柱合会議の翻訳係   作:知ったか豆腐

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2019/08/26投稿


その7 後編(お目付け役編弐)

 善逸(ぜんいつ)が鬼の頸を泣きながら切ったすぐあと、その異変は起こった。

 右に左に。前に後ろに。

 部屋の向きが目まぐるしく入れ替わり、足場を失って宙に投げ出される三人。

 鬼の血鬼術によって屋敷が動き始めたのだ。

 突如の事態に反応できたのは結一郎(ゆいいちろう)だけ。

 外に投げ出されそうになっている善逸と正一の二人を即座に視認した結一郎は、迷いなく正一の救出を選択した。

 その結果、善逸は外へ、結一郎と正一は内に分断されてしまう。

 善逸の安否も確認できずに部屋を結一郎は正一を抱えて動き回る。

 

「うわあああ、結一郎さん! 善逸さんが!」

「彼なら大丈夫! 彼も鬼殺隊の一員です。たかだか二階程度なら頭から落ちても大丈夫です!」

「あなたたちって何なんですかぁ!?」

 

 鬼殺隊の仲間である善逸を信じて、結一郎は正一を守ることに専念するのであった。

 

 ※彼らは特殊な訓練を受けています。マネしないでください。死にます。

 


 

 その後、屋敷の異変が収まったと思ったらまた別の部屋に飛ばされていた結一郎と正一。

 屋敷の中でも奥の部屋だったようで、二人で外に出たら一番最後の組であった。

 外には鬼にさらわれていた正一の兄の清とその妹のてる子、炭治郎(たんじろう)と善逸、そして途中ですれ違った猪頭の鬼殺隊士と、屋敷にいた人間全員が勢ぞろいしていた。

 何故か善逸はボロボロで、炭治郎と猪頭が殴り合いをしていたのだけれど。

 

「ゆ、結一郎さん、何がどうなってるんですか!?」

「あー、うん。だいたい分かりました。ちょっと止めてきます!」

 

 訳の分からなさに正一が声を上げるのを横に、結一郎は状況を見て大まかな事情を把握。

 次々と来るトラブルにため息を吐きそうになるのをグッと堪えて鬼殺隊士同士の私闘を止めるべく動き出した。

 

「シャッア!」

「ハアア!」

「はい! そこまでです!」

 

 二人の間に割り込み、拳を受け止める結一郎。

 乱入者の登場に、戦っていた二人は同時に動きを止めた。

 

「結一郎さん、あの、これは……」

「何もおっしゃらなくても結構です! だいたい事情は把握してます! ここは下がりなさい」

「は、はい!」

 

 結一郎の言葉に従って素直に拳を下す炭治郎。

 どうしようもなかったとはいえ、お目付け役の前で私闘という隊律違反をしてしまったことからその顔は少し不安そうだった。

 一方でもう一人の猪頭は、好戦的な様子を隠さずに結一郎に突っかかってくる。

 

「ああ? なんだテメエは?」

「鬼殺隊隊士、階級・(きのえ)(にぎ) 結一郎です! 拳を下ろしなさい!」

「ハンッ! 俺の名は嘴平(はしびら) 伊之助(いのすけ)だ! テメエ、強そうだなァ。俺と勝負しやがれ!」

 

 伊之助と名乗った鬼殺隊士は、上司である結一郎の制止も聞かずに勝負を挑んでくる。

 言葉の通じない様子に生真面目な炭治郎は、思わずといった様子で叱るように注意の言葉を投げかけた。

 

「何を言ってるんだ君は! さっきは思わず戦ってしまったけど、本来なら隊員同士でやり合うのは御法度なんだぞ!」

「知るか! そんなもん! 俺が一番(つえ)えってことを証明してやるぜ」

「だから、駄目だって――」

「いえ、炭治郎君。お相手してあげようかと思います!」

 

 炭治郎の言葉を遮って、相手をすると告げる結一郎に、「えっ?」と、皆から驚愕の視線が集まる。

 私闘は御法度だと知っているはずなのに何故?

 そんな皆の疑問に答えるように結一郎はこう告げた。

 

「これから伊之助君に稽古をつけてあげましょう。ええ、稽古です。稽古なら殴り合っていても私闘にはなりません!」

「え、ええっ!?」

 

 稽古なら私闘じゃないという屁理屈のような言葉に、それでいいの!? と、驚く炭治郎。

 しかし、何故だか分からないけれど結一郎が言うととてつもなく説得力があるような気がした。

 稽古と言ったら稽古なのである。

 たとえ、二対一でリンチのような打ち込みをされようとも!

 たとえ、真剣を使って切り合いみたいになっていたとしても!

 経験者は語るのだ。

 

「ハハッ、何でもいいぜ俺は。さあ、やろうか!」

「ええ! 教育して差し上げましょう!」

 

 静かに構える結一郎に猛獣のごとき動きで飛び掛かる伊之助。

 静動相反する互いの動き。

 制したのは結一郎であった。

 

「ガハッ!」

 

 気が付けば腕を取られて地面に転がされていた伊之助。

 動きを読み切った結一郎には、このくらい造作もないことである。彼の真骨頂はここからだ。

 

「テメエ……うおっ!?」

「どうかしましたか?」

「ぬおお、なにくそぉ……おわぁ!?」

 

 片腕を結一郎に握られたまま地面をのたうち回る伊之助。

 いや、正確にはのたうち回されているというのが正しいか。

 

「なんであいつ地面を転がってるんだ? 訳が分からねえ」

「善逸さん、俺、昔どこかで聞いたことがあります」

 

 腕を取られているだけの伊之助が結一郎に転がし祭りをされていることに疑問符を浮かべる善逸に、いつのまにか傍に来ていた正一が思い出したように話し始めた。

 何か彼には心当たりがあるようだ。

 

「その昔、唐の武術の達人は手に乗せた鳥が飛び立とうとする気配を察知していつまでも手に留めておけたそうですよ」

「ええ、そんなことできるのォ!? 人間技じゃないよォ!」

「触れた相手を通して肌に伝わる感覚で動作を読み取る技術を聴勁っていうらしいです。結一郎さんが使ってるのはソレじゃないでしょうか?」

 

 彼の説明は当たりで、結一郎はつかんだ伊之助の腕を通して彼の動きを察知。

 絶妙な加減で力を加えることで、伊之助を立たせないようにしていたのだった。

 この伊之助という少年は、肌感覚が人より優れているので結一郎と同じように触れている相手の動作を読み取ることもできる能力はあるだろう。

 それが一方的にやられているのは、ひとえに経験と鍛錬の差であった。

 

「それにしても、正一君詳しいね」

「あ、その、ちょっと興味があったので」

 

 顔を赤らめる正一君。

 まぁ、男の子はこういうのに興味を持つものなのである。

 

 

 伊之助が一方的に転がされて約十分ほど経っただろうか。

 諦めずに抵抗を続けていた伊之助であったが、とうとう力尽き、心折れて大人しくなった。

 戦意喪失を確認した結一郎は、今後のために上下関係をしっかりと教え込む。

 

「オレ、オ前ヨリ強イ。オ前、オレニ従ウ。イイナ?」

「ウン、ワカッタヨ……」

 

 伊之助を無事屈服させた結一郎は、一仕事したと良い笑顔を浮かべる。

 そんな彼にツッコみを入れるのは、もちろん善逸である。

 

「な、なんで片言になってんですかーッ!?」

「いやあ、なんか彼にはこういう言い方の方が伝わりやすそうな気がしたので」

「あ~はい! 理由はないのに何故か納得してしまいそうな俺がいるゥ!」

 

 なんだか分からないが凄い説得力だった。なんでか分からないが。

 とりあえず、一騒動終わったので犠牲者の埋葬を始めるのだった。

 


 

 埋葬を終えたころに、犬の鳴き声が聞こえてきた。

 鳴き声がした方に顔を向ければ、猿を背に乗せた土佐犬が走り寄ってきた。

 

「おや、闘勝丸(とうしょうまる)藤乃(ふじの)ですね。ご用は終わりましたか」

 

 駆け寄ってくる二匹の名を呼ぶ結一郎。

 彼らは結一郎のお供の動物たちであった。

 それぞれ『鬼滅』の文字が縫われた首巻をしており、猿の闘勝丸は日輪刀を背負い、犬の藤乃は胴の両脇に荷物を載せていた。

 二匹に遅れて、上空から一羽の雉も結一郎の下へ降りてきた。

 

「ああ、碧彦(へきひこ)も来ましたか。全員勢ぞろいですね」

「あ、あの、結一郎さん。その子たちは?」

「自慢のお供たちです。けっこう優秀なんですよ?」

 

 一番幼いてる子が犬・猿・雉を従えている結一郎の姿を見て目を輝かせて近寄ってきた。

 その姿から思い浮かぶ有名なキャラクターが頭から離れない。

 

「結一郎さんって、桃太郎だったんですね! だから、鬼退治をしてるんだ!」

「アハハ、そ、そうですね。そういうことにしておきましょうか……キビ団子は渡せませんが、代わりに渡さないといけないものがあるんです。――藤乃」

「ワン!」

 

 子供の夢を壊すわけにもいかないので、あいまいに頷く結一郎。

 そのうち熊とか亀が仲間になったらどうしようと一抹の不安がよぎったが、気にしないことにして用件をすませることにしたのだった。

 藤乃を呼び寄せ、彼女が背負っていた両脇の荷物箱からものを取り出す。

 

「これをお兄さんの清君にいつも持ち歩くように伝えてくれますか?」

「これは、なあに? 桃太郎さん」

「鬼が嫌う藤の花の香り袋です。稀血で鬼に狙われやすい清君は持っていた方がよいでしょう」

 

 結一郎に言われたことを素直に頷くてる子たち。

 鬼退治の専門家である桃太郎(だと信じている)その人から言われたのなら説得力も強いというものだ。

 用事を済ませたので移動しようと視線を移せば、そこには闘勝丸に喧嘩を売っている伊之助の姿があった。

 

「なんだ、この猿野郎。一人前に日輪刀なんか持ってやがって!」

「ウッキィ?」

「やめろ、伊之助! あの桃太郎さんのお供の猿なんだぞ!」

 

 どういうことなの、これ?

 何がどうなって伊之助が闘勝丸に喧嘩吹っ掛けてるのか分からない。

 というか、炭治郎まで自分のことを桃太郎だと信じ込んでいる事実に微笑めばいいのか落ち込めばいいのか迷うところだ。

 こんなピュア少年がいるとは……

 

「いけませんよ、伊之助君!」

「うるせえ! 猿にまで馬鹿にされてたまるか!」

 

 とりあえず止めねばと声をかけるが、その程度で止まる伊之助ではなく。

 闘勝丸に向かって力比べを挑み始めた。

 それを見て結一郎は焦りを覚えて声を上げる。

 

「闘勝丸は――」

 

“猿の呼吸 弐ノ型 猩々神楽(しょうじょうかぐら)

 

「君より強い……遅かったかぁ……」

「ぐおおお!?」

 

 闘勝丸によって吹っ飛ばされる伊之助。

 本日弐回目の敗北である。

 猿にまで負けた伊之助は、その後休息のために向かった藤の花の家紋の家に着くまで大人しかったという。

 

「猿が全集中の呼吸を使うとか、そんなことある!?」

 

 善逸のごもっともなツッコミは誰も聞いていなかった。

 

 


 ――藤の花の家紋の家にて

 

 炭治郎・善逸・伊之助の三人が医者の診察を受けているころ。

 結一郎は一人席を外し、単独で行動を起こしていた。

 向かった先は三人の荷物が置いてある部屋。目的は炭治郎の背負っている箱。

 そう、鬼の妹・禰豆子(ねずこ)の調査だった。

 音もなく部屋に侵入し、背負い箱の前に立つ結一郎。

 

「さて、ご対面ですね」

 

 箱の扉に手をかけてそっと開け放つ。

 そこには口枷をした幼い少女、竈門(かまど) 禰豆子の姿があった。

 眠っていたその目が開き、結一郎を見つめている。

 

「こんばんは。自分は和 結一郎と言います。禰豆子さんですね? お兄さんの炭治郎君の……仲間です」

 

 一応、挨拶から始めてみる結一郎。

 禰豆子ははっきりとした反応は示さず、ボーッとした雰囲気で結一郎のことを見つめていた。

 

『反応はない。が、こちらの言うことを理解していないわけでもないようだ。うーん、なかなか判断の難しいところですね』

 

 観察をしてみるものの、これという情報が集まらない。

 その後もいくつか言葉を投げかけるも、意志薄弱という様子で目立った成果は得られなかった。

 埒が明かないと感じた結一郎は、状況を変えるべくある物を取り出す。

 

 それは、一つの小瓶。昼にお供の動物たちが届けてくれた品の一つであった。

 その蓋を開けて布に中の液体を染み込ませていく。

 白い布が真っ赤に染まったそれからは、濃い血の臭いがした。

 十分に血が染み込んだ布を禰豆子の前に差し出し反応を伺う結一郎。

 そう、これは禰豆子の食人衝動を計るための実験の一つである。

 

『さて、“稀血”を前にしてどんな反応を示すのか。場合によっては……』

 

 襲い掛かってくるようならば即座に頸を刎ねる。

 そのつもりで、結一郎は禰豆子を見ていた。

 鬼の好む稀血の臭いを前に、禰豆子は目を見開き、口からは涎が口枷を伝って垂れ始めた。

 禰豆子の食人衝動は消えたわけではない。

 それを確認し、ジッと観察を続ける。

 血の誘惑に勝てるのかどうか。それは今後に関わる重大な事実だ。

 その結果は――

 

「う、ウウッ!」

「これは……驚きました」

 

 衝動に逆らって禰豆子は血の布から目を逸らし、鼻を手で覆って誘惑から耐えてみせたのだ。

 重大な事実が分かり、さらに調査を続けようとする結一郎。

 しかし、部屋の外から人の気配を感じ、即座に箱の蓋を閉じて屋根裏へ姿を隠した。

 そのあとすぐに炭治郎たちが部屋に入ってきて雑談を始めたのだった。

 

 その間に屋根裏から立ち去った結一郎は、家の外に出て屋根に腰掛けてため息を吐く。

 

「ハァ……仲間に内緒で調べものとは、お館様の頼みとはいえ嫌な仕事です」

 

 仲間である炭治郎の妹を、秘密で試すようなことをしていることに後ろめたさを感じる。

 これも仕事の内と言い聞かすものの、重い気分は晴れなかった。

 落ち込む結一郎の下へ、彼の鎹鴉(かすがいがらす)が次の任務を告げに来ていた。

 

 炭治郎たちが怪我の療養の間は、お目付け役を一時中断。

 別の任務に就かねばならない。

 

「まったく、忙しいことです。おちおち菓子作りも出来ません」

 

 明日、出立することを伝えるために炭治郎たちに挨拶に行かねばと腰を上げる。

 次の任務もなかなか厄介なことになりそうな予感を感じ取っていた。

 

『ある町で(かくし)数名が行方不明になっている。鬼の諜報活動の可能性あり。直ちに調査せよ』

 

 それが、結一郎の次の任務であった。

 鬼殺隊の、ひいては当主・産屋敷の機密を探るべく差し向けられた鬼舞辻(きぶつじ) 無惨(むざん)からの刺客。

 そう考えるのが良いだろう。

 激しい戦いの影が見え隠れしているようであった。 

 

 

オマケ『アンケート企画 あらすじ』

1.キメツ学園の翻訳係 ~生徒会長・和 結一郎の日常~

 中高一貫のキメツ学園で生徒会長を務める結一郎の下には、学校中のトラブル解決の依頼が舞い込んでくる。

 

庶務「大変です! 冨岡先生に対するPTAからの抗議が!」

結一郎「また、あの人ですか!? これで何度目になるでしょうね!?」

 

会計「じ、事件です! 宇髄先生がまた美術室を爆破しました~!」

結一郎「けが人がいるか確認して、警察に連絡を。『テロじゃなくていつものです』と伝えてください!」

 

書記「結一郎さん、近所の食堂から『毎回食材を全滅させるのはやめてください』と苦情が……」

結一郎「該当する人物はもう当校を卒業してます! そう伝えてください!」

 

 次から次へと押し寄せる学校のトラブルにいつも彼はてんてこ舞いなのだ!

 

 

2.鬼の相談係 ~if もし結一郎が鬼だったら~

 人を超えた能力を持つ鬼たち。しかし彼らにも悩みはあるようで……

 

累「ねぇ、家族がちゃんと役割を果たしてくれないんだ。どうしたらいい?」

結鬼「それ、本人の適性と合ってないんじゃないですかね? ていうか、何故子供の鬼に母親役を!?」

 

猗窩座「なぁ、上弦の弐がウザいんだが、何とかしろ」

結鬼「どうしろと!? ……分かりました。そんな目で見ないでください。なるべく鉢合わせしないように調整しますから!」

 

童磨「猗窩座殿が冷たいんだ。何とかならないかな? というか、他の皆もおしゃべりしてくれないんだよねぇ」

結鬼「え、無理をおっしゃる……いえ、なんでも! そうですね……とりあえず、贈り物でもしてみたらいいのでは?」

※その後、童磨は猗窩座に女の肉を持って行って喧嘩になります。

 

 個性的で仲の良くない十二鬼月から相談を受け、世にも恐ろしいブラック上司の鬼舞辻 無惨の機嫌を損ねないように頑張る鬼の相談係の日常である。

 




翻訳係コソコソ話
犬…藤乃 雌
猿…闘勝丸 雄
雉…碧彦 雄

次回は炭治郎たちとまた分かれてオリジナル展開です。
ガッツリ戦闘にするつもりです。
鬼は原作に出てきた鬼を出すつもりです。
さて、どの鬼になるでしょうか?
お楽しみに。


改めまして、どちらが見たい結一郎(8/31まで)

  • 生徒会長の結一郎
  • 鬼の相談係の結一郎

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