柱合会議の翻訳係   作:知ったか豆腐

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2020/01/17投稿


その19(蝶屋敷入院中)

 ――蝶屋敷

 

 (にぎ)結一郎(ゆいいちろう)は病床で静かに寝息を立てていた。

 上弦の壱・黒死牟(こくしぼう)との戦いで重傷を負った彼は、急報を受けて駆けつけた隠によって救助され、何とか一命を取り留めたのだった。

 しかし、片腕を失うほどの傷だ。生死の淵を彷徨うこととなった結一郎は、一週間も昏睡状態が続いている。

 

 そんな彼の下には、人付き合いの多さからか多くの見舞客が訪れていた。

 師匠である柱たちはもちろん、部下である旭所属の隊士や任務で関わりのあった隊士や隠、主である産屋敷(うぶやしき)の一族に、果ては鎹鴉(かすがいがらす)や雀、お供の三匹といった動物たちまで結一郎の病室を訪れていたのだ。

 彼が普段から多くの人々から慕われていることの証左であり、同時に多くの人に心配をかけることになった今回の事件。

 今、彼の寝顔を椅子に腰かけながら見つめる音柱・宇髄(うずい)天元(てんげん)もまた、彼のことを心配する一人であった。

 

「……まったく、地味に心配させんじゃねえよ、馬鹿弟子が」

 

 ぞんざいな言葉だが、その口調は弱々しく。

 いつもの不敵な天元からは想像できない様子を見るに、弟子の負傷に大きなショックを受けているようだった。

 それもそのはず。天元にとっては結一郎は初めての継子なのだ。

 元忍という来歴から継子を作るつもりがなかった天元。

 そんな彼が結一郎を継子にしたのは、その場の雰囲気に合わせた気まぐれのようなものでしかなかったのだ。

 正直言ってしまえば、真面目にやる気などなく、忍の尋常ならざる訓練をやらせれば耐えきれずに逃げ出すだろうと高を括っていたのだが、ところがどっこい、なんだかんだで耐えてしまった結一郎。

 気が付けば、忍の技術を身に着けて立派な天元の弟子となっていたのだ。

 

 元来、天元という男は忍として育てられながらも、人としての情を捨てきれなかったほど情の厚い男である。

 そんな男が弟子を取れば情が移らないはずもなく……形だけのつもりの弟子は、いつの間にか自慢の弟子になっていたのだった。

 

「この俺様をこんな派手に心配させやがって」

 

 眠り続ける結一郎を見る天元の脳裏には、先日、蟲柱・胡蝶(こちょう)しのぶの告げた言葉が思い浮かんでいた。

 

『何とか一命は取り留めました。片腕を失って鬼殺隊を続けていけるのかは……正直厳しいかもしれません』

『身体的な障害を抱えたこともそうですが、心の方も心配です』

『命の淵に立たされて、剣を持てなくなった人は多く見てきましたから……』

 

 身体は救えても、心は極論を言えば本人自身が何とか持ち直すしかない。

 命のやり取りというのは、他者からの殺意というのは時として心を壊すもの。それを元忍である天元はよく知っていた。

 

 果たして、目覚めたとして結一郎の心は無事なのか?

 そんな疑問が頭を離れなかった。

 

「うっ……こ、ここは?」

「結一郎! 起きたのか!?」

 

 そんな折であった。結一郎が目覚めたのは。

 


 

「そうですか……一週間も」

「ああ、派手に目が覚めてよかったぜ」

 

 目を覚ました結一郎に状況を説明した天元。

 一週間も昏睡していただけあって、結一郎の姿は以前よりも弱々しいものになっていた。

 

「ご心配をおかけしました」

「いいや、命が助かっただけでも儲けものだろ。よく生きて戻ったな。……体は大丈夫そうか?」

「それは……なくなったのは利き腕ではないのでまだ戦えるとは思いますが……」

 

 天元の言葉に無くなってしまった肘から先の左手があったところを見つめる結一郎。

 失ったものは大きく、元に戻ることは無い。

 そんな当たり前の事実が心に重くのしかかってくる。

 

「た、たかが腕の一本が無くなった程度です! このくらい……ううっ!」

「お、おい! 無理すんな!」

 

 声を上げようとしたが、眩暈を感じたのか前のめりに体を倒れ込ませる結一郎。

 慌てて体を支える天元だったが、その表情は堅いものだった。

 やはり心に大きな傷を負ってしまっているのではないか。そんな不安が的中したようで嫌な気分になる。

 注意深く様子を伺えば、結一郎が何かを言っているようだ。

 

「――が――ん。なに――べも――を」

「なんだって? もう一回言ってくれ」

 

 聞き取れず、聞き返す天元。

 二度目ははっきりと聞き取れた。

 

「血が、栄養が足りません。何か、食べ物をください!」

「……おう」

 

 そういえば、一週間寝たきりで絶食してたことを思い出した。

 そりゃ、お腹減るよね!

 

「食い物って、粥でいいか?」

「なんでもいいから、持ってきてください!」

 

 

 山のように積み重なった皿とお椀。

 結一郎は一週間分の栄養を補充するのだと言わんばかりに食いまくったのだった。

 

「結一郎、お前、その、大丈夫か?」

「ええ、片腕だけだったので食べにくかったですが、しっかり食事もとったので大丈夫です!」

 

 病み上がりにそんなに大食いしたことを心配して声をかければ、何だかズレた返事が返ってきて頭を抱えたくなる天元。

 食事を終えて心なしか覇気を取り戻した様子を見て、弟子がますます人間離れしているのを感じる。

 肉を食ったら回復するような超人体質でもあるまいし……

 だがまぁ、理由は分からなくとも元気があることは良いことだ。

 気分が落ち込んでいたり、暗くなっているよりは断然よい。

 

「まったく。思ったより派手に元気そうで安心したぜ。死にかけたんだからもっと堪えたかと思ってたんだが」

「ハハハ、何言ってるんですか宇髄師匠! 死にかけるなんて修業してたらしょっちゅうじゃないですか~!」

「おぅ……」

 

 死にかけどころか臨死体験も経験済みですよ?

 と、笑顔で語られて言葉を失う天元。

 死にかけても堪えていない理由はお師匠さん(自分たち)のせいだった!?

 改めて弟子の扱いが酷かったことを痛感させられる。

 弟子に人権はないのか!? ……無いのかー。

 

「まぁ、といってもこの通りの状態なので復帰まで時間がかかるかもしれませんが……」

「……大怪我したんだ、このまま引退しても誰も文句は言わねえと思うぜ。派手に」

 

 無理をしていないか案ずる天元の言葉に結一郎は感謝の言葉を述べつつも首を横に振って答えた。

 鬼殺隊を辞めるつもりは全くない。なぜなら――

 

「目の前で部下を殺されて黙っていられるほど人間できてないので!」

 

 結一郎の中で鬼に対する怒りが燃え上がっていたのだから。

 

「気持ちは派手に分かるが、冷静になれ。結一郎」

「ご心配なく! 自分は自棄になったりなんかしてませんよ」

 

 憎しみや復讐心に囚われて無茶をするのではないかと天元が言葉をかける。

 結一郎はあくまで平静を保った口調で語り出した。

 

「いままで鬼に情けをかけていたつもりはありませんでしたが、どこか甘さがあったのだと思います」

 

 静かだが、熱のこもった視線を天元に向けて言う。

 

「だから、これからは鬼に容赦はしません! 躊躇もしません!」

「はぁ……加減はしろよ? 頼むからな、派手に!」

 

 フッフッフ!

 と、謎のテンションで笑う結一郎に天元はドン引きしつつ、一応釘は刺しておいた。

 鬼どもに地獄を見せてやりますよ! と、気炎を吐く姿に、眠れる虎を起こしたという言葉が脳裏を過ぎる。

 今後、結一郎の相手をする鬼は可哀相なことになる。

 そんな予感を覚えた天元であった。

 

 


 

オマケ『お供'sオリジン』

 

闘勝丸(とうしょうまる)の場合

 一心不乱に刀を振るう。

 結一郎のお供の一匹。猿の闘勝丸は怒りに燃えていた。

 (かしら)と慕う結一郎が鬼によって大怪我をさせられたことは、彼に鬼への憎悪を思い出させるには充分すぎる出来事だった。

 

 闘勝丸が結一郎と出会ったのは彼の生まれた山の中。血でむせ返るような惨劇の真っ只中であった。

 一体の鬼が気まぐれに、ただ「楽しいから」という理由で彼の群れに襲い掛かってきたのだ。

 喰うわけでもなく愉悦のためだけに行われた悪逆に、ろくな抵抗も出来ずに殺されかけたところを結一郎に助けられた闘勝丸。

 自分の命を救い、仲間の仇を討ってくれた結一郎に恩を感じると共に、鬼を倒せる力を求めて彼は結一郎についてゆくことにしたのだった。

 

 そうして多くの奇縁を得て、今や“鬼殺の猿”と呼ばれるまでになった闘勝丸だったが、今回の事件は自らの慢心を戒めるものになった。

 恩人である結一郎に重傷を負わせた鬼への怒り。

 肝心な時に恩人の側におらず、何も出来なかった不甲斐ない自分への怒り。

 それらの感情が闘勝丸を突き動かし、さらなる強さへの欲求となっていたのだった。

 刀を振るう闘勝丸。

 その額には、彼の怒りが現れたかのようなゆらめく炎のような形の痣が浮かび上がっていた。

 

「ち、父上! 大変です!」

「どうした、千寿郎。何があった?」

「お猿さんの額に痣が!!」

「な、何ィ!?」

 

 

藤乃(ふじの)の場合

 蝶屋敷の玄関前で大人しく座る白犬がいる。

 彼女の名は藤乃。結一郎のお供の一匹だ。

 ご主人の結一郎が入院してからというもの、彼女は結一郎が目覚めるのを健気にもずっと待ち続けていた。

 驚くべきは犬の忠誠心だろうか?

 いいや、それだけではない。藤乃もまた結一郎に恩を感じていたのだ。

 

 藤乃は子犬の頃に、人里離れた山に住む老夫婦に拾われ、大事に育てられて元気に過ごしていた。

 翁と山をまわり、老婆に優しく撫でてもらう幸せな日々。

 そんな日常を壊したのは一体の悪鬼であった。

 老夫婦を喰い殺し、あまつさえその住みかを奪った鬼をなんとかしようと人里におりたものの、野良犬同然の薄汚れた姿に里の人は嫌悪をあらわに追い払ってくる。

 よしんば追い払われなかったとしても、人と犬では言葉は通じない。

 絶望しそうになった藤乃だったが、そこに現れたのが結一郎だった。

 優れた観察眼で藤乃が何かを訴えていることを見抜いた結一郎は、彼女の案内で鬼のところにたどり着き、見事鬼を討ち果たして見せたのだった。

 親代わりの老夫婦の仇を討った結一郎は、そのまま藤乃を引き取ってくれた。

 一度は孤独を味わった藤乃。

 もう二度と主の元を離れまいと、いつまでも待ち続けるのだった。

 

「義勇さん! 何故、結一郎さんのお見舞いに行かないんですか? 弟子だったんですよね?」

「炭治郎、俺は(犬が怖いから)見舞いにいけないんだ」

「何か理由があるんですか?」

「(情けないから)理由は言えない」

 

 早く目覚めろ、結一郎。仕事だ!

 

碧彦(へきひこ)の場合

 結一郎のお供の一匹。雉の碧彦。

 彼が結一郎についてゆく理由とは?

 

 A.美味しいお団子をくれたから!

 

 理由が羽根のように軽い……雉だけに?

 




おや、斬られたギャグの様子が……?
(ギャζ ウネウネ ξャグ)
(ギャグζ ニョキ! ξギャグ)
(ギャグ )) デーン! (( ギャグ)
( ギャグ ) <鬼ども覚悟しておけ!> ( ギャグ )

翻訳係コソコソ話 その1
闘勝丸が痣を出したせいで煉獄家は大騒ぎだったそうです。大変だなぁ……

翻訳係コソコソ話 その2
犬や猫などの体に毛の生えた動物が苦手なしのぶさん。さりげなく玄関前に藤乃に居座られて微妙に困ってました。


ミニ次回予告
『結一郎へお見舞い』

結一郎「あの、すみません。許してください」
ひなき「嫌です! 許しません!」

結一郎、尻に敷かれる?


善逸「結一郎さん、俺の兄弟子の最期はどうでしたか?」
結一郎「彼の最期は、勇敢で立派でした……」

結一郎、善逸と獪岳について語り合う。

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