柱合会議の翻訳係   作:知ったか豆腐

11 / 53
2019/09/04投稿


その8(隠失踪事件)

 とある街角で二人の人物が人目を避けるように会話をしていた。

 一人は黒子(くろこ)のように布で顔を隠した鬼殺隊の裏方“(かくし)

 もう一人は、白地の外套(マント)を身に着けた鬼殺の剣士・(にぎ)結一郎(ゆいいちろう)だった。

 

「――以上がご報告となります」

「なるほど。状況からみて明らかに鬼の仕業ですね」

 

 結一郎は今回の任務に挑むにあたって、隠から事件の報告を受けて情報収集にあたっていた。

 この度の任務は、「隠数名が行方不明」という事件の調査及び解決となっている。

 巧妙に所在地を隠している鬼殺隊の本拠地を探る鬼の刺客が差し向けられたと考えられるこの事件は、緊急性・重要性が高く、早急の対応が必要なものだ。

 

「それで、頼んでいた物は?」

「はい、こちらです」

 

 隠から手荷物を受け取る結一郎。

 その中には、今回の任務で必要な道具がそろっていた。

 

「行方不明になった方々の持ち物……確かに預かりました。藤乃(ふじの)に追跡させましょう」

「よろしくお願い致します」

「えぇ、あなたもお気を付けて」

 

 別れの言葉を告げて歩き出す結一郎。

 その姿は人混みに入ると、スッと消えるように気配が消えて見えなくなった。

 忍びの技を覚えているという噂は本当だったのか、と、残された隠は一瞬驚いたが、すぐに落ち着いて自身も移動を開始する。

 結一郎が仲間の仇を討ってくれることを信じて。

 


 

 時刻は丑三つ時(午前二時頃)。

 人も動物も草木でさえも寝静まる深夜。逢魔ヶ刻。

 一人の隠が街を静かに歩いていた。

 そんな彼の目の前に突然壺が一つ現れる。

 不自然に現れた壺を訝しみ、様子を確認するために近づいた……その瞬間、壺から手が伸びてきて彼に襲い掛かる。

 魔の手にかかる寸前、大きく後方に跳躍して危機を逃れた彼は次の攻撃に備えるように身構えてみせた。

 

「フッフッフッ、これはこれは活きのよい。生意気な、いや、それもまたよし」

 

 壺の中から不気味に身をうねらせながら現れたのは異形の鬼。

 額と口の位置に目があり、元の目があったであろう場所には口が二つ。体は蛇とも蚯蚓ともつかぬような奇怪な姿であった。

 その上下に並ぶ鬼の瞳にはそれぞれ“上弦”、“伍”と刻まれている。

 最強の十二体の鬼に名を連ねるその名は、上弦ノ伍・玉壺(ぎょっこ)という。

 

十二鬼月(じゅうにきづき)……上弦の鬼!?」

「その通り! さあ、無駄な抵抗はやめてもらいましょうか」

 

 後ずさる隠を捕らえようと玉壺が血鬼術(けっきじゅつ)で襲い掛かる。

 身体から生える小さな手に握られた小さな壺から、人を食い殺す妖魚が無数に飛び出して身を抉ろうと飛び掛かってきた。

 隠はもう一度跳躍して躱しながら、口笛で合図を送る。

 その合図に呼応するように犬の遠吠えが響き渡った。

 次の瞬間、日輪刀を咥えた犬が飛び出し、器用に口で刀を隠に投げ渡す。

 

「何ィ!? 貴様、まさか!?」

「よくやりました、藤乃!」

 

 投げられた日輪刀を掴み取った彼に向けて、玉壺が妖魚を差し向ける。

 宙を舞う人喰いの魚群。

 それを刀剣の一閃が呑み込んでゆく。

 

風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ(じんせんぷう・そぎ)

 

 螺旋状に切り刻む剣閃は妖魚を残らず絶命せしめ、その傷跡を地面に刻み込む。

 その人間離れした技をなした人物は、妖魚の毒の体液に濡れた隠の衣服を脱ぎ去ってその正体を現す。

 先ほどまで『隠』と刻まれていたその背の下から現れたのは『滅』の一字。

 人の身で鬼を滅する鬼殺の剣士。その隊服であった。

 

「変装とは味な真似を。まあ、それもまたよし。何者です?」

「……見ての通り、ただの鬼殺隊士ですよ。あなたが仲間を攫っていた犯人ですね?」

 

 上弦の鬼と相対しながらも、恐れることなく情報を引き出そうとする結一郎。

 行方不明になった仲間をどうしたと鋭く問えば、目の前の鬼は嗤って返事をしてきた。

 

「ヒョヒョッ、彼らですか。拷問をしてもロクに情報を吐かないので、私の作品にしてあげましたよ」

「作品……?」

 

 玉壺の口からでた『作品』という言葉に、嫌な予感を覚える結一郎。

 その予感は的中。

 玉壺の隣の地面から出てきた壺からおぞましいモノがその形を見せる。

 

「いかがでしょうか、私の作品は!」

「こ、これは……ッ!」

 

 行方不明になった隠四名。彼らの遺体を切断し、つなぎ合わせて作られた悪趣味(グロテスク)なオブジェだ。

 あまりのことに言葉を失う結一郎を横目に、玉壺は誇らしげに自身の作品について解説をし始めた。

 

「名付けて“黒子の顔並べ”でございます! 四人の黒子をふんだんに使った贅沢な作品なのです」

「……それで?」

 

 解説をする玉壺に結一郎は淡泊に続きを促す。

 続きを求められた玉壺は喜び勇んで話を続けた。

 

「裏方として顔を隠している彼らの顔をあえて前面に出して強調する。この部分がこの作品の味を出しているのですよ!」

「そうなんですか……それで?」

「……しかしながら、裏方という奥ゆかしさも表現せねばと思い、手足をへし折り絡み合わせて体に巻き付かせて表現しています」

「ふーん、それで?」

「……ッ!」

 

 頑張って説明しているのに、結一郎の反応が薄くてなんだかやりづらさを感じる玉壺。

 しかし、説明の続きを促されていることには変わりなく、ここでやめるのもなんだか負けた気がする。

 

「世のはかなさを表現するために、一部は骨がむき出しにしてあります。赤い血に混じり白い骨の色がまた艶やかでしょう?」

「なるほど……それで?」

「…………おっほん! 極めつけは、ここの腹を押すと断末魔を再現する絡繰りが施されているのです! どうです、すばらしいでしょう?」

「ほほう……で?」

 

 玉壺が自身の作品について熱弁するのを、結一郎が一言「それで?」と返す。

 そんなやり取りが数度繰り返されて、とうとう玉壺がキレた。

 

「あああ! 何なんだ、貴様ァ! さっきから『それで?』ばっかりで返しやがって! もっと私の作品について言うことはないのか!!」

 

 ほぼ無反応といっていい結一郎の態度に怒りをぶつける玉壺。

 その怒りを受けても結一郎は平然として、会話を続けようとしていた。

 

「ああ、すみません。自分は芸術には詳しくないもので。なので、ついあなたの解説の先が気になって淡泊な反応になってしまったんですよ」

「そ、そうか。ならば、それもまたよし!」

 

 これだけじゃないんでしょ? もっと話を続けてくださいよ!

 という、結一郎のヨイショにあっさりと乗せられる玉壺。

 機嫌をよくした玉壺は、さらにペラペラと作品について語りだす。

 四半刻(約三十分)ほど話したところで、そろそろ無くなってくる。

 

「――――と、いうところがこだわった所でして」

「なるほどなるほど、それで? 他には?」

「ほ、他に!?」

 

 ネタがもうないのに結一郎に続きを促されて焦る玉壺。

 どうする? と、考えるが言葉が出てこない。

 そんな彼の様子に、結一郎はわざとらしくため息を吐きながら告げた。

 

「もう語れないんですか? あなたの作品って、たかだか四半刻で語りつくせる程度なんです?」

「なっ! そんなはずないだろォ!! もっと語れるわ! 本当に!」

 

 えー、もう限界なんですかぁ?

 という幻聴が聞こえてきそうな結一郎の言い方に、玉壺がムキになって反論してまた語りだす。

 自分の芸術観も交えて語りまくる玉壺。

 負けられない勝負がそこにはあったのだ。

 ……正直、第三者からみたら訳がわからないものでしかないのだけれど。

 

 

 ――一刻半後(約三時間後)。

 

「その時、私は新たな芸術の扉を開いたのです!!」

「なるほど、そうだったんですねー」

 

 とことんまで自分の芸術について語りまくった玉壺は、不思議な満足感に包まれていた。

 ここまで自分の芸術について話して聞かせたのは初めてだ。

 となれば、是非とも相手の感想が聞きたくなるのが心の常というもので。

 

「あー、私ばかり話してしまいましたが、あなたはどう思います? 私の芸術は」

「ん? ああ、そうですね。ここまで聞いたんだから自分の感想も言わなきゃいけないですよね」

 

 作品の感想を求められ、それもそうだと首を縦に振る結一郎。

 玉壺は彼の口から出る感想を今か今かと待ち望んでいた。

 ここまで自分の芸術に興味を示してくれた人間だ。どんな賛美を口にしてくれるだろう!

 

「つまらないです!」

「そうかそうか、つまらないか! ……は?」

 

 褒め称える言葉とは正反対のことを言われて固まる玉壺。

 そんなヤツを尻目に結一郎は言葉を続けていく。

 

「つまらないんですよ、あなたの作品は。全てにおいて」

「人の心をかき乱すような情念も、人を圧倒させるような迫力も凄みも美しさもない」

「あるのは人の(むくろ)を使っているというおぞましさだけ。人の死体を使ってるんだからおぞましさがあるのは当たり前で評価点はあげられませんね」

 

 酷評。嵐のような酷評であった。

 約二刻あまりも語らせておいて、この評価である。

 やられた方にとってはたまったものではない。

 

「な、何を言うか、貴様ァー! それは芸術を理解できないお前の頭が問題なのだろうがッ!」

 

 芸術への審美眼がない猿が! と、キレる玉壺。

 だがしかし、それで怯むような結一郎ではない。

 柱合会議の翻訳係を舐めるなよ!

 

「ハハハ、そんなことを言うから二流なんです! 一流の芸術は素人すら感動させるものですよ? それを相手が理解しないから悪い? 理解させられなかった己の未熟を恥じるべきでは?」

「ッ!? 偉そうに分かったような口を!」

「その証拠に! あなたが自慢気に語っていた断末魔を上げる絡繰り。あれは逃げでしょう。絡繰りなんかを使って、工夫したつもりになっている! 自分の作品に自信がないことが透けて見えますよ!」

「グヌヌ、生意気な!」

 

 結一郎の言葉に悔しさから歯を噛み締める玉壺。

 彼の言葉に自分でも少し心当たりがあるような気がして負けた気分になっていた。

 決して認められるものではないが、完璧だと思っていた自分の作品について真正面から酷評されたのは初の出来事で戸惑いを隠せない。

 苛立つ玉壺。さらに結一郎が言葉を投げかける。

 

「まぁ、褒められるところがないわけではないです。一番元となっている壺。これは良い仕事してますね!」

「む? ほほぅ、そうか、分かりますか! この壺の良さが」

 

 メタメタに貶された後に、急に褒められてちょっと嬉しくなる玉壺。

 特に自分のアイデンティティにも関わりそうな壺について褒められたのだから、気分は急上昇といったところだ。

 この鬼、チョロいぞ!?

 

「なかなか綺麗で良い壺ですね!」

「そうだろう、そうだろう! この美しさはたまらないだろう?」

「ええ、分かります。……それで、この壺はどこで買ったんです?」

 

 上機嫌になっていたところに、結一郎の一言でビシリと体が硬直する玉壺。

 今、こいつなんて言った?

 

「買った? ~~ッ! これは私の作品だァ!」

「ハッハッハッ! 今更そんな見栄を張らなくてもよいではないですか! 良いものを見極めるのも誉められた能力ですよ?」

「私に創作能力がないことを前提で話すなァアアア!!」

 

 お前が価値ある作品を作れるわけないだろ。(意訳)

 そう言われた玉壺は今度こそ、ブチ切れた。

 これだけ話をさせておいて、この男は玉壺の事を芸術家だと認めていないのだ。

 許せることではない。

 

「この壺はなぁ! あのお方にも評価頂いていて、高く売れているんだぞ! 私の作品が、だ!」

「なんと! 本当ですか!? 本当ならどこで売っているか言えるはず……」

「○○商店と××骨董店だ! 東京の大店で扱われてるのだぞ!」

 

 その言葉を聞いて結一郎の表情が笑みを描く。

 良いことを聞いた。あとで調べなくては。

 笑みを浮かべる結一郎を見てとうとう玉壺の堪忍袋の緒が切れた。

 

「何を笑っている貴様ァ! 許さん! 私に殺される直前になっても笑っていられるか試してやる!」

「無理ですよ。あなたでは」

 

 殺意を向けてくる玉壺に対し、勝利宣言ともいえる挑発を行う結一郎。

 これに玉壺は耐えられなかった。

 

「舐めるな、小僧ォ!」

 

 “血鬼術 千本針魚殺(せんぼんばりぎょさつ)

 

 手に持った壺から呼び出された金魚が毒針を射出して攻撃するこの技。

 無数の針を高速・広範囲にばら撒くこの技は回避がしづらい厄介な攻撃である。

 もっとも、それは攻撃を放てればの話だが。

 

「ギョエエエ」

 

 奇声を発し、妖魚の身体が崩れていく。

 次の瞬間には玉壺の頸が刎ねられていた。

 

 “雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃(へきれきいっせん)

 

 結一郎がしたことはシンプル極まりない。

 出現した妖魚に藤の花の毒を塗り込んだクナイを投げ、それを追い抜かすように高速の居合抜きを放ったのだ。

 

「あなたの敗因はただ一つ。長々とおしゃべりをしすぎたんですよ」

 

 居合を振りぬいた形から正眼に構えを戻した結一郎の目には油断などない。

 上弦の鬼を倒せた手ごたえを感じていなかったのだ。その判断は正しいことがすぐ証明される。

 

「残念でしたね。それは私の抜け殻だ、間抜け」

 

 勝ったつもりかと、嘲るように物陰から現れた玉壺の姿は先ほどまでと大きく形を変えていた。

 鋭い爪を持った太い腕をそなえ、魚のような鱗が並ぶ長い胴体をくねらせて移動してくる。

 より凶悪な姿に変貌した玉壺は自慢げに己の肉体を誇った。

 

「見るがいい、私の真なる姿を! 金剛石よりも硬く強い鱗、練り上げた美しき姿を!」

 

 その姿を見た結一郎は一言。

 

「……壺は?」

「え? 壺?」

 

 意外な一言に玉壺は言葉が出なくてオウム返しに聞き返すことしかできなかった。

 結一郎は間の抜けた返事をした玉壺を責めるようにまくしたてる。

 

「壺はどこにいったんです? あれだけ自慢げに話をしていたのに真の姿とやらになった瞬間用済みですか!? あなたの壺への愛はそんなものだったんですか!」

「わ、私の壺への愛!?」

 

 結一郎の激しい言葉に玉壺は気持ちが圧されているのを感じた。

 心の片隅で『何故、私が叱られてるんだ?』とか、『なんでこいつ、こんなに壺推しなんだ?』という疑問がよぎらないでもなかったが、それを押し流すような衝撃を受けていたのだ。

 名前にも「壺」とあるのに、真の姿になった途端に壺要素がなくなるとか自分でもどうなんだろうと思ってしまったのだ。

 自身の能力が自己否定をしているように感じられてショックを受けて地面に手を突きそうになる玉壺。

 

 そんな隙を見逃すなど、鬼殺の剣士としてあるまじき行為だ。というわけで。

 

「いまだ、隙あり!」

 

 “炎の呼吸 伍ノ型 炎虎(えんこ)

 

「ぎゃああ!? 人が落ち込んでいるところを斬りかかって来るなんて鬼か、お前は!?」

「いや、あなたが鬼で自分が人です! 間違えないでください」

「そういうことを言ってるんじゃない! くうぅ、どこまでも馬鹿にしやがって!」

 

 斬りかかってきた結一郎の攻撃をかろうじて避けた玉壺が卑怯者と罵るも、結一郎はとぼけた返事をしてまた怒りを煽る。

 もちろん、結一郎はわざと行っている。精神攻撃は基本であるからして。

 

 ここまで馬鹿にされて黙っていられるはずもない玉壺は、自身の最大の技で決着をつけることを決めた。

 “血鬼術 陣殺魚鱗(じんさつぎょりん)

 全身を覆う鱗を使い、高速で縦横無尽に飛び跳ねて相手を攻撃する技で、触れた相手を魚に変えて絶命させる「神の手」を合わせて使うことから大変危険な攻撃である。

 玉壺はこの術に絶対の自信を持っていた。

 

「これで死ねェ! 血鬼術、陣殺ぎょぼああ!?」

 

 結一郎を殺す。

 その殺意を持って高速移動をしたその一歩目で、玉壺に衝撃が襲った。

 響き渡る爆発音と火薬の臭い。

 なんてことはない。玉壺の移動した先にあらかじめ衝撃で爆発する爆薬が投げ込まれただけの話だ。

 

「ぐうう、どうやって私の動きを!? あの移動速度についてこられるはずがない!」

「あれだけ、長く話をしていたんです。あなたの思考の癖くらい把握してます、よ!」

 

 移動速度を目で追えなくとも、動きの軌道を予測できなくとも、お前の思考は読み通せると告げる結一郎。

 その証拠に、斬りつけられた刃を腕で防ぎ高速で動いた玉壺の移動先へまた爆薬を投げつけてみせる。

 数瞬の後に爆音。見事命中だ。

 

「くっ、だが、爆薬では私は殺せない。お前の本命の攻撃にさえ気をつけておけば私に敗北はない!」

「あなたをここで釘付けにする。それで自分の勝利は確定です!」

 

 時間は結一郎の味方だ。

 なぜなら……もう、空が白み始めていた。

 

「あ、朝!? そんな、朝になってしまう!」

「言ったはずです。あなたの敗因はただ一つだと」

 

 結一郎と玉壺が接触したのが丑三つ時(午前二時頃)。

 そこから二刻(約四時間)近く話をしてれば、そりゃ朝にもなるだろう。

 敗因は趣味の話に夢中になって徹夜したことだ!

 

 玉壺は自身の敗北を予感して青ざめた。

 状況は既に結一郎とどう戦うかではない。どうやって結一郎から逃げ出すかという選択を迫られている。

 自分の思考は筒抜けで下手に動けない。

 せめて真の姿になる前の壺のある状態だったら空間移動系の能力で逃げ出せたかもしれないというのに。

 ここにきて、自分の選択肢が頸を締めることとなっている。

 絶体絶命のピンチ。だが、玉壺の運はまだ尽きてはいなかったようだ。

 

「お前たち、何の騒ぎだ! ――ば、化け物!?」

「しまった! 逃げなさい!」

 

 結一郎の爆薬の音を聞きつけて駆けつけた警察官。

 その姿を目にしたとき、結一郎と玉壺は正反対の感情を覚えた。

 不運な警察官に向け、妖魚をけしかける玉壺。

 無辜の住人が被害を受けることを結一郎が見逃せるはずもなく、彼を庇いに動かざるを得ない。

 妖魚をすべて叩き落した時には、玉壺の姿はなく。

 臍を嚙む結一郎の顔に朝日が照り付けた。

 あと一歩間に合わなかった。

 

「上弦の鬼を倒す機会を逃すとは……不覚です!」

 

 結一郎と玉壺の戦い。

 お互いに勝利のない、悔しさの残る戦いとなったのであった。

 

オマケ「玉壺、叱責」

 

 琵琶の音と共に景色が入れ替わる。

 無限城と呼ばれる鬼舞辻(きぶつじ) 無惨(むざん)の居城へと空間系の血鬼術によって呼び出された玉壺。

 上弦の鬼である彼を呼び出せる人物など彼の主しかいない。

 

「無惨様、これはご機嫌麗しく……」

「ほぅ、玉壺よ。お前には今の私が機嫌よさそうに見えるか?」

 

 平伏して挨拶をすれば、頭上から感じるのは無惨の怒り。

 玉壺は言葉を間違えたことを知った。

 

『しまった。私としたことが不用意な言葉をかけてしまうとは。無惨様は何にお怒りなのだ?』

「私が何に怒りを覚えているのか分からないのか? 玉壺」

 

 配下の心を読むことができる無惨は、玉壺の心の内の疑問を読み取り言葉を投げかける。

 無惨の口調から、自分に関わりのあることだと予測できるものの、心当たりが見当たらない。

 ここは不興を買うことを覚悟して正直に話すしかなかった。

 

「申し訳ございません。愚かな私にはご心中をお察しすることができず……何があったかお教え願えますでしょうか?」

 

 平身低頭。精一杯の謝意を示しながら怒りの理由を教えてもらうよう懇願した。

 その殊勝な態度が認められたのか、無惨は玉壺に不快な出来事についてあらましを語り始めた。

 

「お前の壺を卸している○○商店と××骨董店に鬼狩り共の調査が入ったのだ」

「なんと!? そのようなことが!」

「私に繋がる証人・物証共に消し去ったが、私の擬態先の一つと収入源の一つが潰されたのだ。これは由々しき事態だなぁ? 玉壺よ」

「は、はっ! おっしゃる通りでございます! (ま、まさか、あの時の!?)」

 

 無惨から具体的な話を聞かされ、ようやく心当たりのある出来事を思い出す玉壺。

 先日、屈辱の逃亡を余儀なくされた鬼狩りの剣士のことを思い出す。

 

『奴の口車に乗せられて、店の名前を口にしたような気がする。マズい、これは失態だ!』

「そうかそうか。やはりお前のせいであったか」

「む、無惨様、申し訳――」

 

 謝罪の言葉を口にしようとした瞬間世界が反転する。

 気が付けば玉壺の頸は無惨の手に逆さに乗せられて、異様な形で対面させられていた。

 

「黙れ、口の軽い愚か者が! お前が無駄にお喋りなのは口が二つもあるせいか? 片方縫い付ければ少しは沈黙を学べるか?」

「こ、これは――」

「黙れと私が言っているのが分からないのか」

 

 ミシリと頭蓋骨が嫌な音を立てるのが聞こえる。

 無惨の怒りによっていつ握りつぶされるかも分からない。文字通り相手の手に命を握られている状況。

 そんな状況の中で玉壺は……

 

『無惨様の手が私の頭に! ああ、いい! すごく良い!』

 

 恍惚の表情をしていた。

 こいつは、レベルが高い。何とは言わないけれど。

 当然、配下の心が読める無惨はこの玉壺の感情をダイレクトに知ることになるわけである。

 ……ご心中、お察し致します。

 

「玉壺、これまでの功績に免じて今回のことは許そう。だが、二度目はないと思え」

「おぶっ! は、ははぁ! ご慈悲を賜り感謝致します!」

 

 ポイっと投げ捨てて、冷たく言い捨てる無惨。

 さすがの鬼の首魁といえど変態を手の上に保持し続けるのは嫌だったようだ。

 うん、災難だったね。

 さらに言えば、これ以上何の罰を与えようが、玉壺にはご褒美にしかならないような気がして気が削がれたというのもある。

 この変態、最強ではなかろうか……

 おまけで言えば、上弦の鬼という早々替えのきかない優秀な配下でもあるので、粛清までは免れたのだった。

 戦闘に能力が偏りがちな上弦の鬼の中でも貴重な探索・探知が得意な鬼で優秀なのだ。変態だけれど。

 

 軽く心労を覚えながら無限城を去る無惨。

 もしかしたら、無惨に一番ダメージを与えているのは身内なのかもしれない……?

 

 

「玉壺殿、あまり無惨様を困らせるようなことをしては駄目だぞ!」

「そ、そうですな。気を付けましょう(童磨(どうま)殿に言われたくは……いや、それもまた良い)」




「壺」っていう字がゲシュタルト崩壊しそうで困りました。この話。
鬼滅の二次創作なので、一度は煽りの呼吸を使わせたかったんです。
しかし、響凱さんが言われた言葉って、ハーメルンで執筆してる人が言われたら誰でもダメージ受けそうな気がします。うん。

翻訳係コソコソ話
 実は結一郎、興味がない玉壺の話を、相手が気持ちよく話せるように気を使いながら延々と聞き続けるのはけっこう苦痛だった。
 仲間を作品にされた怒りを笑顔の下に隠して応対していたりしてたりします。


ミニ次回予告
「キメツ学園 ~生徒会長・和 結一郎」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。