魔法の世界のアリス   作:マジッQ

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最中は黒ごま餡が好きです。

ー追記ー
主にダンブルドア側の話を修正しました。
コメント見て、自分でも見直してみて、ダンブルドア仕事しろよ的な感じだったので。
彼は仕事してない訳じゃないんです。


遊びでも訓練でもない

一筋の汗が頬を伝い顎先まで滑り落ちた後、音もなく地面へと落ちていき土に吸収される。

 

カタカタカタ。

 

木々に囲まれた空間に木を打ち鳴らす乾いた音が響き渡っている。森の闇に姿を隠しているドールズが操る人形。それらの人形に組まれている仕掛けによって、人形が動くたびに音を発しているのだ。

 

「……、……」

 

茂みの中に息を殺して潜み、ドールズと共有する視覚で周囲の状況を観察する。木の枝から覗く先に見えるのは数人の死喰い人の姿。一人ひとりの距離は離れているが、全部で四人はいる。全員が杖を手にし、時折呪文を虚空へと放っている。

 

「くそッ! うるせぇッ! どこにいやがる!」

 

「―――ッ」

 

赤い閃光が、私の隠れる茂みのすぐ傍にある木へと当たり、砕けた木片が私へと降りかかる。呪文を放った死喰い人は、今度は違う場所へ向けて呪文を放つ。

 

―――くぃ

右の視界に呪文を放った死喰い人を捕らえながら、指先のみを僅かに動かす。くっ、くっと、両手の五指を繊細にかつ大胆に動かしていく。それぞれの指には金の指輪が嵌められており、そこから幾本もの不可視の糸が伸びている。その糸の先にあるのは、闇に溶け込むような黒に染まる人形だ。尤も、ドールズのようなタイプの人形ではなく、ドールズとは異なる別の目的を追求して作った人形である。

 

右の視界に映る死喰い人が背後を向けた瞬間、右手の指を細かく動かす。次の瞬間、指の動きを糸によって伝達された人形の腕から細い針が二本飛び出し、死喰い人の首筋へと正確に突き刺さった。

 

「あがッ!」

 

針が刺さった死喰い人は短く声を漏らして倒れ伏す。それを確認すると同時に人形を移動させる。この人形は構造上、移動する際に音を発してしまうので、それを隠すためのカモフラージュがドールズの操る人形の鳴らす音だ。

 

「どうした! おいッ! ―――くそ、死んでやがるッ」

 

倒れた死喰い人に散開していた死喰い人達が集まり、仲間が死んでいるのを確認すると、苛立ちと焦りの顔を浮かべる。まぁ、今のを含めて四人の死喰い人を―――相手の半分を殺しているのだから、焦ってくれないと困る。

 

カタカタカタ。

 

「くそがぁッ! 調子に乗ってんじゃねぇぞぉッ!」

 

大柄の死喰い人が唾を散らしながら叫び、呪文を乱雑に放つ。狙いもなく放った呪文の殆どは闇へと消えていくが、一つの閃光が音を鳴らしていた人形の一体へと当たり、砕けた人形の破片がパラパラと散っていく。

 

カタカタカタ

 

「チッ、何体いやがるんだ」

 

死喰い人が周囲を警戒している間も、指を忙しなく動かしていく。黒い人形が狙い通りの位置に辿り着いたのを確認すると、移動中に張った仕掛けの糸を切る。糸が切れたことで、糸に括られていた無数の大針が重力に引かれて落下する。人形の鳴らす音によって音も無く落下する大針は、散開しようとしていた死喰い人達の頭部に刺さらないまでも傷をつけた。

 

「なッ!? しま―――」「あぁぁ」「くそッ」

 

短い言葉を最後に、死喰い人達は地面に倒れて息絶えた。暫く観察を続け、五分程経った頃に隠れていた茂みから這い出る。

 

「ふぅ」

 

短く吐いた息と共に、張りつめていた緊張を解いていく。散開させていたドールズを呼び出し、指を動かして影に隠れていた人形も呼び出す。ドールズに遅れて現れた人形は、月の光をも吸い込むように黒く染め上げており、黒い布を纏った姿は吸魂鬼を彷彿とさせる。指を動かし人形の稼働に問題がないか確かめた後、身体の各所に仕込まれた仕掛けをチェックしていく。

 

絡繰人形“夜人”。

私が好んで制作する人形とは違う製法で作られた人形だ。一言で言えば木製球体関節の絡繰り人形。頭の天辺から足の先まで艶消しされた黒一色に染められており、これまた漆黒のマントを纏っている。絡繰りの名の通り、全身のいたるところに多種多様の仕掛けが施されており、先ほど死喰い人を殺したのもこの仕掛けによるものだ。基本的に小型サイズの飛び道具が多いが、それに反して威力は凶悪であると、作った自分ですら思っている。何せ、仕込まれているもの全てにバジリスクの毒を含ませているのだから。このバジリスクの毒も昔より大分性質を変えており、毒性と毒の浸透速度を徹底して強化してある。もはや秘薬と呼んでも過言ではないだろうレベル。尤も、死喰い人を致死に至らしめるこの毒をもってしても、吸魂鬼には牽制程度にしかならないのはショックだったが。

 

「―――大分、ガタがきてるわね」

 

五体あった夜人も既に四体は死喰い人によって壊されており、最後の一体も各駆動部分にガタがきてしまっている。仕込みも残り僅かだし、あと一、二回の戦闘が限界か。

 

「そろそろ満月か」

 

木々の間から見える空に浮かぶ月を見上げる。殆ど円に近い月は、あと数日で満月になるだろう。そうなると人狼―――フェンリール・グレイバックが一気に襲い掛かってくる可能性が高い。最初の戦闘の際に不意打ちで深手を負わせたが、満月が近いこともあってそろそろ回復しているかもしれない。

 

「身を隠すか、それとも戦うか」

 

正直、隠れることを選びたい。満月時の人狼に加えて死喰い人多数なんていう状況は、万全のフル装備かつ自分のテリトリーでもない限り遠慮したい。だが、隠れるとなると痕跡を消すために罠を仕掛けることも出来ない。下手に罠を仕掛けてしまえば、近くに潜んでいると自白しているも同然だ。逃走の為の足止めと思ってくれれば助かるけど、賭けるには危険が大きすぎる。もし見つかってしまったら、ほぼ無防備の状態で戦わなければならないのだから。

 

それなら―――。

 

 

 

 

満月が輝く夜。

闇に包まれる森の中を十人もの死喰い人が進んでいる。一人を除いて全員が死喰い人特有の白い仮面を着けており、黒いローブを纏っている様は幽鬼のようだ。その先頭を歩く、唯一仮面を着けずにいるグレイバックは、普通の人間ではあり得ないだろう硬い体毛を全身に纏っている。満月が現れてからそれなりに時間が経っているため、既に人狼本来の獣の姿へと変身を果たしているのだ。

 

「どうだ?」

 

死喰い人の一人がグレイバックに短く問う。グレイバックは頻繁に鼻を鳴らし、森の奥の闇を見据えながら答える。

 

「あぁ、間違いねぇ。この先にいるぜ。こりゃ、俺達を誘っているな。今までは徹底して痕跡を消していやがったのに、今日は匂いも足跡も残したままだ。あのお嬢ちゃん、今夜ばかりは正面からやり合うつもりなのかねぇ」

 

グレイバックは舌を出し呼吸を荒くしながら口角を釣り上げる。風上から漂ってくるアリスの匂いを感じ取り、以前味わった怪我と屈辱を晴らせる機会がようやく巡ってきたことで興奮しているのだろう。他の死喰い人も、グレイバック程ではないにしろ、全員が歪んだ笑い声を低く漏らす。

 

「それにしてもあの小娘、魔法を使っているはずなのに、なぜ魔法省で感知が出来ないんだ。この前なんか“失神呪文”を使ってきたし、人形なんかは魔法を使わないと動かせんだろう?」

 

「あぁ、お前は聞いてなかったっけな。奴の持つ人形には特別仕様のものが七体あるそうだ。その人形は自律して動けるうえに魔法も使えるんだと。今までのは、その人形が魔法の行使を代行しているというのが、クラウチの意見だ。魔法が使えても所詮は人形、魔法省で感知出来るはずもないんだと。あとは、魔力を通すだけで使える魔法具って線も濃厚らしいぜ」

 

「帝王のお気に入りか。確かに優秀だとは思うが、どうにも好きにはなれねぇな。あれだな、優秀な魔法使いが優秀な上司になれる訳ではないってやつだ」

 

「お前がそれを言うか?」

 

「おい、話し込むのは勝手だが、不意打ちにやられるんじゃねぇぞ。今まで多くの仲間が奴の毒で殺されてるのを忘れるな」

 

「わーってるよ。こんな暗闇だ、奴にとっては格好のシチュエーションだろうよ。実際、それが目的で奴も待ち伏せてるんだろ」

 

死喰い人の数人が軽口を叩きながら歩いていると、先頭を歩いていたグレイバックの身体が痙攣しだし、地面へと倒れこんでしまった。

 

「おいッ!? どうした、グレイバックぁ……ぁが、ぉ」

 

グレイバックのすぐ後ろを歩いていた死喰い人が倒れこんだグレイバックへと近寄り声を掛けるも、その死喰い人も痙攣と共に口から泡を零しながら仰向けに倒れて動かなくなった。それを見た残りの死喰い人はその場から一気に散開し左右へと広がっていく。倒れた二人の様子を見た際に、今しがた話していた毒にやられてしまったのだろうと当たりをつけたからだ。しかし、風上から広範囲に渡って散布された毒からは簡単に距離を取ることは出来ず、一人二人と次々に倒れていく。

 

この毒の正体は、最早アリスの専売特許となりつつあるバジリスクの毒を用いたものだ。“夜人”に仕込まれている毒と同様のものであるが、こちらは揮発性が高く、極微量でも吸い込んでしまえば内臓器官に重大な損傷を与え、二呼吸分も吸い込めば致死に至る代物である。極めて殺傷性の高い毒であるが、それに比例するように取扱いは厳重極まるものでもある。揮発性が高い故に手元で小瓶が割れてしまえば即アウト。今回のように散布した場合は風の向きを正確に把握しなければならず、たとえ風上にいたとしても散布中に風向きが変わってしまえば即アウトという、一歩間違えれば自身が死んでしまう危険がある。

 

だが、条件さえ整えばこれほど強力なものもない。何せ、対象が毒の存在に気が付いた時には既に手遅れなのだから。分霊箱の不死、賢者の石による浄化と再生、不死鳥の涙や最上級の解毒薬による解毒といった手段でもない限り、生き残る術は存在しない。

 

現状、小瓶一つしか存在しない、まさに切り札と呼べる代物である。

それをアリスは、グレイバック率いる死喰い人を確実に殲滅するために躊躇なく投下した。

 

「あ……げぉ」

 

「ぎぃ……ぐぎッ」

 

何人かの死喰い人は、襲い掛かる毒が気体によるものだと判断し、魔法によって突風を巻き起こすことで致命的なダメージは回避したが、既に毒が身体に侵入してしまっている以上、全身を襲う激痛と苦しみによって倒れてしまう。

 

―――ザシュッ

倒れる死喰い人の首を、暗闇より現れた夜人が手に持つ剣にて刎ねていく。既に毒で死んでいるのが殆どだろうが、生き物というものは死に際こそが最も危険といわれるので、念を押して遠距離から夜人で確実に始末しているのだ。

 

 

 

動くもののいなくなった森の中に、暗闇からアリスがそっと姿を現す。アリスは倒れ伏す死喰い人全員の首が切断されているのを確認すると、静かにその場を後にする。

 

「―――」

 

無表情。

それが、立ち去るアリスの浮かべる表情であった。

 

 

 

 

「まだ捕らえられないのか?」

 

マルフォイ邸の書斎、そこで優雅に椅子に座っているのは本来の家の主ではなく、今はアズカバンに幽閉されているルシウス・マルフォイが仕える主―――ヴォルデモート。

ヴォルデモートは無表情で静かに座っているものの、その眼には苛立ちが募っているのは誰が見ても明らかであった。

 

「魔法が使えず、疲労していて、騎士団への連絡もなく、満足な物資の補給もままならない。いくら俺様が認める魔女とはいえ、十六の少女に対しこの条件で、これだけの死喰い人を動員してなお捕まえられんとは―――教えてくれ、お前達はそこまで無能なのか?」

 

ヴォルデモートの問いかけに、床に跪く死喰い人達は身体を振るわせる。死喰い人は額から汗を流し、床には僅かに水溜りを作っていた。

 

「この任務―――クラウチやベラに任せれば、恐らく達成することが出来るだろう。だが、奴らは別の任務で動かすことが出来ない。それに、重要な案件に固定の者だけで対応し続けるというのは、組織の堕落と脆弱を招きかねない。吸魂鬼では目立ちすぎる。故に、俺様はお前達に任せようと思ったのだ。俺様に忠誠を捧げる死喰い人たるお前達に期待したのだ。暴れるしか能のないお前達でも、俺様の為ならば知恵を働かせ、身を粉にして任務を果たしてくれるだろうと」

 

ヴォルデモートは椅子から立ち上がり、跪いている死喰い人の間を滑るように歩く。コッコッという足音が自分の近くで鳴る度に、死喰い人はより一層身体を振るわせる。

 

「しかし、お前達は俺様の期待には応えてはくれなかった。正直に言おう―――俺様は、酷く失望した」

 

死喰い人からの言葉はない。今この場で不用意に発言してしまえば、命はないと理解しているからだ。

 

「本来であれば、お前達には相応の罰を与えるのだが、今は大切な時期だ。無暗に死喰い人を減らすわけにもいかない。嘆かわしいことだが、お前達のような無能の手を借りねば計画は達成できないことも事実だからだ」

 

ヴォルデモートは再び椅子に座ると、杖を指で撫でながら視線を向けずに死喰い人へ通達する。

 

「最後だ。これ以上仕掛け続けて死喰い人を減らされてもかなわん。あと一回、アリスを捕縛または殺すために仕掛けるのだ。その一回で果たせぬようであればもういい、お前達は以前までの任務に戻っていろ」

 

「か、畏まりました、我が君。必ずや―――」

 

先頭にいた男が代表してヴォルデモートへと返事をし、すぐさま部屋を退出していった。他の死喰い人もその男へと続き、十秒と経たずに部屋に残るのはヴォルデモートだけとなる。ヴォルデモートは椅子に座ったまま後ろの窓へと向き、そこから見える暗雲とした空を見ながら呟く。

 

「それにしても、悉く俺様の予想を超える奴よ。これだけの悪条件が揃ってなお、迎撃したうえで逃げ続けるとはな」

 

ヴォルデモートの顔には、先ほどまで死喰い人に向けていたものとは違う、愉悦という感情が現れていた。

 

「痕跡を警戒するあまり、奴は魔法を使用していない。魔法省に俺様のスパイがいることは想定済みといったところか―――面白い。これから訪れる極寒の冬に、魔法も使わずホグワーツへ辿り着けるか、それはそれで見物だ。」

 

ヴォルデモートは、空から降り始めた雪が徐々に多くなるのを見つめながら“姿現し”でその場から消えた。

 

 

 

 

「まだ見つからないのですか?」

 

ホグワーツの校長室でマクゴナガルはダンブルドアへと問いかける。その言葉と表情から、マクゴナガルが不安に駆られていることは誰の目から見ても明らかだ。

 

「残念じゃが、まだ見つかっておらん。アラスターが探しているが成果は芳しくないようじゃ。わしがアリスに持たせていた連絡用のコインで、彼女が移動する可能性の高い場所へアラスターを向かわせる旨を幾度となく伝えておるが、反応がないところからアリスの手元にコインがないのかもしれん。加えて、死喰い人がこちらの捜索を妨害しているのも厄介じゃ」

 

ダンブルドアは後ろに手を組んで校長室をゆっくりと歩く。だが、すぐにダンブルドアは立ち止まり、この場にいるもう一人の人物へ問う。

 

「セブルス、ヴォルデモートがアリスを捕らえてはいないというのは確かじゃな」

 

「はい、闇の帝王は幾度となく死喰い人を捜索に駆り出していますが、彼女の確保には至っていません。しかし、何回かの接触は行われているようで、争った痕跡も確認されています。とはいえ、闇の帝王は吾輩から情報が漏れる危険性から、彼女の発見場所の情報を教えはしなかったですが」

 

「アルバス、彼女は無事なのでしょうか。“臭い”に痕跡がないということは、彼女は魔法を使っていないということです。魔法も使わずに本当に逃げ続けられているのでしょうか?」

 

「その点は現状、問題はなさそうですな。彼女と争った死喰い人の半数以上が死体で発見されている。最近行われた争いでは、フェンリール・グレイバックの死体も確認されている。それでも確保に至っていない以上、彼女の逃亡は続いているとみていいでしょう」

 

スネイプの告げた情報にマクゴナガルは目を見開く。魔法を使っていない学生が、悪名高い人狼であるフェンリール・グレイバックを含めた死喰い人を多数迎撃しているなど、想像すらできないだろう。

 

「まさか―――それは本当なのですか? いえ、事実だとしても、いったいどうやって?」

 

「セブルスの情報によれば、死喰い人の全員が何らかの毒物によって死亡していたようじゃ。彼らの身体には切り傷や針のようなものが刺さっている以外には目立った痕跡がない以上、毒の類であるのは間違いあるまい」

 

「真実薬の解毒薬を作れる彼女であれば、致死性の極めて高い毒薬を作るのも不可能ではないでしょう。それを彼女お得意の人形を使って死喰い人に打ち込む。あるいは、揮発性を高めたものを散布するなどですかな」

 

確かに、魔法を使わない以上は毒物を使用するのが相手を倒すうえで確実な手段であるだろう。マクゴナガルはそう理解するも、心の中では深い悲しみを抱いていた。まだ成人にもなっていない教え子が、四面楚歌の状況で戦い、そして人を殺してしまっているのだ。いや、成人になっていたとしても、人殺しなんていう業を教え子には背負ってほしくはない。そう思えば思うほど、何もしてやれない自分の無力さに怒りすらこみ上げてくる。

 

「とにかく、一刻も早くアリスを見つけなければならん。捜索隊にはリーマスとシリウスにも加わってもらう。アズカバンからロンドン、そしてホグワーツへの逃亡を成し遂げた経験のあるシリウスも加われば、より発見できる可能性が上がるやもしれん」

 

「しかし、校長。我らの手の数は死喰い人と比べて大きく劣っています。こちらが一人で行うことを奴らは十数人で行える。加えて、死喰い人は彼女だけでなく、我ら同様多くの味方を引き入るべく動き、マグルの世界を侵し、魔法省の深くにまで侵入しています。これ以上の人員を騎士団の任務から外すことは、得策とは言えないのではないですか?」

 

「なんと、では貴方は彼女を見捨てるべきだとでも言うのですか!?」

 

スネイプの言葉にマクゴナガルが声を荒げる。それに対し、スネイプは然したる焦りもせずに反論する。

 

「それも選択の一つでしょう。彼女が消息を絶って大凡三か月。最近までは生存が確認できているが、捕まっていないだけで無事とは言い切れない。もしかしたら、誰にも見つからぬ場所で死んでいる可能性もある。であれば、そのような不確定要素の為に貴重な時間と労力を割くのは、来るべき闇の帝王との決戦を考えれば―――このような言い方は憚れますが、無駄というものでは?」

 

その言葉を聞いた瞬間、マクゴナガルは杖へと手を伸ばし掛ける。だが、その動きは目の前に置かれたダンブルドアの手によって押さえられた。

 

「セブルス、確かに君の言うことにも一理あるのは確かじゃが、わしは彼女を見捨てることは避けるべきじゃと考えておる。あぁ、この考えに騎士団としての利を考慮していないとは言わん。じゃが、それ以上にわしは一人の教師として、生徒を見殺しにはできんよ。君もそう思うからこそ、ヴォルデモートに偽の情報を流し続けてくれておるのじゃろう?」

 

「買いかぶりですな」

 

ダンブルドアの言葉にスネイプは一拍置かずに否定すると、そのまま急くようにして校長室を出ていった。その後ろ姿を見送ったあと、マクゴナガルはダンブルドアへと尋ねる。

 

「アルバス。彼女の捜索の手をもう少し増やすことは無理なのでしょうか?」

 

「君の気持ちも分かるが、これ以上の人員を割いてしまえばヴォルデモートの手を阻むことも妨害することも出来なくなってしまう。セブルスの言葉を全面肯定する訳ではないが、そうなってしまえばヴォルデモートはわしらの手が出せないところまで力をつけてしまうじゃろう。そうなれば、魔法界のみならずマグルの世界でも多くの血が流れてしまう」

 

「アルバス……」

 

「信じるのじゃ。アラスター達を。アリスを」

 

正直な話、ダンブルドアは自らがアリスの捜索を行えればと思っている。もしアリスが魔法を使用してさえくれれば、例え後手になろうともすぐさま向かい、彼女を救出できるだけの力はまだ残っていると自負している。逃げるだけならば、ヴォルデモートが出てきても逃げ果せられるだろう。しかし、アリスは徹底して魔法の使用を制限しているため、ダンブルドアは行動に出ることができない。自身が今抱えている問題が、他の誰にも替わることができないこともある。ヴォルデモートの不死の秘密。それを解き明かさなければならないのだ。その為の布石としてハリーの訓練を怠ることもできない。

 

ダンブルドアは窓辺に近づき、外の様子を伺う。先日から降り始めた雪は日々降雪量を増やしており、明日か明後日には銀世界が生まれるだろう。

 

 

 

 

「―――はぁ、―――はぁ」

 

白い息を吐き、ザクザクと音を鳴らしながら、厚く降り積もっている雪原を進んでいく。森を出るころに降り始めた雪は、瞬く間に世界を白く染めあげていった。大きな山越えがないとはいえ、一歩一歩足を取られてしまうことによって、私の体力はガリガリと削られていく。

唯一の救いは、数日前にあった襲撃以降、死喰い人と遭遇しなくなったことだろう。森を出て平原で襲われたので不意打ちが出来ず、真正面から戦うことになってしまった。夜人は出会い頭に破壊され、やむを得ず残る人形の総出しすることで、何とか死喰い人全員を殺すことができた。この時ばかりは、よく魔法を使わずに凌げたと自分を褒め称えたほどだ。

だが、“ドールズウォー”も“リトルレギオン”も“ゴリアテ”も出し切ることになってしまい、もうヴワルから呼び出せる人形はノーマルタイプが十体にも満たない。正直、これ以上襲撃されたら、“臭い”とか関係なしに魔法を使わざるをえない状況だ。もう、一か八か魔法を行使して騎士団に見つけてもらう手段を取ろうとも思うが、騎士団が来る前に大勢の死喰い人が来たらアウトだ。少人数なら時間も稼げるかもしれないが、物量戦を仕掛けられたら捌ききれない。クラウチやベラトリックスが来てしまったら尚更だ。

 

理想は、私が隠れながら進んでいる状況で、騎士団のメンバーが死喰い人よりも早く私を発見してくれること。実際ムーディやシリウスならば死喰い人よりも早く私を発見できると考えていたのだが、一切の音沙汰なしときた。いい加減見つけてほしいと本気で思う。魔法の眼を持っていたり、ホグワーツへの逃亡経験のある二人なら十分可能だろうと内心で愚痴る。それとも大穴で、捜索すらされていないとか? いやいや、そんなことはないだろう。仮にも騎士団に所属していて、ホグワーツ特急が襲撃されたことに起因するこの逃亡劇で助けを寄越さないとか外道もいいところだ。コロッとヴォルデモートサイドに乗り換えてしまおうかと考えてもおかしくないレベルだ。

 

―――落ち着こう。疲労と寒さで考えが変な方向にいっている。

 

去年にダンブルドアから預かった連絡用のコイン。あれが手元にあれば、何らかの情報を得られていたと思うが、その存在に思い至り探してみるも、見つかることはなかった。あれは汽車に乗っている時から持っていて、その時着ていた服のポケットに入っていた。その服を探しても無いということは、吸魂鬼によって移動していたときか、湖に落下したときに落としてしまったのだろう。

 

きゅるぅぅぅ。

 

お腹が鳴る。それを聞く人はいないので恥ずかしくもなんともないが、襲い来る空腹感は耐え難い。動物か木の実でも見つかればいいんだけど、こんな雪の中では到底見つかりはしないだろう。この際、冬眠中の熊でも何でもいいから見つからないだろうか。麻痺薬は多少残っているから、それで生け捕りにできるのに。

 

「ッ! 吹雪いてきたわね」

 

一際強い風が前方から吹いたのを境に、徐々に風が強まってきた。この調子では、十分も経たないうちに吹雪となってしまうだろう。日も暮れてきたので、このまま吹き曝しの場所で夜を迎えることになるのは回避したい。

そう考えたところで、周囲を探索していた露西亜と倫敦、仏蘭西が戻ってきた。

 

「どうだったかしら?」

 

「だめだった~。休めそうな場所なかったよ~」

 

「私も駄目だった。吹雪いてきたし、見つけるのはもう無理かも」

 

仏蘭西と露西亜が申し訳なさそうに報告する。気にしないでと、頭を撫でながら残る倫敦へと視線を向ける。

 

「倫敦はどうだったかしら?」

 

「バッチリ。ここから、五百メートル先、森の中に大量の岩、空洞があった」

 

「本当!? すぐに案内してちょうだい!」

 

倫敦の報告に一気に気を持ち直した私は、吹き荒れる吹雪の中を、雪を掻き分けて進んでいく。その際に、倫敦が露西亜と仏蘭西にドヤ顔を向けたことで、二人が苛立ったことを感じ取るが、今は下手なことに時間を弄するのも惜しいので、二人を他のドールズと同じようにコートの下へと潜り込ませる。ドールズは、この極寒の気温でも問題無く動けるように“耐寒呪文”と“発熱呪文”で懐炉のような熱を持っている。私が極寒の中動き続けていられるのも、ドールズが懐炉の役割をしてくれているからだ。でなければ、とうの昔に凍死している。

 

いや、流石にそこまで危なくなったら魔法を使っているが。

 

 

 

 

 

 

「―――ハァッ! ハァッ!」

 

ペースを上げて降雪量を増す雪を掻き分けてきたので、呼吸が酷く乱れている。マフラーなどといった物は流石に準備していなかったので、外気に晒されている顔が痛い。髪も凍りついているのか、密かな自慢である髪が面影もなく固まっている。だが、急いだことで夜になる前に目的地の岩場へと到着することができた喜びで、そんな憂鬱な気分も若干和らいだ。

 

「はぁっ、はぁっ、倫敦、はぁっ、どのあたり、かしら?」

 

「こっち。少し、道が急。みんな、アリスを手伝って」

 

倫敦の言葉に、コートの下にいたドールズが反応して外へと出てくる。ドールズは私の腕や身体を支えてくれ、足元がふらついている私が倒れないようにしてくれる。

倫敦の先導で岩の間を抜けていく。ここらへんは、雪がそれほど積もってもいないので、雪に足を取られることもなかった。

 

そうして辿り着いたのは、岩と岩が積み重なってできた空洞だった。倫敦とオルレアンが中へと入り、危険がないかを確認してくれる。少しして二人が戻り、危険がないとわかると、すぐに中へと入っていった。気温は低いものの、雪と風を凌げることは大きく、安定した足場のところまで辿り着くと、足の力が抜けたかのように、その場に崩れ落ちた。起き上がろうとするも、足がプルプルと震えてしまい、立ち上がることができない。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

乱れた息を整えながら身体の状態を確認していく。顔が相変わらず痛いが、それも足の末端に比べると些細なものだ。手は魔法薬調合にも使える汎用性の高いドラゴン皮の手袋を着けていたのでそれほど問題ではないが、足全体、特に指先が真っ赤になっている。凍傷こそしていないが、酷い霜焼けだ。京と仏蘭西がしがみつき、一旦熱を下げた状態からゆっくりと温度を上げて、温めてくれる。

二人の処置を受けながら蓬莱から渡された食料―――チョコレートとカ○リーメイトを食べ、白湯を飲み身体を温める。非常食としてヴワルに貯蓄していた食料も、この道程で随分と消費してしまった。ヴワルに戻した上海の計算では、今の調子で消費していけば残り一か月分。食べる量をギリギリまで制限しても一か月半が限界らしい。雪さえなければ、一か月もかけずにホグワーツまで行けるだろうが、この天候ではホグワーツに辿り着く前に食料が尽きてしまうだろう。

 

本当に限界がきたら、ヴォルデモートに捕まる危険性を無視してでも魔法を使用するつもりだが。

人生初のサバイバルが、ここまで命をかけたギリギリのものになってしまったことに、内心で呪詛を吐きながら眠るための準備を始めた。

 

 

 




【ガチ戦闘】
今までで最高と言ってもいいほどガチです。
真剣です。
手心なしです。
闇討ち、不意打ち、奇襲、毒殺、死体処理。
魔法なしで打てる手札はフル活用です。
ここだけで、アリスの殺人数は十を優に超えます。

【夜人】
アリス謹製絡繰り仕込み人形。
強化版バジリスク毒浸透暗器完備。
NARUTOの傀儡人形を連想しておけば、とりあえず間違いない。
全五体を投入するも全て大破。

完全手動操作。
指輪から伸びる不可視の糸で操作。アリス製。

【クラウチ】
どうやら優秀な上司にはなれないようす。
教師としては優秀ですけどね。

【奥の手】
強化版バジリスク毒の広範囲散布。
極微量を呼吸で取り込んだだけで内臓器官に重大な損傷。
二回呼吸すれば致死。
小瓶び入った揮発性の極めて高い、集団毒殺用魔法薬。

取扱いは厳重に。
少しでも誤れば、自分が死にます。

【無表情アリス】
既に人を殺すことに感情を動かさなくなってきています。

横たわる相手の傍で眉一つ動かさずに無感情に見下ろす美少女。
一部の人にはご褒(ry

【ヴォルデモート】
原作では間違いなく死の呪文で罰を与えているところ。最低でも磔の呪い。
ここの帝王様は手駒の重要性を理解していますので、たとえ無能でも自分に忠誠を誓うなら寛大な処置をくれます。
限度はありますけどね。

【ダンブルドア】
語る必要ある? ⇒ 語る必要があった。

彼は仕事してない訳じゃないんです。
仕事してるけど、ヴォルデモートに修正パッチ当てたせいか、ここにきて騎士団側がよろしくない状況になっているんです。人手ない、動けない、邪魔される、分霊箱の秘密暴かなければならない。
縛りプレイ中なんです。

【自然の脅威】
ヴワルからの補給が出来るからこそ強行軍が可能。でなければ、とっくに死んでいるか、魔法を使っている。

ヴワルの戦力も底を尽きかけ。崖っぷち。

眼と犬は早くアリスを見つけるべき。
アリスの心に暗黒面の兆しがががが。

【腹の虫】
きゅるぅぅぅ。
くきゅぅぅぅ。
きゅ~~。
くぅ。
きゅるるるる。

―――迷った。

【ドールズ】
日常の手伝い、研究の補助、炊事選択、索敵、戦闘、魔法、その他諸々。
一家に一人は欲しいレベルが七体。

極寒の中、懐炉の役目を果たしてくれるのは大きい。

【カ○リーメイト】
伏せ字仕事しろ。

【総括】
アリスの強行軍がルナティックモードに入っています。

これでハードモードだったら、ルナティックはマジ死ねる。

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