魔法の世界のアリス   作:マジッQ

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お待たせしました。
ようやく完成しました。

またしても、最大投稿文字数を更新してしまったと思う。
前回の文字数を思えていませんが。

追記:あとがきの一部を更新




ダンスパーティー ⇒ 第二の課題

第一の課題をクリアしたあと、レイブンクローの談話室では盛大なパーティーが行われた。どこから持ってきたのか大量の料理と飲み物が用意されていたそれは、ハロウィンパーティーや学年度末パーティーにも負けてはいないほどだった。

後から聞いた話によれば、グリフィンドールとハッフルパフでも同様のパーティーが開かれていたようで、料理や飲み物もジョージとフレッドの伝手で手に入れたのだとか。

 

パーティーの目的が対抗試合第一の課題突破を祝ってのものだったので、必然的に私がパーティーの主役となった。多くの生徒から賞賛の言葉が送られて、同時に同じだけ質問攻めにもあった。日を跨ぐ時間が近づいても熱気は収まらず逆に増しているようでもあり、普段のレイブンクロー生からは想像できないくらいのテンションだった。

 

そんな中、一人の生徒が金の卵の中身を見てみたいと言い出し、その言葉に他の生徒も同調して場は一気に卵公開ショーへと成り代わった。その雰囲気に断れるはずもなく、その理由もないことから卵の蝶番を開けた。

 

―――瞬間、ガラスか黒板を鋭い爪で掻き毟った騒音を何倍にもしたかのような、甲高く鋭い音が談話室中に響き渡る。

その耐え難い音に生徒達は溜まらず耳を押さえて蹲った。無論、私もそのうちの一人である。騒音によって一気にテンションが普段値まで下がったのか、パーティーはそこでお開きとなった。

 

 

 

 

十二月に入り、ホグワーツは一面真っ白の雪で覆われている。とはいえ、雪が降る勢いは緩やかで過ごしやすい日々が続いている。

 

第二の課題が行われるのは二月二十四日。それまでに代表選手は第一の課題で手に入れた金の卵に隠されたヒントを入手しなければいけない―――のだが。

 

「……どうしようかしら」

 

初めて金の卵を開けた日から毎日のように卵を調べているものの、未だに成果が得られないでいる。第二の課題がどんなものにしろ、準備諸々も含めて最低でも一ヶ月は時間が欲しいところなのだが。

だが調べるというものの、開かなければ目立つ特徴のない玉、開けば騒音を奏でる音爆弾となる金の卵に対して既にお手上げといった感じである。何度か遮音呪文を掛けて調べてみたが、音が聞こえなくなっただけで得るものはなかった。

 

 

 

「ねぇ、アリス。アリスは誰とダンスパーティーにいくの?」

 

パドマが昼食時の大広間でそのようなことを聞いてきた。というのも、午前中に行われたマクゴナガル先生による特別授業が原因であることは明白な訳であるが。

マクゴナガル先生によれば、十二月二十五日のクリスマスの夜にダンスパーティーを行うのが三大魔法学校対抗試合の伝統なのだとか。夏休みに送られてきた学用品のリストに書かれたドレスローブをいつ使うのかと思っていたが、この話を聞いた瞬間に理解した。

 

「さぁ……分からないわ。特別気になっている相手もいないしね」

 

とは言うものの、当日までには誰かしら相手を見つけておかなければならない。これまた伝統とやらで、代表選手とそのパートナーはパーティーの最初に踊るらしいのだ。故に相手がいませんでは冗談にもならず、必ずパートナーを連れてきなさいと念を押されてしまった。

 

「パドマはアンソニーと踊るのよね」

 

「えぇ。授業が終わったあと、アンソニーに正式に申し込まれたわ」

 

「へぇ、脇目も振らずに申し込むなんてやるじゃない」

 

「まっ、まぁその話は一旦置いといてさ! それより卵の方はどうなったんだい? 何か進展はあった?」

 

アンソニーのあからさまな話題転換に笑いながらも、振られた問題について答える。

 

「全然。開けば騒音、閉じれば何もなし。ちっとも進んでいないわ」

 

「大丈夫なの? アリス」

 

「……このままでは問題ね」

 

「やっぱり、僕達も手伝おうか?」

 

「ありがとう、アンソニー。でも、もう暫く一人で調べてみるわ……でも、そうね。今年中に卵の謎が解明できなかったら、二人にも協力してもらうかもしれないから、その時はよろしくね」

 

 

それからは、時間が空けば図書館に篭って本を漁る日々を過ごしている。そして調べていく内に一つだけ思いついたことがあった。

卵を開くと響き渡る騒音。最初は卵の謎を解くための妨害手段として発せられるものだと考えていたのだが、あの騒音こそがヒントなのではないかという可能性だ。騒音自体はカモフラージュであり、その音の中からヒント足りえる何かを拾い上げる。例えるなら、無数の乱雑に並べられた言葉の羅列から正しい言葉を抜き出して答えを得る。この卵もそういったものではないのだろうか。

 

そう考えて本を漁っているのだが、卵の謎を解明できそうなものは見つけられずにいる。“苦行の暗号と解読”“不叫”“音解”といった暗号と音に関する本を中心に調べていたが気になるような記述はなく、残った本は当たればラッキーといった程度で選んだものしかない。

 

「はぁ……駄目ね。着眼点が違うのかしら? でも、あの音が無関係とも思えないけど……」

 

 

 

ダンスパーティーの一週間前にまで迫り、そろそろ焦りが出てきた。卵のこともそうだがダンスパーティーで一緒に踊る相手が未だに決まっていないのも焦りの原因だ。

正直、余程嫌な相手でもない限り誘われたら応じるつもりだったのだが、未だに誘いの声を掛けてきた者はゼロ。ここまでくると流石の私でもショックを受ける。

 

「受け身の姿勢がいけないのかしらね」

 

これは本格的に自分からパートナーを見つける必要がありそうだ。卵の問題が片付いてはいないが、まずは目先の問題を解決するほうが重要である。

とは言うものの、もうダンスパーティー一週間前。殆どの生徒は既にパートナーを見つけている時期だろう。ここにきて未だパートナーのいない者となると、誘いたい人がいるのに誘えていないか、なにか原因があってパートナーがいないか、下級生のどれかではなかろうか。

 

「パドマに相談してみましょうか」

 

他寮にも友好の幅が広いパドマなら誰かしらいい人を知っているかもしれない。そんな淡い期待を持って本を片付けたあと、夕食のために大広間へと向かう。

長い時間図書室にいたため時間も遅く、夕食の時間も終わりに近づいていたので駆け足で廊下を進んでいく。階段を下りて玄関ホールへとついた頃には夕食の時間終了の三十分前となっていた。

 

「ん? あれは……ネビル?」

 

大広間の入り口へ近づいていくと、扉の壁に隠れるようにネビルが立っていた。近づく私にネビルも気がついたのか、何故かやたら驚いた顔で見ている。

 

「こんばんは、ネビル。こんな時間までどうしたの?」

 

「こ、こんばんは。ア、アリスも遅いね。これから夕食?」

 

何やら、ネビルがいつも以上に挙動不審だ。顔は真っ赤だし汗もかなり流している。目もキョロキョロと忙しなく動いているし、一体どうしたのだろうか。

 

「えぇ、ちょっと図書館で調べ事をしていたら遅くなってしまってね。それより、ネビル大丈夫? 風邪でもひいているの?」

 

「そ、そうなんだ。あっ、ううん、大丈夫。風邪じゃないから。身体はいつも通り健康だよ」

 

「そう、ならいいけれど」

 

やっぱり挙動不審ね。まぁ、本人が大丈夫と言っているのだし私がこれ以上気にすることでもないだろう。それに、早く夕食を済ませてしまわないと時間がなくなってしまう。

 

「時間も押しているし行くわね。それじゃ、ネビル。念のため、マダム・ポンフリーのところに行ったほうがいいわよ」

 

「あっ……うん。それじゃ……」

 

ネビルと分かれて大広間へと入りテーブルに着く。大広間には私の他に四人しかおらず、いつもは騒がしい大広間は静寂に包まれていた。

 

 

 

 

十五分ほどで夕食を終えて席を離れる。私が食べている間に他の生徒は出て行ったので、残っているのは私一人だ。

ダンスパーティーのパートナーをどうするか悩みながら大広間を出ると、扉の横に人影を見つけて思わず視線を向ける。

 

「ネビル?」

 

そこには先ほど別れたはずのネビルが立っていた。

 

「ア、アリス……あ~、その……こんばんは」

 

「……こんばんは」

 

一体何がしたいのだろうか。ネビルの目的が分からず、思わず首を傾げる。ネビルはネビルで、頭を手で抱えながらブツブツと何かを呟いている。言っては何だが、正直不気味だ。

 

「すぅ……はぁ……ア、アリス。その……一つ、聞きたいんだけれど、いいかな?」

 

「えぇ、構わないけれど?」

 

そう返すと、ネビルは意を決したとでもいうのだろうか。いつもの自信なさげな顔を引き締めてゆっくりと口を開いた。

 

「アリスはさ……その、パートナーは、もう見つかった?……ダンスパーティーの」

 

「いいえ、まだよ。そろそろ誰か見つけないと不味いと思っているんだけどね」

 

「そ、そうなんだ。そうなんだ……よかった」

 

「ん? 何か言った?」

 

最後の方の言葉が聞き取れずに、思わず聞き返してしまう。

 

「ううん! 何でもない! 何でもないよ!」

 

ネビルは手をバタバタと振って何でもないを繰り返している。

 

「すぅ……はぁ……そ、その。もし……もし、アリスさえよければ、なんだけど……」

 

そこでネビルは口を閉じてしまう。何度か口を開いては閉じてを繰り返しているのを、私は黙って見ている。

流石に、ここまでくればネビルが何を言いたいのかは分かる。だから、余計な口を挟まずに、ネビルが言葉にするまでは何も言わない。

 

「ぼ……僕と、ダンス、パーティーで……お、おど……僕とダンスパーティーで踊ってください!」

 

そう言い切ったネビルは頭を下げながら手を出してきた。誰もいない玄関ホールにネビルの最後の言葉は大きく響き渡り、今も僅かに反響している。

 

「ネビル、顔を上げて」

 

ネビルは壊れたブリキ人形のようにゆっくりと顔を上げる。その顔に浮かぶ感情は不安や恐怖といったものか。

私はネビルの顔を見ながらゆっくりと手を伸ばして、差し出された手を握り返す。

 

「喜んで。よろしくね、ネビル」

 

「うぇ!?」

 

ネビルが妙な奇声を上げたので、思わず笑ってしまう。ネビルも自分の奇声を自覚したのか、慌てて取り繕っている。尤も、それが成功しているかは別問題であるが。

 

あと、そこの肖像画の中で微笑みながら静かに拍手している男はどこかへ行きなさい。

 

 

 

 

一週間という時間はあっという間で、ダンスパーティー当日となった。

今まではクリスマスの日となると殆どの生徒が実家へ帰省してホグワーツに残るのはほんの僅かになるらしいが、今年は一大イベントがあるということもあってか逆に殆どの生徒が残っているようである。

 

朝から夕方にかけては特にやることもなく、寒いので外に出る気もなかった私は談話室の暖炉前に陣取って読書をしていた。卵の謎は相変わらず解けていないが、休むことも大事だと思い今日だけは手をつけてはいない。

ちなみに、クリスマス・プレゼントは五人から貰った。パドマとアンソニー、ハーマイオニーにルーナの四人に加えて、パチュリーからという予想外の人物からだ。四人については去年も貰っていたし私もプレゼントを贈っていたから分かるが、世界のどこかで旅しているパチュリーからプレゼントが届くとは思ってもいなかった。

送り主があのパチュリーなので恐る恐るプレゼントを紐解いていったが、中身は至って普通のものだった。いや、希少価値からしたら結構なものではあるのだが。

 

パチュリーから贈られたのは一本の羽根ペン。それもただの羽根ペンではなく、インクに浸さないでも書くことができ、羽根の部分で書いたところを掃うと消しゴムで消したみたいにインクが消えるといったものだ。この羽根ペンを使えばレポートや物書きをする際に書き間違えたとしても、最初から書き直す必要がなくなるという実用性に優れたものなので、かなりありがたい。来年のクリスマスにはこちらからも何かプレゼントを贈るつもりでいるが、それがパチュリーに届くかは不明だ。

 

 

 

「アリス~? 準備できたかしら?」

 

カーテン越しにパドマの声を聞きながら姿見で身嗜みを確かめる。着ているのはいつもの制服とローブではなく、この夏に作ったドレスローブだ。

僅かに光沢のある群青の生地をメインとしたドレスに同色のロンググローブ。派手過ぎない程度にフリルで飾られているそれは、我ながら満足の出来栄えだ。肩の部分は大きく開かれており大胆に露出しているが、パーティー用ならばこのくらいでも問題はないだろう。ドレスやフリル、ロンググローブは金糸で僅かながらに彩っている。それは光を浴びると、生地の色と相まって夜空に輝く無数の星を思わせるようになっている。

 

また、装飾品としてラピスラズリの石がついたイヤリングとネックレスを身につけている。このラピスラズリはダイアゴン横丁の宝石店で購入した天然物の原石を魔法で加工したものだ。小さいながらも高品質のラピスラズリは相応に値も張ったが、貯蓄を大きく響かせるほどではなかったというのと、滅多にない機会ということで思い切って購入した。加工し辛い石であるが、そこは魔法を使うことでマグルの職人顔負けの精度で加工することができた。こういうところでは魔法は本当に便利だと思う。

 

最後にいつも着けているヘアバンドを外して、髪を櫛で梳いて準備は終わり。姿見でおかしなところがないかを一回転して確認する。

 

「よし。ごめんなさい、パドマ。今行くわ」

 

「も~、アリスってば遅いわよ……」

 

壁に掛けられた鏡を見ていたパドマが振り向いて私を見ると、言葉が尻すぼみとなっていった。パドマの姿は明るいトルコ石色のドレスに長い黒髪を三つ編みにして金糸を編みこんでいる。両手首には金のブレスレットが輝いている。

 

「よく似合っているわよ、パドマ。とても可愛いわ」

 

「―――そんなことないわ。アリスの方が綺麗よ。本当、贔屓目無しでそう思うわ」

 

「そう言われると照れるわね。でも、ありがとう。さ、パドマのお相手も待っているだろうし早く行きましょう」

 

そう言って、パドマと一緒に談話室へと向かう。階段を下りて談話室へ入ると、ドレスローブを着た生徒で溢れかえっていた。アンソニーは階段のすぐ横で待っていたらしく、談話室へ下りてすぐに合流できた。

 

「ごめん、アンソニー。待ったかしら?」

 

「いや、僕も今来たところだよ」

 

パドマに軽く手を振って答えたアンソニーはパドマを見て、次に私を見てから再度パドマへと視線を戻す。

 

「似合っているよ、パドマ。とても綺麗だ。それにアリスも、凄く似合っているよ」

 

最初にパドマを褒めてから私を褒める。褒め言葉も、パドマに二つと私に一つという采配。流石はレイブンクロー同期での優等生といったところか。自分の彼女を一番に立てながらも他の相手に対しても気を配るとは。

 

―――て、私は何を分析しているんだか。

 

そのまま三人で談話室を出て玄関ホールへと向かう。その途中、すれ違う生徒の殆どがこちらを見てくる視線を感じながら、極力気にしないように歩く。中にはパートナーのいる人もいるのだろうに、そちらを蔑ろにしていてもいいのだろうか。

玄関ホールは三校の生徒が一挙に集まっており、流れはあるものの多くの人で溢れかえっている。私はパドマとアンソニーと別れて、自分のパートナーであるネビルを探して玄関ホールを見渡す。

 

なお、ドールズについては完全に自由行動としている。学校の敷地外に出たり、人気のない場所や危ない場所に近づかない限りは一切の制限をしていない。尤も、ドールズたちは全員がダンスパーティーに参加するらしく、既に大広間へと向かっている。上海や露西亜は踊る気満々らしく、今日までダンスの練習をしていたほどだ。

 

階段を下りながら見渡していると玄関ホールの扉が開き、ボーバトンの生徒が入ってきた。先頭にはマダム・マクシームとフラーが歩いている。フラーはシルバーグレーのドレスを着ており、その容姿と相まって全身が輝いているような印象を受ける。フラーの横には見たことのある人物が並び立っている。ロジャー・デイビース、レイブンクローのクィディッチチームのキャプテンを任されている人物だ。そういえば、談話室で彼が凄い人とパートナーを組むことができたと話しているのを聞いた気がする。フラーとロジャー・デイビースが大広間の扉横で待機して、マダム・マクシームと他のボーバトン生はそのまま大広間へと入っていった。

 

そして、少し間をおいてから再度玄関ホールの扉が開き、ダームストラングの生徒がカルカロフ校長とビクトール・クラムを先頭に進んでいく。ビクトール・クラムは赤い軍人が着るような礼服をきっちりと着込み、その隣には淡い紫色のドレスを着た女性が並んでいる。

 

「フラーもだけど、あの子も綺麗ね―――ん? あの子……ハーマイオニーかしら」

 

ビクトール・クラムと並ぶ女性は随分雰囲気が違うが、間違いなくハーマイオニーだ。普段とは違い、絹のような滑らかな髪を頭の後ろで捻ってシニョンにしている。立ち振る舞いもいつもの活発な感じではなく、優雅なお嬢様のような気品さが窺える。正直な感想では、フラーに負けず劣らずに綺麗だ。

 

ビクトール・クラムとハーマイオニーが大広間の扉横に向かうのを見送ってから、ネビルはどこにいるかと辺りを見渡す。今更だが、レイブンクローかグリフィンドールの談話室の入り口か、二つの寮の道が交わる場所を待ち合わせ場所にしたほうがよかったかもしれない。

そんなことを内心愚痴りながら見渡し、ようやく見つけることができた。大階段の影に被さるようにして立っていたので、もう少し見つけやすい場所にいて欲しいと愚痴りながら近づいていく。どうやら私のネビルは誰かと話しているらしく、四人の生徒に囲まれていた。

 

「で? 一体誰がお前なんかと踊ってくれるって?」

 

近づいていくと五人の会話が聞こえてくる。声で分かったが、囲んでいる四人の内一人はドラコのようだ。あとはクラッブとゴイル、ドラコの隣で腕を組んでいるのはドラコのパートナーか。

ドラコの相変わらずな言動に溜め息を吐きながらもそのまま近づいていくが、その前にドラコたちは大広間へと向かっていった。一人、その場に取り残されたネビルに近づいて声を掛ける。

 

「こんばんは、ネビル」

 

声を掛けると、ネビルは驚いたように肩を揺らしてこちらを向く。ネビルは燕尾服に近い服を着ており、よくも悪くも普通といった感じだった。

まぁ無理に挑戦するよりは断然いいし、ある意味ネビルに合っているので、この選択は間違っていないだろう。

 

「こ、こんばんは。とても……うん、凄く、似合ってる。綺麗だよ、アリス」

 

「ふふ、ありがとう。ネビルも似合っているわよ」

 

「あ、ありがとう。ごめんね、本当なら僕から迎えにいかなくちゃいけなかったのに」

 

「別に気にしなくてもいいわよ。まぁ、もう少し見つけやすい場所にいては欲しかったけれどね。ドラコに絡まれて大変だったんでしょ」

 

「えっ!? その、見てたの?」

 

「途中からね。ていうか、言い返せばよかったじゃない。自分には私というパートナーがいるって。それとも、私じゃ不満?」

 

冗談交じりでネビルにそう言うと、ネビルは勢いよく否定してきた。

 

「そ、そんなことないよ! アリスと踊れるなんて最高っていうか凄く嬉しい。確かに、僕とアリスとじゃ全然釣り合わないと思うけれど、それでも一生の思い出物だよ!」

 

「そ、そう。ありがとう」

 

「それに、マルフォイには言葉じゃなくて直接見せたいんだ。この人が僕のパートナーだぞって」

 

「そう。なら、早く行きましょう。人も少なくなってきてるわ」

 

ネビルの横に並び立ち、差し出された腕に手を回して腕を組む。人が少なくなった玄関ホールを歩き、他の代表選手が集まっている扉横へと向かうと、私達以外はすでに集まっているようだった。

 

「あぁ、ミス・マーガトロイド。こちらへ。全員集まりましたね。それでは、準備が整うまで皆さんはここで待機していてください」

 

この場を纏めていたマクゴナガル先生は、一言で言い切ると大広間へと入っていった。

 

「ネビル、君のパートナーって、アリスだったの?」

 

マクゴナガル先生がいなくなると、ハリーがネビルへと話しかけてきた。ネビルと比較的仲のいいハリーがネビルのパートナーのことを知らなかったということは、グリフィンドールの誰にも言っていないのかもしてない。

 

「こんばんは、アリス。アリスがネビルのパートナーだったのね。ネビルったら最近ずっとハイテンションだったから、いったい誰が相手なのか気になっていたのよ」

 

「その様子だと、ネビルったら誰にも自分のパートナーが誰なのか言っていなかったの?」

 

「えぇ、当日までは秘密にしておくんだって。ハリーとロンは、ネビルはパートナーがいないからそう言っているだけだって言ってたけれど、見当違いだったわね」

 

そう言いながら、ハーマイオニーはハリーに僅かに視線を向ける。その横ではビクトール・クラムがじっと私達を見ていた。

 

「ほら、ハーマイオニー。パートナーを放っておいちゃ駄目よ」

 

ハーマイオニーにそう言ってからネビルの隣に並ぶ。途中フラーと目が合ったが、お互い軽く手を振るうだけで済ませた。

 

 

数分後、扉がゆっくりと開き順番に大広間へと入っていく。大広間は普段とは異なり、例えるなら氷と雪の城のような幻想的な空間へと変貌していた。生徒が左右に分かれて拍手を鳴らし、その間に出来た道を進んでいく。私達が進んでいく中、周囲からは感嘆や驚愕といった声が囁かれていた。自意識過剰でなければ、多くの生徒の視線が私に集まっているような気がする。というのも、視線が突き刺さるチクチクした独特の感覚がするからだ。あるいは、私ではなく前を歩くハーマイオニーか隣を歩くネビルを見ているのかもしれない。ハーマイオニーは普段とは異なり美しく着飾っているし、ネビルもこういった目立つ舞台に立つという印象はないからかもしれない。

そのネビルは見て分かるほどに緊張しており、ガチガチに固まった身体を無理やり動かしているといった感じだ。途中、何度か躓いたことからもネビルの緊張度合いが窺える。

 

審査員の座るテーブルへと近づき代表選手とそのパートナーも空いている席に座る。その際に気がついたが、審査員のうちクラウチ氏が居らず、代わりにロンの兄弟のパーシー・ウィーズリーが着席しており、近くに座ったハリーに熱心に話しかけているようだ。確か魔法省に勤めているというのを、以前ハーマイオニーたちが話していたのを聞いた気がする。ということは、今日ここにいるのはクラウチ氏の代理ということだろうか。魔法省に勤め始めてからまだ長くはないはずだが、代理を任せられるほどに重要なポジションにいるのだろうか。

 

テーブルには一人ひとりの前に小さなメニュー表が置かれている。ダンブルドア校長がメニューに書かれている料理を言うと目の前の皿に料理が現れたのを見て、皆が次々に料理を注文していく。私もメニューを一通り流し読み、七面鳥のローストチキン、ノンアルコールの白ワインを注文して食べていく。隣に座るネビルはローストビーフにポテト、ノンアルコールのカクテルを注文しているが、料理には手をつけずに身体を強張らせている。

 

「食べないの? ネビル。美味しいわよ」

 

「え? あ、あぁ、うん。食べるよ。うん、食べる」

 

ネビルはそう言うと、慌てて料理を食べ始めた。その勢いを見ながら詰まらせなければいいがと思うが、案の定とでも言うべきか半分ほど食べたところで手を止めて胸を叩き始める。詰まったものを流そうとしたのか、カクテルを口に運び一気に飲み込むネビルだが、今度は気管に入ってしまったらしく咽込み始めた。その際にカクテルと料理が口から噴出してしまい、ネビルの服を汚してしまう。それを偶然見ていたのか、何人かの生徒が笑っているのが見えた。

 

「大丈夫?」

 

ネビルに声を掛けながらテーブルの下で杖を振るい、ネビルの服や顔についたものを拭う。ネビルは暫く咽ていたが、幾分落ち着いたのか申し訳なさそうに謝ってきた。

 

「ゴメン、アリス。折角のパーティーなのにみっともない格好をしちゃって」

 

ネビルは身体を小さく縮こませて沈黙したあと、呟くように言葉を続けた。

 

「ねぇ……アリスは、どうして僕なんかをパートナーに選んでくれたの? 凄い人や格好いい人は沢山いるのに、僕なんかが選ばれるなんて、正直今でも信じられないんだ。僕は勉強も出来ないし、魔法も全然上手くない。良いところなんて一つもないって自分でも分かってる。僕がアリスのパートナーに相応しくないなんて、自分が一番分かってるんだ」

 

自虐するようにネビルはポツポツと話していく。

 

「僕がアリスに声を掛けたのも、アリスのパートナーが決まったっていうことを聞かなかったからなんだ。ダンスパーティーのことを聞かされたときから、アリスと踊りたいって思ってたけれど、僕なんかが選ばれるはずないって思ってて。誰かアリスのパートナーが決まったら諦めようと思ってたけど、そういった話を聞かなかったから諦め切れなくて」

 

膝の上で手を強く握りこみながら話すネビルを静かに眺めながら、パーティーの喧騒に消えそうな言葉を聞き漏らすまいと耳を傾ける。

 

「アリスは、どうして僕なんかをパートナーに選んでくれたの?」

 

最後に最初と同じ問い掛けをして、ネビルは私の目を覗き込む。目を見て人の考えが全て解る―――なんて自惚れる気はないけれど、ネビルの目にどんなことを言われても受け止めるといった決意が宿っているのは解った。

 

「……正直に言うと、パートナーなんて誰でもよかったの。余程嫌な相手でもなければ、最初に声を掛けてきた人でもね。ネビルのことは嫌いではなかったし、一番に声を掛けてきてくれたから誘いを受けたというのが、あの時の私の気持ちよ」

 

「そう……なんだ」

 

そう返すと、ネビルは視線を外して俯いてしまう。搾り出すような声は酷く暗く沈んでいる。

 

「でも、もしあの時、ネビルが自分のことを“僕なんか”なんて言っていたら、その場で断っていたわ。パートナーが自分のことを“僕なんか”なんて言っていたら、私まで“私なんか”ということになってしまうからね」

 

「……」

 

「でもね、ネビル。あの夜に私に申し込んできた貴方は、今みたいに自分を卑下していたのかしら? まぁ、内心していたというのは今聞いたけれど、それでも貴方は私を誘ったでしょう。それはつまり、自分を卑下する気持ちより、パートナーになりたいという気持ちが上回ったということではないのかしら?」

 

ネビルは僅かに顔を上げて視線をこちらへと向ける。

 

「あとで聞いた話だけれど、私を誘おうとしていた人は何人かいたらしいわ。まぁ、結局は誰も声を掛けてはこなかったけれどね。そんな中、ネビルだけは声を掛けてきてくれたわ。それも一番に。その時は、ネビルがどんな気持ちで申し込んできたのかは分からなかったけれど、ネビルなりに思い悩んでいたというのは今のネビルの言葉で分かったわ。だからこそ私は思うの。ネビルは優秀ではないかもしれない、でも勇気のある人よ」

 

「勇気なんて……ないよ。僕は、アリスやハリーみたいにドラゴンに立ち向かう勇気もない。ううん、ドラゴンじゃなくても、きっとそんな勇気は持てないよ」

 

「私は、そうは思わないけどね。それに、ドラゴンに限らず敵に立ち向かうのに必要なのは勇気ではなく覚悟よ」

 

一度言葉を区切って、揺れるネビルの目と視線を合わせる。

 

「確かに誰かに立ち向かうのには覚悟だけじゃなく勇気も必要よ。でも、本当に勇気が必要なのは誰でもない、自分自身に立ち向かうとき。人は自分の醜いところや弱いところを見たがらず逃げる生き物よ。それは私にだって当てはまるわ。だから、恐れながらも自分に立ち向かえる人は、勇気がある人だと思ってる」

 

笑みを浮かべ、ネビルの顔を見ながら言葉を続ける。

 

「格好悪くてもいいじゃない。優秀でなくても、魔法が上手くなくてもいいじゃない。それ以上にネビルは勇気のある人なんだから―――ありがとう、ネビルがパートナーでよかったわ」

 

ネビルは顔を真っ赤にしてあたふたしている。それを見て笑いそうになるが、堪えて言葉を続ける。

 

「ネビル……ごめんなさい。知らなかったとはいえ、貴方の勇気を蔑ろにして、軽率な気持ちで誘いを受けたことを申し訳なく思うわ。本当に、ごめんなさい」

 

そう言い、頭を下げる。尤も、このような場で頭を下げたりなんかすれば余計な注目を集めてしまうことは確実なので軽く下げる程度だが、謝罪の気持ちは十分に込める。

ネビルは口をパクパクさせながら言葉にならない何かを洩らしているが、段々と形を成した言葉が聞こえてきた。

 

「そ……それなら……今夜、その……僕とずっと踊ってくれるんなら……ゆ、ゆるして、あげる……よ?」

 

声が裏返り、どもりながら言ったネビルの言葉に一瞬呆ける。その言葉の意味を理解すると同時に笑いが込み上げてきた。

 

「ふふ、あははっ―――言うじゃない、ネビル。そういうことなら、喜んでお相手させてもらうわ」

 

その後、妖女シスターズ―――魔法界で指折りのバンドらしい―――がステージに上がり音楽が奏でられると代表選手たちは立ち上がりダンスフロアへと上がっていく。五組のパートナーで円を描くように並ぶと、音楽に合わせて踊り始めた。

 

「上手ね、ネビル。ダンスの経験があるの?」

 

初めは緊張して動きが固かったネビルだが、暫く踊っていると緊張が取れたのか慣れてきたのか、動きがよくなっていった。

 

「練習したんだ。アリスも、とっても上手だね」

 

「まぁ、子供の頃に踊る機会があってね」

 

それからは校庭に作られた庭園で休憩しながらパーティーが解散するまで踊り続け、少しの間大広間の隅で休んでから人が少なくなるのを待って寮へと足を向けた。

最初は遠慮したのだが、ネビルがどうしても寮まで送ると言って引かなかったのでお言葉に甘える形で送ってもらい、寮前でお礼を言ってからその日は別れた。

談話室には僅かな生徒しかおらず、残っている生徒も椅子にもたれかかって眠っているといった感じだ。寝室へと入り、襲ってきた眠気を堪えながら着替える。そのままベッドへと倒れるように寝転がると一気に疲労が押し寄せてきて、何かを考える間もなく意識を手放した。

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

クリスマスから数日、卵の謎を解くために図書館に篭っているが、やはり有益な情報は見つけられない。もう第二の課題まで二ヶ月を切ったので流石に焦りが出てきている。昨日は必要の部屋に赴いてまで調べたが、あの図書館を以ってしても謎を解くことが出来なかった。

 

昼食を食べ終え、中庭に置かれているベンチに座って休憩する。雪は降っていないものの城も地面も一面白銀に覆われており、吐き出す息は白い。踏み荒らされていない雪原に反射した太陽の光に目を閉じ、そのままベンチの背もたれへ寄りかかる。

 

太陽が出ているため気温はそれほど寒くはないが、時折吹く風が運んでくる冷気は肌を刺すほどに凍てついている。とはいえ、酷使した頭にはその冷気が心地よいので、身体の力を抜いてベンチへ身を預けた。

 

「……」

 

目を閉じているためか、いつも以上に聴覚が敏感になっている気がする。城の中から聞こえる生徒の声、遠くで流れる風、ふくろうは羽ばたく音、草が揺れる音、自分の心音。普段なら気にもならない様々な音が聞こえてくる感覚に身を委ねていると、ふと気になる音が聞こえた。普段から聞いている音であるのだが、こうして自然体でいることで過敏に反応したのだろうか。ベンチから立ち上がり近くの植木へと近づいていく。

 

植木に顔を寄せると、葉の上で二匹の虫が向かい合って鳴き声を鳴らしているのを見つけた。虫は羽を細かく震わせながらキーキーと鳴らしあっている。

 

「何かしら? 威嚇か……あるいは求愛かしら?」

 

暫く二匹の虫を観察していたが、虫は唐突に鳴き声を止めると同時に飛び出していき森のほうへと消えていった。

 

「行っちゃったわね。結局なんだったのかしら? 一緒に飛んでいったところを見ると威嚇しあっていた訳でもなさそうだけれど」

 

森へと飛んでいった虫のことを考えながら城へと入る。長居し過ぎた所為か身体が随分と冷え込んでしまった。マフラーを空気が漏れないように巻きなおしながら冷たい風が流れてくる廊下を歩いていく。

 

「もし求愛していたのだとしたら何て言っていたのかしら。虫の告白……興味はあるわね。まぁ、興味があったところで虫の言葉が解るわけでもないし、考えるだけ無駄―――」

 

そこまで言って口を閉じ、動かしていた足も止める。そして、一瞬前に自分が言った言葉を頭の中で繰り返し再生していく。

 

―――虫の言葉が解らない―――

 

虫が鳴らしていた鳴き声。さっきは好奇心からさほど気にはしていなかったが、本来虫の鳴らす独特の鳴き声というものを心穏やかに聞いていられるものだろうか。まぁ、世界のどこかにはそういう人もいるかもしれないが少数派だろう。私だって全部ではないものの甲高い虫の鳴き声というものは好きではない。

 

パドマなんかは全く駄目だろう。別に虫自体が嫌いというわけではないのだが、虫独特の鳴き声というものに関してだけ鳥肌が立つほどに嫌悪を露わにしているのだ。それこそ、“鳴き声を聞いた瞬間に距離を置いて耳を塞ぐ”ぐらいには。

 

そして原因は異なれど、そういった一種の回避行動を私は最近よくしている。

そう。あの金の卵を開いた瞬間にだ。

 

そこまで思い至った私は再び歩き出し必要の部屋へ向かっていく。廊下を進み階段を登って必要の部屋の入り口へ辿り着くと、特定の言葉を思い描いて三往復する。そして現れた扉を開けて中へと入る。

無数の本棚が高く並び立つ中、中央に配置された机へと近づき、そこに置かれている石版に触れながら欲しい本を思い浮かべる。すると本棚から幾つかの本が抜き出され、机の上に積み重なっていった。

 

「……」

 

その中の一冊、“世にも不愉快で馴染みない言語”という本を手にとってパラパラと手早く、しかし内容は読み取れる速さで頁を捲っていく。

 

「違う……これは……いや……」

 

半分ほど頁を捲っていくが目ぼしい情報はない。いくつか気になる記述はあったが、恐らく違うだろう。

さらに読み進めていき、二十頁ほど捲ったところで指を止める。

 

水中人(マーピープル)。水中に生きる魔法生物……湖の底に暮らし、集団で狩りを行う……水魔を飼いならしているものも確認されている……音楽を好み、その歌声は美しく……ただし―――」

 

ただし、水中人の話すマーミッシュ言語は水中でしか聞き取ることができない。この言語を理解できる者同士であれば地上でも話し合うことが可能であるが、取得難易度が高いため水中人以外で話せるのは多くはない。マーミッシュ言語を理解しない者が水中以外でマーミッシュ言語を聞くと耐え難い騒音として聞こえてしまう。故に、マーミッシュ言語を話すことができない者が水中人の声を聞こうとするならば、水中に潜るほかはない。

 

「……なるほど、ね」

 

もし卵から聞こえてくる騒音がマーミッシュ言語によるものだとしたならば謎は解けたも同然だ。確証はないが、試す価値は十分にある。卵を水に沈めて潜れば、騒音ではなくちゃんとした言葉として聞き取ることが出来るだろう。

 

 

 

 

一度寮へと戻り、卵を持って再び必要の部屋へとやってくる。ただし、今回はいつもの図書館ではなくお風呂に入れる部屋を思い浮かべる。水の中で聞こえるのだからお湯の中で聞こえないということはないだろう。というより、この季節に水に入ろうなどとは思わない。

念入りにイメージをして現れた扉を通っていく。部屋の中は木板の小屋のような作りをしていて、壁際に幅広の棚と大き目の籠が置かれており、入り口から正面の壁に作られたガラスの扉が白く曇っている。

 

「上手くいった……かしら?」

 

籠の置かれた棚に近づきながら部屋を観察していく。この部屋は日本の温泉を参考にして思い浮かべたものだ。目的を果たすだけならば普通のバスルームを思い浮かべれば済む話だったが、こういった機会も中々ないので、以前に知ってから入りたいと思っていた温泉というものを試してみたのだ。尤も、いくら必要の部屋とはいえ異国の文化にまでは対応していないだろうと駄目元であったのだが、予想に反して再現できているようである。

 

服を脱いで籠へと入れていく。そして籠に入っていたバスタオルを手に取り、身体を隠しながらガラス扉を開く。途端に中の熱気が溢れ出てくるが、構わずに中へと入っていった。

中は大きさの異なる石畳が敷かれ、その中央に大き目の石で囲われた窪みが出来ている。窪みには薄く濁ったお湯が溢れるほど注がれており、近くにある穴から今もお湯が流れ出ている。

温泉の周りには緑豊かな木々が植えられており、どういう原理か天井から降り注ぐ日の光を遮ることで宝石のような輝きを床に落としていた。

 

本で読んだことを思い出しながら準備をして温泉へと入っていく。温度の高いお湯に徐々に身体を沈めていき、肩まで浸かったところでゆっくりと息を吐き出す。

 

「はぁ~……気持ちいいわね」

 

初めて体験する異国のお風呂の気持ちよさに感動した後、上を見上げる。熱を持つ身体に心地いい少し冷えた風が緩やかに流れ、それによって木々が動き、降り注ぐ光が変化しながら降り注ぐ。本当にどうやってこのような空間を作り出すことが出来るのか不思議に思いながらも、本来の目的を思い出して考えを切り替える。

 

温泉の淵に置いておいた卵を手に取りお湯の中へと沈める。息を吸い込み、足から滑るようにして全身をお湯の中へと沈めた。熱いお湯が全身を覆う中、手に持つ卵を開く。すると、今まで耳を劈く騒音を発していた卵から美しい旋律と共に歌が流れ込んできた。

 

―――探しにおいで 声を頼りに―――

―――地上じゃ歌は 歌えない―――

―――探しながらも 考えよう―――

―――我らが捕らえし 大切なもの―――

―――探す時間は 一時間―――

―――取り返すべし 大切なもの―――

―――一時間のその後は もはや望みはありえない―――

―――遅すぎたなら そのものは もはや二度とは戻らない―――

 

「ぷぁ」

 

お湯から顔を上げて息をする。思ったより長い時間潜っていたようで、呼吸を整えるまでに少しの時間を要した。

 

「大切なものを取り返せ、ね」

 

頭の中で今聞いた歌の内容を繰り返しながら考察をする。

地上では歌えない歌を頼りに探す。地上で歌えない歌というのは、まず間違いなくマーミッシュ言語によるものだろう。声を頼りに探し出せということは、つまり水中人が声―――歌を歌える場所を探せということ。ということは、探すべき場所は水の中か。

そして、水中人が捕らえた大切なものが何かを考えて一時間以内に取り返せ。大切なものというのが何かは解らないけれど、水中人を探し出すということはその近くに取り戻すものがある可能性は高い。制限時間が一時間というのは、探す範囲の広さにもよるが競い合いである以上は短くはあっても長いということはないだろう。

最後に、時間を過ぎたら大切なものは二度と戻らない。気になるところはあるが、この大切なものを取り返すことが第二の課題のクリア条件なのだろう。

 

そうなると、問題は水の中でどうやって息をするかということになる。まぁ、まだ時間はあるし追々考えていこう。というより、のぼせてきて上手く考えがまとまらないというのが本音だが。

 

温泉から上がり、身体を拭いて制服に着替える。本の虫で必要の部屋の外に人がいないことを確認してから退出し、夕食の時間が近づいていることもあって大広間へと向かっていった。

 

 

 

 

卵の謎が解けてからの日々はあっという間に過ぎていった。

その間、ハグリッドが巨人の血を引いていることが日刊預言者新聞で持ち上がり一時騒然としたが、以外にもスリザリンを除く寮やその家族からの苦情がなく、日を追うごとに沈静化していった。

 

第二の課題をクリアする上で欠かせない“一時間水中で活動する方法”については目処がついたものの、その習得に幾分梃子摺っている。尤も、水の中で酸素を確保する方法だけであれば問題はないのが。

第二の課題の場所は恐らくホグワーツの敷地内に広がる湖。どこか特別に用意した場所に行くならば、その分大勢の人を動かさないといけない手間があるので間違いはないだろう。そして、もし広大なホグワーツの湖で課題を行うとしたら水中を移動するのも大変な労力となるのは確実。いくら酸素が確保できて歌を頼りに進めるとしても、冬の凍てついた水の中を移動し続けるというだけでも大変なことだ。目的を達成する前に体力が尽きるのがオチである。さらに水圧のことも考えておかないといけないだろう。

 

つまり、最低でも“酸素の確保”“防寒”“水圧の克服”“水中を素早く移動する”という四つの手段が必要となる。酸素と防寒と水圧については解決済みだが、残る移動に関しては訓練中だ。形にはなっているものの持続時間が四十分しかない。故に、課題当日までは只管に訓練のみである。

 

「とはいえ、こうも毎日訓練していると、疲れるわね」

 

肩を軽く回しながら図書館へと向かう。動かすたびに肩からコキコキという音が鳴り、身体の疲労を訴えてくる。ちょっと息抜きで図書館へと来たが、身体も調子が悪いし、今日のところは適当な本でも読んでゆっくりしようかと考える。課題までは二週間を切っているが、焦って無理をしても逆効果でしかないだろう。

 

図書館へ入ると軽く深呼吸をする。紙やインクや埃といった書庫特有の匂いを心地よく感じながら何冊か本を見繕って空いている席を探す。

 

「―――かしら」

 

「ん?」

 

本棚の間を移動していると聞き覚えのある声が聞こえてきたので、何となしにそちらへと足を向ける。向かう先ではハーマイオニーがハリーとロンに何か言っているようであり、中々に白熱しているようだった。

 

「―――あっ。おい、ハーマイオニー、シー!」

 

ロンが私に気がつくと同時に、ハーマイオニーの言葉を止める。

 

「何しに来たのさ?」

 

ロンは若干棘のあるような口調で話を振ってきた。正直、棘のある言い方をされる覚えはないのだが、人間機嫌が悪いときもあるだろうということで頭の中から流しだす。

 

「ちょっとロン! ごめんなさいアリス。ロンったらちょっと気が立っているのよ」

 

「別に構わないわ。ここには気分転換に本を読みにきただけよ。ハーマイオニーたちは……別に隠さなくても覗かないわよ」

 

視線がハーマイオニーから机へと向かった瞬間、ハリーとロンが勢いよく開いていた本を閉じて私から見えない位置へと押しやった。

 

「邪魔しちゃ悪いし、もう行くわね」

 

「あっ、ねぇアリス。アリスはもう次の課題の対策は見つかったの?」

 

「対策? まぁ一応ね」

 

そう答えると、ハリーはじっと見つめてきた。ハリーの行動に首を傾げるが、続いてハーマイオニーが尋ねてきたので、そちらへと意識を向ける。

 

「えっと、それはその本と何か関係があるの?」

 

そう言ってハーマイオニーは私が手に持つ本“ヴァルキリーとエインフェリア”“ノアと神の血族”を指差す。

 

「まったく関係ないわよ? そもそも、神話が関係する課題ってどんなのよ」

 

「そ、そうよね。こんな時期に読む本だから、何か関係があるのかと思って」

 

「ないない。ただの読み物よ。本当は“エヌマ・エリシュ”を読みたかったんだけど、流石に軽々と読める文量じゃないからね」

 

「その二冊もどうかと思うけれど」

 

「そう? とりあえず、もう行くわね」

 

ハーマイオニーに手を振りながらその場を離れる。ロンの行動やハーマイオニーの言葉から察するに、第二の課題について調べていたのだろうことは分かった。卵の謎が解けているにしても、課題まであと二週間もないのに、未だ調べ事というのは大丈夫なのだろうか。

 

空いている窓側の席に座って、時折聞こえてくる三人の話し声を流し聞きながら本を読み進めていった。

 

 

 

 

第二の課題当日、時間は九時二十分。

代表選手や審査員、観客は湖に建造された舞台に集まっていた。

 

―――ハリーを除いて。

 

開始十分前になっても現れないハリーに大勢の人が疑問を持ち始めているようで、会場は騒然としている。

カルカロフ校長とマダム・マクシームはチラチラと時計を見ており、クラウチ氏の代理で出席しているパーシー・ウィーズリーは落ち着きなく歩いている。バグマン氏やセドリックは心配そうに城の方を見ており、フラーとクラムは静かに揺れる水面を眺めている。

その中で、ダンブルドア校長だけは慌てる様子もなく静かに審査員の椅子に座っていた。

 

そして、課題が始まるまで後二分前になったところで遂にハリーが現れた。城から全力疾走してきたのか、到着するなり荒い呼吸を繰り返している。

ハリーは普段から来ている制服のままで、とてもではないが、これから水の中へ入ろうという人の格好をしていない。水着の上にマントを羽織っているのかと思っていたが違うようだ。

 

ハリー以外は、私を含めて他の選手は全員が水着を着用している。クラムとセドリックはランニングシャツに短パンの水着、フラーは競泳水着のような水着、私はビキニタイプの水着を着用している。本来、こういった課題内容で水の中を泳ぐならフラーのような水着の方が適しているのだろうが、私がこれからやろうとしていることを考慮するとビキニの方が都合がよいのだ。

 

「さて、全選手の準備が整いました。課題は私のホイッスルを合図に始まります。選手達は一時間以内に奪われたものを取り返さなければなりません。では……一……二……三!」

 

ホイッスルの高い音が鳴り響き、一気に湖へと飛び込む。湖へ入ると途端に刺すような冷たさが肌を覆っていく。

予定通りに、杖を振るって魔法を使用する。使用する魔法は“泡頭呪文”と“耐寒呪文”と“水圧軽減呪文”の三つ。“泡頭呪文”で空気を確保して“耐寒呪文”で寒さから身を護り、“水圧軽減呪文”で身体への負荷を少なくする。

 

魔法を掛け終えると、先ほどまで感じていた息苦しさと冷たさはなくなっており、水中の浮遊感を覗けば地上にいるのと大差がなくなる。

 

「ソレバァト・シルエミニ -人魚になれ」

 

続けて魔法を唱える。杖先を自分の下半身へと向けて魔法を唱えると、両足が一つにくっつき、境目がなくなると鱗が現れ始める。身体の変化が終わると、私の身体はまさしく人魚のような姿となっていた。

 

これが、私が考えた水中での移動方法。発想は単純で、水の中を素早く自由に動きたいのなら水の生物に変身すればいい。とはいえ、一言に水の生物に変身といっても簡単ではない。そもそも、人の身体を別のものに変身させるという魔法は変身術の中でも難しい魔法であることに加えて、人の姿から離れるほどに比例して難易度が上がっていくのだ。もし、魚にでも変身しようとして失敗すれば、中途半端に魔法が発動して不完全な変身となってしまい、場合によってはまったく別のものへ変身してしまうこともありえる。

 

当然そういった難易度の高い変身術を四年生が習うわけもないので、今回は自力で覚える必要があった。そして変身術の本を漁り、難易度が低く有効な魔法を探して見つけたのがこの人魚への変身術である。

人魚への変身というと魚に変身するより複雑で難しく考えてしまうが、その実そこまで難しい魔法ではない。何せ下半身を魚に変身させるだけなのだから。まぁ、完全な魚みたいに鰓が出来るというわけではないので、呼吸のための手段を別に容易しなければいけないのが欠点だが、完全変身と比べると手間と難易度は雲泥の差である。

 

卵の謎が解けてから今日までずっと必要の部屋でこの変身術の練習をしてきた。そのお陰で、何とか目標の一時間まで変身を維持することができるようになった。

 

準備を終えると、下半身を動かして水中を進んでいく。下半身を一回動かすだけで何メートルも進むことができ、湖底へ向かって急降下していく。

海面から届く光がどんどん少なくなっていき、湖底へ辿り着いたときには一メートル先も見えなくなっていた。

 

「ルーモス -光よ」

 

杖先に明かりをつけて注意深く周囲を見渡すと同時に耳もすませていく。卵のヒントによれば歌が聞こえてくるはずなので、聞き漏らさないようにゆっくりと水中を移動する。

 

しばらく移動すると大きな岩が乱雑に散らばっている場所に辿り着いた。今までは湖底を這うようにして移動してきたが、こうも障害物が多いといざというときに対処がしにくので、少し浮上してから再度進みだす。湖底や周囲の様子を見ながら泳いでいると、ふと湖底に暗い影が差した。最初細長かったそれは、どんどん大きくなっていく。

 

「?―――ッ!?」

 

疑問に思って身体を反転させて上を向く。そして、それを視界に納めた瞬間に全力で水を蹴りだす。一気に加速した身体は二十メートルほど進んだところで止まる。

先ほどまで私がいたところを白く太く長い足が通過するのを見て、本気で審査員に殺意の念を送った私は決して悪くないはずである。

 

「そりゃ何かしらの妨害はあるだろうと思っていたけれど、流石にこれはないでしょう」

 

そう言って杖を構えて、前方に浮かぶ“大イカ”を睨む。私の目の前にいるのは、時折湖面に出てきては生徒の投げた食べ物を掴んでいく、この湖に住まう大イカだ。普段から生徒に餌付けされているからといって決して油断はできない。陸から相対するのと水中で相対するのとでは意味合いがまったく異なる。

 

―――普段餌付けしている餌が自身に代わってしまうくらいには。

 

全長十数メートルもある巨体をユラユラさせながら頭の先をこちらへと向けてくる大イカを見た瞬間、再び全力で水を蹴りだす。私がその場を離れると同時に、大イカが猛スピードで通過していく。それを見て本気で危機感が湧いてきた。直線距離では追いつかれる。同時にそれは大イカに捕まってしまうということだ。

 

「ステューピファイ! -麻痺せよ!」

 

杖を大イカへ向けて失神呪文を放つ。杖から放たれた赤い光は大イカのど真ん中に命中するが、大イカは少し仰け反っただけで効いているようには見えない。

 

「タトゥーム・スピティアム! -消身せよ!」

 

姿くらまし術で姿を消して一気にこの場を離れる。上に下に右に左に前にと縦横無尽に動き回り極力直線移動を控えて移動する。

 

 

 

どのぐらい移動しただろうか。一旦止まって周囲を見渡す。先ほどより湖面に近づいたので光は十分に降り注いでいる。周囲には視界を遮るものはなく、大イカが近づいていてもすぐに分かる位置で警戒を続ける。

 

「―――何とか、逃げ切ったかしら」

 

大イカの姿が見えないことに安堵の息を漏らす。そこで課題のことを思い出した。どれだけ大イカから逃げ回っていたかは分からないが、悠長にしていられるほど時間は残ってもいないだろう。

 

「ポイント・ミー -方角示せ」

 

杖がクルクルと回った後ピタッと停止する。

 

「北がこっちとなると、城はあっちね。なら、まだ探していないのは―――!?」

 

杖を掴んで水を蹴る。それと同じタイミングで水底の藻の中から逃げ切ったと思っていた大イカが突進してきた。

 

「本当―――冗談じゃないわよ! 何? 何でこのイカは私をしつこく狙うわけ!?」

 

普段なら言わないような荒れた口調も気にせずに目の前の大イカに悪態をつく。今なら本気で“許されざる呪文”を唱えられるかもしれない。

 

「インペディメンタ! ディフィンド! -妨害せよ! -裂けよ!」

 

方向転換しようとする大イカの動きを阻害して足を何本か切り落とす。が、大イカは何事もなかったかのように突進してきた。それを全力で逃げながら、軟体動物には痛覚がないなんて話をどこかで聞いたのを思い出した。実際どうなのか知らないが、少なくても目の前の大イカにはないのだろう。

 

こうして、私の逃走劇は第二幕を迎えた。

 

 

 

 

 

「ん?」

 

諦める様子のない大イカから逃げていると、今までの水の音とは異なる音が聞こえた。思わず耳をすましてみると、それは綺麗な歌声であることがわかった。

 

「ようやく見つけたわ―――とっ!」

 

上から襲ってきた大イカを横に動いて避けて、同時に失神呪文を放つ。最初に切り落とした足は既に新しい足が生えてきており、足を切り落とすのは無駄だと判断した。それからは失神呪文を集中してぶつけている。一発一発は効果がなくても、それが重なればいつかは効果が現れるだろうと信じて放っているのだが―――十五発当てても未だに動きが衰えないとはどうしたものだろうか。

 

大イカに注意を向けながらも歌が聞こえる方へ向かって進んでいく。

進む先に湖底から伸びる水草の壁を見つけるも、その中には入らずに迂回していく。大イカ相手に身動きが取りづらい水草の中を進むなんて自殺行為にしかならない。

 

進む、避ける、呪文を放つ。それを只管に繰り返しながら進むと、微かにしか聞こえてこなかった歌がハッキリと聞こえてきた。目的地まで近いことが分かると同時に焦りも出てきた。聞こえてくる歌によると、残る時間は十分を切っているらしい。そして残り時間が十分ということは、変身術が維持されるのも十分ということにもなる。

 

「ヤバイわね。変身術が解けたら、大イカから逃げるなんてできないわ」

 

もし時間までに課題をクリアできずに湖から出ることが出来なければ、確実に大イカの餌食になってしまう。そんなことになって堪るか。

疲労も激しいが、身体に活をいれてより強く水を蹴りだす。だが、視界の光景が流れていく中、現状においてマイナスにしかならないものを見つけてしまった。

 

「―――! たくっ! もう!」

 

一旦停止して下に移動。大イカが通り過ぎるのを確認すると同時に来た道を戻っていく。そして、先ほど目に入ったものの場所へと辿り着いた。そこには、フラーが水草に絡まっており、気を失っているのか身動きせずにいた。

 

「フラー! しっかりしなさい! ディフィンド! -裂けよ!」

 

水草を引き裂いてフラーを抱える。急いでその場から離れれば、やはり大イカが迫ってきた。急いでさっきの道へと戻るが、人一人を抱えていることもあって随分と減速している。それでも何とか大イカの突進は避けることができているが、かなり際どくなってきている。それに、大イカも突進だけではなく通り過ぎる際に足を動かしてきたので、冗談抜きに危険になってきた。

 

 

ここまでくると、リタイアすることも視野に入れ始める。元々事故で選ばれたのであって、無理をしてまで勝ちに固執する必要はないのだから。唯一、取り返すべき宝物というのが気がかりではあるが、この際仕方がない。

ドールズは今朝の時点で全員確認済みだし、決して寮からでないように完全武装で立て篭もられてあるから、ドールズのことではないはずだ。ドールズ以外の物であれば捨てる。万が一、宝物というのが親しい人という場合であっても、ダンブルドア校長や魔法省が取り仕切っている以上は本当に命を奪うということはないはずだ。代表選手でもない者が死んだりでもしたらクレームどころの問題ではない。

 

そこまで考えて、大イカへと視線を向ける。次、大イカの突進を避けたら浮上しよう。そう決めた私の考えをあざ笑うかのように事態が急変した。

 

「―――なんでリタイアを決めた瞬間に到着しちゃうかな!」

 

急に視界が開けて今までより明るい空間に出た瞬間に、ここが目標地点だと理解した。周囲に水中人、広場の中心に縄に繋がれたネビルとガブリエールに、ロンを抱えたハリーがいたからだ。縄が三本切られていることから、セドリックとクラムは既にクリアしたのだろう。ガブリエールがフラーの宝物だとするなら、私の宝物はネビルということか。

どういう基準でネビルたちが選ばれたのか気にはなるが、それは後で考えればいい。

 

「ソノーラス -響け。 ハリー! 目的を果たしたんなら早く上がりなさい!」

 

魔法で声を響かせてハリーへと声をかける。同時に、大イカが広間へと姿を現した。呪文を放ち、大イカの進行上にネビルたちが入らないように動いて周囲を見渡す。水中人は突如現れた大イカに慌てたように群がっている。槍で牽制して鎖で拘束していることからも、大イカの出現は彼らにとって予想外のことなのだろう。

 

大イカのことは水中人に任せて、広間の中央へと向かう。だが、ここで変身術が解けてしまい、下半身は二本の足へと戻ってしまった。一時間だ。

格段に落ちた動きで中央へと向かうと、そこには浮上したと思っていたハリーがまだ残っており、私は苛立ちを隠しきれずにいた。

 

「何でまだ残っているのよ。ロンを取り返したんだから早く行きなさい」

 

荒い口調でハリーにそう言うも、ハリーはボコボコと泡を吐くだけで離れる様子がしない。これはお互い相手の言葉が通じていないと判断して一旦ハリーを無視することにする。

 

「ディフィンド! -裂けよ!」

 

ネビルを縛っている縄を引き裂いて空いている腕に抱える。一緒にガブリエールの縄も裂こうとするが、残った水中人に邪魔をされてしまう。

 

「自分の人質だけを連れていけ。他の者は放っておけ」

 

水中の中でも水中人の声だけは普通に聞こえるのか、しわがれた声が響いた。

 

「あぁ、そうですか。 エネルベート! 活きよ!」

 

フラーに対して失神呪文の反対呪文を唱える。フラーは一度ビクンと身体を震わせると、目を開いてキョロキョロと周囲を見渡している。フラーが被っていた泡頭に自分の泡頭をくっつけて泡が一つになったところでフラーに一方的に話しかける。

 

『フラー、混乱しているところ悪いけど黙って聞いて。貴女は気を失っていて私がここに連れてきた。貴女はガブリエールと一緒に戻れば課題はクリアできる。残り時間はまったくない。質問は受け付けない。分かったら早く行って』

 

頭を離すや否や、フラーはガブリエールの縄を引き裂いて浮上していく。私もそれに続き、ハリーも一緒に浮上を始めた。チラリと下を見ると、大イカは何十という水中人に鎖で引かれて拘束されている。

 

視線を戻して浮上を続ける。フラーとハリーは既に辿り着いたようで、下半身だけが見えている。水を蹴る足に激しい疲労と痛みを感じながらも泳ぎ続けて、何とか湖面へと這い出ることができた。

 

空気に触れたことで、頭部を覆っていた泡が弾けてなくなる。代わりに、観客の大騒ぎする声が聞こえてきた。

 

「ごほっ」

 

腕に抱えるネビルが咳き込んで水を吐き出す。ゆっくりと目を開けて目を泳がせた後、私へと視線を合わせた。

 

「一時間水の中にいた割には、元気そうね」

 

杖から小さな浮き袋を出して、それに捕まりながらネビルに話しかける。ネビルも呼吸を落ちつけると浮き袋に捕まってきた。

 

「あぁ、うん。ダンブルドアのお陰でね。何か僕達の負担が最小限で済むようにしてくれたみたい」

 

「……あぁ、そうなの」

 

思わず溜め息を吐きながらも、舞台へと向かっていく。耐寒呪文が切れ掛かっているのか、じわじわと身体が冷え込んできているのだ。完全に切れる前に水から上がりたい。

 

「あの、その。ありがとう。今のアリスを見れば分かる、本当に、大変だったんだろう? そこまでして助けてくれて、本当、ありがとう」

 

「……どういたしまして」

 

見つける直前にリタイアを決意したことは黙っておいた方がいいだろうか。

うん、きっとその方がいい。

 

 

 

舞台へ辿り着くと、先に上がっていたフラーとセドリックに引き上げられる。マダム・ポンフリーに毛布を被せられて、湯気の立つ飲み物を手渡された。それをチビチビ飲んでいると、フラーがガブリエールを連れて話しかけてきた。

 

『アリス、ありがとう。もし、アリスが助けてくれなかったら、私、ガブリエールを失うところだったわ』

 

『一時間過ぎても死ぬことはなかったみたいだけどね』

 

一言二言話して、フラーはガブリエールを連れてマダム・マクシームのところへと歩いていった。

 

「アリス! アリスも無事だったのね! よかったわ!」

 

今度は、ハリーと話していたハーマイオニーが話しかけてくる。ハーマイオニーもネビル同様何らかの措置がされていたのか、予想以上に元気だ。

 

「えぇ、本当。よく無事だったと自分でも思うわ」

 

私の言い方に首を捻ったハーマイオニーは追求してきたが、今は喋るのも億劫なので後にしてもらった。

 

 

その後は、水中人と何かを話していたダンブルドア校長によって審査員の協議が行われた。その間、セドリックやフラー、ハリーにも話しかけられたが、ハーマイオニー同様に疲れていると言って後にしてもらった。

 

審査員は協議内容が纏まったのか順次席へと戻っていき、その中でバグマン氏だけが立ち上がって声を上げた。

 

「レディース&ジェントルメン。審査結果が出ました。水中人の長であるマーカスが湖底でなにがあったのかを仔細に話してくれました。それを踏まえて、五十点満点として各代表選手の得点は次のようになりました」

 

バグマン氏は一息おいてから結果を発表した。

 

「まずはミス・デラクール。素晴らしい“泡頭呪文”を使いましたが、水圧によって動きが悪くなったところ水魔に襲われて気を失ってしまいました。途中、ミス・デラクールを見つけたミス・マーガトロイドの手によってゴールへと辿り着き人質を取り返すことができましたが、独力では助けだせなかったと判断したため、得点は二十八点」

 

バグマン氏の結果発表を聞いても、フラーは喜ばずにいた。恐らく、独力では失敗していたということが原因なのだろう。本来なら零点だと呟いている。

 

「続いてセドリック・ディゴリー君。やはり見事な“泡頭呪文”、そして水圧を軽減した“水圧軽減呪文”を使って、見事最初に人質を連れて帰ってきました。ただし制限時間を一分オーバーしてしまいました。得点は四十七点」

 

観客席、特にハッフルパフ生からの歓声が鳴り響く。チラリとセドリックを見る―――が、普段と変わらずの微笑みを浮かべているので、今一内心が分かりづらい。隣のチョウ・チャンが熱心に視線を向けているのは無視しておこう。

 

「次にビクトール・クラム君は変身術を用いてクリアしました。変身術が中途半端ではありましたが、効果的であることに変わりありません。水の生き物に変身することで水圧を軽減したというのも評価すべき点です。人質を連れ戻したのは二番手でした。得点は四十三点」

 

ダームストラングの生徒が雄叫びのように活性を上げている。カルカロフ校長も大きく手を叩いていた。

 

「ハリー・ポッター君の“鰓昆布”は特に効果が大きい。人質の下へは最初に辿り着きましたが、制限時間は大きくオーバーしてしまいました。水中人の長によれば、ポッター君は一番最初に人質を連れて帰ることができたはずですが、自分の人質だけでなく全部の人質を安全に戻そうと決意したせいだとのことです。殆どの審査員が―――これこそ、道徳的な力を示すものであり、五十点満点に値するとの意見でしたが―――得点は四十五点です」

 

大きな歓声と同時にブーイングの声を聞こえてくる。多分、ハリーの得点を著しく削ったであろうカルカロフ校長へ向けたものだろう。バグマン氏が先ほど言葉を濁らせたときにカルカロフ校長を見ていたことから間違いはないと思う。

というか、ハリーがいつまでも浮上しないと思ったらそういう訳か。

 

ハーマイオニーとロンがハリーを褒め称え、観客の冷めない歓声が続くが、バグマン氏が再び口を開いたことで静かになった。

 

「最後にミス・マーガトロイドについてですが―――彼女の場合は他の選手に比べて非常に特殊な条件での挑みとなってしまいました」

 

バグマン氏は一旦間を置いて、この場にいる全員の注意を引くかのようにしてから続きを話す。

 

「まず、彼女が使った魔法は素晴らしいものでした。本来四年生では習わないような“泡頭呪文”や“水圧軽減呪文”。ディゴリー君も同様の魔法を使っていますが、彼女の魔法は彼に比べても勝るとも劣らない技量でした。加えて、彼女は変身術も併用して水中での高い運動能力を身に付け、極寒の水によって体力が必要以上に削られることを防ぐのに“耐寒呪文”を使うという、実に四つの魔法を持って挑みました」

 

―――もう手遅れかもしれないが、出来るならこれ以上目立つ言い方は止めて欲しい。

内心でバグマン氏へと嘆願するが、当然届くはずもなくバグマン氏の口は止まらない。

 

「最低限の効率で最大限の効果を発揮するという面で評価すれば、ポッター君の使った“鰓昆布”が尤も優れた方法ではあります。“鰓昆布”を服用するだけでミス・マーガトロイドが使用した魔法の全ての効果が得られるのですから。しかし、逆にそれだけの魔法を年若い彼女が行使したという技量を我々は評価しました」

 

持ち上げ過ぎなんですが、バグマンさん。

本当に勘弁してほしい。

 

「本来であればポッター君同様に早く人質へと辿り着けたはずですが、一つの問題が発生してしまいました。第二の課題を行う上で、あまりにも危険だと判断し隔離していた大イカが逃げ出してしまい、開始から数分後にミス・マーガトロイドへと襲い掛かっていたのです」

 

あの大イカ。本当なら課題中には出てこないはずだったのか。周囲がザワザワとするのを聞き流しながら、バグマン氏の言葉に耳を傾ける。

 

「これは、我々も水中人の長が水魔などから聞いた話を聞かされたことで知ったことです。大イカは普段なら必要以上に他の生物を襲わないはずなのですが、隔離されていたためか酷く興奮状態にあり執拗に彼女を狙っていました。その勢いは、彼女が変身術によって水中を素早く移動出来ていなかったら―――捕食されていたほどであったと」

 

でしょうね。もし、あれで捕食する気がなかったとでも言ったら最悪にもほどがある。

いや、捕食の気があっても最悪なんだけれど。

 

「それでも、彼女は魔法を駆使しながらも逃げ続けた。その際に、水魔に襲われて気を失っていたミス・デラクールを発見し、人質がいる場所へと辿り着きました。残念ながらこの時点で制限時間が過ぎてしまいましたが、無理もないことだと思います。その後、水中人が大イカを取り押さえている間にミス・デラクールを起こして人質を救出したあと戻ってきた―――というのが今回起きた事の経緯です」

 

バグマン氏は話し終えると身体を私の方へと向けた。見れば、他の審査員―――渋々とだがカルカロフ校長も含めて―――も席を立ちこちらへと向いている。その中で、ダンブルドア校長が一歩前に出てきた。

 

「命の危険が付きまとうこの対抗試合にて、不慮の事後での怪我、あるいは命を失うという事態はありえることじゃ。しかし、今回は我々が管理し除いておいた必要以上の危険に晒されてしまったことは、我々の重大な管理責任となる。故に、この場での謝罪をさせてほしい。無論、後に正式な謝罪も行わせていただく―――申し訳ない」

 

ダンブルドア校長が頭を下げて、他の審査員の頭を下げていった。カルカロフ校長は少し頭を揺らしただけだが。

 

「いえ、幸い怪我人はでていないですし。頭を上げてください」

 

本当に上げてほしい。校長や魔法省の役人に頭を下げさしているというのは、面倒を呼び込みそうで避けたい事態だ。彼らの立場上は頭を下げざるを得ないのだろうが。

 

数秒の時間が流れて、頭を上げた審査員たちは席へと着席する。それを確認するとバグマン氏が再度口を開いた。

 

「では、ミス・マーガトロイドの得点です。四つの魔法を使った技量や不慮の危機への対処、ライバルを見捨てない道徳心。制限時間は選手の中で尤もオーバーしてしまいましたが、その原因を考慮いたしまして、我々は四十九点を与えます」

 

反射的に耳を塞ぐ。そんな動きをしてしまうほどに聞こえた歓声は凄まじかった。湖面が明らかに波とは違う動きをしていることからも、どれだけの衝撃であるかが窺える。

客席から降りてきた生徒に背中を叩かれたり声を掛けられたりと、気だるい身体には決して優しくない状況に晒される。マダム・ポンフリーが群がる生徒を諌めてくれなければ、いつまで続いていたかわからないぐらいだ。

 

最後にバグマン氏が、最後の課題について説明したことで解散となった。私を含め代表選手はマダム・ポンフリーに先導されて城へと向かっていく。その途中でパドマとアンソニー、ネビルにルーナが集まってきて、マダム・ポンフリーに怒られても騒ぎとおしてした。

 




【ダンスパーティ】
別名:ネビル押しの回
ジニー? 別の人と踊ってるんじゃないですか?

【アンソニー】
通称:レイブンクローの紳士

【パートナーの誘い ネビル⇒アリス】
私達には到底真似できない勇気を発揮
ある意味、真の勇者王

【パチュリーのプレゼント】
忘れた頃にやってくる。
取り扱い注意の札が貼られていたら、即刻逃げるべし

【アリスのドレスローブ】追記あり
私の文才ではこれが限界。想像力を沸き立ててください
私の中では天使が舞い降りています

装飾品のラピスラズリはアリスに相応しい力が秘められている。
青色にパイライト(黄鉄鉱)による金色の斑点と母石のカルサイト(方解石)による白色部分が見られる宝石。
紀元前から[聖なる石]として崇められており、深い青は夜空を金は星を表し[天を象徴する石]とされることもあったとか。
[愛と美の女神アフロディーテ]とも深い関係があるらしい。
バビロニアやエジプトでは砕いた粉で壁画を描き護符としていたといわれる。エジプトでは黄金以上に価値があったとか。
世界で最初にパワーストーンとして認められた石とも言われており、最も歴史の古い石の一つといえる。

様々なパワーを持つラピスラズリの大きな特徴は、目先の幸運だけを運ぶのではなく、持ち主が本当の意味で成長できるように試練を与えることがある。それぞれが持つ乗り越えるものを感づかせて魂を磨くサポートをしてくれる。

ヒーリング効果
[幸運の象徴][人格的成長の促進][肉体、情緒、精神、霊性の調和]
[邪気払い][洞察力、決断力を養う][抱える本質的課題を表面化させる]



【ドールズ・ダンス】
人間でいうと、思春期に入りそう
……人形に思春期……アリですか?

【ネビルとアリスの会話】
結構大事なお話しています。
フラグ? 基礎は十分作られていますね。

【勇気と覚悟】
似ているようで違うもの

【虫の言葉が分からない】
[思考を読むギアス][サードアイ][いどのえにっき]
好きなのをどうぞ。

【温泉】
想像力。想像力が大事です。

【ハリーとロンの態度】
最近ブレが激しい。どのようにしていこうか悩み中

【神話】
ヴァルキリーとエインフェリア ⇒ 神様たちの戦争ですね
ノアと神の血族 ⇒ イノセンスとノア&AKUMAの戦争ですね
エヌマ・エリシュ ⇒ AUOに俺はなる

【アリスの魔法】
ハリポタ二次作品にしては、多くの魔法を出していると思っている

【大イカ】
この作品では死亡フラグとして有名
クトゥルフ系列の出身でないのが唯一の救い

【人魚アリス】
妄想力。妄想力が大事です!
……あっ、想像力の間違いです。

【管理責任】
大人なら失態に対して謝罪をするべき
形だけでもやっておけば何とかなる

~魔法紹介~(作中になくても呪文は一通り考えてあります)

【エオスキューマ -泡よ覆え】
泡頭呪文。原作でも登場したが呪文がなかったため捏造。

【フリジアチーユス -耐寒せよ】
前回登場した耐熱呪文の反対呪文。

【ノゥトアクア・プレスィリア -水圧よ軽くなれ】
水圧軽減呪文。原作の選手たちはよく無事ですね。

【ソレバァト・シルエミニ -人魚になれ】
下半身を魚に変える。つまり人魚。鰓呼吸不可。耐水圧性なし。
アリスが使うと夢の魔法に早変わり。

【タトゥーム・スピティアム! -消身せよ!】
姿くらまし術。消身呪文という言い方も作った。
透明マントみたいに姿を隠せる魔法。

【ポイント・ミー -方角示せ】
杖先が北を指すらしい


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