どうも!
モブキャラの容姿を考える時間が無駄だと分かっていても、やめられない止まらない、かかぽまめです。
それは愛、なら仕方がないのです。
似たような顔になるのも致し方なし。
ゆったりと食卓を囲むのは一仕事終えてから。
クロは単身、ヒルダとトロヤの待つ奥の部屋とやらに向かうのでした。
では、はじまります!
ヒタ……ヒタ…………
「うーん……うん。うんう……うんー?」
洞穴内にウンウンと響く不規則な唸り声は……私の声か。
その一拍一拍に小さな意味合いを持ち、最低限の発声で複雑な感情を表現していた。
疑問、納得、同調……出来るかと思ったら理解不能な対象に眉をひそめる。
首はトロンボーンのように、もしくはアンプの
(なんだかなぁ、首のネジが緩んじゃいそうだよ)
さっきまでお邪魔していた食卓のある部屋は扉も無く、岩肌こそむき出しのままであったものの、テーブルや椅子、食器類の入った棚や内容物の不明なタンスに統一感があった。
(まあ、華美な装飾品とか歴史的価値のありそうな小道具なんかの、誰かさんの持ち込み品が違和感を素敵に演出していたんですけど)
比べてこの通路、てっきり直進すればいいだけだと思って踏み込んだ私は……そう、博物館を見学する観光客のように、興味を惹かれた小部屋を逐一覗いてしまっている。
だって気になるでしょ?入り口の両脇にダンシングサンタが飾ってある部屋なんて、見たくなるでしょう?
その正面には狛犬と唐獅子が阿吽の呼吸で、サンタの腰振りダンスを必死の形相で威嚇してるし、統一性が無さすぎる。
残念ながら内装はどこも似たような感じだったから、現在は流し見状態でチラチラ。
しかし、次の部屋は違った。
その感想が――
「うんうん!うん……うん!?」
――この反応。
さて問題です、部屋には何があったでしょうか?
チッチッチッチッチッ…………
――――――――
正解は…………木彫りの熊と小さなねぶたが睨みあっている、でしたー。
はい、正解者は挙手ー。はい、おめでとー。
小部屋では、毛並みの細部まで再現した精巧な木彫りの熊と、竹に和紙を張り付けて作られた小さなねぶた灯篭の征夷大将軍が睨みあっていて、まさに観光向けで良い闘争の雰囲気。
でも待てよ?あの熊、額に白くて小さい角が生えてるね、何かの風刺だろうか。
そして、
てっきり熊に対して向けられていたと思っていた漆塗りの黒刀は木製、それが熊の左前足で器用に握られ、さまになった構図で将軍に切っ先を合わせられている。
黄色の和紙で作られた弓を引いた将軍は勇ましく立ち向かっているが、よくよく見るとあちこちが痛んでいて、偶然なのか意向なのか追い詰められた状況をつぶさに表現しているようだった。
(この部屋……すごく、胸騒ぎがする……)
天井からぶら下がる緋いLEDライトとそれを見上げる般若のお面を被ったヒトや動物の人形、太陽と三日月の模型が載せられた天秤は月の側へと傾き、彩のある孔雀の羽根があちこちに刺され壁に掛けられた海図?は……どこの物だろう、少なくとも日本近海や地中海では無さそうである。
青い門に巻付いた斑点模様の緑蛇にも、翡翠の眼を持つ白蛇にも統一感がない。
それなのに意味を探ろうとしてしまうのは、この部屋に満ちた日本を思わせる懐郷の念だろう。
「そこにいるの、クロ?」
「!」
どこかの遊牧民族を映した写真の子供と目があった時、小部屋の外、通路の元来ていた方向からトロヤの声が聞こえた。
追い付かれたのか。いつの間にやら室内に足を進めてしまっていたらしい。
何となく、本当に何となく背中を見せるのが怖くて、後ろ向きで退室する。
いやいや、私、幼い子供じゃないんで、あんなんにビビってなんかないですよ?ほんとほんと。クロ、嘘つかない。
「あらまあ、そんなところに。だめじゃない、勝手に人の部屋に入ったら」
身体が完全に退室したところで見つかった。
声の主は言うまでもない、目が痛くなりそうなほど黄色の色素が強い金髪を輝かせた吸血鬼の姉の方だ。従姉らしいけど。
咎めるような口調も、そのワクワクを隠しきれてない笑顔じゃあ効果は半減ですよ。羽パタ禁止!
なにさ、興味津々な子供を見守る親みたいな顔しちゃって。それとも私はペット扱いですかね?
「美術館に不法侵入した人には言われたくないセリフですね」
「仕方ないじゃない、銀分が不足していたんだもの」
鉄分みたいに言うな。
カナとメーヤさんが追い払わなかったら、館内の銀という銀を食い尽くすつもりだっただろ。
悪びれもしないその態度は問題ありだが、別の問題の方が重要だ。
あれから私には聞きたいことが山ほど出来たよ。過去から未来まで、トロヤが知っているであろうことが。
「トロヤさんの秘密好きは十分です。そろそろ教え――」
「待って」
「――?」
はいはい、彼女がマイペースなのは分かってる。
あのヒルダですらこの気紛れに振り回されてたんだ。私は抵抗の意思を見せませんよ。
自分より強いと畏怖の感情に流されるのではなく、自由奔放に振る舞う彼女が魅力的なのだ。だから、振り回されて嫌な気がしない。
潜在的なものもあるだろうけど、理子はトロヤのこういう所が似たんだな、きっと。
待ったを掛けられ、お手みたいな形で差し出された右手を取るべきか迷う。
どっち?
待てなの?お手なの?
(……まあ、減るもんじゃないしね)
はいはい、お手っと――ぅッ!?
ギュウゥゥ…………――
全く予想していない行動だったから、今度は意思と関係なく無抵抗に捕まった。
差し出された右手に触れようかという距離で、彼女の白無垢のような右腕が体ごとランジの要領で私の背中に回されると、行き場を失った私の右手は掌の下に潜り込んだトロヤの頭にポンッと自然に乗ってしまった。
(――反応も出来なかった。ちくしょう、スイッチが入ってないからって好き放題に……)
イヅナを好き放題に弄んだ因果か、ガッチリとしがみついたトロヤが頭をすり寄せて来るのに合わせて、良い匂いが凝縮された少しだけ癖のある髪を無理矢理に撫でさせられる。
驚き固まっている内に左腕も軽く背中を掴んでるし。
プライドもあったもんじゃないな。
悪魔の様な吸血鬼がどこの回路をどうショートしたんだか、べったべたの仔犬モードで甘えまくりだよ。
その
「あなたをローマで見付けてから、ずっと、こうしたかった」
「あの、トロヤ……さん?」
「呼び捨てでいいのよ?男勝りで粗野な話し方でも、懐かしくて……嬉しくて、もう怒れないわ」
やはり、フランスで出会った時には私の事を既に知っていたってわけか、初めから殺す気は無かったと。
(それでも銀が不足して不安定な彼女なら、殺されかねなかったんだけどね。運が良かったよ)
自発的に動き出した私の右手が彼女の髪をぎこちなく梳いていく。
芯の通った金色の糸を撥く様子は、怪盗団改め観光団に興味もないまま連れていかれた竪琴の演奏会を思い出させた。
入場して来たのは5人の男女。
三毛猫を連れた小っちゃい子供の様な妖しい雰囲気のリーダーは、ペット連れ込みの許可をよく取れたものだ。
年齢は私と同じくらいだったのかな?その年で世界を渡るんだもん、大した実力だよ。
ハープが配備された会場へ和服で登場したのに最初は戸惑ったけど、
服装への疑問なんてとっくに忘れて、危うく魅了されてしまうところだった。
――今でも思い出せちゃうのって、手遅れかも。
有名な日本人の演奏者が帰国していたから見学したらしいけども、信じられないよね。絶対そいつらのリーダーとコンタクトを取る為の方便だろう。
手馴れた感じでバックヤードにお邪魔して注目を浴び、超高級料亭の個室に連れ込まれて目玉の飛び出そうなお値段のお吸い物に胃を痛めた挙句、持っているだけで寿命が縮みそうな菓子包みを渡されそうになったのでそれはお断りした。
(グループ名は何だったっけ?かわ……かわ……賽の河原?三途の川?思い出せないぞ――ぉあだだだだぁッ!?)
意識を他に向けている事に気付いたのか、気を引こうとした躾のなっていないワンコに脇腹をつねられた。冗談抜きでうっ血しそうな程、かなり強めに。
(大丈夫だから!あなただけを見てるからぁっ!)
「"おかえりなさい、金星。あなたが死ぬなんて、私でなくても信じなかったわよ、嘘つきさん"」
暇をしていた左手が脇腹をさするという仕事に取り掛かりると、彼女の機嫌はコロリと一転し、現実に戻ってきた私を再びその汚れなき両腕で捕まえた。
その名を呼んだ彼女の期待する返事は分かってる。伝わっている。
「"……"死にましたよ、彼女は。どこにも、いません、オリヴァから聞いたでしょう?」
日本語で、「おかえり」なんて……卑怯だ。
「ただいま」って言いたくなっちゃうじゃないか。
なんとか踏み止まって誤魔化しの返事を返す。
トロヤの翼が深く沈んで、胸に耐えがたい痛みが走った。たぶん、トロヤが感じているものと同じ苦しみ。
腰が折り曲げられ、丸くなった背筋。
彼女との身長差がより顕著になり、感慨に耽る。
(……背、伸びたんだなぁ、私)
時の流れを実感した。
見下ろしているのだ、5年前には鬱陶しいくらいに撫で回してきた仲間を。
5年の歳月は、怪盗団の崩壊と共に人間関係をがらりと変えてしまっていた。
リンマの他に会ったことも無いメンバーがいるようだし、その形を取り戻す時は来るのだろうか。
(少なくとも私は……戻らない。理子の願いを叶えたから)
再会したら、タスケテコールが増えてたけどね。
そっちは多少の無茶をしてでも解決してやるよ。
だからこれは、身勝手な気休め。
騙すみたいで悪いけど、本心だから――
「ですが、私からも伝言があります。彼女は言いました」
――ごめんね、
「"ただいま"って」
――金星なんて人間、存在しないのにね。
胸の痛みが和らぐ。
何よりも安上がりで効果があり、重い副作用を持つ枷。
鎮痛剤となった言葉は彼女の翼を軽やかに浮かせ、私の心へと深く深く溶け込んでいった。
「……言わせたようなものね、ごめんなさい。その名前で呼ばないから……だから、もう少しだけ甘えさせて?」
「もう少しだけですよ?あなたとヒルダが待ってるんですから」
「ええ」
寄り道三昧だった自分の事は棚に上げて、物理的にも上から目線の許可を出す。
私よりずっと年上の少女は、それに素直に頷いた。
でも、しばらくは離れてくれそうに、ないね。
もう少しなんて曖昧な言葉だったから、時間切れもない。
上等だよ、私も嘘つきだから……別に、離れたいわけじゃないですし。
―――――――――――――――――――――――――
「"なぁ~う、酷い目に遭ったナー"」
「"全員生存、それが一番"」
「"襲われたのがあっしじゃなくて良かったー。思金のタッグなんてどうにもなんないよ!"」
「"戦乱を招きかねない話とはいえ、どっちも幼かったナー……イヅが負けた方が、予想外だったナー"」
「"ごめん、ちーは……安心してる。イヅは焦り過ぎた"」
「"ちーちゃんの言うとーり!一気に取り込み過ぎだったよ、箱庭から一睡も出来てなかったし。毎晩呻くもんだからこっちもうなされちゃうって!"」
「"何度も寿命を迎えてると、急くものなのかもナー"」
「"不明。人の思いに、敏感になってるだけかも"」
「……ヒナさん」
「
「それは師の言葉がありましてですね……『同士を、何よりも……」
「尊ぶが良い』、にござるな。某、その言葉は……えと、
「モンストロッ!日本の妖怪ですかっ!?」
「否!そうではなく、"タコ…タコとは……何と?"」
「ジェスチャーですか?こめかみを指差してクルクルと……」
「"タコ……腫れ、皮膚の硬質化……ツノ"。うむ、
「ディアボロッ!西洋の悪魔でしたか!?」
「否々っ!そういう意味でもなく……」
「後ろの奴ら、うっさい。"イチナ、お前が黙らせろ。じゃないと車から降ろす"」
「"すまぬな……ちょっとだけね、記憶が……混在しておっての"」
「はぁあ?"どゆーことなの"」
「"わんつっこばり……あたしをほっといてちょーだい……"」
「"眠いなら言え"……ったく、勝手に挑んで勝手に負けた。はじめっから同盟なんてもんに期待とかしてなかったけど、ウチ達まで甘く見られる」
「すまぬー」
「トップが軽々しく謝るな、情けない。次会った時に
「ごめーん」
「降りろ降りろー。ウチが送るのはここまで、残りは歩くなりトラムなり好きにしろ」
「腹が空いたナー」
「な、なんだ。わざとらしく英語で……」
「なんだか、外から甘い良い匂いがするね、イヅ!」
「や、やめろよ?怪物の来店は不運を呼ぶ、これ以上バイト先に迷惑掛けられない」
「バイト。あなた、この辺りで、働いてる?」
「ん?あ、ここチュラちゃん行きつけのパン屋じゃん。クロちゃんも新作のパンを買いに来たって言ってた!」
「……クロ?あいつ、来てたか?見てない」
「ここが職場、認めた様なもの」
「チュラちゃんとオムレツのタルト買いに来たんだってさ。自慢されたんだよ!チュラちゃんが買ってくれたんだーって!」
「お前、性格変わった?」
「ううん」
「そうか。確かにチュラって奴は来てた。けど、あの命知らずは一緒じゃなくて、男と一緒だった」
「男?」
「東洋の非一般人。日本語を話してて、ウチを怪しんでたけど弱そう」
「誰だろ?陽菜ちゃんかフィオナちゃん知ってる?」
「チュラさんのクラスメイトとか……ヒナさん、何か分かりませんか?」
「下級生に日本人の男子生徒はおらぬでござるが、中国系イタリア人の生徒が1名。女子であればタイより移民も」
「……ほんとーに日本人だった?」
「日本語を話してただけ。それ以上は言ってない」
「ぽ?黒思主が持ち主以外と仲良くする事ってあるの?」
「無くはないナー。思金同士も惹き合うものだからナー」
「体験談」
「ぽぽぽっ!そうだった!ぽふふぃっ、大変だったねー」
「……ムカっ腹が立つナー。お前さんも川に蹴り落としてやるナー」
―――――――――――――――――――――――――
……気まずい。
立ち直ったトロヤは何事も無かったかのように平然と歩いて行くが、もしや泣いた吸血鬼を想像したのは私の勘違い?
気になる部屋があっても制止の声を掛けられないし、追い付いてしまうのを避けたくて歩幅を意識して歩いてしまう。
……よし、素数を数えよう。
(2、3――)
「理子の事について、あなたには話さなければならないわね」
(――4、5、6……なんで話し掛けるんですか。歩幅意識しすぎて歩数数えてたし)
「……今ですか?ヒルダの状態の方が優先…………あ、れ?」
スイッチの入っていない平凡な頭で、今さらながら事態の深刻さに気付いてしまったかもしれない。
限界だったスイッチ……今はどうだろう。
たぶん体は思うように動かないけど、記憶を思い出して推理するくらいは……
(スイッチ、ON――)
鮮明に蘇る記憶。
星座のように繋がっていく会話。
強く照らされた正解が、濃い影となって出現する。
「トロヤ、理子は……どこですか?」
「…………」
そうか、そういう事なのか。
だから、ヒルダは……
『あなたが眠っている間に、ルーマニアがバチカンに仕掛けたわ、あの日の夜の内に。それも単身で、周囲を無茶苦茶にしてしまうんじゃないかと思える程に暴れ狂っていたの』
『一緒に来てちょうだい、理子とヒルダの為に』
『焦る気持ちは分かりますが、今は我慢を』
『
(彼女の方から打って出るとすれば、それは……)
理子に何かがあったから、ヒルダがバチカンに仕掛けた。
結果、トロヤがヒルダを抑制し、理子ではなく私がトロヤと共にここにいる。
この奥に……理子は、いない。
「……私は分からないの。ヒルダも、カルミーネも、リンマも、パトラもバチカンが連れ去ったと思っているけれど、真実は……枝の向こう側に隠されている」
「枝の……向こう?」
申し訳なさそうに独白するが、それは結び付きそうで結び付かない、私の知見から少し離れた場所にあるヒントだった。
取り急ぎ窓枠にメモを書き残そうとするも、インクが出ない、記憶に定着しない。
このままだと有象無象の累積された日常会話の記憶と混同されてしまい、次にスイッチを入れるまで掘り出せなくなる!
(違う、今を逃したら、真実を取り逃してしまうんだ!答えを……導かないと――ッ!)
スイッチはすぐにでも切れてしまう。
バッテリーの切れた電池を騙し騙し使ってテレビのリモコンを操作したり、満潮に移り行く砂浜での棒倒しをするような瀬戸際だ。
排水溝の大きな穴を、両手で塞ぐ。
しかし、水位はみるみるうちに減少し……
(推理が……間に合わなかった……!)
何かが見えかけた。
そんな気がしたのに、私は絶好のチャンスを逃した。
左頬が痛む。
真実が、遠のいて行く。
トロヤは言葉を切らずに言い切った。
知らないのだ、その向こう側を。
風の様な彼女ですら、その枝の隙間を通れなかった。
その敵は、私達の絆という根底を知り、理子を攫ったのに。
私達は、その敵の姿形――花の調査にすら取り掛かれていない。
――――誰なんだ、お前は!
何を聞いたのか、それすらも薄れて行く。
もう直、何かを聞いたことも忘れる。
真実へと伸ばした私の腕は、指先は。掴んだ。
また、スタートラインを。
何も知らない、私の背中を。
(何を考えてたんだっけ……?あ、そうだ、どうして皆がバチカンを犯人だと思ったのかだ。真犯人が誘導したのなら――)
分からないなら分からないなりに、相手の意図通りの展開から逆転予想したいところだが、とうとう電球のフィラメントが切れたみたいで、私自身がガス欠状態。
カチカチと虚しい音だけが何も見えない暗い脳内に反響している。
やむなく、この状態のままで出来る事に挑むこととした。
つまり、記憶の堆積。次のタイミングで答えを見付けられるように。
「なんで皆さんはバチカンが連れて行ったと思ったのでしょうか?いくら敵対し合う関係といっても、短絡的過ぎると思うんです」
ヒルダは警戒心が高いし、パトラはああ見えて思慮深い、2人がそんなことで目を曇らせたりはしないだろう。
リンマやカルミーネの事は良く知らないものの、無暗に犯人を断定しようとするだろうか。
他に判断材料が無ければ、結論付けられはしなかったはずなのだ。
「仲間を信じたからよ。箱庭が行われた夜、カルミーネが理子と一緒に別の秘密基地で
「でも、どうしたんですか?」
雑な合いの手になったが、どうしたもこうしたもない。
ヒルダが暴れ出したのはその夜だ。何者かが現れて、まんまと捕まった。
……捕まったと考えたのは、私が2番だから。
ヒルダを止められる1番であろう理子が生きていると、トロヤがパトラに話したのだ。
彼女は1つの部屋の前でピタリと停止し振り返ると、目を閉じて首を横に振った。
荒々しく振るわれた金の光が、明かりの乏しい通路に燦然と輝く残像を作り出して、ザクロ色の紐飾りがその中を遊ぶように翻る。
「襲撃者がいたわ。ああ、そう、そうね。私が一緒に居てあげれば……誰にも、ええ、そうなの、誰にもあの子を渡しはしなかったというのに……ッ!」
「!?待って、落ち着……っ!」
殺気が瞬間的に爆発した。
間近にいた平々凡々な私は、そのあまりの鋭さで体表面から削られて行くような痛みに全身が襲われる。
荒れに荒れた彼女の満月の瞳は、私を見ていない。
吐きそうな表情で訴えかける私の顔を認識できていない。
「トロ――」
「叔父様の動向に、あの方の仇敵が起こし始めた不誠実な悪戯、嫌なことは続くものよねぇ……?壊しても壊しても、新たな邪魔がチラチラと……遊びにもならない相手なんて鬱陶しいだけ……そうよ、どうせ壊すんだもの、いつ、どこが壊れたって――っ!」
ラッキーは何度も起こらない。
ただでさえ私は借運状態だと言われたのだ、ここで不運と運命的な出会いをしまうかもしれない。
それは死を免れられない!
それはやーです!私、死ぬなら温かいフカフカの布団の中って決めてるんです!
「トロヤッ!」
スイッチもない凡人なりに、決死の思いで最も生存確率の高そうな方法を選び取った。いや、取っていた。
対象を刺激せず、殺気を収めさせ、錯乱状態を解消する。
その方法は――!
「――――ん、んんむ、もごもご……っ!」
「どうですか、あなたの大鉱物(好物)のお味は?」
チュラでよくやる、ガイアによくやられる、成功率100%の必勝技。
宥めとりなし、注意を引いて、ご機嫌を取るにはオヤツがいい。
さっきテーブルにビー玉大の銀の玉が入った皿が載っていたので、トロヤやヒルダ対策に数個だけこっそり失敬していた。
通常の私ではキバも翼も防げないからね。
名付けて、『鉛玉が効かないなら飴玉作戦』。
大成功だ。
成功率100%の記録はまだ続いていく。
「んん……」
悩ましい声とは裏腹に、ガチィッ、ギギギ……バキャィイッ!という世にも恐ろしい金属音が耳朶を強襲する。
見ていると自分の歯茎が浮き上がりそうで痛々しいのだが、当の本人は大変ご満足いただけたようで、真っ白な雲の様な瞼が満月を半分隠し半月となっていた。
「祝福はされていないけれど、純度が高い……とても美味しいわ」
「さいですか」
金属の味など知らないが、良い物らしい。
純度って言われてみれば確かに良品の意味合いは掴み易いけど……
「少し銅が混ざっていると独特な香りがあって、それもまた良い物なのだけど」
「さいですか」
それは分かんない。だいぶ分かんない。
ハーブとかターメリックとか、スパイスみたいな感覚?
ゲテモノを越えた食性だよ。
「ありがとう、クロ。私まで暴れてしまう所だったわね」
「絶対にやめてください。地形が変わります」
あわや桜の花弁が暴風に散らされる未来を迎えかけたが、普段の経験と先見の備えが活きたお陰で阻止できたみたい。
気まずさとか、どうでも良くなったや。
さてと、本題に戻ろう。
トロヤも銀分補給出来たでしょ?
って、おーい。
部屋はいっちゃうの?予備知識なしでヒルダに会うのですか?
私、あの人の地雷を踏み抜くのが得意みたいだから、タブーワードを聞いておきたかったんですけども。
「あの――」
「ヒルダ、入るわよ」
あ、そうですか。
良いですよ、押さえるのはあなたの役目ですし。
「あらまぁ、銀の良い匂いがしているわね。私に黙って美味しい物でも食べて来たのかしら?」
しかし、返事もトロヤの声。一瞬1人で会話し始めたのかと思っちゃった。
まあ、中にもいることは知ってたから驚かない。
というか、分離している間は別人みたいになってるんだ。
本体と分身体みたいな識別もないのかな?
「あらまぁ、ちゃんと金星を連れて来たのに、連れて帰っちゃおうかしら」
「――ッ!?見付けられたの!?そう、そうなのね!それなら糾弾はしないわ、入ってらっしゃい、さぁ、早く!」
(デジャヴュー……)
金星の名前、呼ばないって言ったじゃん。
態度が急変したし、手っ取り早いのは分かるけどさ、私をそう呼ばないってだけかい。
あっちのトロヤは暴れ出しそうではないが、名前を出した直後から声が上擦っていて、興奮の仕方も一緒で心臓に悪かった。
ここで深呼吸を1つ。
NOx臭いのは我慢して、徐々に呼吸を早めて心臓を一定のリズムで高鳴らせる。
極力、銃の精度を下げない為に心肺は落ち着かせるものだが銃なんて使わない。
強襲任務中は鼓動が不規則だとタイミングを逃してしまうし、心臓を慣らせておかないと痛めちゃうからその準備だ。
(人間)
外にいるトロヤがふぅーはぁー言っている私を不思議そうに眺め、待ってくれていた。
その後、どうぞと促されて入室を覚悟する。同じ顔が向こうにもいるのか……
……あれ、あれれ?ちょっと待って?
私、トロヤ2人に前後から挟まれて発狂しない自信が無いんだけど。
試しに1歩。
トツ。
(ふっ……やっぱり付いて来ますよね)
トロヤの暴走を諫めておいて言いたくないけど。
私が暴れ出したら優しく諭してね、コロッケ、揚げたてでしょ?
部屋に侵入した私は中を見渡そうとして、まず困った。
この部屋に至って初めての例外。
部屋の中が廊下みたいになって、さらに2つの部屋へ分岐していたのだ。
「これって……」
どっちですか?
と、家主であるトロヤに聞けばいいと思うじゃん?そう思うじゃん?
「いないじゃん……」
なんで!なんなの!なんでなの!
放置するにしてもタイミングがあるでしょ?
何で分岐点直前で離脱するのさ!
中にいたトロヤが銀の良い匂いがしてるとか言ってたけど、人並み以上の優れた嗅覚で嗅ぎ分け……られる訳がない。
犬じゃないんだから。
(右か、左か)
ここで天啓。
そうだ、ハズレの方に危険があるなんて誰も言ってない、寧ろアタリの方が吸血鬼の潜むよっぽど危険な部屋に違いないのだ。
イッツ、ポジティブシンキング。
つまり、アタリの部屋を選べばストーリーは進行するし、ハズレの部屋を選べば一呼吸おける。
この選択肢は良いことづくめなので、両方アタリなのだ。
だから、適当に選ぼう。
左の部屋に向かう。
「お邪魔しまーす……」
両方アタリの部屋でも、そこはあくまで悪魔の根城。
どっちも怖いので、恐る恐る中の様子を窺う。
(鏡……持ってくれば良かったな)
決闘に隠密なんて必要ないと思って、学校のロッカーにしまいっぱなしだ。
マニアゴナイフの磨かれた金属部分に反射する、歪んだ室内を観察した結果、敵影は無し。
タイを外してヒラヒラさせても反応がなく、呼吸音もないから使い魔の類も……いや、虫とかだったら探しようもないよ。
素人にはその辺は分からんのです。
「行けますか……?行くしかないですか……」
有無もない。
ナイフを仕舞い込んで、代わりに予備用に1つだけ首襟の裏にセットしたままにしていたベレッタを構える。
(鬼が出るか、蛇が出るか……)
どっちも既にいるけどね、この秘密基地には。吸血鬼とヘビ目の少女が。
ババッ!
一気に踏み込んで正面に銃を構える。
しかし、予め不鮮明ながらも調べていた通り、何者もいないぞ。
清潔な絨毯が敷かれ、オシャレなレースで縁取られたベッドの上には白地に黒猫がプリントされた枕。
壁かと思っていたのはクローゼットの扉だったようだが、ここって、もしかして……
(理子の……部屋か)
彼女はネコ派だと主張していたし、クローゼットから仄かなバニラの香りが……
なら、あのクローゼットの向こうはフィッティングルームで間違いない。
きっと甘い匂いで充満したスウィートルームならぬスイーツルームだよ。
目に入るのは各国のファッション雑誌やフランス語の難しそうな参考資料、日本の漫画と女児用アニメのDVDなんかが納まった棚で、その端には鍵付きのノートが半差しで並んでいる。
(日記だ。地下牢から解放されてヒルダと和解してから、毎日欠かさず書いてるって……)
いつ、こうなるか分からないから。
だってさ。
はぁ、なんだってこんな。
とんだ大ハズレ部屋だよ。
しょぼくれたままじゃ根暗呼ばわりで追い出されるから会えないし、気分を変えようと一冊の漫画を手に取る。
うわぁ……これは俗に言う百合という奴ですか。
バトルものかギャグ系が良かったな。でもこの作者さん、絵、綺麗だなぁ。
(1コマ1コマにこだわり過ぎな気もするけど、愛が溢れてる……おっ?小さい金魚鉢を逆さまにしたような髪飾りをしたこの子、良く似てる子を今日見たな。あ、こっちもどっかで見た事あるタレ目顔だ……)
うーむ、女性が女性に好意を持つことはあるものですけど、それがこの漫画みたいに複数の少女から同時に恋愛感情を向けられるなんて現実に起こり得るんでしょうか?
……とか、創作物にツッコンでも仕方ないね。
現実は小説より奇なり。
さて、次々――じゃなかった!
次は小説を越えたリアル奇妙こと、ヒルダの部屋に行かないと。
「行ってきます、理子さん」
今度この部屋に遊びに来たら、いらっしゃーいって言ってもらわないとね!
その為にはお帰りって、今度は私が言う番だ!
気分の抑揚はプラマイゼロのまま、退室からの入室は流れるように。
だってこっちはアタリ。
怖いものなんてヒルダとトロヤしかいないはずだ。
ベレッタ射撃準備よーし!銀の玉の用意よーし!緊急退路の確保よーし!
いざぁッ!こっそりぃー!
「お邪魔しまーす……」
「いらっしゃい、クロ」
お出迎えはトロ……あっ、あああ……!?
ちょ、ちょ、ちょちょちょっ!?なんでぇッ!?
「"あぅあ……な、なんじぇそんな……下着だけ……!"」
『クロはこんらんしている』
誤文:む、む、むらたき、たんたんたたた、ふりるとりぼんがらんぜりー!
(あぅあぅ……やばいです、思考のプログラムまでバグってきました。未来に帰ったら治せるかな……)
訂正文:淡色の紫、白のレースに髪飾りと同じザクロ色の紐リボン、フリル感満載の襟、裾、肩紐。実に肌触りの良さそうな素材で生み出された、ラフを越えたスーパーラフ。ランジェリーなんて最も隙のあるギリ部屋着と下着の狭間でしょ!
怪盗団に男の目がないからって下着同然の出で立ちで歩き回らず、ガウンを羽織るとか……想像したら、似合わないけど。
彼女は私の問いに大した回答が浮かばなかったらしく、唇の上から自分のキバをクリクリと触る落ち着かない時の悪癖が出ている。
そんな色気のある格好で子供じみた挙動をしても滑稽に見えない倒錯的な魅力、ませた少女の幼気な容姿とのギャップに心臓が早鐘を打ち始めた。
「"……?なんでって、体温を奪うのなら肌が触れる範囲を増やした方がいいのよ?"」
何言ってんだあんた!
奪うんじゃなくて、空気に奪われてるじゃないか!
言ってることは分かるけど、言ってる意味が分からない。
何してたんだよ、ここで、ヒルダと、2人で!
「トロヤ……お姉様……?どこにいるの?」
キャアーッ!
ヒルダの声が聞こえるーッ!
ってかそこにいるーッ!
庶民にケンカ売ってるのかと問い詰めたくなるほど、拠点の1つに設置するにはオーバースペックな天蓋付きクイーンサイズベッドの上に寝転んでいる。
トロヤがけしからぬ服装で現れたから予想していたけど、あちらもランジェリー。
幻覚でも掴もうとしているらしき動作で、ヒルダの右腕が虚空を引っ掻いて探している。
間違いなく、自分から離れたトロヤを。
……あの状態を、私は良く知ってる。
「何もない。お姉様、どこかへ行ってしまったのかしら」
(
トロヤの催眠術は超能力と高周波を併用した遠隔での操作に近い。
一度埋め込まれてしまえば最後、離れても効力が弱まるだけで逃げることは敵わないのだ。
思考を毒することはないが脳機能の一部を超音波によって遮断させることが出来るようで、その代表が神経系の阻害――見えない、聞こえない、喋れない等、まさに催眠術のフルコースである。
「ヒルダさん、私です。クロです」
「早く助けに……理子…………」
ベッドサイドに膝立ち……してみたら思ったよりマットが高かったので中腰、顔の前まで近づいて名前を呼んでみるも、視覚と聴覚、嗅覚もやられてるね。
両脚をレザーベルト被覆の鎖で縛り付けられてるし、容赦はないが暴れた彼女を止めるのは容易ではなかったのだろう。
悪夢が再発する度に私は丸くなってカナに縋ってたのに、闇の眷属さんは光も音も得られない無の世界でも発狂しない精神力をお持ちようだ。
赤い両眼を閉じたその蝋の様な白い肌には、今は薔薇色の唇だけが鮮やかに色付いていて……
「ヒルダ、お目覚めの時間よ」
眠り竜悴公姫様の首から下は目の毒なので、そのお上品な顔に傷は無いかをまじまじとチェックしていた時、超音波の余波がスッと頭の中を通過していった。
私ではなくヒルダに向けられたものらしく、その解呪の呪文は聞き取れない。凝縮された音の波は、視線が吸い寄せられるままに接近していた私の黒髪をふわりと巻き上げる。
その時、借運状態の私に不幸の風が吹き、側頭部付近で衝突した大きな波同士が偶然合成する不運な事故が発生。
「っつあぁッ!?」
パチンと風船が破裂する衝撃に似ていて、身を乗り出し気味だった体のバランスを崩し、ベッドが存在する前方に倒れ込んでしまう。
しかし、死ぬ前に味わってみたい寝心地抜群のベッドには先客がいるのだ。このままでは形の整った貴族的薔薇の花弁に私の庶民的桜の花弁が……ッ!
さっきの百合漫画のぶち抜き1見開きが脳裏に浮かび上がる。
(とうるッァアー!)
心の中で男口調の叫び声が轟いた。
そこまでピンチを感じていたのだ。
右肘をヒルダの手前に、左手を奥について2点着地。
ベットが沈み軋む音を立てたが、何事もなく切り抜けられた。
無事に……うん?
ヒルダさん、綺麗な装飾品が3つに増えました?
蝋細工の少女には、今や赤い飾りが3つある。
まずは最初からあった薔薇色の花畑、それから上方に美しくも可愛らしい小丘を越えた先で、ルビーの鉱脈が2つ並んで発掘されたようだ。
要するに、キスもされていない
この最悪のタイミングで。
目が合った――――
「…………」
「…………」
「こんばんは、ヒルダ」
目が合って硬直した世界。
それを動かしたのもまた、あの月下の悪鬼。
ヒルダの顔が瞬く間に、急速に、瞬間湯沸かし器のように紅潮を始める。始めると同時に完了し、もう真っ赤っかだ。
あるよね、自作の色付きオシャレキャンドル。これはローズの甘い香りもして、いい仕事してますよ。
「ク……ロ…………?――ッ!!」
あ、まずいまずい。
怒ってる。真っ赤だもん、激おこだよ。
退路は確保して……っ!
ガシィッ!
寝起きとは思えない速度と握力。
この調子だと電撃の調子も抜群ですね?
(スイッチ……スイッチが入りさえすれば……)
カチカチと空振るスイッチを、高速で繰り返……あああっ!今一瞬点いたのに消しちゃったぁ!
力みだす真っ赤なお姫様の両手に、血を吸われたように蒼白な私は精一杯の笑顔を向けて、あらん限りのタスケテコール。
「私、言ったわよね?『次に同じことをしたら倍の威力を喰らわせてやるわよ』……って」
「て、てへへっ?何の話でしたっけー?」
「忘れたとは言わせないわよ……クロッ!」
分岐はどっちもハズレだったよ。
――――死ぬ前に、味わってみたい寝心地抜群のベッド。
死んでからじゃ、手遅れなんです。
死ぬなら温かいフカフカの布団の中って決めてますけど、死ぬために味わうくらいなら床で寝ますから……
タスケテ……タスケテ…………
クロガネノアミカ、読んで頂き、ありがとうございました!
『進まないんかい!』
「だって文字数が!投稿間隔が!」
最近の投稿間際はいつもこうなってます。
書きたいだけ書く、するとこうなる。皆さんも気を付けてください。添削作業で死にます。
伏線めいた光景が広がる通路を進んだ先で、ようやっとヒルダとも再会できたと思ったらこの仕打ち。
でもまあ、クロもといキンジは家庭内で命を削る修行の過去、Sランク武偵にボコボコにされて生き延びる未来があるので、今更吸血鬼にバリバリされたってどうってことないですよ。
本編の内容について。
たぶん物語時間軸では30分も経っていないでしょうね。
クロの心情が文章の4割以上を占めてるんじゃなかろうか。
大きな伏線が突っ込んでありますので、その描写も大きいかも。あの不思議なお部屋の飾りは今後に大きく係わってきます……が、覚えていた所で何も得は無いのでスルー安定。
記憶容量の無駄遣い、いくない。
あれ?もう内容について語ることないよ?
何も起こらなさすぎじゃない?
次回は戦闘はないにしろ、ストーリーは進む予定です。
むしろ進んでくれないと15話完結できなくなるので進めます。
ぜひぜひ、次も読んじゃってくださいな!