万世極楽教。
信者約250名を抱えた小規模の宗教団体である。
『穏やかな気持ちで楽しく過ごす』ことを教えとするこの宗教はカリスマ的な教祖が中心となって成り立っている。
信者たちからの人望も厚く慕われている教祖。
その正体こそ、最強の鬼の一角。
十二鬼月、上弦の弐。
「何者だ、貴様ら! ぐあっ!」
「き、教祖様、お助けを……うっ」
人里から少し離れた山の中に存在する万世極楽教の屋敷を鬼の面を被り赤青黄の衣装に身を包んだ怪しげな者たちが襲撃をしかけていた。
信者たちをろくに抵抗もさせずに次々と気絶させて拘束していく。
人の意識を奪い、屋敷の外に連れ出して行く様はまるで物語に登場する鬼のような所業だ。
「棟梁、屋敷のおおよそを制圧しました」
その集団のうちの一人が頭目に報告をする。
報告を受けるのは同じく面を被る隻腕の人物。
「ご苦労様です。一人残らず外に運んでください」
そう言って次の指示を出すのは、鬼殺選抜隊“旭”を率いる棟梁・
調査によって上弦の弐の正体と居場所を突き止めた結一郎は当主・
「了解しました。しかし、本当にこれでよかったのでしょうか?」
「不安に思うのは分かりますが、今は任務に集中してください! 大丈夫、責任は全部自分が取ります!」
鬼ではない普通の人間を相手にすることに困惑を示す部下に、責任の所在が自分にあることを明言することで心理的負担を和らげる。
隊を率いる者として、すべての責任を背負うつもりなのだ。
ゆえに、一番大事な仕事は結一郎の役目だった。
「ここが、教祖の間」
屋敷の最奥。
日の光が差さないように設計されたこの先に上弦の鬼がいる。
その鬼と対峙するのは結一郎の役目に他ならなかった。
「やぁ。招いた覚えはないお客様だ。でも俺は優しいからな。歓迎してあげようじゃないか」
襖をあけて足を踏み入れた先で待っていたのは、どこか張り付けたような笑みを浮かべ、教祖の座に腰掛けた鬼であった。
「これはどうもご丁寧に。さて、ここまで押しかけておいて何ですが……あなたは十二鬼月で間違いありませんか?」
不気味なほど穏やかな表情の鬼に対して結一郎も表面上は友好的な態度で問いかける。
「その通り。俺は十二鬼月・上弦の弐。童磨って言うんだ。君の名を聞かせてくれないかな?」
「失礼、申し遅れました。鬼殺選抜隊“旭”の棟梁を務めています、和結一郎です!」
互いに名乗り合う姿は鬼狩りと鬼と思えない。
それは異様な状況を際立たせているようだった。
「棟梁……たしか、柱に並ぶ地位だったかな? それにその隻腕、黒死牟殿とやり合った剣士だろう? 君の事は話に聞いてるよ。いやあ、よく生きてたね」
「ええ、あのときはコテンパンにされました。いずれ彼にはあの時のお礼をする予定です! ところで、自分が話に聞くところによれば上弦の弐は頭から血を被ったような姿をした鬼だと聞いているのですが?」
「ん? ああ、帽子で普段は隠しているからね。っと、これでいいかな?」
互いに話だけは聞いていたという二人。
その情報通りだと、二人は肯定して見せたのだった。
「なるほど。情報は正しかったわけですね。しかし、本物ですか? ここにいるのは。実は本体は別のところにいるとか言いませんよね?」
「俺の偽者がいるとは聞いたことはないな。というか、なんでそんなことを聞くんだい?」
しつこいほどの本人確認に首を傾げる童磨。
そもそも答えてくれるかという疑問は置いておくとして、質問の意図が見えてこない。
童磨の疑問に対する結一郎の返答はこれだ。
「いやだって、こうやって屋敷を襲撃までしておいて相手が普通の人だったら大変じゃないですか!」
「あー、たしかに」
結一郎の言葉に納得して賛意を示す童磨。
世のため人のために鬼を狩る鬼殺隊だが、悲しいことに政府非公認の組織なのだ。
警察が持つような捜査権や逮捕権があるわけではないので、今回の任務も法に照らし合わせればただの押し込み強盗になってしまう。
部下に責任をとると言った手前、「人違いでした」では済まされないのだ。
「いやあ、あなたが上弦の弐だとハッキリして安心しましたよ!」
「それはよかったね。でも、鬼狩りに上弦の鬼だと喜ばれる日がくるとは思わなかったな」
今まで童磨が会った鬼殺隊は上弦の鬼に遭遇したと分かった瞬間には険しい表情になる人間ばかりだったのに、まさか安堵の表情をされるとは。
百年以上生きてきた童磨だが、これは初の経験だった。
「君、面白いね! どうやって俺のことを調べたのか気になるし……俄然、興味が湧いてきたよ」
「それはそれは。自分には優秀な部下がいるので! 彼らのおかげですよ」
「んー、もしかしてその部下っていうのは人間じゃないんじゃないかい?」
「どうしてそう思いました?」
自分の居場所を探り当てたのは人間ではないのではないかと問いを投げる童磨。
表情を変えず、結一郎はそう思った根拠について問い返した。
「俺は頭がいいからね。屋敷にいる人間はもちろん、信者たちの顔は全員覚えているんだ」
童磨はその優秀な頭脳によって、信者全員を把握している。
そのため、信者たちに怪しい動きをする者はいなかったことは分かっていた。
しかし、鬼殺隊の動きを見るに屋敷の内部は事前に事細かに調査済みだった様子。
内通者ではない。侵入者がいたという報告も痕跡もない。
そこで考えたのが人間以外の存在が屋敷を調べたという推理であった。
一見、荒唐無稽に思える考えだが、喋る鴉を伝令に使っている鬼殺隊ならば充分可能性があった。
「特に鬼殺の猿を育て上げた君なら不可能はなさそうだろう?」
鬼殺隊が鬼の情報を集めるように、鬼側もまた鬼殺隊の情報を集めている。
当然だ。敵を知り、己を知るなど基本中の基本。
ゆえに童磨は上弦の参・猗窩座の頸を斬った猿の情報を集め、その飼い主まで調べていたのだ。
「当たりかな?」
「ご想像にお任せします。ただ、一つ訂正を」
正誤は笑みでごまかしながら、童磨の間違いを指摘する。それは――
「あなたの言う鬼殺の猿。それは自分が育てたわけではないんですよ」
「んん? 君が飼い主なんだろう?」
「ええ。ただ、自分が彼を強くしたんじゃなくて、勝手に強くなってたといいますか……」
気が付いたら呼吸法と剣技を身に着けてたってんだから驚きである。
「嘘はよくないぜ。いくら図星だからってそんな――」
「それが嘘じゃないんですよ!」
猿が勝手に剣術を覚えて強くなるわけないだろ!
ところがぎっちょん、嘘じゃありません! 本当です……! これ、本当……!
「えー、そんなことってあるの? 嘘だあ」
「残念ながら本当なんですよねぇ……」
鬼殺の猿という非常識っぷりに両者揃って不思議な表情になってしまう。
天と地の狭間には彼らの想いもよらない出来事が存在していることをしみじみと実感させられるのだった。
「それにしても鬼狩りの剣士とこんなに話をしたのは初めてだよ」
微妙な空気に満ちたこの場を変えるように童磨が別の話題を振ってきた。
それは自分との会話に付き合ってくれる結一郎への好意的な言葉であった。
「俺の周りにいる奴はおしゃべりが嫌いなのか付き合いが悪くてね。こんなにおしゃべりしたのは久しぶりだよ」
おしゃべりができて楽しいと告げる童磨に結一郎は苦笑いをする。
きっと周囲はおしゃべりが嫌いなんじゃなくて童磨のことが嫌いなんだろうと薄らと察した結一郎。
猗窩座とか結構ペラペラ話しかけてきたから会話が嫌いと思えないわけで。つまりはそういうことであろう。
せめてもの慈悲で口には出さない結一郎であった。
「信者がたくさんいるのに話はしないのですか?」
「うーん、彼らは相談を聞いてあげるだけで、俺とおしゃべりしてるって感じじゃないからなあ」
信者との会話は対等な立場ではないので少し違うのだという。
求めるのは同じ立場で話せる相手。つまりは鬼だ。
「君とおしゃべりするのは楽しそうだ……そうだ、君も鬼にならないか?」
結一郎を鬼に誘う童磨。しかし、結一郎の返事は決まっている。
「断ります! 鬼になるなんてありえません! それにあなたと話をするのは疲れますから」
「ありゃあ、断られたかあ。残念だな。でも、疲れるってどういうことだい?」
半ば予想していたから、言葉とは裏腹にあまり残念そうには見えない。
むしろ、気になったのは断る理由のほうだった。
会話が疲れる。その意味を結一郎はこう告げた。
「こちらの思考を隙あらば探ろうとしてくる相手とおしゃべりはごめんこうむりたいですね!」
「フフッ、それはお互い様だろう?」
互いに笑みを浮かべ合う両者。しかしそれは決して友好の証にはなりえない。
むしろ、ずっと二人の戦いは始まっていたのだ。
結一郎も童磨も相手を分析し、すべての能力を引き出してから攻略することを好むというよく似た戦闘スタイルをしている。
ゆえに二人は会話をしながら相手の思考方法・癖を読み合うこととなっていたのだった。
そうした心理戦・情報戦を終えた二人であったが、状況は童磨に有利だ。
『たしかこの剣士は複数の呼吸を使う上に忍の技まで覚えているって黒死牟殿が言ってたっけ』
結一郎は既に多くの鬼と交戦しており、上弦の壱・黒死牟および上弦の参・猗窩座との戦闘記録まで相手に伝わっている。
手の内の多くが知られている結一郎。
対してこちらが持っているのは童磨の見た目と使う武器、簡単な性格くらいの情報しかない。
もとより鬼と人間の身体スペック差、隻腕という不完全な状態というハンデに加えて情報量の差まであるのだから。
そんな中、結一郎はどう戦う?
「では、失礼!」
「爆薬!? いや、煙幕かな」
初手に選んだのは煙幕玉の投擲。それも自身の足元にぶつけて身を隠すために使用した。
この煙には藤の花の毒があり、鬼が吸い込めば苦しみながら弱体化させられるという鬼殺側に有利な場を作り出すことができる道具だ。
しかし、その効果は上弦の弐には通用しない。
「あはは! 面白いことをするけど、下策だね!」
両手の鉄扇を広げ、左右に大きく煽ぐ童磨。
血鬼術“
扇から生み出された風が煙幕を吹き飛ばし、同時に凄まじい冷気がまき散らされる。
触れたものを凍らせるだけでなく、仮に吸い込めば肺が壊死して死に至る恐ろしい血鬼術だ。
空気中の藤の毒が鬼の冷血に置き換わる。
しかし、そこに結一郎の姿はなかった。
「あれ、どこに行ったかな?」
姿を消した結一郎を探し辺りを見渡すが影も形もない。
気配すらなかった。
「まさか……逃げちゃったの!?」
状況は不利だと判断して退却した――とは考えにくかった。
この期に及んで退却など、何のためにこんな大掛かりな作戦を実行したのか分からなくなってしまう。
「何かあるね、これは。気を付けないと」
何らかの策があることを感じ取り警戒を強める童磨。
しかしてそれは一切の意味を持たなかった。
「えっ?」
間抜けな声が口から出た時にはすべてが終わっていた。
彼が感じたのは轟音、衝撃、そして浮遊感とまぶしい日の光、
『あっ、俺、爆破され――』
状況を理解した瞬間に照り付ける日光が童磨を焼き尽くし消滅させる。
上弦の弐・童磨はこうして打倒されたのだった。
「ふぅ。すべてうまくいきましたか! ご苦労様、よくやってくれましたね」
屋敷から脱出し、爆破から逃れた結一郎は結果を確認して今回の大金星を挙げた功労者にねぎらいの言葉をかける。
「「「チュー!!」」」
応えたのは数十匹のねずみたちだ。
忍獣“ねずみ工作隊”である。
師匠の音柱・
童磨の持つ情報の優位性?
そんなものはもとより結一郎には関係ないものでしかなかった。
あの場で結一郎がしなければならなかったのは、確実に上弦の弐がいることを確認し、その場に留め置いて時間を稼ぐこと、そして煙幕による目くらましで退却の時間を稼ぐと同時に導火線の燃える臭いに万が一にも気づかれないように火薬の臭いをまき散らすことだけだった。
片腕が使えない不利。強力な鬼を情報不足で戦わなければならない不利。敵の領域に踏み込んで戦わなければならない不利。
多くの不利を抱えた状態で被害を出さないためにはどうすればよいのか?
爆破しかありますまい!
「ううっ。はっ! ああ、教祖様が!!」
「そんな! 教祖様ー!」
爆破の大音量に目を覚ました信者たちが屋敷の惨状を目の当たりにして悲鳴を上げる。
特にはっきりと分かる形で吹き飛んだ教祖の間を見れば、その部屋の主がどうなったのか想像に難くなかった。
「おのれ、教祖様をよくも! 絶対に許さぬ!」
「なんて酷い! 血も涙もない! この鬼め!」
自らの心の拠り所を滅茶苦茶にされた信者たちは、結一郎たちに罵声を浴びせる。
真実を知らぬとはいえ、人間から敵意を向けられることに戸惑う隊士たち。
そんな中、結一郎は高らかに笑い声をあげた。
「クハハハ! その通りだ、人間ども。私は鬼で間違いない!」
「な、何ィ!?」
思いもよらぬ言葉に信者たちは言葉を失う。
反対に結一郎は言葉を重ねて信者たちに告げる。
「お前たちの教祖は鬼狩り共に手を貸して目障りだった! だからこうして見せしめに殺してやったのだ!」
童磨が鬼殺隊に協力していたなんていう大法螺を吹く。
いったい誰の話をしているんだ!?
「最後は私を道連れに爆殺しようとしてきたが……ククッ、無駄死にだったなぁ?」
「教祖様……貴様ァ!」
挙句、爆破まで童磨がやったことにするし。
しかし、信者たちにはそれが真実だと信じてしまった。
「許さん! いつか我々が貴様を必ず殺す!」
「お前たち程度が? ……ハハハ! 笑わせるな。この
「うぐっ!」
怒る信者を蹴り倒し、立ち去っていく結一郎。
さらっと自らを鬼舞辻無惨と名乗っておくあたり、抜け目がなさすぎる。
この翻訳係、ノリノリで敵の首領に罪をおっ被せやがった!?
「おのれ、鬼舞辻無惨! 悪鬼め!」
教祖を殺された恨みを募らせる万世極楽教の信者たち。
しかしながら、彼らの宗教は教祖のカリスマによって維持されてきたものでしかなく、あっという間に規模は縮小。
最終的に、教祖が協力関係を結んでいたという鬼狩りの組織が接触してきて、半ば吸収される形でその組織は消えていったのだった。
それもこれもすべて鬼舞辻無惨ってやつの仕業なんだ。
鬼殺隊本部・産屋敷家。
そこに鎹鴉からの報告が入っていた。
“上弦の弐、旭によって討伐”
“上弦の陸、音柱たちにより討伐”
ギャグ死するのが鬼いちゃんだと誰が言った?
前回わざわざしのぶさんと復讐について語らせたのはこのためでした!
あ、上弦の陸はナレ死じゃないです。次回やります!
ミニ次回予告
妓夫太郎「大きな口叩いておいて、大したことないなぁぁ」
天元「クソ! 戦力が足りねえ!」
追い詰められる音柱・宇髄天元! 果たして!?