柱合会議の翻訳係   作:知ったか豆腐

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2020/01/03投稿

あけましておめでとうございます!


その18(上弦の壱遭遇戦)

 それは体中の細胞が絶叫して泣き叫ぶような恐怖だった。

 鬼殺選抜隊・“旭”の一員である獪岳(かいがく)は、一体の鬼の前にはいつくばり、頭を垂れて無様な姿を晒していた。

 

『どうして、どうしてこうなった! なんでこんなところに上弦の鬼がいやがる!』

 

 抵抗の意思すら奪うほどの存在感。肌で感じる実力差。

 いま、彼を見下ろすのは十二鬼月最強の鬼。上弦の壱・黒死牟だ。

 任務の最中、黒死牟と遭遇してしまった獪岳の部隊は、瞬く間に彼一人を残して殺されてしまったのだ。

 

「鬼になってでも……生き延びたいか……」

 

 黒死牟の問いかけに頷くことで返事をする。

 絶体絶命の危機に直面した獪岳が選んだのは、鬼になってでも生き残るという道だった。

 ちょうど上弦の参の席が空白となった現在、呼吸を使える剣士を鬼にすることに価値を見出だした黒死牟はそれを受け入れる。

 

「有り難き血だ……一滴たりとて零すこと罷りならぬ……零したときは……お前の首と胴は泣き別れだ」

 

 その言葉と共に注がれた血が獪岳の手の上を満たす。

 恐怖に震えそうになる手を必死で抑え込み、ゆっくりとその血を口元へと運んでいく。

 一口でも口にすれば鬼となる血の盃に舌を伸ばした瞬間、一陣の風が通り抜けた。

 

“風の呼吸 壱ノ型 塵旋風(じんせんぷう)()ぎ”

 

 地を抉るような剣風が黒死牟と獪岳の間に吹き荒れて強制的に両者を引き離す。

 

「大丈夫ですか、獪岳!」

 

 現れたのは鬼殺選抜隊・旭の“棟梁”(にぎ)結一郎(ゆいいちろう)だ。

 彼は黒死牟に向き合いながら、背に庇った獪岳へと声をかけた。

 鎹鴉によってもたらされた救援要請に、急遽駆けつけたのだ。

 そんな結一郎に助けられた獪岳だが、その表情に安堵はなく、むしろ苦々しい表情をしていた。

 

『クソ! 最悪だ。貰った血を零してしまった! どうする、どうすれば……』

 

 助けに来た結一郎よりも黒死牟の方が強いと判断した彼は、鬼になって生き残るという道を諦めていなかったのだ。

 そうなれば、獪岳にとって目の前にいる結一郎はただの邪魔者でしかない。

 この獪岳という男は、自己の生存に関してことのほか強い執着を持っている。

 

『生きてさえいればいつか勝ってみせる』

 

 そんな信条をもって生きてきた彼にとって、鬼殺隊士としてありえない“自ら鬼になる”という選択は生存のためならば当たり前の選択肢になるのだ。

 助けにきた相手から逆に邪魔者扱いされている結一郎だが、そうとは知らずに黒死牟へと刃を向けていた。

 

「よくも仲間を! これ以上はやらせません!」

「余計なことをする……」

「あなたにとってはそうでしょうとも!」

「いいや……」

 

 仲間を助けるのは当然だと言う結一郎に、黒死牟は首を横に振って間違いを正す。

 余計なことだと思っているのは自分ではないのだ、と。

 

「そこの男は……命惜しさに命乞いをして鬼になろうとしていたのだ……お前は助けに来たと言ったが……そいつにとってはどうだろうな?」

 

 黒死牟から視線を向けられ、ビクリと体を震わせる獪岳。

 己の罪状が味方に明かされて焦る獪岳は、結一郎の反応をかたずを飲んで見守っている。

 

「彼が、鬼に?」

「そうだ……お前にとってそいつは守るに値する存在ではない」

 

 その背に守る者は唾棄すべき裏切者だと告げる黒死牟。

 結一郎はその言葉に対して怒りをあらわにした。

 

「でたらめを言うのもいい加減にしてもらいたい!」

 

 鬼狩りの剣士が鬼になることを選ぶなど、許されることではない。

 

「鬼殺の剣士が自ら鬼になるなどありえません!」

「ご立派なことだ……だが、そいつは先ほど自ら鬼になることを――」

「ありえません!」

 

 黒死牟の言葉を遮って断言する。

 

「……信じられぬか。しかし、その男が鬼になろうとした事実は――」

「そんなものありません!」

 

 結一郎、黒死牟の言葉をまたもインターセプト。

 二度も続けて言葉を遮られ、さすがの黒死牟も面食らった様子。

 上弦の弐(問題児)にだってこんなことされたことはないのに……

 

 少しばかり無体な扱いをされた黒死牟だが、あることに気が付く。

 伝令役の鴉が隠れてこの場の様子を見ているのだ。後々のことを考えれば鬼になって助かろうとした隊士がいたなど不都合な事実に違いない。

 そのことに気が付いた出来る鬼である黒死牟は、とある疑念を抱いた。

 こいつ、事実をなかったことにしようとしてないか? と。

 

 鬼になろうとした隊士はいなかった! いいね!?

 

「事実を認めぬか……愚かなり……」

 

 呆れと侮蔑を含んだ声で言う黒死牟。しかし、結一郎は力強く反論する。

 

「しつこい! 我々鬼殺隊には、自ら鬼になろうなんていう恥知らずはいないんです!」

 

 鬼を狩るために体を鍛え、技を磨いてきた剣士が鬼になるなんて、そんな滑稽な話はない。

 鬼なんていう人喰いの化け物に成り果てた剣士に、いったい何の価値があろうというのか。

 そんな意味不明な存在、畜生にも劣る存在だ! と、黒死牟に啖呵を切って見せた結一郎。

 彼には鬼殺の剣士としての矜持がしっかりと根付いているのだ。

 なお、この言葉において鬼殺の猿については例外とする。だって、あれはどう考えたって理の外の存在だし……

 

「獪岳もそう思うでしょう?」

「えっ!? アッハイ!」

 

 突然、話題を振られて思わずうなずいてしまう獪岳。

 頷いた後で思いっきり頭を抱えたくなっていた。

 

『はい、じゃねえ! 何やってんだ、俺! 鬼になるしかこの場を切り抜ける道がねえってのに!』

 

 結一郎の言葉に返事をしたことで、黒死牟からの好感度が下がった。

 鬼にして生き残れる確率が下がり焦る獪岳をよそに、結一郎と黒死牟の会話は続く。

 

「あくまでもその男を信じるか……」

「えぇ、もちろん! 獪岳は自分の部下の中でも一番生きることに向き合っている男ですから」

 

 結一郎が言うには、獪岳という男は何があっても生き残るという強い意志を持った人間で、それゆえにどんな逆境でも諦めない男なのだという。

 

「生き残って勝つためなら、頭を地にこすりつけて命乞いの真似事くらいはしてみせる……そんな強い男だ!」

 

 だから獪岳が鬼になるなんてありえないと、彼は言う。

 こうやって言うと、生き汚さも目的のために泥水も飲み干せる立派な人物に早変わりである。

 もっとも、言われた本人は『誰のこと言ってんだよ!?』と、ツッコミを入れていたのだけれど。

 

「なるほど……私はまんまと騙されていたということか……」

 

 そして、何故か納得しちゃう黒死牟。

 先ほどまでの行動は、『圧倒的な実力差を持つ相手に、自ら屈辱的な行動をとってまで頸を獲る隙を伺っていた不屈の男』という風に見られてしまったようだ。

 いったい、どこの時空の獪岳のおはなしなんですかねぇ?

 

『納得すんなよ! 目ェ、六つもあるのに何見てたんだお前は!』

 

 なんだかとてつもない方向に勘違いされていることに、内心でツッコミを入れる獪岳。

 

 鬼になるフリとかじゃなくて本心だから!

 剣士の誇りとかホント、どうでもいいから!

 畜生以下と言われても、生き残った者が勝ちだと思っているから!

 だから、だから鬼にして命だけは助けてほしい!

 

 と、本当は叫びたい獪岳であった。

 今の状況でそんなことを言っても絶対信じてもらえないので、言えないが。

 

 何もしなければ鬼にしてもらえない獪岳の心に、ふとよこしまな考えがよぎる。

 

“結一郎をこの場で殺して見せれば、信用してもらえるのではないか?”

 

 仲間の首を手土産に裏切るのは常套手段だ。珍しくもない考えである。

 しかしながら、それは行動に移されることは無かった。

 なぜなら、目の前に立つ結一郎は、黒死牟と相対し会話を交わしながらも常に獪岳を刃の間合いに入れているのだから。

 

 結一郎が覚妖怪じみた読心術を持っていることを知っている獪岳は、自分のこの考えが読まれているのではないかという疑念が拭えないのだ。

 実際には、結一郎は何かあった時に庇えるように手の届く範囲にいるだけなのだが、獪岳にしてみれば裏切った瞬間に自分を斬り殺すためにしか思えなかった。

 そして次の結一郎の言葉が駄目押しだった。

 

「仮に鬼になろうなんて隊士がいたら、自分が頸を斬り落とします!」

『クッ、チクショウ! 俺の考えなんざお見通しってことか!』

 

 逃げ道を塞がれた(と思い込んだ)獪岳は、覚悟を決める。

 もはや戦って生き残るしかない、と。

 

「そうか……ならばこれ以上、言葉は不要……」

「まだ自分としては言い足りませんが?」

「時間稼ぎならばやめておけ……」

「フッ、あの壺みたいにはさせてくれませんか!」

 

 奇しくも獪岳が戦う覚悟を決めた頃合いに、結一郎、黒死牟の両者の間で戦闘の緊張感が高まる。

 結一郎は正眼に刀を構え、黒死牟は柄に手をかける。遅れて獪岳が刀を手に取り腰を深く落とした。

 

「~~ッ! 来ます、獪岳!!」

「クソ! こんなところで、死ねるかよ!」

 

 戦いは何の前触れもなく始まった。

 結一郎と獪岳の二人が地を蹴った瞬間、地面には幾条もの斬撃が刻みつけられる。

 黒死牟の振るう刀に沿って、いくつもの三日月のような軌道が物理的破壊力を持って現れることで攻撃範囲を広げていた。

 

 月の呼吸 弐ノ型・珠華ノ弄月(しゅかのろうげつ)

 

 三連の斬撃とそれに付随した月輪が周囲を切り刻む。

 そう、黒死牟の恐ろしさは鬼の持つ血鬼術に加えて、鬼殺隊の使う全集中の呼吸を組み合わせてくることなのだ。

 鬼との身体能力の差を埋めるための全集中の呼吸を鬼が使えばどうなるのか?

 それは一方的な蹂躙という結果をもたらすことに他ならない。

 

「クソォ! このままじゃ……!」

 

 近づくことも出来ず、一方的に追い詰められていく二人。

 ついに郊外近くを流れる川の橋の上にまで追いつめられてしまっていた。

 遮蔽物がなく、躱せる場所も少ない橋の上では地の利など存在しない。

 危機的状況に思わず毒づく獪岳であったが、それはこの戦闘において致命的な隙を見せることとなってしまう。

 

「獪岳! 集中を切らしては――」

「油断したな……」

 

 月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮(やみづき よいのみや)

 

 単純にして別格の速度で振るわれた横なぎ斬撃は、回避の遅れた獪岳の腹部を鋭く薙いだ。

 

「ガフッ!」

「もう終わりだな……動けば……臓物が……まろび出ずるぞ……」

「獪岳ーーッ!!」

 

 血を吐き膝をつく獪岳を見下ろす黒死牟。

 命に係わる重傷、いや、そうでなくとも黒死牟が刃を振るえばその命は簡単に散るだろう。

 仲間の命を助けるために、結一郎は無謀を承知で攻勢をかけざるを得ない。

 駆けだした結一郎は自らの外套(マント)を脱ぎながら、一直線に突進する。

 

「フッ、無謀な……何ッ!?」

 

 愚直な突進に対し余裕の表情で迎撃をしようとした黒死牟だったが、結一郎の思わぬ行動に目を見開いて驚愕する。

 結一郎は黒死牟に刀ではなく、肩から外した外套を投げつけてきたのだ。

 裾に重りを仕込んであるその外套は網のように黒死牟に絡みついて動きを阻害しようとしてくる。

 

「小癪! ……なんと!?」

 

 その外套を切り捨てた黒死牟だったが、外套で塞がれていた視界が開けた時には結一郎の姿はなかった。

 どこへ消えた?

 そんな疑念を考えるよりも早く、黒死牟の戦闘者としての勘が体を動かす。

 刹那、金属同士がぶつかる甲高い音が響き渡った。

 

「チイィ! 仕とめきれなかったか!」

「面白い技を使う……今のは焦ったぞ」

 

 鍔迫り合いの形になった両者だが、その表情は正反対であった。

 外套の仕込みでの拘束、視界を妨げた後の奇襲という二つの布石を置いたうえでの攻撃が通用しなかったのだ。

 特に後者については、白い外套姿から黒い隊服姿に変わることで、白い物が消えたら無意識的に白い物を探すという人の習性すら利用した初見殺しの策だったのだ。

 それを易々と破られた結一郎が苦い表情になるのも当然と言えよう。

 対する黒死牟は、その奇術的な策ですらも愉しいとばかりの表情。

 まるで、手品でも見せてもらったとでも言うように余裕を見せていた。

 

 そして、奇策が破られた瞬間ほど危険な時はない。

 

「グッ……ッ!? マズい!!」

 

 背筋をなぞるような悪寒が結一郎を襲う。

 危険を感じ取った本能的な勘に従って飛び退る結一郎。しかし、それは一歩遅かった。

 

“月の呼吸 伍ノ型 月魄災禍(げっぱくさいか)

 

「ああああ!?」

 

 血飛沫が舞う。

 鍔迫り合いからノーモーションで現れた月輪の斬撃。

 至近距離から放たれたそれは、結一郎の左腕を斬り飛ばしてみせた。

 苦悶の声を上げながらも、すぐさま傷口をきつく縛って止血を試みる結一郎。

 なおも抗おうとする結一郎に、黒死牟は傲慢にも似た憐憫の視線を向けて言う。 

 

「既に満身創痍……()には勝てぬ……諦めろ、人間」

 

 自分に勝てるはずなどないと、鬼と人、積み上げてきた修練の年月、そんな絶対的な自信からくる傲慢なセリフだった。

 しかし、だからそうですかと言えるほど、結一郎という人間は諦めが良くない。

 

「諦める? ふざけたことを……まだ片腕が千切れただけでしょうが!!」

 

 たかが片腕程度、と、あえて言い切り戦意を露わにする。

 急な失血による不調を感じさせぬ強い意志で黒死牟を睨みつけて吠える。

 

「全集中の呼吸を身に着けておきながら、鬼になった恥知らずに! 人間の矜持を見せてやる!!」

 

 鬼でありながら全集中の呼吸を使う黒死牟の来歴をおおよそ感じ取った結一郎は、真正面から黒死牟を嘲ってみせる。

 鬼狩りの技を身に着けながら、鬼になって生き永らえている裏切者の恥知らず。

 その言葉は黒死牟の逆鱗に触れる事柄であったようだった。

 

「そうか……人としての矜持を語るか……ならば、その命……要らぬのだな?」

 

 人としての矜持を抱いて死ね。

 殺意と共に黒死牟が刀を振りかぶる。

 同時に結一郎も弓を引くように日輪刀を構えた。

 

“月の呼吸 陸ノ型 常世孤月・無間(とこよこげつ むけん)

“水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突(しずくはもんづ)き”

 

 縦横無尽の月輪の斬撃と高速の突き技。

 お互いが繰り出した技の勝敗は……黒死牟に軍配が上がった。

 

 全身を切り刻まれ、橋下の川へと落ちる結一郎。

 まともな光源が月明かりしかない夜道では、その生死ははっきりと判別できない。

 

 そうして結一郎を倒した黒死牟だが、その顔は晴れない。

 なぜならば――

 

「浅かった……確実に仕留めきれなかったとは……不覚なり」

 

 結一郎に確かに傷を与えながらも、その命を奪えた確信を持てないのだ。

 そうなった理由に怒りのこもった視線を向ける。

 

「死にぞこないが……まさかここまで動けるとはな」

 

 そこには、黒死牟に刃を突き立てながら胴体を真っ二つに割られてこと切れた獪岳の姿があった。

 両者が技を繰り出す瞬間、獪岳は隙をついて黒死牟に一矢報いていたのだ。

 

 その事実に黒死牟は何とも言い難い不快感を覚える。

 ほんの少し前まで、自分に無様に命乞いをして鬼になろうとしていた格下が自身の邪魔をしてきたのだ。

 獪岳にどんな心境の変化があったのかは知らない。分かるはずもない。

 だが、まるで黒死牟に人間としての矜持を見せつけたかのような死にざまが気に食わなかった。

 

「あの男……もし生きていたのならば……次は必ず殺す!」

 

 不快感は怒りに変わり、殺意を募らせていく……




黒死牟「“ぎゃぐ”とやらは……既に斬り捨てた」
(ギャ/ /グ)<……

年明け最初の投稿がこんなにギャグとシリアス入り乱れた上に血なまぐさくて大丈夫だろうか……
遅くなったのは、年末年始で忙しかったのもありますが、やっぱり戦闘描写が進まなかったからです。
ついでに、獪岳の扱いを変えたのでプロットに変更もあったので。

~翻訳係コソコソ話~
元のプロットだと、獪岳は出オチ要員でした。
黒死牟「血、一滴でも零したら殺す」
結一郎「助けに来ました!」
獪岳「あっ!」(驚いて血を零す)
黒死牟「血を零したな? ならば死ね!」

みたいな。


~ミニ次回予告~
結一郎、蝶屋敷入院!

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