柱合会議の翻訳係   作:知ったか豆腐

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2020/01/25投稿。

今回は真面目な考察回になってます。
『考察とか読むのめんどい』
って方は読み飛ばしてもらっても大丈夫です。


その20前編(雷兄弟考察回)

 結一郎が目覚めたと聞いて、多くの人が見舞いに訪れた。

 時に無事に目を覚ましたことを喜ばれ、時に片腕の喪失を悲しまれ、時に心配をかけさせたことを叱られたりと、大変騒がしくなったものだった。

 そうして多くの人が訪れるなか、一人深刻な表情で姿を見せた人物がいる。

 

「こんにちは、結一郎さん」

「……こんにちは、善逸(ぜんいつ)君」

 

 雷の呼吸の使い手、我妻(あがつま)善逸。

 先の戦いで殉職した獪岳(かいがく)の兄弟弟子である。

 

「目が覚めたって聞いて、その、良かったです」

「ありがとうございます。それで? 自分に話があって来たのですよね?」

 

 言葉を探すように口ごもる善逸に、結一郎は用件があってやってきたことを察して話を促した。

 気遣われた善逸はその言葉に甘えて単刀直入に話を切り出す。

 

「兄貴の、獪岳の最期はどうでしたか?」

 

 死んだ兄弟子の最期を目撃した結一郎にその時の様子を尋ねにきたのだ。

 善逸の質問を受けて、結一郎は静かに語り出した。

 

「彼は、上弦の壱との戦いの中で腹を裂かれ、それこそ苦しさで動けなくなるほどだったのに、相手の一瞬の隙を突いて一矢報いた……勇敢で立派な最期でした」

「そうですか……獪岳が」

 

 当時のことを思い出しながら、悔しさを噛み締めながら話す結一郎の語りに、善逸は少し考えこんだ後に一言告げた。

 

「嘘ですよね、それ」

「……嘘じゃないんですが、どうしてそう思いました?」

 

 自分の言葉を嘘だと断言されて困惑するしかない。

 当然その理由を聞いてみるのだが、返事はなんとも言えないもので――

 

「あの獪岳が、そんな立派なことをするわけないですよ!」

 

 俺の兄弟子がそんなに立派なわけがない!

 そう主張する善逸に結一郎は頬が引き攣るのを感じた。

 いったい、善逸の獪岳の評価はどうなっているのやら。

 

「口も性格も悪いクズです! ゴミクズですよ!!」

 

 めちゃくちゃ底辺だった。

 その表現たるや霹靂一閃ばりの一刀両断である。

 怒りに火が付いた善逸は止まらない。

 

「人のことは殴りつけてくるは、物はぶつけてくるは、口を開けば“愚図”“カス”“消えろ”と罵倒の嵐! たしかに俺は出来が良かったとは言えないよ? 情けない弟弟子だったかもしれないさ! でもさあ! いくらなんでもあんまりじゃない!? ちょっとは優しさってものを見せてくれたっていいじゃない!! 大嫌いだ、あんな兄弟子ぃぃぃ!!」

 

 早口でまくし立てるように兄弟子への不満をぶちまける。

 ここに看護師のアオイや屋敷の主であるしのぶがいたらお叱りは間違いないほどの騒ぎ具合だ。

 それを聞いていた結一郎はというと、意外なことに穏やかな表情であった。

 

「なるほど。たしかに彼の性格には多少難ありだったのは認めます。でも、嫌いになりきれない部分があったのでしょう?」

 

 善逸を観察してわずかに見せる獪岳への肯定的な気持ちを見抜いて問いかける結一郎。

 図星を言い当てられたからか、善逸は少し気まずそうに視線を逸らしたあと、先ほどとは打って変わって静かに語り始めた。

 

「俺、本当に獪岳のことは嫌いです。でも、同時に心から尊敬してたんだ。いつもあいつの背中を見てた」

 

 いけ好かないと思いながらも、自分とは違いひたむきに努力を重ねていた獪岳のことを尊敬していたのだと言う善逸。

 

「爺ちゃんや俺にとって、特別で大切な人だったんだ……」

 

 楽しい思い出がたくさんというわけではないが、獪岳との思い出は大切な物だと語る。

 そして、獪岳と自分たちとの間にあった齟齬を直感的に理解もしていた。

 

「だけどあいつにはそれじゃ足りなくて、どんな時も不満の音がしてた。心の中の幸せを入れる箱に穴が空いてて満たされない。そんな奴だったんです」

 

 獪岳の抱える心の闇とでも言うのだろうか?

 そのことを理解していながらどうしようもできなかったことを悔やむ善逸の人間性は優しさというものが主軸となっていることがよくわかる。

 

「そんな、自分が大事で大事でたまらないはずのあいつが、自分の命よりも誇りを優先して死ぬなんて……似合わないことしてんなって思っちゃったんです」

 

 嫌いだと言いながらも、その言葉には彼の死を悼む気持ちが確かにあった。

 それを隣で聞きながら、結一郎は獪岳のことを思い出す。

 

「“穴の空いた幸せを入れる箱”ですか……そうか、善逸君は彼をそう見ていたんですね」

「結一郎さんはどうだったんですか?」

 

 結一郎が獪岳のことをどう見ていたのか尋ねる善逸。

 兄弟子の上司だったこの人は、どう獪岳のことを見ていたのだろう?

 そんな疑問の答えは、善逸にとっては意外なものだった。

 

「彼は、ある種とても臆病な人間だったと思います」

「臆病? あいつが、ですか?」

 

 獪岳が“臆病”だと表現する結一郎の言葉に善逸は首を傾げる。

 善逸にしてみれば、獪岳に“臆病”という言葉はほど遠いものに思うのだ。

 むしろ“臆病”というならば自分のことではないのかとも考える。

 納得していなさそうな善逸に結一郎は自分が見た獪岳という人間の人物像について語りだした。

 

「獪岳は、自分の力に自信を持ち、鬼を相手に戦うことを恐れたりはしませんでした。好戦的な性格で、そういう意味では臆病とは言えないでしょう」

 

 しかし、と、結一郎はその内面は別だったと言う。

 

「彼は常に他人から何かを奪われることを酷く恐れていたように思います」

「あいつが? 恐れてた?」

 

 聞き返す善逸に頷く結一郎。彼は獪岳の過去を予測する。

 

「想像でしかありませんが、彼が育った環境は他者から奪わなければ生きていけなかったのではないかと思います」

 

 ゆえに、今でも奪われることに対する強い恐怖や強迫観念があったのではないだろうか。

 そんな予測をたてる結一郎に善逸は疑問を呈する。

 

「でも、獪岳はあんなに強くて、爺ちゃんからも認められていたのに……」

 

 強く実力もあり、師からも認められていた獪岳がそんなことを恐れていたとは信じられないという疑問に、結一郎は首を横に振る。

 

「実際にどうだったかは関係ありません。本人の心の持ちようでしたから」

「心の……持ちよう?」

「えぇ。自分が見るに、獪岳には心の余裕が無いように見えました」

 

 心に余裕が無い。

 だから、どれだけ強くなっても満足出来ない。他人から常に、一番に認められていなければ我慢出来なかったのではないか?

 そう言う結一郎の言葉には哀れみが含まれていた。

 なにせ不毛なのだ。その考えは。

 

「強くなれば奪われない。たしかにそうかもしれませんが、では、何者からも奪われない強さとはどれほど強くなればよいのでしょうか?」

 

 奪われるかもしれないと怯えるている人が、どれだけ力を手に入れれば満足できるというのだろう?

 

「そっか。あいつが努力してたのは当たり前のことだったんだな」

「“強くなりたい”ではなく“強くならないといけない”と思っていたのでしょう」

「なら、あいつにとって修業を嫌がる俺のことは気に入らなかったろうな……」

 

 善逸は兄弟子が努力していた姿を思い出して言う。

 彼が強くなることに貪欲で、ひたむきな努力を重ねていたのは当然のことだった。

 また、結一郎は獪岳が善逸を嫌っていた理由は他にも原因があると告げる。

 

「彼には余裕がありませんでしたから、自分の立場を脅かす存在を許容出来なかったんでしょう」

「俺より優秀だったのに?」

「それこそ師からの評価を独り占めしていないと安心出来なかったのでは?」

 

 他者と並んで評価されることすら耐え難かったのではないか。

 『自分を特別に見てほしい』のではなく、『自分“だけ”を特別に見てほしい』

 そんなふうに他者の存在を許容出来ない“臆病さ”を持っていたのだと結一郎は獪岳をそう見ていた。

 

「思えば攻撃的な性格もその裏返しだったのかもしれませんね」

 

 動物が威嚇をするのは相手を攻撃するためではなく身を守ろうとして行うのだから。

 獪岳のことを思い返せば、その胸に込みあがってくるのは悔しさだった。

 

「彼が最期に何を思っていたかは知るすべもありません。ですが、命を捨ててまで意地を貫いたことを思うと……正直やりきれないです」

 

 獪岳が命と引き換えに自分のことを救ってくれたことが、結一郎の心に重くのしかかる。

 自分が一番大事なはずの彼が他人のために動いたことは、彼が成長しようと、変化しようとしていた証拠に思えるのだ。

 結一郎はだからこそ、その可能性が無くなってしまったことが悔しく、悲しい。

 善逸もあったかもしれない兄弟子と和解した未来を思って目を伏せる。

 

「獪岳は嫌がっていたけど、俺は爺ちゃんがあいつと共同で後継者に指名してくれたときは嬉しかったんだ……」

 

 いつか肩を並べて戦えることを夢見ていたのだと善逸はそう語る。

 

「ま、まぁ、爺ちゃんからしたら二人で一人前ってつもりだったのかも……なんて言ったらあいつは怒るよな」

 

 獪岳への己の気持ちを口に出して照れくさくなったのか、壱ノ型“しか”使えない自分と壱ノ型“だけ”使えない獪岳のことを持ち出して茶化してみせたが、その言葉を聞いて結一郎はクスリと笑って答えた。

 

「フフッ、もしかしたら、お互いの足りないところを見て成長して欲しかったのかもしれませんよ?」

「あはは、あいつのことを見習うのはちょっと……それに獪岳が俺から学ぶことなんてないですよ」

「うーん、前々から思っていましたが、善逸君は自己評価が低いですね! もっと自信をもっていいと思うのですが」

 

 自己評価が低すぎるという結一郎の指摘に、善逸は苦笑いをするしかない。

 壱ノ型しか使えず、鬼を前にしてもまともに戦えない不出来な自分。

 そんな自己評価を持っている善逸にとってみれば、自信などはもてそうに無いように思えるのだ。

 そのことを告げれば、結一郎は首を横に振って諭すように話し始めた。

 

「善逸君は自分は勇気がないと思っているようですが、そんなことはないですよ」

 

 そう言いながら思い出すのは善逸と初めて会った任務でのことだ。

 恐怖に怯えながらも、守るべき力ない人のことは決して見捨てようとしなかったその姿を覚えている。

 自分が命の危機にさらされながらも他人を思いやることを勇気と言わずして何と言おうか! そのやさしさこそが善逸の強さだと思うのだ。

 

「まぁ、善逸君は優しすぎるくらいに優しいですからね! 壱ノ型しか使えないのもそれが原因ですし」

「いやいや、俺はそんなに優しくなんか……って、関係ないでしょォ! 壱ノ型しか使えないのは!!」

 

 いきなり褒められて照れる善逸だったが、突然関係のないことを言及されてツッコミをいれざるを得ない。

 正直、おかしな冗談だと善逸は思った。

 だいたい、優しさと剣術の型に何の関係があるというのか!

 

「え、ありますよ?」

「えぇー! あるのぉ!?」

 

 どうやらあるらしい。

 しかしながら、善逸には結一郎が突拍子もないことを言い始めたようにしか思えない。

 不思議そうな顔をしている善逸に、結一郎は説明を始めた。

 

「善逸君は刀を抜いて刃を晒すことが怖いのでは?」

 

 その優しさゆえに人を傷つけるかもしれない刀を抜き身のままにしておくことができないのだろうと告げる結一郎。

 それが理由で刃を振り回して繰り出さなければならない弐の型以降の型が使えないのだろう。

 その持論に対して、善逸は当然の疑問を投げかけた。

 

「じゃあ、なんで壱ノ型は俺は使えるんですか?」

「それは雷の呼吸・壱ノ型が居合だからですよ」

 

 何故、逆に壱ノ型だけは使えるのか? という疑問に結一郎は『居合』というアンサーを導き出した。

 居合というのは、別名を『鞘の内』と呼ぶように鞘に納まっているからこそ力を発揮するものだ。

 刀を抜いてしまえば居合は死に体になってしまう。

 逆を言えば、刀を抜いている時間が最小限になる居合は善逸に適していると言えるわけだ。

 

「善逸君が壱ノ型しか使えないのは君の優しさの証です。そのことを引け目に思う必要はありませんよ」

「そんなこと、考えたこともなかった……じゃ、じゃあ、逆に獪岳が壱ノ型を使えなかったワケも結一郎さんは分かるんですか?」

 

 今まで考えたこともなかったことを告げられて困惑する善逸は、気持ちを整理する時間をとりたい気持ちもあって獪岳について質問する。

 ある意味それを知りたいのは当然と考えた結一郎は、獪岳についても説明を始めた。

 

「獪岳は先ほども言った通り、ある種臆病な人間です。そんな彼が敵を前にして刃を抜かずにいられると思いますか?」

「あっ……」

 

 答えはいたって単純なものだった。

 居合は鞘の内の剣術。しかし、敵に怯える人間が敵を前にして武器を納めたままでいられるだろうか?

 そう考えれば、獪岳が壱ノ型を使えなかった理由が見えてくる。敵を前にして気が逸って刀を抜いてしまうのが原因だろう。

 結一郎は獪岳についてそう解説をしてみせた。

 

 こうして説明してみれば、善逸も獪岳も少しの気持ちの持ちようで型が使えないのではないかと思えてくる。

 善逸は人を守るために刃を振りかざす覚悟を。

 獪岳は敵を前にして恐怖に耐える忍耐を。

 それぞれが足りない部分さえ何とかなればいままで不可能だったことが可能になれたのではないだろうか?

 もちろん、人間そう簡単に変われるものではない。しかし、結一郎は可能性を感じずにはいられなかったのだった。

 

 結一郎に兄弟子のあったかもしれない可能性、そして自らの可能性を示されて善逸の心に火が灯る!

 

「結一郎さん、俺、もっと強くなりたいです。獪岳の、兄貴の仇を討てるように!」

「……良い覚悟です! 自分も全力で応援しましょう!」

 

 仇を討つと宣言する善逸に、結一郎も全力で応えることを約束する。

 この日、鬼殺選抜隊“旭”に、新たな隊士が入隊したのであった。

 

 なお、入隊してからその訓練の厳しさに彼が後悔したことは言うまでもなかった。

 

「死ぬ死ぬ死ぬぅ~~!! これは死ぬって! 無理ィーー!!」

「何言ってるんですか! 一度死ぬくらいでへこたれないでください!!」

「いやあああ!?」

 


オマケ『尻に敷かれる翻訳係』

 

「あの、許してくださいませんか。自分も反省しているので!」

「嫌です。許しません!」

 

 病室のベッドの上でひなきに許しを請う結一郎。

 現在、死にかけて心配をかけたことを幼い婚約者に叱られている最中だった。

 

「結一郎様は私にどれだけ心配をかけたのかわかってません……」

「……返す言葉もありません」

 

 結一郎の膝の上に背中を預けるように座りながらひなきは文句を言う。

 拗ねたように見せて年相応に甘えてくる姿は、ぶっちゃけ可愛らしくて頬が緩みそうになるのだが、それを覚られるとまた機嫌が悪くなるので必死に耐える結一郎であったり。

 普段は大人びているだけに、こうした姿は貴重に思えた。

 

「結一郎様は、きっとひなきを行かず後家にするつもりだったんです」

「ちょ、誰です! こんな言葉をひなき様に教えたのは!?」

 

 まぁ、言うことはやっぱりちょっと大人びていたり?

 十歳の言うセリフじゃないよ……これが産屋敷の血筋だというのか。

 

 こうして、ひなきは半日ほど甘え倒して満足して帰っていったという。

 慕われてるね、結一郎君。羨ましいなー(棒)

 

「おやおや、結一郎さんは将来奥さんに尻に敷かれそうですね」

「はは、そうなりそうです。(しのぶさんも、旦那を尻に敷いてそうな気もしますが)」

「あ、別に私は結婚するつもりがないから関係ないですよ?」

「~~ッ!?」




雷の一門二人組について、考察をしてみたり。
まぁ、若干こじつけめいてますが、納得してもらえたら何よりですね。
とりあえず、獪岳の仇討ちに燃える善逸という原作ではありえなかったシチュエーションをやりたいがためだけです。

翻訳係コソコソ話
10歳の女の子が好きな18歳のお兄ちゃんの膝の上で甘えてるなんて普通の光景です。
やましいことを想像した人は反省しなさい。僕も反省しますので!


ミニ次回予告
結一郎「何をしておられるので? 宇髄師匠」
天元「任務で女の隊員が要るんだよ!」
結一郎「だからって、患者がいるのに看護婦連れてかないでくださいよ!」

遊郭編、導入部分!


ミニ次回予告
しのぶ「結一郎さんは、どうして鬼殺隊を続けているのですか?」
結一郎「まずは、僕が鬼殺隊に入った理由から話すことになります……」

結一郎オリジン


余談
Twitterで女版翻訳係のアイデア貰ったんだけど、需要あるんだろうか?
一応、アイデアはあるのだけれど。
他にも継国兄弟に絡めた『戦国時代の翻訳係』とか。

需要があるのは……

  • 女版翻訳係
  • 戦国時代の翻訳係
  • 本編を進める

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