柱合会議の翻訳係   作:知ったか豆腐

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2020/12/7 投稿


その36(無限城決戦 その参)

 復活した上弦の鬼たちの中で最もオリジナルに近い完成度なのが上弦の陸・妓夫太郎、堕姫である。

 彼らの能力は毒や柔軟性のある刃など比較的再現しやすい部類であったためだ。

 操作可能な毒血の鎌の血鬼術も柔軟にして強靭な帯の刃もほぼオリジナルに近い能力を発揮でき、身体スペックもしっかりと上弦レベルを再現しているという厄介さだ。

 さすがに二体の頸を同時に斬らねば死なないという特殊な不死性は再現できなかったものの、二体間をリアルタイムで意思疎通できる能力は再現できているため連携も悪くない。

 元の妓夫太郎・堕姫に及ばないとはいえ、十分すぎるほど脅威と言って過言ではないだろう。

 

 そんな復活した災厄に挑むは、蛇柱・伊黒小芭内と恋柱・甘露寺蜜璃の二人だ。

 かつて複数人の柱で挑み封殺したオリジナルとほぼ同じ能力値を持つ再生上弦の陸をたった柱二人で戦わなくてはならない状況。

 鬼殺隊の苦戦はまぬがれない……と、思われるのだが、意外にも押しているのは小芭内と蜜璃の方だった。

 

蛇の呼吸 壱ノ型・委蛇斬り(いだぎり)

恋の呼吸 壱ノ型・初恋のわななき

 

「キャアアア! なんなのよ!」

「チィィィ! 連携慣れしてやがるなァ、こいつら」

 

 柱二人のコンビネーションに劣勢の妓夫太郎・堕姫。

 再現体として成功しているはずの彼らがこうもやられている理由は二つあった。

 

 一つは小芭内がオリジナルと戦闘を経験しており、能力を把握されているためだ。

 鬼との戦いはいつでも相手の能力を警戒し、未知を探りながらの戦いとなる。

 その負担が無いというのは、小芭内にとってかなりのアドバンテージとなっているのだ。

 ただ、もう一つの理由の方が要素としては大きい。

 それは、シンプルに連携の練度の差だ。

 

「いくぞ、甘露寺!」

「はい!(キャー! 私が動きやすいように伊黒さん合わせてくれてる! キュンキュンしちゃうわ!!)」

 

 元から行動を共にして仲の良かった二人だが、柱稽古を経たことでその連携がさらに磨かれていた。

 具体的な言葉などなくとも互いの動きや目線で息を合わせることすら可能なレベルになっている。

 対する妓夫太郎と堕姫は能力で意思疎通ができるものの、オリジナルとは違い兄妹の鬼ではなく元は別々の鬼が再現されているだけ。

 並以上には連携ができるが、決して最高の連携とは言えるものではない。

 しょせん、再現された妓夫太郎と堕姫がやっているのは兄妹()()()。紛い物、偽りの絆。

 そんなものがどうして小芭内と蜜璃の絆に勝てるというのか?

 

「このまま押しきりましょう! 伊黒さん」

「ああ。だが、毒をくらわないよう気を付けよう。あれをくらったら終わりだ」

 

 戦意を燃やす蜜璃に冷静に状況を把握する小芭内。

 互いを補い合うようなまさにピッタリな二人。

 追い詰められた上弦の陸は下劣な手段を使うことを決める。

 

「死になさいよ、このアバズレ!」

「なんてこと言うの、この子!?」

 

 堕姫の帯の斬撃を躱し懐に潜り込む蜜璃。

 布の如き鋼刃がついに堕姫の頸を斬るか!?

 しかし、その隙こそが罠だった。

 

血鬼術・飛び血鎌(とびちがま)

 

 妓夫太郎によって行使された血鬼術に蜜璃は思わず呆けた声を上げた。

 蜜璃を囲むように展開された毒血の刃。

 それは仲間であるはずの堕姫を巻き込むような形で襲い掛かってきたのだ。

 

 攻撃を当ててもどうせ回復するのだから味方ごと攻撃してもかまわない。

 そんな異形の鬼らしく、そしてオリジナルの上弦の陸らしからぬ卑劣な戦術だ。

 血鎌によって鮮血が舞い、毒が体を巡りだす。

 

 絶体絶命の危機に陥ったはずの蜜璃は無傷で小芭内の腕の中で驚愕と焦燥に震えていた。

 

「い、伊黒さん!」

「……ッ! 大、丈夫だ」

 

 蜜璃を庇い負傷した小芭内。

 

『毒を受けた……解毒手段は無い、か。ならば!』

 

 彼女には意地を張ってみせたが、もはや彼は死を覚悟していた。

 どうせ死ぬのならば、目の前の鬼どもを道連れにしてやる!

 

蛇の呼吸 弐ノ型・狭頭の毒牙(きょうずのどくが)

 

 蜜璃から手を離した瞬間、振り向きざまに堕姫の頸を落とす。

 続けてその勢いのまま妓夫太郎へと刃を向ける。

 動ける時間はもうわずかしかない!

 

「チィイ、死にぞこないがァ!」

 

血鬼術・円斬旋回・飛び血鎌(えんざんせんかい・とびちがま)

 

 毒を喰らった相手が向かってくることに苛立ちながら腕の振りで放つ血鬼術。

 攻撃を躱すために動き回ればそれだけで毒の巡りは早くなる。

 そんな妓夫太郎の消極的な考えは結果的には最悪の選択だった。

 

「グッ! ハァアアア!!」

「なんだとォ!?」

 

 攻撃が当たるのも構わず捨て身で向かってきた小芭内に、妓夫太郎は一手反応が遅れた。

 決死の男を前にして見せたその隙は致命的で――

 

蛇の呼吸 肆ノ型・頸蛇双生(けいじゃそうせい)

 

 蛇の顎が妓夫太郎の頸に食らいつき、刎ね落とす。

 倒れ伏し、塵になって消えていく妓夫太郎・堕姫。

 

 だが、小芭内もまた限界を迎えていた。

 膝をつき、血を吐いて倒れる小芭内。

 

「伊黒さん!」

 

 蜜璃が慌てて駆け寄り涙目になりながら小芭内を抱きおこす。

 小芭内は彼女の顔を見上げ、安堵したように微笑んだ。

 

「君が無事でよかった……」

「良くないわ! 私のせいで伊黒さんが!」

 

 自分を責める蜜璃に小芭内は首を横に振る。

 この選択をしたのは彼本人であり、この結果は彼の望んだものなのだから。

 

「君を守って死ねるのなら本望だ。君の命に比べれば俺の命なんて……」

「そんなこと言わないで。私、伊黒さんに死んでほしくないわ」

 

 自分の生命を軽く扱う小芭内に蜜璃は震える声で懇願するように気持ちを打ち明ける。

 

「私は伊黒さんが好きなの。明日も一緒に笑って過ごしたいの。だから、死なないで。伊黒さん」

「甘露寺……」

 

 思わぬ形で想い人からの好意を聞くこととなった小芭内。

 こんな死の瀬戸際で知る機会を得たのは幸運だったのかどうか……。

 愛しい蜜璃から想われて、小芭内は黙っているわけにはいかない。

 

「生まれ変わったら、来世で君と結ばれたいな」

 

 死を前にして自らの秘めていた望みを口にした。

 もうすぐ死ぬだろうが、存外満たされた気持ちになっている小芭内。

 

「……それは嫌!」

「そう、か……」

 

 がしかし、蜜璃、その望みをハッキリと拒否。

 まさかこの流れからフラれただと!?

 落ち込む小芭内だったが、蜜璃からすれば当然の反応なわけで。

 

「来世までなんて待てないわ! どれだけ私を待たせる気なの、伊黒さん!」

 

 小芭内、痛恨のミス。

 死にかけているからって言葉選びを失敗してしまったようだ。

 蜜璃に告白させておいてその返事が『来世で』って、返答として酷くなかろうか?

 『来世で結ばれよう』なんてセリフ、歌舞伎の心中物とかでおなじみなわけだが、それは今世では結ばれない二人が来世に期待するしかない場面だからこそ輝くセリフなわけで。

 二人一緒に死にかけてるならまだしも蜜璃一人残される状況でそのセリフはどうなのよ? という話である。

 だいたい小芭内が生まれ変わってくるのを待ってたら蜜璃は何歳になっているんだ? まったく、乙女の花の盛りを何だと思っている!

 

 しかしまぁ、小芭内からすれば自分が死にかけている状況ではそんな言葉が出てしまうのも仕方ないといえば仕方ないのだけれど。

 蜜璃の気持ちを汲んだうえで謝罪を口にするしかもはや彼にはできなかった。

 

「ありがとう、俺のことを好きになってくれて。そして……すまない」

「そんな、伊黒さん!?」

 

 ようやく気持ちが通じ合った二人を死が引き裂こうとする。

 悲嘆に叫ぶ蜜璃。

 毒さえなんとかなればこんな悲劇は消えてなくなるというのに……

 

「あの、毒の治療、致しましょうか?」

 

 そこになんと、まさに解毒を申し出る声が!

 

「誰ですか?」

「鬼殺隊に協力している医者の珠世です」

 

 いたよ、毒の治療できる人! ……人? まぁ、この際だから鬼でもいいや。

 無限城に一緒に落とされていた珠世は人に擬態して角が立たないようにしながら治療を申し出てきたのだ。

 窮地に現れた救いの手に、蜜璃は迷わず縋りつく。

 

「お願いします。伊黒さんを助けて!」

「えぇ、任されました」

 

 手持ちの道具箱から治療器具と薬を取り出し手際よく手当てをしていく珠世。

 無事に小芭内が助かると知って安堵の声を洩らす蜜璃だが、一方で治療を受けている小芭内は命拾いしたはずなのに別の意味で死にそうになっていた。

 理由? もちろん羞恥のせいだ。

 

『あああああ!? 俺は甘露寺に何を……』

 

 治療中でなければ身悶えしたいくらいの羞恥が小芭内を襲っている。

 さっきまでの言葉はもうすぐ死ぬと思っていたからこそのテンションで言えたものなので、いざ命が助かって冷静になってみれば自分の言動が豪速球で突き刺さってきていた。

 だっていろいろと言葉選びは間違ったけれど、『君と結婚したいです』と伝えちゃったわけですし。

 もしかしなくとも蜜璃の逆プロポーズは成功してるわけだな。うん。

 ……最近は流れで結婚するのが流行っているのか?

 水柱を笑えねえぞ? 蛇の人ォ!!

 

 お墓に納められるような事態は避けられたのに、別の意味で墓場行きが待っていそうな小芭内であった。

 

 


 復活した上弦の鬼たちはもれなく弱体化してしまっている。

 ならば新しく上弦の伍に任ぜられた鳴女はどんな鬼だろうか?

 誤解を恐れずに言うならば、鳴女は強い鬼というわけではない。

 能力は血鬼術に偏り、身体能力は高いとは言えない。

 その頼りの血鬼術すらも探知や転移などのサポート型の異能で直接的な殺傷力が高いとも言えない。

 しかしそんな彼女は間違いなく上弦の鬼と呼ばれるにふさわしかった。

 鳴女は強い鬼ではない。だが、それ以上に厄介な鬼であった。

 

 

「うわあああ!?」

 

 足場を失い、重力という法則に投げ出され墜落死の恐怖に悲鳴を上げる旭の一員。

 いくら鍛え上げようと空を飛ぶことなど人間には不可能だ。

 

「おい、掴まれ!」

 

 あわや床の染みになりかけたところで間一髪仲間の助けが間に合った。

 

「大丈夫か!」

「ああ。でも、こんなのどうすればいいんだ!?」

 

 命拾いしたことで思わず弱音がこぼれる。

 戦闘を開始してからというもの、選りすぐりの選抜隊である旭の隊士たちをもってしても鳴女一体に手も足も出ない状況が続いているのだから。

 空間系の血鬼術の最高峰の能力を持つ鳴女は、戦場が彼女の領域である無限城となったことで最大の猛威を発揮していた。

 城の構造を己が手足のごとく操作可能なその力は剣術の要となる踏み込みを行うための足場を奪い、隙あらば墜落死や圧死を狙ってくる。

 幾多もの障害を乗り越えてようやく剣の届く位置までたどり着こうとも、転移能力によってあっさりと間合いの外へ放り出される。

 こうなれば近づくためには彼女の認識の外から忍び寄るか、彼女が対応できない速度・数による処理の飽和を狙うしかない。

 だが、探知能力にも優れた鳴女の目を逃れるのは至難の業。

 新上弦の伍。まこと、厄介極まれり。

 

 

『鬼狩り共もあきらめの悪い……ああ、面倒です』

 

 内心でため息を吐く。

 鬼殺隊との戦闘をこなしながら、無惨の元へ誰も向かえないよう妨害を行い、雑魚鬼を配置、無惨(鬼上司)からの頻繁な進捗確認に返事をして……と、割と多忙な鳴女。

 それでも何の問題もなくことを進めていることが彼女の優秀さを物語っていた。

 決戦の最中にあって鳴女の様子は普段と変わらない。

 そんな彼女に、突如として異変が訪れた。

 

『何が?』

 

 視界が反転し、天地が入れ替わる。

 何が起きたのか分からなかった鳴女だが、移り行く視界の中に自分の身体が映り込んだことで状況を理解した。

 頭部のない琵琶を抱えた自分の体が見えるのだ。嫌でも何が起きたのか分かる。

 その体の傍らに立つ人物こそが己の頸を斬ったのだと。

 

 接近することすら許さぬ鳴女の探知を潜り抜けてその頸を刎ねたのは水柱・冨岡義勇…………の、同期・村田であった。

 上弦の鬼を討つという大金星を挙げた彼は如何にしてこれを成し遂げたのか。

 それは柱稽古で結一郎から助言を受けたことで身に着けた技能によるものである。

 

 日ごろから自身の影が薄いことを悩んでいた村田だったが、結一郎はそこを逆に強みとするように訓練を考案したという。

 それは忍の隠形術を応用した気配を消す訓練。

 それは人混みにまぎれ、風景に溶けこみ、他者の認識の外に自らの存在を置く技術。

 もとから存在感が薄いという彼が意図的にその存在を薄めようとすることでその効果はまさに一種の異能とも呼べるものへと昇華された。

 その上で彼の最も適性の高い型は痛みなく頸を斬る水の呼吸、伍ノ型・干天の慈雨。

 相手から認識されなくなる異能とも呼べる技能とこの型が組み合わさればどうなるか?

 

 すなわち、鬼は自らが斬られたことにすら気づかず頸を落として息絶える!

 

 その恐るべき効果を受けた鳴女は驚嘆の声を上げた。

 

「なんという驚きの薄さ……!」

「うるさい! 悪かったな、影が薄くて!!」

 

 消滅していく鳴女に怒鳴る村田。

 勝ったはずなのに何だかモヤモヤする村田であった。

 頑張ったのだけどなぁ……




よもや、鳴女を斬るのが村田さんだとは思うまい。
そんなことを前話更新したときには思ってました!
水の呼吸のあの人としか言ってないのに、よくぞ見破ったァ!!
……なんとなく負けた気がして悔しい。

翻訳係コソコソ話1
 手ぶらで無限城に落とされた珠世さんのところに治療器具を届けに来てくれたのはお供の一匹、犬の藤乃だそうです。地味に優秀。

翻訳係コソコソ話2
 毒を喰らって死にそうになっている小芭内のところに現れた珠世さん。実は声をかける時すごい気まずかったらしいですよ。
 二人だけの世界に入ってる男女に声をかけるのって、確かに勇気いりそうですね。

翻訳係コソコソ話3
 プロットに残っていたメモ:ぬらりひょんの村田


次回ミニ予告
結一郎「あなたのことは調べ尽くしてきました」
黒死牟「それが……どうしたというのだ……?」
結一郎「あなたは僕を殺せない」

ついに上弦の壱・黒死牟戦。開始!

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