大変お待たせ致しました。
刀鍛冶の里の襲撃以降、鬼の出没が途絶えている。
唐突に訪れたこの平穏は嵐の前の静けさであると鬼殺隊に所属する者は皆認識しており、迫りくる大きな戦いを予感していた。
この事態を受けて、緊急の柱合会議が開催されることとなる。
「柱合会議ですか……」
その知らせを自分の
柱合会議への参加は彼の重要な職務のはずだが、今回ばかりはやる気が感じられない。
何故かと言えば、会議に参加するとある人物に関係があった。
「はぁ……正直しのぶさんと顔を合わせるのがつらいです」
そう、蟲柱・
上弦の弐がしのぶの仇であることを直接本人から語られておきながら、なんの連絡もせず、あまつさえその仇の鬼を一方的に罠に嵌めてあっさりと倒してしまっているのだ。
特に上弦の弐討伐作戦の直前に『自分も他人に家族の仇を討つ機会を奪われた』と語っているのだから言い訳のしようもないわけで。
確実に怒っているだろうしのぶとの対面をなんとか避け続けてきたのだが、職務上で顔を合わせなければならないとなればそうもいかない。
まるで見えている地雷を踏みに行くような気分といったところだろうか。
「柱合会議、行きたくない……本当に行きたくない!」
真面目な彼らしくもなく仕事を嫌がる様子を見せる。
しかし、どうしようとも時間は止まらない。
憂鬱そうな顔をしながらも、結一郎は緊急柱合会議にむけて行動を開始するのであった。
――産屋敷邸
鬼殺隊当主・産屋敷家の一室にて九人の男女が集まっていた。
「よもやまたも二体同時に上弦の鬼が倒せるとは! めでたいことだ!」
この度の刀鍛冶の里襲撃事件で上弦の鬼二体を討ち取れたことに喜びの声を上げるのは炎柱・
数百年間、歴代の柱たちが討ち取ることができなかった上弦の鬼が次々と討ち果たされ、残るは上弦の壱のみ。
鬼殺隊の歴史と共にあり続けた煉獄家の長男として感慨深いものがあるのだろう。
「上弦を二体同時ってのもまた派手でいいが、その上で里の被害も少なかったそうじゃねえか。なんとも上出来な結果でなによりだぜ」
嬉しそうな杏寿郎に音柱・
これで味方の被害が甚大であったのならば素直に喜べないところであったが、人命に被害はなく終わったというのだ。彼の言う通り結果として最上といえるだろう。
「柱が三人も参加していたとはいえ剣士の死者も無し。さすがだな、悲鳴嶼、甘露寺、時透」
その結果を出した功労者の三人を労わる蛇柱・
特にその視線は彼の想い人である恋柱・
「そんなことないわ。私ひとりじゃどうしようもなかったもの」
「僕ももう少しでやられるところでしたし……みんなに助けてもらいました」
小芭内の称賛を謙虚に受け止める蜜璃と霞柱・
実際に戦った彼らからすればかなりギリギリの戦いであったと感じているため、とてもではないが天狗にはなれそうになかった。
それは鬼殺隊最強の男、岩柱・
「仲間同士が協力しあいより大きな力を出すことができる……鬼にはない人間だけの尊い力だ。それを今回発揮できたことは喜ばしい」
感涙しながら告げる行冥の言葉に頷く一同。
思い返せばここ最近の上弦討伐は上手く鬼殺隊の戦力が集中されて場が整っていたり、対策を講じて罠にかけたりしてなされている。
実際に上弦の鬼と戦ったものたちには実感のある事柄であった。
「今回も結一郎のやつが裏から手をまわしてやがったんだろォ? 聞いたところによると上弦の伍をハメ殺したんだってなァ」
その上弦討伐すべてに少なからず関係があるのが結一郎であったりするわけで。
弟子のいささか以上の活躍を思って風柱・
元から手回しが得意だったのは知っているが、ここまで見事に結果を出されると空恐ろしさも感じてしまうような気がする。
「さすがは結一郎だな」
実弥とは逆に素直に喜んでいるのは水柱・
一番結一郎のお世話になっているだけあって、義勇は彼への信頼が最も厚いといえる。
『結一郎のしたことなら問題はない』
そう無条件で信じることのできる信頼関係がそこにはあった。
まぁ、ある意味全部丸投げしている関係ともいえるのだけれど。
比較的和やかに進む会話。
しかし、一人だけ穏やかならざる雰囲気の人物がいた。
「で、その立役者の結一郎さんは何故まだ来ていないのでしょう?」
口調は静かながらも、目が笑っていない蟲柱・
怒りをぶつけたい相手から逃げられ続けているせいでしのぶの鬱憤は限界まで溜まっていた。
「まさか来ないなんてことはありませんよね?」
「それはいくらなんでも派手にねえだろ」
会議にも来ないのではないかと疑うしのぶに天元が首を横に振る。
いくら怒られるのが嫌だからといって仕事を投げ出すような男ではない。
『派手にそんなことはないはずだ……ないよな?』
弟子の事は信じているが、ちょっと自信がなくなる天元。
なにせ、結一郎がしのぶから逃げ出す場面に遭遇してしまっているので一抹の不安が拭えないのだ。
いや、まさかね……
「大変お待たせ致しました」
天元が内心思い悩んでいるところに、当主・
遅れて結一郎も入室し、柱たち側の末席に着座する。
『へぇ~、私に会いたくないからってお館様のことまで利用しますか……この男、どうしてくれましょう』
まさかの産屋敷家の半親族枠で登場か? と、思いがけない登場の仕方に怒りをさらに募らせるしのぶ。
しかし、これはさすがに彼女の勘違いだ。ちゃんと理由がある。
「申し訳ありません。自分が会議の前にご報告がありましたので、それであまね様のお時間を頂戴してしまいました」
遅れた理由とあまねたちと一緒に現れた理由を、お詫びの言葉と共に説明する結一郎。
「なるほど。それでは仕方ありませんね」
にっこり笑って頷くしのぶ。
その笑顔を見て結一郎は顔が引きつるのを感じた。
『あ、これは全く信じてもらってませんね』
しかし残念なことにしのぶは結一郎の説明を言い訳ととらえたようで。
言葉では納得したようなことを言いながらも目はまったくもって疑心でいっぱいといった様子。
いままでの行動の結果と言えるので、是非もない。結一郎、反省するべし。
結一郎の事情はさておいて、今は柱合会議という公の場だ。会議は進行していく。
「本日の柱合会議、産屋敷耀哉の代理を産屋敷あまねが務めさせていただきます」
あまねの代理の挨拶から始まり、当主の耀哉の病状悪化による会議不参加のお詫びが述べられる。
産屋敷家を蝕む短命の呪いは現当主の耀哉の命を手にかけようとしている。
そのことに心を痛めないものはこの場にはいない。
「承知……お館様が一日でも長くその命の灯火を燃やしてくださることを祈り申し上げる……」
場の全員が平伏し、行冥が代表して心遣いの言葉を投げかけた。
あまねはその気遣いの一度目を伏せて感謝の言葉を告げると本題を切り出し始めた。
「柱の皆様には心より感謝申し上げます。……すでにお聞き及びとは思いますが、日の光を克服した鬼が現れた以上、鬼舞辻無惨は目の色を変えてそれを狙ってくるでしょう」
太陽の克服を悲願とする無惨と、その鍵となる存在を手中に納めた鬼殺隊。
それは決戦の時が、大規模な総力戦が近いうちに必ず起こることを意味している。
「決戦に向けて鬼殺隊の戦力の底上げ・強化は急務となります」
「戦力の強化、ですか?」
あまねの言う戦力強化という言葉にしのぶが戸惑った声を上げる。
簡単に戦力の強化と言われても一朝一夕に叶うものではないのだから。
「む、それはもしや紋様のような“痣”のことでしょうか?」
その答えは、意外にも杏寿郎からもたらされた。
「ええ、煉獄様。その“痣”で間違いございません」
「痣、ですか?」
杏寿郎の言葉に頷くあまねは、思わず聞き返してしまった蜜璃に答えるように説明を始める。
「戦国の時代、鬼舞辻無惨をあと一歩まで追いつめた始まりの呼吸の剣士たちは全員に鬼の紋様に似た“痣”が発現していたそうです」
「俺は初耳です。何故伏せられていたのです?」
「それについては俺が答えよう!」
伝え聞くなどして一部には知られているという始まりの剣士たちの“痣”の話。
それが広まっていない理由を実弥が尋ねたところ、詳しく知っているらしい杏寿郎が説明を始めた。
「“痣”については伝承があいまいな点が多くてな! そのよく分かっていない痣とやらが発現しないせいで思い詰めてしまう者が多くいたらしい!」
「ああ、なるほどな。曖昧なもんのせいで全体の士気を下げるくらいなら何も伝えないほうがいいわなぁ。思ったよりも地味な理由だったぜ」
歴史ある煉獄家だけあって伝承は多く伝わっており、その知識を披露する杏寿郎。
天元にその知識を感心するような声を上げられて照れ臭かったのか、少しおちゃらけたことを言いだした。
「うむ! まぁその思い詰めた者の一人が俺の先祖でその日記の記録が残っていただけの話なのだがな!」
「おいおい……」
わざわざそれは言わなくていいだろう。と、オチが付いたところであまねがさらに説明を重ねる。
「その少ない記述の中にはっきりと記されていた言葉があります」
“痣の者が一人現れると共鳴するように周りの者たちにも痣が現れる”
「始まりの呼吸の剣士の一人の手記にそのような文言がありました」
輝利哉がその言葉を裏付けるような証拠として古い文献を手に補足する。
この文献が正しければ、一人でも痣を発現できれば連なるように戦力が強化できるという可能性を示唆していた。
「今、この世代で最初に痣が現れた者がいます」
そして、その痣者はすでに存在しているのだ。
「その者の名は?」
小芭内が前のめりに質問をする。
彼だけでなく柱たち全員の視線が集まる中、あまねはその者の名を告げた。
「彼の名前は闘勝丸といいます」
「……闘勝丸?」
告げられた人間らしからぬ名前に思わずおうむ返しをしてしまう小芭内。
人間らしからぬつーか、人間じゃねえし。
該当する名前の関連人物に視線が自然と向けられる。
注目を集めている結一郎はとても申し訳なさそうだった。
「おい、おまえんとこの猿は地味に何なんだよ」
「うちのお供がすみません……」
また猿なのか、と呆れた様子の天元に結一郎は平謝りするしかなかった。
鬼殺隊初めての痣者は人ではない! あの猿だーッ! ズキュウウウン
猿に先を越されたという事実は柱たちのプライドに少なからず衝撃を与えたわけだが、無一郎がいち早く立ち直って結一郎に質問を投げかける。
「それでそのお猿さんからは何か聞き出せたんですか? 結一郎さん。たとえば痣を出す条件とか」
飼い主であり、使役する動物たちとのコミュニケーション方法を確立させた結一郎ならば何か聞き出せたのではないか?
そんな質問が来ることは予測済みだったようで、結一郎はすぐさま返事をした。
「はい。闘勝丸に痣の出し方を聞いてみたのですが……申し訳ないことに役に立つことは聞き出せませんでした」
「ええっ! 結一郎くんでも聞き出せなかったの!?」
あの結一郎が聞き出せなかったと聞いて驚く蜜璃。
結一郎は申し訳なさげに理由を説明した。
「いえ、教えてはくれたんですが、『頑張ればできる』『気合いを入れればなんとか』みたいなフワッとした答えしか返してくれなかったんです」
「はぁ……もういい。そもそも猿からまともに答えを聞き出そうとすることが間違いだ」
結一郎の返事に小芭内が頭痛を堪えるように額に手を当てて言う。
猿と会話できること前提で話をしていたが、冷静に考えればとんでもなく変なことを言っていたりするわけで。
どうすんだよ、これ。
そんな空気が漂う中、空気を読まない男がその重い口を開いた。
「……闘勝丸の言う通りにするしかないだろう」
「そんな簡単に言えるてめえが羨ましいぜ、冨岡ァ……」
猿に弟子入りしろってことか? と、ジト目をする実弥に相変わらず感情の読めない義勇。
そんな二人の間に入るのは翻訳係の仕事だ。
「あ、不死川師匠。今の冨岡師匠の言葉は『闘勝丸の言う通りに気合を入れて、頑張って鍛錬するしかないだろう』という意味です」
「俺はそう言った」
「言ってねェ! 断じて言ってねェ! どうしてそうお前は言葉が足りねェんだァ!?」
ツッコミを入れて荒ぶる実弥に、すぐ後ろに座っていた小芭内は同情的な目で彼を見ていたのだった。
「でも、冨岡さんの言う通りだと思うわ! 悩んでいても仕方ないもの。痣を出せるように頑張って鍛えるしかないと思うの!」
「うむ! その通りだ! 努力を重ね、鍛錬を積む。力をつけるのにそれ以外の方法などないだろう!」
思わぬ形になったが雰囲気ががらりと変わったことで炎恋の情熱師弟コンビが前向き思考の発言をして場を盛り上げる。
その流れを後押しするように行冥が締めるように発言をした。
「痣については我々柱が何とか致します故、お館様には御安心召されるようお伝えくださいませ」
行冥の言葉に力強く頷く柱たち。
鬼殺隊を支える柱の存在は当主代行を務めるあまねの心を軽くすると同時に心苦しさを生じさせた。
「ありがとうございます。ただ一つ、痣の訓練につきましては皆様にお伝えしなければならないことがあります」
あまねがこれから伝えるのは、一つの厳しい事実だ。
「痣が発現した方はどなたも例外なく、二十五歳を迎える前に亡くなってしまうのです」
それはある意味当然の残酷な事実だった。
劇的な強化をもたらすものが何の代償もなしに得られるはずがなかった。
勝利のために寿命という取り返しのつかない犠牲を柱たちに願うことにあまねが何も思わないはずもなく。
しかし、そのことに悲痛な表情をする柱はこの場には誰もいなかった。
「あまね様、ご案じなされませぬよう。この場の全員、生半な覚悟で柱になったものはおりませぬ」
明日の命の保証がない鬼殺隊の頂点に立つ柱たちが、どうして今更自分の命を惜しむことがあるだろう。
行冥が告げる柱たちの覚悟に、あまねは静かに頭を下げたのだった。
「痣についてはいち段落したようですので、自分から皆様にご報告があります」
痣の話がいち段落したところで、結一郎が口を開いた。
その場の全員の注目を集めながら結一郎が告げるのは、確実に鬼殺隊の戦力を上げる方法であった。
結一郎が提案した鬼殺隊強化プランですが、次回明らかにはなりません。
明かすのはもうちょっと先になります。
次回ミニ予告
天元「結一郎。お前、あのときわざと胡蝶を怒らせたのはなんでだ?」
結一郎「まさか、あんな形でしのぶさんが柱を辞めるなんて……」
次回、柱合会議の翻訳係 その30『しのぶさん、柱辞めるってよ』
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