鉄騎兵と戦術人形 作:ケジメ次郎
必死に重たい液体で満たされた思考の海を素潜りして、何度も何度も探し続けて思い出した記憶は本当に何でもない事だった。
「約束、ってまた訓練するって言うアレ?」
「それ以外に何かあるの?」
きょとんとして首を傾げる顔は距離が十センチを切り、俺の視線は真っ白で綺麗な首元と下ろしているマスク部分だけになった。
そっと左にソッポを向いて深呼吸。
「多分今の俺たちでやったらおさまりがつかなくて、怒られそうだからやめとく」
開発段階で戦闘経験が薄かったころの彼女にでさえ、サムが勝っていたのは経験の数だけだ。戦闘センスはトントンだったし、膂力や反射に関しては言うまでもない。思考の処理能力は負けていたし、今の彼女とサムが戦ってもほとんど抵抗できないだろう。
これで電子戦特化型というのだから、戦闘特化型の金髪の方は同じ時にはサムを捻れるぐらい強かったに違いない。
俺も人形のボディを得てサムと比べて強くなったのは分かっているけど、相手は経験を積んで比べようもなく強くなっている。
本気でぶん殴りあって、殺す気で行かないと勝負にならないだろうし、そうしてしまえばお互い傷つくのは間違いなかった。
「そう」
「案外すんなり収まるんだな?」
「そんな風に思っているなんてサム伍長は油断しすぎよね」
鼻で笑われるのと同時に密着の度合いが強くなる。一面銀世界の雪国の風景みたいに落ち着いた色の髪がばさりと落ちてきて、それによって俺が中腰になっていることに気が付いた。
ドンドンと体は下に落ちているはずなのに、視界はほとんど変わらない。つまり抱きしめられたままコンクリートとアスファルトのL字に抑え込まれるのだ。
まるで、白くて強い蛇に巻き絞殺されるような錯覚を覚える。
数センチ程度さきから、つらつらと俺とのたった数週間の思い出を囁かれると頭痛がひどくなった。
こいつの言い分では俺が訓練とは言え強い印象を与えてきた、その上で自分にも思わせぶりな態度を見せてきた。その上で、本気の訓練をしてそれに勝ったらご褒美を上げるという約束をしたんだから、それを守れ・・・ということらしい。
その約束こそが、俺が彼女に行使した力を代表するモノであり、俺はそれを行使した責任を取るべきだ・・・
正直半分ぐらいも理解が行かない。
何も妹とか好きな相手でもないのに、その程度の口約束のためだけにここまで執着されるなんて納得できない。
彼女は何か事情を抱えていて、その「約束」に固執してしまっているのではないか?
たかがサムという人間一人に、あの程度の付き合いで持つ感情ではないと思う。
だからこそ、そうなってしまった理由があるはずだ。
問い詰める。
「違うわ。違うわ。違うわ」
興奮のあまりに上ずらせたような声が俺の仮説を塗り消そうとするが、俺は止めない。ここで止まったら悪いことになる気がする。
開発途中のあの時はいわば幼少期なようなものだ。人間でも子供の頃の出来事が人格形成や主張に影響するのは当然。
オリジナルだろうが、量産型だろうが、初期の出来事が電脳や疑似感情モジュールの発展に関わっているだろう。
「そりゃ、俺だって悪かったよ。約束を楽しみにしていたのにいきなり居なくなったら、嫌な気持ちになるのは分かる」
小さかった頃のリンヤオも結構甘えてきてたし、それをおざなりにしてしまったときにはひどく機嫌を悪くしていた。
誰だって楽しみが奪われたら気分悪いのは当たり前だ。
そうやってしまった俺が正面向いてとやかく言うのが違うのは分かっている。結局この状況の収拾もつかないわけだけど。
「実際に見たわけじゃないんだけど、確かに君は強くなっている。それは、訓練に付き合っていたサム伍長にとっても本懐だ。訓練したかったんだろうけど、それがなくても強くなれた・・・それは君の力だ」
軍用人形すらもハッキングして思うがままに動かせる、そんな曰く付きの人形は強大な力のあまりにいい目をされることはなかった。
隊長がそんな彼女とそれに付き合う金髪の方の訓練を請け負った。最初は部隊の教育役の曹長が面倒を見ていたが、ダメだったのだ。曹長は体こそ無事なものの戦闘の自信をすっかり潰されたと聞いた。
彼女が関わらなければ無害(興味すら示さない)な金髪の方は突入部隊の野郎ども十数人以上と同時に組み手をしたりなんていう訓練をしたが、こちらは不気味だと誰も相手をしなかったのは覚えている。
瞼を開かずに見て戦うなんてわからなければただ怖いから。
そうして、俺が面倒を見ることになったんだ。
「ご褒美だけじゃ・・・ダメか?」
こんなこと都合がよすぎるとは言われるだろうけど、俺との訓練は出来なくてももう一つの約束は今でも出来る。
通りの方の喧騒だけが耳に届き、時間がスローモーションのようだ。
「サム伍長の身体が今は人形、そして私の能力は知っているよね?」
ヤバイ。ハッキングとかそんなことされるなんて考えてもなかった。
なんとか抜け出そうとするも、細いにも関わらず恐ろしい力の足と腕でがっちりとロックされている。
そのまま彼女は開眼して俺の事をハッキング・・・
「サム!」
「さぶ・・・りな・・・」
される寸前で息を切らしたサブリナが、布で隠されているはずの俺を見つけ出してくれた。
次回予告
出来事の展開が早すぎて感謝の言葉を伝えてなかった・・・けど、用事があるってどっかに行きやがったし。竜巻みたいだった。
なんか基地に帰ってくるのがすごい久しぶりな気分だ。
ボス来てるのか?っていうかあれって、隊長?!その隣にはさっきの!確かに繋がりはあるんだろうけど、あそこに行きたくねぇー
次回「もしかして:浮気」
次話は最初のパートが「所属に関する気が浮く」
後編パートがあることがきっかけで「浮気を疑われる」
そんな感じ。
そろそろシーズンワン辺りの伏線はカルト関係以外は回収したかな・・・
この作品の時間経過と公式の年表見てると「ちょっと合わなくない?」ってなることがありますね
・・・なんとかなるでしょ
やりたい放題やる作品やし