世界には暗黒なる者たちが存在する。

人々は怯え震え逃げ惑うしかなかった。

だが、そんな人の中にも立ち向かうものがいる。

その者たちを人々はこう呼んだ。

――魔を断つ刃と


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人から魔を断つ刃の一人へと

 時間と空間、意識と無意識、外なる神々が世界を軋ませる(きしませる)ような音、人々の喜びに満ちた声、そのすべてが地平線に見えるような場所、あえて名付けるならば特異点と呼ばれるであろうその場所に、三つの存在がいた。

 

 一つは、人である。

 黒い髪の東洋人、顔立ちは整っており優しげな雰囲気もあるが、暗黒の知識を用いる魔術師である。

 

 一つは、魔導書である。

 今でこそ紫の髪をした少女の姿をしているが、その真の姿は世にも恐ろしい記述が記された世界最強の魔導書である。

 

 一つは、機械である。

 人が生み出した神の模造品でありながら、その力は強大の一言に尽きる機械神である。

 

 

 この三つの存在たちは、魔術師と魔導書と機械神という三位一体存在であった。

 その内の一つである魔導書が、何かに気づいたようだった。

 機械紳の動きを止め、その場に立ち尽くす。

 

「どうした?」

 

 突然の静止に、魔術師が魔導書に尋ねる。

 

「何か聞こえんか?」

 

「何か?」

 

「こう……我らを呼ぶような声が聞こえぬか?」

 

 魔導書の言葉に魔術師は耳を澄ます。

 

「……かすかだが、確かに俺たちを読んでいるみたいだな」

 

「どうする?」

 

 魔導書が魔術師に聞く。

 だが、魔術師は

 

「考える事か?」

 

 と、考えるそぶりすら見せずに笑いながら答える。

 その返答に満足した魔導書は、魔術師と共に機械紳を駆る。

 

 目指すは声が聞こえてくる場所、悲劇に立ち向かい、悪意ある理不尽に憤り、正しき怒りを感じるその場所へ、魔を断つ刃は動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体をじりじりと焼く暑い日差しが弱まり、青々とした木の葉が茶色となり枯れ落ちる冬の月。

 家でぬくぬくとコタツに埋もれていた一真に、姉である久美が喜んでいることがすぐにわかるような声色で一真に報告するように言った。

 

「彼氏ができました!」

 

「寝言は寝ていえ」

 

 一真は、姉の言葉を無慈悲にもその一言で切り捨てる。

 世間一般では、この対応は実の姉に対してあまりにもひどいと思うかもしれないが、姉のほうはたいして気にした様子もなくそのまま話し続ける。

 

「ほんとだってば! ほれ写真もあるよ」

 

 姉が携帯端末を操作し、保存してある画像を画面に映し出した。

 そこには姉と同い年ぐらいの青年が映し出さ手ている。

 ちらっと青年の姿を見ただけでも、その顔立ちが整っているということがよくわかる。

 

「盗撮は犯罪だぞ」

 

「誰が盗撮なんてするか! 一緒に撮ったのよ」

 

 そう言いながらぐいぐいと一真の目の前へと携帯端末を押し付ける、

 一真は姉の顔を掌で押し返すことで抵抗する。

 引き離された姉は少し興奮しながら明日の予定を話し出す。

 

「それで、今夜は彼の家で過ごすことになったのよ」

 

「それはまた手が早いことで、明日は赤飯でも炊いておけばいいのか?」

 

 一真が冗談交じりにそう言うと

 

「それはまだはやいっての!」

 

「痛ったぁ!?」

 

 顔を赤くした姉の手が一真の頭に飛んできたのだった。

 

「明日は頑張るわよ私!」

 

 そう言って、姉は明日のための準備をすると言って自身の部屋へと走っていった。

 その様子をいまだ痛む頭を押さえながら見守っていると、後ろから突然母親が現れた。

 

「あの子に思い人がねぇ」

 

「うわ、母さんいつの間に」

 

「母親に対してうわっとは何よ失礼な子だね。 でも、子供の頃から空手をやらせてたせいか男っぽくなってたから貰い手がいないんじゃないかと思ってたから母さん心配してだったからよかったわぁ……」

 

 母親は感慨深くそう言った。

 そして一真に振り向くと明るい声で言う。

 

「今夜はあの子のお祝いに豪勢に行くよ、楽しみにしてな!」

 

「まじ!?、姉ちゃん様様だな」

 

 一真は明日の夕飯を楽しみにしながら、姉の行く末を思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

――だが、次の日から姉の姿が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこ行ったんだよ姉ちゃんは……」

 

 姉が消えた次の日から数えて三日たった頃。

 一真は学校を終えた後、家に鞄は置いたが、着替えることなく学生服のままで姉を探し回っていた。

 両親の二人は警察へ失踪届を届けに行き、自身は己の足で探していた。

 自信も通っている高校から始まり、姉がよく遊びに行く駅前に近場の公園。

 姉の友人にも行方を聞きまわったりもしたが、姉は付き合うということになった青年のことをクラスメイトたちの誰にも話してなどいなかったようで誰も知らないようだった。

 あせる一真に思い浮かぶのは、不安そうにしていた母親と父親の顔、そして、もしかしたら何か大変なことに巻き込まれてしまったのではないかという嫌な予感だった。

 

「なんか手掛かりとかないのかよ……」

 

 一度探したところをもう一度探そうか、そう思っていた時だった。

 ポケットの中に入れていた携帯端末が震えた。

 一真は電源ボタンを押して画面を表示させる。 

 すると、画面に表示されたのは会話や連絡を取れるアプリに登録してあった姉のアカウントだった。

 

「これは……」

 

 表示されたアカウントをタッチしてメッセージを開く、するとそこには途中まで書かれたメッセージを画像が添付されていた。

 メッセージは短かったが、一目見ただけでどういう文章を打ち込もうとしたのか、すぐに察することができた。

 

「たすけてってやっぱり何かに巻き込まれたのか!?」

 

 添付された画像には、どこかの窓から外を撮ったのだろう。

 ガラス越しに木々は生えており、姉がいる場所はどうやらどこかの倉庫のようだった。

 

「どこかの倉庫に閉じ込められてるのか……? 

 

 さらに画像をじっくり見ていくと、切り開かれ埋め込まれたのだろう木のような外見をした棒状のコンクリートと土で作られた人工的な階段を発見した。

 周りには茶色の色をした枯れ葉が落ちている。

 

「山? それにここは倉庫か? でも近くの山といえば学校の裏にある浦山ぐらいだけど倉庫なんてあったか? だが行くしかないなこれは」

 

 一真は警察に行っている母親の携帯に姉のメッセージと画像を送り、自分は先に行ってくるというメッセージを添えて学校の裏にある山へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寒空の中額にうっすらと額に汗を垂らしながら裏山へと着いた一真は、まずは山の中へと入るために登山道を探した。

 一真が歩き回ると、登山道はあっさり見つかった。

 一度深く深呼吸をしてから、登山道を上っていく。

 地面に落ちている木の葉を踏みつぶしながら少し早足になりながら登っていき十分ほどたったあたりで頂上の広場へとたどり着いた。

 

「うーん……倉庫や小屋なんてないぞ……」

 

 道中、分かれ道などは存在してはいなかった。

 麓からここまでの道は一直線でつながっていた。

 

「下山しながら開けてる場所を探すしかないか……ん?」

 

 ふと、一真のもとへ思わず鳥肌が立つような冷気が吹きすさぶ。 

 

「さっむ!? なんだよ今の風は、て足跡?」

 

 風は一真を冷やすだけではなく、地面に落ちていた枯れ葉たちを吹き飛していた。

 落ち葉がなくなっている地面には少し消えかかっているが足跡のような跡が残っていた。

 足跡は広場の端へと向かって伸びているがその途中、不自然にも足跡が途切れていた。

 一真は不思議に思ったのか、足跡をたどって歩いていく。 すると、足跡が途切れた場所から前へと進むと突然小さな倉庫が現れた。

 

「なんだよこれ……」

 

 思わず叫んでしまいそうになるが、何とか堪える。

 人類の生み出す科学技術は完全な迷彩技術を生み出すまでに至ったのだろうか? 少なくとも一真はそんなものが生み出されているなど聞いたことがない。

 恐る恐る倉庫へと近づいていく。

 だが、一歩、また一歩と近づくにつれて背筋に凍るような感覚がどんどん強くなっていった。

 まるで、体が本能的にここに近づいてはいけないと警告をしている様だった。

 

「だけど」

 

 ここで止まるわけにはいかない。

 一真にとって姉は世界でたった一人の姉である。

 替えなんてものは存在しない。

 なんとしてでも助け出すのだと心に決意を漲らせ倉庫へと進む。

 倉庫にあった窓は中からカーテンか何かでふさがれており中を見ることはできなかったが、気持ちをそのままにドアの前に立った。

 

 

「すいませーん、だれかいませんかー?」

 

 ノックをしながら声をかける。

 だが、中からは何も聞こえてこなかった。

 

「いないのか……? あれ、でも空いてるみたいだ」

 

 ドアノブをひねってみれば、ドアは容易くその身を動かした。

 しかし、ドアを開けた一真を出迎えたもの姉ではなかった。

 

「なんだこの臭い!?」

 

 一真の鼻に、強烈な鉄の匂いと何かが腐ったようなにおいが襲う。

 恐る恐る中へと目を移せば倉庫の中は真っ赤に染まっていた。

 曲がるような鉄の匂いを考えればこの赤は血であると考えるのはそう難しくはなかった。

 中には一つの椅子と本が詰められた本棚、そして一番に目が行くのは椅子の横に置かれていた血の付いたは者たちだった。

 ノコギリに出刃包丁、はさみにカッターなど様々な刃物が血に濡れておかれていた。

 

「なんだこれ……ここで一体何が……?」

 

 一真の頭に、頭に恐ろしい考えが浮かぶ。

 それは、姉はここで殺され、どこかで処分されてしまったのではないか? という考えだった。

 

「そんなこと……」

 

 ない、などとしっかりした声で言うには不可能だった。

 

「とりあえずここから出て警察に……」

 

 一真が振り返り倉庫を出ていこうとしその時だった。

 開けっ放しにしていたドアからやってきた謎の存在から、大柄の男が衝突してきたような衝撃を受けた。

 

「うっ!?」

 

 思わず吹き飛ばされる一真。

 倉庫の中にあった本棚へと突っ込み、納めてあった様々な本と共に地面に倒れてしまった。

 

「釣れたのは男かぁ、女がよかったなぁ」

 

 一真が痛みに耐えながらドアから入ってきた存在を凝視する。

 入ってきた存在は一真と同じ学生服を着た青年だった。

 手には黒い鞄を持っている。

 そして、その人物を一真は見覚えがあった。

 

「あんた……姉ちゃんの……」

 

「姉ちゃん? もしかして九美の弟君かな?」

 

 青年が倉庫の中へと入り、ドアを閉める。

 そして、青年は笑いながらこう言った

 

「へぇ……なら、()()()()()()()()()?」

 

「はぁ?」

 

 青年の意味不明な物言いに一真は思わず間抜けな声でそう返答を返してしまった。

 

「あんた何を言ってるんだ……?」

 

「んー? わからない?」

 

 青年はニヤニヤと笑いながらそう返す。

 その表情はいやらしく歪み切っており、そのせいで一真には整った顔がとても醜く見える。

 一真の頭の中には信じたくもない考えが浮かんでしまうがそんなはずはないと思い込もうとする。

 だが、青年はそんな希望を打ち砕くかのように鞄からあるものを取り出した。

 

「これ、なーんだ?」

 

 青年が取り出したものは、黒々した血がこびりついた一つの携帯端末だった。

 そして、一真が見間違えていなければそれは姉が持っていた携帯端末だった。

 

「そ、れは……」

 

 地にまみれた携帯端末と、この場に存在する大量の血痕。

 そこで、一真は姉が殺されたのとだ理解した、理解してしまった。

 一真の瞳にはいつの間にか涙があふれていた。

 

「はっはっは、ひどい顔だねぇいったい誰がこんなことをやったのやら、あ、僕か ハハハ」

 

 青年は笑う、楽しそうに、たいそう愉快だと言わんばかりに笑う。

 しかし、涙を流し、悲しみながらも一真の脳内にはある疑問が生まれていた。

 

 ”殺された姉の死体はどこへ?”

 

 そして思い出す。

 最初に青年がいたことを、

 

『君もおいしいのかな?』

 

 その言葉を思い出した時、一真に恐怖が走った。

 それはつまり、この男が姉の死体を食らったということではないのか? という恐怖。

 背筋も凍る恐怖とはまさにこれのことを言っているのだと一真は本能的理解した。

 だが、それ以上に湧き上がる感情が一つあった。

 

「お前、まさか九美を食いやがったのか?」

 

「やっと気づいたの? 案外鈍いねぇ君」

 

 青年は鞄から一冊の本を取り出した。

 その本からは身の毛もよだつような闇の気配を生み出しており、空気が蝕まれているかのような錯覚を覚えた。

 そして、本のページを開きながらこう言った。

 

「この本はね、人間の死体をおいしく食べるための方法が載ってるんだよ」

 

 一真には信じがたいものだった。

 そんな身の毛もよだつようなものが書かれた書物などが存在しているということを、そしてそれ以上に、それを実行に移す者が目の前に存在しているなどということを。

 

「その中でもお姉さんは最高だったよ!やっぱり健康体の人間はいい!」

 

 興奮するように語る青年を見ながらゆっくりと青年は立ち上がる。

 手は血がにじむほどに握りしめられていた。

 

「てめぇええええええええ!」

 

 青年のもとへ一真は全力で疾走する。

 湧き上がる感情、それは”怒り”だ。

 こぶしを振り上げ、青年の顔へと向かって拳を突き出す。 だが、青年は避けようともせずにその拳を顔面で受け止めた。

 

「ぐわあああああ!?」

 

 痛みの声を上げたのは殴りかかった一真の方だった。

 青年の方は一ミリも動いてなどおらず、何かしたのか? といわんばかりの顔だ。

 なぜ? どうして? そのような思考が一真の中を駆け巡る中、律儀にも青年がその理由を答える。

 

「無駄だよ、僕の肉体はとうに人を越えている。 この屍食教典儀の力でねぇ!」

 

 青年は高々に本を掲げる。

 本から発せられる闇の気配は先ほどよりも強くなっており、青年を包んでいた。

 

「家の地下にあったこの本を見つけてから僕は生まれ変わったんだよ一真君、人間を超えるものマギウスにねぇ!」

 

 興奮した声で青年は言う。

 一真はそんな超常的な力が存在することに驚きを隠せない。

 そんなことを気にせず青年はいじけるように言う。

 

「でもこの本以外が使えなかったのはちょっとショックだったなぁ、お返しだよ」

 

「ぐっ!?」

 

 青年は一真に向けて拳を放ち、再び本棚へと叩きつけた。

 一真は動こうとするもs回ほどより強く殴られたせいで身動きが取れない、だがそんな一真に一冊の本が落ちてきた。

 それもまた、青年が持つ屍食教典儀ほどではないが闇の気配を放っている。

 

「さあて、君はどんな食べ方がおいしいのかな?」

 

 屍食教典儀のページを開きながら、青年は一真のもとへゆっくり歩きだす。

 その姿はまるで今晩のおかずを考える母親のようだった。

 

「畜生……」

 

 悔し気な声をこぼす。

 自分はもう何もできないのか、姉の仇さえ取れないのか、ここで無抵抗にいたぶられて死ぬのか、そのような思考が頭をめぐる。

 絶体絶命という状況だった。

 

「なにか……何かないのか」

 

 体を何とか動かそうとするが、なかなか思うようには動いてなどはくれなかった。

 

「なんでもいいんだ、あいつを何とかするために」

 

 青年の足は止まらない。

 変わらなないスピードでゆっくりと一真へと迫ってくる。

 

「こんな理不尽を……こんな外道を……このままになんてしては置けない。 神様でも邪神でもいい! 俺に力をくれ!」

 

 一真がそう叫んだ瞬間、頭に少女の声が響いた

 

【ならばその願い、妾達がかなえてやろう】

 

「え?」

 

 体に少しだが 力が注ぎ込まれるのを感じる。

 そして、導かれるように一真は一冊の本へと手を伸ばした。

 手に取られた本は皮で出来ており、一真には読めないが確かにタイトルの部分にはこう書かれていた。

 

 

 

――ネクロノミコンと。

 

 

 

 

「それは……僕が扱えなかった魔導書?」

 

 一真の体にさらに力が注がれる同時に、とある記憶も流れ込む。

 それは、永久不滅の御伽噺。

 それは、無限の螺旋で行われた英雄譚(魔を断つ刃)

 それは、邪悪を許さんとする正しき怒り。

 

 一真の体にみなぎるは、人々を守護する最も新しき旧神の力。

 流れ込む記憶は最弱にして最強の物を駆る三位遺体の者たちの闘いの記録。

 

 四肢に力を籠め立ち上がる。 手にした本を力強く掴む。強き目で青年を睨む。 その身に湧き上がる怒りを胸に、一真は拳を再び握りしめる。

 

 そして――

 

「ごは!?」

 

 青年の頭部を殴り飛ばした。

 

「なぜだ!? なぜ君がその本を扱える!?」

 

 痛みの驚きながら青年は叫ぶ。

 

「てめぇなんかのような奴が、この魔導書を使えるわけねぇだろうが!」

 

 一真は流れ込んだ記憶によってこの本の存在を理解した。

 記憶にあったオリジナルと比べればこの魔導書は大幅に劣化はしてはいるが、これは紛れもなく魔導書である。

 さらに心強い味方が今はついている。

 このような悪鬼外道に負けるなどあるはずがない、あってはならない

 

「ふざけるなぁ!? お前ごときが……僕に食われるだけの価値しかないお前らただの人間がぁ……僕に傷をつけていいとでも思っているのかよぉ!」

 

 青年はまるで泣きわめく子供のようだった。

 先ほどまでニヤニヤと笑っていた顔はどこかと消え去っていた。

 

「あkljcんぃわべいjlんbqkjんsbckjqlべhlふぃqびf!」

 

 そして青年は、屍食教典儀に記された暗黒の知識を紡ぎだす。

 それは人を人と思わない外道の知恵。人の尊厳を理不尽によって犯しつくす醜悪なる技術。

 紡がれる呪文にて、青年の体が崩れだす。

 整った顔立ちは見る影もなく、ブクブクと膨れ上がった肉体は生理的嫌悪感を抱かせる。

 二人のいた小さな倉庫を吐かしながら膨れ上がっていった青年は、身の毛もよだつ怪物へと姿を変えた。

 その大きさはおよそ三階建てのビルほどの巨大な存在になっていた

 この怪物を常人が見れば、その正気(SAN値)が瞬時に底をつくだろう。

 一真もネクロノミコンと流れ込んできた記憶を得ていなければ即座に廃人となっていただろう。

 

「dさhかhflwhkjcbksj」

 

 怪物が叫びながら巨大な肉塊のような腕で一真を振り下ろす。

 一真は魔力によって強化された肉体を持って何とか避ける。

 振り下ろされた地面は大きなクレーターを形成し、今の一真でもくらってしまえばふとたまりもないだろう。

 一真がどうなったのかなどもはや気にすることはないのか、怪物はゆっくりと山を下り始めた。

 一真は近くの木の後ろに隠れていた。

 

「こんな奴が下に降りていったら大変なことになるぞ!?」

 

【ふむ、屍食教典儀に飲まれたか】

 

「何か手はないのか!?」

 

【そうさな、素人に毛が生えた程度であるお主がアイオーンを召喚するということは不可能だろうな】

 

「アイオーンが何かは知らないが、俺じゃどうしようもないっていうのか!?」

 

【そうではない、汝に炎の魔銃の力を使わせてやてやろう】

 

 少女がそう言うと、魔導書のページが一真の体を包み込み姿を変えた。

 マギウススタイル、そう呼ばれる状態である。

 手には黒に紅のオートマチック拳銃が握られていた。

 

「なっなんだこれ!?」

 

【頬けている暇はないぞ、銃口を奴へと向け妾に続け! いあ いあ ふんぐるい……】

 

「くとぅぐあ ふぉおまるはうと」

 

 少女が魔導書に記された呪文を紡ぎだす。

 一真はそれに続くようにしながらも同じ呪文を紡ぐ。

 紡がれ志呪文はかの暗黒が住まう森を焼き尽くした神性の炎。

 生ける炎とも呼ばれる神の力を秘めた魔銃から放たれる太陽がごとし灼熱の弾丸。

 

「あhsdjかひぷほうcwhljkdcho」

 

 山を下りていた怪物がが高まっていく魔力に気づき振り返る。

 そして”それ”をやめさせるために、両の巨大な肉塊の腕を振り下ろす。

 ――だが、時はすでに遅し。

 

【「いあ クトゥグア!」】

 

 紡ぎ終わった呪文と同時に、太陽を思わせる怪物を超える強大な炎弾が弾丸が放たれた。

 その場は、冬の冷えた空気が夏の暑い空気へと変貌し、枯れ葉と木々は灰と化しながら怪物を焼き尽くす。

 

「ギャアアアアアアアアアアア!?」

 

 そして、怪物は跡形もなく消え去った。

 

「やった……のか?」

 

【ああ、汝の勝利だ】

 

 いつの間にか一真の体を元に戻っていた。

 その場には焦げた空気が漂っている。

 

【さて、これで妾の役目は終わりだな】

 

「……もう行くのか」

 

【ああ、待たせているものもいるからな】

 

 少女の声が小さくなっていく、どうやら一真とのつながりが切れていっているようだった。

 

「あんな奴が、まだこの世界に入るのか?」

 

 少女の声が消え去る前に、一真が少女に問いかける。

 少女は凛とした声で答える。

 

【おそらくな、妾達が対処しようにもこの世界は少しばかり脆いようでな強大すぎるのも困りものという物だ】

 

「そうか……」

 

 一真は一度深く深呼吸してから、少女へと己が考え告げる。

 

「なら、俺が何とかする」

 

【ほう?】

 

「あんな理不尽を、あんな外道を、そして九美みたいな存在がまたでないように俺が何とかする」

 

【次は妾たちは助けられぬかもしれないぞ? それでもやるというのか】

 

「ああ!」

 

 一真は力強くそう答えた。

 

【そうか、なら頼んだぞ、新たな魔を断つ刃よ!】

 

 少女は少し安心ようにそう言うと、一真との繋がりを切った。

 その場には魔導書を持つ一真だけが残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一真のいる世界の外側で、世界を包むように蠢く暗黒の塊の前に巨大な鉄の人型が浮いている。

 人型の中には一人の青年と少女がいた。

 少女は青年の前にある操縦席に座りながら目をつむっていった。

 

「終わったか?」

 

 青年が少女へと声をかける。

 目を開け少女が答える。

 

「ああ、この世界にも魔を断つ刃がいたようだ」

 

「そうか」

 

 青年がそう言うと同時に鉄の人型が動き出す。

 

「なら、先輩として頑張らなきゃな!」

 

「応とも!」

 

 鉄の人型の瞳、そして動力炉が稼働し始める。

 並行世界より汲み上げたエネルギーが全身へ走っていく。

 そして、鉄の人型のせに強大な五芒星、古き印と呼ばれる文様が浮かび上がる。

 

「光刺す世界に、汝ら暗黒住まう場所なし!」

 

 紡がれるは必滅の近接昇華呪法。

 頭上へと掲げられた手には無限熱量、悪鬼外道を打倒する希望の祈り。

 

「渇かず、餓えず、無に還れ!」

 

 討つは魔を断つ刃(デモンベイン)、滅びし者は外なる神々(エルダーゴット)

 

「レムリア・インパクト!」

 

 叩きつけられた無限熱量が暗黒を焼き尽くし少女の声が世界へと響き渡る。

 

「昇華!」

 

 世界を揺るがす強大な力によって巨大な暗黒は打ち破られた。

 ひとまずこの世界は安心だろう。

 

 最も新しき三位一体の旧神は次なる戦いの場へと向かっていった。

 

 

 

 

――魔を断つ刃は未だ折れず。 邪悪を追ってそれを討つ、外なる神々(アウターゴット)が人類を脅かすことが終わるその日まで。

 


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