魔法の世界のアリス   作:マジッQ

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最終章

死の秘宝

開幕


THE DEATHLY HALLOWS
失われた秘宝


数多くの試験管や大鍋から立ち昇る色彩鮮やかな煙を時折見つつ、倉庫から出してきた様々な道具の調整を進める。

夏休みに入って二週間が経つ。現在は、死喰い人のホグワーツ襲撃事件で消耗した道具や魔法薬の補充や、今後に備えての各種道具等の調整を行っている。

 

ダンブルドアが死んでしまったいま、ヴォルデモートの暗躍を抑止できる壁がなくなってしまった。それを知らしめるかのように、闇の陣営による暗躍が連日報道されており、魔法族マグル関係なく行方不明者や負傷者、死者が多く出始めている。

ヴワルの傍にあるダイアゴン横丁では活気は失われ、店は閉じ人の行き交いも見られない。夜の闇横丁も例外ではなく、稀に出歩いているのは密売や裏取引など非合法な商売をしている者や買い出し等でやむを得ず外出している者ぐらいだ。私も、休みの最初の日に大量の買い出しをしたきり、外出はしていない。

 

魔法薬の鍋の一つを見ていた人形が合図を発したので、手元の作業を止めてそちらへと向かう。鍋の中では薄い金色の煙を昇らせながら、透明な液体が僅かに沸騰している。中身はフェリックス・フェリシスであり、あの事件の際にDAメンバーに配った分を補充する為に調合しているのだ。調合方法は人形に全てプログラムしてあるので放置していても六カ月後には完成しているが、その間在庫がないというのは不安だ。あの時配ったことを後悔しているわけではないが、これからのことを考えるならば一本くらいは残しておいた方が良かっただろうか。

フェリックス・フェリシスの鍋を見終わって、強化薬、ポリジュース薬、生ける屍の水薬、真実薬などの魔法薬も見て回り、問題無く調合が出来ていることを確認する。

 

昼食を挟み、ドールズや多種多様な人形、影法師の呪いによって日々複製されている人形の状態も確認していく。それだけでなく、人形を使った効率的な戦略戦術も研究中であり、一度に操作できる人形の増加に精密性、人形操作と平行しての呪文行使の熟練度、戦況をより把握するための空間認識力といった、戦闘に重点をおいた訓練も行っている。数は力とはいえ、ただの烏合の衆では意味はない。作るなら軍隊レベルの集団行動を目指すべきだろう。加えて、去年の逃亡時のように厳しい環境にも対応できるように準備も進めている。

 

当初の予定では、私が十七歳になるまではヴワルに引き籠るつもりだったが、先日ムーディから連絡が届き、予定を繰り上げてウィーズリー家兼騎士団の本部となった隠れ穴に向かわなくてはならなくなった。というのも、魔法省によりハリーの家が厳戒地点になったらしく、予定していた移動手段が使えなくなったというのだ。それで新しく組み上げた護送作戦では人数が必要ということで、作戦を詰めるためにも早めの合流を要請されたのだ。

 

残された時間は一週間程。それまで出来ることをやっているが、訓練以外は殆どルーチンなので、これといって代わり映えはしない日々を過ごした。

 

 

 

 

「さて、そろそろ向かいましょうか」

 

隠れ穴へ向かう当日。準備を済ませ、事前に打ち合わせしていた場所へと向かう。勿論、変装も済ませている。最初の変装案では、ポリジュース薬で適当な男性に変身したうえで浮浪者の格好をするというものだったが、マグルの世界でもないので逆に目立つだろうと取り止めになった。その後、色々と変装案を出していったがピンとくるものがなく、一番地味な“小物臭溢れる不審者”というコンセプトに決まった。

 

思考錯誤している内に楽しくなって、色々とチャレンジしてみたのは良い思い出だ。

 

 

表通りを避けて、それでいて裏路地に入りこみ過ぎない場所を歩いていく。堂々としていたら逆に怪しいので、人目を気にしているように俯き加減に、少し怯えた感じで。

途中、オリバンダーの店前を通ったが、店は外も中も乱雑に破壊されており、散乱した杖が風に吹かれてカラカラと転がっている。オリバンダーは数週間前に死喰い人の襲撃に遭い、拉致されてしまったのだ。その時の死喰い人による暴挙の結果が、この惨状である。

 

急ぎ過ぎず、かつ遅過ぎず移動していき、目的地であるWWW(ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ)の店舗の裏口へと辿り着き中へ入る。店の中は薄暗く、うっすらと埃も積もっている。長い間とは言えないが、それでも営業を止めてから時間が経っているようだ。思えば、この店に入るのは初めてのような気がする。三大魔法学校対抗試合での賞金を資金として始めたそうだが。もし今後、営業を再開したら見に来るのも悪くないかもしれない。

 

軽く店内を見回してから、予め教えられていた地下室への扉を開き、下へと降りていく。日の光が入らずに真っ暗闇の地下室は一階よりも埃っぽく、物が散乱しているのか足で何かを蹴る音がする。

そこで暫くの間待っていると、バチンという姿現し特有の音と共に人影が現れる。念の為にローブ下に杖を忍ばせながら様子を見ていると、明りが灯り地下室の全貌が見渡せるようになった。

 

「ダンブルドアが騎士団に残した言葉は?」

 

現れたムーディが杖をこちらへ構えながら口早に聞いてきた。魔法の目はぐるぐると回転しており、周囲を警戒している。

 

「最後まで諦めず、希望を捨てるな。さすれば道は必ず開ける」

 

ムーディの合言葉に対して対の言葉を返す。ムーディは杖を下ろし、警戒を続けながら近づいてきた。

 

「久しぶりだな、マーガトロイド。中々の変装だな。思わず攻撃しそうになってしまったぞ」

 

「それはよかったです。攻撃されていたら反撃しないといけなかったので助かりました」

 

「冗談じゃない。正直、わしはお前とは戦いたくはないぞ。さて、無駄話をしている時間はない。すぐに移動するぞ。わしの腕に捕まれ」

 

言われるままにムーディの腕に捕まる。そしてそのまま引っ張られる感覚と共に付き添い姿くらましで移動をした。数秒後、辿り着いたのは先に見えたのはボ―――年季のはいった家だった。

 

「ここが隠れ穴、ウィーズリー家の自宅ですか?」

 

「そうだ。さぁ早く中へ入るぞ。入ったらその変装をとっとと解いてしまえ。そんな恰好を見ていると、無性に捕まえたくなる」

 

「そうしたら逃亡します」

 

ムーディと軽口を言い合いながら、隠れ穴へと入って行った。

 

 

 

「久しぶり、アリス! 元気だった?」

 

「えぇ。見ての通りよ」

 

隠れ穴へと入り変装を解いた私は、ロンの部屋でハーマイオニーと再開の言葉を交わす。ロンの部屋はいたる所にクィディッチ関係の本やグッズが置かれており、壁にはペナント、机の上にはヒュンヒュン飛び回っているクィディッチ選手のマスコット人形などがある。

 

「無事に到着して何よりだよ。休暇はどうだったんだい? こっちはビルの結婚式の準備やら大掃除やらで忙しい日々さ」

 

「先学期で貯蔵していた魔法具や魔法薬を結構消耗したからね。それらの補充に取り組んでいたわ。あとは戦術も試行錯誤しているってところかしら」

 

「―――うん、相変わらずのようで何よりだよ。でも、あの夜に貰った幸運薬には本当に助かったよ。死喰い人の放つ呪文が全部ギリギリのところで外れてさ。多分、幸運薬を飲んでなかったら死んでいたと思う」

 

「私もそう思うわ。最初は奇襲と不意を突いて攻めていられたけど、時間が経つにつれて、どんどん不利になっていって―――仕方がないことでしょうけど、やっぱり経験の差を感じたわ」

 

「貴方達は十分に力をつけているわ。経験についてはどうしようもないけれど、そこは戦術を試行錯誤することでカバーすればいいでしょうし。ハーマイオニーは理詰めの戦術を、ロンは機転を利かせた戦術を組んで合わせれば、相手を混乱させることも可能だし、そこにハリーの経験を取り込めば、全体的にレベルは高いと思うわ」

 

パーティ的には言えば、勇者のハリーに戦士のロン、僧侶のハーマイオニーかしら?

―――魔法を使うのに魔法使いが入っていないのが謎ではあるが。ちなみにロンは遊び人から転職した設定で。

 

「何か変なこと考えてないか?」

 

「別に。そんなことないわよ」

 

危ない危ない。ロンは開心術も使えないのに直感にすぐれるのか、時々私の考えていることに突っ込んでくることがある。別に読まれたところで痛くもないことではあるが―――三人の中で一番油断ならないのは、案外ロンだったりするのだろうか?

 

「それはともかく。貴方達ハリーと一緒に行くようだけれど、アレを見つけた時どうやって破壊するつもりなの?」

 

万が一誰かに聞かれた場合を考えて、分霊箱という単語は控えて二人に問う。分霊箱は強力な守りが付与されているので、相応の威力でないと傷一つつけられない。

 

「あー、うん。それなんだけどさぁ」

 

ロンが頭をガリガリと掻きながら歯切れ悪く言う。ハーマイオニーも目線を泳がせていて、自信なさげにしている。

 

「知らないのかしら?」

 

「いいえ、知っているわ。この本に書いてあったの」

 

そういってハーマイオニーが取り出したのは随分古ぼけた本だ。“深い闇の秘術”と題されたその本は、普通とは言えない程の闇の気配を漂わせている。

というより、私が昔に見つけた、ドールズを作りだす切っ掛けとなった本だった。

 

「へぇ―――そんな本どこで手に入れたのかしら?」

 

ハーマイオニーが言うには、ダンブルドアの葬儀の後に呼び寄せ呪文で分霊箱に関する本を呼び出せるか試したら、本当に呼び寄せられたらしい。学校の図書室にこのような本はなかったはずなので、恐らくダンブルドアが何か仕掛けていたのだろう。

 

「なら、分霊箱に対しての知識は大丈夫ね。貴方達は何を使って分霊箱を破壊するつもり?」

 

「私達で現実的に可能なのは、バジリスクの牙を使う方法なんだけれど、これはホグワーツに行かないと手に入らないし。かといって、他の手段―――バジリスクの毒に相当する破壊力を持った武器も知らないわ。アリスは何か知っている?」

 

「ロン! ハーマイオニー! それからアリスも! ちょっと手伝ってちょうだい!」

 

階下からモリーさんの呼ぶ声が大声で響き渡る。

 

「またこれだ。ママはことあるごとに僕達に用事を押し付けてくるんだ。休みに入ってからずっとだぜ? 僕達が秘密の相談をしていると思って、妨害しているんだ」

 

「そうなの? まぁ、秘密の相談であることには間違いないけれどね。とはいえ、妨害されるのは邪魔ね」

 

モリーさんが部屋に近づいてこないか注意しながら、ポケットに手を入れて中身を漁る。ポケットの中に入っている袋には検知不能拡大呪文が掛けられており、小規模ながらも携帯倉庫として機能している。

目的のものを見つけて取り出す。DA設立前の会合でも使用した防諜呪文の効果を発揮する魔法具と、ルーン文字の刻まれた細長い木製の棒だ。防諜の魔法具を部屋の真ん中に置き、木製の棒を部屋の扉に閂のように設置する。

 

「アリス、この魔法具は分かるけど、その棒はなんだい?」

 

「ルーンを刻んで魔術的な効果を付与したものよ。これを扉に設置すれば、開錠呪文を始めとした扉破り系の呪文を無効化するの。無効化するのは呪文だけだから、物理的になら簡単に破れるんだけどね。とはいえ、家の扉を破壊するような真似はしないでしょうし、これで心置きなく話が出来るわ」

 

「すっげぇや! これがあれば、ママに邪魔されずにすむぞ!」

 

「でも、大丈夫かしら。あとで詮索されるんじゃない?」

 

ロンがはしゃぎ、ハーマイオニーがあとのことで心配をしている。ハーマイオニーの心配もわからなくはないが、時には身内に対しても強硬手段を取れるようになってほしい。

 

「構わないわ。私達は久々の再開で会話に花を咲かせていた。今日ぐらいは邪魔されずにゆっくり話したい。だから途中で話を中断されないようにしていた。そのせいで呼ぶ声が聞こえなかった。すみません、反省しています。次回からは多分しません。適当にこう言っておけばいいのよ」

 

「そ、それはちょっと強引過ぎないかしら?」

 

「最終手段―――ダンブルドアから全てに決着がつくまで極秘の話は誰にも話すなと言われているので実行しました。ここにいる誰よりも優れた魔法使いであるダンブルドアの言葉なので、それを実行しているだけです。文句はダンブルドアの肖像画にでも言ってください。多分ホグワーツの校長室にあります。これで黙らせればいいわ」

 

モリーさんは説得するよりも、ゴリ押しした方が手っ取り早いタイプっぽいから、これで大抵は乗り切れるだろう―――多分。

 

「ハーマイオニー、アリスってばダンブルドアに責任を押し付けたぜ」

 

「ここまでゴリ押しを通すなんて。本人がいないものだからやりたい放題ね」

 

ロンとハーマイオニーが小声でコソコソと話しているが、全部聞こえているわよ。

 

「そう。だったらこの話はなしにしましょう。ハリ-と合流してからモリーさんの監視を抜けて話し合えばいいんじゃない?」

 

「すみませんでした!」

 

「ごめんなさい!」

 

私が立ち上がろうとするのを見た二人は、すぐさま頭を下げて謝罪をする。

 

「冗談よ」

 

私が再び腰を下ろし、説明の続きをする。

 

「破壊の手段は知っているわ。といっても、やはり多くないけどね。バジリスクの毒ほど確実ではないけれど、コカトリスの毒でも理論上は分霊箱を破壊できるわ。ゴドリック・グリフィンドールの剣もそうね。あれはハリーがバジリスクを殺すのに使用したらしいから、自らを強化する性質によってバジリスクの毒を吸収しているはず。呪文に頼るなら、死の呪文や悪霊の火といった強力な闇の魔術で破壊することができる」

 

そう説明すると、二人は苦い顔をした。

 

「コカトリスの毒なんて、それこそバジリスク以上に手に入らないわ。死の呪文は私達じゃ使えない。グリフィンドールの剣はホグワーツに保管されているみたいだけど、取りにいけない―――頑張って悪霊の火を習得するしかないけれど、難しいことに変わりないわ」

 

「それが一番確実かもね。悪霊の火なら、杖さえ無くさなければ常に使用できるし、荷物の嵩張らないしね。今度、悪霊の火について書かれた本を持ってきてあげるから、時間があるときに読んでおきなさい。ここじゃ練習できないから、理論だけでも完璧に覚えておくことね」

 

しかし、悪霊の火は制御を誤ると無差別に破壊を撒き散らすので危険すぎるか? ハーマイオニーなら大丈夫だとは思うが、万が一ということもある。

 

そう言えば、結婚式の前にハリーの誕生日があったか。ちょうどいいし、何か分霊箱の破壊に役立ちそうなものでも準備しておこう。

 

 

 

 

「以上が、ハリー護送作戦の流れだ。質問のある奴はいるか?」

 

隠れ穴のダイニング。そこに集まった騎士団やロン達に対して、作戦を説明していたムーディの目がぐるりと見渡す。

今回のハリーをダーズリー家から隠れ穴へと護送する作戦は、デコイを用いて妨害に入るだろう死喰い人を攪乱するというものだ。参加するのは私の他にムーディ、キングズリー、ルーピン、シリウス、スネイプ、トンクス、ハグリッド、アーサー、ビル、フラー、セドリック、ロン、ハーマイオニー、フレッド、ジョージ。それとマンダンガス・フレッチャーというムーディが連れてきた男の総数十七人だ。予め脱出させるダーズリー親子を入れ違いに家へと入り、九人がポリジュース薬を飲んでハリーに変身。二人一組になり、箒やセストラルといった様々な飛行手段で一斉に移動を開始する。姿現しや移動キー、煙突飛行ネットワークが使用できればよかったのだが、魔法省の魔法法執行部の部長であるパイアス・シックネスが裏切り、ダーズリー家を出禁状態にしてしまったのだ。突然の裏切りから服従の呪文にかけられていると疑われているが、事実がどうあれハリーの護送手段が制限されてしまったのは痛手となった。

 

「まず間違いなく、死喰い人共の妨害があるだろう。ハリーが成人する前に護送することで不意をつければよいが、例のあの人はそこまで甘くはない。いざ護送が始まった瞬間に何十人という死喰い人に囲まれるということも視野にいれておかねばならん。そこでお前の出番だ、マーガトロイド」

 

「えぇ。数には数を以て対抗しましょう」

 

臭いが解除されて魔法が自由に使えるようになったので、遠慮は一切なしだ。

目標は一体一殺。空中機動性能を重視して調整した人形を大量に展開し、死喰い人に向けて突貫させる。人形の攻撃タイプは爆発型と転移型を用意した。爆発型は接触と同時に爆発するもので、転移型は付き添い姿くらましによって接触した相手を強制的に指定した場所へと転移させる。

爆破型は直接的な攻撃力もそうだが、牽制と目くらましの意味合いが強い。加えて影法師の呪いによって爆発と復元の無限ループとなる。

そして、本命は転移型による確殺だ。魔法使いといえど、いきなり地中や海中に送られれば対処など出来ないだろう。問題は、地中のような固定された物質に占められた空間に姿現しできるのかということだったが、実験の結果では姿現しした先の物質を押しのけて移動するようだ。姿現しした際のバチンという音は、移動先の空気を無理やり押しのけることで発生しているものなので、地中や水中でも適応されているのだろう。

 

具体的にどのように対処するのかという意見が出たので、考えていた戦術を説明したら全員に顔を顰められた。ハーマイオニーなどは顔を青くさせている。解せない。

それはやり過ぎではないかという意見もでたが、高所で失神呪文を使った際の死亡率とて高いのに、何を言うのか。過程はどうであれ、死んでしまうことには変わりないのだから違いなどないだろう。それに、死喰い人は当然こちらを殺すつもりで仕掛けてくるのだから、殺されたとしても文句はないはずだ。少なくても、私は文句ない。

 

最終的には、私の戦術はそのまま採用されることとなった。時間がないというのもあるが、その方が味方の生存率が高いというのが大きいだろう。味方を誤爆してしまう可能性を指摘されたが、識別札のようなものをそれぞれに渡すことで問題はないと説明した。識別札さえ持っていれば、たとえ人形と急接近してしまっても、人形が自動で回避行動の姿くらましをして地中か海中へと逃げるのだ。一度展開した後は、一定時間動きがないと自動でヴワルに戻るので、環境対策にも抜かりない。

 

ちなみに、この人形にはかなりの性能が求められるため苦労はしたが、最近になってようやく活用できるようになったルーン文字を用いることでクリアできた。一度完成してしまえば、あとは影法師の呪いで複製するだけ。素晴らしく効率的である。

これも一種の産業革命と言えるのでないだろうか。

 

 

 

それから一日を挟み、作戦開始の一時間前には全員がダーズリー家の前へと到着した。何人かは手に箒を持ち、セストラルが数匹とハグリッドが持ってきた魔法仕掛けのオートバイが地面に立っている。周囲に人気はなく、どこの家にも明かりがない光景はゴーストタウンを連想させる。綺麗に整えられた芝の庭を通り過ぎて、ムーディが扉を開けようとするものの、その前に内側から扉が開けられた。

 

「ハリー!」

 

ハーマイオニーがハリーに抱き着くも、時間が惜しいとムーディによって早々に引き離されてしまう。全員が家の中に入り、家具が撤去されて綺麗にされたリビングへと集まった。

 

「よう、ハリー。元気だったかい?」

 

「それなりだよ。そっちはどう?」

 

「ジニーが毎日うるさくてさ。ハリーは大丈夫かしらって毎日言ってるぜ。本当、愛されてるよなぁ」

 

ロンの茶化しにハリーが苦笑いを浮かべる。

 

「それより、ディーダラスから説明されたけど、こんなに人が多いとは思わなかったよ」

 

ハリーがリビングに集まった面々を見渡して言う。元々広いリビングではあったが、流石に十八人も集まると狭苦しい。

 

「作戦Aが使えなくなった。パイアス・シックネスがこの家での姿現しや移動キー、煙突飛行ネットワークの使用を禁止してしまったからな。作戦Bに変更になったのだ」

 

作戦Bの内容を聞いて危険だと反対するハリーだが、危険は承知だと全員が聞き入れることもないために納得するしかなかった。それからハリーに作戦開始からの予定を伝達。時間が差し迫っているので、予め決めていた人がポリジュース薬を飲み込み、ハリーの姿に変身する。ムーディがペアになる組み合わせを言い渡していき、私はセドリックとのペアになった。なお、ハリーはスネイプと一緒でセストラルに乗って移動をする。ハリーのペットのヘドウィグが入った籠は、ハグリッドの乗るオートバイの助手席に積まれる。そうすることで、よりハリーの特定を困難にさせるのが目的だ。ヘドウィグには悪いが、囮の役目を一緒に担ってもらうこととなる。

 

「よろしく頼むわね、セドリック」

 

「こちらこそよろしく頼む。セストラルの扱いは任せてくれ」

 

「―――あれ? セドリックとアリスはそのままで行くの?」

 

ハリーが私とセドリックを見て疑問を零す。

 

「えぇ。今回、私は大量に人形を展開するからね。変身したところですぐに正体はバレてしまうわ。だったら、最初から変身しないでいた方がいざという時に全力で動けるし、死喰い人もハリーと同じくらい気になっているだろう私がいることで、目標を分散させることもできるかもしれないわ」

 

当然、姿を晒す以上は相応の危険が伴うが、ハリーに変身して不慣れな身体で戦闘に入るよりずっと生存率は高い。それに、本当に危険になればヴワルへと転移すればいいのだ。

 

「時間だ! 全員、配置につけ!」

 

懐中時計の蓋をバチンと閉めたムーディが指示を出す。その言葉に全員が動き、いつでも飛び立てる体勢になる。

 

「カウントダウンだ―――五―――四―――三―――二―――一―――飛べッ!」

 

合図と共に全員が一斉に空へと飛び上がる。セストラルは一気に最高速へとなり、地面が瞬く間に遠ざかっていく。予め、防風や耐衝撃に備えた防護呪文を使っていなければ、目を満足に開けることも出来なかっただろう。

 

急激に高度を上げていき、いよいよ雲の中へと突入する。

 

『オオオオォォォォォオオォッ!』

 

雲の中は混戦状態だった。幾筋もの黒い影が縦横無尽に飛び回り、幾重にも重なった叫ぶ声が爆音の如く響き渡っている。視界に入るいたるところで赤や緑の閃光が交差し、銀色の動物の姿も発見した。恐らく守護霊であり、それはつまり吸魂鬼が存在することを物語っている。

 

「“スーサイドスクワッド”ッ!」

 

解放の呪文を唱えてヴワルから大量の人形を召喚する。人形は召喚させると同時に、一斉に死喰い人目掛けて突貫していった。途端、あちらこちらから爆音が連続して響き渡る。

 

「ラミナス・ヴェナートッ! -風の刃よッ!」

 

私の存在に気が付いた死喰い人が次々と襲い掛かってくるが、スーサイドスクワッドによって動きを制限されている為、風刃呪文で一人ひとり確実に狙い撃ちしていく。狙いは身体の中心線。この呪文で倒せなくても、動きを鈍らせて人形で倒せればいいのだ。

 

「セドリック! このまま一気に進みなさい!」

 

セドリックは私の言葉に、セストラルの速度を上げることで答える。それからも襲い来る死喰い人を撃ち落としながら飛び続け、ようやく包囲網を抜けたと思った瞬間、すぐ隣に死喰い人が現れた。箒もなしにセストラルに追い付くスピードで飛ぶそいつは杖を持った腕を真っ直ぐにこちらへ向けていた。

 

『アバダ・ケダブラッ!』

 

私と死喰い人が同時に放った死の呪文が、互いの中間地点で衝突し弾ける。その際に起きた風圧で死喰い人のフードが外れて、顔が露わになった。

 

「クラウチッ」

 

私達を追跡してきたのは、二年前に魔法省で決闘をしたクラウチだった。クラウチは端正な顔が歪に歪むほど笑みを浮かべる。飛行手段の自由で勝るだろうクラウチは、私達の周囲を不規則にグルグル周り、次々と呪文を放ってくる。襲い掛かる呪文を盾の呪文で防ぎ逸らしながら必殺の隙を狙うも、そのような隙が見つけられない。セドリックがクラウチを振りきろうとセストラルに指示を与えているが、クラウチはしつこく追跡してくる。

 

盾の呪文、失神呪文、死の呪文、妨害呪文、風刃呪文、切断呪文、爆破呪文、武装解除呪文、金縛り呪文。多くの呪文が両者の間を飛び交い、色鮮やかな火花を散らす。計画に予定されていた移動キーのある民家はとうに過ぎてしまった。時間も大幅にオーバーしていて、今から戻っても移動キーは使えない。そもそも現状では戻ることなどできないが。

移動キーが使えない以上このまま隠れ穴へと向かうしかないが、その前にクラウチを振り払わないとならない。何とか現状を打破する一手はないかと思考を巡らせる脳内に、ヴワルに保管されているある薬品が思い浮かぶ。確か、ポケットの中の空間に同じものをしまっていたはずだ。

両足でセストラルの胴体を思いっきり挟み込み、滑り落ちないように全力で踏ん張る。セドリックの身体から手を離し、ポケットをまさぐる。後ろに逸れそうになる身体に耐えながらクラウチの呪文を防いでいると、目的のものを探り当てる。

 

取り出したのは一本のガラスの筒。口のないガラス製の筒は細長いカプセルのようであり、中身は三種類の薬品が三等分に仕切られて詰められている。

セストラルの尻を思い入り叩き急下降させる。セドリックが驚きの叫びを上げているが、男なのだから我慢しろ。

一瞬空いた時間を使い、私とセドリックとセストラルに遮光呪文と遮音呪文、防風呪文を掛ける。クラウチがすぐさま背後についてくるが、準備は完了した。手に持つガラスの筒を背後にいるクラウチへと放り投げると同時に呪文を放ち、筒を砕く。

 

「―――ッ! ―――ッ!?」

 

瞬間、夜の空が白い光に塗り潰された。私達は防護呪文の効果で問題無く視界を確保できているが、クラウチはダイレクトに光を浴びただろう。さらに私達には聞こえないが、爆音という表現が子守歌に聞こえる程の音が響いたはずだ。ここが森林の上空だからこそ問題―――野生の動物に多大な影響が出たかもしれないが―――ないが、市街地でやったら間違いなくテロと思われてしまうだろう。

 

後ろを確認する。そこにクラウチの姿はなく。周囲にもいない。下を見ると、黒い影が真っ逆さまに落下しているのが見えた。

 

「今のうちよ! 全力で飛ばしなさい!」

 

クラウチは潰した。追跡もいない。

私達を乗せたセストラルは、一気に隠れ穴向けて加速していく。やがて隠れ穴を視界に捉え、保護呪文の範囲内に入って安堵の息を吐くと同時に、内心で思う。

 

―――クラウチには是非ともあそこで死んでいてもらいたいものだ、と。

 

 

 

どうやら、私達が最後に到着したらしい。隠れ穴には私とセドリック以外の全員が揃っていた。キングズリーがいないが、イギリス首相の警護に戻っているようだ。

全員無傷とはいかないようで、重軽傷の差はあれ身体に怪我を負っていた。特に酷い負傷をしているのはジョージだ。腕を裂かれ耳を切断されたようで、止血はされたものの服が血に染まっている。

 

「予定では、お前達は四番目に到着している予定だった。一体なにがあった?」

 

ムーディの問いに、椅子に座って休んでいた私とセドリックが顔を見合わせたあと、私が説明をした。

 

「―――クラウチの小僧か。あの餓鬼めッ、粘着質増し増しのしつこさだな。次に会ったら徹底的に叩きのめしてやるッ。それで? クラウチはどうした?」

 

「一応、空から落としてはやったけれど、クラウチのことですから生きているかもしれませんね。死体を確認している時間もなかったですし」

 

あの高さから落ちて生きていたら、不死身を疑うレベルだ。

 

「どうやって落としたのだ? 話を聞く限り、背後をとられて苦戦していたようだが?」

 

「これですよ」

 

そう言って、ポケットからあの時に使用した魔法薬と同じものを取りだす。ムーディはそれを手に取りマジマジと見つめているが、結局それがなんなのか分からなかったのか、中身を聞いてきた。

 

 

「三種類の魔法薬を反応させることで効果を発揮する、非常に大きい爆音と強力な閃光を発生させる魔法薬よ。理論上はドラゴンでも気絶させることが可能だから、間近で人間が受けたら―――まぁ、失明失聴は避けられないわね」

 

最悪、ショック死でもしかねないような代物ではあるので、ご利用は計画的に。

そう言うとムーディは一瞬動きを止め、ゆっくりと私に魔法薬を返してきた。私はそれを受け取りポケットへとしまっていく。ドラゴンでも気絶に至らしめると聞いたからか、全員が気持ち後退る。隣にいたセドリックも同様だ。

 

「安心しなさいな、セドリック。ちゃんと貴方とセストラルに影響がいかないように、防護呪文をかけたでしょ? 保管にしても、事前に対策を施しておけば問題はないわ」

 

自分が死にかねない危険物の誤爆対策は十分に施している。ただでさえ、バジリスクの毒液という劇薬を常備しているのだから。

 

 

 

 

ハリーの護送任務が終わってからは、ビルとフラーの結婚式の準備にかかりきりとなった。会場の設営や装飾、招待状を送り、庭を整える。料理も事前に作れるものは作っておく。隠れ穴および結婚式場周辺は、騎士団と魔法省の闇祓いが協力して保護呪文をいくつも施し、その強度は要塞と言えるぐらい強固なものとなっている。式の数日前にはフラーの家族が到着した。

 

私は私で、姿現しでヴワルへと頻繁に行き来をしている。モリーさんは私にも色々と手伝いを言ってくるが、私とハリー達では立ち位置が事なるので、全部を全部聞く必要はない。かといって結婚式の準備を断るのも悪いので、私に用事があるときはドールズに任せている。

ヴワルでは、長年放置されていたヴワルに備わる防護魔法の調整を行っている。現在の防護呪文は全てパチュリーが施していったものであり、今でも十分に維持できているが、一部は効果が弱まっているのもある。それらの呪文を掛け直したり、新たに呪文を施しているのだ。

 

ハリーの誕生日には、これからの旅で役に立つだろう物を三つプレゼントした。

一つ目は検知不可能拡大呪文を施した巾着袋だ。これはズボンのポケットに入るサイズなので常に持ち歩けるし、口部分に収縮呪文が掛かっているので大きなものでも収納することが出来る。

二つ目はバジリスクの毒を含んだピックを三本。アイスピックサイズのものをルーン加工した銀のケースに収まっている。ハリー達は確実な分霊箱の破壊手段を持っておらず、無理して悪霊の火を身につけなくてもいいようにという配慮だ。勿論、悪霊の火を習得するに越したことはないが、制御を誤った時の危険が大きすぎる。

三つ目は銀のピアスだ。これはハリーだけでなく、ロンとハーマイオニーにも贈った。ルーン加工を施したこのピアスは、長距離間や特殊な防護呪文がかかっている場所を除いて、トランシーバーのように会話ができるものだ。三つ同時の相互通信なので二人での内緒話には使えないが、問題はないだろう。

 

プレゼントを受け取ったハリーはかなり喜んでおり、ロンとハーマイオニーと共に暫くテンションが上がりっぱなしだった。それをモリーさんが不審そうに見ていたので、バレないように気をつけてもらいたい。

 

ハリーの誕生日パーティーには騎士団を中心に多くの人が参加したが、一人だけ招かれざる人物が現れた。現魔法省大臣のルーファス・スクリムジョールだ。スクリムジョールはハリー達三人と私を呼び出し、ダンブルドアが残した遺言に書かれた遺品を渡しにきたというのだ。ダンブルドアの遺品と聞いて“なぜ今になって?”と思ったが、大方魔法省が遺品を検分していたのだろう。最初、スクリムジョールは個別に話をしたいということだったが、ハリーを始めとし全員が拒否したことで、渋々といった風にまとめて話すことを了承した。

スクリムジョールはすぐには本題に入らず、何故ダンブルドアが私達にのみ遺品を贈与したのかを探ってきたが、そもそも遺贈品があったことも知らなかったため知らぬことだ。予想としては分霊箱を捜索、破壊して、しいてはヴォルデモートを倒す為に必要なものだろうからといったところか。

 

最初に渡されたのは、ロン宛に遺贈された“灯消しライター”。これがどういったものか、私は知らないしロンは勿論、ハリーとハーマイオニーも知らない。ロンが動かしてみた限りは、灯りを消したり点けたりできるということがわかったぐらいだ。

次に渡されたのは、ハーマイオニー宛の“吟遊詩人ビードルの物語”。私も読んだことがあるが、ハーマイオニーの持つ本は最初に書かれた原書のようだ。スクリムジョールもハーマイオニーも、なぜダンブルドアがこの本を遺したのか。それが分からないようだったが、恐らく死の秘宝についてかもしれない。そのぐらいしか現状では関係がありそうな記述はないはずだ。

そして、ハリーには二つの遺品が残された。一つは、ハリーが最初のクィディッチで獲得した金のスニッチ。金のスニッチには肉の記憶というものがあり、最初に手にした者にのみ反応する性質がある。それを理解しているからこそ、スクリムジョールはハリーの手に渡った瞬間に、隠された秘密が空かされるのではないかと考えていたようだが、スニッチはハリーの手に渡っても何の反応も示さなかった。もう一つの遺されたものは、ゴドリック・グリフィンドールの剣だ。恐らく、この剣は分霊箱を破壊する手段として残したのかもしれない。だが、剣に関してはダンブルドア個人の所有物ではなく、歴史的財産であるため遺贈することはできないとスクリムジョールは主張した。それに対しハーマイオニーが反論したが、結局はこの場にない剣を受け取ることも出来ないため、剣が手に入ることはなかった。

 

最後に私だ。ダンブルドアは私に何を遺したのだろうかと考えながら、スクリムジョールが話し出すのを待った。スクリムジョールが取り出したのは一本の杖だ。それもダンブルドアが使用していた杖である。スクリムジョールは私に杖を渡すと、ハリー達同様にダンブルドアがなぜ杖を私に遺したのか聞いてきたが、そんなものは知らないのでホグワーツ校長室にあるだろう肖像画にでも聞いてくれと言っておいた。

 

 

スクリムジョールが帰り、私達はそれぞれ寄贈された品にどのような意味があるのか検分を始めた。夜になると、全員が寝静まった頃合いを見計らってハリーとロンの部屋へと集まり、それぞれ気づいたことを話し合った。

 

「僕の方はさっぱりだよ。ずっと弄っているけど、結局灯りを消したり点けたりしかできない。まぁ、強いて言えば取りこんだ灯りが戻る時に、戻る場所が少ないと空中に灯りがふわふわって浮かぶくらいかな」

 

ロンが灯消しライターを片手で弄りながら報告する。いま部屋を照らしている灯りも、ロンが予めライターに取りこんでいた灯りによるものだ。

 

「私のもわからないわ。吟遊詩人ビードルの物語は以前読んだことがあるけれど、これが原書で、内容に若干の違いがある程度だわ。あとは、物語の題の上に手書きで絵が描かれているぐらい」

 

そう言ってハーマイオニーが見せたのは、“三人兄弟の物語”の題の上に描かれた絵だ。△印の中に○印、○印の中に|印が描かれた、一見すると瞳孔が縦に裂けた目のようにも見える。

 

「なんだい、それ?」

 

「わからないわ。ただ、ダンブルドアがこれを描いたのだとしたら、何かしらの意味があるはずよ。ところで、ハリーはどう? 何かわかったかしら?」

 

「一つわかったことがある。スニッチの肉の記憶によって僕が最初に触れたと記憶されている場所―――つまり口に当ててみたんだけど、そうしたら文字が浮かび上がったんだ」

 

そう言って、ハリーはスニッチを自身の唇に押し当てる。そうして浮かび上がってきた文字には“私は 終わる とき に 開く”と書かれている。

 

「私は終わる時に開くだって? つまり、どういうこと?」

 

「終わる時ってあるけれど、そもそも何が終わる時なのかしら?」

 

ロンとハーマイオニーは頭を捻って考えるも答えは出てこず、やがて三人揃って私へと視線を向けた。

 

「アリス、貴女ならこれが何を意味しているのかわかる?」

 

「さぁ、どうかしらね? “私が”ではなく“私は”とあるから、スニッチ自体が何かしらによって終わるのではなく、他の何かが終わる時に反応して開くという解釈かしら? ハリー個人に渡されたものだから、ハリーが終わる時―――つまり死ぬときに開くということ? でも、そんな瀕死の時に開かれても仕方がないでしょうし」

 

これに関してはさっぱりだ。情報が少なすぎるし、解釈次第で如何様にも受け取ることができる。

 

「アリスでも駄目かぁ。仕方ない、これはいったん置いておこう。それで、アリスの方はどうだった?」

 

ハリーがスニッチをポケットに入れながら、私に渡された杖のことを聞いてくる。私はポケットの中からダンブルドアの杖を取り出して、指でクルクルと回しながらわかったことを話す。

 

「そうね―――簡単に言えば、ダンブルドアはとても強力な武器を遺してくれたと同時に、とてつもなく厄介で面倒な代物を押し付けてくれたってところかしら」

 

「どういうこと?」

 

ハリーに疑問に、杖の両端を左右の指で挟みこむように支える。

 

「私が知り合いから受け継いだ蔵書の中に、この杖について書かれたものがあったわ。正直、挿絵がなかったら信じはしなかったでしょうね。で、この杖だけれど―――貴方達、死の秘宝について知っているかしら?」

 

三人に尋ねると、全員が首を横に振る。

 

「簡単にいえば、ハーマイオニー。貴方が持っているビードルの物語に出てくる三人兄弟の話の中で登場する、“死”から渡された三つの宝のことよ。ちなみに、その本に手書きで書かれているマークは死の秘宝を現しているわ。ついでにいえば、ゲラート・グリンデルバルドが好んで使ったという印でもあるわね。で、これが秘宝の一つであるニワトコの杖。死の杖や宿命の杖とも呼ばれているわ」

 

最早、答えを求めれば必ず回答が出てくる魔境染みた図書館となっているヴワルには、ほとほと呆れるしかない。いや、それを言うなら、そんな魔境を作り上げたパチュリーこそが非常識だろう。

ニワトコの杖については、彼女がいくつかの書物を引用して著作したものだった。最強の杖という触れ込みに興味を持っていた彼女はあらゆる情報を調べ上げて、一度は所有者にもなったようだ。しかし、最強と言われたニワトコの杖も彼女の気に召すものではなかったようで、僅か三日で手放したらしい。それが巡り巡ってダンブルドアの手に渡り、いま私へと流れついた。

 

私が杖のことを三人に言うと、ハーマイオニーは信じられないといった顔をした。

 

「待って、それはありえないわ。だってこれは、ただのお伽話なのよ?」

 

「お伽噺だからといって、それがまったくの空想だということにはならないわ。貴方ならわかると思うけれど? マグルの世界ではお伽噺や伝説、空想だったものが、魔法界では実在しているのを見てきたでしょう?」

 

まぁ、それを今議論したところで意味はない。

 

「とりあえず、話を続けるわよ。質問はあとで受け付けるわ。死の秘宝は三つ、杖と石とマントがあり、それぞれニワトコの杖、蘇りの石、透明マントと言われている。透明マントは実際に存在しているけれど、それは魔法を掛けられた消耗品に過ぎないわ。対して秘宝の透明マントは、永久的に損傷も効果もなくならない完全な代物。蘇りの石に至っては、ハリー、貴方も見たことがあるわ」

 

そう言うとハリーは戸惑い、頭を捻りながら思いだそうとするが、両手を上げて降参を示した。

 

「思い出せない? そこらへんに転がっている石ころではないのだから、貴方が見たことある中で私も知り、かつ希少な石よ?」

 

少しヒントを出して、再度ハリーに考えさせる。別にこんな面倒なことをしなくても教えれば楽なのだが、この程度は自力で気づいてほしい。

 

「―――そうか、ゴーントの指輪だ。僕達が校長室で見た、ヴォルデモートの分霊箱になっていた指輪。あれについていた石が蘇りの石なんだね。それに、僕の持っている透明マント。あれは元々父さんが持っていたものだ。昔からあるのに新品同様の綺麗さだし、魔法なんて一度もかけたことがない。もしかして、僕の透明マントも秘宝のマントなんじゃないか!?」

 

ハリーが答えに辿り着き、興奮した様子で荷物の中から透明マントを取りだす。ハリーが出した透明マントは、何年も使用しているとは思えないほどに綺麗で滑らかな光沢を纏っている。これが十年以上も前の代物で、一度も手入れをしていないというのなら、もしかするかもしれない。

 

「てことは、今ここに死の秘宝の内の二つが揃っているってことか!? 凄いぜこりゃ!」

 

「ちょっと待って!」

 

ロンが興奮したようにマントと杖を交互に見比べている。そこに水を差すように、ハーマイオニーが声を張り上げた。

 

「みんな落ち着いてッ。いくらなんでも話が飛躍し過ぎよ。まだハリーのマントが秘宝だなんて決まっていないし、その杖だってただの強力な杖なだけかもしれないわ。石にしたって秘宝だっていう証拠もない。それ以前に、死の秘宝なんてものは空想の産物であって存在していないの!」

 

ハーマイオニーの剣幕に対し、ロンは肩を竦めて溜め息を吐いた。ハリーも若干うんざりしているとばかりにしかめっ面をしている。

 

「少なくとも、ダンブルドアは死の秘宝が存在することは確信していたわ。ヴォルデモートが分霊箱にしていた石が、蘇りの石であることも突き止めていたし、ハリーの持つ透明マントが秘宝のものだと考えていた。ニワトコの杖に関しては私が独自に調べただけだから百パーセントの確信はないけれど、ハリーの透明マントは秘宝と考えてもおかしくないほど非常識な代物よ。貴女ならわかるでしょ? 魔法理論的に考えて、ハリーの透明マントがありえないということが」

 

「それは、確かにおかしい点はあるけれど」

 

「普通に考えておかしいなら、逆におかしい代物に当てはまるものを探していけばいいのよ。そう考えれば、秘宝とされる透明マントこそが最も近いという答えにいきつくわ。」

 

それでも納得しようとしないハーマイオニーに、最もわかりやすい証拠を見せることにした。

 

「論より証拠ね。ハリー、ちょっと透明マントを貸して頂戴」

 

「いいけど」

 

ハリーは首を傾げながらも、荷物の中から透明マントを取り出す。それを受け取り、浮遊呪文で浮かしながらニワトコの杖を向ける。

 

「エト・フラーマ・ラーディス -厄災の獄炎よ」

 

「ちょッ!?」

 

ニワトコの杖から放たれた極々小規模に発生させた悪霊の火が、透明マントを包み込む。近くにいるだけで身体が焦がされるような熱気に襲われる。私の突然の行動にハリーは目を見開き透明マントへ手を伸ばすも、その熱気によって手を引き戻した。

 

「アリスッ、何をやっているのッ!?」

 

ハーマイオニーが錯乱したように後退りながら声を張り上げる。私はそれを無視しながら、透明マントを覆っている悪霊の火を消化していく。そして、完全に火が消えたのを確認してハリーに透明マントを返す。

 

「いきなり何をするんだ!」

 

ハリーが透明マントを抱え込み、激しく抗議してくる。それはハーマイオニーとロンも同じだ。仕方がないとはいえ、このままでは話が進まないので、杖を振るって三人を落ち着かせる。

 

「ごめんなさい。こうするのが一番手っ取り早かったから―――それで、どう?」

 

「どうって、何が?」

 

「気づかない? 悪霊の火で焼かれてなお、焦げ跡一つないのよ。その透明マントは」

 

私の言葉にハッとした三人は、透明マントを広げて隅々まで眺める。そこに損傷した場所は見当たらず、滑らかな絹のような質感を保っていた。

 

「分霊箱さえ破壊する悪霊の火で焼かれても、一切の損傷をしない透明マントなんて存在しないわ。それこそ、永久に効果を失わず、呪文の影響を受けない秘宝の透明マント以外にわね」

 

少し強引だったがこの実演により、ハーマイオニーも秘宝の存在を信じるようになった。そうなると、秘法についての話が膨らむのも当然であり、三人はあれこれと話し合っている。

その中で、ハリーが思いついた透明マントの使い道は中々に面白いものだった。透明マントを隠れる為に使うのではなく、防御手段として使用するというものだ。悪霊の火にすら影響を受けない透明マントの魔法に対する防御力は確かに、使い方しだいで強力な護りになる。欠点は、透明マントを纏っている部分が不可視になることで、味方からの位置の把握が困難になるということだが、そこは使い方しだいだろう。

 

話に盛り上がる三人の声を聞きながら、手に持つニワトコの杖を見つめる。あの夜、ドラコがダンブルドアを武装解除し、その後私がドラコを武装解除した。つまり、現在この杖の忠誠は私にある。ダンブルドアは私にこの杖を残して何をしろというのか。誰の手にも渡らないよう破壊する? それとも、この杖を使ってヴォルデモートを倒す? それとも、唯単に忠誠を得ている私へと受け継がせた?

 

可能性としては杖の破壊が一番高いだろう。秘宝について知識を持つ私であればこの杖がニワトコの杖であると突きとめ、敵に渡った時の厄介さを考慮して破壊すると思ったか。あとの二つの可能性は考え難い。遺言を残していたということは、あの夜の騒動が起こる前に準備していたということ。いまでこそニワトコの杖の忠誠心を得ているが、遺言を作った時点では私が忠誠を得るということを予想するのは不可能のはずだ。

 

しかし、このままニワトコの杖を破壊してしまうのは、正直もったいないとも思う。この杖は、正統な所有者に対しては揺るぎない忠誠心と力を発揮するのだから、戦力という意味ではこれ以上のものはない。実際、六年以上も使用している私の杖と比較しても、ニワトコの杖の方が圧倒的に優れている。しかし、この杖がヴォルデモートの手に渡った時の危険性を考えれば―――答えは決まっている。

 

破壊するのが最適解。

私は、今まで支えてきてくれた自分の杖を信じればいい。

そうと決まれば、厄介事は速やかに済ませるに限る。下手に後回しにしてタイミングを逃したり、不足の事態に陥るのだけは避けるべきだ。

 

私はこの場を解散したあと、すぐにヴワルへと移動してニワトコの杖を破壊した。“死”が持っていたとされる透明マントと違い、“死”が川に植えられていたニワトコの木から作りだした杖は、確かに頑丈ではあったものの破壊は可能だった。物理的に杖をへし折ったあと、鑢とすり鉢で削り、バジリスクの毒液の中へと沈め、死の呪文を五度に渡って叩きこみ、悪霊の火によって灰も残さずに焼却した。魔力の残滓はあるものの、それも時間が経てば自然と霧散するだろう。

 

この日、死を制する秘宝の一つは、この世から永遠に失われた。

 

 

 




【魔法薬諸々の補完】
量産体制は完璧。
非常識な呪文があるから、材料不足にすら陥ることがない。
もう、ヴワルだけあればいいんじゃないかな。

【変装】
またの名をコスプレ。
アリスは色んな意味で細部まで拘るタイプ。

【オリバンダー杖店大破】
オリバンダー不幸物語の始まり。

【ムーディ】
味方であろうと一瞬たりとも気を抜くのではない。
油断大敵!

【隠れ家】
またの名をボロ家。前衛的ファミリー向けハウスとも言う。
表札は”隠れ家”なのか”ウィーズリー”なのか。
どっちだ?

【ロンの直感】
B+

【深い闇の秘術】
お巡りさん。
闇の魔術書を若くして読んだ少女はここです。

【ルーン印の閂】
ヤクザキックなら突破可能。
原作でルーン文字学が活躍したときはあっただろうか。

【ダンブルドアの肖像画】
責任転嫁。
この時期に肖像画があったかは知らぬ。

【悪霊の火 万能説】
使ってもアズカバンに送られない闇の魔術。
でも、これ使う状況が大抵裁判沙汰。

【死喰い人遭遇戦対策 アリスVer】
普通に考えて、ドン引き必須。
アリスってば、レイブンクローじゃなくてスリザリンに入るべきだったのでは。
帽子は選択を間違えたのか。

【産業革命】
河童はいない。
”お値段以上にとり”もいない。

【ハリーとスネイプのペアによる空中散歩】
死喰い人のおかげでつり橋効果が期待できる。
やったなハリー。一気にお近づきになれるよ。
―――ジニーがアップを始めたようだ。

【スーサイドスクワッド】
無限爆破と即死級強制転移。

【死の呪文】
死喰い人相手に使うんだったら、禁じられた呪文使っても特例で合法にしてほしいわ。

【クラウチ】
魔法省でのイケメンっぷりは、どこにいったのやら。
SAN値が直葬されたのか?

【魔法薬】
リリカルマジカル スタングレネード。
マジカルフレア。
ムスカ。
呼び方は自由。

【落ちる元イケメン】
親方ぁ! 空からイケメンがッ!
バックミュージックは”君をのせて”。

【アリス また引かれる】
苛めてんじゃねぇよ。
アバダるぞ。

【プレゼント】
アリスの所為で、どんどん難易度が下がっていく。
ただし、帝王様の力はそれに反比例しているかもしれない。

【遺贈品】
物語序盤にて死の秘宝暴露。
駄目だこいつ、早く何とかしないと。

【ニワトコの杖】
これ以外に、アリスに何を遺せとおっしゃるか。
ちゃっかり所有者ですしね。

オリバンダーが拉致られ中につき、ニワトコの杖の正体に気づける有識者は魔法省にいなかったようだ。

【ハーマイオニーの反対意見】
アリスが正しい。
アリスが白と言えば、黒も白です。
閻魔様が黒と判決下しても、白なんです。
つまり、アリス=世界法則ということ。

【透明マント焼却事件】
人の家で躊躇いなく悪霊の火を使う魔法少女。
いいぞ、もっとやれ。

【透明マントを防御に使うハリー】
~ヴォルデモートの死の呪文をマントで防いだハリーは言う~
「リテイク! やり直したまえ!」

【失われた秘宝】
ニワトコの杖退場。
ダンブルドアの死後、まともに使われることなく破壊されたニワトコの杖。
多分、こんな暴挙にでたのはこの作品だけ(他にあったらすいません)。

正統な所有者であるアリスが使ったら最強になれるかもしれんが、帝王様に奪われたら真面目に洒落にならんので、即刻退場を願いました。

ていうか、こんな杖なくてもアリスは最強だし。

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