柱合会議の翻訳係   作:知ったか豆腐

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2021/02/01 投稿


その39(夢の果て)

 夢というものはそれが叶わぬと分かった際に、時に呪いに変わることがあるという。

 黒死牟という鬼は、もはや叶わぬ夢に呪われ続けている。

 

 彼が人であったころの夢は剣の道を極め『日本一の侍』になることだった。

 戦国時代の武士が描く夢としてはごくごく当たり前のものだろう。

 彼の不運はその夢の体現者が双子の弟であったことに違いない。

 

 日の呼吸の遣い手。全集中の呼吸の祖。神の御技の体現者。理を超えた者。天に愛された者。

 

 そんな存在を前にしたとき、巌勝の中で『日本一の侍』とは弟の縁壱と同義になった。なってしまった。

 『日本一の侍』になるには縁壱を超える以外に道は無いと。それ以外の解など認めないほどに思い込んでしまった。

 鍛錬を重ねて重ねて重ねて……それでもなお届かない弟への嫉妬と焦燥が日々彼を苛み、痣者の寿命という絶望が突きつけられたことでもう精神的に限界だったのだろう。

 

『永遠の時を手に入れ技を極め、縁壱を超えるために鬼になる』

 

 そのことがどれだけ“侍”という存在から遠ざかるのかも分からなくなっていたのだから。

 まさしく静かに狂っていたと言うほかない。

 しかし、悲しいことにそれでも彼は縁壱に勝てなかった。

 継国巌勝という人間から黒死牟という鬼に成り果ててさえも、年老いた縁壱に勝てなかったのだ。

 齢八十を超えたにも関わらず最盛期と変わらぬ技の速さと威力を見せつけ黒死牟に敗北を確信させた縁壱。

 だが、彼は黒死牟の頸を斬ることもなく目の前で寿命を迎えて息絶えていた。

 

 その瞬間がまさに黒死牟が自らの夢に呪われた始まりなのかもしれない。

 鬼となって永遠の時を生きることも可能となった身で、縁壱を超える(日本一の侍になる)機会は永遠に失われたのだ。

 人間をやめ、人間であった時のしがらみから解放されたはずが、最後の最期で人間であった時の忘れえぬ(呪い)を再び刻みつけられた黒死牟。

 夢破れたその時から彼は空白となった最強の座の門番となるしかなかった。

 自分のものにできなかった最強の位置に他の誰かが座ることなど許さぬという浅ましさと、己を超える者は縁壱以外に認めないという歪んだ憧憬を胸に。

 

 もはや黒死牟には何もない。

 城も領地も領民も、己を慕う家臣や妻子さえも捨てて望み鬼狩りとなった。

 そして主君も仲間も裏切り、名誉を捨て、鬼という外道になってでも剣の道を極めて弟を超えようとした。

 そうまでして求めた望みは弟の死と共に消え果ている。

 

 手を伸ばしもがき苦しんだ果てに、しかし彼の手には何もない。何も残っていないのだ。

 もはや空白の最強に執着して守り続けること、それだけしか……

 

『あの日生き永らえてしまったが為に屈辱の日々を耐えてきたのだ。何百年も!』

 

 当の昔、四百年も前のあの夜から『日本一の侍』になるという夢は消え果ている。

 ならば最強の座を守り続けるために、侍の、人の形を保つことに意味などあるのだろうか?

 

『そうだ。勝ち続けることを選んだのだ、私は。このような醜い姿になってまで!』

 

 頸を落とされ、絶命の危機に瀕した黒死牟は己を再定義する。

 

『我が名は黒死牟。十二鬼月。上弦の壱。()()()()()だ!!』

 

 

「そんな……嘘だろ!? たしかに頸を斬ったのに!!」

「まさか、無惨と同じ……ッ!」

 

 焦りの声を上げる善逸と結一郎。

 彼らの目の前で倒したはずの黒死牟の肉体に変化が起きているのだ。

 頸の切断面は出血を止めるどころか既に肉が盛り上がり新たに頭部を作り出そうとしている。

 いや、それだけではない。徐々に体全体の筋骨が発達しはじめ、再生を超えて進化の兆しすら見えていた。

 

「善逸君、攻撃を! コイツをこのままにしておくのはマズい!」

 

 敵の復活を黙って見ているはずもない結一郎が善逸に声を掛けながら斬りかかる。

 結一郎が指示を出すと同時に善逸も行動を開始していた。

 このままではよくないことが起きる。放っておくことなどできない。

 その脅威は肌で感じ取れるほどに恐ろしく、二人の意思は共通していた。

 最悪、否、災厄の予感。

 悪い予感を避けるべく動き出した二人だが、それは一歩遅かった。

 

「なんですって?」

 

 刃が刃金に受け止められた衝撃が手に走る。

 響く金属音と共に弾かれて飛び退いた先で見たものは一体の鬼の姿であった。

 

 再生された頭部は特異な六つの目を血走らせ、さらに額に二本の不揃いな角を生やし、歯茎をのぞかせる口には鋭利な牙が並んでいる。

 体格も一回り大きくなり、身長も八尺二寸(約250cm)近くになっている。

 さらに肩甲骨のあたりから長く太い腕を二つ増やし、両脇の下から複腕を新たに生み出した。

 六目六腕の異形となった黒死牟は身の丈に合うようになってしまった三又の大太刀に加え、新たに増やした複腕にそれぞれ刀を握らせている。

 先ほどまで残っていた侍然とした威厳など捨て去り、ただただ人ならざる者としての畏怖をまき散らす姿はまさに鬼。

 その姿にふさわしい猛威を鬼狩りに振るいはじめた。

 

「グオォォォ!!」

 

 咆哮とともに五つの刃を振りかざす黒死牟。

 進化した影響なのかまだ毒が残っているのか分からないが、血鬼術も全集中の呼吸も使わない素の攻撃。

 だが、それでさえも十分すぎる脅威だ。

 なんとか躱した結一郎の背筋に嫌な汗が流れる。

 

『お前なんか侍と認めないと言いましたが、本当に化物になるバカがいますか!』

 

 思わず結一郎が心の中で罵倒するほどに変化した黒死牟は凶悪だった。

 デカくて、力があって、素早い。

 そんなシンプルな暴力が技量をもって襲い掛かってくるというだけでも恐ろしいというのに、文字通り手数を増やしてくるのだからもうやってられない。

 こんな化物が“月の呼吸”なんていう厄介な異能を使い始めたらと考えると、一刻の猶予も無いように感じられる。

 

“水の呼吸 肆ノーー”

 

 攻めに転じようとする結一郎を黒死牟が機先を制することで隙を与えない。

 回避を強制的に選択させられ、身を守るのに精一杯というありさまだ。

 これは善逸も同様で、雷の呼吸の遣い手らしく瞬足で攻撃を躱しているものの反撃ができる余裕はなく。

 防戦一方という状況は結一郎にとってあまりに不利だ。

 片腕が義手となっている結一郎は防御面、たとえば攻撃を受け流すということに対して以前よりも負担が大きくなってしまっているという事実がある。

 そのため、先ほどまでのように毒という策もなく真正面から打ち合う状況は結一郎にとって最も避けたい形なわけで。

 

「くっ! しまっ――」

 

 ついに黒死牟の攻撃を捌ききれず、体勢を崩してしまう結一郎。

 致命的な隙を黒死牟が見逃すはずもない。

 

「結一郎さん! クソッ!」

 

 善逸の助けも間に合わない。増やした腕が善逸の動きを阻害している。

 無防備な結一郎に五つの刃すべてを使う必要などどこにもない。

 もとから持っている大太刀があれば命を奪うのには充分すぎる。

 

「死ね!」

 

 命を刈り取るべく凶刃が振り下ろされた。

 

 ――瞬間。空間が()()()

 

“水の呼吸 拾壱ノ型・凪”

 

 致死の一撃を受け流す変幻自在の水の呼吸の極みが結一郎を救う。

 結一郎を背に庇い静かにたたずむ人物。

 

「待たせた、結一郎」

「助かりました。冨岡師匠」

 

 水柱・冨岡義勇その人であった。

 ここにきて柱の救援。

 しかし、黒死牟はその程度ではもはや動じることもなかった。

 

「次から次へと……いまさら柱が増えたところで何になる……」

「俺の仲間は一人も死なせない」

 

 仲間を守ると覚悟を見せる義勇。

 黒死牟はある一点の事実からその覚悟を否定してみせた。

 

「それが無駄だと言っている……私は太陽光以外では殺せない……お前たちでは私を倒すことは不可能だ」

 

 頸の弱点の克服。

 鬼舞辻無惨と同じく生物としての格を一段上ったが故の自負であった。

 敗北などありえないと豪語する鬼を前に今代の水柱がその口を開く。

 

「いいや。全員で生き残る」

「ほう……? 貴様にそれができるか……?」

 

 できるものかと、傲慢な態度で言外に告げる黒死牟。

 

「ああ。俺はこの戦いが終わったら結婚するからな」

 

 なんか信じられぬ(ほど意味不明な)ものを見た。

 

「……いきなり何を言っている!?」

「今言うことじゃないでしょ!? 何羨ましいこと言ってんのこの人ォ!?」

 

 あまりの意味不明さに黒死牟を呆然とさせるという快挙を成し遂げる義勇。

 ついでに善逸も大騒ぎである。

 なんだろう、急に場の空気が弛緩したんだけど……雰囲気ぶち壊しなんだが。

 ちなみに今の言葉の意味は、

 

「待たせている相手がいるから死んでやるわけにはいかない。結婚して幸せな人生を過ごすためにもお前を倒す」

 

 的なものだったりする。

 善逸の言う通りいま言うことじゃないな。

 むしろ今の状況でそういうこと言うのは……なんというかマズいだろう。

 ジンクスというかなんというか、見てる人がいたら「あっ」ってなるような。

 本当にいろんな意味で会話能力がヤバいお人である。がんばれ、しのぶさん!

 そんな摩訶不思議な義勇の言葉を理解できる男こそ結一郎だ。

 結一郎は翻訳係として彼の言葉をその場にいる全員に伝える

 

「隙ありィィィ!」

 

 ――ことはしなかった!

 むしろ、「死ねぇ!」とばかりに殺意マシマシで斬りかかっていたりする。

 敵に翻訳なんかしてやる義理なんざ無えのだ。

 上司の口下手すら利用して攻撃してるあたりマジモンである。

 

「貴様! どこまでも癪に障る……ッ!」

 

 黒死牟の怒りの声と共に緩い空気は消え失せて激闘が再開する。

 

“水の呼吸 拾壱ノ型・凪”

“炎の呼吸 伍ノ型・炎虎”

“雷の呼吸 壱ノ型・霹靂一閃 十六連”

 

 黒死牟の攻撃を義勇がことごとく防ぎ、呼吸を切り替え豊富な技でその場の状況に対応する結一郎が神速の攻撃を次々と繰り出し連携の火力を担当する善逸を補助する。

 即席にも関わらず各々の強みを生かした見事な連携だ。

 あの地獄の柱稽古は決して無駄にはなっていない。たしかに彼らの血肉となって効果をみせていた。

 

 だからこそ、その連携を相手にしても決して倒れない黒死牟の恐ろしさが際立つ。

 頸の弱点を克服しているという以前に、この高度な連携攻撃を黒死牟は捌ききっているのだから。

 これには鬼として進化した身体能力に加えて、もとから黒死牟が身に着けていた能力が関係している。

 

 “透き通る世界”

 

 全集中の呼吸を極めた先にある境地。

 自身のみならず他者の身体を透かし見るように知覚できるようになる“無我の境地”とも呼べるもので、骨格・筋肉はては内臓・血管の動きから相手の動作を先読みできるようになる。

 まさに技を極めた先にある境地であり、この境地に立つ者はそこに到達できていない者に対して大きな優位性を持っていると言えるだろう。

 それこそ三対一の数の不利を覆すほどに。

 そして何よりも黒死牟がこの“透き通る世界”を使えるようになっているという事実は、ある最悪の事態が起こることを示唆していた。

 まず異変を感じ取ったのは黒死牟との戦闘を長く続けていた結一郎だ。

 

「なッ!? マズい、二人とも離れてください!!」

 

 結一郎の声に瞬時に反応した善逸と義勇。

 ほんのわずかな差だが、それが彼らの命を救う結果となった。

 

“月の呼吸 玖ノ型・降り月 連面(くだりづき れんめん)

“水の呼吸 拾壱ノ型・凪”

 

 大太刀による型が無数の斬撃を降り注がせ、わずかな隙間も残さぬというように残りの四本腕が飛ぶ斬撃を追加する。

 完全回避不可能な斬撃の弾幕に血飛沫が飛ぶ。

 

 あの恐ろしい血鬼術“月の呼吸”の復活。

 黒死牟の脅威度がさらに増し、絶望的な状況だ。

 

「なんだよこれ。どうしろって言うんだよ、こんなの」

「泣き言は後です!」

 

 絶望を前に立ち上がる善逸と結一郎。

 だが、ただ一人義勇だけが膝を着いていた。

 

「ゴフッ」

 

 咳き込み血を吐く義勇。

 二人に比べ傷が重い。

 それは彼が回避を選ばず黒死牟の攻撃を迎撃をすることを選んだから。

 仲間は死なせないと言ったその言葉の通り、結一郎と善逸を守るために。

 

「大丈夫ですか、冨岡師匠!」

「問題、ない」

 

 全集中の呼吸を応用して止血し、立ち上がるも万全とは言い難い状況。

 何とか立っているだけの義勇に対し、黒死牟はいくらでも技を放てる。

 義勇を庇って動く余裕は結一郎にも善逸にもありはしない。

 

 ここから義勇の命が助かるのは絶望的。

 しかし、天は彼らに味方したようだ。

 

“月の呼吸 ――”

 

 黒死牟が技を放とうとした瞬間、地面が大きく揺れ動いた。

 

「何ィ!?」

「地震……? 違う、これは!!」

 

 驚愕に思わず手を止める黒死牟。

 彼は鬼同士の無惨の呪いを通した情報共有能力で事態を知り、結一郎はその様子から状況を察した。

 

 激しい揺れと共に柱や壁が崩れ始めるこの事態。

 無限城が、崩壊し始めた!

 

 鬼殺隊の誰かがこの城を維持していた新上弦の伍・鳴女の頸を斬ったことで起こったこの事態は、黒死牟の攻撃から義勇の命を救うと同時に新たな危機をもたらした。

 つまりは、鬼もろとも生き埋めの危機である。

 

 


オマケ「やはり無惨様です」

 

鳴女「無限城の自爆機能が起動しました」

雑魚鬼「え、まじかよ!?」

鳴女「城の中にいる鬼は無惨様の指示に従って――」

雑魚鬼「一刻も早く脱出だよな!」

鳴女「鬼狩りを一人でも多く道連れに死んでください」

雑魚鬼「えっ……?」

 

鳴女「繰り返します。鬼狩りを一人でも多く道連れに死んでください」

 

『私の役に立つのが貴様らの役目だろう。喜んで死ね』by無惨

 




【悲報】結一郎、黒死牟を煽りすぎ【開き直った】
 あれだけ「侍じゃない」「人間やめたくせに」って煽ればそうもなるよね?
 もう「侍じゃないから生き恥じゃない」って心境に達した兄上。お労しや……。

 シリアス一辺倒なところに冨岡さんの天然は本当に癒しです。
 そして最終決戦の途中で敵基地が崩壊し始めるのはお約束ですよね?
 脱出方法? ほらそこに鳴女さんが……死んでる!?

 ということで、次回もお楽しみください。

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