鉄騎兵と戦術人形 作:ケジメ次郎
じんわりと体の芯から温まっていく感覚。俺は湯船に入った時のこれが大好きだ。
日頃の苦労から解放されて気ままに楽しむという意味の「命の洗濯」という言葉の筆頭になったのがよく分かる。
体を洗って切り替え、温かい湯船に入ると普段のことや、苦悩していることから隔絶されて、気持ちがフラットになるのだ。
思わず鼻歌を歌ってしまうぐらいには機嫌がいい。
「姉貴、あと一週間だね」
「長かった・・・」
隣に陣取ったのは黒髪の妹。さっきまでのレッスンでは人形から話しかけれていたので、やや違和感がある。
リンヤオの言葉で思い返すと、出し物をすることが決まってからここまで来るのにものすごく時間が経ったように思えた。
一週間後には入浴は週二回に戻るのかぁ。ちょっと複雑だ。
この基地では毎日入るのはシャワー。そして一つしかない浴場は三つの区分けを日替わり二週、一日休みのルーティン。
区分けは指揮官と基地要員の男衆とウチの野郎二人が入るのが一つ。戦術人形組で一つ。個室のある職員宿舎が増設されて女性職員も出てきて、最後のひと枠。
中身が男の俺は基地要員の女性組と同じ日の特別枠だ。・・・要するに俺はいつもこの二人と一緒に入ってる。
そして、ダンスレッスンという激務が追加された結果入浴のある六日間は、普段の入浴時間後に特別に入っていいという特例が与えられた。
めちゃくちゃありがたい。
「姉貴も最初は足もつれてたのに、すっかり完璧じゃん」
「一応、な。今でもいつ踏み外すかわかんなくてひやひやしてる」
三人の中でダンスが上手いのはサブリナ。歌が上手いのはリンヤオ。俺?聞くなよ。中身三十のオッサンだぞ。ボディが若くても思考が遅れてきてる。
ストリートダンスとかそういうイカした経験をしてた同期も居たけど、俺はダンスステップよりもボクシングのステップが得意だ。なんでボックスって足をクロスさせるんだろうな。
ダンスの基本や流れ自体は電脳の空きにインストールしているけれど、踊りを出す電気信号を出す前に俺の精神という思考が入るとワンフレームは遅れる。ダンスではワンフレームの遅れでさえ統一感が失われてしまうのだ。
ダンスレッスンとは別に、やはりダンスも完璧な416や何故か付き合ってくれるウェルロッドと居残っての練習をしていた。そのおかげで一か月経った辺りで目に見えた足のもつれはなくなったし、歌も合わせてなんとか形になってきていた。
それまでに何度心が折れたかはもう数えてないんだけどな!
「でもさ、いいの?」
「なにが?」
「サブリナ姉さんの可愛いところが不特定多数に見られるんだよ?」
「・・・ぶくぶくぶくぶく」
「汚いからやめなって」
リンヤオの言葉に反抗できず、沈めた口から息を吐く。リンヤオの指摘通り汚いんだけど、色々と変な方向に行って叫んでしまいそうな感情を抑えるにはそうするしかなかった。
「姉さんは、巨乳だし。踊ったらバルンバルン揺れるだろうから、野郎どもの視線は独り占めだよ?」
「仕方ないだろ、サブリナが美人で魅力的なのは変えることのできない明白な事実だ」
本当は他の男にサブリナの事を見せるなんて嫌だけど、それは俺が言っていい言葉じゃない。サブリナは喜ぶだろうけど(実際一か月前にうっかり本心を言ってしまった時ははちゃめちゃに喜んでいた)、そこまで束縛するのは間違っていると思う。
そもそも俺どころかサムでさえ、誓約とかそういうのもしていないのに、自分のモノ扱いをするのは気が引けた。
確かに、サブリナ・フランキという人形を買ったのはサムという人間なんだけど、そういう道具として見たくない。彼女は立派な家族なんだから。
男女の仲に存在する征服欲とかそういうものよりは、親心とかリンヤオに向けてる愛とかに近いものを目指している。そうやって感情を抑え込めていた。
「どうするー?ストーカーとかできたら」
「・・・うぐぅ」
「悪かったって。今の姉貴は普通の人間相手には暴力振らないもんな」
「そりゃ、危害を加えられそうなら正当防衛でぶっ飛ばすけど・・・予防すんのは役人の仕事なんだ、って思うことにしてる」
ストーカーってのが、俺自身男として生きてきたせいで馴染みが薄くてよく分からないし、どういう感情から人の迷惑になることに踏み切れるのかも理解できない。
パーサが俺に向ける感情がそれに近いんだろうけど、アレは俺自身で吹っ飛ばせるからまだマシだ。
サブリナやストーカーを受ける人は大抵抵抗できないような弱者ばかりだ。
サブリナは膂力こそ戦術人形のままだが、人形の制約として自己防衛にすら警告が出てくる。そういう隙をつかれてコアや電脳にダメージを与えられたとかなんて起きたら、絶対に後悔する。
本当はこんな出し物に出すのが間違っているんだろうけど、指揮官からのお願いだし、歌って踊るということに二人はとても乗り気だし楽しみにしているんだ。
二人に面倒事が起きたらぜぇったいに俺が解決すると決めていた。二人に傷なんてつけさせるかよ。
「だって、姉さん」
ずっと俯いていた俺の体が猫の体がびょーんと伸びるように引き上げられた。こんな膂力を活かしたことが出来てこの場にいるのはサブリナ以外に居ない。
「・・・!やめろ!泡だらけの体で抱きしめんな!」
「んー。やっぱりサムはサムだよねー」
サブリナは体を洗っている最中だったのか、泡立ったボディーソープの鎧をまとったままに俺を抱きしめる。すべすべの肌触りと柔餅のような感触、まるで天国のものかと間違うような素肌の感触が色々とヤバイ。
「僕も仲間にいれてくれよー」
「そっちは触んな!ぶっ飛ばすぞ!」
「そうは言っても体は正直なんだよねぇ」
「うぇへへへ、サムのお肌モチモチだね。お姉ちゃんも鼻が高い!」
「誰が妹じゃ!」
体のあちこちをまさぐられるが、しれっとリンヤオまで参戦してくるのは聞いてない。
それからは入浴時間ギリギリまで戯れていた。三人で入浴するようになってからは毎回だけど、ほぼ毎日のようになってきたせいでヒートアップの早さも早くなってきている。
正直あと一週間もこの調子は耐えられないかもしれない。