遅くなりました。
本年もよろしくお願いいたします。
上弦の壱・黒死牟。
鬼の精鋭である十二鬼月の頂点に立つ最強の鬼だ。
ただでさえ人間と隔絶した上弦の鬼の身体能力を全集中の呼吸で強化してくるという理不尽。
不老の全盛期の肉体で数百年の鍛錬を積んだ剣技。
力と技の両方を高水準で持ち得るのに血鬼術という異能まで使いこなしてくるのだから厄介極まりない。
まともに正面からぶつかれば敗北は必至の相手に、結一郎は再度戦いを挑んでいた。
刃金のぶつかり合う金属音と空を切る風斬り音が耳障りに響き渡る。
“月の呼吸 参ノ型・
横薙ぎの斬撃が連続して襲い掛かってくるのを何とか躱す結一郎。
鋭い剣技に血鬼術の月輪刃が付属してくる怒涛の攻撃に防戦一方にならざるを得ない。
このまま普通に戦っていては前回の二の舞になってしまう。
当然、結一郎は対策を講じてきていた。
「フッ!」
「……小癪」
凶刃の隙間を抜けるように黒死牟へ何かを投げつける。
刀に弾かれ中身をまき散らしたそれは細かい砂の粒子と数種類の刺激物が混じったモノ。
簡単に言えば、目つぶしである。
「先ほどから小細工ばかり使う……姑息な男だな……」
黒死牟がそう言葉にするように、結一郎は戦闘が始まってから終始正面から戦わず搦め手を使っていた。
目つぶし・煙幕、爆薬・爆竹、手裏剣に苦無……。
その戦い方は剣士とは言い難く、同じく刀を振るう黒死牟からすれば見苦しいものに思えることだろう。
正々堂々と戦わなくて卑怯?
鬼狩りの剣士を名乗りながら剣以外を頼るなど卑劣?
結一郎にすれば知ったことではない!
「いつまでも侍のつもりでものを言う!」
正々堂々というのは人間のためにある言葉。
鬼を相手に毒を使い、策を弄し、騙し討ちにするなど当たり前。むしろ称賛されてしかるべきだ。
人喰い鬼という化物を人間が相手をするというのはそういうことなのだ。
たとえ黒死牟が刀を携え威厳ある古侍のように振舞おうとも、結一郎は彼を剣士などと認めはしない。戦士だとも思っていない。
何百年もの長い月日の中で数百数千と罪なき人の血を啜り、肉を喰らってきた彼はれっきとした人喰いの鬼でしかないのだから。
ましてや薄汚い裏切者にどうして結一郎がお行儀よく戦ってやる道理があるというのか。
結一郎は黒死牟のその罪を突きつけるかのように叫んだ。
「戦国の時代、当時のお館様の首を手土産に無惨へと返り忠をした恥知らずがお前の正体だ! 黒死牟!!」
過去に鬼狩りの組織は何度か壊滅的な被害を受けている。
その原因の一つとなったのが黒死牟であるということを結一郎は知っていた。
いや、より正確に言うならばーー
「いいえ、あえてこう呼んでやりましょう! 裏切りの剣士・
「知って……いたのか……」
在りし日の名を呼ぶ結一郎に黒死牟は一瞬驚きの表情を見せた。
四百年以上前の話であり、当時の鬼狩りの組織が壊滅状態だったこともあって記録もほぼ残っていないはずだと考える黒死牟。
その心を読んだように、結一郎は笑みを浮かべた。
「過去を消したつもりでしたか? 残念ですが残っているところには残っているものですよ!」
そう言う結一郎だったが、この事実にたどり着くにはそれなりに苦労を重ねていたりした。
以前の敗北後、一つ疑問を覚えた結一郎。
『あれほどの呼吸の遣い手が鬼になったのならば何かしら記録が残っていてもおかしくはないはず』
敵を知り己を知れば百戦危うからず。
そう考えて始めた調査だが、その進捗ははかばかしくなく難航してしまった。
鬼殺隊本部の資料をあさっても全く該当するものが見つからなかったのだ。
まるで意図的に記録を消されたかのようで不自然さを感じさせる状況。
日の呼吸と共に執拗に抹消された痕跡が伺えて、何かあると思わされたものの調査は行き詰まりになってしまう。
「結一郎。煉獄家を訪ねてみるといい」
そんな状況を打破できたのは当主・耀哉の助言があったからだ。
鬼狩りの歴史と共に存在してきた古い名家だけに失われた文献が残っているかもしれないという予測と産屋敷家の直感に従った結果、見事大当たり。
その時代の炎柱の手記にその裏切りの詳細が記録されているものが見つかったのだ。
そのほかにも当時を知る資料が多く見つかり、黒死牟の正体だけでなく様々な事実を結一郎は知ることができたのだった。
事実を知った際に覚えた怒りを、当の本人が目の前にいるのだから黙っていられるはずもない。
「痣の寿命で死ぬのが怖くて鬼になった臆病者が! 仲間を売って得た
「よく回る舌だ……」
結一郎の罵倒も意に介さず刃を振るう黒死牟。
しかし次の結一郎の言葉に一瞬感情を揺れ動かされることとなる。
「そうまでして鬼になって、お前は勝てたのか? 日の呼吸の剣士に! お前の弟に!」
煉獄家に残された文献で黒死牟の弟が日の呼吸の遣い手であったことを知った結一郎はその事実をもって挑発を行う。
「……貴様ッ!」
激情にかられ刀を振るう黒死牟。
その乱れた感情は剣技の冴えを鈍らせわずかに隙を作ることとなった。
“水の呼吸 玖ノ型・
水面を跳ねる飛沫のように最小限の動きで黒死牟の懐に飛び込んだ結一郎はその頸を狙う。
が、さすがは上弦の壱。
その一撃は躱されその頸に一筋赤い線を作るにとどまる。
「弟に勝てなかった敗北者のくせに生き汚いな!」
素直に頸を斬られたらどうだ? と、挑発を重ねる結一郎。
技量も身体能力も上回る凶悪な鬼に対して、彼はその心を攻めることで勝機を見出そうとしていた。
百年の研鑽を積んだ剣技も、最盛期を維持し続ける不老の肉体も、その心が乱れれば十全に活かしきることなど不可能だ。
その心の隙こそ、結一郎が狙うべき黒死牟の急所であった。
「このようなかすり傷……鬼からしてみれば一瞬で治る……痕も残らぬものでしかない……」
「ずいぶんと鬼であることを誇らしげに語るものですね! 仲間を裏切って無惨に鬼にしてもらったのがよほど嬉しかったようで」
「……安い挑発だ。所詮は……底の浅い猿知恵……」
だが、そこは十二鬼月の頂点に君臨し続けた戦鬼だ。
精神状態の自己管理など慣れたもので瞬時に平静を取り戻してしまった。
やはり上弦の壱の名前は伊達ではない。
「私のことをそこまで調べあげた苦労は……誉めてやろう……だが、それが何の役に立つ?」
そんなものでは私の頸は落とせない。
結一郎の調査を無駄な努力だと嘲笑う黒死牟に結一郎は首を横に振って答えてみせた。
「いいえ。お前の過去を調べ上げたからこそ、お前は僕を殺せなくなる」
そう言って懐から一冊の文献を取り出す結一郎。
鬼を倒すのに書物などどうしようというのだろうか?
『なんだ? よもや
興味からか、または強者としての傲慢な余裕からか。
黒死牟は結一郎が頁をめくりその文献を読み上げるのを黙って見ていた。
まぁ、その選択をこのあと後悔することになるのだが。
「『剣の道を極めんと思ひ、ここに書をしたたむ。目指すは日ノ本一の侍なり』」
「……待て。グッ、き、貴様、それは!?」
書物の一節を読み上げた瞬間、胸を抑え悶えだす黒死牟。
まさか本当に呪いの書物だろうか?
いいや、そんなことはない。これはただの日記だ。ただしーー
「フフッ。ええ、そうです。お察しの通りこれはあなたの日記ですよ。あなたが十四歳ぐらいの頃の……ね。いやぁ、若いですね!」
「き、貴様ァ!」
そう、この書物こそ
中身は『私の考えた最強の剣術集』である。これは痛い
それはもう、“蒼斬王空覇刃”とか、“破断絶真覇刃”とか、“攻閃刃散裂連極舞”とか名前の付けられた想像上の剣技がわんさか記載されている代物だ。
そんな四百年以上前の若気の至りが、過去から助走をつけて殴り掛かってくるとは夢にも思わなかったことだろう。
黒死牟に心理的なダメージが刺さりまくっている。
心を攻めるって、絶対こういうことじゃないと思うんですけど!?
「そういえば、『飛ぶ斬撃を放てれば最強なり』ってのもありましたね! なるほど! それも鬼になった理由ですか!」
「やめろ……おい、やめろ……!!」
さらに日記の中身を口にする結一郎に、黒死牟は胸をかきむしりたくなるような衝動を覚える。
それを見る結一郎の目は冷ややかだ。
無駄に長生きなんぞするからこうして恥をさらすのだと言わんばかりに。
「お労しや、兄上」
黒死牟を身悶えさせるある意味呪いのこの日記。
結一郎はこれを使ってどうしようというのだろうか?
なにせ彼のことだ。黒死牟を動揺させるためだけで終わるはずがない。
その使い道を結一郎が口に出す。
「もし僕が生きて戻らなかった場合、この日記は全国にばら撒かれることになっています!」
「なん……だと……」
産屋敷家の伝手を使ってあらゆるところにばら撒いてやる。全力で! と、告げる結一郎。
その意図するところは明確であった。すなわち!
「それが嫌ならば、大人しくその頸を差し出しなさい!」
人の、いや、鬼の過去をネタに脅迫である。
心を攻めるにしたってもう少し手段があるのではなかろうか……。
「ちなみに、今手元にあるのは写本に過ぎません! 原本は厳重に他のところに保管してあります!」
「ぐっ……おのれ、卑劣な……」
殺してでも奪い取る。
そんな黒死牟の気配を先んじて潰す結一郎。
その辺もぬかりない辺りホントたちが悪い。
鬼相手なら何してもいいと思ってるから容赦もかけらもない。
「こやつ……こやつめ……!?」
ほら、あまりのことに黒死牟も絶句しちゃってるじゃん。
このままでは全国に恥をばらまくことになる黒死牟。
さぁ、どうする!?
オマケ『黒歴史ボツver.』
懐から一枚の手紙を取り出す結一郎。
彼はそのまま黒死牟の前でそれを読み上げ始めた。
「『妻などは所詮は家を継ぐ子を成すために娶ったにすぎぬ。本当に愛しておるのは小結丸、おぬしだけだ』
……ふっ、奥方よりも小姓が大事とはなんともまぁ」
黒死牟が人間だったころ、小姓に向けた恋文を晒して挑発する結一郎。
しかし、黒死牟は不思議な様子で言う。
「それが……なんだというのだ? 衆道は……武士の嗜みであろう……」
「……何ですって?」
【ボツ理由】
いろいろとセンシティブなネタになりそうなうえに、「なんでこんなもん取っておいた当時の炎柱……」と、意味不明になりそうだったため。
というか、これを書くためにwikiの日本の男色文化ついてのページ見てる自分に「何やってるんだろ……」ってなった。
本年もよろしくお願いいたします。(大遅刻)
しっくりこなくて二、三回書き直していたら遅くなりました。
しかし、去年の年明けも黒死牟と戦ってるな。この主人公。
しかもその時の雪辱の晴らし方がこれってどうなんだろう……
当然のことながら巌勝君の黒歴史日記の存在は自分の捏造設定ですよ?
今回黒歴史日記を考える際にお借りしたツール。
『ボタン一つで某厨二病を育むRPGに出てきそうな技名を作ってくれるとても便利な代物Ver.2』
http://tookcg.elgraiv.com/tools/chu2v2.html
翻訳係コソコソ話 その1
黒歴史日記が残っていた理由は当時の炎柱が『始まりの呼吸の剣士にまつわる資料だしとりあえず取っておくか』と保存しておいたからだそうです。
結果、400年の時を超えて黒死牟にダメージを与えるという大金星に……
黒死牟「おのれ……煉獄家め……」
翻訳係コソコソ話 その2
もし縁壱さんがこの黒歴史日記を読んだ場合、
「さすがは兄上。このようなものを考えていたとは……私でも三割ほどしか再現できませんでした」
とか目の前で技を披露してくるじゃないかと思ってます。
縁壱さんならやりそうな気がします。たぶん。
巌勝さん、羞恥と嫉妬で心の中グルグルすること間違いなし。
次回ミニ予告
「一閃、黒死牟の頸を断つ」
お楽しみに。