおありかな」

 

「そうではない。懐かしい名がちらほらある」

 

 言いながら切子細工のタンブラーに冷水を注ぐ。

 撫でればひやりと優しい冷感を指先に伝える。

 

「奥方はボルジゲラの縁者であったな」

 

 問いの意図が読めずにいる。この老魔法使いは、二人が把握する事実とそれに対する認識の差異を整えようとしている。抗っても修正されると悟ったゴールドフィンは沈黙のまま首肯した。

 

「ボルジゲラはプレラーティの末裔だ。『青髭男爵』の師であるとは言うに及ばぬが……貴殿の父君は迂闊であった」

 

「迂闊? 何故、無論グリーングラスとボルジゲラは過去にも婚姻した一族ではある。だが何世紀も前の契約だ」

 

 純血氏族の当主が近親婚の禁忌に言及した。

 それをマグル的と樒は嗤うことなく、さらに続けた。

 

「ヴァン・ホーエンハイムかアグリッパならば儂も困らなんだ。しかしよりによってプレラーティはいかん。奴の著書について耳にした覚えは?」

 

「降霊術や悪魔崇拝の儀式に精通していたとだけ。それもマグルの宗教を愚弄するためと認識している」

 

「アレが蠅王ベルぜビュートを召喚しただの、女神アーテーの末裔だの、そのような風説はいずれもまったく誤りである」

 

「荒唐無稽な伝説にこそ真実の片鱗が宿る。魔法界ではままあることでは?」

 

「魔法界でなくとも例はある。確率としては皆無と言ってよいレヴェルだとも」

 

 薄い唇がにんまりを歪んだ。東洋人らしからぬ目鼻立ちの細面はいよいよ爬虫類じみた相貌に変わる。

 するとこの老翁がサラザール・スリザリンの末裔でないにも関わらず『蛇語』を操るのも、何ら違和感なく受け入れられる。

 慣れた手つきで樒は杖を抜く。先端をピッチャーと、次いでタンブラーへ向けた。冷えた飲料水はベルベットローズの葡萄酒に変じた。

 

「罪深い色だ。安酒というのにな」

 

 冗談めかしながら甘ったるいシェリーを舐める。濃厚な果実の風味で覆い隠されているが、奥底に潜むアルコールの辛みが粘膜へ刺さる。

 

「そうさな、プレラーティの著書から紐解くのがよかろう。あやつの真実は『根源』を理解するによき助けとなる」

 

「『根源』、と仰る」

 

 もう片方のタンブラーをシェリーワインで満たしつつ樒は頷く。手渡されたゴールドフィンは言葉を詰まらせる。

 

「ああ。ゾーリンゲンの蟲使いめが欲したそれとは異なるぞ、言うなれば『そなたの悩みの根本』である」

 

 大袈裟に「よっこいせ」と掛け声を発しつつ安楽椅子へ腰かける。艶めかしいほどの光沢が経た年月を物語る書棚に囲まれ、古々しい洋館の書庫にあって樒の装いはあまりに不適当であった。くすんだ紺色の和装である。瘦せ細った長身を余計に際立たせるばかりだ。

 

「今年度、ホグワーツにある日本人が赴任しておる。『闇の魔術に対する防衛術』の教授だ」

 

 ゴールドフィンは頷いた。抗えば絡め盗られる。警戒心が殊更に口数を乏しくさせた。

 

「彼女は合衆国の名門、ミスカトニック大学に籍を置いていた。マグルの学び舎だ。そこには『ルルイエ異本』なる稀購書が収蔵されている。一九三〇年頃に寄贈されたのだったかな……すまんが誰が持ち込んだかは失念した。ただ当時、司書として勤めておったキザハシ女史はこの書籍に触れる機会を得た。故意か偶然かは知らぬぞ? まあ彼女の気性からすれば前者だろうがなあ」

 

 曰く、ルルイエ異本はオリジナルではない。古代中国で製作された写本をフランソワ・プレラーティがイタリア語へ翻訳したものに過ぎず、その起源は人類誕生よりも以前に用いられた言語による碑文である。

 あまりにも荒唐無稽な物語にゴールドフィンは面食らった。にわかに信じ難い。零れたワインが手を濡らすのも構わず老翁の語りを遮った。

 床にまで飛び散ったシェリーワインを見やって樒は「もったいない」と薄く笑った。

 

「馬鹿げている。人類誕生よりも昔? それは叙事詩や神話の世界よりもさらに過去、この地上に『文明』があったと。そう仰っているように聞こえるが、私の錯覚でしょうな」

 

「概ねその理解で正しい。つまるところダーウィンの進化論と貴殿らの歴史は相反するどころか、むしろ相互に補完しあう理論である。アフリカの大沃野から拡散した『奇妙なサルの文明』が定住した先で土着の神々にまみえたと、そう考えれば辻褄があう」

 

「科学と魔法は調和し得ない!」

 

「技術としてはそうだ。しかし理論は違う」

 

「何を根拠に! 強大な魔法は科学製品に干渉すること、御存じのはず!」

 

「だから理論は、と断っておろう。近親交配のリスクが分かるなら『進化論』だって多少通じると思ったんだがなあ……読みが甘かったか」

 

 再三の悪戯を叱責される子供のようだった。脂肪の削げ落ちた腕をあげ、これも骨ばかり節張って貧相な手で頭をかきむしる。整髪料で硬く撫でつけた髪が僅かに乱れた。

 

「ならばだ。この者を軸にするとしよう」

 

 杖のように長い指先が『名鑑』のある項を指し示す。ちょうど中程の頁である。激しい興奮がゴールドフィンの反抗心を刺激する。感情の昂ぶり、あるいは揺らぎは、見え透いていると言わんばかりに凪いだ樒の声音でいくらか希釈された。

 新たな切り口に選ばれたのはコルヴィヌス・ゴーントという人物であった。

 

「十八世紀初頭、スリザリンに在籍していた生徒だな。スリザリンの末裔であることは知っていようから、詳細は省いて構わんな。一七〇〇年の頃というのは実に重要な時期であるのだ。ホグワーツが新大陸で創設された魔法魔術学校の生徒をはじめて受け入れたタイミングと一致しておる」

 

「イゾルト・セイアの、イルヴァーモニーですな。彼女はゴーント家の一員だ」

 

「創設者の血統はどうでもよい。注目すべきは、この数年前。すなわち十七世紀の末、セーラムで魔女裁判が催された。契機も過程も顛末も本筋には関わりない故割愛するとして……だがアビゲイル・ウィリアムズの存在こそすべての発端と言って差し支えない」

 

「天文学者の? 確かにアビゲイル・ウィリアムズはノーマジの迫害に苦しめられた幼少期ではある。MACUSAの保護下で適切な魔法教育を施されるならばイルヴァーモ二―をおいてほかにない、か」

 

「そして『より高度な総合魔法教育』を望むならば、ホグワーツは最善の選択肢と言えよう。ダームストラングは武に傾き、ボーバトンは儀礼的な性格が強い。アフリカや東洋は……総合性で数段劣る」

 

 アフリカのワガドゥー校は西洋式の杖を用いる魔法を教えない。

 南硫黄島分校も同様、呪符などアジア固有の術技に重きを置く。

 少なくとも天文学とこれに連動する占い学において、ホグワーツは最善の選択肢であった。言語面での障壁もなくコルドフストリーツ校のように閉鎖的でなく、特異な校風を有することもない。その点はゴールドフィンも無条件に賛同できる部分であった。

 樒は「このアビゲイル・ウィリアムズはコルヴィヌスとの間に子を授かった」と、語りを再開した。

 

「ゴーントの一族がそのような不品行、許す筈がない」

 

「アビゲイルは相応に価値があったのだろうよ。何せ予見者だ、得難い特質だぞアレは」

 

「相変わらず理論が飛躍する。根拠があるのでしょうな」

 

「無論だ。著書『星の坩堝』は典型的な自動筆記(サイコグラフィー)による」

 

「世間を知らぬ子供ならばいざ知らず。私とて、多少はマグルの説く隠秘学(オカルティズム)を齧った身だ。自動筆記で製作された文章がどのようなものかは心得ているつもりだ」

 

「流通品は適宜翻訳してあるわい。それこそ錬金術の教本(スペルブック)と同じよ」

 

 自動筆記──魔法界の外で観測される現象の大半は、自動筆記羽ペンの漏洩とされる。それらは概ね荒唐無稽で文章と呼べるものではない。あるいは不幸な事故の一部始終を聞き齧ったマグルの好事家たちが独自に再現すべく理論の構築を試みた産物である。

 魔法界における自動筆記こそ隠秘学徒たちが追い求める現象だ。

 ゴールドフィンは「カッサンドラ・トレローニーはしばしば憑依状態で未来を垣間見たと聞く」と述べた。

 

「未来視に幾つかの形態がある点は言うまでもない。トレローニーの未来視は神憑りや憑依による代弁と評すべきであろう。俗に『悪魔憑き(ポゼッション)』と言うヤツだ」

 

 悪魔憑き、霊媒体質、神憑り、巫術。

 文言は似て否なるが表出する現象は近い。

 知らぬはずの言語。知らぬはずの知識。あり得べからざる現象を目の当たりにし、マグルたちはときに聖性を見出し、あるときは怪異と看做す。観測者の宗教世界がそのまま反映されるため枝葉末節が個々に異なる。そのせいで同じ現象……魔法界における千里眼の一形態である『未来視』は如何にも最もらしい不適当な理論で装飾され、科学の進歩により幻想から空想、空想から妄想へと貶められるに至った。

 樒の言う『自動筆記』もまた未来視の一種と言える。

 変性状態の意識は共通する。起こり得る未来を発語でなく筆記で告げる。

 ゴールドフィンは沈黙を選んだ。反論に用いる言葉が浮かばなかった。

 

「ゴーントは近親での婚姻を繰り返し先細った。その理由を教えよう」

 

「彼らは古のスリザリンの血に傲り、他の血を蔑んだ」

 

「正しくあり、かつまた誤りでもある。だから儂が説こうと言うのだ」

 

 タンブラーを空にして樒は静かに言う。かつて教鞭を執った男らしい。

 水差しのシェリーワインは無尽蔵であった。魔法のなせる業である。

 逸る感情を鎮めようとゴールドフィンもワインを呷った。アルコールはほとんどが安いブランデーだ。ねっとり熟した葡萄の甘さでも誤魔化しきれない刺激が舌の上で暴れる。

 

「まずもって機序が違う。傲り故に清廉な血を拒んだのではない。『輸血』の叶わぬがため『高貴なるスリザリンの血』という遺物へ縋ったのだ」

 

「それは……つまり、ゴーント家もまた呪われていたと。血によって受け継がれる業を宿していた、そのような解釈をすればよいのですな」

 

「そう急かしてくれるな。まだ口上の段に過ぎぬぞ。さて……ゴーント家が両ブリテンの純血氏族から拒まれたとしてだ、であれば大陸へ目を向ければよい。貴殿の父祖たちはそうして家名をつないで来た。さすれば征服者ウィリアムの根本被官であるマルフォイにも、レストレンジ支流に過ぎぬブラックにも影響されぬ独自の基軸を打ち立てられた」

 

 講じられる論の落着点をまるきり見通せない。それこそ千里眼でもなくては不可能に思われた。果汁のようでもあり、酒精の強烈に主張するシェリーワインで舌を鎮める。

 不透明な赤黒い液体は血液に似ている。けれど舐めると粘つく甘さに眩暈すら覚える。吸血鬼という種の味覚に、つい思いを馳せずにいられなくる。

 

ペベレル( Peverell)というのは今風ではないな。察するに古いノルマン人の姓であろう。覚え違いでなければ本流はダービーシャーのペヴェリル( Peveril )男爵家ではないかな? あすこはウィリアム征服王に従った騎士であったはずだ」

 

「ペベレル? 初耳ですな。とうに断絶している一族か」

 

「左様。貴殿ならば『三人兄弟の物語』は知っていよう。粗暴で力に溺れた長男、傲慢で狡猾な次男、最後に謙虚で賢い三男……伝説的な『死の秘宝』についてもアレが最も正しい描写だな」

 

「吟遊詩人ビードルの遺した御伽噺では特に有名な一篇だ。三歳の子供でも知っている、それがペベレルなる家系とどのような関係が?」

 

「魔法使いの三人兄弟はアンチオク、カドマス、イグノタスからなるペベレル家をモデルにしている。『死』との問答こそ虚構だが描かれたすべてがそうとは限らぬのだ。哥哥、根拠を示せと言うつもりだろうグリーングラス殿……まあ待て。何事にも順序がある故な」

 

 今更に問答の主導権を確固たるものにしようと樒はほくそ笑む。

 どう足掻いたところでそんな結果は訪れるはずがない。この老翁は常に他者より優位にある。

 他でもない葵樒がそのように望んでいるからである。

 樒は指で杖を弄びながら「そうさな」と零した。

 

「御伽噺の通りであれば長兄アンチオクは子を残さず没した。決闘に明け暮れた、荒くれ者らしいと言えよう。次兄カドマスはどうか。結婚を望みながら願い叶わず先だった女がいたという。もしやすると子がいたやも知れぬな。末弟イグノタスは子に『死の秘宝』が一つ『透明マント』を託した。よって間違いなく直系がいたと断言できる」

 

 文献におけるアンチオク、カドマス、イグノタスの記述はどれもごく簡潔である。中世初期の半ば伝説じみた一門であるから無理もなかった。

 

「透明マントは現状、安価な粗悪品から実用性のある高級品まで多様に流通している。だがいずれも経年劣化は免れぬし、魔法によって無力化出来る。とても『死』から逃れた奇跡のマントとは言えぬな」

 

「先の大戦中、粗悪品を偽って売りさばく悪辣なペテン師が数多く現れたほどです。正真正銘のマントでなくとも窮地に一生を得られるならば安い買い物と、誰もが大枚を叩いた」

 

「ホグワーツでは禁制品の筆頭と聞き及んでいる。しかしいくら裕福であろうと子供の玩具としては高価すぎる品だな」

 

「……未成年魔法使いには隠蔽を暴くのも難しい」

 

 その点は樒も全面的に同意した。「悪戯道具には過ぎた品である」と頷いた。

 

「薊に与えたのは留学祝いもあるが、必要でもあった。全科目履修で『逆転時計』を用いる以上は時間旅行が孕むリスクを軽減してやらねばならぬ。ダンブルドアもその点を認めたからこそ特例措置で許可を出した」

 

 入り組んだホグワーツの経路を、全く知らぬ状態で挑むのだ。過保護と言うには憚られ、贔屓と断じるには事情が深刻であった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ジェームズ・ポッターの遺品? 伝え聞く通りの人物だとすれば、既製品と比べ遜色ないものを創造し得るでしょう。優れた才覚の持ち主であったとか……しかし不可能だ。卒業後に製作したと仮定しても()()()()

 

 透明マントの製法には幾つかバリエーションが存在する。

 安価なものであれば簡素なマントに『目くらまし』など隠蔽の呪文を施すだけである。これは魔法に対して脆弱極まりなく容易に破壊されてしまう。もちろん五年十年と持続するわけがない。

 より高価なものは『デミガイズ』という魔法生物の毛皮を用いる。これは『葉隠れ獣』の別名で知られるデミガイズの透明化能力をそのまま発揮するが、どれほど持続しても数年と言われる。五年も経てば半透明に劣化し完全な隠蔽は不可能となる。特に優れた魔法使いならばデミガイズ皮革の品と同程度の水準で透明マントを創造出来る可能性はある。

 ジェームズ・ポッターとはそれほどに傑出した才能で知られていた。面識のないゴールドフィンでさえ「あり得る」と思えてしまう。近しい人々ならば疑いなく確信するだろう

 だが『機能が永続する透明マント』については夢物語である。

 そんな代物が存在するならそれこそ御伽噺が現実になるようなものだ。

 ハリー・ポッターの父親が妻と共に没して十五年。最高級品でもとうに色褪せている頃合いだ。

 いくらなんでも無理がある。ゴールドフィンはかぶりを振って「あり得ない。断言します、賭けてもいい」と樒の言葉を否定した。

 

「出所はダンブルドアですかな。彼はしばしば甘言を弄する。悪意のない嘘です。ポッターくんを哀れんでの事でしょう」

 

「賭けるかね? なかなか面白い勝負だ、乗ってみようではないか」

 

「勝負になりますまい。無礼を承知で申し上げるが、御当主の負けは明らかだ」

 

「なら構うまい? 何を賭ける? 財産、などとつまらぬ事を言ってくれるなよ」

 

 何か根拠があるらしい。

 これまでの講論から察するには十分すぎる。

 けれど、如何にこの博覧強記の老翁と言えど理非を捻じ曲げる魔法は持ちえまい。であればこれは余興である。葵樒なりのユーモアと思えば拒絶するのも忍びない。

 タンブラーに残されたシェリーを一息に飲み干す。

 

「何なりと。お望みのものを差し上げましょう」

 

 老翁の笑みがいよいよ蛇そのものとなった。

 

「言うたな。ならばそなたの娘御二人、当家の嫁に貰おう」

 

「御令孫もいらっしゃるのでしたか。ダフネから聞き及んでいます」

 

「如何にもその通り。儂が勝てば、まずはダフネ嬢から縁談の見合いを取り計らうが、構わんね?」

 

「二言はありません。冗句を冗句と解せぬほど野暮ではない」

 

 溜息とも苦笑ともつかぬ音が漏れた。

 同時に、樒は再び、今度は勢いよく立ち上がった。

 

「勝った。賭けに勝ったぞ。儂の勝ちだ」

 

 喜色満面。破顔する老翁の様にゴールドフィンはたじろぐ。

 

「勝ち? 何を仰るかと思えば。酒が過ぎましたな」

 

「否。あの透明マントは『本物』であるぞ。この儂が保証する」

 

「保証、ですと? 根拠がないでは負けを飲むわけにいかない」

 

「そう言うと思ってな。『製法』の書を……無論写しではあるが……そら。見るがいい」

 

 投げて寄こされた巻物(スクロール)を危うげな手つきで受け取る。

 荒っぽく封印の紐を解けば、丁寧な筆致によって魔法理論が記されていた。

 

()()()()の訳文である。誤りはない。それこそ当家が有する『透明マント』の製法だ、同盟の証に差し上げよう」

 

「これこそ冗句だ。()()()()()()()()の訳がどうだと言うのです、何故極東に『死の秘宝』が伝わって……」

 

「些かイカサマじみてはいるが……不可思議も過ぎれば生半には気づかぬものよな。看破しておれば賭けに乗らぬ選択もし得たものを」

 

 困惑を極めるゴールドフィンへ畳みかけるように樒は更なる証を示す。

 球形の節を六つ備えた、奇異なデザインの杖。一振りで冷や水をシェリーワインに変えた杖だ。

 

「『ニワトコの杖』だぞ? 木材はまさしく接骨木だ。心材は鯉の髭でな、うちの庭で飼っている」

 

「だから何だと言うのです。歴代いずれかのオリバンダーの作だ」

 

「否。この杖は儂しか作れぬ。薊には入学祝にやったし、近しい者への贈答品でもある」

 

 御息女ならば覚えがあるだろうて――孫娘である薊のみならずキザハシ教授も、同じ杖を持っている。

 樒はカタカタと笑い肩を揺らした。

 

「杖の贈呈は縁戚となった折にしよう。望むならばマントでも良いが、アレはちと手間でな。根気が要るのだが儂もトシなのだ……」

 

「もし。もし貴方が『死の秘宝』を創造出来るのなら、それはもしや……」

 

 幾つもの離別を味わった男は、眼前の奇蹟へ手を伸ばす。

 いずれも耐え難い痛みを伴う別れだった。未だ癒えぬ傷を、せめて痛みを和らげられるなら……その思いから『死者の蘇生』を発した。

 その願いは叶わない。樒は穏やかに微笑みながら告げる。

 

「石はやらぬ。いや、やれぬ。欠陥を克せぬので随分昔に手順書を捨ててしまってな……売り物にも贈答品にも使えんのでは仕方あるまい?」

 

 どこまでが真実でどこからが冗句なのやら定かでない。

 兎も角、現実と虚構の境界線が曖昧である。鏡に映った黄金を見せられたような気分だ。目にしている金塊は間違いなく虚像である。ならばと視線を移したところで、そこにあるべき黄金の山はどこにもない。悪辣な呪いに陥った気分すら覚える。

 心を散々に拐かされたゴールドフィンの視線の先には、ニコニコと機嫌よく笑む老翁の細面が居座る。東洋人の黒い黒い瞳。大きく開いた瞳孔は奥底へこちらの精神を引き摺り込もうとする。

 光すら逃さぬブラックホールが二つ。葵樒という老人の眼差しはどこまでも空虚で、底知れぬ深みを湛えていた。

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