刀鍛冶の里と名前が付けられたこの隠れ里だが、里人全員が刀鍛冶というわけではない。
鬼殺の剣士たちを支えるため、様々な職人たちが在籍し、生活している。
今回、結一郎が里を訪れたのはそうした職人たちに失ってしまった左腕の代わりとなる義手を作成してもらうためであった。
鬼と戦うためにできる限り生身の腕と変わらぬものを望んでいたため、普通の義手ではなく絡繰職人の元を訪ねたのだが……
「無理ですよ、俺なんかの腕じゃ」
そのように弱気な言葉ですげなく断られてしまっていたりする。
それもそのはず。なにせ里唯一の絡繰職人である
しかも悪いことに、師事していた父親が早くに亡くなったため技術の継承が不十分という状況が重なってしまいとてもではないが依頼を受けられる心境ではなかった。
小鉄に才能がないわけではない。むしろ、分析力という点では天性の才を持っているくらいなのだが、それゆえに現在の自らの実力を正確に把握してしまいその事実に絶望してしまっている。
「絡繰職人は俺の代で全部終わりですよ。だからもう無理なんです」
「フム……」
先祖の作った絡繰人形を完全再現するという一族の悲願ももう終わりだと嘆く小鉄。
しかし、結一郎がそれを聞いてはいそうですかと諦める道理は全くないわけで。
「小鉄君、きみの気持ちはよく分かります!」
まずは優しく同情の言葉をかける結一郎。
彼は自らの持つコミュ力をフル活用してカウンセリング・説得を行うことにしたのだ。
結一郎が持てる技術を全力投入した結果、小一時間後で小鉄の心境は大きく変化していた。
「やりましょう、結一郎さん! 未来への進歩のために!」
「ええ、未来への進歩のために」
そこにはやる気に満ち溢れた小鉄の姿があった。
どうやら説得は成功したようだと、満足げに頷く結一郎。
「いや、説得というよりはあれは洗脳って言うのが正しかったんじゃ……」
そんな彼にツッコミを入れたのは、温泉で意気投合して用事に付き添ってきて説得の一部始終を見ていた
彼が目にしたのは、暴力は一切使われていないにも関わらず、流れるような手腕によって小鉄を心理操作してしまった結一郎の
「戦国時代の天才が作り上げた絡繰人形を、技術を継承できなかった君が完成させるのは困難を極めるでしょう!」
「しかし、それはすべてを完璧にしようとすればの話です!」
「体の一部だけでも完璧に作れるようになる、特定の部位は名人のように作れるようになる。それくらいなら目指せると思いませんか?」
先祖の作った絡繰人形を再現するという目標がいかに難しいことなのかを突きつけて小鉄の心を折ったあとに、達成できそうな小目標を提示して希望を持たせたのだ。
『全体を作るよりも一部を作る方が簡単』というのは一般論的に正しいわけだが、技術的な難易度については結一郎は全く知らなかったりするのだけれど、それらしく聞こえるようになっているのが何とも言い難い。
ついでに、その作る体の一部として腕を指定して自分の目的を紛れ込ませるのも忘れていないあたりちゃっかりしていると思われる。
そうして希望を持たせたのならば、後は小鉄にやると言わせるだけだ。
「進歩しなければ未来はありません」
「挑戦こそ未来への進歩です」
「挑戦・成長こそが幸せの秩序です」
耳障りのよい短いフレーズを繰り返すことで思考を停止させ、小鉄が頸を縦に振るまで問い続ける。
結一郎の言葉に頷くころには小鉄は、その言葉に乗ってやる気になっているんだから恐ろしい。
「小鉄君なら必ず成し遂げられます! さあ、自信を持つんです!」
自己否定の強い小鉄を全力で肯定してあげることで最後のダメ押しをすれば
なんというか、カルト宗教とか独裁組織のやり方ではなかろうか?
いったい、どこで覚えたそんな手法!?
こいつの部下になった人も洗脳しているんじゃ
鬼殺隊ハトテモホワイトナ職場デス。
そんなこんなで始まった義手の作成だったが、数日経っても進捗ははかばかしくなかった。
「あー! 今度は強度が足りない! 軽量化に成功したと思ったのにチクショー!」
「肉抜きして軽量化は良い考えだと思ったんだがなあ。戦闘で使うことを考えると強度に不安があるのはマズいだろ」
小鉄が叫び声を上げ、玄弥が失敗した点を考察する。
そう、玄弥が、だ。もともと銃を武器としており、自分である程度整備をしていたからか、はたまた才能があったのか小鉄の助手としてあっという間に技術を身に着けて一端の戦力となっていたのだ。
小鉄も人に技術を教えることを通して加速度的に職人としての腕が磨かれている。
しかし、その二人をしても義手の作成は難航していた。
「しっかりと刀を握りながらある程度の自由度を確保する……やはり難しいでしょうか?」
試作された義手を装着し、動きを試していた結一郎が言葉を漏らす。
その表情は満足とはいいがたい様子であった。
製作者である小鉄も不満なのか、唸りながら頭を悩ませている。
「むー、ぐぬぬ。そうだ! 刀を保持するのが難しいなら腕をそのまま刀にしてしまいましょう!」
「おお! いっそのこと銃でも仕込むってのもありだよな!」
新たなアイデアに興奮する小鉄と玄弥。
もはや作成が行き詰まりすぎて迷走を始めている。
結一郎が求めているのは左腕の代わりになるものであって、刀とか銃とか左腕に着けられても困るのだ。
そんなものを渡されても「でかした!」とか「ヒュー!」とか言って喜べるわけないというわけで。
「お二人とも、今日はここまでにしておきましょう!」
疲れてるんですよ。と、一度切り上げることを提案する結一郎であった。
「ここは初心に帰るべきだと思うんです!」
「と、いいますと?」
夕食を共にしていた小鉄が突然そんなことを言いだす。
どういうことか詳しくいいてみれば、先祖の作った絡繰人形をもう一度分析してみたいのだとか。
「これ以上自分たちで考え込んでいても埒が明かないので、一度俺の目指すところをこの目で見ればよい刺激になると思うんです」
「それは良い考えだと思います」
小鉄の考えを聞いて結一郎も賛成をする。
元より絡繰技術については専門外の分野なので小鉄の判断に全面的に任せているということに加えて、この数日の経験を得た小鉄ならば新たな発見もあるとだろうとの判断もあってのことだった。
「じゃあ明日は“
「分かりました」
「あの、“縁壱零式”って何ッスか?」
小鉄が明日の予定を告げた際に飛び出した”縁壱零式”なる言葉について疑問を浮かべる玄弥。
「“縁壱零式”は俺の先祖が作った剣士訓練用の絡繰人形ですよ! 話の流れで察してくださいよ、そこは。鈍いんですから!」
「うっす……すいません」
毒舌付きで説明をする小鉄に頭が上がらない玄弥。
年齢は逆だが、絡繰職人としての師弟関係がしっかりと出来ているようだ。
その様子を見て結一郎は頷く。
『玄弥君、職人として染まってきているようですね! これは不死川師匠に報告しておかねば!』
弟さんが手に職を持つこと決めたようです。と、報告することを決めた結一郎。
兄弟そろって結一郎に外堀をしっかり埋められそうになっているのだが……まぁ、悪いようにはならないだろう。
不死川兄弟はお互いのことになると途端にポンコツと化すので、今回の件で少し落ち着いてくれればと思うのであった。
霞柱・
齢十四歳、剣の修業を始めてわずか二か月で柱に上りつめた天才剣士である。
過去に鬼に襲われて記憶の保持に障害を抱えているがその実力はほかの柱と遜色なく、むしろその年齢を考えれば潜在的な才能は鬼殺隊随一と言って過言ではないだろう。
「いくよ」
「ッ! 炭治郎君、回避専念!」
「はい!」
“霞の呼吸 参ノ型・
“水の呼吸 参ノ型・
“ヒノカミ神楽・
無一郎の回転斬りを結一郎は流れるような身体操作で、炭治郎は体を捻り回転させる動きで回避を行う。
結一郎は今、その天才剣士を相手に打ち込み稽古を行っていた。
どうしてこのようなことになっているのか?
それは昨晩話題になった縁壱零式のせいだ。
小鉄の先祖が作ったという絡繰人形“縁壱零式”の役割は剣士の戦闘訓練。
それを聞きつけた無一郎が自己の鍛錬に使おうと考えるのは当然のことで。必然、縁壱零式を壊されるわけにはいかない小鉄たちとはぶつかり合うこととなったのだ。
不運だったのは無一郎が小鉄たちと接触したときに結一郎が不在だったことだろう。
交渉力を頼りにすることはもちろん、柱と同格である彼がいれば霞柱としての無一郎の要請を正当に断ることもできたのだから。
その結果、無一郎が強権を振るい小鉄と玄弥が気絶させられ、偶然通りかかった
里長のところで用事を済ませて合流した結一郎がこの光景を目にして、
「何コレ……」
と、呆然となったとして誰が責められようか。
ついでに無一郎からの認識が相変わらず『お菓子の人』だったりしてさらにガックリきたり。
そうして事情を聞き、交渉した結果が
『縁壱零式の使用を一日待ってもらう代わりに稽古に付き合う』
ということになったのだった。
隻腕というハンデを持つ結一郎を考慮して炭治郎を加えた二対一での実戦式の稽古は、数の差を覆す内容になっていた。
「おっと!」
「うっ!」
攻撃を受け流した際の負荷が祟ったのか内部部品の壊れる軋み音をさせて義手が動かなくなる結一郎に、完全に躱しきれずに肩に一撃受けてしまった炭治郎。
天才剣士の名は伊達ではなかった。
「まぁ、それなりに良い訓練になったかな。じゃあ、僕はもう行くよ」
余裕を残した様子で立ち去る無一郎を見送る二人は、一応彼が満足してくれたことにホッと胸をなでおろした。
これで不満だから縁壱零式を使わせろなどと言われたらたまったものじゃない。
「炭治郎君、ご協力ありがとうございました。おかげで助かりました」
「いえ、それほどのことでも。むしろ足を引っ張ってしまいましたし……」
本来ならば付き合う義理もないのに一緒に稽古に参加してくれたことを感謝する結一郎に、炭治郎は自分の力不足について謝罪を口にした。
途中で結一郎の指示や援護がなければとっくの昔に無一郎に気絶させられていたという実感があったからだ。
その炭治郎の言葉を結一郎は首を横に振ってみせた。
「そんなことありませんよ。自分は見ての通りのあり様ですからね。炭治郎君がいなければあれだけ長く戦えたかどうか分かりません」
だらりと垂れ下がる壊れた義手を指して苦笑いする。
試作品とはいえ小鉄に悪いことをしてしまったと、気分が落ち込みそうだ。
ここで気分を入れ替えるべく、別の話題を切り出すことにした。
「そういえば、炭治郎君は何故この里に?」
「刀が折れてしまったので、新調するために来ました」
いまさらながら炭治郎が里にいる理由を聞いてみれば、刀が折れたという答えが返ってきて結一郎は首を傾げた。
刀が折れたからといってわざわざ里に来る必要はそもそも無いということもあるが、そもそも炭治郎が刀を折るような状況というのが想像できなかったのだ。
水柱と炎柱の継子として鍛えられて鬼殺隊でも上位の実力者であろう炭治郎が刀を折るなどただ事ではない。
先日の上弦の陸との戦いでも特に刀が破損したとは聞いていないので、それ以上の出来事があったということになる。。
いったい、何があった? いったい、どんな相手と戦った?
「それが、稽古をしている時に折ってしまったんです」
「稽古で」
思わぬ返答に真顔になる結一郎。
稽古中に刀を折るってどんな稽古を……と、考えたところで思い当たる節が一つあった。
いや、まさかね?
「つかぬことを聞きますが、その稽古のお相手は?」
「風柱の不死川さんです! 禰豆子のことであまりよく思われていなかったんですけど、本当に信頼できるのか見極めるってことで稽古をつけてもらいました」
やっぱり犯人は風柱だった!
繰り返された悲劇に目を覆う結一郎。稽古で真剣使うなって言われてたじゃないか!
「それで稽古で刀を折ってしまったので、新しい刀を頼んだんですけど、
嘆く結一郎の隣で困った顔をする炭治郎。
聞けば、実戦の中で折れたのならばともかく稽古で刀を折るとは何事だとキレて新しい刀を渡すのを拒否しているのだとか。
そういうわけで炭治郎が直接里を訪れて刀を取りにきたということだった。
鋼鐵塚が気難しい性格であるのを抜きにしても、丹精込めて造った物が稽古で壊されて怒るというのは理屈としてよくわかる話だ。
炭治郎の話を聞いてなるほどと頷いたところで、ふと何か気になることが。
視線を左腕に移せば、そこには壊れた義手が目に映る。
丹精込めて造った物を、稽古でぶち壊した?
「あ、これはマズいかもしれません」
よく考えれば炭治郎の話は他人事ではなかった。
試作品なので壊れた原因を分析して改善することは当たり前なのだが、理屈は分かっても感情が付いてこないというのはよくある話。
「何がマズいんです、結一郎さん?」
「こ、小鉄君」
振り向けばそこには縁壱零式の分析を終えた小鉄と玄弥の姿が。
恐る恐るといった様子で出来事を告げる。
「あのー、その、ですね。左腕、壊れました」
「…………ハァ!?」
案の定、ブチ切れる小鉄。暫く森の中に彼の荒ぶる声が響き渡ったのであった。
なお、ほぼ時を同じくして炭治郎が里を訪れた理由を知って、玄弥も絶叫したとか。
「ねぇ、なんで壊したんですか? たかが稽古で。ねぇ、加減も分からないんですか、ねぇ?」
「何やってんだよ、兄ちゃん!?」