俺の名前はアレックス・マーサー。俺は自分が誰なのか記憶がない。ただ俺の名前と妹のデイナのことだけは覚えている。
 俺はサバンナで出会ったサーバルという少女と共に自分が誰なのか知る旅に出る。
 俺はいったい誰なのか、誰が俺をこんな体にしたのか。必ず見つけてしっかりその代償を払ってもらう。

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思いつくままに考えた短編もの。
1話完結で続編を書く予定はありません。


さばんなちほー

 俺の名前はアレックス・マーサー。名前だけは憶えているがそれ以外の記憶がない。だが妹のデイナのことだけは覚えている。俺は俺というものがわからない。ただ、獲物を狩り、殺し、食らうものということだけはわかっている。俺は元々周りと同じ人間だった。俺をこんな体にした奴らを必ず突き止めて、その代償を支払わせてやる。

 

 俺は今この平野のど真ん中に立っている。動物や人といったものは一切見当たらない。なぜこんなところにいるのか皆目見当がつかない。わかるのはここには俺一人しかいないということだ。

 不意に誰かが俺を襲ってきた。すかさずかわして距離を取る。相手もなかなかやるようでその足で俺との距離を詰めてくる。そっちがその気なら俺も乗ってやる。

 

「うみゃ!?」

 

 ギリギリギリ…

 

「みゃ…あ゛…」

 

 子供…?

 首にかけた手を放す。いくら俺でも子供に手を上げるような奴ではない。

 しかし不思議な格好をしている。ハロウィンでもないのに猫のような耳と尻尾をつけている。虎かなにかのコスプレか?

 

「誰だお前は。なぜ俺を襲った」

「ケホッケホッ…こんな狩りごっこは初めてだよ…いきなり首を絞めてくるなんて…」

「お前は誰だと聞いている」

「わ、私はサーバル。ここは私の縄張りなの!」

「サーバル…」

 

 それだけ知ると俺はまた歩き出した。さっさとこんなところを出なくてはならない。俺はニューヨークにいたはずだ。

 

「待って!あなたの名前をまだ聞いてないよ!なんていうの?」

「アレックス。アレックス・マーサー」

「アレックス?アレックスちゃんだね!」

「……」

 

 ちょこちょこと付きまとうサーバルという子供。どういう意図かは知らんが俺の邪魔をするようであれば例え子どもであろうと喰らってやる。それがこいつの記憶を直接見る最良の手段でもあるからだ。

 

「フードを被ってるからヘビのフレンズなのかな~?でもアレックスって名前聞いたことがないな~…」

「……」

「ね~何か言ってよ~!」

「……」

「一つ聞く。ここはどこだ」

「ここ?ここはさばんなちほーだよ!」

 

 サバンナ?こいつは今サバンナと言ったか?

 

「サバンナだと?どこのサバンナだ?」

「? あっ!もしかして昨日のサンドスターで生まれた子かな?」

「サンドスター…?」

「そう!昨日あの山から吹きだしたんだよ!まだ周りがキラキラしてるでしょ?」

 

 周りから虹のようなものが上っている。こいつがサンドスターというものか。

 

「俺はニューヨークにいた。そして気が付けばここにいた。ここがサバンナということはわかったが、どこのサバンナかはまだ聞いてない。ここはいったいどこだ?誰が俺をここに連れてきた?」

「お、落ち着いて!なんか怖いよ!えっと…ここはジャパリパークだよ!そしてここはジャパリパークのサバンナちほー!にゅーよーく?っていうのは聞いたことがないなぁ…図書館に行けばわかるかなぁ…?」

 

 ジャパリパーク…聞いたことのない名前だ。ジャパンとサファリを組み合わせた造語に聞こえる。しかしニューヨークを知らないとは…まさか俺は異国に攫われたのか?だがこいつは俺の言葉を理解している。少なからず英語を母語とする国で間違いなさそうだ。

 

「その図書館に行けばニューヨークに帰る道がわかるのか?」

「うん、たぶん。わからないことはみんな図書館で教えてもらうんだ!途中まで案内してあげるよ!行こ行こ!」

 

 このサーバルという奇妙な仮装をした少女に連れられてこのサバンナの地を歩く。時節他の仮装をした少女を紹介してくるが、どれも動物の姿を模った衣装ばかりだ。それがここでは流行ってるのか?

 しかしこの少女の身のこなしようは目を見張るものがある。俺の動きについてきている。崖を降りたり川を飛び越えたりと相当体を鍛えているようだ。

 

「アレックスちゃんってすごいね!ヘビのフレンズなのにすごいよ!川をジャンプで飛び越えたり崖をひとっ飛びに降りたり、ネコ科の子でもなかなかできる子いないのにアレックスちゃんはすごいよ!」

 

 しきりに俺を褒めてくる。確かにこんなことできるのは俺の他にいないだろう。だからこそ俺をこんな体にした奴を突き詰めて殺すのだ。それだけが俺に残されたただ一つの望みだ。

 ふと岩の陰から水色の奇妙な生き物が現れた。俺をじっと見つめると近寄ってきた。

 

「あっ!ダメ!それはセルリアンだよ!逃げて!」

 

 逃げる?逃げるまでもない。潰すだけだ。

 

 足を上げると思い切り踏みつぶした。足元にクレーターができる。しこりのような固い感触があったかと思うとそいつは勢いよく砕け散った。辺りにサンドスターのような虹色の陽炎がのぼる。

 

「ふわぁ…」

 

 ポカーンと間抜けな顔をさらして茫然としている。まさか俺が倒すとは思ってもいなかったらしい。

 

「すごいね、アレックスちゃん…セルリアンを倒しちゃった…」

「あの程度どうということもない」

 

 

…………

 

 

「ここでちょっと休憩しよっか!」

「勝手にしてろ。俺は先に行く」

「ま、待ってよ!太陽が一番暑い時間に動くと危ないよ!?」

「俺には関係ない」

 

 そういってズンズン先に進んでいく。慌ててサーバルが付いてくるがかまわず進む。息を切らして今にも倒れそうではあるが倒れればそれまでだ。俺には関係のないことだ。

 だが意外としぶとくついてくる。息も絶え絶えで顔も赤くなっているが存外平気なようだ。

 しばらく歩いていると見慣れない木が目に留まった。幹が太く、枝が短く葉も全体で見ると少ない。

 

「珍しいでしょー!サバンナにはところどころに木があるんだよ!あっ、そういえばアレックスちゃんって木登りはできるの?木登りができると遠くを見るのに便利だよ!」

 

 サーバルが木を器用に掴んで木登りをしてみせる。やはり普通の子ではない。俺と同じ体を改造された被験者なのか?やがてあっという間に木のてっぺんまで登ってみせた。

 

「ね?簡単でしょ?」

 

 言われずともこんな木など踏破することなど造作もないことだ。少し助走をつけると物の数秒で登ってみせた。

 

「すっごーい!今のどうやったの!?手を使わないで走るだけで登ったよ!?ねぇねぇ!どうやったの!?」

 

 …木を登っただけというのにおおはしゃぎだ。これだけで喜べるというのなら能天気なものだ。

 遠くに水源を見つけたのでサーバルの提案に乗ってそこで水を飲むことにした。普段なら取り合いになるほどのスポットだというのに今日に限っては誰もいないのだという。

 やがてそいつは水中から姿を現した。

 

「だ~れ~?」

 

 赤いライダースーツを身にまとった長髪の女だ。ずっとここに潜んでいたのだろうか。

 

「失礼。水浴びをしてましたの」

「あ、カバ!」

 

 カバ?ここのやつらはコードネームで名前を呼びあってるのか?

 

「珍しいわね、サーバル。この辺まで遊びに来るなんて」

「今日はゲートまで行くんだ。途中でお水を飲もうと思って!でも珍しいね。今日はフレンズが少ないなんて」

「今日はセルリアンが多いからみんな出歩かないのですのよ。ゲートも少し大きいのがいるから、行くときには気を付けるんですのよ?」

「大丈夫だよ!アレックスちゃんはとっても強いんだよ!さっきもセルリアンを踏みつぶしたんだから!」

「アレックス?聞いたことのない動物ですわね。見たところヘビのフレンズなのかしら」

 

 さっきから俺のことをヘビと言っているがなにを根拠に言っているんだ?そういえばフードを被っているとか言っていたな。少し聞いてみるか。

 

「フードを被っていればヘビなのか?」

「ヘビのフレンズはみんなフードを被っているんですのよ。見たところあなたも被っているようですし…もしかして違ったのかしら?」

「俺はヘビではない」

「え!じゃあ何のフレンズなの?」

「知らん」

「かばぁ。いったい何の動物なんだろう。にゅーよーくっていうところに行かないといけないらしいし私こんなの初めてだよ」

「うーん…あなた、泳げまして?」

「泳ぎは苦手だ」

「空は飛べるんですの?」

「飛べる」

「足が速いとか?」

「アレックスちゃんすっごく速いんだよ!狩りごっこのとき私より速く走ってたもん!」

「うーん…泳ぎは苦手で空を飛べてサーバルよりも速く走れる…ヘビでそういう子は聞いたことありませんわね…」

「えー?うーん、何の動物だろう…」

「「うーん…」」

 

 二人して何の動物か思案している。ますます訳が分からない。こいつたちはいったい何を考えているんだ?こっちの気がおかしくなりそうだ。

 

「あ!そうだ!アレックスちゃん図書館に行くんだったらついでに自分が何の動物か聞いてみたら?図書館で聞けばわかるかもしれないよ!」

「……考えておく」

 

 そうして水飲み場を後にした。

 相変わらずサーバルはうんうんと唸っていたが、やがてある場所まで付くとサーバルが言い出した。

 

「もうちょっとでゲートだよ。ここの平たいのが目印なんだ」

「ほう…」

「!!」

 

 サーバルが何かに反応した。頭の付け耳が動く。

 

「さっきのあの声…誰か食べられちゃったかもしれない…」

 

 食べる?俺と同じ捕食者がいるとでもいうのか?

 前を見ると先ほどとは違う巨大な化け物がいた。あれもセルリアンか。

 

「助けなきゃ…!」

 

 サーバルが突撃する。しかしセルリアンを前にして立ち止まった。

 

「えぇ!?石がないよ!?どこぉ!?」

 

 見ていられん。俺がケリをつけてやる。

 手早く前に出る。右腕を爪に変形させて襲い掛かる触手のようなものを切り落とす。そのまま本体の前まで出ると変形させた左腕で一刀両断にしてみせた。

 ドスンと音を立てて落ちる。見てみると石のようなものが目に入った。こいつがサーバルの言っていた石か。俺は訳もなく踏みつぶした。

 ふと後ろを見やる。後ろでは尻もちをついたサーバルが怯える目で俺を見ていた。

 近づくとビクッと体を震わせて後ずさりをした。

「あなた…本当に何なの…?私…怖いよ…」

「俺は…アレックス・マーサー…すべてを喰らうものだ」

 

 そう言うとゲートを後にした。サーバルは付いてこなかった。だがそれでいい。俺は図書館へ行き、ニューヨークに帰る術を見つける。そして俺をこんな体にした奴を見つける。それだけだ。



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