蒼の彼方のフォーリズム EXTRA0   作:蒼崎れい

2 / 8
時間軸がガバッてたのでちょっと修正しました。
勢いで書くからこういうことになる……。


第1話:おねえちゃん、おれに飛び方教えてよ
Chapter 1


 いよいよ、待ちに待った日がやってきた。小学校から帰ってきた俺は靴を脱ぎ捨て、台所までダッシュする。なぜかって、そりゃ母さんと一緒に福留島のスカイスポーツ店に行くためだ。

「母さん!」

 台所へ駆け込んだけど、そこに母さんの姿はなかった。

「昌也、靴はちゃんと揃えなさいって、いつも言ってるでしょ? ほら、部屋にランドセル置いてきなさい。母さん、もう準備は出来てるから」

 と、リビングへ続くドアから母さんが顔を出す。言うことを聞かなくて、一緒に行ってくれないってなったら大変だ。ダッシュで玄関まで戻ると、ひっくり返っていた靴を綺麗に揃え部屋まで駆け上がる。いつもなら早く宿題をやりなさいと言われるところだけど、今日だけは違った。

 やっぱり夢じゃない、ようやく俺もあそこに行けるようになるんだ。それが嬉しくてたまらない。ランドセルを机の上に置くと、ゼフィリオンのファイルを持って一階へ急いだ。

 いつもよりおしゃれな服装なのがちょっと面白い。ファイルを落とさないようにカバンに入れてきなさいと言われたけど、絶対に落としたりするもんか。

 早く早くと急かす俺に根負けして、やれやれと呆れる母さんと一緒に家を出た。バスに揺られ、港から福留島行きの高速フェリーに乗り込む。こんなに時間が長いと感じるのは、今までで初めてかもしれない。

 待ちきれずに、家を出てからもう十回は見たそれをゼフィリオンのファイルから一枚のプリントを取り出す。『受取証』『MIZUKI』『飛燕』三つの文字列が俺の目と心の中で飛び跳ねている。

 父さんとフライングサーカスの地区大会を見た後、俺はどうしてもグラシュが欲しいと言ってせがんだ。すぐには無理だったけど、来年には誕生日がくるので年齢制限もどうにかなる。

 大会が終わったその足で連れて行ってもらったスカイスポーツ店は、まるで夢のような世界だった。空を飛ぶためのグラシュが、こんなにいっぱいあるなんて。

 でも、俺の欲しいグラシュはもう決まっている。目に焼き付いて離れない、あの選手と同じグラシュが欲しい。父さんから店員さんに頼んでもらって、グラシュの説明を色々としてくれた。

 地区大会で優勝した選手と同じグラシュが欲しい。そう言って案内された『MIZUKI』という日本メーカーの商品棚。その一番上に俺を魅了して止まなかった、あの選手の履いていたのと同じグラシュが、燦然(さんぜん)と輝いていた。

 でも、さすが優勝選手の履いているグラシュ。展示用でここにあるもの以外は、『MIZUKI』のグラシュはほとんど在庫を切らしているとのこと。全国的にも品薄で、次に入ってくるのはいつになるのかわからないのだという。

 がっくりと肩を落とる俺に、店員さんはある提案をしてくれた。それが『MIZUKI』のテストユーザーに登録するというものだった。もし正式にテストユーザーに登録されれば、『MIZUKI』からグラシュが送られてくる。もちろん、落選する可能性だってある、むしろそっちの方が大きかっただろう。もし受かったとしても、飛行データの提出義務があったりで大変なのは間違いない。

 でも俺にとって、何にも代えがたい朗報だった。さっそく父さんに頼んで、テストユーザーの登録書類を作ってもらった。ちなみにモデルはあの選手と同じものが良かったけど、あれはトップ選手じゃないと扱えないから絶対にこっちにしてくださいという店員さんの必死の説得で、ハイエンドモデルの『紅燕』ではなく、一般モデルの『飛燕』になった。

 それでも、同じシリーズのグラシュだと思うと胸の奥が熱くなる。だから、テストユーザーに受かったと通知を受けたときは、飛び上がるほど嬉しかった。これで誕生日がくれば、あのグラシュを履くことができる、空を飛ぶための翼が、自分のものになるんだ。

 この1年の間のことが、頭の中で何度も再生される。期待と待ち遠しさがぐちゃぐちゃになって、家では毎日グラシュとFCの話ばかりしていた。

『乗船中の皆様にご連絡します。当船は間もなく、福留島港に到着します。お荷物のお忘れ物のないよう、ご注意ください』

 もうすぐ到着を知らせるアナウンスが流れる。俺はグラシュの受取証をファイルに仕舞い席を立った。

「もう、昌也ったら。港につくまではもうちょっとかかるんだから、落ち着きなさい」

「だって、ずっと待ってたんだぜ! もう待ちきれないよ。あぁ~、早く着かないかなぁ」

 結局港につくまで、俺は立ったまま福留島を見続けていた。

 

 

 

 スカイスポーツのお店に到着した俺は、母さんを置いて一目散にレジまで突っ走った。

「日向昌也です! グラシュを受け取りに来ました!」

 ファイルから取り出した受取証を、バンッ! と台に叩きつけた。店員さんは、最初はびっくりしていたようだったけど、別の店員さんが近寄って耳打ちをすると、優しげにふっと笑って店の奥に消えていった。

「テストユーザーの認定、おめでとう。今だから言っちゃうけど、受かるだなんて全然思っていなかったからびっくりしたよ。やったな、ぼく?」

「うん! これもお兄ちゃんおかげだよ!」

 耳打ちしたのは、テストユーザーの登録を提案してくれた店員さんだった。俺のこと、覚えてくれてたみたい。なんかちょっと嬉しい。

「もう、昌也ったら。すいません、うちの息子が」

「いえいえ、元気があっていいですね。お子さんが欲しがってるモデル、まだ在庫確保している最中なんで、普通ならまだ手に入らないんですよ。テストユーザーに認定されて、本当に運が良かったです」

「あら、そうなんですか。よかったわね、昌也」

「早く早く! グラシュ早く履きたいよ!」

 すいません、いえいえかまいませんよと、母さんと店員さんが何度か言い合っていると、お店の裏に行っていた店員さんが両手に箱を抱えて出てきた。

「えっと、これですよね? 『MIZUKI』からテストユーザー向けに届いてた 『飛燕』です」

「そうそう、ありがと。ここはいいから、別のお客さんの対応をお願いね」

「わかりました、それでは」

 箱を渡すと、グラシュをとってきてくれた店員さんは軽く手を振って別の場所へと向かう。そして顔見知りの店員さんはカウンターから出てくると、中腰になって箱を俺に渡してくれた。

「はい、こちら『MIZUKI』の『飛燕』になります」

「やった! ありがとう!」

 テストユーザーの認定証が届いてから半年、あの日の予選大会から9ヶ月、ついにこのときがやってきたのだ。ずっしりとした箱の重さに、全身が総毛立った。

「じゃあ、早速試し履きだな。箱から出して履いてみて。色々と調整しないといけないから」

「はい、お願いします!」

 俺は早速箱のテープを剥がし、グラシュを取り出す。白を基調とし、わずかに緑がかったライトブルーの鋭角的なラインがかっこいいデザインだ。

 店員さんはグラシュのかかと部分を引っ張り上げると、そこに現れた端子と手元の端末をUSBケーブルに繋ぐ。一体何をしているんだろう?

「君、名前はなんていうんだっけ?」

「俺は昌也、日向昌也っていうんだ」

「昌也くんか。これはね、バランサーっていうのを調整しているんだ」

「バランサー?」

 店員さんの端末のモニターには色々な数値が現れると、色々な数値を目一杯まで上げていく。

「そう、バランサー。昌也くん、年齢制限が解除されたばかりってことは、まだ飛んだことはないんだよね?」

「うん、だから今日まで頑張って我慢してたんだもん」

「だから怪我をしないよう、グラシュの感度を落としているんだ。その方が、最初は飛びやすいからね。あと、お店の中で高く飛ばれたら頭も打っちゃうし……。よし、これでOKだ。履いてみて」

「うん」

 USBケーブルを抜き、引っ張り上げたかかとの底をもとに戻して店員さんはグラシュを俺に渡してくれた。俺はすぐに履いてきた靴を脱ぐと、グラシュに足を通す。ぴっちりとした長靴を履いているみたいで、足にぴったりフィットする。なんかこのガチャガチャした感じ、ゼフィリオンみたいでかっこいいかも……。

「ねぇねぇ、どう? 似合う?」

 俺はグラシュを履くと、母さんと店員さんの前で仁王立ちする。普通の靴と比べると、重くてちょっと違和感があるな。でも、だからこそやっとグラシュを手に入れたんだという実感が湧いてくる。

「あぁ、かっこいいぞ」

「なかなか素敵じゃないの。よかったわね、昌也」

 店員さんにも母さんにも褒められて、嬉しさが止まらない。思わずその場でくるくる回って、シャキーンとポーズまで決めてしまった。

「で、これってどうやったら飛べるの?」

「電源を入れて起動ワードを言えばいいんだけど、その前に基本姿勢を教えておかなきゃね」

「きほんしせい?」

 店員さんは靴の踵に触れて立ち上がると、両手と両足を大きく広げて大の字になった。

「これが基本姿勢。この状態が一番安定するんだ。まずは、浮くのに慣れるところからスタートだね」

「こう?」

 店員さんの姿勢に習って、俺も両手と両足を広げてみる。

「そうそう、そんな感じ。じゃあ、ちょっと飛んでみようか。踵のところに、スイッチがあるから、まずはそれを押してみて」

「えっとぉぉ、あ、これか」

 踵の部分をペタペタ触ってみると、丸いスイッチみたいなものの感触がある。それを押すと、ピコーンッと軽い音が鳴って靴の両側からラインと同じ色──わずかに緑がかったライトブルーをした光の羽がちょこんと横から現れた。

 それから、ブブブブブッと足元から振動が伝わってくる。背筋がぞくぞくするこの感じ、生まれて初めてだ。むず痒いけど、知らない世界に触れているんだという感触に、俺は感激していた。

「じゃあ、さっきのポーズになって、踵を少し浮かせて」

「はい!」

「そして、起動ワードを言うんだ。『FLY』」

「ふ、『FLY!』」

 店員さんに少し遅れて、俺の体もふわりと宙に浮かび上がる。体験したことのない浮遊感に、思わずのけぞりそうになった。

「落ち着いて、シューズの電源が入っている内は落ちることはないから。まずは背筋を真っすぐ伸ばして、基本姿勢」

「は、はいっ!」

 ほとんど反射的に直前に習った姿勢に戻す。始めは振り子みたいに揺れていた下半身も、3秒もすれば収まった。

「そうそう、いい感じだ」

「こ……これ、すごい、難しいっ!? ですね!」

 ちょっとでも足を閉じようとしたり、腕を下ろそうとするとバランスを崩してひっくり返ってしまいそうになる。ただ浮いているだけなのに、グラシュで飛ぶのってこんなに難しいんだ。

「感度を下げているとは言っても、やっぱり競技用のグラシュだからね。普通のグラシュと比べたら、やっぱり飛ぶのは難しいよ。それでどう? 初めて飛んでみた感想は」

「す、すっごい、ワクワクします!」

「そうかそれはよかった。解除キーも同じだからね。『FLY』」

 店員さんは解除キーを言って、ゆっくりと床に着地する。俺もそれに習って、解除キーを口にした。ふわふわとゆっくり降下を始め、両足が完全につくとそのまま尻もちをついてしまった。でもこんな状態で、本当にあの選手みたいに飛ぶことができるようになるのかな?

 そんな不安を読み取ってか、店員さんはポンポンと俺の頭を撫でてくれた。

「初めてならそんなもんさ。むしろ、上出来なくらいだよ。中には基本姿勢ができなくて、くるくる回っちゃうような人だっているんだ。だから、そんなに落ち込むことはない」

 それじゃ、靴を脱いでくれるかな、と店員さんに促される。バランサーの設定を終えたグラシュを箱にしまい、持ちやすいように梱包して袋に入れてくれた。

「グラシュの講習は、久奈島でも受けられる。そこでちゃんと飛べるようになれば、飛行可能区域では自由に飛べるようになるよ」

 店員さんは最後に案内の書かれたプリントを、ゼフィリオンのファイルに入れてくれた。正真正銘、これでこの『飛燕』は俺のものになったんだなぁ…………。

「グラシュのことや、FCのことで聞きたいことがあったら、また来るといい。いつでも相談にのるよ。もっとも、久奈島に住んでいるならその必要もないかもしれないけどね」

 久奈島にはこんな大きなスカイスポーツのお店はないから、そんなことはないと思うんだけどなぁ。ばいばーい! と大声で返事する俺に母さんは苦笑しながら、一緒に福留島のフェリー乗り場へと向かう。

 定員さんは俺と母さんの姿が見えなくなるまで、ずっと手を振っていてくれた。

 

 

 

 店員さんの言葉の意味を俺が知ることになるのは、もう少し先の話だ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。