蒼の彼方のフォーリズム EXTRA0   作:蒼崎れい

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Chapter 2

 福留島のスカイスポーツ店でグラシュを受け取ってから2週間、俺は小学校の授業が終わると友達の誘いもそっちのけで急いで家へ帰っていた。ただいまと言いながら部屋へ駆け上がると、ランドセルとグラシュの入ったバッグを持ち替えて行ってきますと家から飛び出す。

 向かうのは久奈島役場。そこで毎日1~2時間、グラシュの講習を受けているのだ。役場の人の都合もあるので、飛べる日もあれば座学しかない日もあったりする。でも、安全に空を飛ぶためにはグラシュのことを理解したり、空を飛ぶためのルールを学ぶことも大事なこと。学校の授業以上に、一生懸命になって講師をしてくれる人の話を聞いていた。

 ちなみに、昨日はようやく安定して浮けるようになったところだ。まだ50センチくらいだけど。でも、ようやく体が浮く感覚にも慣れてきし、今は大の字のポーズにならなくても安定して浮くことができる。なんなら、水平にちょっと移動するくらいなら全然余裕だ。

 今日はどうにか頼み倒して、もっと高いところまで飛べるように設定してもらうんだ。早く、あの日見た空まで飛んでいかなきゃいけないんだから。そうして意気込んで家に帰ると、知らない靴が玄関にあった。お客さんかなでも来てるのかな?

「ただいま~?」

 靴をそろえて上がると、ゆっくり廊下を歩いてリビングに顔を出す。

 予想通り、着崩したスーツ姿のおじさんがリビングでくつろいでいた。

「あ、昌也くん。久しぶりだね」

 知らない人ではなかった。それどころか、俺にも見覚えがある。父さんの同級生で、家にもよく遊びに来ているおじさんだ。今年もお年玉もらったんだから、忘れるはずがない。

「お久しぶりです。おじさん、こんな時間からなんで家にいるの?」

「あら昌也、おかえりなさい。おじさん、ちょっとお話があるそうだから、ランドセルを置いてきなさい」

 台所へ続くドアから、母さんがでてくる。お盆には四島名物の和菓子とほうじ茶が3人分載せられていた。俺はおじさんにお辞儀をすると、ランドセルを自分の部屋に置いてリビングへ戻ってきた。

 よくわからないけど、促されてソファーに座った俺は用意された和菓子に手を伸ばす。

「父さんがおじさんに色々頼んでくれてね。昌也にちょっとしたプレゼント? があるそうなのよ」

「プレゼント?」

「そう。ヒントは、おじさんのお仕事は久奈浜学院の先生」

「久奈浜学院の?」

 高校の先生がヒント? 高校に行くのなんてまだしばらく先なのに?

 父さんと母さんの意図がまだよくわからない。

「そんな意地悪しないで、教えてあげましょうよ」

 おじさんはコホンとわざとらしく咳払いすると、改めて俺の方に向き直った。

「私はね、昌也くん。今、久奈浜学院でFC部の顧問をしているんだ」

 まるで金槌で頭を打たれたかのような衝撃だった。久奈浜学院FC部、そこには俺が憧れて止まないあの人がいるのだから。

 各務葵選手、父さんに頼んで取り寄せてもらっているフライングサーカスの雑誌に、何度となく出てきた選手だ。仇州だけでなく、日本全国で名を轟かせる高校生最強の選手──スカイウォーカー。その人が所属している部の顧問の先生が、なんで家に来ているのだろう。全然話が見えてこない。

 え? もしかしてそういうことなの? でも、それは流石にないだろう。だってまだ、ちょっと浮くことができるようになったくらいなんだし。

「昌也くん、フライングサーカスにすごく興味があるんだってね。お父さんから聞いたよ」

「は、はい! この前、やっとグラシュを送ってもらって、今日もこれから練習に行こうとしていたところで」

「そうかそうか、それなら丁度いい」

 顧問の先生は和菓子を一口で食べてほうじ茶で流し込むと、立ち上がって含みのある笑いを浮かべた。

「すぐにグラシュを準備してくるといい。連れて行ってあげたい場所があるんだ」

「わ、わかりました」

 これはもしかして、もしかしたりするのではないか? 俺は期待に胸を膨らまさずにはいられなかった。

 

 

 

 顧問の先生の車の後部座席に乗って揺られることしばらく。山の影から大きな校舎が姿を現す。県立久奈浜学院高校。先生が務めている学校、そして各務葵選手が在籍している学校だ。

「ふふふ。どこに連れて行かれるか、わかってきたかな?」

「久奈浜の高校、ですよね?」

「あぁ、そこのFC部をちょっと案内してあげようと思ってね」

 自分でも顔がにやけてしまっているのがわかる。それと同時に心臓が痛いくらいに鼓動を始め、背中や手のひらからじっとりと汗が染み出してきた。

「もっとも、私自身はフライングサーカスの経験はなくてね。形だけ顧問をやらせてもらっている。だから、私にできるのはFC部に案内してあげるところまでだけなんだけど」

 山の(ふもと)までくると車は長い坂道を登り始める。会える、もうすぐ会える。憧れの各務葵選手に会える!

 予感はほぼ確信へと変わっていた。無意識の内にシューズバッグを抱く腕に力が入る。やばい、口の中が急に乾いてきた。嬉しさと同じくらい、相手にされなかった時の不安も大きくなる。坂道を登っている途中も先生が色々話しかけてくれたけど、全然耳に入ってこなかった。

 校門を通り、校舎の裏側へと車を停めるといよいよ運動場の方へ移動する。その途中、海の上の方に見覚えのあるものが浮かんでいた。

 4つのブイから伸びる光のライン、1辺の長さが300メートルある正方形のフィールド。フライングサーカスの舞台だ。この1年、雑誌の中で飽きるほど見てきたそれが、今目の前に浮かんでいる。

 海辺に行けば飛んでる人を見かけることはあるけど、小学校の通学路や家の近くは飛行規制がされている。なので、フライングサーカスを実際に見る機会というのはあまりない。

 あとそれに……。実際に飛んでるのを見ちゃうと、我慢できなくなっちゃいそうだったし。

「よう、白瀬。休憩中か? 各務は……見当たらないようだが?」

 先生はグランドの端に座り込んでいる体操服姿の男子生徒に先生が話しかけた。先生の影に隠れながら、俺もそっと男子生徒の足元に目を向ける。あれは、インベイドのオールラウンダー向けのハイエンドモデルの一つ、ティルヴィング。オールラウンダー向けではあるものの、スピーダーにも負けない速度も出せるモデルだ。

「あぁ、先生。葵なら、ちょっと飛んでくるって言って」

 と、白瀬と呼ばれた男子生徒はブイの方に視線を向ける。俺も誘われるように同じ方を向いた。

 あぁ、あれは……。あの一直線に伸びる力強いコントレイルは、間違いない。

「各務、葵さんだ……」

 各務葵さんのグラシュ、紅燕はオールラウンダー向けのものだけど、スタート直後からまるでスピーダーのような速度で飛び出した。いや、並のスピーダーでは置いてけぼりにされてしまうほどに速い。そこから下向きに緩やかな弧を描いたかと思えば、更に加速して上昇しながらブイをタッチ。そこからブイの反発も利用して次のブイに向かいながら上昇、そしてちょうどラインの真ん中まできたところで、次のブイに向かって一直線に降下する。

 すごい。スタートの時も速かったけど、ファーストブイにタッチする時にはもっと速く、セカンドブイにタッチする時にはもっともっと速くなっている。いったいどこまで速くなるんだろう。

 しかしそう思った次の瞬間には、一気に半分以下まで減速していた。いや、違う。減速なんてしていない。一直線に伸びていたコントレイルは、鋭角的な角度でジグザグの光跡に変わっていたのいだ。更に今度は上へ、その次は下へ。左右の動きに加えてほぼ垂直な上下の動きまで加わる。

 こんな動きができるようになったら、背中へのタッチだけでどれだけ得点が取れるだろう。去年見た秋の地区大会よりも更に磨きがかかっているのが、ついこの前グラシュを履き始めた俺にもわかった。

 憧れていた各務葵さんが、目の前で飛んでいる。言葉すらでてこない。俺はただただ空に、そして各務葵という選手に見とれていた。

「ん? 先生、その子は? 先生の子供……ってのはないですよね。確か独身だって言ってましたし」

「あぁ、この子か。ちょっと高校時代の友人に頼まれてね。白瀬、各務を呼んでくれないか?」

「えぇ、いいですよ」

 白瀬さんは脇に置いていたヘッドセットを取ると、マイクに向かって話しかける。

「葵、先生が呼んでるぞ」

 そして、俺の方に向かってにっこりと微笑んだ。

「たぶん、お前にお客さんだ」

 黄色いコントレイルは上昇しながら少しづつ減速し、そしてこちらに向かって緩やかに降下してきた。

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