柱合会議の翻訳係   作:知ったか豆腐

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2020/07/17 投稿

鍛冶の里編終了


その27(刀鍛冶の里・肆)

 襲撃している上弦の鬼は自分だけではないと告げる玉壺に結一郎は動揺を見せたものの、すぐに落ち着きを取り戻した。

 

「連携を取らない鬼が同格の相手と行動を共にするとは驚きました。がしかし、問題はありません!」

「何を、強がりはやめろ、みっともない」

 

 その言葉を虚勢だと嗤う玉壺だったが、結一郎は首を横に振って答えた。

 虚勢でもハッタリでもない。結一郎には大丈夫だと信じるに足る理由があるのだから。

 

「あなたたちを誘い込んだのは誰か忘れてませんか?」

 

 


 

 結一郎が玉壺と対峙していたのとほぼ同じころ。

 無一郎・炭治郎・玄弥・そして禰豆子は上弦の肆・半天狗と戦闘を開始していた。

 柱である無一郎はもちろん、継子として準柱級の実力を備えた炭治郎、鬼喰いで身体能力を跳ね上げる玄弥、そして鬼に対する特攻血鬼術をもつ禰豆子と戦力として申し分なく、当初は上弦の鬼を相手に戦闘を優位に進めていた。

 だが、半天狗という鬼の持つ特性『追い詰められるほどに強力な分裂体を生み出す』という血鬼術によって瞬く間に形勢は逆転されてしまった。

 

『失敗した。一番強い僕がしっかりしないといけないのに判断を間違えた』

 

 (いかずち)による攻撃で体が麻痺した無一郎は地に体を伏せて無様な姿を晒している。

 

 半天狗の分裂体が一、憎珀天(ぞうはくてん)

 四体の分裂体が一体に統合されたこの個体は先ほどまでとは比べ物にならないほどの凶悪さで無一郎たちを圧倒したのだった。

 それが現れた瞬間にその脅威をいち早く察した無一郎が攻撃を仕掛けるも雷による反撃を受けて痛手を負い、助けに入った炭治郎も超音波攻撃で吹き飛ばされた。

 残る玄弥と禰豆子も血鬼術で作られた木の竜“石竜子(とかげ)”による大質量攻撃に制圧されてしまった。

 あわや全滅の危機に瀕した彼ら。

 

「極悪人共が。往生際の悪い」

 

 忌々し気に吐き捨てる憎珀天。

 見下ろす彼の目の前には三人の鬼殺の剣士たちが奮闘を繰り広げていた。

 

「守れ! 絶対に守れ!」

「おう! 仲間は絶対に守ってみせるぜ!」

「ああもう、キリがないよ!」

 

 倒れる無一郎たちを庇い、憎珀天の攻撃を迎撃し続ける彼らは選抜鬼殺隊『旭』の一員だ。

 それも一番最初に結一郎から指導を受けた鈴木・佐藤・高橋の三名だ。

 “初日の出隊”とも呼ばれる彼らは旭の中でも上位に位置する実力者たちだ。

 絶体絶命の窮地に立たされながらも無一郎たちが生きているのは彼らの救援と奮闘に依るところが大きい。

 だが、防戦一方の状況は無尽蔵の体力を持つ鬼に対してジリ貧はまぬがれない。

 このままでは敗北は時間の問題だ。

 

『これじゃだめだ。僕なんか無視して鬼を倒すことだけを考えないと』

 

 動けない体で三人の戦いを見ている無一郎は、動けない自分の不甲斐なさと不合理な判断をする彼らへのもどかしさが胸に渦巻いていた。

 そんな無一郎の脳裏になぜか炭治郎の姿が思い浮かび言葉を投げかけてくる。

 

『絶対どうにかなる。諦めるな。必ず誰かが助けてくれる』

『人任せ? 無理だよ。僕よりみんな弱いから誰も僕を助けられない』

 

 語られる言葉を否定する無一郎だが、その炭治郎はなおも言葉を続けて言う。

 

『人のためにすることは巡り巡って自分のためになる。そして人は自分ではない誰かのために信じられないような力を出せる生き物なんだよ』

 

 穏やかに告げられる言葉は以前に炭治郎が口にしていなかった部分が付け加えられていた。

 

『そんなこと君からは言われてないよ。一体、誰なんだ?』

 

 記憶にないのに確かに覚えのある言葉をかけてくれたのは誰なのか。

 その言葉を証明するように奮迅の活躍見せる三人から視線を外し記憶を探るように炭治郎に目を向けた瞬間、強烈な既視感が彼を襲った。

 

「禰豆子、大、丈夫、だから、な。俺が必ず……守るから」

 

 目に映ったのはうつ伏せに倒れながらも無意識に妹を守ろうとする炭治郎の姿だった。

 その姿が、血まみれの誰かと重なって見える。

 思わず手を伸ばす。その時、記憶が閃光のように湧き出てすべてを思い出した。

 

『兄さん! 全部思い出した……そうだ、父は炭治郎と同じ赤い瞳の人だった』

 

 先ほどまでの言葉が炭治郎ではなく父から伝えられたものだと思い出した無一郎。

 そして、自分が鬼殺隊に入る原因となった兄の最期も。

 

「無一郎の無は“無限”の“無”……」

『お前は自分ではない誰かのために無限の力を出せる選ばれた人間なんだ』

 

 鬼に襲われ瀕死になりながら自分への謝罪と共に伝えてくれた双子の兄の最期の言葉が無一郎の心を燃やす。

 人は心が原動力だ。燃え上がった心は体を突き動かす力になる。

 

“霞の呼吸 陸ノ型・月の霞消(つきのかしょう)

 

 跳びあがりざまに広範囲を切り刻む斬撃が石竜子をバラバラにする。

 

「霞柱様……」

「ごめん。助かったよ」

 

 驚く鈴木の横に立ち、今まで守ってくれた三人に感謝を告げる無一郎。

 限界を超えて戦闘に復帰した無一郎に対し、憎珀天は舌打ちをする。

 

「不快……不愉快だ。死にかけだった悪人がこうも抵抗するなど」

「悪鬼のお前が被害者ぶるなよ。自分の都合の良いようにしか考えられない残念な頭してるなぁ」

 

 悪人と罵る憎珀天にその歪な精神性を嘲笑い煽る無一郎。

 年端もいかない少年の無一郎から投げかけられた不遜な言葉に怒りを口にしようとする。

 

「調子に乗るな、小僧。貴様一人増えたところで儂に敵うわけ――」

「残念! 一人じゃないわ!」

 

“恋の呼吸 壱ノ型・初恋のわななき

 

 途中まで口にした怒りの言葉は、しかし何者かによって遮られた。

 華麗な登場を決めて現れたのは先端に緑が混じった桜色の髪の戦乙女。

 恋柱・甘露寺(かんろじ)蜜璃(みつり)だ。

 

「これ以上、誰も傷つけさせないんだから!」

 

 鬼の前に立ち、堂々と威勢を見せる蜜璃。

 その彼女に憎珀天が投げかけたのは酷い言葉だった。

 

「このあばずれめが。なんという極悪人の醜女(しこめ)だ」

「あ、あばずれ!? 醜女!? 何てこと言うのこの鬼!」

「そうですよ! 失礼な奴です!」

 

 酷い罵倒に女性の蜜璃と高橋が文句を言うが、当然憎珀天が取り合うはずもない。

 

「黙れ! 儂にそのような口をきくなど恥を知れ、悪人共」

 

 不機嫌に怒鳴る憎珀天の顔。

 その憎たらしい顔は次の瞬間にぐちゃぐちゃに粉砕されていた。

 

「悪鬼が賢しらに正義を語るなど……片腹痛し」

 

 南無阿弥陀仏の念仏と共に現れた巨漢の鬼狩り。

 それは鬼殺隊最強の男。岩柱・悲鳴嶼(ひめじま)行冥(ぎょうめい)その人であった。

 

「悲鳴嶼さん、来てくれたんですね!」

「ああ、里長たちの安全を確保していて遅くなった。すまない」

 

 刀匠たちの保護を里にいる鬼殺隊士たちに任せてやってきたという行冥の口ぶりからだいぶ前から里にはいたようだ。

 一体いつから?

 

「一週間前だ」

 

 それはほぼ結一郎が里を訪れたのと同じ時期。

 つまり、最初から備えとして彼は控えていたのだ。

 


 

「誘い込んだだと!? どういうことだ、貴様ァ!?」

 

 怒鳴る玉壺に結一郎は端的に答えた。

 

「簡単な話ですよ。敵が来ると分かっているなら戦力を集めておくのは当然じゃないですか」

 

 上弦の鬼の襲撃に備え、柱や準柱級の戦力を控えておく。

 仲間を危険にさらすからにはそれくらいの備えはあって当然だ。

 お館様と里長が協力してくれたことで旭の部隊だけでなく柱を三人も集めることができたのだから、現状で最善の状況は整えられている。

 結一郎が告げる事実に、玉壺は声を震わせて言う。

 

「なんだと! まさか、ここにいるのか?」

 

 先ほどとは立場を逆にした言葉が玉壺の口から漏れ出る。

 上弦の鬼といえどあなどれない鬼殺隊の最高戦力――

 

「いるのだな! あの“鬼殺の猿”が!!」

 

 そう、“柱”が! って、あれぇぇぇぇ!? 猿!? 猿なんで!?

 予想外のことで驚愕にピシリと一瞬固まった結一郎は、そのあと思いっきりツッコミをいれた。

 

「そこは“柱”じゃないんですか!?」

「へぶぅ!」

 

 思わず手にしていた玉壺の頭を地面に叩きつけた結一郎。

 その衝撃で哀れ玉壺は塵となって散っていった。

 こうして上弦の伍は滅んだのだが、それ以上に今は“鬼殺の猿”が気になって仕方がない。

 

「柱よりも猿の方が脅威度が上? そ、そんなバカなことがあっていいのか!?」

 

 自分のお供が気が付けばすごい認知のされ方をされている……結一郎、本日一番の衝撃であった。

 


 

「命をもって罪を償え!!」

 

 涙を流しながら炭治郎が振るう赫刀が分身体の中に隠れた半天狗本体の頚を見事両断する。

 塵となって崩れていく半天狗。 

 しかし、勝利を得た炭治郎の胸に歓喜の感情は無く、逆に悲嘆の感情で膝から崩れ落ちた。

 日の出を目前に、鬼の妹と人命を秤にかけさせられた。

 迷う炭治郎を妹の禰豆子自らが背中を押して選んだ人命をとる選択。

 炭治郎にはこの勝利は妹を犠牲にして得た勝利としか感じられなかったのだ。

 

『日の光に焼かれて禰豆子は骨も残らない……』

 

 最愛の妹を失った悲しみに嗚咽をもらす炭治郎。

 彼が鬼と戦う最大の理由が鬼であった妹を人間に戻すことだったのだ。その心境はいかばかりであろうか。

 

「竈門殿。か、竈門殿」

 

 泣き続ける炭治郎に彼に命を救われた刀匠の三人が声をかける。

 何事かと思って顔を上げれば、彼らの指差す方を見ての驚きに目を見開いた。

 

「お、お、おはよう」

 

 奇跡が起きていた。

 日光に焼かれて死んでいるはずの鬼の禰豆子が、微笑みながら話しかけてくる姿を見て炭治郎は手を伸ばす。

 刀匠たちに支えられながらそっと触れる。幻じゃない。本物の禰豆子だ。

 

「うわああああ、よかった……! よかった、ああ、禰豆子無事でよかったああ!」

「よかったねぇ」

 

 目も牙も鬼のままで人間に戻った訳ではない。しかしそんなことは炭治郎にとって些細なことでしかなく、ただただ妹の無事を喜んでみせる。

 自分を抱き締める兄に優しく笑みを浮かべて返事をするという感動的な光景を少し離れたところから見ていた玄弥も頬を緩めて呟く。

 

「良かったな……炭治郎、禰豆子」

 

 周囲の人たちが明るい顔をしている中、一人複雑な表情をしている人物がいた。

 

「よもや嘘が誠になるとは予想外です!」

 

 その人物とは結一郎であった。

 炭治郎が上弦の肆・半天狗を討つ際に自らの刀を投げ渡していた結一郎。

 禰豆子が日光を克服するまでの一部始終を見た感想がこれだ。

 

「結一郎さん、何かあったんですか?」

「いえ、独り言ですよ。気にしないでください」

 

 結一郎を気にして声をかけてきた玄弥に対してとっさに誤魔化す。

 結一郎が懸念しているのは鬼舞辻無惨に対して行った『無惨の望む物』を持っている、つまり『日光克服の方法』をこちらが持っているという(ブラフ)が本当になってしまったということだ。

 当初はありもしない目標を用意して無惨を誘い込む計画だったのだが、禰豆子という本物が現れたためにその計画は見直しが必要になった。

 本来ならば喜ばしいことを素直に喜べないことに内心ため息が出そうな結一郎。

 

「あの、結一郎さん……」

「なんでしょうか?」

 

 もやもやしていると玄弥が話しかけてきた。

 何事かと問いを返せば、玄弥は結一郎の左腕を指して告げる。

 

「ひ、左腕! 燃えてますけど!?」

「えっ……なんだこれぇ!?」

 

 指摘されて左腕に視線を移せばチラチラと火の手が上がり始めていた。

 おそらく内部の絡繰が発熱して発火したのであろうが、理由はともかく緊急事態に違いない。

 

「は、早く火を消さないと! ……駄目だー! 中の油にまで火がぁ!?」

 

「義手を取り外さねぇと……熱っ! 金具が触れねぇ!」

 

 結一郎が手で叩いて火を消そうとするが、中の潤滑油に着火してしまっていて簡単には消火できなくなってしまった。

 ならばと玄弥が義手そのものを取り外そうとするも、金属製の留め具が熱を持ち取り外しの邪魔をする。

 二人が手間取っている間にも火の勢いはだんだんと強くなっていく。

 結一郎、危うし!?

 

 

 結局、駆けつけてくれた柱の方々によって義手を切り離してもらって事なきを得たのだが、危うく禰豆子の代わりに焼死しかけた結一郎であった。

 




Twitterでも呟いてましたが、一週間ほど入院してました。
遅くなって申し訳ないです。

長くなった鍛冶の里編。正直不完全燃焼感がありますが……

この後は緊急柱合会議からの柱稽古編です。
その前に小ネタを一個入れます。
ようやく冨岡師匠と絡めた話が書けるぞー!

次回ミニ予告
『閑話・小ネタ三種』
1.蛇柱と食べられる恋柱
2.産屋敷四姉妹と翻訳係
3.狭霧山の狐と翻訳係


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