柱合会議の翻訳係   作:知ったか豆腐

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2020/05/17 投稿


その24(刀鍛冶の里・壱)

 ――刀鍛冶の里

 

 鬼の不死性への数少ない対抗策である日輪刀。

 その日輪刀を作る職人たちが暮らしているのがこの里だ。

 鬼殺隊の装備面で支えていることからその重要度は高く、里の位置は厳重に秘匿され、隠れ里となっていた。

 それこそ、鬼殺の剣士といえども、目隠しをされ複数人の手によって運ばれてようやく訪れることができるほどの秘匿のされかたをしている。

 

 結一郎は今、そんな隠れ里に身を置いていた。

 里長の鉄地河原(てっちがわら)鉄珍(てっちん)に滞在の挨拶と必要事項について話し合いを終えた結一郎は、現在、彼らの好意に甘えて傷に効くという天然温泉に入らせてもらっているところだ。

 

「ふーっ」

 

 お湯に浸かり大きく息を吐く結一郎。

 体から力を抜いてリラックスしながらも、脳内ではいろいろと思考を働かせている。

 というのも、この温泉に同伴している人物について考えているからだった。

 

 側頭部を刈り上げてトサカのようになった髪型に顔に横一文字についた傷跡。

 何かを問いたげにこちらをちらちらと見る彼の名は不死川(しなずがわ)玄弥(げんや)

 結一郎の師匠の一人である風柱・不死川実弥(さねみ)の弟である。

 直接の面識はなく今回が初の顔合わせなのだが、お互い実弥を通して話には聞いているという、知っているのに知らない、ある種気まずい状態であった。

 沈黙が続く中、結一郎は玄弥が話をしやすくなるようこちらから声をかけることにした。

 

「こんにちは。不死川師匠から話は聞いていましたが、こんなところで会うことになるとは思っていませんでした!」

「あんた、やっぱり兄貴の継子の……」

「ええ、和結一郎と申します! 以後、よしなに。玄弥君」

 

 会話のきっかけを作ったことにより場の空気が変わる。

 聞きたいことがあった玄弥はすかさず質問を投げかけた。

 

「あの、兄貴が俺のこと話してたって言いましたけど、兄貴は俺のことをなんて?」

 

 長いこと関係が途絶していただけに、兄が自分のことをどう思っているのか気になる玄弥。

 不死川兄弟の事情を知っている結一郎は、正直に見たままの実弥について告げることにした。

 

「一言で言えばたいそう心配してましたね!」

「心配? たしかに俺は柱にはまだまだ及ばないけど、それでも――」

「いえ、そうではないのです」

 

 自分の弱さを指摘されたと思った玄弥は声を荒げそうになるが、結一郎が落ち着かせるように声をかけて止めた。

 実弥が心配しているというのはそういうことではないのだと。

 

「玄弥君のことを聞くたびに『優しい弟が危険な任務について大丈夫か』だとか、『俺なんか放っておいて幸せになってほしい』だとかそんなことばかり言ってましたよ」

 

 それはもっと根本的な、弟の安全を願い、幸せを祈るようなことばかりだったという。

 強さ弱さは関係ない、弟を思う兄として当たり前の気持ちだ。

 それを聞いた玄弥は思わずつぶやく。

 

「でも俺、兄貴から『俺に弟はいねえ』って言われたんですけど……」

「……不死川師匠も、なんというか口下手ですよねぇ」

 

 弟を心配して言うことがどうしてそれになるのかと、少しため息をつきたくなる結一郎であった。

 本人が聞いたら怒りそうだが、ある意味、口下手具合でいえば冨岡師匠とどっこいではなかろうか。

 ただまぁ、詳しい事情を聞いている結一郎は実弥がそう告げた理由も知っているので、深く追求することもできなかったりする。

 鬼になった母を殺した兄に対しても、その兄を人殺しと罵倒してしまった弟に対しても部外者がとやかく言うのははばかられるような気がするのだ。

 なので、そこには触れないようにしながら話を繋げることにする結一郎。

 

「なんというか、弟子になってよくわかったのですが、師匠ってすごい真面目で情の厚い人だと思うんですよ」

「あ、そうなんです! 兄ちゃんはこの世で一番優しい人だから……」

 

 大好きな自慢の兄を理解してくれる人物がいて喜ぶ玄弥。

 その様子を見るに話題としてつかみは悪くなかったようだ。

 

「本当に良い人ですよ、師匠は。ただ、見た目と言動で損をしているといいますか、真面目が一周回って生き方が不器用といいますか……」

 

 自分の師匠のことを思い出してため息を吐く結一郎。

 

「不器用? 兄ちゃんが?」

「ええ、弟の君のことに関しては特に。一度、急にお見合いを持ち掛けてきたこととかありませんでした?」

「あー、ありました! 全然意味が分からなかったんですけど、あれっていったい何だったんッスか?」

 

 あまりピンと来ていない様子の玄弥だったが、以前の兄の謎の行動を指摘されて納得した顔になる。

 あのときの兄の意味不明な行動について何か知っている様子の結一郎に尋ねてみれば、結一郎からはよくわからない返事がきた。

 

「簡単に言えば、君を鬼殺隊から辞めさせるためにやったことです」

「えっと、よくわからないんですけど……」

 

 首をかしげる玄弥に結一郎は苦笑いしながら説明をする。

 たしかに、鬼殺隊を辞めることとお見合いに何の関係があるのか説明されなければわかりようもない。

 いや、説明しても訳が分からないのだけれど。

 

「それはですね! 結婚して家庭を持てば優しい弟は家族のことを思って危険な鬼殺隊を自分から辞めるはずだ……ということらしいですよ?」

「どうしてそうなるんだよ、兄ちゃん!?」

 

 斜め上の発想にここにはいない兄にツッコむ玄弥だが、結一郎はさらに燃料を追加していく。

 

「その際に自分に相手がいないと兄に遠慮して結婚に前向きにならないかもしれないからと、恋人のフリをしてくれる女性を紹介してくれと頼まれた時にはホントどうしようかと……」

「何やってんだよ、兄ちゃん!?」

 

 心底困った様子の結一郎と、兄の奇行に声を荒げる玄弥。

 玄弥の気持ちもわからなくはない。なにせ兄のやっていることを言葉にすれば、部下に女性を紹介してくれと頼みこんでいる図なわけで。

 しかもその理由が偽物の恋人が欲しいからというのだからひどい話である。

 

「和さん、兄ちゃんがご迷惑をおかけして申し訳ないです」

「ああ、結一郎で結構ですよ。いやまあ、師匠にはお世話になっているのでこれくらいは何ともないです。ちゃんとお相手の女性も紹介できましたし」

「それならなおさらですよ!」

 

 兄と同じく思いやりのある玄弥は兄の迷惑を謝ると同時に兄の相手をしてくれている女性を思って心を痛めた。

 

「俺のせいで兄ちゃんがそんな不義理なことをしているなんて……早く何とかしないと!」

「いえいえ、その点は心配ないかと思いますよ?」

 

 恋人のフリをしてくれなんて女性に対して不義理だと憤る玄弥。

 しかし、結一郎はそれは心配無用だと言う。

 思わずどういうことか聞き返す玄弥へ結一郎が答えるには、それは実弥の性格を考えればわかることだという。

 

「師匠は、先ほども言った通り真面目で優しいです。そうですよね?」

「え、はい、そうですけど」

「そんな師匠が女性をぞんざいに扱うと思います?」

 

 繰り返しになるが、不死川実弥という男は傷だらけの強面な見た目とは裏腹に、非常に情の厚い人物だ。

 そんな男が、偽物の恋人とはいえ大事に扱わないということなどあるわけもなく。

 

「定期的に手紙をやり取りしたり、食事を共にしたり、任務の帰りに贈り物を買ってきたり……さすが師匠、見習いたいですね!」

「それで本当に付き合ってないのか、兄ちゃん!?」

 

 どこいらへんが“偽”なんだよ!? と、叫ぶ玄弥。

 結一郎はその言葉に心の中で同意していた。

 彼の持つとある情報網からの報告によれば、甘酸っぱい青春の一頁(ラブコメ)がしょっちゅう繰り広げられるていたとか。

 例えば、

 自分のキャラじゃないと自嘲しならも花束を買って帰る実弥とか。

 装飾品を売る出店で彼女に似合うのはどれか真剣に店員と相談する実弥とか。

 彼女と夕食を共にするために鬼を秒殺して急いで帰る実弥とか。

 任務中に彼女からの弁当を開けて嬉しそうに微笑んでいる実弥とかとか……

 

 これを報告で聞いた結一郎は、

 

『あれ? 不死川師匠はいつの間に結婚を?』

 

 と、一瞬混乱したとか。もう、恋人を飛び越えてやってることが夫婦ではあるまいか?

 とりあえず、実弥は良い旦那さんになりそうなのは間違いない。

 むしろ、これで付き合っていないという方が驚きなのだが、そこは生き方が不器用な実弥だったりする。

 

「今のお二人ですが、お互いに憎からず思い合っていながらも、最初に交わした“恋人のフリ”という約束が引っかかっていまいち一歩踏み出せない様子なんですよねぇ……」

「何やってんの、兄ちゃーん!!」

 

 “恋人のフリ”をする約束から始まった二人の関係。

 最初はギクシャクしながら始まったお付き合いも、交流を重ねるごとにだんだんお互いに惹かれはじめて……

 だけれど、自分から偽物の恋人になってほしいと言い出した手前、自分の気持ちを素直に言えない実弥。

 一方、彼女も『自分は恋人のフリをする相手に選ばれただけだから』と、自らの好意をしまい込もうとする。

 お互い好き合いながらもすれ違う二人の“偽恋”はどうなっていくのか?

 

『大正恋愛物語 ~恋の風柱~』

 

 と、タイトルが付きそうなくらい鉄板(テンプレ)なラブコメをしてたりするのだ。

 兄の不器用な恋愛事情を聞かされた弟はどうすればいいのか分からなくなる。

 

「兄ちゃん、俺が思ってた以上に青春してるじゃん! というか、俺の心配してるよりも自分のこと何とかしろよな! 話を聞いただけでもじれったいんだけど!?」

「そうなんですよ! 自分も何とか二人をくっつけたいといろいろと裏で動いてるんですが、これがなかなか……」

「結一郎さん、俺に出来ることがあれば言ってください!」

 

 兄の幸せのためならばと張り切る玄弥に、本人の弟の協力があればやりようはあると目を輝かせる結一郎。

 ここに(実弥を結婚させるための)強力なタッグが結成されたのだった。

 実弥が人生の墓場に入る日も近いのかもしれない……

 

 

オマケ「そのころの風柱」

 

「ハックシュ! ちっ、なんだ急に」

「風邪ですか?」

 

 突然前触れもなくくしゃみが出た実弥に長い髪を後頭部で一つにまとめた総髪(そうはつ)の女性が心配そうに声をかける。

 

「いや、誰か噂してんのかもなァ」

「お体には気を付けてくださいね。何かあったら心配ですから」

「おう、ありがとな」

 

 身体が温まるようにとお茶を淹れる女性に、お礼を言いながら微笑みかける実弥。

 その優しい微笑みを見て、女性は頬が熱くなるのを感じたのだった。

 

 

『これで(つがい)じゃないんデチから、人間は複雑デチね』

 

 と、見ていた雀はため息を吐いたのであった。




鬼滅本誌を読んで、そして最近発売された20巻を読んでいたら、『不死川兄弟幸せにしてえ!』ってなっていろいろと書き直しまくったりしてました。
もう、本誌の実弥師匠がお辛い!

次回ウソ予告

小鉄「できましたよ、結一郎さんの義手が!」
結一郎「でかした!」


翻訳係コソコソ話

実弥さんのラブコメは実は鎹鴉たちの間では公然の秘密。
鴉たちの噂話で毎回話題になるほど注目されているらしい。


翻訳係コソコソ話 その2

実弥さんのお相手は鬼殺隊の女性剣士。
最近、那田蜘蛛山ってところで腕を複雑骨折してリハビリしていたところを結一郎に頼み込まれて恋人のフリを引き受けた。
強面の柱である実弥を最初は怖がっていたけど、さりげない気配りと優しい微笑みのギャップに惚れこんだとか。

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