前回のあらすじ
・上弦の陸を小動物たちが発見
・音柱一行が交戦するも戦力不足!
・柱続々到着。あと猿もいます →過剰戦力だろぉ!?
音柱・
彼は今、蝶屋敷にて入院中である。とはいうものの、体調が悪いわけではなく先の上弦の陸討伐戦において一番長く毒の影響下にあったため一応の検査入院である。
そういうわけなので、いたって元気な天元は暇を持て余している状況だった。
ゆえに見舞客は大歓迎。
「暇すぎて地味に死にそうだったぜ。お前が来てくれなかったら病室を抜け出すところだ」
「あはは、宇髄師匠はジッとしているのは性に合わないでしょうからね」
お見舞いに来た結一郎と嬉しそうに話す天元。
鬼の毒をくらったと聞いていた結一郎も一安心といったところだ。
今回はお互いに上弦の鬼の討伐に成功したということもあって、話したいこと聞きたいことが多い様子。
「上弦の陸の討伐、おめでとうございます!」
「いいや、俺はほかの奴らの助けがなけりゃ死んでた。一人だけで上弦の弐を倒したお前に比べればたいしたことはねえよ」
「それを言ったら自分は……いえ、何でもないです」
上弦の弐を倒したというのに複雑そうな顔をする結一郎。
それを謙虚と捉えたのか、天元は逆に謙遜が過ぎると笑ってみせた。
「上弦の鬼を討つのは誰にでもできることじゃねえ。もっと誇ってもいいんだぜ? 派手にな」
片腕を失った不完全な状態でありながら、挫けることなく自分以上の成果を出した弟子を誉める天元。
「え、えぇ。まぁ、そうですね」
しかしながら結一郎は曖昧に頷くだけで、あまり嬉しそうに見えなかった。
冷静に考えればその反応も当然だ。
確かに結一郎は上弦の弐・童磨に相対して囮となり、時間稼ぎをして見せた。この成果は誰にも否定できるものではないのだけれど、最終的にトドメを刺したのが誰なのかを考えると複雑な気持ちにならざるを得ないわけで。
ついでに言えば、上弦の弐を討伐してしまったことで、ある人から怒りを向けられるであろうことは確実。
そうした諸々のことを考えると素直には喜べない結一郎であった。
結一郎の複雑な心境を知らない天元は、大きな成果を出した弟子に自分の今後の進退について語りだす。
「頸は煉獄たちが斬ったが、上弦の鬼の討伐には貢献できた。だから俺は柱を引退しようと思ってる」
前からそう決めていたと告げる天元に結一郎は黙って頷き、続きを促す。
「俺は元忍だ。お天道様にゃ顔向けできねえような後ろ暗いことも派手にやってきた。何かケジメを付けないと顔を上げて真っ当な人間として生きていけねえ」
今、こうして上弦の陸を倒せたのは良い機会に感じている天元。
柱を辞める。その意思を結一郎に伝える意図は一つしかない。
「結一郎。俺の跡にお前を指名したいと思ってる」
「宇髄師匠……」
柱の立場を継承するように頼まれた結一郎の答えは――
「いえ、無理です!」
首を横に振って否を突き付けたのだった。
「なんでだよ! そこは気持ち良く引き受けるところだろうが! 派手に!」
空気を読めと天元の怒りの拳が炸裂する。
弟子が師匠の跡を継ぐ感動的な流れじゃないのかよ!?
「痛たたた。待ってください、師匠! これには理由があるのです!」
「……はぁ。一応聞いてやる」
仕方ないと一度ため息を吐いてから耳を傾ける姿勢になる天元に、結一郎は柱を継げない理由を語りだす。
「お忘れかもしれませんが、自分はもう“棟梁”の立場を頂いています」
すでに柱と同格の立場に任命されている結一郎。
そこを柱と兼任するというのは、さすがにはばかられてたというわけだ。
ただでさえ多忙な両役職。仮に兼任などしようものなら死ぬかもしれない。過労で!
「それに、今の自分は隻腕ですから柱としての役目を果たすのには不安があります」
「たしかに“柱”と“棟梁”じゃあ、求められてるモンが違うか」
納得したように首を縦に振る天元。
『個』としての最高戦力である“柱”と、『群』としての最高戦力である選抜隊・旭、それを統率する“棟梁”。
その求められる能力を考えれば、現在の状態の結一郎が不安を感じるのも当然と思えた。
「もちろん、自分も力を戻せるように努力はするつもりです。しかし、力が戻ったからといって部隊を他の人に任せるのは今はちょっと……」
現在の時点では部隊を手放せないと告げる結一郎に、天元はニヤリと笑う。
こいつ、また何か動いているらしい。
「なるほど。いろいろと動いているみたいだな」
「ええ、そういうわけです。なので、柱の就任は無理です!」
「わかったわかった。お前の事情は派手にな。となると誰か良いやつがいるかねぇ?」
第一候補であった結一郎が駄目になったので、他に適任者がいないか悩む天元。
ほかの柱に継子は何人かいるのだが……
「胡蝶のところと煉獄と冨岡が一緒に育てているやつがいたな。あとはお前の隊の優秀なやつが何人かってところかね? 俺の後任になりそうなのは」
現在の鬼殺隊の戦力を思い出しながら指折り名前を挙げていく天元。
しかし、結一郎は言いづらそうに候補者に漏れがあることを指摘する。
「師匠、最有力候補を忘れてます」
「んん? ほかにいたか? そんなやつ」
首をかしげる天元に結一郎はその名前を告げた。
「います。
「闘勝丸ぅ? そりゃ、お前のとこの猿じゃねえか!」
ふざけんな! と、怒鳴り声を上げるが、結一郎は真面目な顔で言うのだ。
マジなんですよ、これが!
「戦績だけで見るとぶっちぎりなんですよ! 上弦の鬼の頸を斬ってますし!」
「たしかにそうだけどな!?」
数だけ見れば上弦の頸一首半である。
よもや鬼殺隊のエースが猿であるという悪夢じみた現実を突きつけられるとは。
本当に何なんだ、あの猿!? 存在としておかしいと思うのだけど!?
ついでに言えば、である。
「あと、煉獄師匠が彼を気にいったのか正式に継子認定してまして……」
「おいマジか。煉獄マジかよ」
改めて炎柱の懐の大きさを知る。というか、大きすぎませんかね?
『命を懸けて鬼と戦い人を守る者はだれが何と言おうと鬼殺隊の一員だ』
とは本人の言であるが、継子認定とは話が別ではなかろうか?
そう思う結一郎と天元であったが、現実は変わらない。
「……というわけで、宇髄師匠の後任はいますから安心して引退できますね!」
「それ聞かされて引退できるかよ、馬鹿野郎!!」
ブチ切れる天元。そりゃあ、後任が猿とか嫌だよね。うん!
二人してため息を吐いたところで、窓に雀が一羽飛んでくるのが見えた。
結一郎が窓を開けると、雀は差し出した手に止まるとチュンチュンと何やら報告をし始めた。
相槌を打ちながら雀の報告を聞いていた結一郎は、その内容を聞いてこの場を辞去することを天元に伝える。
「すみません、師匠。急用ができたのでもう失礼させていただきます!」
「どこかへ任務か?」
「いえ。先ほどもちらっとお話しましたが、無くなった腕について相談に刀鍛冶の里へ行きます」
里にいる絡繰技師を尋ねに行くのだと言う結一郎。
鬼殺隊という組織を支える一つである、刀鍛冶の里は厳重に場所が秘匿されており、おいそれとは行ける場所ではない。
しばらく滞在することになるだろう弟子に、師匠である天元は耳寄りな情報を伝えた。
「そうか。あそこは良い効能のある温泉があるからな。古傷にも効くはずだから入ってくるといいぞ」
「お気遣いありがとうございます、師匠。それでは失礼いたします」
挨拶をして立ち去る結一郎。
彼を見送った天元は一言疑問を呟く。
「あいつ、何で窓から出ていったんだ?」
扉から出ずに窓から退出していった弟子の行動は意味不明だった。
悩む天元だったが、その理由はすぐ知ることとなる。
「あの馬鹿……結一郎さんはいますか!?」
「うぉ!? 派手に何事だ、オイ!?」
病室の扉を蹴破り現れたのは、この蝶屋敷の主人である蟲柱・胡蝶しのぶであった。
見るからに怒気をあらわにしたしのぶの表情は、物凄い怖い顔になっている。
「宇髄さん、結一郎さんがここにいませんでしたか?」
「お、おう、さっきまでここにいたぜ」
窓からでてったけどな、と、突然のことに面食らいながらもかろうじて結一郎のことを伝える。
自分が来る直前まで探していた人物がいたことを知ったしのぶは、行き先を知る天元に詰め寄った。
「逃げやがりましたね、あの人! それで行き先はどこです?」
「刀鍛冶の里だって言ってたが……」
「そうですかー。そこまで徹底的に逃げますかー……戻ってきたら覚悟しやがれ、糞野郎!」
いつもの冷静なキャラを殴り捨ててブチ切れる。しのぶ、激おこである。
訳も分からず目の前でブチ切れられているのを見せられて、何があったのか尋ねてみる天元。
聞いてみれば、なんともコメントのしにくい事情を聞かされてしまった。
「あの人、私の仇が上弦の弐だって知ってたのに、何も言わずに討伐に行ったんですよ!?」
自分の仇を自分の知らないところで雑に処理されたと、すべてが終わった後で聞かされれば怒りを持つなという方が無理なわけで。
しかも、しのぶの事情を知っていなかったなら仕方ないと納得できるものだが、結一郎はその事情をまるっと承知の上での行いだ。
なにせ作戦決行の前日に復讐について長々と語っていたのだから確信犯に違いない。
「何が『復讐が終わった後のことも考えておいた方がいい』ですか!」
あの晩に言われた言葉を思い出して憤慨する。
あれって『未来に希望を持て』とかいう前向きな励ましの言葉だと思ってたのに、実は『これからその復讐、台無しになるけど許してね?』ということだったわけだ。
そういうことかよてめえ! まじで許さねえからな!
と、しのぶがなるのも当然の心理だろう。
こうして並べてみると酷い奴だな、結一郎。
「気持ちは派手にわかるが落ち着けよ」
「宇髄さんは結一郎さんの肩を持つのですか?」
「おい、睨むなよ(美人が凄むと恐いって派手に本当なんだな)」
しかしながら、天元は一度しのぶに落ち着くように告げるのだった。
睨まれて若干怯みながらも、一応は弟子を擁護してあげるあたり、師匠の鑑である。
といってもまあ、師弟の情だけが理由ではない。
理屈だけ言えば結一郎がしのぶに
何せ調査・計画立案まで結一郎とその配下が行ったことであり、しのぶは一切関与していない。
彼が作戦について報告する必要があるのはそれこそ御館様くらいなものだろう。
立場上同格で作戦に一切関与していないしのぶに報告する必要など全くないわけだ。
しのぶの事情を知っていたのなら一言あっても良かったのではという意見もあるだろうけれど、そもそも復讐者に仇を倒す作戦を伝えることが本当に良いことなのかと聞かれればいろいろと危ないものがあるのではないだろうか。
そういうわけで、結一郎が黙っていたことには一理も二理も理屈があるのだ。
しのぶの怒りは、言ってしまえば八つ当たりでしかなく、第三者からすれば『気持ちは分かる』程度のものでしかないのだ。
まぁ、理屈で納得できないのが感情というものなのだけれど。
「……そういえば、宇髄さんは結一郎さんがどうやって上弦の弐を倒したのかご存じですか?」
「どうやって? そりゃあ……」
一度顔を俯かせたかと思えば、急に笑顔を見せて質問を投げかけてくるしのぶ。
普段ならばしのぶほどの美人が微笑めば華やかになるはずの場の空気が逆に凍り付いていた。
謎の恐怖を感じながら、天元は質問に答える。
「たしか日の差す時間に鬼の拠点の屋敷ごと爆破して太陽で焼き殺したんだろ。派手に。……あっ」
言葉に出したところで、これはマズいと口を押さえるももう遅い。
「そうそう、
『派手に』という言葉を強調して言うしのぶ。
天元は目をそらして冷や汗を流す。
「だ、誰なんだろうなー。そんな影響与えてるやつは」
「フフッ、ウフフ」
お前も無関係じゃないよなぁ? と、言外に責められている。
誤魔化そうとする天元にしのぶは小さく笑い声をあげるだけ。それが逆に恐ろしい!
「それで……宇髄さんはさっきの結一郎さんのお話をどう思います?」
「酷い奴だな、結一郎! 許しておけないなぁ! 派手に!」
脅しに負けて即座に弟子を売って自身を守るあたり、師匠の屑である。
汚いなさすが元忍、きたない!
「フフフ、では、結一郎さんが戻ってきたら協力をお願いしますね?」
「おう……」
言質を取られてしまった天元は頷くしかない。
しのぶは柱一人を味方につけ、結一郎包囲網を形成していく。
果たして結一郎は、刀鍛冶の里から戻ってきて無事に済むのだろうか……
更新が遅くなってすみません。
なかなかプロットが定まらないスランプですね。
しのぶさんに大原部長ばりの鎧武者姿をさせるのはやめておきました。
次回ミニ予告
――里の温泉にて
玄弥「兄ちゃんについて相談があるんですが……」
結一郎「あの人はほんとにもう……」
温泉翻訳係の相談室!