理由は、もう一つの作品で言っていた通りです。その割には進まないのよね……まぁ諦めましょう。
では、どうぞ。
「————てくだ————、ヴィル————」
「んあァァ?」
ヴィルヘルム・エーレンブルグは自分を呼ぶ声で意識を呼び覚まされる。自分の体が何かに圧迫されていることもそれに拍車をかけている。
「起きてください、ヴィルヘルム」
さらに自身を呼ぶ声でヴィルヘルムは少しづつ目を開く。
視界の先には、一人の白い少女が、ヴィルヘルムの腹の上に跨っており、ヴィルヘルムの顔を覗き込んでいた。
「おはようございます、ヴィルヘルム」
「あぁ」
微笑んで挨拶をしてくる彼女に、そっけない返事を返すヴィルヘルム。
しかし、少女はそんなヴィルヘルムの態度が気に入らないのか、「私、不機嫌です」と言いたげに頬を膨らませている。
「もう、どうしてそんなにそっけない挨拶をするんですか!朝の挨拶は大切なんですよ!」
「別にいいだろォが。そんなとこまでテメェにとやかく言われる必要はねェだろォがッ!」
「はぁ……どうしてヴィルヘルムはこんな子に育ってしまったのでしょう……」
「おいこらテメェ!勝手に俺の母親面してんじゃねェよッ!!」
「どうしたらいいのでしょうか……はっ、これなら……」
「話聞けやゴラァッ————ッ!?」
喚くヴィルヘルムの両頬に手を添えて逃げられないようにすると、少女はヴィルヘルムの唇に自分の唇を重ねた。
「んっ……ちゅっ、くちゅっ……」
それも口内に舌を侵入させる深い方だった。
「んううッ!んんっ!」
突然のことに驚いたヴィルヘルムは、抵抗すら忘れており、なすがままになっている。
舌を入れた深いキスは、互いに息が続かなくなったことで中断される。
ちゅぱっと音を立てて二人の唇が離れる。離れた唇の間には銀色の橋が架かり、艶めかしさが漂う。
お互いにキスによる余韻で少しの間、ボーッとする。
先に戻ってきたのは、ヴィルヘルムの方だった。
「なっ、テメェ、今何しやがったァ!!?」
「ふふっ、やっぱり言うことを聞かないヴィルヘルムにはこういうのが一番ですね」
ヴィルヘルムは怒りを露わにして目の前の少女を睨むが、彼女は微笑むだけで、どこも応えた様子はなかった。
「チッ……」
そんな少女には何を言っても意味がないと思ったのか、ヴィルヘルムは彼女のわきの下に手を入れると、ひょいと持ち上げ、自分の隣に転がす。
何が起きたのか分からずにポカーンとしている少女をベッドの上に放置して、ベッドから出たヴィルヘルムは朝食を作るために部屋を出ていく。
「ちょっとヴィルヘルム!ひどいですよぉ!」
我に返った少女は文句を言いながらヴィルヘルムの後を追いかける。
少女の名前はクラウディア・イェルザレム。
現在、ヴィルヘルムが生活している家に同居している少女である。
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「……遅いッ!!」
ここはアルザーノ帝国魔術学院。その東館校舎二階の最奥、魔術学士二年次生二組の教室。木製の長机が半円状に黒板と教壇を囲っている場所の最前列に座る彼女————システィーナ=フィーベル————は苛立ちを隠そうともせずに叫んだ。
「どういうことなのよ!もうとっくに授業の開始時間を過ぎてるじゃない!?」
「確かにちょっと変だよね……」
システィーナの一つ隣の席に腰かける少女、ルミア=ティンジェルも首をかしげる。そして、隣の席に座る男子生徒に声を掛ける。
「ねぇ、アラン君も不思議に思わない?」
「まぁ確かに不思議だなァ。授業受けなくても点取れる俺からしたら関係ねェんだけどなァ」
アランと呼ばれた生徒は、あろうことか、机に両足を組んだ状態で載せ、偉そうにふんぞり返っていた。さすがのルミアも、この姿には苦笑いを隠せなかった。
一から七まである魔術師の位階、その最高位である第七階梯に至った大陸屈指の魔術師であるセリカ=アルフォネアから、行方不明になった前担任の後任の講師が今日やってくることを告げられてから早くも一時間が過ぎた。最高峰の魔術師が、その講師のことを優秀だと言って退室していったのが既に一時間以上前の話だ。彼女は、新しい講師について、「優秀な奴だよ」と言っていたが、こうなるとなかなか信じられなくなってしまう。
「まったく、この学院の講師として就任初日からこんな大遅刻なんていい度胸だわ。これは生徒を代表して一言言ってあげないといけないわね……」
そう言って意気込むシスティーナに、アラン=アストレアは、「何でお前が生徒代表を自負するんだ、テメェが意気込む必要はねェんだよなァ」と思ったが、言ったらめんどくさいことになるだろうし、巻き込まれるのも嫌なので、寝ることを決めたその時だった。
「あー、悪ぃ悪ぃ、遅れたわー」
がちゃ、と教室前方の扉を開けて、噂の非常勤講師と思われる男が入ってきた。
彼の声が教室に響いた途端、寝るつもりだったアランの意識は強制的に叩き起こされた。なぜなら、新任講師の声と顔を、彼はよく知っているからだ。
そして、彼に見覚えがあるのは、アランだけではなかった。
隣で驚きのあまり呆然としているルミアとシスティーナの二人だ。特に、システィーナは嫌な記憶でもあるのか、指を指したまま、「あ、ああ、あああ————」とどもりまくっている。
「…………違います。人違いです」
システィーナに指をさされている青年————グレン=レーダスは、抜け抜けとそんなことを言い放って、無視する態勢に入った。
「人違いなわけないでしょ!?貴方みたいな男がそういてたまるものですかっ!」
「こらこら、お嬢さん。人に指をさしちゃいけないってご両親に習わなかったのかい?」
システィーナとグレンの言い合いを聞いている教室内の生徒たちは、ざわめき始める。
しかし、グレンは生徒たちの反応などなんのその。無視して教卓に立ち、黒板にチョークで名前を書く。
「えー、グレン=レーダスです。本日から約一か月間、生徒諸君の勉学の手伝いをさせていただくつもりです。一生懸命頑張りま…………」
グレンがノロノロと自己紹介をしていると、苛立ちを隠そうともせずにシスティーナが冷ややかに言い放つ。隣の席のルミアは、そんなシスティーナを宥めようとしているが、かけるべき言葉が分からず、オロオロとしていた。
アランはと言うと、グレンの唐突の登場に驚いてはいたが、表情には出さず、事の成り行きを見ているだけである。
システィーナの言い分を聞いたグレンは、先ほどまでの取り繕った口調を止め、素を出し始めた。
「よし、さっそく始めるぞ……一限目は魔術基礎理論Ⅱだったな……あふ」
あくびを噛み殺しながらグレンがチョークを手に取り、黒板の前に立つ。
途端に、教室内の生徒が気を引き締める。第一印象こそ最悪だったが、大陸屈指の第七階梯の魔術師であるセリカ=アルフォネアに『優秀』と言わせるほどなのだ。期待しないわけがない。
そんな中で、唯一アランだけは、グレンの行動に期待などしていなかった。
それなりの間、共に任務をこなしてきたのだ。彼の考えも知っているし、これから取るであろう行動も予測はできる。否定もしない。だから、アランは両手を頭の後ろで組み、頭を預けて眠りについた。
故に、この後、教室で起きたあまりにもひどい講義を知ることはなかった。
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「オイこら起きろ、居眠り学生」
頭の上から声を掛けられたアランは、頭を上げる。しかし、その表情は、寝起きの顔ではなかった。
「んだよ、グレン」
アランの機嫌は相当悪い。安眠の邪魔をされたのだからそうだろう。だが、それが今回は裏目に出ていた。
「おいおい、仮にも講師である俺に向かって呼び捨ては無いだろう。ちゃんと先生を付けろ、この不良学生」
今のアランはグレンの同僚であったヴィルヘルムではないのだ。咎められて当然である。
自分に非があることを悟ったアランは、素直に謝罪する。
「すみませんでした、以後気を付ける…ます」
ただ、昔の感覚はすぐにぬぐえず、付け足す感じになってしまったが。
それでも、グレンは満足したようで、気を付けろよ、とだけ言って教室を後にする。
次の授業は、錬金術実験である。
アラン達生徒が着ている学院の制服には、身体回りの気温・湿度の調節を行う魔術————黒魔【エア・コンディショニング】が永続付与されており、一年中を通して着ることができる。
しかし、錬金術の実験では、生徒自身の手で魔法素材を加工し、器具を使って触媒や試薬を取り扱う授業だ。内容次第では、制服が汚れたり、薬品の臭いが移ることもあるため、生徒たちは更衣室で実験用のフード付きローブに着替えなければならない。
だが、アラン————正確にはヴィルヘルムだが————は、黒魔【セルフ・イリュージョン】という魔術を使って姿を変えている。
なぜなら、帝国宮廷魔導士団に所属していたヴィルヘルム・エーレンブルグは、一年ほど前に起きたとある事件で、殉職したことになっているからだ。実際は、彼が生きているのを知っている人間は、まったくいない。当時の上司や同僚、後輩も、誰もそのことを知らない。
ヴィルヘルムが、ある理由でこの学院に入学するためには、本来の姿ではバレてしまうからだ。
グレンはかつての同僚だが、どこから情報が洩れるか分からない以上、簡単に正体を明かすわけにはいかないのだ。
そんなわけで、ヴィルヘルムは着替える際、更衣室に行くのではなく、教室に残るのだ。【セルフ・イリュージョン】は、光を操作して外見を見せかけているだけなので、自分のイメージ一つで、姿を変えられる。実験用のローブを想起すれば、すぐに着替えられる。
アランの容姿は、ヴィルヘルムほどではないにせよ、それなりに荒々しいため、クラスの男子生徒から声を掛けられることも無いので、安心して教室にいられる。
つまり、ヴィルヘルムは学院内にいる間、常に魔術を使っているということだ。
常に魔術を使うのは、ものすごい速さで魔力を消費する。魔力は、常に消費し続けると、マナ欠乏症に陥る。マナ欠乏症とは、体内の魔力を極端に消費した際に起こるショック症状のことを指す。マナとは、生命力のことを指し、魔術を使って急激に消耗すれば、命に関わるのは当然だ。魔術とは、自身の命を使う諸刃の剣なのだ。
しかし、ヴィルヘルムは学院にいる間、常に【セルフ・イリュージョン】を使っているが、マナ欠乏症になったことはない。それは、彼の体質に関することなのだが、今は割愛する。
黒魔【セルフ・イリュージョン】に魔力を少し追加し、学院の制服を実験用のローブへと変える。
「「「「この————ヘンタイ————————っ!」」」」
準備の整ったヴィルヘルムが、実験室に向かうために教室の扉を開けた途端、廊下の先から女子生徒たちの悲鳴が聞こえてきた。中には、聞き覚えのある声が混じっていたため、おそらく同じクラスだろう。大方、男子更衣室と女子更衣室を間違え、タコ殴りにされたのだろう。
殴られたのは誰かと考えると、よく知る同僚の顔しか浮かんでこなかったヴィルヘルムは、考えることを止めた。何年か前に、男子更衣室と女子更衣室の場所が入れ替わったはずだ。そのことを知らなかったグレンが着替えている最中の乙女の園に侵入→発見→タコ殴りと言ったところだろう。
どれだけ制裁を加えられたかは分からないが、女性の着替えを覗いたとき、後が怖いことは必然だ。そのことを、身をもって知っているヴィルヘルムは、心の中でグレンに合掌すると共に、今日の錬金術実験の講義は中止になると考え、早めに食堂へと足を向けた。
事実、次の錬金術実験の講義は、担当講師が人事不祥になったため、中止だった。
読了ありがとうございます。まず初めに謝辞から……遅れてしまって本当にすみませんでした!次は早く書きあがるように頑張ります!まぁ夏休みですしね。
遅くても一か月のうちには出します。気長に待っていてください。
感想や、指摘などをもらえたら、やる気が出て早く書きあがるかもしれません。私のもう一つの作品、「ありふれた世界で一方通行」にも、感想など送ってください。待ってます。
では、次話でお会いしましょう