柱合会議の翻訳係   作:知ったか豆腐

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2021/01/24投稿


その38(再戦・黒死牟 弐)

 武士には『命惜しむな、名こそ惜しけれ』という考えがある。

 戦功を求め戦場で潔く死ぬことを誉れとする武家らしい名誉を重んじる考え方だ。

 といっても常に名誉が命に優先されるわけではない。

 時には主君のために、あるいは家臣や領地領民のため、時には大義のためにと生き恥を晒してでも生き残ることを選ばなければならないこともあっただろう。

 

 黒死牟も元は戦国の武家に生まれた者であるから、こうした価値観については重々理解しているわけで。

 つまり、黒死牟は自身の名誉を守って死ぬか、恥を晒して無惨のために戦うかという選択を突きつけられているのだ!

 その突きつけられた黒歴史(不名誉)の是非は置いておくとして、はたして黒死牟はどのような選択を選ぶのだろうか? その答えは――

 

「我が名は黒死牟……十二鬼月が最強の壱なり……継国巌勝などという人間はもはやどこにもおらぬ……」

 

 その日記に記された継国巌勝という名は既に過去の名前。今ここにいる黒死牟という鬼には関係のない話だ。

 そう答えを告げる黒死牟に結一郎は冷ややかな視線を向けた。

 

「なるほど? そうですか……」

 

 こいつ開き直りやがったな。

 そんな視線である。

 人間としての名誉など鬼には関係ないというならば、その侍然とした姿は滑稽なものにしか思えなかったのだ。

 

「裏切者に己を恥じる心を期待した自分が馬鹿でしたね!」

「貴様こそ……恥を知れ、外道」

 

 他人の過去の日記持ち出してきて脅すような奴が言うな、と青筋を立てる黒死牟。

 まぁ、これだけ卑劣な手段使ってきた相手にそう言いたくなる気持ちも分からんでもない。

 そんな鬼に対して情け容赦のない結一郎は黒死牟の怒りの攻撃を躱しながらなおも煽りを入れるのを忘れていなかった。

 見たか、これが煽柱だ!

 

「くっ! やはり飛ぶ斬撃は厄介ですね! あの日記にあったその技の名はたしか“月牙――”」

「やめろ……具体的に技名を出すのはやめろ!」

 

“月の呼吸 弐ノ型・珠華ノ弄月(しゅかのろうげつ)

 

 過去の自分が名付けたこっ恥ずかしい技名を言わせまいと黒死牟の三連撃の切り上げが襲い掛かってくる。

 開き直ったからといって羞恥がなくなったわけではないのである。

 黒歴史を見られた上にそれを他人から口に出されるというのはそりゃもう、身悶えしてのたうち回りたくなる苦痛だろう。

 

「月の呼吸……そういえば“月光蝶”とか“月詠”とか“兇変・天満繊月(きょうへん てんまんせんげつ)”とか、月にまつわる技名も多かったような?」

「だから……それをやめろと言っている!!」

 

 月がお好きなんですねー。と、ニヤニヤ顔で言ってくる結一郎に、それ以上言うな! と、怒鳴る黒死牟。

 とんだ攻撃ならぬ口撃だが、実際に黒死牟の冷静さを奪えてしまっている有効さがなんともいえない。

 しかしながら有効手段ならばとことん使うのが戦いの常道というもの。

 

「どうしました? やはり日記をばら撒かれるのは嫌なのでは?」

 

 回避に全力を注いでいるため、もはや精神攻撃に全振りしてしまっている。

 彼は黒死牟から冷静さをさらに奪うべく嘲笑に口元を歪めてみせた。

 

「その証拠に、先ほどから僕に刃が届いていませんよ?」

 

 その程度なのか大したことないなと、この上なく分かりやすい挑発を行う。

 そんなものを受けて黒死牟も黙っていられるはずがなかった。

 

「ならば……届かせてみせるまでのこと……」

 

“月の呼吸 拾伍ノ型・兇変・天満繊月”

 

 一振りの間に雨のような斬撃が空間を切り刻む広範囲攻撃。

 その型を放った黒死牟の手の刀はいつのまにか三又に枝分かれした身の丈をこえる巨大な大太刀に変化しており、先ほどまでを軽く凌駕して見せる恐ろしいほどの間合いを実現していた。

 殺傷力を増大させた猛攻をかろうじてしのぎ切った結一郎。

 しかし、完全に無傷とはいかなかった。

 体中に血を滲ませた彼は先ほどの技に戦慄を隠せずに目を見開いて言う。

 

「い、今の技は!?」

「貴様が嘲った我が剣技……受けた気分はどうだ?」

 

 黒歴史日記にも記載のあった技が、現実になった。

 書き留めただけならばただの妄想だが、技として現実にできたのならば笑っていられるか? と、黒死牟が告げる。

 その言葉に結一郎は一言だけ返事をした。

 

「くぅう! い、痛い!」

『それはどういう意味だ!? どういう!!』

 

 黒死牟、結一郎の一言に頭に血が上って言葉がでなくなる。

 切り傷が痛いとかそういう物理的な話じゃないよな、このニュアンスは。

 絶対、『うわぁ、厨二技を現実で本当にやっちゃうとか……うわぁ、あいたたたたぁ!』的なニュアンスだよなぁ?

 

「やはりあの日記の技を実現したくて鬼になったのか!」

「違う!」

 

 体中を切り刻まれようとも精神攻撃をしかける彼は絶好調。

 黒死牟の尊厳を嬉々として足蹴にしまくっていた。

 人としてどうなの……?

 

黒歴史(あの日記)を現実にするために、そんな変な刀まで振り回して……」

「変な刀などではない!」

 

 刀を長くするだけならまだしも三又ってなんだよ。と、ツッコミを入れる結一郎。

 己の得物をそんな風に言われるといままで気にしていなかったのに急に気になりだすわけで。

 この刀自体も黒死牟の血鬼術の一つなのだが、鬼の能力って本人の心の性質や本質、強い願望や執着が形になりやすいという。

 まさか心の底ではあの黒歴史に心残りがあったというのだろうか?

 ちょっと不安になった黒死牟だったり。

 

「数百年間、あの日記を現実にするために刀を振り続けた……ああ、痛ましい話です」

「違うと言っている!! ――ゴフッ」

 

 お痛わし、もとい、お労しや。と言う結一郎を怒鳴りつけると同時に吐血する黒死牟。

 ついに精神攻撃が物理的な効力を発揮した!?

 

「ようやく、ですか」

 

 もちろんそんなわけがない。

 血を吐く黒死牟を見てニヤリと笑う結一郎。

 すべては彼の仕込みの結果だ。

 

『上手く呼吸ができぬ。肺をやられたか。しかし、どうやって?』

 

 呼吸をするたびに胸を締め付けるような激痛が走ることから、自らの肺に異常があることを自覚する黒死牟。

 目の前の卑劣な鬼狩りが何かをしたということは分かるが、それがいつ行われたのか思考を巡らせる。

 彼の脳裏によぎったのは同胞である上弦の弐・童磨の血鬼術だ。

 童磨が使っていた血鬼術は微細に霧状にした氷血を散布し、吸い込んだ者の肺を壊死させるという、特殊な呼吸を武器として使う鬼狩りの剣士の天敵とも呼べる能力であった。

 そして肺を破壊され全集中の呼吸を封じられた黒死牟の状況は、彼に殺された鬼殺隊の状況とほぼ同じと言える。

 黒死牟は以上のことを考え、結論を導き出した。

 

「コフッ……そうか、最初の小細工はこのためのものか……」

「ええ。目潰し、爆薬、煙幕……その他諸々に藤の花の毒を仕込ませてもらってました!」

 

 反転攻勢。黒死牟に斬りかかりながら戦闘開始時から仕込みは済ませていたと告げる結一郎。

 目潰しや煙幕・爆薬には鬼が吸い込めば肺を破壊する毒が含まれており、黒死牟はそれと知らずにその毒を吸い込んでしまっていた。

 そう、いままで積極的に攻撃を仕掛けず、回避と挑発・攪乱に徹していたのは遅効性の毒が効き始めるまでの時間稼ぎだったのだ。

 黒死牟という鬼は厄介極まることに心技体のすべてにおいて高水準の能力値を持っている。

 そんな鬼が多少心が乱れたとて最終的には圧倒的な剣技と身体能力、強力な血鬼術の異能によって押しきられるだろう。

 上弦の壱・黒死牟という鬼はそれだけの脅威を秘めている。

 この鬼を倒すのに心を攻めるだけでは不十分。

 ならばその剣技を封じ、肉体を弱めることは当然の理。自然な帰結であった。

 

 そうした考えのもと、結一郎が黒死牟の肺を狙い撃ちにしたのは三つ理由があった。

 一つはコストの観点。

 上弦の鬼というのはその身体能力に比例して毒に対する分解能力も高いだろうということが予測されていた。

 事実、上弦の陸と戦った音柱・宇髄天元からの報告では、並の鬼ならば半日は体を麻痺させることができ、下弦の鬼ですら動きを封じることができる藤の花の毒を使ったのにも関わらず、動きを封じれたのはわずかな時間だったという。

 上弦最下位の陸でそうなのだ。ましてや頂点である上弦の壱。その解毒能力は言わずともがなである。

 そんな黒死牟をまともに弱らせようとすれば大量の藤の花の毒が必要になるだろう。

 それこそ人ひとりをまるごと毒にして食わせでもしなければ、目に見える効果が現れないかもしれない。

 それほどの大量の毒を用意し、上弦の壱に摂取させるというのは、とてもではないが現実的ではなかった。

 だが、身体の一部を機能不全にさせることならば?

 敵の要となる部分を破壊する程度ならば必要な毒の量を減らした上で十分弱体化させることは不可能ではない。

 

 そうした観点からどこを狙うかと考えると、鬼殺隊の剣士と同じく全集中の呼吸を使う者の弱点として肺を狙うのは必然。

 これも言うまでもないかもしれないが、鬼と言えど生物。呼吸が妨げられれば強化が解けるどころか弱体化はまぬがれない。

 普段から自分たちが使っている技術であるだけに、その弱点を突く方法を思いつくのは難しくなかった。

 

 そして、なによりもの理由がある。

 

「全集中の呼吸は人が鬼を倒すために編み出した人の技です……鬼になったお前がいつまでも我が物顔で使うものではない!!」

 

 化物に抵抗し人を守るために生み出された技を、化物が人を殺すために使っている。

 そんな侮辱をいつまでも許しておけるはずがないだろう!

 

「舐めるな……下郎!」

 

 しかしそこは上弦の壱としての矜持を見せる黒死牟。

 血を吐きながら異形の大太刀を振るう黒死牟に、結一郎は今が好機と防御ではなく攻めで応じた。

 

“雷の呼吸 肆ノ型・遠雷(えんらい)

 

 速度に優れた雷の呼吸の強い踏み込みで黒死牟へと肉薄した結一郎の一刀は、しかし鬼の膂力によって強引に引き戻された大太刀によって弾かれる。

 だが、懐に飛び込むことには成功した!

 

“炎の呼吸 参ノ型・気炎万象(きえんばんしょう)

 

 力強い上から弧を描く振り下ろしが黒死牟の大太刀を押し弾く。

 

“風の呼吸 陸ノ型・黒風烟嵐(こくふうえんらん)

 

 振り下ろした勢いを殺さず、身体を捻り巻き上げるような切り上げで頸を狙う。

 足を止めて放つ力強い炎の呼吸。荒々しく切り刻む風の呼吸。

 五大流派でも広範囲・高威力という攻撃的な特徴をもつ呼吸で続けざまに攻勢をかけるも、黒死牟の頸へあと一歩届かない。

 剣技を鈍らせ、心肺に異常を起こさせて動作を遅くしてなお、ようやく互角の状況。

 そして状況は時間が経つほどに黒死牟に有利になっていく。

 

『毒の分解さえできてしまえば、破壊された肺を治すなぞ一瞬。その時がこの男の最期だ』

 

 先ほどとは立場が逆転し、結一郎が攻勢をかけ黒死牟が時間稼ぎを行っている。

 結一郎にとっては苦しい展開だ。

 弱体化しているとはいえ黒死牟ほどの達人が守りに入れば、その防御を抜いて短時間で頸を落とすことは至難の業だ。

 結一郎も全力を出しているが、厳しい状況と言わざるを得ない。

 

 ――彼だけならば。

 

 

 

 “シィイイイ”と、食いしばった歯の隙間から吐き出すような呼吸音に床を砕くほどの雷音を思わせるような強力な踏み込みの音が響き渡る。

 その音に気付いた時には刀は既に振り切られていた。

 

“雷の呼吸 漆ノ型・火雷神(ほのいかづちのかみ)

 

 一撃必殺。雷光一閃。

 黄泉の死の女神の亡骸から生まれた八種(やくさ)の雷神が一柱・火雷神。

 その原初の雷神の名を冠した一撃は結一郎へと意識を集中していた黒死牟に防ぐことすら許さなかった。

 神速の居合は過たずその頸を宙へと刎ね飛ばす。

 

「そんな馬鹿な……!?」

 

 己の頸が斬られたことが信じられないという表情をする黒死牟。

 結一郎はその頸に向かって言葉を投げかける。

 

「すみませんね。お前は僕が倒すと言いましたが、あれは嘘です」

 

 自分でお前の頸を斬ることになど興味は無いと言い放つ。

 家族の復讐の機会を他人に奪われた過去をすでに乗り越えている結一郎が、いまさらどうして自らの雪辱を果たすことに執着するだろうか。

 ついでにいうならば、復讐をするにしてもそれは結一郎よりもそれを遂げなければならない人物がいるのだ。

 

「よくも俺の兄弟子を、兄貴を殺してくれたな!」

 

 黒死牟の頸を睨む金髪の剣士こそ鳴柱の後継者である我妻善逸。

 前回の戦いで黒死牟が殺した獪岳の弟弟子である。

 

 決して仲が良かったわけではないが、密かに尊敬していた兄弟子を殺した黒死牟に復讐をするため、気配も、恐怖も、そして殺意さえも噛み殺しその頸を獲る千載一遇の機会を狙っていた善逸。

 そして今、ついにその復讐の刃が届いたのだ。

 

「やったよ、爺ちゃん。俺、獪岳の……兄貴の仇を取ったよ」

 

 その喜びを噛み締める善逸の納刀の音が静かに響き渡った。




童磨「俺の戦術パクって黒死牟殿に使うなんて酷いやつなんだ」
うるせえ、とっととくたばれ糞野郎

実際問題、童磨の血鬼術って全集中の呼吸の遣い手には天敵だと思うんですよね。
初見殺しですし。
藤の花の毒については研究に専心することになったしのぶさんが一晩で開発してくれました。
藤の花の毒が遅効性というのは原作で童磨に効き始めるまである程度時間がかかっていたので、そこから予測した設定です。


番外編を含めなければあと5話で本編完結予定です。
出来れば週一くらいのペースで投稿したいですが、これから仕事が繁忙期になるので予定通りにはいかないかもしれません。

遅くなったらごめんなさい。
それでは、次回もお楽しみに。
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