鉄騎兵と戦術人形 作:ケジメ次郎
侵入する空調ダクトの入口。かつての米国産パニックドラマにありがちな万能ダクトテープによって閉じられているそこの近くに座り込み、バッグからケースの中身を取り出した。
「・・・まるで中毒者じゃねぇか」
息荒く一人呟く。呼吸が乱れ、震える手でアンプルを割って中身を注射器に吸い出す様はまさに薬物が切れた廃人のそれだった。
「痛すぎるって・・・」
五日、それこそ六日近く経っているはずなのに痛みが和らぐことはない。むしろ痛みは日を追うごとに増幅している。リンヤオにバレていないだろうか。いいやあいつの事だ、分かっていても俺が聞かないことを見通していたに違いない。別れるときリンヤオが数年ぶりにハグとデコへのキスを求めてきたのは、それを察していたからだと分かった今になって、猛烈に妹とあの部屋が恋しくなった。
悪い兄貴でごめん。ちゃんと帰るつもりだから。
「・・・一本でもキツイって冗談にしてくれよ」
少しは和らいだはずだが、正直それでも顔をしかめるレベル。骨はなんともないのに心臓が収縮激しく痛む。
猛烈な吐き気と共に地面に蹲った。
「・・・ガハっ、げほっおえぇぇ」
地面には吐血の跡が絵を描く。何も吐けないのに食道から上がってくる感触が続いた。涙がぽろぽろと落ちてきて、二度目の吐血。これ以上苦しんでいては作戦の意味がない。我慢していくことにする。
バヨネットでテープを切り、網目に手を突っ込んで外した。音が通気パイプ内を反響して届いてしまう可能性もあるのでなるべく丁寧に。
ライトを咥え、狭い空調設備の中を匍匐前進。こちとら正規軍に入ってから新兵の間はこれが仕事だとは言わんばかりに一年以上やっていたんだ。いくらやらないとはいえ、体に染みついている。
バンカー内は奥行きのある倉庫のような形、進んで行けば時折見える下の様子はプレハブ小屋がある以外特におかしなところはない。
所々にあるプレハブとコンテナの間にはダイナゲートと人型人形が巡回している。流石に守る人形も居るよな。一人でパーサをぶん殴りに行くのは無理だ。
人形の感覚は鋭敏であるからして異常に気付かれそうだが、グリフィンの部隊が外で盛大に戦闘してくれているおかげでバレてない。
「・・・居た」
一番奥まで進めばあの後ろ姿が居る。人工血液とオイルで跡を残して、一番大きな小屋の中に入っていったのは間違いなくパーサだ。
突っ込んで覗くか?幸い一番奥の警備は薄い。
「出てきた・・・中に居てくれた方が突っ込みやすかったのに」
インカムの通話スイッチを押す。
無線機は一六式に中継されて作戦に参加している人形、指揮官、すべてに繋がっていた。
「こちら指揮官です。感度は大丈夫?」
「良好だ。そっちは?」
「大丈夫です。潜入は?」
「成功した。ダクトからパーサを視認。バンカー内にはプレハブが建設されている。コンテナもあって、ちょっとした迷路だぜ。目標物は分からないが、一番奥の小屋にありそうだ」
「もうすぐで第二部隊が正面から突入できます。パーサの監視と目標物の捜索を。オーバー」
「了解、アウト」
ダクトが埃っぽいせいで喋ってる間にずっとくしゃみが出そうだった。
パーサは小屋から出てくるなり、ずーっとこちらの方、天井を見回している。
違和感に気づかれたか?
「ンー、そろそろシオドキだな!」
パーサは左腕だけで伸びをして、声を上げた。様子は余裕綽々。とてもじゃないが相手に本拠地まで迫られたヤツの行動じゃない。
バンカーの入口側からはシャッターがオープンされる音。続いて銃声。FG達が突入してきた。
「解析に必要なデータは全部ワタシのアタマんなか」
パーサは一人謳いだす。それは勝利を確信したからだろうか。誰かに聞かせるわけでもなく歌うように喋っている。
「コアなんて壊しちまえば、こっちの勝ちだね!」
パーサは大事そうに閉まっていたケースを振り上げた。あれがコアの情報が入っている目標の可能性が高い。
パーサの人工知能にデータが移されているのならデータリンクで鉄血全体に情報が出回っている可能性が高い。パーサ以外にデータを解析できる鉄血人形が居るのかは知らないが、パーサの人格データが鉄血に回収されてしまえば、新たな体でもって残ったセキュリティの壁を越えてくる。
しかしその新しいパーサが来るまでにIOP社製人形全体に対抗パッチを当てられれば状況は悪くならないはずだ。
問題は、コアが破壊されること。コアはその戦術人形の個体を示すデータ、同じタイプの戦術人形ですら数値が違うと聞いた。
あれが壊されてしまえば、「サブリナ・フランキ」は二度と「SPAS12」に戻れない。
「イルンダロ?なぁ!」
視線が合った。パーサの隻眼は確かに俺を見つめている。
「サム、って言ッタっけ?ワタシはキミが気になってルんだぁ!」
無線機に叫びながら手元で注射器の準備をした。
「指揮官、気づかれた。偶発的な戦闘になる。FG達を急がせてくれ!」
「えぇ?!ちょ、ちょっとぉ!?」
指揮官が狼狽える声が聞こえる。
注射器を刺して中身を摂取し終えると同時に空調パイプの一部が脱落し、俺は強かに腰を痛めた。
まるで至近距離でショットガンの銃口を構えられてトリガーに指がかかっていたことに気が付いた時みたいに死を実感する。
脇腹の痛みは今までにない強さだ。
「アハァ・・・やっぱリィ、キミだと思ったヨぉ!」
「ニンゲンらしからぬ勇気と実力、戦闘センスもイイ。サムー、ワタシと愛し合おうよ!」