魔法の世界のアリス   作:マジッQ

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本気を出し始めたようです。


THE HALF-BLOOD PRINCE
逃げる者、捜す者達、追う者達


霧が漂うロンドンの大通りを魔法省の車で進み、キングズ・クロス駅へと向かう。車内には、私の他にウィーズリー家とハーマイオニー、魔法省から派遣された護衛役の闇祓いが二人乗っている。普通ならば車一台には到底乗り切れない人数だが、拡大呪文が掛けられているのか、車内は十分すぎる程の広さをしている。

 

なぜ魔法省の車で移動しているのかといえば、ヴォルデモートの復活が公式発表されたことが理由だ。魔法省での戦いを境に、魔法界に留まらずマグルの世界でも暗澹とした空気が流れている。その影響の一つが、今なおイギリスを覆う霧。この霧は自然発生したものではなく、ヴォルデモート配下となった吸魂鬼がイギリスの上空を徘徊していることによる魔法的な霧だ。吸魂鬼は人の幸福を吸い取り、マグルなどの魔法的な素質を持たない者には近くにいるだけで活力を奪ってしまう。ロンドンの暗澹とした空気の大部分の原因がコレだ。さらに死喰い人や、巨人も一部地域では出回っているようで、この地における安全地帯は僅かといってもいいだろう。尤も、それもいつまで保てるか分からないが。

 

そんな状況で、騎士団や魔法省が重要人物であるハリーを危険に晒すわけもなく、外出時には騎士団と闇祓いが必ず警護することになっているのだ。それは私も例外ではなく、抱えている事情の都合で騎士団がメインだが、ハリーと同じように警護されている。

こういった警戒措置の所為かは分からないが、この夏休み中はとくに大きな問題が起きることもなく過ごしていた。といっても、私がハリー達と合流したのは夏休みの後半、新学期が始まる一週間前なので、それほど警護の意味があった訳でもないのだが。

 

ちなみに、今年の夏に魔法省大臣がファッジからルーファス・スクリムジョールという元闇祓い局局長へと変わった。流石にこれまでの失態があった以上、ファッジが大臣職に留まることは無理だったようだ。スクリムジョールだが、元闇祓いということもあってか、ファッジとは違いヴォルデモートに対して正面から渡り合う政策をとっている。その上で、市民の安全にも気を配っていることもあり、魔法界から熱烈な支持を得ている。

 

 

 

キングズ・クロス駅に到着し車から降りると、駅前に待機していた数人の闇祓いと思われる男達が私達を囲い、周囲を警戒する。その物々しい光景にマグルの人達が何事かと目を見開いているが、彼らはそんなのは関係がないとばかりに私達をホームへ誘導していった。

 

ホグワーツ特急が停車しているホームへと入り、人込みを掻き分けて車内へと乗り込んでいく。去年もそうだったが、何でこの一団はもっと早く来ることをしないのだろうか。人が多くいたほうが隠れやすく、万一の襲撃を避けやすいとかいう理由だろうか。それはそれでいろいろと問題はあるけれど。

 

ウィーズリーさんと話していたらしいハリーが私達に遅れて乗り込むと同時に、汽車が動き出す。ホームが見えなくなってから、監督性であるハーマイオニーとロンと別れてコンパートメントを探していく。ちなみに、ジニーは付き合っている男子と待ち合わせているらしく、ホームが見えなくなると一声掛けていなくなった。途中、合流したネビルとルーナと共に空いているコンパートメントを探して、汽車の後方へと進んでいく。

 

「ねぇ、今年もDAの会合はするの?」

 

空いていたコンパートメントに入り一息つくと、ネビルが期待を込めて私とハリーに聞いてきた。

 

「もうアンブリッジはいないんだし、必要ないだろう?」

 

ハリーの言葉にネビルだけじゃなく、ルーナからも不満の声が上がった。DAメンバーの中でも一際成長著しかった二人だけに、今学期もDAを続けたいらしい。

 

「続けてもいいんじゃないかしら? 今の世の中、備えておいて損をすることはないんだし。アンブリッジがいない分、コソコソとしながらではなく、堂々と出来るのは大きな強みだと思うわよ」

 

私がDA継続に賛成の意見を出すと、ネビルとルーナは嬉しそうにする。ハリーもDAを続けるメリットはあると考え付いたのか、今年はどのようなことをやろうかと、熱心に話し出した。

 

DAの話はハーマイオニーとロンが戻ってから再開することになり、O.W.Lの結果についてネビルと成績を教え合った。私の成績は全ての科目で「優・O」であり、それを聞いたネビルに尊敬の眼差しを向けられたときは、どう反応したものかと苦笑いを浮かべた。ルーナは、今年O.W.Lを受けることもあってか勉強を教えてほしいと言ってきた。今年は忙しくなりそうだが同寮ということもあるし、夕食が終わってから就寝時間までならということで了承した。

 

それからも四人で雑談を続けていると、ハーマイオニーとロンがコンパートメントへ入ってきた。監督性としての仕事は終わったようで、疲れたように椅子へと深く腰掛ける。

 

「腹減ったぁ。早くカート来ないかな―――ところでさ、マルフォイの奴が監督生の仕事をしていないんだ。妙じゃないか? いつもなら、威張り散らしながら下級生を苛めているのに、コンパートメントにずっと引き籠ったまんまだ」

 

「マルフォイにとっては、監督生よりも尋問官親衛隊の方がお気に入りだったんじゃないのかしら? 去年あれだけ見栄を張っていたんだもの。今更、監督生として見栄張ったって、情けないと思っているんでしょ」

 

ハーマイオニーの言葉にハリーが口を出そうとしたとき、コンパートメントの扉が開いて下級生の女の子が緊張したように入ってきた。

 

「あ、あの。わたし、これを届けるように言われて。そ、それじゃ、失礼します!」

 

女の子は私とハリー、ネビルに紫のリボンで結わえられた羊皮紙を回すと、お辞儀をして走り去っていった。そのことに一瞬呆けながらも、受け取った羊皮紙を開く。

 

「招待状だ」

 

「スラグホーン教授ね。教授ということは、新しい先生かしら?」

 

「うん、闇の魔術に対する防衛術の先生。夏休みの最初に、僕とダンブルドアが会った人だ」

 

羊皮紙には私達をランチに招待したいという旨が書かれていた。どうして私達三人なのかという疑問はあるものの、特に断る理由もないので参加することになった。

 

お昼時の混み合う通路を進みながら先頭車両へと進んでいく。相変わらずジロジロと視線が向けられるが、もう慣れたもので見向きもせずに通り過ぎていく。

 

「―――?」

 

ちょうど汽車の中間車両ぐらいに入ったところで、汽車の中が急に暗くなった。外を見ると、先ほどまで見えていた草原は見えず、代わりに濃霧とも言えるほどの霧が見える。急な暗さに車内が騒々しくなるが、天井のランタンが灯ることで落ち着きを取り戻しつつあった。

 

「すごい霧だね」

 

ネビルの呟いた声に同意しようと口を開こうとしたとき、汽車が大きく揺れだした。汽車がガタガタガリガリと、脱線し地面を走っているかのような音と振動を響かせる。そのあまりの衝撃に、通路にある手摺を掴んでいても倒れてしまいそうになる。

 

「うわぁああぁぁぁあああぁッ!?」

 

「きゃああぁぁぁぁああぁッ!?」

 

阿鼻叫喚と化した車内にさらに襲い掛かる衝撃。車両が左に向かって横転したのだ。人も荷物もごちゃ混ぜになり、車内はさらなる混乱へと陥る。硝子が割れ、柱が拉げ、床板が剥がれる。

慣性によって地面の上を滑っていた汽車は、何かにぶつかったような衝撃と音を響かせることで、ようやく静止した。突然の事態に戸惑いつつも状況を把握しようと視線を動かすと、窓から見えた外で多くの影が飛び交い、閃光が煌めくのが見えた。

 

「あ、あぃあぁぁ」

 

「いッ……痛い、よぉ」

 

あちらこちらから生徒の痛みに呻く声が聞こえる。見渡したところ、大小様々な怪我を全員が負っているようだが、命に関わる程の重傷者はいないようだ。ネビルは通路の後ろまで飛ばされているものの、すでに起き上がって近くの怪我人に手を貸している。ハリーも怪我はないようだが、眼鏡をなくしたようで、床となった壁に手を這わせている。

 

「ハリー、眼鏡よ」

 

ちょうど私の足元に転がっていた眼鏡を拾い、レンズの罅を直してハリーへと渡す。眼鏡を掛けたハリーは足場の不安定さによろめきながら立ち上がった。

 

「一体、何が起こったんだ?」

 

「窓の外を見てみなさい。霧で見えにくいけれど、魔法を打ち合っているわ。汽車を護衛しているのは闇祓いよ。護衛の闇祓いが戦っている以上、魔法を打ち合っている相手は死喰い人の可能性が高いわ」

 

「そんな―――死喰い人が襲撃してきッムグ!?」

 

「大声を出すのは止めなさい。唯でさえ混乱しているのに、これ以上騒動が大きくなったらパニックになるわ。時間の問題だとしても、それを早めるのは危険よ」

 

ハリーの口を押さえ、声を荒げるのを止める。ハリーも理解したようでコクコクと頷く。

ハリーから手を離し、杖を取り出して窓から外を眺める。どのぐらいの死喰い人がいるのか分からないが、影の数から察するに少数ということはあり得ない。闇祓いが護衛するホグワーツ特急を襲撃する以上は、こちらを上回る戦力を投入していると見るべきだろう。態々ホグワーツ特急を襲撃するということは、この汽車に乗っている誰かが目的ということか。となると、必然的に奴らの目的は絞られる。

そこまで考えついたところで、通路の端にある扉が勢いよく開かれた。

 

「いたぞぉぉぉおぉぉおおぉッ!!」

 

車内に入ってきた黒いローブの魔法使いは、私達を見るや否や爆音のような声を張り上げた。その声量に思わず耳を塞いでしまう。普通の人間が出せる声量を超えている。恐らく“拡声呪文”だろう。

 

「ステューピファイ! -麻痺せよ!」

 

死喰い人が“失神呪文”を放つ。それは真っ直ぐに私へと向かってくるが、上級生と思われる生徒が立ち上がったことによって、偶然にも“失神呪文”の射線上へと入ってしまい、呪文は彼に当たってしまった。

 

「「ステューピファイ! -麻痺せよ!」」

 

唯立ち上がっただけだろう彼には災難であろうが、私達にとっては幸運だった。当たると思っていた呪文が予期せぬ方法で防がれたことで僅かに動揺した死喰い人へと“失神呪文”を放つ。ハリーも同様に“失神呪文”を放ったことで、二本の閃光が死喰い人へと当たり、その衝撃で死喰い人は一つ先の車両へと飛ばされていった。

 

「奴らの狙いは私達みたいねッ!?」

 

碌に話す時間もなく、別の死喰い人が車両に侵入してきた。数は二人で、前後の入口からそれぞれ入ってくる。

 

「ステューピファイ! -麻痺せよ!」

 

「プロテゴ! -護れ!」

 

前の死喰い人には私が、後ろの死喰い人にはハリーが対峙する。死喰い人が放つ“失神呪文”を“盾の呪文”で防ぎ、無言呪文で“金縛り呪文”を放つ。“金縛り呪文”は死喰い人に命中し、身体が硬直した死喰い人は続けて放った“浮遊呪文”で汽車の外へと放り投げる。後ろを見れば、ハリーも死喰い人を倒したようで、縄で拘束していた。

 

「アリス、ここじゃ皆を巻き込んでしまう!」

 

「そうね、それに身動きもし辛い。死喰い人もどんどんやってくるでしょうし。危険だけれど、外に出た方が動きやすいわね」

 

実際、中にいても外にいても危険なのは変わらない。狭い通路、多くの生徒、障害物の多さから外の方が僅かとはいえ安全だろう。自由に動けるという意味で。

ハリーは外に出る前にハーマイオニー達の安全を確かめにいくようだ。すでに扉を抜けて後ろの車両へと移動している。ネビルは私についてこようとしたが、未だ混乱状態にある生徒達を落ち着かせるように頼んだ。一人でも冷静に動ける人がいれば、混乱から立て直すのも早いかもしれない。

 

扉の影から外の様子を伺う。濃霧は先ほど同様にここら一帯を覆っており、空を飛び交う人が影としてしか認識できない。人形を出すか一考するが、状況把握が満足にできず、何が起こるか予想できない以上、動きが制限される人形は出さないほうが得策か。

 

死喰い人の目的が私やハリーならば、最初の死喰い人の発した声で私達がこの車両にいることは知られているだろう。ハリーは後方の車両に移動しているが、それを死喰い人は知らない。ここで私が見つからないように移動すれば、私達がここにいると思っている死喰い人はこの車両を襲撃してしまうだろう。先ほどのように一人ずつ乗り込んでくればいいが、車両ごと攻撃された場合、他の生徒に危害が及んでしまう。

 

「ステューピファイ! -麻痺せよ!」

 

であれば、死喰い人に私の存在を知らせつつ、汽車の傍を移動しながら時間を稼ぐのが最上手か。私が外にいると分かれば汽車を攻撃する必要はなくなる。この濃霧の中に飛び込むのは危険なので、汽車の近くにいる方が万が一の安全を確保し易い。そうやって時間を稼いでいれば、この事態を知った魔法省やホグワーツから援軍がやってくるだろう。何十人の闇祓いがいるのだから、襲撃の知らせは発しているはずだ。

 

予想通り、私が攻撃したことで死喰い人の何人かが襲い掛かってきた。よく見れば、死喰い人の何人かは箒を使わずに空を飛んでいる。それがどういった魔法なのかは分からないが、今気にすることでもないだろう。

 

「ラミナス・ヴェナート! -風の刃よ!」

 

空より急降下してくる死喰い人目がけて杖を大きく振るう。次の瞬間には、襲い掛かってきた死喰い人の杖を持つ腕が切断され、身体にも大きな斬り傷を刻んだ。宙に飛び散る血飛沫に当たらないよう動きながら、残る死喰い人にも同様に呪文を放つ。“盾の呪文”で初撃は防がれるものの、無言呪文で放った残りの攻撃までは対処出来ずに、身体に深い斬り傷を刻んで地面へと落下していった。

 

“ラミナス・ヴェナート”―――“風刃呪文”と名付けたこれは、対人戦での手札として開発したオリジナル呪文だ。振るった杖の軌跡に沿って不可視の風の刃を放つ呪文で、その威力と速度、射程はかなりのものだと自負している。

 

地面に落ちた死喰い人を拘束しつつ移動していく。空では未だに無数の呪文が飛び交っているものの、どちらが優勢なのかは判断できない。あまり移動しすぎるのも危険かと思い、少しその場に留まった後に後方へ戻ろうかと考えたところで、車両の上から黒い塊が落下してきた。

 

「ッ、プロテゴ! 護れ!」

 

反射的に“盾の呪文”を唱える。落下してきた黒い塊は“盾の呪文”に弾かれて僅かに仰け反るものの、すぐさま体勢を立て直して突進してきた。

 

「チッ―――吸魂鬼までいるの?」

 

“守護霊の呪文”で吸魂鬼を追い払いつつ状況の悪さを考える。死喰い人だけでなく吸魂鬼までが襲撃に来ているとなると、一気に劣勢に立たされるだろう。吸魂鬼はその場にいるだけで相手の精神を攻撃することができる上に、守護霊で迎撃しても倒せるわけではないので根本的な解決にはならない。それに守護霊を創り出せる魔法使いがどれだけいるかも分からない。

 

濃霧はますます深くなっていく。最早、すぐ背後にあるはずの汽車ですら霞んでしまうほどにまでなっていた。これ以上外にいるのは本格的に危険だと思い、汽車の中へと戻ることを検討し始める。

 

「あぐッ!?」

 

僅かに考えた後、汽車へと戻ろうと車両後部に取り付けられた梯子を上った時、突然前方から襲い掛かった衝撃に呻き声を出してしまう。そのすぐ後に襲ってくる風を切る音と風圧に浮遊感。首を強い力で捕まれている状況を理解したところで、最悪の事態が脳裏を過った。襲い掛かる風圧で杖を飛ばされないように強く握り締めながら、前方の襲撃者を視界に捉える。

 

「―――ッ、くッ!?」

 

襲撃者の正体は吸魂鬼だ。吸魂鬼は私の首を掴んでいる手とは別の手で、杖を手に持っている腕の手首を押さえている。この強い風圧の中でも頭部を覆うフードは捲れておらず、開きっぱなしの口だけが覗けた。吸魂鬼は地上と戦場となっている空間の間を滑るように飛んで行き、その周囲をさらに二体の吸魂鬼が囲う。視界の隅でこちらへと向かってくる闇祓いと思われる魔法使いがいたが、後方から襲い掛かる呪文に無防備に当たってしまい、そのまま垂直に落下していった。

 

「引けっぇぇっぇぇぇぇぇッ!」

 

空間一帯に野太く高い声が響き渡ると、あれだけ激しかった呪文の応酬が止まり、大量の影が一つ二つと消えていく。

 

「―――ッ、―――ッ」

 

何とかして吸魂鬼の拘束から逃れようともがくも、より強く首を絞めつけられてしまう。守護霊を出そうとするも、握り締められることで骨に響く痛みで杖を落とさないようにすることで手一杯なので、それも出来ない。それに加えて、吸魂鬼特有の幸福の感情を吸い取る能力を使っているのか、先ほどから身体中を倦怠感が襲い始めている。

 

本格的に不味いと思うと同時に霧を抜けて明るい空間へと出る。眼下は、汽車が通っていた草原と違い大きな湖と森が広がる麓だった。湖を見て、ここが脱出するチャンスだと考え、最後の抵抗を試みる。

 

「――――――ッ」

 

私を拘束している吸魂鬼が声にならない声を上げている。その原因は、私の服の下に隠れていた蓬莱であり、飛び出すと同時に吸魂鬼の顔面をバジリスクの毒を仕込ませた鎌で大きく斬り裂いたのだ。バジリスクの毒があるとはいえ、吸魂鬼相手に物理的な攻撃がどこまで通用するか分からなかったが、思ったよりダメージを与えることは出来たようだ。弛んだ腕の拘束を振りほどき、吸魂鬼の顔目がけて“爆破呪文”をぶつける。爆発の衝撃で首の拘束が完全に解け、爆風により吸魂鬼との距離を取ることに成功する。とはいえ、至近距離での爆発に晒されたので、私自身にも少なくないダメージが襲い掛かった。

 

吸魂鬼はすぐさま体勢を立て直して、私へと向かってくる。残る二体の吸魂鬼も同様に急下降して私へと手を伸ばしている。

 

「エクスペクト・パトローナム! -守護霊よ来たれ!」

 

杖から飛び出た孔雀の守護霊は、襲い掛かる吸魂鬼に対して正面からぶつかっていき、車が人を撥ねるかのように吸魂鬼を吹き飛ばしていく。

やがて三体の吸魂鬼を追い払った後、守護霊を操作して私の下へと動かし、落下のスピードを少しでも緩めさせる。落下位置は湖なので死にはしないだろうが、落下スピードがスピードなので、万が一ということもありえる。それに、着水後すぐにでも動けるように、衝撃は出来る限りなくしたほうがいい。

 

「んッ!」

 

身体に打ち付ける着水の衝撃に、目を瞑りながら堪える。身体を襲う痛みと、湖の冷たい水に数秒硬直するも、すぐさま水面へと上がる。

 

「エオスキューマ -泡よ覆え、フリジアチーユス -耐寒せよ、ノゥトアクア・プレスィリア -水圧よ軽くなれ、ソレバァト・シルエミニ -人魚になれ」

 

四つの呪文を使い、水中を全力で移動していく。私が吸魂鬼の手から逃れたというのは、恐らくすぐに知られるだろう。であれば、死喰い人は私を探そうとするはず。その際に、魔法省に記録されているだろう私の魔法の使用記録でも見られれば、私が現在いる位置は筒抜けも同然だ。死喰い人が魔法省のどこまで潜り込んでいるかは知らないが、楽観視していては痛い目を見るだろう。本来なら、水中移動のための呪文も使わないほうがいいのだが、既に吸魂鬼を撃退するのに呪文を使ってしまっている。であれば、ここで使える呪文だけすぐに使用し、一気に移動した後に姿を晦ますのがいいだろう。とにかく、追跡されないようにするのが先決だ。

 

水中を進み、湖の反対側に辿り着いたところで慎重に陸に上がり、周囲を警戒しながら森へと入る。水を吸った服が重く、これまでの吸魂鬼の影響による疲労感を感じながら、木々の間を進んでいく。

 

「確か、予備の着替えを入れておいたはず」

 

一見して見え辛くなっている隙間を見つけ、“拡大呪文”が掛けられている巾着から仕舞ってある着替えを取り出す。濡れたままでは動き辛いし風邪をひいてしまう。落ちた水滴によって死喰い人に辿られる可能性もあるので、早急に着替える必要がある。呪文が使えればすぐに乾かすことも出来るのだが、痕跡が残ってしまう以上は迂闊に呪文を使うことは出来ない。

 

リボンを解いてケープとワンピースを脱いでいく。水で重くなっているので脱ぎ辛いものの、文句は言っていられない。ヘアバンド代わりにしているリボンも外し、肌着も脱いでいく。巾着から取り出したタオルで身体を拭いていき、取り出した着替えを着ていく。保温性の高いインナーを着て、その上に青いジーンズと黒いロングTシャツ、緑のパーカーを着る。靴は歩きやすくしっかりしたものを履き、最後に薄手の手袋と新しいリボンで髪の毛をまとめれば終わりだ。非常用として収納していた着替えなので、基本的に動きやすいものを選んでいる。非常用ということで追跡妨害や匂い消しを予め施してはあるが、どの程度効果があるのか実験できたことはないので、不安を感じつつも贅沢は言っていられない。

 

脱いだ服を片付け、ホルダーや巾着、ミニ京をズボンのベルト通り穴に括り付ける。そして、ホルダーから抜いておいた六枚のカードを取り出し、周囲を警戒していた蓬莱へと渡す。これから何が起こるか分からない以上、ドールズを全員呼び出して対応していくしかない。私は呪文を迂闊に使えないので、敵と遭遇した際にはドールズに戦ってもらうしかなくなってしまうからだ。幸いにも、生まれが特殊なドールズは呪文を使っても魔法省に感知されることはない。これはムーディやキングズリーに聞いたことなので間違いはないだろう。

 

「蓬莱、代わりにお願い」

 

「うん、みんなを呼べばいいんだよね」

 

カードを受け取った蓬莱が呪文を唱えると、バチンという音と共に上海、露西亜、京、仏蘭西、倫敦、オルレアンが現れる。上海達に今の状況を手早く説明し、全ての準備が整ったところで北へと歩き出す。

現在の位置がどこなのか正確には分からないが、少なくてもロンドンとホグワーツの間であることは間違いない。であれば、非常に大雑把ではあるが北へと向かっていけばホグワーツへと辿り着くことが出来るだろう。

 

本来であれば、学校の教員か騎士団の誰かに連絡を取り、迎えが来るまで身を隠すのが正しいのだろうが、連絡を取る手段がなく見つかる可能性も高い以上は適しているとは言えない。汽車へと戻ろうにも、濃霧の中を吸魂鬼によって連れ回されたので位置が分からず、分かったとしても戻る際中に死喰い人に見つかる可能性がある。理論上、最も安全で確実な方法は、“姿現し”でホグワーツの城門前へと移動することだ。ホグワーツ内には直接“姿現し”することが出来ないので敷地外への移動となるが、一歩進めばホグワーツの敷地に入れること、試験を受けていない学生が“姿現し”を使ったことも事情が事情なので黙認される見込みもある。

 

「でも、それは出来ないのよね」

 

“姿現し”が使えないという訳ではない。これまでも、ヴワルの中でやってみたことがあるし成功もしている。ただ、それはヴワルの中での話であり、ヴワルの敷地を超える距離を移動したことはないのだ。経験を積めば、ロンドンからホグワーツの距離を移動することも出来るだろうが、今の私には長距離の移動経験が無いので、リスクのことを考えるならば“姿現し”による移動はしないほうがいい。場合によっては、移動先に猟奇的な死体を作ってしまうことになりかねないのだから。

 

「地道に行くしかないか」

 

後退も待機も魔法による短縮も駄目となると、残された手段は徒歩による前進のみ。頼りになるのはドールズと巾着にホルダーに保管されているもののみ。吸魂鬼のように魔法を使わざるを得ない相手に遭遇しないことを祈りながら、闇に染まり始めた森の中を進んでいった。

 

―――足跡を辿られたら元も子もないので、ドールズの“浮遊呪文”でだが。

 

 

 

 

「なんじゃと!? それは確かかッ!?」

 

校長室にて、肖像画経由で魔法省から知らされた内容に、ダンブルドアは驚愕と怒りを露わにしていた。だが、それも無理ないことだろう。知らされた内容が、学生を乗せた汽車が死喰い人および吸魂鬼に襲撃されるという、前代未聞のことなのだから。

 

『えぇ、護衛に当たっていた闇祓いの半数以上が重軽傷を負い、何人かは吸魂鬼に魂を吸い取られたようです』

 

「なんということじゃ―――生徒達は無事なのか?」

 

『何人かの生徒は汽車が横転した際に怪我を負ったようです。今は聖マンゴから癒者が派遣され、治療を受けているとのことです』

 

生徒達に大きな怪我がないことに安堵の息を漏らすダンブルドア。だが、問題はそれだけに留まらないため、すぐに気を引き締め直して話を続ける。

 

「あの二人―――ハリー・ポッターとアリス・マーガトロイドはどうなったのじゃ?」

 

ダンブルドアが最も気にかける二人。生徒の安否に優劣などなく、ダンブルドア自身そのような気は一切ない。だが、両陣営における重要度として軽視出来ない以上、その他の者よりも気がいってしまうのは無理のない話だろう。

 

『ハリー・ポッターは友人と共に、何人かの死喰い人や吸魂鬼と戦闘を行ったようですが、怪我は負ったものの無事です』

 

「―――アリスはどうなのじゃ?」

 

『―――アリス・マーガトロイドは、消息が掴めません。ハリー・ポッターとネビル・ロングボトムの証言で、汽車から外に出て死喰い人と交戦したであろうことは分かっているのですが。ただ、交戦を続けていた死喰い人が撤退の指示と共に離脱したことを考えると』

 

「いや、まだそうと決まった訳ではない。希望を自ら捨てることは最も愚かなことじゃ」

 

「分かりました。では捜索隊を組み、襲撃地点からホグワーツにかけての経路を捜しましょう」

 

「頼む。わしからも何人か派遣する。アリスが囚われていないならば、間違いなく死喰い人も捜索の手を伸ばしているはずじゃ。なんとしても、奴らより先に見つけなければならん」

 

その後、アリスの捜索にあたり幾つか話し合った後、ダンブルドアは椅子に深く座りながら長く息を吐き出す。新学期早々に起こった一連の騒動に加えて、消息不明になったアリス。本来ならダンブルドア自ら捜索に加わりたいが、このような事態になった以上、迂闊にホグワーツを留守にするわけにはいかない。元々計画していた予定もあるが、ヴォルデモートが汽車を襲った以上、ホグワーツに攻め入らない保証は存在しないのだ。ホグワーツには例年以上に護りの魔法を幾重にも施してあるが、完全無欠が世に存在しない以上は、護りが破られないなどとは言い切れない。

 

アリスの無事と、一刻も早く見つかることを祈りながら、ダンブルドアは騎士団に指示を出すべく立ち上がった。

 

 

 

 

「どうだ? グレイバック」

 

「駄目だな―――湖に落ちたからなのか、匂いが残っちゃいねぇ」

 

「ここだけが、他の地面と比べて湿気が多い。この付近に上がったことは間違いないだろう」

 

「チッ、ここから虱潰しに探すしかないってのか。ご丁寧に足跡も残しちゃいねぇしよ」

 

数時間前まで、アリスが着替えをして居た場所。そこに数人の死喰い人が集まっていた。グレイバックと呼ばれた男は、鼻をスンスンと鳴らしながら辺りの匂いを嗅いでいる。アリスの匂いが残っていれば、その匂いを辿ってアリスを追跡しようと計画していた死喰い人は、出鼻を挫かれたことでイラつきを露わにしながらも計画の練り直しを行っている。

 

「奴が行くとしたら北だ。ホグワーツはここから北にある」

 

「ロンドンに戻るという可能性も否定は出来ないだろう?」

 

「それはあり得ないと思うがな。ここからロンドンまでの距離を考えてみろ。ホグワーツに向かう方が圧倒的に距離は短い」

 

「その裏をかくということも考えられる。クラウチの話じゃ、子供ながらに相当頭のキレる奴らしいからな。疑えることは全て疑っておけと言っていたぞ」

 

「ふんッ! あんなクソガキの言うことなんざ信用出来るか。闇の帝王に気に入られているからって、調子に乗りやがって「見つけたぞッ!」―――マジか!?」

 

数人の死喰い人が剣呑な雰囲気で話し合っていたところで、先ほどから周囲を歩き回っていたグレイバックからの声がかかる。その言葉の意味に気が付いた死喰い人は、先ほどと一転して歓喜に表情を歪める。

 

「あぁ、ここから北に向かってだな。時間が経っているからか僅かにしか匂わねぇが、人の匂いがする」

 

「よし、そうと分かればすぐに追うぞ。見つけても殺すなよ。特にグレイバック、お前だ」

 

「へぃへぃ、分かってますよ。でもよ―――殺さなければいいんだよな?」

 

グレイバックが歪んだ表情を浮かべる。それは残虐性を滲ませた愉悦の表情であり、この男がどういった者なのか否応なく理解してしまう顔だ。

 

「人狼にするのはやめておけよ。純潔を奪うのもだ。帝王様は奴の血を望んでいるのだからな。下手に扱って血が変質してしまったら殺されるぞ」

 

「へへッ、そいつぁ勘弁だな」

 

本当に分かっているのか、死喰い人がグレイバックの態度に不安と苛立ちを感じる。だが、今は少しでも早くアリスを捕らえるのが先なので、出かけた言葉を飲み込み、グレイバックを先頭にして森の奥へと進んでいった。

 

 

 

 

―――アリスがホグワーツまで逃げ果せるか。

―――騎士団・魔法省がアリスを保護するか。

―――死喰い人がアリスを捕らえるか。

 

 

今、それを知る者はいない。

 




【前書きにある、本気を出し始めた人】
カリスマが溢れているらしい帝王様。

【濃霧】
危険。
その一言で十分。

【ルーファス・スクリムジョール魔法大臣】
現場を知らない政治家とは違うということを見せつける押せ押せ政治家。
過激派とも言う。

【DA】
そろそろメタル系モンスター倒さないと、敵のレベルアップに追いつかないじゃないかと思っている。

【O.W.L】
アリスの成績:全科目「優・O」
分かりきった結果で斬新さが失われがち。

【ホグワーツ特急襲撃】
護衛の闇祓いを上回る死喰い人と吸魂鬼による強襲。
闇陣営がいよいよ本気を出してきた。
犯人はクラウチかもしれなくもないかもしれない。

未だかつて、ハリポタSSで登校中のホグワーツ特急を襲撃した展開はあっただろうか。
少なくても、作者は知らない。

【呪文の応酬】
脳内再生ファイト!

【ネビル】
戦力外通告じゃないですよ。

【ラミナス・ヴェナート -風の刃よ】
恒例のオリジナル呪文。
杖を振るった軌跡に沿った風の刃を放つ。
不可視かつ風の速さで迫り、飛距離が長く、人間は勿論トロールの手足ぐらいは切断できる。
その特性故に、不意打ち・奇襲にも使える初見殺し。
対人特化呪文。

セクタムセンプラ?
あれはあれで強力。呪文を唱えてから相手に当たる過程が意味不。
多分、座標攻撃的な何か。でも射程は短そう。
―――半純血のプリンス。一体、何イプなんだ。

【アリスの首と手首を押さえる変質者】
吸魂鬼を殺せる手段が欲しい。
割と切実に。

【水中呪文4コンボ】
三大魔法学校対抗試合 第二課題以来の登場。

【ストリッ(大江戸爆弾】
お巡りさん。ここです。

【ニューコスチューム】
パーカーとジーパンを着たアリスも可愛いと思う。

【逃げる者】
アリスのこと。
ミッション内容:追っ手を振り切り目的地へ辿り着け
勝利条件:ホグワーツへ辿り着く
     騎士団・魔法省捜索隊と合流
     死喰い人を撃退する
敗北条件:死喰い人に捕まる

【捜す者達】
騎士団・魔法省捜索隊のこと。
ミッション内容:消息不明のアリスを発見・保護せよ
勝利条件:死喰い人より先にアリスを発見・保護する
敗北条件:死喰い人に全滅させられる
     アリスが死喰い人に捕まる

【追う者達】
死喰い人のこと。
ミッション内容:捕り逃したアリスを捕獲せよ
勝利条件:アリスがホグワーツに辿り着くまでに捕獲する
     騎士団・魔法省捜索隊より先にアリスを捕獲する
敗北条件:アリスに撃退される
     アリスがホグワーツへ辿り着く
     騎士団・魔法省捜索隊に全滅させられる 

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