鉄騎兵と戦術人形   作:ケジメ次郎

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吐息が迫る1

 腰が痛い。

 茂みの緑が肌に触れるし、朝露が残っていて服が張り付く。

 こんなことをする理由はただ一つしかなくて、補給を受け取るためだ。

 MD-500にウィンチされて、ギリギリのところまで引っ張られたグライダータイプの無人輸送機。

 それの性能と風向き、投下などの条件から算出された着陸地点がこの辺りなのだ。

 

「あった・・・あったぜ・・・」

 

 安堵する暇もなく、周囲を伺う。

 こいつがパーサたちに感づかれてしまえば作戦は水の泡だし、偵察部隊は敵の本体と正面を切って戦うことになるから、陸上で巡回しているであろうロボットや雑魚人形、上空を徘徊するドローンにだって警戒しないといけないのだ。

 ここまでの道のりでも何回か、ドローンが近づいた時には車列を止めて手早く偽装、やり過ごしていた。

 本当にキツイ道のりだと思う。それでも、みんなの気持ちがマイナスに進んでいない上に冷静に現実を俯瞰できているからこそ、この作戦は成功できるとも感じた。

 

「VAG、来ちゃってるよアレ」

 

 少し離れた位置で周囲警戒していたロクヨンは、やれやれだと言わんばかり。

 

「ドローン・・・タイミング悪すぎだろ。カバーだけかけてくる」

「了解」

 

 ブッシュの中に滑り込むように止まっている無人機は空から見ればわかりやすい異常、どんな相手であれ状況における最善手を打ちたい。

 この距離と高さなら、迷彩シートを被せた方が、多少のリスクよりも得られるリターンは大きいはず。

 

「いやーな相手・・・」

 

 こっちの無人機は古めかしい機械式の巡航装置でここまで飛ばしたのに、あちらは堂々と飛ばせるし、何よりこちらはただ耐えることしかできない。

 ただただもどかしくて、気分が下を向く。迷彩のシートを被って隠れるという状況は、今までにない感覚だ。

 いつもよりも、圧倒的に心がすり減っていた。

 俺は、ELIDの相手以外は本当の戦争と言う物を知らない。正規軍時代も、即応小隊でも、基本は対テロばかり。我慢という戦い方に関してはペーペーな上に、他の戦術人形達と違う電脳は、冷静になるのが遅かった。

 

「まだ感づいているような感じはしないね」

 

 落ち着きはらったロクヨンの報告を単眼鏡の最大ズームで確かめると、敵のドローンの形が見えた。固定翼とプロペラの向きが可変するティルトロータータイプ。似たような形のモノは既に鹵獲されていることもあって、データはある。

 自律式のドローンという構造に加えて、更に重要な無線能力なんかとカメラ性能はトレードオフ。カメラ性能はたかが知れているという見立ても、見当外れではないはず。

 だけど、それを真面目に信じることもできない。敵の懐だということは全ての事象において神経質にさせるだけの条件。

 

「遠すぎた橋ってあるよな」

 

 一秒一秒が長い。空から聞こえる音が、草が揺れる音が、怖い。その合間に聞こえる環境音すら、敵の足音や動音に聞こえてきて、ひたすらに不安になる。

 縁起でもないことを、ぼやいてしまった。

 

「シャレになってないよね、それ」

「・・・ごめん」

 

 あれは、あまりにも俺たちの状況と近すぎる。

 ベレーを被った、精鋭の後方攻撃部隊、敵に囲まれて投下された物資は・・・という有名な映画だ。

 

 

 

 

 物資を抱え、ほんの少しだけ胸を撫でおろす。それは一緒に居たロクヨンも、数百メートルほどのところで隠れていた皆も同じだったようで、俺だけが不安だったというわけでもないらしい。

 俺が周りよりも小心だったのは何一つ変わらない事実だが。

 物資の中身は、破壊工作用のロケット弾や爆薬、食料と替えの服。特に菓子パンなんかのそれなりに持つ代わりに出発時からは持たないような食べ物の補給は、すり減った心を少しでも埋めてくれるはず。

 

「急いで。まだ、ピンチは終わっていません」

 

 MAVのキューポラに登っている416は、作業を急かす。いつも完璧な副官サマからは、油断という感情が出てこない。

 あのドローンがこちらを見つけたような動きはなかった。俺たちの見える範囲に結構な時間居たが、こちらを注視したわけでもない。

 それでも、物資を積み終えて移動するまでは心が削れていく一方。

 

「よし、これで全部だ」

 

 破棄するわけにもいかない輸送ドローンの機体、翼と胴体を分解してMAVの増加装甲代わりに固定し終えると、MAVと一六式の偽装を片付ける。

 とにかくバレないように偽装する必要があるのに、時間はかなり短いという矛盾。

 どれだけ偽装の水準を高めて妥協できるかということが重要で、回数を追うごとに洗練され始めてきていた。

 

「416さん」

 

 リンヤオの声が、点呼を止める。無口ではあるものの、天然がちなテンションで狙撃をこなしてしまう妹の少しだけキツイ様子。

 キューポラの方に見える、ホーワの左わき腹にあてられた手。

 俺がここまで気づくことができなかったのは、リンヤオとはタイプが違うから。俺は近接特化で妹は狙撃特化なのだ。

 共鳴するかの如く、俺の右わき腹も痛み始める。

 

「ホーワ、どうしたの?」

「嫌な予感がするんだ、多分狙われてる」

 

 車内に緊張が走った。




お気に入りとか諸々ありがとうござい。
ようやくですよ、ようやく。

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