鉄騎兵と戦術人形 作:ケジメ次郎
車内の空気はお通夜のようだった。
ジョージの明かした事情、それはあまりにも重すぎて俺たちは仕事に行くのすら億劫に感じている。
ジョージの弟は右腕がコーラップスを浴びたことによりE.L.I.Dで変異したそうだ。なんとか自我は残っていたので治療のために施設に送り、唯一の肉親となったジョージは高額な治療費を払うために正規軍へ入り戦車兵となった。
右手の先だけだった変異個所はどれだけの遅滞治療を行っても右腕をむしばみ始め、血液などの体の構成物を転移している。
昨日呼び出されたのは病状が悪化したからで、自我を失うのは時間の問題だと言われたらしい。
その弟がこの騒動で他の感染者に襲われている可能性は大きく、安易な励ましは出来なかった。
「旦那、目的地が見えてきたぜ」
「一度停車。様子を見よう」
視察口で周りを確かめてからキューポラから乗り出す。
社長に譲ってもらった双眼鏡でジィっと研究所のあるシェルターの方向を見るが、煙がのぼっているだけで感染者で溢れているとかそういう古い映画顔負けな状況には陥っていない事だけは確かだった。
それでも希望を持つことは難しい。
「全員戦闘態勢に入れ、ブローニングはいつでも撃っていい。警戒しながら進むぞ。マイク、十五キロくらいで右前方の岩陰まで前進してくれ」
「あいよ」
「とりあえず瞬発装填」
「分かった!」
他の二人は仕事だと切り替えて動き始める。
しかし、事情が事情なだけにジョージが呆けていたのは仕方のないことだと思う。
車長席の前にあるジョージの背中をそっと膝で小突く。
「ジョージ!」
「・・・なによ」
「家族が大事なのは分かる。こんな状況誰だって不安になるさ。でも、それで自分と仲間を危険にさらすな」
「・・・そうだな。分かった」
ジョージの口調が変わった。彼は普段女々しい喋り方をするが、砲撃するためにスコープを覗くと男らしくなる。
スイッチが入ると本気になるタイプだ。
「感染者が見えた。結構居るな・・・シェルターのシャッターは破られたか」
広場になっている入り口前にはバケモノたちが続々と現れてくる。
その数は三十はくだらないだろうか。これだけの感染者をこんな街の近くに隠していたのは驚きしかなかった。
あちらはこちらに気づいていないだろうが、敵がバラバラだから砲撃は難しい。
「ブローニングばら撒くか。発射用意!」
各乗員が遠隔スイッチに手を掛けると、俺は号令を下そうとした。
未だにシェルターからは次々と出てくるものだから、一体何人入れてたのか気になってしまう。
車長の撃てる砲塔上の機関銃の持ち手にある発射ボタンを握り、撃ち始める瞬間だった。
「ファイ「待って頂戴!」・・・そういうことね、あいつか」
俺が号令をかけようとするとジョージがスコープから目を離し、俺の足を引っ張って止めてくる。
俺の視線の先にはしっかりとした足取りでこちらに進んでくる、上半身バケモノの小さな男の子だった。間違いなくそれはジョージの弟だ。
動きの止まった俺たちのことなど預かり知らぬまま感染者達は街に向かって進み始める。こちらに迫ってきていたのだ。バレるのも時間の問題で、距離はどんどん縮まっている。しかし今更後退しても感染者達を捌くのは難しかった。
「サブリナ、左側のバケモノ共に狙いをつけろ。絶対に真ん中に射線を向けるな。マイク、車体を右に向けろ。右側に射線を向けて、右にばら撒いてくれ。ジョージ、俺を信じろ」
「信じろって!?」
「今からてめぇの弟以外を狙撃する」
「ブローニングでってんな無茶な!」
機関銃にスコープはない。そもそもこの距離だとスコープではなくドットサイトだ。一応、車長席に増設している機関銃には簡易照準器が載っている。
銃身の向きと感覚さえ慣れていればそれなりに狙って撃つことも出来るのだ。12.7㎜という大口径弾を撃つので発射レートも制御できないほどではないし連射のためのスイッチを外せば単発でも撃てる。
特定の目標以外を制圧することも出来るのだ。
「さっさとバケモンども倒してジョージと弟を再会させてやるぞ!」
弟がほぼ人間としての原型がなくなっているということからは目を逸らし、俺たちは戦い始めた。
「ファイヤ!」
▽
胴体に向かって撃った銃弾で景気よく目標が吹っ飛ぶ。後退しながら銃弾をバラまけば、感染者達は集団に固まった。そしてそこに弟は居ない。
「サブリナ、燃焼弾に装填しなおせ!」
砲閉鎖器を開き、砲弾のリムが引っ張られて砲尾から砲弾が出てくる。一旦その砲弾は薬莢入れに落ち、燃焼弾が装填された。
「ジョージ、落ち着いて狙え」
砲身がゆっくりと指向し、俯角がつく。
「撃てっ!」
炸裂と共にまき散らされた燃料に引火し、感染者達は火の海になった。それでも屍をこえてすすんでくる奴らは機関銃で吹っ飛ぶ。
「制圧、完了。気は抜くな。どこに隠れてるか分からんってオイ!」
「二代目ごめん!」
キューポラからジョージが無理やり抜け出して一六式から飛び降りる。向かう先は弟の方だ。
一歩、一歩ずつ距離を縮める
「・・・ボブ、ボブでしょ!」
「ァァァァァ」
「お願いよ!お兄ちゃんよ!目を覚まして!」
まともに返答は返ってこない。それどころか弟、ボブは口を大きく開き進み始めた。
Px4をホルスターから引き抜く。もしもの場合があるかもしれない。
「ァァァァッ!」
一気に兄弟の距離が縮まり、俺はトリガーに指を掛けた。
「ボブ!」
ジョージは手を広げ、受け入れようとする。
「ァァァァァ、ァ?」
ジョージの目と鼻の先でボブの足が止まり、抱きしめられた。
パァン!
一発の乾いた銃声が鳴り響いた。
三パートに続く。